週が明け、月曜日。超広角のレンズをセットしてシャッターをひたすら切る私が居た。広角レンズの特性をしっかり理解したかったのもある。今までのような写真の撮り方ではまともな写真は撮れないのは十分に理解した。
そこで、経験者の叔父のアドバイスである広角レンズを家から持ち出し、休憩時間のわずかな時間でも見慣れた構図に向けシャッターを切る。アドバイスは何を意図して行われたものなのかは、いまいちわからない。が、アドバイスされるということは解決方法が何かこのレンズにはあるのだろうと思い、ひたすらにシャッターを切っては確認画面を確認する。
確かに全体的には見やすい……が、何かにピントを合わせるとやはり画面が緩く見える。単焦点のほうがよりピントが合わせやすくシャッタースピードも稼げるはずなのに、なぜ叔父はこれを持っていくことを進めたのか……。
「あ、『真琴ちゃん』、こんにちは。こんなところでどうしたの?」
人がまばらにしか通らない実習棟と教室棟の渡り廊下を撮っている最中に、濃い茶色いショートカットの女の子がファインダーに映り、向こう側から歩いて来て声をかけられる。彼女に『真琴ちゃん』と呼ばれたときなんか、ちょっと背中に痒いものが走った。
「羽っ……『つぐみ』さん、こんにちは。ちょっとカメラの試し撮りをしてたの。そっちは移動教室かしら?」
「あ、間違えかけたね。頑張ってね、『真琴ちゃん』。前の時間ね、調理実習だったの。あっ、そうだ。コレあげるね、あまり物でごめんなんだけど……」
羽……『つぐみ』さんが渡してくれたのは、かわいいロゴの入ったピンクの小さなビニール袋と黄色いリボンでラッピングされた四角いクッキーだった。調理実習で作ったにしてはやけに手が込んでる。大体こういうのってサランラップで包まれることが多いだろうから、おそらく『つぐみ』さんは自ら今日の調理実習用に持ち込んでいるものなのだろう。
「ありがとう、ラッピングすごくかわいいね」
「うん、お店のお土産用のラッピングなんだけど、ちょっとだけ持ち出してきちゃった」
てへっと、手をグーにして頭をあててかわいらしいポーズをする『つぐみ』さん。すごく女の子っぽくてかわいい。これを『ひまり』さんがやるとあざといと思ってしまうだろうなぁ……、と心の中で思う。
「そっか。After Glowのみんなにも渡すの?」
「うーん、ひまりちゃんと巴ちゃんとモカちゃんは同じクラスだからなぁ。あっ、蘭ちゃんにはもちろんあげるよ?」
「そういえばそうだったわね、でも『モカ』は喜びそうよ? あの子食べるの大好きだし……」
「そうだよね。モカちゃん、あんな大きいパフェ一人で食べちゃうくらいだもんね……」
両手であの時のパフェのイメージを表現するつぐみ。とても楽しそうな顔をしていた。この子はAfter Glowの事がほんとに好きなんだろうなぁ……。
◆◆◆
あの日、私は一つのお願いをAfter Glowから聞かされた。
『あのね、望月さん……。ううん、『真琴』、お願いって言うのは……』
上原さんがそう切り出した。
『私たちの事、名前で呼んでほしいな……って。ほら、同じ学校で同じ学年なのになんだか他人行儀でいやだなって思っちゃったからさ……』
『私は最初からあだ名で呼んでるけどねー』
青葉さんが茶化す。だいぶ元通りの青葉さんに戻った感じだ。少しに緩く気怠い顔は安心を与える顔だ。
『別に名前で呼ぶことをお願いされるようなことは、無いはずだけど……、確かに私はみんなを名字で呼んでるわね』
『だろ? なんか、一枚壁があるようでそういうのあんまり好きじゃないしさ。あたしはもう『真琴』のこと友達だと思ってるし』
宇田川さんはこう言ってくれるが、なかなか個人的には難しいところもある。中学に上がってからあまり長時間、人と一緒にいるような環境になかった私は苗字で呼ぶだけでもちょっと抵抗がある。しかし、『友達』という言葉、そういってくれるのは心のどこか安心するところがある。ただ、『友達』ではあるが、私は『After Glow』ではない、ちゃんとそこは私自身が意識しなければいけないところだ。好意の全部を受け取ってしまうと何かを間違えかねない。
『わかったわ。私もみんなの事を名前で呼ぶわ、ここずっと誰かを名前で呼ぶなんてしたことないから、間違ったらごめんなさい』
私の言葉を聞いて、上は……『ひまり』さんが、「よっしゃ! 真琴ゲットだぜ!」とガッツポーズをとる。
『ちなみにこのことは『美竹』さんは知ってるの? カメラの時みたいにトラブらない? 大丈夫?』
『まこちー。速攻で間違えるとか、ひーちゃんばりにおバカなの? この案は蘭も知ってるし、蘭もまこちーとちゃんとオトモダチになりたいって言ってたよ?』
青ば……『モカ』にめちゃくちゃにらまれる……。そして、あなたの後ろでハムスターみたいに頬を膨らませて半泣きの顔でにらまれてるわよ、『ひーちゃん』に……。
両手を上げ、参ったのポーズをする。決して悪気があって『蘭』の事を苗字で呼んだつもりはないが、『モカ』的にはNGだったらしい。
『わかったわ。そんな睨むのは辞めてよ。ちょっと照れちゃうけど、みんな改めてよろしくね』
◆◆◆
月曜から広角レンズでの撮影を使い続けて2日。だいぶ、その特性にも慣れてきた。
少々オートフォーカスでのピント合わせが遅く感じるときはあるが、その出来上がり画面にも見慣れた。今までのようなボケを考えず自身の場所から見える全体の映像にピントが合う感じは、一眼レフの中でも特別変わったように感じる。
そして、室内での撮影であってもパンフォーカスが効き遠近感を持たせながらも、全部を写しこむことができる、単焦点のようにボケない。メリットは大きいが、デメリットは写したくない物までしっかり映ってしまうことだ。そして写しこみすぎるとシャッタースピード落ちるので、その速さで被写体ブレをどこまで抑えれることができるのかの妥協点を探る必要がある。
広角でライブを撮るなら前か後ろかといわれると、後ろからだろう。広角のいいところは幅広く開けた空間が撮れるところだ。オーディエンスも含め演者も撮ることは容易になる。
もう一つのデメリットはその重量は、ズームレンズより重い……。今、私が持っているアルミ三脚では、下手に角度をつけたり、高さを間違えると一気に倒れそうだ。シャッタースピードは落ちる分、手持ちでは不安がぬぐえない分、かなり慎重に撮らなけばいけない。
(何とか形にはなってきてるけど……、正直どこまでいけるか)
本日は水曜日、予定ではAfter Glowは今日はスタジオ練習のはずだ。
昼に巴に今日の練習に参加する旨をメールし、OKと帰ってきているのを確認してある。放課後前のSHRが少し長引いてしまい、みんなより遅い出発になる。
CiRCLEへ向かう途中に、今日のスタジオ練習の中でどのように撮影していくかのスケジュールを頭の中で立てていく。学校帰りであるため、前回のように充実した機材は持ち歩けないが、通学カバンのリュックには何とか広角・ズーム・単焦点レンズの3本をねじ込んだ。
まぁ、前日に机にギリギリまで教科書と参考書を詰め込んだが……。たかがレンズされどレンズ、予想以上のカバンの重さだ。辞書3つ分くらいあるんじゃないのかな? これ……。
いろいろ考えつつ、ぼーっとCiRCLEの向かう途中の信号の横断歩道を眺めていた。
(あの横断歩道を渡ってすぐ曲がったところだっけ?)
まだ1回しか行ってない地理の場所なので前回、巴からもらった地図をスマホに出しながら、道順を確認する。ちょうど信号が赤から青に変わった瞬間だった、曲がり角の向こう側からカバンとギターを持っていながらも、かなりのスピードで走ってくる蘭の姿が目に入った。片手にはスマホが握られており、顔に添えられてる事から通話をしているものと思われた。
そして、歩き出した横断歩道の真ん中ですれ違う。あまりにも突然の事だった。蘭であることを認識するのには一瞬、時間を必要としたが確かにすれ違った。
そして蘭は私にも気づいているのかいないのかわからないが、通話をしながら何か必死に走っていた。声は聞こえないが口が動いてる事から何かを喋っている。その顔は『不安にまみれて今にも泣きそうな』顔が印象的だった。もしかしたら何か『大変な事』でも起きたのだろうか? そんなことを思いながらも私も信号を渡り切ってしまい、追いかけるにも信号はすでに赤を示しており、何より土地勘のない場所……。探し出すことはできないだろう。
どこに行ったか分からない彼女を追いかけるには、私の行動はあまりにも遅すぎた。
(なに? なんか、嫌な予感がする……)
信号を渡り切った場所で振り返り立ち止まったまま、胸の中でそんな予感がして、両腕で体を抱いた。きっと何かの勘違いであると、自分に言い聞かせてるように心の中で、『大丈夫、きっと大丈夫』と何度も言う。
先程の蘭の姿を思い出す。その姿はまるで『あの時』の自分と同じじゃないか……。記憶の淵にぶら下がっていた何かを思い出して、それを振り払おうと左右に顔を振った。
◆◆◆
悪い予感ほど当たる。誰が言った言葉なんだろう。その言葉の通り、まさに今その状況だ。
CiRCLEの外のカフェでアイスコーヒーを注文し、中に入った。
月島さんが前回同様の笑顔で出迎えてくれ、After Glowが予約しているスタジオへ案内された。
スタジオの黒く重いドアを開けた。
(大丈夫、何にも悪いことなんてない。蘭はただ単に忘れものを取りに戻っただけだ……、中にはきっとあの原曲を塗りつぶすくらいの色をした彼女たちの曲が広がっているはず……)
そこには……まだ音楽が響いておらず……、配線が終わり準備が完了した楽器が置物のように置いたまま、楽器を持つべきはずの演者たちは各々椅子や小さな舞台に座っていた。
『ガチャ』という扉の大きな音がしたためだろうか、中にいた彼女らがこちらを一斉に見る。が、私だということがわかると顔を下に向け反らすような仕草だった。
その中の一人、吸音材の張られた壁際の床に座り込んでいた、白い髪をした女の子は少し寂しそうな顔をして立ち上がって私の近くに来る。
「モカ? どうしたの? この状況はなに……」
「まこちー。蘭がまだきてないの……、連絡もなくて……。」
私の前で彼女はそういって顔を下に向けてしまった。腕時計を確認すると、練習予定時間はすでに20分が過ぎていた。
本日はありがとうございました。