限定時間   作:西月

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夕焼けの探し物

 モカは下を向いてしまい、表情が読み取ることができない。

 

「待って、モカ。ほら……、ちょっと顔を上げて?」

 

 モカの両肩に手を置き、軽く揺する。彼女はなんとか顔を上げたが、その辛くて痛そうな顔は見ているこちらもどこかに痛みを覚えるような感覚があった。

 

(冷静さがなくなったら、周りが見えなくなる。大丈夫……、彼女たちはきっと敏感になりすぎなのだ)

 

 モカもすでに飲まれてしまってる。一番周りを見て、一番自分を持っているはずであろう人間がこの状況。正直、周りは役不足であることは明確だ。傍から見れば20分の遅刻程度でこんなに飲まれる事はあるだろうか? 私には彼女たちが何にそんな意気消沈するまでになるのかがわからない。

 

「蘭が来ていない事はわかった、遅刻かも知れないじゃない。まだたったの20分よ? 今までもこんなことぐらいあったんじゃないの?」

「蘭は……、蘭は早く来ることがあっても、遅く来ることは滅多になかった……。遅れるにしても、ちゃんと私たちに事前に連絡を入れてくれる……」

「そう……、電話はしてみたの?SNSで連絡は入れたの?」

 

 さっき見た蘭の姿。誰かに電話をしながら走る姿を脳裏に思い出す。そう、さっき彼女は誰かに電話をしていたはず。

 

「その……、電話を何度かかけてみたんだけど……蘭ちゃんずっと通話中で……」

 

 つぐみさんがキーボードの後ろにおかれた椅子に座りながら、向いてそう話す、声はもうすでに絶え絶えで今にも消えてしまいそうだ。とにかく、今の状況は分かった。彼女たちは無断で蘭が休むはずがないのに、連絡もつかない状況。

 彼女たちは心配で仕方ないのだろう。何か事故に巻き込まれていたり、そういうのを気にしているんだろう……。私は先ほどの光景を彼女たちに伝える事にした。

 

「さっき、CiRCLEの近くで蘭とすれ違ったわ。あっちは気が付かなかったけど、どこかに電話をしていたようだったけど……」

 

 ただし、余計な不安をあおるようなことはできない。下手に刺激すると今にも割れてしまいそうな『After Glow』という風船はすでに不安という空気を大量に含みすぎている。

 蘭はちゃんとCiRCLEの前までは来ていたはず。彼女たちが先にスタジオに入って待っているが、顔を出さずに帰ってしまった。違う、帰らざる得なくなってしまったのかも知れない。

 

「あなた達。とりあえず練習をしなさい。ここで蘭を待つにしても、スタジオ借りてるんだからせめて最低限の事はしなきゃ、ね? ほら、ひまりさんもそんなとこに座ってないで立って楽器を持つ。巴さんもスティツク握るの。私が何回か蘭に連絡を取ってみるから、練習始めちゃいなさい」

 

 今できる事、蘭が居ない状態でも練習をする事。本番前の最後のスタジオ練習。これを逃してしまうと、次に音を奏でるのは前日のリハーサルだけになる。音の事はわからない、が、私の中に今日の撮影スケジュールがあるように、彼女たちには彼女たちのなりのスケジュールがあるはずだ。

 

「ほら、After Glowしっかりして」

 

 ◆◆◆

 『……おかけになった電話は電波の届かない所にあるか……』

 

 何度目かの機械音声ガイダンスを聞き、通話画面を消す。あれから、何度か蘭の携帯に電話をかけるが通話中の音声が流れ、その後彼女の電話の電源が落ちたのか、それとも圏外に移動してしまったのか? 最終的に電話は通じなくなってしまった。

 そして、スタジオ内の音楽が前回と一変している事に気が付いた。どう聴いても音が足りていない。いや、足りていないだけじゃない、それなら蘭が居ないという事がはっきりわかるという事だ。

 全体的にどこか締まってないし、時々、私でもわかる音が止まったり飛ぶ。

 私が広角レンズをつけたカメラを構えるものの、シャッターを下ろす音がかすかに響くと些細なことでも意識してしまっているのか動きが止まりかける。前回は無かった『傾向』だ。彼女たちはもっと堂々と弾いていたはずなのだ。そんな小さな動きじゃなかったはずだ。

 

(変化に弱いのか……、はたまた、この場に居ない蘭の音が無いことが原因なのか?)

 

 彼女たちはあくまでも冷静にしているつもりなのだろう、弾き終えると譜面を確認し、周りと譜面の確認を繰り返す。その合間に私は私で撮った画面を見直す。広く感じる画面はレンズのおかげなのか、はたまたここにいるべき人間が足りていないせいなのか? 探している景色は見えなかった。

 

(これじゃあ、広角のヒントにならない……)

 

 画面上で探すが見つかるわけがなかった。だって、そこに居ないのだから……。

 代わりに何枚かカメラ上で写真を見ていくと共通するものが見えてくる、それが何なのか……。ファインダーを越しに観察しなくてもすぐにわかる。彼女たちの顔にはどう見ても憤りと焦りの顔が見える。

 私が聴いて分かるのだ、そりゃそうだろうか……。自分たちの演奏しているものが、まったく違うものになって、また修正をしようとしてさらに違う音を奏でる。一度ミスが始まるとミスを修正しようと、カバーしようとして駄目になっていく。一眼レフの背面液晶には、彼女たちの苦悩する顔が映ってる。でも、彼女たちに何もしてやる事が出来ない。とても無力で歯がゆい感覚を覚える……。

 

(これは……重症だわ。前回の音とは全く違うものになってる気がする)

 

 時計を見て時間を確認するとすでに練習時間は一時間を経過している……。彼女たちのもがく姿は見ているだけの私には辛くファインダーで見る事すら顔を背けたくなる、目を反らしたくなる。

 だが、それも記録しなければいけない。『観測者』としてここに立っているのだ。夕焼けの色が綺麗であっても残念なものであっても見続ける必要がある。だから、シャッターを下ろし続ける。残酷だが、これも彼女たちの姿である。私はそれに立ち会う義務がある。辛く悲しい現実があったとしても。

 この日、スタジオのドアは私たちが外に出るまで、結局開かれる事はなかった……。

 

「……」

「……、片付けしなきゃな」

「あっ……、あたしスタジオ代払ってくるね……。みんな今日の分を貰える、今日の分を貰えるかな? ら……んの分は私が建て替えとくね」

「……」

 

 空回るような練習が終わり、みな意気消沈の状態。各々少なくともこの間の練習終わりのようにファミレスに行こうとするような明るさはそこにはなかった。ひまりさんがみんなからスタジオ代を徴収する。そこには今日無断の欠席を行った人間の頭分も含まれる。それに触れると片付けや、財布を取り出そうとする彼女たちの手が止まる。とても息苦しい、こんなにも息苦しい事があるのだと初めて知った。

 

「私は外で待ってるからね」

 

 この場からとりあえず出たかった。重々しい空気は好きではない。感情の空気はこんなに重たくなれるものなのかと感心するほどだった。

 

「あれ、望月さん。あれ? もうそんな時間だっけ?」

 

 彼女たちを残し、スタジオをでるとフロアの清掃をしていたのか、モップ片手に月島さんが声をかけてきた。

 

「ええ、今日はこれで終わりですね」

 

 今、あまり人と話したくないな……と心のどこかで思い、自分があの空気に飲まれてしまっていたことを理解する。私まで重くなっては、After Glowに練習をさせた意味がない。今更になって気が付く。

 

「そっかー。あれ? そういえば今日After Glow全員いたっけ? なんかスタジオに入った予約人数と違ってた気がしたんだけど?」

「あー、多分蘭ですね」

「ん? もしかして、なんかあったの?」

 

 月島さんはこちらを向かずフロアをモップで拭いていく、掃除の邪魔にならないように椅子をすでに清掃済みのところに持っていき座る。

 

「そうですね……。誰のところにも連絡来てないので、ドタキャンってやつですね」

「ドタキャンか~。それは仕方ないねぇ……。なら、人数分サービスしときますかー」

 

 掃除は終わりなのかフロアの端までモップで軽く拭き終わると、カウンターの方に行き設置されているPCの前に座り打ち込んでる。

 

「でー、なんでそんなに暗かったの? なんか不都合でもあったの?」

「まぁ……それなりに?……彼女たちって仲いいじゃないですか、ドタキャンされたのが結構来たんじゃないですか?」

「ふーん。確かに彼女たち初めてここに来たときも仲良かったからねー。仲いい子で組んだバンドでドタキャンって結構致命的かもね。ほんとに連絡無いの?」

 

 月島さんに尋ねられ、念のため自分のスマホを見るが着信があった気配はない。首を左右に振る。月島さんはキーボードで何かを打ちながら「望月さんといえば……、そういや~」と話を続けてくる。暗い空気が私にも見えたからだろうか……

 

「ジャケット撮影の件。あれ、うちのオーナーもOKだってさー、私ってば、結構商売人かも~」

「えぇ……。今、その話します?」

「だって、望月さん連絡取れないんだもん。仕方ないじゃない? こんな機会じゃないとこの件もしゃべないし? 後で連絡先貰えると嬉しいな」

 

 しゃべりながらもキーボードのタイピング速度が落ちない。何を打っているのかは知らないが、今はジャケットの事より、After Glowの事の方が気がかりだ。

 

「よし、できた」

「何を打ってたんですか?」

「んーと……ちょっと待ってねー。すぐ出るから。応募条件? っていうか、一度持ってきてほしいものリスト?」

 

 プリンターが給紙する音が聞こえ、ヘッドが動く音がする。やがてプリントアウトされた紙を、月島さんは一度目を通し、「はい」と私の方に見せる。

 

「望月さんに今度持ってきてほしいものリスト~、よろしくね」

「いやいや、そもそもやるって言ってないですし、まだ私中学生ですし、検討もできないんですけど……、それに保護者にも話さなきゃならないし」

「まぁまぁ、そんなこと言わずにさ。お抱えカメラマンなんて早々やれるもんじゃないでしょ? チャンスだと思うけどね~」

 

 完全に話が脱線してしまっていた、月島さんのペースに乗っかって少しでも気分を変えたい事もあったのかも知れない。だから、一瞬After Glowの問題が見えなくなっていたのもあった。

 

「……ねぇ、真琴? お抱えカメラマンって……」

 

 だから、そこに上原ひまりが来るとは思ってなかった。

 

「ひまりさん? どうしたの?」

「スタジオ代を払いに来たの……。真琴、さっきのお抱えカメラマンって、その……本当のプロになるの?」

 

 プロという定義はどこからがプロになるのだろうか? 写真をとってお金がもらえればプロになるのだろうか? いや、それでは雇われカメラマンというのが近いかも知れない。

 

「いやいや、プロとかそんな大きい話じゃないからね?」

「んーでも、お金は貰えるからプロじゃないの? ひまりちゃん、望月さんにはね、CiRCLEでガールズバンドの写真を撮ってもらおうと思ってるの、CD化とかで使えるような素材づくり用だけどね」

 

 月島さんが、私と同じ思考だがまた違った結論の話をする。そしてまだ決まっていない話を進め外堀を埋めてくる。それは、確かにひまりさんに説明するにはわかりやすい。が、今それを伝えるタイミングでもないと思った。今揺れているAfter Glowに余計な事を吹き込むとそれこそ、土台が揺るぎかねない。

 この件は、私一人の問題ではあるが彼女たちは被写体だ。素人の望月真琴が撮るのと、プロ志望の望月真琴が撮るのでは、被写体への変な影響を及ぼしかねない。そう判断し、この状況を早く脱するべきと判断した。

 

「ほら、ひまりさん。スタジオ代を払いに来たんでしょ? さっさと払っちゃいましょ」

 

 しばし、月島さんの発言を聞きぼーっとしてしまっている彼女の背を押す。固まっていた彼女は再起動を行い、部屋番号の入ったボードを月島さんに渡す。

 

「う、うん……。まりなさん。これ精算お願いします」

「はいはい~、今日予約より一人分多かったから、減らしておいたからね~」

「え? いいんですか?」

「うーん、今日だけだぞ~。はい、これおつりと次回使える割引チケット~。また来てね。あと、中学生にはこの時間も遅いから気を付けて帰ってね? なんなら、後は私が片付けるからさ」

「あ、大丈夫です。もう片付け終わると思いますんで、ありがとうございます。気を付けて帰ります」

 

 不協和音で終わったいまいちすっきりしない練習が終わり、この日はCiRCLEで解散することになった。

 

 ◆◆◆

 

 重い鞄を背負いながらCiRCLEからの帰り道。あと10分くらい歩けば、家に帰れる距離でコンビニの前に差し掛かる。コンビニはLED電球を煌々と光らせ、住宅街では少し浮いているように思われる。

 

(なんか、甘いもの買って帰ろうかな……)

 

 昨日見た冷蔵庫の中には甘いものがなかった。手軽にコンビニスイーツを何個か買って帰ることに決め、コンビニの方へ足を向ける。

 今日の探し物はそこに居た。

 

「蘭……」

「まこ……と?」

 

 コンビニの外に設置されたベンチに、眼の周りを腫らして座りこんでいる美竹蘭を見つけた。




先般、また新たに評価をいただく事ができました。
厚く御礼申し上げます。

拙い文章ながら、読んでいただける事を
深く感謝し今後とも精進させていただきます。

今後とも 叱咤激励をいただければ幸いです。

本日もありがとうございました。

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