ここのアイスコーヒーは少し薄い。氷を入れるとたちまちコーヒー風味の水になってしまう。先ほどは我慢したが、今度はフレーバーティーにしよう。
休日の夕方、15時のおやつの時間を超えたがドリンクバーコーナーは入れ替わり立ち代わりで人がやってくる。カウンターでポットを手に取りジャスミンティーなら、そうそうハズレは無いだろうと思いながら、紙袋に入ったジャスミンティーのティーバックを取り出しポットに入れ、お湯を注ぐ。飲み放題のフレーバーティーなんてたかが知れているだろうな、と思いながらも注がれている湯気からほんのりジャスミンの香りが少しだけした気がした。
「まこちーは紅茶?」
青葉さんも目的のコーヒーが入れ終わったようだ、右手にカップに指をかけて、左手でソーサーを持っている。
「ジャスミンティーよ。さっきアイスコーヒー飲んだらハズレだったから……」
「あるある~。すんごい薄いやつがでる時あるねぇ」
「まさにそれだったわ、なんて言うのかしら……コーヒー出汁? みたいな味がしたわ」
お湯を入れ終わったポットを持ち、近くに置かれていたカップを手に取る。残念なアイスコーヒーの話に「ありゃりゃ」と相槌を打つ青葉さんと一緒に席のほうへ歩いてく。二人とも熱い飲み物を持っているため、人にぶつからないようにゆっくりと歩いてく。
「……ねぇ、まこちー。さっきの蘭の顔、見た?」
青葉さんは前を向きながら、しゃべりかけてきた。席に着いてからではダメな『話題』ではないはずなのに、なぜ彼女が今この歩いてる時にその話を振ってきたのかが分からなかった。
「『さっき』っていうのはどの時?」
「うーん、スマホにメールが来た時と席を立っていくとき」
振り返った青葉さんの顔は少し苦々しい顔だが、その眼差しは真剣だった。
先ほど起こったことを思い出す、美竹さんスマホに着信があった瞬間は少し驚いてしまったからちゃんと見ていなかった、が、席を立った瞬間は寂しそうな顔をしていた。
「蘭はね、寂しがり屋さんなんだ。それに意地っ張り、だから言葉にしないの……」
「……」
「蘭、メール来たときすごく泣きそうな顔してた、出ていくときも寂しいって言う表情してた」
「そうね、私はメールに着信が来たときは見逃したけど、出ていく時は見たわ」
「まこちーはどう思った?」
先を歩いてはずの青葉さんは立ち止まってそう話す。どう思った? か……、なんかすごい難しい話になってきた気がする。そもそも、なぜ青葉さんはそのことを私に聞くのか? グループではすでに解が出ているのか?
「ここじゃ、少し危ないから席に戻ってからでもいいかしら?」
「……」
「だめかしら?」
「うん……」
さっきまで飲んでいたアイスコーヒーの薄い味、意外と口の中に残ってるのよね……。なんか苦くて仕方ない。立ち止まっていた青葉さんを追い越して、自席へ歩いていく。彼女がついてきているかは、確認せずに来てしまったが着いてきているだろうか?
「モカちゃん? どうしたの顔色が少し悪いよ?」
自席に戻ってくると、羽沢さんが青葉さんの急変に気が付いたみたいだ。
「どうしたの、モカ? やっぱりお腹痛くなってきたの?」
宇田川さんとおしゃべりしていた上原さんが、青葉さんの明らかな異変を気遣う。宇田川さんも「薬貰ってくるか?」と話している。
ちょっと泡立ってるなか、手に持っていたジャスミンティー入りのポットと空のカップをテーブルに下ろし、青葉さんが手に持っていたままになっていたコーヒーの入ったカップとソーサーを受け取り、テーブルに同じく置いた。そのまま立ったままの青葉さんの手を取る。この子は少し危なっかしい。人の痛みなんて考えなければいいのに……。いや違う、彼女は自分の大事な人の痛みを考えてしまうのだろう。美竹さんは言ってた、彼女は興味がない人には興味を向けない。
「ううん……違うの、……違うの」青葉さんは、気遣う彼女たちにそう言うが、明らかに席を出る前と違う彼女。心配をかけまいと首を振る。
「青葉さん、答えを聞きたい?」
「待ってくれ、望月さん。何があったんだ? 答えってなんだ?」
宇田川さんが真剣な顔をしてこちらに問う。青葉さんの急変の原因がわからないが、私と一緒にいて起こった急変ならば原因は消去法的に私になる。その意味を込めての真剣な顔なのだろう。
私はAfter Glowに入り込んだ異物でしかない。
「そんな構えないで? 青葉さんが聞きたがっているものは、おそらくあなたたちも同じものだと思うわ」
「私たちが……聞きたがっているもの?」
「そうよ、羽沢さん。青葉さんは『さっき起こった事』に関して私の意見を聞きたがっている」
そして私はあなたたちの意見を聞きたい。答えが欲しいのはあなたたちだけじゃない。私もそうなのだ。きっと青葉モカは彼女たちよりもより深いところで美竹蘭を見ている、そして自分のように考えている。自分ひとりをまだ支える事の出来ない私たち。誰かに支えてもらってやっと立てる。そんな状況ですでに青葉モカは誰かを支えようと頑張ってる。どうしてそんなことができるのか? どうしてそんな辛い道を行くのか? 一人では何もできない、でも青葉モカにはAfter Glowがある。仲間を頼ればいい。
「少し話が逸れたわ。青葉さんまずは座りましょう?」
青葉さんの空いた両手を私の両手で包み込むように添える。ちょっと不安になっただけだろう。自分にとって大事な人、そんな人が「何かに」不安を覚えてているように見える。そして、ずっと見てきた自分に不安が伝播して「何かわからない」不安に駆られてしまう、グルグル回る負のループ。そんな質の悪いものに心を締められるまで大事な相手を思う。
(美竹さんはとてもいい友人に囲まれているな……)
青葉さんの顔は不安の顔ままだが、何とか立ったままの状態から座らせることができた。彼女は包まれた両手をずっと見続けている。ゆっくりと手をほどいていく、ほんのりとした温かさが少しずつ離れていくのを感じたのか彼女は少し戸惑うような顔をする。彼女を包むべきは私ではない。温かさを与えるのは私じゃない。だからこそ手を放す。
「青葉さん。あなたはAfter Glowよ。私はそうじゃないわ」
「……」
「だから、あなたはあなたのいる場所を見失ってはいけない。でも忘れないで?……私はあなた達を観測し続けるから、ね?」
「観測し続ける……」
戸惑うような顔をしていた彼女は、私が話した私の立場をつぶやく。
「そう。いっぱい居るあなた達の観測者の一人が私」
「まこちーは近くにいないの?」
「近すぎると被写体の全体が取れなくなっちゃうもの」
少し肩をすくめ、少しおどけて見せたが残念ながら彼女の雰囲気を変えることはできなかった。それが私にできる精いっぱいなのだから仕方がないと心の中でしまい込む。でも、話の本題に入るためには、まず青葉さんが思考の海から戻ってきてもらわなければいけない。
テーブルの上に置かれたジャスミンティーの入ったポットを手に取り、カップにそそぐ。おいしい注ぎ方なんて知らないから、緑茶っぽい注ぎ方でカップにそそいだが香りはそれなりに広がった。
「ほら、ジャスミンティー少しあげるから。少し飲むだけでも落ち着くわ」
まだ一口もつけていない、ジャスミンティーの入ったカップを青葉さんに向ける。彼女はそれを受け取り少しだけ口をつけ、こちらを見た時には先ほどまでの顔から少しだけいつもの顔の彼女に戻ったような気がした。まだ本調子じゃないけど、話はしなければいけないだろう。青葉さんはそれを聞きたいのだろうから。
「美竹さんはとても寂しそうだった、しかも普通の寂しがりの反応じゃない」
私はそう言い、本題に切り込んでいく。先ほどまで友人と遊んでいて、それが用事が入って駄目になったための寂しさじゃない。言葉にする事が出来ないほどの寂しさだ。あれはいったい何なのか? 自分の中で話してから反芻するように何度も考えるが、私には言葉にできない。
「そうだね……。蘭ちゃん帰り際、すごく寂しそうな顔だった」
羽沢さんはとても辛そうな顔で、絞り出したような声を出す。
「確かに……スタジオ練入る前もちょっと変だったな。一回ブレイクしてからはいつもの蘭だったけど……帰り際はまた始まる前の蘭に戻ってた気がする」
少しどこかが痛そうな顔をする宇田川さんが顔を横にする。
「でも、そこには別の意味が込められている。私が見えない面で、あなたたちだけが感じる何か……そう『不安』な面があると思うの」
「……どういうこと?」
これまでのマイナスな流れを感じてしまったのか、少し目に涙をため、上原さんが問う。
「みんなちゃんと口にしないけど、何かこう……違和感? を感じているんでしょ? 美竹さんに対して」
「……」
一番美竹さんを見ていると思う青葉さんは何も言わない。どうやら私が感じたことはあながち間違っていないようだ。
「違和感を感じながらも、それはあなた達にも何かわからない。本人が語らない以上、あなた達も私も踏み込めない」
「うん……」
少しうつむきがちに青葉さんが答える。だが、しかしだ。今一番気にしなければいけないこと。それはAfter GlowがAfter Glowで無くなってしまうことだ、大層な話に聞こえるがこれは崩壊を意味する。ぶつかり合うことは簡単だ。ただそのぶつかりが今まで作ってきたすべてを壊してはいけない。土台を崩したら二度とAfter Glowは今のAfter Glowで無くなってしまう。
「あなた達は何をしたくて、After Glowをやっているのか私は知らない。でも、それは聞かない」
聞いたら異物は異物でなくなってしまう。夕焼けは彼女たちであって私は観測者である、そこは踏み入れてしまうときっと形が変わってしまう。見えない物を無理に見ようとして形を変えたくない。今の彼女たちは夕焼けの形をしている。夕焼けは時間が早ければ違うものになり、遅くても違うものになってしまう。だからこそ、形を変えると見えていた夕焼けが変わってしまう。空の夕焼けが望む形を観測する、それが私なのだ。
「うまく言えなかったらごめんなさい、でも知っておいて? 崩れるのはとても簡単。崩した後に何も残らないのは駄目。回り道をしてでも構わない、間違えてでもいい。でも、本当に大事なものをなくしちゃ駄目」
今日夕焼けが見えなければ、明日また夕焼けを見ればいい。夕焼けがある限りは何度だってチャンスはあるのだ。
「だから、踏み込みのタイミングは絶対来る。でも、踏み込み方は間違えちゃだめ、それは崩壊だから。覚えておいて。この話の解はAfter Glowが出すべきこと、私みたいな観測者が出していい答えじゃない」
◆◆◆
「……」
ファミレスで楽しい女子トークを期待していたのかも知れないが、彼女たちの不安感を煽ってしまったかも知れない。失敗したかもと心の中で思いながら、ジャスミンティーを口に運ぶ。口の中で香りが広がるが……、これはこれで残念な香りだった。もう少し抑え気味な方が好みなのだが酷く香ってくる。
「After Glowが出す解か……」
宇田川さんが私が話した内容を反芻するように呟き、少し考えるように両手を頭の後ろに添える。
「まこちーは難しいこと言うよね……」
「でも、本心よ」
青葉さんはとても複雑そうな顔をする。そう、解を出す方法は単純じゃない。数字は公式を当てはめれば、答えはが出て見える。が、人は常に変化し続ける。だから答えは不確定だ。変化するからこそ、何度も何度も求める必要がある。ただ、その答えを求めるときに忘れてはいけないことは土台だ。大事な土台の上で人は生きている、解を求めるならその土台をも忘れずに含めなければいけない。土台は人のようにすぐに変わらない、中にはすぐ別の土台を用意する器用な人もいるが、そんなのは一部の人間だけだ。
「タイミングって言ってたけど、それはどんな時なんだろう……」
羽沢さんは首を傾げ、「うーん」と言いながら考え始めた。確かにそれはどんな時だろうか? 私にもわからない。この話の全部を変なタイミングで一気に注いだらおそらくパンクしてしまうだろう。だからこそ、私には難しい。美竹さんを一番知っているAfter Glowじゃないといけない。
「……ねぇ、望月さん」
何かを考えていたのか、上原さんは下を向けていた顔を急に私に向けた。
「どうしたの? 上原さん」
「『After Glowのリーダー』として、お願いがあります」
彼女は今『After Glowのリーダー』と言ったか? マジで? てっきり美竹さんがリーダー的ポジションか、もしくは宇田川さんがそのポジションだと思っていたが……上原さんがリーダーだったのか。
「えっ? リーダーって本当に?」
とりあえずほかのメンツを見ると、皆一様に「うんうん」と頷いてる。
「もー! リーダーぽくないって思ったんでしょ、私これでもリーダーなんだよ?」
「てっきりマスコットキャラクターかと思ってたよ」
ちょっと言い過ぎくらいにオーバーなリアクションをする。先ほどまでの嫌な不安感を消し去ってしまいたかった。こう言っては何だが、すでに『観測者』としてはやりすぎなくらい彼女たちをかき混ぜてしまった気がしてならない。After Glowの中をどうこうしたいわけではない。彼女たちは彼女たちの色が一番なのだ。今日練習していた曲のように原曲が上書きされるくらいの『濃い彼女たちの色』。
「もう、そうやって余計な事言って、誤魔化すやり口なのは蘭から聞いてるんだからね。真面目に聞いてよね?」
上原さんにちょっと怒られてしまう。真面目にと言われたので、香りの強く癖のあるジャスミンティーを口に軽く流し込み、椅子に座るその体の佇まいを直し彼女の発言を聞く。
「あのね、望月さん……。ううん、『真琴』、お願いって言うのは……」
先日、評価をいただきました。投票いただきました方に御礼申し上げます。
今後ともよろしくお願いいたします。