ある程度の事は宇田川さんから江戸川さん側に伝えてもらっていたので、話はすぐに済んでしまった。念のため、最後に走り書きでメモをとった内容を復唱させてもらった。
「今日はお時間ありがとう御座います。では、レギュレーションの最終確認をさせてもらいます。今回はオールスタンディングのフロアで、スタッフパスとTシャツを着用の上、カメラマン専用の腕章を着用。手元の照明は無し、できる限り明かりを落とすので、カメラの確認画面もオフ。撮影可能演者はAfter Glowのみ。撮影演目以外は舞台袖の控え室での待機、最前列での撮影と最後尾固定のビデオ撮影席での撮影以外は禁止、ビデオの撮影の邪魔にならないように注意した上での撮影……、ぐらいでしょうか?」
After Glowの出演は1曲のみだ、その時間で画面確認をしていたら撮影時間は無いに等しいだろう。他の出演者にカメラを向けれないのは、参加上の規約に主催のカメラ撮影を許可を明記しておらず、こちらの目的はライブ撮影では無く、After Glowだけの撮影であることを考えると演者全員にアナウンスする手間などを考えると他は不許可とするのが一番だろう。画像でのトラブルもできるだけ避けたいのでこの辺はよかったと思う。
ビデオ映像の導線には気を付けなければならない、江戸川楽器店では今回のライブ映像を演者向けに販売するので売り物に傷をつけるのと同意味となる。
「そうだな……、個人的にはちょっと厳しいかも知れないけど、After Glowが使ってる楽器をピックアップしたシーンをライブ中に撮影出来たら一番良いんだけど、大丈夫そうかい?」
「申し訳ないです、それは出来かねます。彼女たちの持ち時間は5分程度だと思いますので、流石に時間が足りませんね……。私も初めてライブ撮影なので正直どこまでできるか……」
9割本気でお断り。あれもこれも……と雪だるま式になるのは勘弁だ。
「だよなぁ……。また機会があったら、その撮影なんかもお願いできると助かる」
「ええ。またお声がけいただければ……」
「おじさん、なんでまた楽器なんて撮る必要あるんだ?」
「そりゃ、うちの店でガールズバンド活動してるのってまだまだ少なくてよー、折角だから販促ポスターに使えりゃいいなぁってさ」
「ポ、ポスターだぁ? おじさん、そりゃ駄目だって。うちの蘭がまず駄目!って言うに決まってんじゃん」
「そこを援護してくれよぉー。巴ちゃーん」
「おじさんの頼みでも流石に無理だって……」
顔の前で手を振る宇田川さん。ただでさえも写真嫌い、それがいつも行く店頭のポスターになるとか多分怒るどころの話じゃないだろうなぁ……、と心のどこかで笑う。
「まじかぁ……。あ、真琴ちゃん確認内容は問題ないぜ。後はリハ日と直前リハの時間くらいかな? 当日のタイムスケジュールもでき次第、宇田川さん経由で送るようにする」
「あっ、追加で確認を……、After Glowは何か演出の予定ありますか?」
「いや、今回はどこも照明演出は一切なし。スポットライトオンリーだ。純粋に楽器店の宣伝ライブみたいなもんだからさ」
「店長は宣伝って言うけど、このライブはどっちかと言うと楽器を買ってくれた人の発表の場を作るっていう感じなの、だから、このライブはある意味皆の成長具合を見たいって言う店長の考えなわけ、ひたすらメンテを装って電話して活動状況確認するのすごく大変だったんだから……」
「槇村~! おれのメンツを保ってくれ~!」
江戸川さんが宣伝と言って胸を張る姿を見て呆れたのか槇村さんが口を挟む。
「うわー、江戸川さんらしいですね~」
「まりなちゃん! 勘弁して、背中が痒くてしかたねぇよ!」
崩れたところにさらに月島さんがオーバーキルしに行く……。なるほど、楽器は売りっぱなしって言うわけじゃないぞ! ってとこかな? 普通にいい店長さんじゃん。
「望月さん、一応舞台見ていく? 今日の夜ライブやるから今ちょうどほかの人が設営してるけど?」
「ホントですか? じゃあ、見せてもらってもいいですか?」
「俺たちも一応ついていこうかね」
「なら、あたしは練習戻るな。望月さん、あとで試し撮りだっけ? やるんだろ?」
「うん、お願い、隅っこのほうでカメラの設定をあわせたい」
宇田川さんとは一度別れ、月島さんの案内を受けて地下のライブハウスへ移動する。前方と中盤に柵、後方中央に機材席、舞台袖の控室……。いろいろと月島さんに案内してもらいながら撮影アングルを考える。
「ケーブル類は基本むき出しだけど、テーピングするから大丈夫とは思うけど、当日転ばないようにね?」
(広い……、それに天井も高い……)
黒で統一されているからなのか? もともとが広く設定されているのか、少し高めに設定されているであろう舞台側から下に広がる客席側を見るととても広く感じる。
(あの子たちは……ホントこんな場所で歌うの?)
注がれる視線考えただけでも戸惑いを覚える。正直、私にはこんな場所で歌えと言われても気持ちよく歌える自信が無い。なんなら歌詞が飛んで頭が真っ白になるまであるだろう。
そんな戸惑いを覚えつつ、限られた時間の中で自分の仕事のための下見を続けていく。
「一通り下見はできた?」
「あ……。はい……、出来ました。ありがとうございました」
「ならよかった。舞台関係でなにか質問はある?」
「いえ、とりあえずは大丈夫と思います」
「じゃあ、俺たちは此処で。真琴ちゃん、いい写真撮れるといいな」
「あっ、江戸川さん、槇村さん。今日はありがとうございました」
江戸川さんが私の肩をポンポンと叩いて、槇村さんを連れてライブハウスから出ていくのを見送る。
いい写真……コレは思った以上に難しいぞ……。アングルが思った以上に限られてる。レギュレーション上、撮る角度が限られてる。真正面から撮るのにしてもビデオ導線があるので、最前列で屈むことを意味しており、少し見上げることになる。下手に立つとオーディエンスの視界に入りかねない。
「どう? なんとなくイメージ出来た?」
月島さんがニヤニヤしながらこちらに顔を向けてくる。
(この人多分顔は良いけど、性格ちょっときついの? なんとなく察してるんでしょ……難しいってこと……)
「そうですね……」
しかし、今更だ……。あの日、なし崩し的ではあるのが受けたのは私だ。少しでも罪滅ぼしになればとは思ったが、コレは非常に難しい。
「月島さん、ちょっと手伝ってもらって良いですか?」
「ん? なに? 私でできることなら何でも」
「なら……」と舞台の方を指を差し。
「あそこギター置いてあるじゃないですか? 試しに舞台に立ってギター持ってもらっていいですか? 距離感知りたいので」
「はーい、じゃあ行ってくるね」
月島さんが舞台の方に行く間に、肩からぶら下げていた一眼レフのレンズカバーを外し、電源を入れ、はじめに施していた設定から一部設定を変更し最前列へ移動する。
舞台上でギターのストラップを首からぶら下げ、ギターを構え終えた月島さんが「舞台でギター持つのかなり久々かも……、コレ音出るのー?」と周りのスタッフに確認している。その風景をファインダー越しに確認しながら、何枚か試し撮りを行いながら確認画面で画角確認をする。
(やっぱり見上げる感じだな、位置的には単焦点の種類があれば単焦点で撮るけど……)
頭の中でレンズケースに収まってる該当するレンズを思い浮かべるが、あいにく叔父も1種類しか持っていない。今後、バリエーションとしてちょっと視野に入れても良いかも知れないと思いながらも、月島さんの姿をファインダーで追う。
何やら背後の機械をいじってるようだ。月島さんがこちらに向き直り、「じゃあ、いくよー」と声を出し、ギターを掻き鳴らし始めた。音を掻き鳴らすギター、さっき外で見た女性のギターとライブハウスのギターの音では大きさが違った。設置された大型スピーカーを通じて、ビリビリ耳に来る感じ……、思った以上に音の嵐だ。
(この音の中、撮影するのか……)
カメラを構えつつ、想像以上の速さで動く月島さんに翻弄されながら、音響の大きさに焦りを刺激される。月島さんがファインダーから外れる度に、視界を眼の前に持っていき何度も調整するが、それでは遅くなり、余分な余白が出てしまう。
(速っ! まじですか……。演奏ってこんな激しいの? さっきと同じフレーズが流れてるから……今、2回めのサビ? 後どれくらい時間残ってる? 何枚撮れた?)
何もかもが想定外。細かく動くギター、弦を弾く手首、リズムに乗って揺れる体……。全部が未体験。今までまともに見たことのない『演奏する人』の姿。それをファインダーに写すことだけで精いっぱいになる。
◆◆◆
扉を開けると響く演奏。
(この曲……、多分叔父さんの車の中で聞いたことがある。誰の曲だっけ……)
彼女たちは目線ではこちらを見たが、私の乱入は彼女達の予想内だったのだろう、演奏の手を止めることはしない。浴びるような歌声と楽器の音。低い音から高い音まで、すべての音が重なって1つの音になって、音楽に飲み込まれる。先程、地下の舞台でも音圧のビリビリした感じを浴びたが、こっちもまた熱い。出入り口の扉を閉め、そのまま音のあふれる部屋の中でカメラを構える。先程とは違い、ほぼ目線は同じ。音の圧もライブハウスに比べればまだ優しい物だ、スペースも軽快に動き回るほどのスペースも無い。
正確にシャッターを切っていく。曲の途中からではあるが、写真を撮っていたらいつの間に音は鳴り止んでしまった。
「ねっ! どうだった? 私達の演奏うまく弾けてたでしょ」
「うん、すごく良い音だったと思う。ホントすごいよね、そんなに手動かないよ」
「でっしょー、めちゃくちゃ練習したんだから」
「ひまり、調子に乗らない……。望月さんが入ってきてからテンポ乱れてたし……」
「うっ……」
「そうなの? 全然気づかなかった」
「ひーちゃんが早くなったり遅くなったりするのはいつもの事だよー」
気分上々だった上原さんはすっかりしょげちゃってる。
「まぁ、コレでとりあえずは形にはなったかな? 望月さん、そっちはどんな感じ?」
「あー……、宇田川さん今回正直きついね。無難な形にはするけど、正直期待しないで」
「ほほー、の割にはガッツリさっきも撮ってたんじゃないのー?とてもじゃないけどそんな風に見えないなぁーって」
青葉さんがカメラを構える格好をして、右手人差し指を上下する。
「まあね」と言いながら、ポケットからスマホを取り出し、アプリを立ち上げカメラを連動させる。写真が何枚か転送されてくる、5人それぞれの写真をできるだけ、それぞれの楽器と手をピックアップして写る様トリミングし、1枚の画像にして、最後に赤~茶色セピア調の色調に変更、彼女らのバンド名を黒文字で書き込む。出来上がった画像をそのまま彼女らのSNSに転送する。
「今送ったよー。まぁ、デザインとかさっぱりだけど……ざっくりとこんな感じ」
スタジオのあちこちでそれぞれの音が鳴り、画像の着信を告げる。
「なんでそんな短い時間でこの画像ができるの……」
「ホントすっげぇな……」
「うんうん、すごいよ望月さん。この画像待ち受けにしようかなぁ……」
「ほほー、コレはかっこいいですなぁ」
「……」
それぞれが画像を褒めてくれるが、多分よく見るようなデザイン画像なのでネットを探せばいくらでもあるだろうけどね。
「ほらほら、蘭も見ろってめっちゃ熱い画像だぞ」
「ほんとエモエモですなぁ~」
「……」
美竹さんがちらっとこちらを見てはスマホを見て……という、行動を繰り返してる。あら? お気に召さなかったか? まぁ、写真を勝手に加工しちゃったもんなぁ……。
「ん? どうしたの蘭? なんか変だった? 蘭もすっごいかっこよく映ってるよ?」
「……あたし」
上原さんが、美竹さんの様子が変なのに気がつく。
「あたし、……望月さんの連絡先知らない。皆はなんで知ってるの?」
「……ソウデシタネ、私モ美竹サンの連絡先知ラナイネ……」
「「「「……」」」」
ちょっと泣きそうな美竹さん。しまったなぁ……、すっかり知ってるつもりになってた、完全にうっかりしてた……。周りを見るとみんな一様に眼を合わせてくれない、むしろ意図的に逸してる。せめて、助け舟を出してくれないかなぁ……。