時刻は間もなく21時を過ぎるころ、蘭はどう考えても目立つ学校の制服でコンビニのベンチに座っていた。コンビニ店員が先ほどから窓際に置かれた本棚の整理をしながら、蘭の事をちらちら視界に入れて、様子を伺っているのが店外から見て分かった。
彼女がどれくらいここに居たのかはわからないが、これ以上、この場所にいると警察を呼ばれ声を掛けられる事案になりかねない。
「蘭? ちょっとここで待ってて」
「……」
蘭が無言でうなずく。やけに素直だ……。
コンビニ店内に入り、自動ドアの横に設置された買い物カゴを取り、ペットボトル飲料を適当に何本かを放り込む。いつもならしっかり吟味するはずのコンビニスイーツも手についたものを適当に手早くかごの中に何個か入れる。そして、カップラーメンを2つとサラダを2つかごに入れ、レジの前に立ち少し大きめの声を出す。
「すいませんー。お会計お願いできますかー」
今、レジには誰も居ない。おそらく夕食時間を過ぎてしまった住宅街の中にあるコンビニなんてほとんど需要が無いのだろう。本棚を整理しつつ蘭の姿を確認していた店員が私の声に慌てて、レジに入る。
雑な買い物を済ませ、自動ドアを出て蘭のもとに戻る。
蘭の顔をしっかり見るとちょっとひどい事になっている事が良く分かった。たくさん涙を流してしまったのか、折角の綺麗な切れ目の周りが腫れ上がってしまってる。
「じゃあ、行こっか」
「行くって……。ど、どこに……?」
「と・に・か・く、ここを離れるの。蘭だって補導されたくないでしょ?」
ただでさえも店員に眼をつけられている状況。地元では有名な学校の制服……。すぐにでもここを離れる必要はあるだろうと思い、蘭の腕を握り引っ張ってベンチから立たせ、そのままコンビニから離れていく。
「ちょ……」
「……」
蘭が私の強引さに不満を訴える声を上げるが、無視をして引っ張る。私から蘭に言いたい事はいろいろある、でもここでそれを言って全てが解決する訳じゃない……。しかし、巴やつぐみさん・ひまりさん、モカは違う。彼女たちは『After Glow』だ、蘭に言う権利はある。それに比べれば『観測者』の言う権利なんて無いに等しい、お説教は彼女達に任せるよう。
そう心に決め、蘭の手を引っ張りながらも帰宅の途へ。蘭も蘭でそんな私の空気感を気が付いたのかはわからないが、足を止める事なく引っ張られている。
10分ほど住宅街の中を歩き、それなりに新しいの一戸建ての前に着く。周りの家と比べても特に何か特徴のある家ではない。唯一有るとすれば目の前が小さいながらもそれなりの公園があって、そこには大きな桜が植わっており、間もなく到来する春の暖かな日差しを待ちわびている事だろう。
家の車庫には叔父の自慢の愛車である1BOXカーは停まって無かった。ややこしくなる要因が減ったはいいが、同時に知恵を持つ人の伝手が無くなってしまった……。いや、叔父が居たところで駄目だ、あの人は刹那的にこの状況をややこしくするのが目に浮かぶ。
「ここって……」
「私の家よ。ほら、入って。今日は幸い誰もいないから、遠慮しないで?」
「……」
ちょっと躊躇う感じの蘭。強引過ぎたのだろうか? ちょっと怯えているようにも見えた。
「安心して、別に取って食おう何て思ってないわ。それとも、警察の厄介になった方がよかったかしら?」
蘭は違うという意を首を左右にゆるゆると振る事で示してくる。
「だったら。ほら、入ってってば」
「うん……」
蘭の背中を押し、家の門をくぐらせる。戸惑うのはわかるけど、ここは強引にこちらのペースに積極的に巻き込んで行くしかない。家の鍵を開け、玄関の扉を開く。
「どうぞ?」
「お、お邪魔します……」
「はい、いらっしゃい」
精一杯微笑んだつもりだが、ちゃんと微笑めているだろうか? こんな風に友達が家に来る事になるなんて思わなかった。
靴を脱ぎ、重い荷物は玄関に置く。蘭もそれに習って持っていたギターとカバンを隅に置いた。リビングへの扉を開け、電気をつける。壁際のサイドボードの上に乗っている3つのフォトフレームにいつも通り「ただいま」と声をかける。私にしては普段通り行動だが、蘭には不思議に見えたらしい、首を傾げながら私に訪ねてきた。
「今、ただいまって? なんで壁に向かって……?」
「んー? ほら、ここに2人いるでしょ? こっちの癖っ毛なのが私のお父さん、そっちが私のお母さん、真ん中のは結婚式の時の写真だってさ」
飾られた小さめの3つのフォトフレームを手に取り簡単に説明する。
「それって……どういう……」
「うん。2人はもうこの世には居ないわ。今日は居ないけど、お父さんの弟つまり叔父さんと私でここに2人で暮らしてるのよ」
「……なんか、そのごめん」
「んーん。わかんない事を聞くのは当たり前の事だし、私は気にしないよ? だって事実だからさ」
「うん……」
「あっははは~。まぁ、気にするのもわかるけど、もう2年前の事だしね。ほんと気にするのは無しで。さ、座って。今お茶出すからね」
蘭にソファーへ座るように促し、私はキッチンの方へ。うちの間取りなカウンターキッチンになっているので、リビングから見えない位置へ行きスマホを取り出し、モカ宛のSNSで手早く連絡を入れる。
『蘭をコンビニで発見、保護してます。ちょっと話したい事あるので、これ見たら至急TELください』
そのままの流れでコンビニで買ったお茶とお菓子、サラダを冷蔵庫に入れながら、友田さんの今日のおかずを確認する。今日はタッパーの中身は豚の生姜焼きみたいだった。
(友田さん……、明日の朝に食べますのでごめんなさい……)
コンビニで買ったお茶を出すのもいいけど、せっかくなのでちゃんとお茶を淹れようと思い、冷蔵庫を閉める。収納棚の中から茉莉仙桃を取り出す。昔はこの丸っこいした形をしたものが茶葉って信じられなかったなぁ。香りはジャスミンティーだが、いわゆる工芸茶なので少しお値段が高い。たまにしか飲まないものだが、まぁ今日はいいだろう……、と思いスプーンに1粒取り出す。
ちょっと背の高い透明なポットと真っ白い湯呑を食器棚から取り出しつつ、そういえば蘭はジャスミンティー大丈夫だろうか……、と心配になった。フレーバーティーは好き嫌いを結構選ぶので、お湯を入れる前に気が付いてよかった。ダメだったら普通の紅茶にしよう。
「ねぇ、蘭?」
「な、なに……」
「なんでそんなに緊張してるの? まぁ、いいや……。ジャスミンティーは大丈夫?」
「え、うん。大丈夫。飲める」
「そっ、じゃあジャスミンティー淹れるからもうちょっとだけ待っててね」
さて、一連の作業をする前に蒸らしタオルでも作ってあげよう……。今、見た感じ眼の周り腫れちゃって辛そうだしね……。 軽めに絞った濡らしたタオル作りを綺麗な皿の上に乗せ、30秒ほどでセットした電子レンジに入れる。タオルが温まる間に、ポッドに少しだけ熱湯を注ぎ、ポットを揺すりポットを暖める。暖めた熱湯は熱をポットに奪われ少し温度が下がる、それを湯呑のほうへ注ぎ程よい温度まで湯呑を温め、お湯をキッチンに流す。
そうこうやってる間に電子レンジからは暖め終え、しばらく放置していたタオルを皿ごと取り出し、暖めたポットには新たに熱湯を注ぐ。
お盆にお湯が入ったポットとほどほどに温まった湯呑、蒸らしタオルの乗った皿乗せ、リビングのほうへ移動する。
「お待たせ~、もうちょっと待ってね~」
そう言いながら、お盆をテーブルの上に置く。
「真琴?その透明のポットは何なの? お茶じゃないの?」
「これ? まぁまぁ。それより一度これで目の周り拭きなって。すごく痛そうよ?」
「……ありがとう」
蘭がまだまだ痛そうな眼の周りに軽く蒸らしタオルを当ててる間に茉莉仙桃を1粒熱湯の入ったポットに入れる。ふよふよ漂う茉莉仙桃はゆっくりと水気を給水していく。
「ほら、蘭。見ててよ~」
眼にタオルを当ててる蘭に声をかける。蘭はタオルを外し、私がじーっと見ている透明なポットの中の一つの一粒の粒を一緒に見る。しばらくすると茉莉仙桃は程よく給水し終えたのか、ゆっくりと花が咲くように茶葉を広げていく。
「これなに……? すごい……」
蘭は小さい子が手品を見せられるような純粋な眼で見ている。
「まだまだ、ここからなんだからね~」
茉莉仙桃はゆっくりとその茶葉を伸ばしながらもお湯に薄い色を付けていく。じわじわと抽出されるお茶。それと同時進行で、羽を伸ばしだした茶葉に隠れていた、天頂の赤い花を広げだす。
「綺麗でしょ? 花が咲いてるのを見てるみたいでさ」
「うん……、すごい綺麗……」
茉莉仙桃は何より見た目がいい、丸まった1つのお茶の球にお湯を注ぐとじわっと花が咲くように茶葉が開くのが見ていてとてもかわいいらしい。私のたまの楽しみの一つだ。
浮いて漂っていた茉莉仙桃の花はお湯を吸い切った見たいで茉莉仙桃の花はポッドの底に落ちる。
「はい、飲み頃になりました~、今淹れるからね~」
部屋にほのかなジャスミンの香りが漂い、私がリラックスできる空間が出来上がったが、彼女はどうだろうか? 少しでもリラックスをしてくれるいいんだけど、彼女の心の中までは見る事が出来ないのでそれはわからずじまいだった。
◆◆◆
先ほどまでは茉莉仙桃のおかげで少しは話題があったが、咲ききった茉莉仙桃では話題にはならない。蘭は目元の腫れをどうにかしたいのか、乗せては外しを繰り返しながら、たまにジャスミン香りがするのお茶を口に運んではいる。
(まぁ、無理に聞いても仕方は無いんだけど……ね)
なぜ、あんなところに居たのか? なぜ、今日の練習に来なかったのか? なぜ、泣いたのか? 聞きたい事はほかにもいろいろあるけど、『観測者』としての立場を思い出して怒りはしないけど、それなりには聞いたほうがよいかを悩んだ。
「ねっ? 蘭?」
「……何?」
目元を蒸らしタオルで隠す彼女。すでにその蒸らしタオルは暖かくないだろうに……。その拒否とも思える行動から、先ほど思い浮かべた事は聞かない事に判断をした。
「その……、今日はどうするの? もう結構な時間だけど?」
何気に時間を気にしたがすでに時刻は23時を回ろうとしている。
「……家に帰るつもりは……なかった……」
呆れた回答だった。この子いったいどこでこの2月下旬の寒い夜を過ごそうと思ってたのだろうか……。
「どこか他に行く当てでもあったの?」
そもそも行く当てなんてあったら……、多分コンビニには行かないわよね、と思いながらも一応聞いてみた。
「……ない」
(家を飛び出すにしても無計画にもほどがあるだろう……)
心の中で、蘭の行動に盛大に突っ込みを入れ、唖然とした顔をしてるとポケットに入れていたスマホが鳴り響いた。
(きた、モカからの連絡だ……)
「……誰から?」
蘭がタオルを外して、何かを疑う様にこちらを見る。
「んー? 叔父さん。いつもだいたいこの時間にちゃんと家に帰ってきてるかの確認の電話をしてくるの。ほんと過保護なんだよねー。ちょっと電話してくるからお茶でも飲んで待ってて」
敢えて嘘をつく。こちらの家庭環境はまだ蘭には知られていない。そもそも叔父はそのような電話をわざわざしてこない。ソファから立ち上がって廊下にでて、スマホの通話をオンにする。
「もしもし、ちょっと待ってね?」
『……』
電話の向こう側では何やらちょっと騒がしい声が聞こえてきたが、今ここで話をするわけには行かない。玄関に置かれた通学リュックから念の為のメモとペンを取り出し、玄関のドアを開け、少し肌寒いが外に出た。
◆◆◆
「もしもし、大丈夫? なんだか、そっち側がやけに騒がしいんだけど……」
『今、ひーちゃんとつぐとともちんで一緒に私の家にいるんだけどね……。まこちーから連絡貰う前にその……、蘭のパパさんから連絡があってね、居場所を知らないかって聞かれちゃって……』
なるほどAfter Glowの面々で集まってるところにメンバーの父親から連絡が入れば混乱もするわな……。だが、蘭のお父さんナイスタイミングですよ。
『まこちーの連絡が遅かったらもう少しで探しに行くところだったよ……』
「中学生が探しに行っても、補導されるのがオチよ。そういうのは大人に任せた方がいいわ、でもそういうのもわからないでもないかな……、蘭は無事よ。今うちにいるわ。ところで、蘭のお父さんとモカは連絡先を交換してるの?」
『連絡先の交換はしてないけど、一応お家の電話はわかるよ。蘭のパパもお家からかけてきたみたいだったし……』
蘭の家は娘が居なくなったと大騒ぎになっている事だろう……。蘭のあの感じから言って、家出経験者とは思えない。あまりに場当たりすぎる。
「モカ。お願い事があるの。私に蘭の家の電話番号をメールで送ってくれない?」
『別にいいけど……どうするの?』
「蘭は今日は帰りたくないって言ってるの……。さすがにこんな時間だし、もう泊めた方がいいかなと思って、一応連絡してみようかなと思ってさ」
どこに家があるかは知らないが、もうすぐ日が変わってしまう。明日も平日で学校だ。今からまっすぐ帰って……、なんて今の蘭はしないだろうなと思う。
『……ねぇ、まこちー? 蘭、大丈夫だった?』
「およそ大丈夫じゃなさそう。いろんなことで首が見えない何かで締まってる感じじゃないかなぁ……」
『そっか……。まこちー、蘭の事お願い。念の為に私から蘭のパパに友達のところに泊まるっていう連絡は先に入れておくよ』
「そうね、いきなり電話しても不審者からの電話にもなるだろうし。そうしてくれると有り難いな。うちの保護者からも連絡を入れるようにするからそのことも併せて伝えてほしい」
『わかった』
多少でも顔見知りの人間から連絡を入れてもらえるのは頼もしい事だ。うちも保護者連絡を入れておけば何とかなるはずだろう。うちの場合変な気を回さないように釘は指すべきと思うが……。
「じゃあ、モカお願いね? すぐにお願いね?」
『うん、まこちー。蘭をお願いね……』
モカはそういって電話を切った。あの子は気付いづいてないかも知れないが、とても辛そうな声だった。きっと彼女達も心配で仕方ないのだろう……。私はそのまま次に連絡すべき叔父に連絡をする。幸い夜勤の休憩中だったらしく電話はすぐに通じた。
とりあえず伝えるべき内容を伝える。前に話した美竹蘭をコンビニで拾った。あまりに酷く憔悴しているようだったので家で保護したこと。しいては、美竹家へのご挨拶の電話をお願いした。
『まこっちゃんね……。これ犬猫を拾ったってレベルじゃないからね? わかってる?僕、心労で死んじゃうよぉ?』
「心労で死ぬというなら、今のお仕事もよほど大変なんですね、滅多に家に帰ってこないですものね? こうなったら会社を訴えましょう」
『おまっ! やめろ! 俺が社会的に死ぬ』
「叔父様、死人に口なしですわ」
前にこの件はひたすら話し合ったことがある。が、結果はずっと平行線だった。家にまったく帰ってこないという訳ではないが、帰ってくる頻度があまりに少なすぎる。叔父に恋人が居るのではないか?と疑ってかかった事がある。で、あれば私は邪魔者だと……。私は叔父には叔父の人生があるのでそれを邪魔したくない、とずっと主張してきた。私の生活は確かに成り立たなくなる。一人暮らしをすれば金銭的にも苦労するのが目に見えている。その辺も踏まえてもう一度家族で話し合いをしたいと主張したが、叔父は『その心配は不要だ。今は思うままに楽しめ』の一辺倒での回答しか得れない。正直、なにもできない自分を腹立たしく思うことの方が多かった……。
『わかった、わかりました。その美竹さん?のおやじさんにうちの不良姪っ子が娘さん拾ったから、今夜泊めるっていえばいいんだろ?』
「きちんと節度をもってお願いしますね? いつもの二枚舌をうまく使って」
『へいへい。わかりましたぁ……。あぁ……、辛いなぁもうぉ……』
叔父はすでにやる気がないようだが、きちんと常識の範疇でやってくれるだろう事を信じて電話を切った。
作中に出てきました茉莉仙桃とはお茶の一種です。工芸茶という奴です。
読み方は
茉莉仙桃
モーリーセントウ
と読みます。本来は沸騰したお湯に注ぎ、3分程度蒸らし、お茶の花を咲かせます。
茉莉(モーリー)とはジャスミンの事を指します。香りがよく、普通にジャスミンティーを入れるより、工芸茶になるとわくわくします。また、2・3回お湯を注ぎ足すことで長く楽しめます。
飲み終わった後は、茶葉を布袋に入れてお風呂に入れるとジャスミンのやさしい香りを楽しんで入浴できます。