限定時間   作:西月

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夕焼けの観測方法

 結局、あの後美竹さんとも連絡先を交換して「悪くないじゃん」という評価をいただけた。その後、少しの時間休憩を挟むことになった。練習が始まってから、通しでひたすら曲の音合わせをしていたらしい。

 

「望月さんって、すげー交渉事うまいよな」

 

 そんな宇田川さんの人から始まった。私自身の話。どうやら先ほど江戸川さんとのやり取りを見ててそう思ったらしい。

 

「なんか、超仕事ができる人って感じだったぜ」

「ははっ、あれはどっちかというと叔父さんのビジネス本の影響かなぁ、家に山ほど溜まってるから、すんごい暇な時にたまに読むと面白いの。実感沸かないことは多いけど、役に立つこともあるねぇ」

「へぇー、ビジネス本って滅茶苦茶、字が多いイメージだなぁ~。私読んでたら寝ちゃいそう」

「うーん、私もかなぁ……、イラストとか少なさそう」

「最近のは実はそうでもないよ、上原さんも羽沢さんも一度書籍コーナーで見てみたらいいと思う。漫画調みたいなやつあるよ」

「うーん。漫画調なら、読めないことはないかなぁ……」

「うん。まぁ、上原さんにも活かせることもあると思うよ?」

 

 上原さんは「うーん」と言いながら、何やら考えているようだが、ビジネス本を読んだところで、活かせる場所は限られている。叔父曰く学生の本分は学校の勉強である、が、学問の勉強は大事だが、社会的知識の勉強は速いに越したことはないとよく言ってた。

 

「ねぇ、モカー」

「んー? ひーちゃん、どしたの? 人恋しくなっちゃった?」

 

 ギターをいじりながら美竹さんと青葉さんが2人で何やら話しているところに割り込んで行く。

 

「そんなことないもんっ! ねぇ、望月さんの事、なんて呼んでるの?」

「まこちーだねぇ」

「望月さんからどう呼ばれてる?」

「青葉さんだねぇ」

「ハンティングされた蘭はどう?」

「ハンティングって……、それどういう意味なの。あたしは美竹さんって呼ばれてる」

 

 いまいち読めないが、上原さんはふむふむと言いながら、何やらうなずいてる。いったいどうしたんだろ……。カメラバックを引き寄せ、ズームレンズを一眼レフから取り外し単焦点レンズに取り換える。このスタジオには割と置かれている機材が多い。そのため画面がごちゃっとした感じが気になる、が、これがスタジオであることをうまく見せつつもシンプルにする方法を模索する。

 

「望月さん? それって何してるの?」

「んー? まぁ、レンズの種類を変えて、みんなのより近くで弾いてる様子を撮ろうと思ってね」

「レンズの種類?」

 

 羽沢さんが、私のレンズを外す姿を疑問に思ったみたいだったらしく。首を横に傾げながら聞いてくる。一眼レフを触ったことがないと、いまいちピンとこないか。普通のデジタルカメラじゃ、標準ズームと光学ズームぐらいだろうからねぇ。

 

「簡単に言うと、さっきまでのはズームが得意なレンズだったの。だから多少離れててもみんなの姿は大雑把に写しやすいの。今度のはズームがついてないレンズ。ズームできない分、近くに移動しなくちゃいけなくけど、その分細かく映せる……って、多分画像の違いを見ないとこれはわかんないわよね」

「うーん、ちょっと難しいかも……」

「まぁ、私も言葉だけで説明すると下手だからあんまり気にしなくてもいいよ? ほら、羽沢さん行くよ~」

 

 そんな事を言いながら、レンズを向ける「わっ! わっ!」と慌てながら、きりっとした顔でキーボードを弾く体制をとる。彼女はほんとにかわいいわよねぇ……、After Glowはそれぞれの個性が濃いと思う。私の知ってる人の中でもかなり濃ゆい集団だ、叔父はそれを上回るが同世代でそれを追随する人を今まで見たことなかった。そんな中でも羽沢つぐみは見た目はすごく真面目で清楚だ。服も性格も落ち着きがある。ちょうど対極にあるのは上原ひまりだろうか?

 個性の塊の中で、みんながちゃんと1つに纏まってる。それがすごくいいと私は思う。本当に羨ましく思う。そんな彼女らとこんな風に一緒にいる事すら個人的にはとても気兼ねをしてしまう。

 

「さて……」

 

 そんなやり取りをしながら、チラッと腕とは対照的なゴツイ腕時計を見る。

 

(12時から2時間なら、そろそろ終わりなのかな?)

 

 美竹さん達のほうに向き直すと、先ほどまで青葉さんと上原さんと何やら話し合ってたことが終わったみたいで、上原さんは「うんうん」と言いながら、頷いている。

 

「さー、休憩終わりー! もう2回ほど通しで弾いて、煮詰めていこー! いくよー? えいえいおー」

「「「「……」」」」

 

 和気藹々とした空気が一気に冷え込んでいるのが見えた。なんか、この部屋エアコン設定温度低くないですか……? 上原さんは泣き顔で「なんで誰もやってくれないのー」と嘆いてるが、あのテンションには私もついていけないなぁ……。

 

 ◆◆◆

 

 私は引き続き写真を取り続けた。時に画像の確認も挟みつつだが、基本的には動き『この音が鳴ると一番撮りごたえのあるシーンになる……』をよく見て覚えておくことを重視する。バンドのフォーメーションチェックに近いが、どっちかというと『癖』みたいなものをずっと探している。普段から何気なくやっている事はきっと、本番でも同じようにするはず。

 僅かな時間ではあったが、それは徐々に見えてきた気がした。例えば、上原さんと宇田川さんがお互いの音を合わせる瞬間にお互いの顔を見るとか。羽沢さんはサビに入るとすごくいい顔で顔を上にあげるとか。青葉さんはああ見えて決めるところ決めてちゃんとギターでアクションする。蘭は……あれはどうなんだろうな、ボーカルに入る瞬間と終わってすぐに、メンバーの誰かしらの顔を見る。

 ライブ前で何より、1曲だけなのでそれぞれの『癖』なのかはわからない。単焦点レンズに変えてみた本当の理由はこの『癖』を探すために全員の細かな動きを見たいから。ペダルや機械を踏む動作や仕草、マイクを握る瞬間、コーラスの瞬間。できる限り近くでその動きを見て『癖』を見たかったからだ。

 

(正解・不正解は後はリハーサルの時にチェックってとこかな……)

 

 1回目が終わりが譜面に不安だった点やチェックするところを再度確認をし、各人がいろいろ譜面に記載をしていく。全員がチェックを終え、2回目の曲が始まりある程度の枚数を撮影終えた段階で、カメラを止め、彼女たちの歌を最後まで聴くことにした。

 

(原曲が薄らぼんやりしかわかんないから、もう完全にこの曲はAfter Glowの曲になっちゃってるなぁ……)

 

 原曲も結構聞いたはずなのだが、何回も同じ曲を繰り替えしていることで刷り込みのようにAfter Glowの歌声とアレンジが静かに脳にコピーされていく。それだけ、魅力的って思ったってことなのかな。吸音材が張られた壁際に座りながら、彼女たちが紡ぐ音楽を言葉の意味の通り体にしみ込ませていく。

 

 演奏が終わると、彼女たちは手早く片付けに入っていった。私も手伝えばいいかもしれないが、触ったことのない機械と彼女らの私物の区別がつかない上、どこにしまえばいいかわからないので、結局役立たずの私は一足先にスタジオを出てロビーで彼女らが出てくるのを待つ。ロビーに出ると次にスタジオに入るのだろうか? 紫の長髪をたなびかせる女性が壁際のソファー席で譜面を読んでいるのが目に入る。彼女の邪魔にならないように、私はソファー席の隅のほうへ行きそこで、カメラバックからタブレット端末を取り出し一眼レフで撮影した画像の一部を転送し、そこから家のNASに転送予約する。処理待ちしている間に虚空を見つめながら私の問題を改めて考える。

 

 大きな問題点は画角の問題だ。『撮影する方向が決められている』ということは撮影される絵は自然と決まる。最後尾のカメラ席から舞台を撮影した場合、距離を稼ぐ必要がある。ズームレンズで距離をカバーしようとすると焦点距離は長くなる……、つまり画角が狭くなるし、遠い被写体を写すと圧縮効果で背景が全体的にボケてしまう。

 ボケてもよいと思うのだが、それでは後ろに並んだメンバーも一緒にボケる事になる。かと言って柵前の最前列で撮影すると、被写体との距離は近くなる。焦点距離を短くして大きく映すのはいいが、舞台上の遠近感をそのまま再現することになる。全体を写すにはある程度の距離を稼がなければいけなくなる。彼女たちが望む一番のものは何なのか?After Glowは美竹さんに今の形を見せ、安心させたいと言った。写真はそのための物、ならば……。

 

「まこちー? どしたの、すんごい難しい顔をしてる」

「……ごめん、完全にぼーっとしてた。ちょっと疲れたのかも……。片付けは終わったの?」

「ギターの片づけは早いのだよー。いつもアンプ借りるだけだからねー」

 

 問題を考えていると青葉さんがいつの間にか横に座っていた。スタジオの方を見ると残りのAfter Glowの面子が荷物片手にゾロゾロと出てこちらにくる。

 

「疲れたー! 甘いもの食べにいこー!」

「だなぁ。久々のスタジオだからってちょっと調子乗りすぎたな~」

「でも、みんなのおかげでだいぶいい感じに仕上がったね」

「だね。みんないい音出てた」

 

 タブレットを見ると、転送処理が完了していた。ちょうどいいタイミングだ。

 

「そっか。お疲れ様」

「この後、多分ファミレス行くけどまこちーも来るよね?」

「んー、邪魔にならないならついていこうかな。今日の写真も見れるように準備したし」

「じゃあ、ひーちゃんに言ってくるねー」

 

 青葉さんは荷物を私の横に置いて、カウンターでカギを返して料金を支払ってる上原さんのところへ駆けていった。本当は家に帰って、今日撮影した内容を確認したいところだが、未だ自身の中に先ほど考えていた振り切れないモヤモヤした感じ、もう少し仲睦まじいAfter Glowの事を見ておきたかった。タブレットに表示されている写真を何回かスワイプして、今日撮影した内容を見返しながら彼女らがこちらに来るのを私は待っていた。

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