突然扉が開けられたと思えば、人間とは思えない機械じみた身体を持つ男が入ってきた。
普通の子供なら泣いて怖がる。けど、あの頃の私には『怖い』という感情がなかった……というか、わからなかった。
外から男の怒鳴り声が聞こえても何とも思わなかったし、夢の中での戦いも、全然怖くなかった。むしろ楽しかった。
だからだろう。私は呑気に首を傾げて、男の人にこう尋ねた。
「だれ?」
「……っ! 良かった! まだ生き残っていた子がいた……!」
私の声を聞くやいなや、男の人は駆け寄って私を優しく抱きしめてくれた。細い身体が決して傷つかないよう、大切に。
「おむかえの人?」
「あぁ……君をここから連れ出す為に、迎えにきた」
他の子みたいに、という意味で尋ねたのだが、男の人は語りかけるようにそう答えた。
次に彼は私を軽く持ち上げると部屋の外に出て、急ぐように駆け出した。顔に当たる風が、やけに心地よかったように思う。
突然のことに私は混乱……してなかっただろう。幼い上に生活環境が最悪だったし、思考もうまく働いていなかったと思う。
けど、あの時私は確かに、安心感を覚えていた。けど、夢の中のおかあさんのような、傍にいてほっとするような感じとは違う。
この人の傍にいれば、何があっても大丈夫。そう思えるようなものだった。
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しばらく走ったところで、彼は身を隠すように足を止めると、私を床に降ろした。なんとなく名残惜しかったのを覚えてる。
彼は私に目線を合わせると、留守番をする子供に言い聞かせるように優しく告げた。
「いいかい? 君はここで静かにして待っていてくれ。大丈夫、すぐに戻ってくる。それと……耳を塞いでいてくれるかな?」
両耳を塞ぐジェスチャーをしながらお願いしてきた彼に対し、幼い頃の私は頷きながら耳を塞ぐ真似をした。
彼は満足そうに笑うと、近くにあったダンボールを私に被せた。僅かに見える隙間からは、彼がどこかへ向かったのが見える。
ずっと部屋に籠もりきりで、歩くのもままならない現状。大人しく待っているのが正しい判断だっただろう。
けど私は、彼の言いつけを破ってダンボールから出た。四つん這いで、誰にもバレないように通路を進んでいった。
……ちょっとだけ、ダンボールに後ろ髪を引かれたけど。
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響き渡る男の叫び声。部屋の外から聞こえていた、女の子の助けを呼ぶ声とどこか似ていた。
それを頼りにしながら進んでいると、突き当りにぶつかった。二階に位置する高さにいた私は、上から一階を見下ろす。
倉庫として使われていたであろう場所。周りにはコンテナが見られたが、そのほとんどが綺麗な断面図を見せていた。
エリアの中心には、先程出会った彼がいた。彼の前には、ナイフを持った三人の男達。そして彼等の周りには──コンテナと同じように真っ二つにされた男が何人も転がっていた。
「俺が雇ったサイボーグ共を次々と破壊しやがって……! だがいい気になるのもそこまでだ! やっちまえ!」
真ん中の男が悔しそうに彼を見つめながら、両隣の男に指示を出した。サイボーグと呼ばれた二人は同時に彼へと向かって駆け出す。
「フンッ!」
けど、彼が手に持っていた剣を振るうやいなや、あっという間に二人の男は両断された。彼等の切断面から、白い血が流れ落ちる。
残った男は彼の圧倒的な強さに畏怖したのか、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなっていた。
「なんなんだ……なんなんだお前は!?」
「下衆な悪党に名乗りたくはないが……まぁいいだろう。冥土の土産に教えてやる」
私と話していた時とはまるで別人のような、ドスの効いた彼の声。
彼は手にしていた剣を男に向けながら、自身の名を名乗った。
「俺の名は
彼は──私が夢で見たあの英雄と、同じ名前を持っていた。
「貴様が殺してきた何人もの子供達……その苦しみを、たっぷりと味あわせてやる!」
横から見える彼の顔が、歪んだ笑顔に変わる。そして男に向かって駆け出すと、剣で男の身体を斬りつけた。
何度も何度も何度も何度も。私以外の、殺されてしまったであろう女の子達の無念を晴らすように。
斬りつける度に、男の身体から赤い血が飛び散る。気付けば男の身体は無残にもバラバラとなり、ただの肉塊へと成り果てていた。
彼は剣を片腕で挟み、勢いよく抜いて剣に付着した血を飛ばしてから鞘に納める。彼の身体は、赤と白の返り血にまみれていた。
血まみれの身体。怒りと喜びが混じったような怖い笑顔。容赦なく相手を斬り刻む残忍さ。悪魔と呼ぶに相応しい存在。
スーパーヒーローに憧れる子供達が見れば、誰もが声を揃えて「怖い
でも、私は──。
「……わぁ……」
もうひとりの
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その後、私はバレないようにダンボールにあった場所へ戻ろうとしたけど、彼に先回りされて見つかってしまった。
彼は私を見つけるやいなや、大丈夫だったかと心配してくれた。身体に浴びていた血はどこかで洗ったのか、綺麗に無くなっていた。
だけどすぐに怒ったような表情で、私に「見たのか」と尋ねてきた。正直者なあの頃の私は、コクンと頷いて彼を見上げた。
私の目は、スター俳優を目の当たりにした女性ファンのようにキラキラしていたのだろう。彼は少し驚いた様子を見せると、小さく息を吐いてこう伝えてきた。
「君がこれからどう生きるかは君次第だ。だけど、できれば……今見たことは忘れてくれ。そして、俺みたいな人間にならないように生きて欲しい」
その願いに対して、私がどう答えたかは覚えていない。多分、理解できずに首を傾げただろう。
あとは、彼にまた抱きかかえてもらって、倉庫から脱出した。途中から眠たくなってしまい、私は彼の腕の中でぐっすりと眠った。
思っていたよりも、あの頃の私は疲弊していたようで、一週間は眠りっぱなしだった。
目を開けた時には、あの部屋とは比べ物にならないほど綺麗な部屋にいた。そこは病室だった。
意識がはっきりした所で私の前に現れてくれたのは、彼ではなく、朗らかな女性の人。
彼女は孤児院を経営していて、行く宛のなかった私を引き取りにやってきたんだ。
「貴方、お名前は?」
その人に目線を合わせて尋ねられた私は、少し黙った。
両親も知らなかった私には、当然名前なんてわからなかった。
でも──呼ばれたい名前はあった。
「……ク」
「えっ?」
聞き返す彼女に、私は元気な声で名前を教えた。
「私の名前は、ジャック!」