私の名前はジャック・ザ・リッパー   作:(´・ω・`)

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Chapter1「夢の終わり」

 掛毛布も敷毛布もない、寝れたらいいだけのベットと、手荒に扱えばあっという間に壊れてしまいそうな木製の机と椅子。それら以外は何もない、暗くて狭い石作りの部屋。

 当然、娯楽なんて一切無い。死ぬほどつまらなかったその部屋に、小さかった頃の私はいた。

 

「いやぁああああっ! いやぁあああああああああっ!」

「おらっ! さっさと来い! ボスがお待ちかねだ!」

 

 黒く冷たい鉄の扉。その向こう側で、泣き喚く女の子の声と、怒鳴りながらも喜んでいるように聞こえる男の声が響いていた。

 それが毎日……あの頃はいつが日の変わる時なのかわからなかったけど、とにかく毎日だ。

 きっと女の子は、最後の力を振り絞って男の手から逃れようとしていたのだろう。けど、扉の閉まる非情な音が鳴り響いた後は、もう悲鳴は聞こえなくなっていた。

 

「んしょ……っと」

 

 今の流れが終わった後、幼い頃の私は決まって小さな石を使い、尖った部分で壁に白い線を描いていた。あのつまらなかった場所で出来た、私考案の数少ない『遊び』だった。

 他には、ベッドに腰を降ろして顔を上げて夜空の星(天井のシミ)を数えること。心底楽しくなかったのを覚えている。もう一つあるけど、それはまた後ほど。

 

「……おなかすいた」

 

 囚われの身だったけど、朝昼晩、必ず三食ご飯を食べさせてくれた。カサカサのパンに冷たいシチュー……奴隷みたいなメニューだったけど。

 お腹の減りを気にしないように、あの頃の私は、ただただ石の空を見上げていた。

 

 

*********************************

 

 

 私は、両親を知らない。物心ついた時には一人で、汚れた白い服の上にボロボロの黒い布を纏って、霧の街(ロンドン)を歩いていた。

 お腹が空いたら食べ物(売り物)貰って(盗んで)、眠くなったら暗くて安全な場所を見つけて休む毎日。今思えば、いつ死んでもおかしくない生活だった。

 けど、街で出会った男に知らない場所へ連れ込まれ、外の見えない部屋に入れられたことで生活は一変。

 起きて、部屋の外で誰かが泣く声を聞いたら始まり。つまらない部屋で独り遊びをして、三回ご飯を食べたらベッドで寝る。前よりは安全だけど、前よりもつまらない生活。

 

 けど、たった一つだけ──とても楽しい『遊び』があった。ここでできる『遊び』の中で、一番楽しい『遊び』だった。

 誰かの悲鳴を聞いて、つまらない『遊び』を終えて、三回ご飯を食べて、眠くなったら合図。いつも私はわくわくしながらベッドで横になり、静かに目を閉じていた。

 

 一番楽しい『遊び』──それは、(物語)の続きを見ること。夢の話は、今でも鮮明に覚えている。

 この夢は、連れ込まれた部屋で生活してから見るようになった。それと何回も見ている内に、前の夢から続いていることを子供ながらに理解した。

 夢の中で私は、あの頃の私より少し大きくなった身体で、ナイフを持って戦っていた。私だけじゃない──みんな(わたしたち)で戦っていた。

 悪い魔法使い達、鎧を着た剣士、綺麗な顔立ちの歩けない人──色んな人と戦った。一方で人殺しもしていたけど、善悪の区別がつかなかった頃の私は、夢の中の小さな子が、とてもかっこよく思えた。

 夢の中で色んな言葉を聞いた。魔術師、聖杯、サーヴァント……当時の私にはよくわからなかったし、正直今もわからない。

 だけどひとつだけ、小さかった頃の私は覚えた。

 

「解体するよ?」

 

 戦っていた女の子の名前は――ジャック・ザ・リッパー。

 

 

*********************************

 

 

 あの楽しい『遊び』には、終わりがあった。

 何回目かの夢。わたしたちの大好きだったおかあさんが、殺された。長い髪の女の人に殺されてしまった。

 おかあさん──優しくて、あったかくて、大好きだったおかあさん。おかあさんを殺した人を、皆を、許せなかった。だから、わたしたちで苦しめた。

 おかあさんを殺した人。世間知らずな男の子。二人とも苦しんでくれた。でも金髪の女の人は、わたしたちを見ても苦しまなかった。

 女の人は、優しい顔でわたしたちを送った。夢は終わりだと、子供へ言い聞かせるように。

 

 夢から醒め、現実に戻った私は、あの(物語)はもう終わりなんだと、子供ながらに理解していた。

 同時に、現実の私の最後──今まで泣いていた子のように、私も男の人に連れて行かれるんだと、予感を覚えていた。

 だけど、扉が開く音も、男の怒鳴り声も聞こえなかった。必ず来るご飯もまだだった。

 楽しい夢が終わって寂しかったのを覚えている。その気持ちを抱えながら、ドアが開かれるのを待っていた……けど、男の人は中々来なかった。

 

「……まだかな」

 

 思わず声に出してしまう──そんな時だった。

 

 いつもの扉が開かれる音が聞こえた。けど、男の怒鳴り声はなかった。いつもと違う流れに、当時の私は疑問を抱いていただろう。

 そして、ずっと閉まっていた私の部屋の黒い扉が、重い音を立てて開かれた。

 

 扉を開けてくれたのは──私と同じ白い髪に、白い肌と、不思議な身体を持った、見たことのない男の人だった。


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