掛毛布も敷毛布もない、寝れたらいいだけのベットと、手荒に扱えばあっという間に壊れてしまいそうな木製の机と椅子。それら以外は何もない、暗くて狭い石作りの部屋。
当然、娯楽なんて一切無い。死ぬほどつまらなかったその部屋に、小さかった頃の私はいた。
「いやぁああああっ! いやぁあああああああああっ!」
「おらっ! さっさと来い! ボスがお待ちかねだ!」
黒く冷たい鉄の扉。その向こう側で、泣き喚く女の子の声と、怒鳴りながらも喜んでいるように聞こえる男の声が響いていた。
それが毎日……あの頃はいつが日の変わる時なのかわからなかったけど、とにかく毎日だ。
きっと女の子は、最後の力を振り絞って男の手から逃れようとしていたのだろう。けど、扉の閉まる非情な音が鳴り響いた後は、もう悲鳴は聞こえなくなっていた。
「んしょ……っと」
今の流れが終わった後、幼い頃の私は決まって小さな石を使い、尖った部分で壁に白い線を描いていた。あのつまらなかった場所で出来た、私考案の数少ない『遊び』だった。
他には、ベッドに腰を降ろして顔を上げて
「……おなかすいた」
囚われの身だったけど、朝昼晩、必ず三食ご飯を食べさせてくれた。カサカサのパンに冷たいシチュー……奴隷みたいなメニューだったけど。
お腹の減りを気にしないように、あの頃の私は、ただただ石の空を見上げていた。
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私は、両親を知らない。物心ついた時には一人で、汚れた白い服の上にボロボロの黒い布を纏って、
お腹が空いたら
けど、街で出会った男に知らない場所へ連れ込まれ、外の見えない部屋に入れられたことで生活は一変。
起きて、部屋の外で誰かが泣く声を聞いたら始まり。つまらない部屋で独り遊びをして、三回ご飯を食べたらベッドで寝る。前よりは安全だけど、前よりもつまらない生活。
けど、たった一つだけ──とても楽しい『遊び』があった。ここでできる『遊び』の中で、一番楽しい『遊び』だった。
誰かの悲鳴を聞いて、つまらない『遊び』を終えて、三回ご飯を食べて、眠くなったら合図。いつも私はわくわくしながらベッドで横になり、静かに目を閉じていた。
一番楽しい『遊び』──それは、
この夢は、連れ込まれた部屋で生活してから見るようになった。それと何回も見ている内に、前の夢から続いていることを子供ながらに理解した。
夢の中で私は、あの頃の私より少し大きくなった身体で、ナイフを持って戦っていた。私だけじゃない──
悪い魔法使い達、鎧を着た剣士、綺麗な顔立ちの歩けない人──色んな人と戦った。一方で人殺しもしていたけど、善悪の区別がつかなかった頃の私は、夢の中の小さな子が、とてもかっこよく思えた。
夢の中で色んな言葉を聞いた。魔術師、聖杯、サーヴァント……当時の私にはよくわからなかったし、正直今もわからない。
だけどひとつだけ、小さかった頃の私は覚えた。
「解体するよ?」
戦っていた女の子の名前は――ジャック・ザ・リッパー。
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あの楽しい『遊び』には、終わりがあった。
何回目かの夢。わたしたちの大好きだったおかあさんが、殺された。長い髪の女の人に殺されてしまった。
おかあさん──優しくて、あったかくて、大好きだったおかあさん。おかあさんを殺した人を、皆を、許せなかった。だから、わたしたちで苦しめた。
おかあさんを殺した人。世間知らずな男の子。二人とも苦しんでくれた。でも金髪の女の人は、わたしたちを見ても苦しまなかった。
女の人は、優しい顔でわたしたちを送った。夢は終わりだと、子供へ言い聞かせるように。
夢から醒め、現実に戻った私は、あの
同時に、現実の私の最後──今まで泣いていた子のように、私も男の人に連れて行かれるんだと、予感を覚えていた。
だけど、扉が開く音も、男の怒鳴り声も聞こえなかった。必ず来るご飯もまだだった。
楽しい夢が終わって寂しかったのを覚えている。その気持ちを抱えながら、ドアが開かれるのを待っていた……けど、男の人は中々来なかった。
「……まだかな」
思わず声に出してしまう──そんな時だった。
いつもの扉が開かれる音が聞こえた。けど、男の怒鳴り声はなかった。いつもと違う流れに、当時の私は疑問を抱いていただろう。
そして、ずっと閉まっていた私の部屋の黒い扉が、重い音を立てて開かれた。
扉を開けてくれたのは──私と同じ白い髪に、白い肌と、不思議な身体を持った、見たことのない男の人だった。