限定時間   作:西月

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夕焼けとの翌日

 校内はどっちかと言うと撮影のロケーションが多いと思ってる。あっちを見ても生徒、こっちを見ても生徒。どこを見ても生徒が居る。そんな中で、一瞬ポツンと時間が止まったかのように誰もいなくなる瞬間。その場所はまるでスポットライトを浴びたように浮かび上がる時があると思ってる。

 私はその誰もいなくなった瞬間をカメラで切り取る。こうすることで、浮かび上がったその場所は誰のためでもなく、私だけのものになると思っている。カメラを通じて、私だけの場所、私だけの時間、私だけが知っているものを独占する、そんな自己満足感。

 だから、そんな自分のためだけにしかカメラは使わないはずの私が人を撮影するなんてことは「らしくないぁ……」と思って、なんだか恥ずかしいようなイメージをすり潰すようにフレームを改めて覗き込んでシャッターを切る。

 

 ■■■

 

 あの日、5人の楽器を演奏している彼女たちを撮影したあと急いで家へ帰った。

 PCに撮影した数十枚の写真を移し、改めて見直す。オレンジと黒の写真はその何枚かはカメラの設定を行わずに撮影したため、どこかボケていたり残像のようなブレブレの写真が多数だった。

 

(お願い、何枚かだけでもいいから、あの瞬間を収められてて……)

 

 と、心の中で願いながら、マウスでクリックしてプレビューを進めていく。

 

(あっ、これは行けそう……。あー、こっちは駄目だわ、完全に追いついてない……、こっちも駄目ね……、これは……駄目だ、完全にブレてる)

 

 1枚1枚丁寧にチェックをして、結局無事にチェックをくぐり抜けたのは3枚だけだった。おそらく逆光だったこと、ホントの瞬間だったことを考えるとまともに撮れたことが奇跡だ。

 貴重な3枚の中でも一番心惹かれるのは、少し暗がりだが4人が1人の少女の動きを見るかのように、示し合わせたかのように真っ直ぐな視線を送っている瞬間の1枚だ。

 

「これは……、すごくいいんじゃない……」

 

 モニター画面いっぱいに拡大し、冷めたコーヒをすすりながらその絵を改めて見る。全員の息遣いが今にも聞こえて来そうだ、何よりも音が今この瞬間にも響き出しそうな写真だ。

 この視線には何が詰まっているのだろうか? 何よりもこの視線を受けているマイクを片手にギターを担いで居る彼女。彼女は眼を瞑り顔はとても心地よい笑顔に近い顔、何を思ってその場に居るのだろうか?

 知りたい。知って感じたい。この視線にあなた達は何を思ったのか? なぜこの視線をあの子に預けられるのか? その視線を受けて何を想っているのか? いい写真が撮れた、だからこそコレをそのまま印刷するには勿体なすぎる。

 

「まだコレは光るはず……」

 

 撮って出しは確かに瞬間をフレームに収めれたという達成感はある。でも、それはそこまでのものだと思ってる、だからこそたぶん、なんとなくの感想と感情。写真の編集は苦手分野だ、設定を少しいじってしまうだけで、全く別のモノになってしまうから。かと言って、コレをこのままと言うのはあまりにも芸がなさすぎる。むしろこの瞬間を収めただけで満足してしまうと、大切な何かを拾わずに置いていく感覚を感じた。

 

「ちょっとやってみるか……」

 

 PC上で編集用のソフトを立ち上げながら、どこか焦る心を抑える。数秒の時間も惜しい気がする。時刻は深夜0時を回った所、PCの処理に負担がかからないようにと音楽プレーヤーを通学カバンから取り出しイヤホンを耳にはめる。

 編集ソフトが完全に立ち上がったことを確認して音楽プレーヤーの再生ボタンを押し、手元の写真雑誌の写真編集特集のページを見ながら現像作業を始める。

 きっと彼女たちが奏でていた音楽の熱を感じて、私はその熱に当てられたのだと思う。耳には先程から様々な音楽が流れているが全く入って来ない。聞こえては居るのだがコレジャナイ感。彼女たちが奏でていたのは誰の曲なんだろうか? そんな小さな疑問を浮かべながら、編集作業を続けていく……。あったはずの眠気はすでに飛んでしまっていた。なんどもPC上のリテイクを繰り返し、実際に印刷してみてどう現れるのかを見て、更に編集を加えて……を自分が納得行くまで繰り返していた。

 ようやく自分の中で合格ラインに近づいたと思うモノができた時にはいつも通学のために家を出る時間だった。沸騰していた体中の血の気が一気に冷めて行くのを感じる。

 

 (……やってしまった)

 

 完全な徹夜作業。どう考えても今日は金曜日で本日も授業はある。

 

「背に腹は変えられない……」

 スマホを取り出し、SNSで叔父さんを指定する。

 

 『さすが叔父様! 最高の夕日ですね。私も叔父様のような写真を撮ってみたいです!』

 

 まずは昨日既読スルーした夕日の写真を今見たかのように褒め称える。スマホが少し震え、叔父から返信を知らせる。

 

 『きめぇ……』

 

 心無い言葉が綴られてくる。ここで折れては駄目だ。スマホの操作を継続して、やり取りを開始する。

 

 『叔父様は本当に最高のカメラマンですね! 私の憧れです』

 『褒めても何も出ないし、俺はただの社会人だから憧れなくてもお前もいずれそうなる』

 『そんなことないです! 私は本当に叔父様に憧れてるんですから!』

 『きめぇ……』

 

 再び心無い言葉が綴られてきた。負けられない戦いが此処にあるのだ。

 

 『ところで叔父様、今日少し体調が悪くて学校を休みたいのですが……』

 

 自分から連絡する方法もあったが、やはり保護者代わりの人間から連絡してもらったほうが信憑性は高く、何よりその保護者に仮病がバレてしまうとあとで大目玉だ。

 

 『どした? なんかあったか?』

 

 (おっ、コレは釣れたかも知れない)

 

 

 『頭が少し痛むだけで、熱は無いです』

 『ふーん……』

 『ですので、今日1日寝ておこうかと思って』

 

 テンポ的には叔父からの返信タイミングだが、少し間が開く。叔父はどちらかと言うとスマホの文字入力操作は早い。もしかしたら小言の長文でも打っているのかも知れないな……、と返信を待ち構える。

 

 『りょーかい。心配なので今から帰る。学校には連絡入れておきます』

 

 やばい。何がやばいって叔父の過保護がやばい。昨日が夜勤なのは聞いていた、本来ならそのまま仮眠を取って昼から仕事をして夕方ごろに帰って来るはずなのだ。それを完全に繰り上げて今すぐにでも帰ってくる気であることを察した。叔父はおそらく職場の仕事を調整して、今すぐにでも帰ってくる気だ。

 仮病ごときにそんなことをされるとバレたらそれこそ大目玉確定だ。まずすぎる……。

 

 『そんなに大したこと無いので普通に仕事してきてくれていいですよ? 寝れば治りますので……』

 

 とりあえず帰宅を回避させたいので、大ごとにならないようにゆるく誘導する。

 

 『いやいや、流石に頭痛いと何もできないでしょ』

 『それは……』

 『とにかく帰りますんで、ちゃんと鍵掛けて寝ときなさい』

 

 コレはまずい。もう完全に帰ってくる気だ。とりあえずあたりを見渡す。写真編集用のPC、床に散らばった印刷済みのコート紙、マグカップ、束で持ってきた印刷コート紙、参考にした本の数々、口元が寂しくなったときに食べる用のお菓子類……。何より此処は叔父の部屋。

 作業痕跡を隠滅するのに1時間として、昨日から入ってないお風呂を考えると40分程度? ってところ。叔父は職場からまっすぐ帰ってくるを1時間半ぐらい。車なので信号を考慮すれば、もう少しかかるだろう。

 

(逃げるが勝ち……?)

 

 あとで、小言を聞けばいいとして、作業痕跡だけは確実に消すべきだと判断をする。

 

 『わかりました。でも、体調よくなり次第学校には行くことにします』

 『ん? 休んでいいよ? 学校には連絡いれるし』

 

 すんなり通すわけには行かない。

 

 『前に言ってたショピングモールのタルト食べたいので、帰りに買ってきてください』

 

 時間を少しでも稼ぐ。

 

 『あなた、あそこ超絶に並ぶの知ってて言ってる? わかりましたー。じゃあ買って帰ります』

 

 平日でも混雑するであろうタルトショップ。平日の朝からならばそんなに並ばずにすむが、時間的には十分確保できる。

 

「ああ、もう……。相変わらずの過保護っ!」

 

 保護者役をしてくれるのはとてもありがたい事だと思っている。両親が居なくなった時に仕事をできる限り抑え込んで家に居る時間を増やしてくれた叔父。私の今後の話になった時、どう考えても父方か母方のどちらかの祖父母の家に行かなければ行けない所を『両親と住んでいた家・場所から離れたくない』というわがままに近い子供の希望、その希望を最後まで聞いてくれて実現してくれた叔父。が、時折発揮する過保護感にはもうすぐ高校生になる私には煩わしいものだ。

 

 父母になら「うざい!」と一喝すればいいんだろうか? 叔父に「うざい!」なんて言葉を投げかけたら、これまで叔父がしてくれた事に反して壊れてしまうようで怖い。

 自分の居場所を切り分けてくれたそんな人に対する私の行動はどこまで許容されるのか? 叔父には叔父の幸せがきっとあったはずなのに、私がそれを壊してしまっているのでは無いか? 両親ならまだしも、この関係性は私には酷く歪に見える。

 

「まずは……、この部屋の痕跡を消そう……」

 

 ゴミ袋を片手に手当たり次第、突っ込んでいく。別に生物があるわけじゃないし分別は後からどうとでもできる。時間との勝負だ、終わり次第シャワーで眼を覚ましてボロが出る前に逃げるのが一番だ。すべてのゴミを処理した所で、仕上げた1枚の写真を見てインクの乾燥が終了した事を確認してファイルに挟み、通学カバンに入れて玄関へ、その足でシャワーをって早く浴びよう……。眠い体にムチを打って着替えを準備する、壁にかかった時計はすでに1限目の授業が始まっていることを示していた。

 

(なんとか3限目の途中か終わりには間に合うかな……)

 

 ここから羽丘女子学園までの移動時間を考えて、自分の入浴時間はあまり無い事を察する。

 

「ボロが出て、小言言われるくらいなら学校に行ったほうがいいもんね」

 

 ひたすら片付けをしてシャワーを最速で浴びて、少し伸びてきた茶色交じりの髪を乾かし終え、ある程度のセットを終え、制服に着替え終えた時には叔父の帰宅時間ギリギリに近かった。

 取り合えず学校へダッシュするしかない……。我が家を出て、普段ならあまり見ない人が通学路を小走り気味にゆっくり通り過ぎていく。日はもうずいぶんと高い位置に来ている。

 

(逆にもうこんな日中に制服の女子高生が歩いてるほうが変だよね……)

 

 体力にはあまり自信がないが、走るしかない……。革靴をカツカツ鳴らしながら、ひたすら走る。

 

 ◆◆◆

 

「4限、はじまっちゃったか……」

 

 思ったより時間がかかってしまった。少し荒くなってしまった息を整えながら昇降口を通り校舎へ移動していく、校舎は女子校らしい休憩時間の黄色い声は聞こえず人のいる気配だけ残して静かな校舎になっていた。

 

 『2時間ほど余分に寝たら、気分も良くなりました。ので、学校に行ってきます』

 

 叔父にそんな連絡を入れたのは学校に着いてからだった、メッセージを入れ叔父からの追求を逃れるべくスマホの電源をすぐにOFFにした。

 

「流石に授業の途中からは入るのもなぁ……」

 

 クラスメイトに連絡を入れれば、もしかしたら教室後ろの扉からさっと自然に忍び込めるかも知れない……、だが流石にほぼ昼からの登校にしれっと教室に居ると言うのは不自然すぎて、先生に指されるのは確定だ。

 とりあえず自らのクラスのある方向の渡り廊下へ移動し、いろいろ言い訳を考えながら階段を登ろうとすると、昨日見た黒髪の目鼻立ちがしっかりしている少女の姿が視界を隅に入った。

 

「あれは……」

 

 視界に入った彼女を追うように、彼女の後ろ姿を追いかける。彼女の歩みには迷いが無い。階段をスタスタと登っていく。それを一定の距離を保ちつつ後ろから追いかける。

 興味というか、昨日の写真の件もあったので放課後にでも話をしたいと思っていたので好都合だが……、今は授業中だ。

 

(これって……、昨日の屋上へ行く階段だよねぇ?)

 

 少し上で『ガチャッ』と鉄製の扉が開く音がした。同時に階段に吹く風が少し変わった。まだまだ冷たい2月後半の風。もうすぐ春の季節なのに今日は少し冷えが戻ってきたようで程よく校舎にかかっていた暖房の暖かさを押しのけて季節の冷たさを思い出させる。重めの鉄の扉は開けっ放しになっていた。そのフレームからは光は差し込むが雲が邪魔して鮮やかな青い空は見えず、濁った色の空を写していた。フラフラと吸い込まれるように足を進めると、転落防止用のフェンスに体を預けて、濁った空を見上げている少女の姿を捉えた。

 

(うわぁ……、めっちゃ絵になるじゃん……。カメラ出さなきゃ……)

 

 幸い私には気がついていないみたいだ。もうちょっとその姿のままで……と心の中で思いながら、通学カバンであるリュックを足元におろし、中から太めのストラップを引っ張り、一眼レフカメラを出し電源を入れる。

 

「カシャッ……」

 

 乾いたシャッター音が静かな屋上に響く。

 

「えっ?」

 

 音を聞いた彼女が上に向けていた視線を急にこちらを向く。呆然と驚愕が入り混じった複雑な顔。割合は驚愕のほうが多いだろうか?

 その表情もまた良い。親指でフォーカスを改めて人差し指を押し込む。

 

「カシャッ……」

「えっ……、ちょっ!?」

 

 少し怒気が混じった顔で手をこちらに向け広げ、レンズの視線を遮ろうとする。

 

「カシャッ……カシャッ……カシャッ……カシャッ……」

 

 こちらも負けじとシャッターを切り続ける。

 

「あんたっ! 昨日の盗撮のやつ! なに人に無断で撮ってんのよ!!」

「はっ!」

 

 最終的に怒鳴られて我に帰ってきた。

 

(ヤバイ……これ完全に怒ってるよね……)

 

 先程怒鳴り声を上げた黒髪の少女は射抜くような切れ目で怒り込め視線を私に向ける。背はそんなに高くない。けど、とても同年代とは思えないくらいのキレイめの顔。色も割と白くて、肩口で切られた黒の髪はとても綺麗で、髪の間から覗かせる肌を引き立たせる。

 素材がいいと言うのはこんな感じなのだろう。視線を感じながらも彼女の事を観察していく。

 

「あんた、無断で人を撮るとかどんな神経してるのよ……。まず、今撮った写真を消して……」

 

 そんな彼女を観察していると、めちゃくちゃ低い怒りを込めた声で沈黙を切り開かれる。

 

「……」

「そのカメラの中の写真。私を撮ったやつ。今すぐに消して」

 

 要求は至極簡単、今撮ったカメラの中の写真を消せってことだ。

 まぁ、確かに無断で撮っちゃったモノだから仕方ないだろう。しかし、簡単に消すには勿体なすぎると思った。

 

「ねぇ……、これ消したら、今度はちゃんと撮らしてくれる?」

「はぁ?」

 

 何いってんの? こいつみたいな顔をされた。私はポケットからスマホを取り出して、電源を入れ操作を始めるアプリが立ち上がったのを確認し、カメラ側の操作をする。

 

「ちょっ、あんた! 私の話聞いてる?」

「待って、すぐに終わるから……」

 

 ポチポチと操作を始めたので、少女は操作をやめさせようと割って入ってこようとするが、私はそれを気にせず操作をやめない。カメラとスマホが同期させて、スマホ側にカメラ側の画像が転送させて……。黒髪の少女に見やすいように画面を向けて一言。

 

「これがあなた。とても綺麗。というか、すごくいい写真だわ。表情と仕草も相まって、自画自賛かもしれないけど心のモヤモヤ感が表現できてると思うの」

「なっ! なにっ……!! 言って……っ!!」

 

 少女は怒っていた顔を赤くしだした。

 

「この表情、狙ってやってないならとても良いと思う。迷いというか何か不安感を漂わせてるけど、ネガティブじゃない。そう、どこかできっと救いを求めるような顔」

「……っ!!」

「あなたを撮ったのは2回目。まだ私には全部が表現しきれていないと思うけど、今日の写真はとても繊細なあなたの一面を抑えれたと思う。昨日の顔とはまた違った表情だった」

 

 カバンの中を漁り、昨日一晩かけてそれなりに仕上げた作品の1枚を取り出して彼女に見せる。夕暮れの中、4人の少女が中央の1人の少女を見つめる様子。夕暮れの中、うっすら見えるの視線は何かを訴えるかのような視線。

 我ながらこんな1枚が撮れるだなんて思わなかった。彼女はそれを手に取って、更に顔を赤らめる。

 

「ねぇ、私にあなたを撮らしてくれないかな?」

「はっ?」

 

 顔だけでなく耳まで真っ赤にして、これ以上どこを赤くするのだろうか? と思うほど恥ずかしがりながら、私の撮った写真をみている彼女に提案をする。今まで自然物・人工物相手程度にしか撮ったことの無いカメラ。2回だけの出会いだが、彼女を見ていて人をモデルに撮りたいと言う欲求が出てきて止まらなかった。

 

「別に変なことに使うつもりは一切無い、SNSとかも興味無いし、あなたを純粋に撮ってみたいの。お願い、私にあなたを撮らせて」

「えっ、いや……、その……」

 

 未だその赤みが引かない顔の持ち主にお願いを続ける。返事から察するに、おそらく突然の出来事に状況が掴みきれて居ないのか?

 

(流石にこれ以上は追いかけると逃げられるかも知れない……)

 

 心の中でそう思い、一旦ここで引く事にしよう。

 

「私は3-C、望月真琴っていうの。あなたは?」

「……ぇ、A組の美竹蘭」

「そう、美竹蘭ね。じゃあ美竹さん、その写真はあげるわ。もともとあなたに渡したくて現像したものだしね。他の子達にも見せてもらえると嬉しいな? 良い返事が聞ける事を期待してるねっ!」

 

 捲し立てて、本題を有耶無耶にするように言葉を重ねる。ここはさっさと一度立ち去ったほうが良いだろう、必要な情報は聞けたことだし。私は鉄製の扉の出入り口に向かって駆け出す。

 

「じゃーねー!」

 

 屋上と階段の間で、もう一度カメラを彼女に向け別れの挨拶をすると同時にまた1枚追加する。

 

「ちょ! まっ……!」

 

 なにやら、声が聞こえるがここは知らないフリでいこう。手早く階段を降りていこうとすると、白い髪をしたショートの子が下から上がってくるのが見えた。

 

(たぶん、昨日美竹さんと一緒に楽器を弾いてた人だ……)

 

 あちらもこちらを認識したようだったので、軽く手を振ると軽く首を捻っていた。

 

(うーん、この子もかなり面白そう)

 

 なんとなくそんな気がした。今はとりあえず美竹さんに捕まらないようにしなくては……。本当は屋上で昼休みまで時間を潰して、午後の授業から合流の予定だったが屋上に行く途中に美竹さんを見つけちゃってハイテンションになっちゃったもんね……。

 

(悪目立ちしないように、普通に教室に入ろう……。)

 

 心の中でそう思いながら、ぽてぽてと歩いて自分の教室前に近づいて行く。授業中の教室の扉を開ける。教室の中の視線が一気に集まる。

 

「……」

 

(そりゃ、そうなるよねぇ……)

 

 明らかに中途半端な時間に扉が開かれれば当然か……、思いながらこういう時にどういう事を言えば良いのかわからなかった。おはよう? 失礼します? なんかどれも違ってる気がする。

 

「望月さん、今日は体調が悪くお休みと聞いてますが?」

 

 先程まで板書していたであろう女性教諭が、言葉を失った私に話しかけて来る。この船に乗らなければ言い訳と言う航路には乗れないだろう。

 

「遅れてすみません、体調は少し寝たらマシになりましたので登校しました」

「そうですか。あまり無理をしないようにね? ノートは周りの人に後で見せてもらってください」

「はい」

 

 そう言って、女性教諭は板書を再開して行く。一連の会話を聞いたクラスメイトたちも板書をノートに移す作業を再開している。とりあえず思っていたよりスムーズに軟着陸ができたようだったので心の中でホッとため息をつく。

 自席へ歩いていき、授業を聞く準備を整える。

 

(あっ、しまった。昼ごはんのことを完全に失念していた……)

 

 そんなことを思いながら、黒板の字を目で追いながらどこから書いたらいいのかを選んでいた。もういっそ、書かないであとで誰かに丸写しさせてもらえば良いんじゃないかな? と思うと、なんだかノートを取る気も失せて、ガラス越しに見える鈍い色の雲を視線に入れゆっくり流れていく様子を観察する事にした。その後、特に指される事もなく授業は終了した。昼休みを迎え、前日から寝ていない状況で午後からの授業は非常に苦痛だった。特に苦手科目の英語。クラスメイトが教本を読み上げる異世界人に見え、開始5分で夢の世界へ旅立った。帰宅後は叔父の説教も待っている。今の間に体力は回復させて置くべきだ。船を漕ぐ度に周りのクラスメイトは起こそうと突っついてくれるが、それに対応する事も出来ず、深い睡眠に入ってしまった。担任の北条先生に呼び出されなくて本当に良かった……。

 

 ■■■

 

 美竹蘭との初めての会話をした日を思い出しながら、廊下でまたシャッターを切る。数日経過してしまっているがあの日以降、美竹蘭と会う機会がなかった。

 私がA組に足を運べば良いのだろうけど、流石にあの印象では顔を出したら何を言われるかわかったものじゃない。どうしたものか? と思いながらも「まぁ、そのうち……」と思っていたら数日経過してしまっていた。

 

「望月!」

 

 ファインダーを覗いて、次のシャッターを切ろうとしたところに声をかけられた。

 

「ああ、北条センセーじゃないですか。どうかされました?」

「いやなに、君に写真を任せた手前それなりの事はしないとな……と思ってな」

 

 北条先生はコンビニ袋から一本の缶コーヒーを差し出してくる。

 

「では、お言葉に甘えていただきます」

 

 差し出された缶コーヒーを受け取り、プルタブを引き上げる。

 

「進捗はどんなもんだ? そろそろ提出期限だが……」

 

 私が缶コーヒーを飲み始めたのを見て、もう一本缶コーヒーを取り出し北条先生もその場で飲み始める。

 

「大体は撮り終わりましたねぇ……、一応今日が撮影最終日で週末にデータの簡単な選別をして来週には素材として提供できますよ」

「おお、まさに今日追い込みか」

「そんなとこですね。まぁ、ある程度カット数絞ってますから、選別もそんな時間はかかんないと思いますけどね。っていうか、ホントに私で良かったんですか?」

「おいおい、それが全国学生コンクールで金賞をゲットしたやつのセリフか?」

「いや、あれはまぐれでしょ……、大体こういうのってプロに依頼すべき話ですよ?」

 

 私が今手がけている、卒業アルバム用の写真撮影。その依頼元は北条先生からだった。もともとこの羽丘には写真部は存在しない。私が趣味で一眼レフカメラを持ってちょくちょく撮影しているだけだった。

 今思い出してもとんでも案件だと我ながら思う。羽丘中学生の一生の思い出になる卒業アルバムへのスナップ撮影だなんて荷が重すぎると流石に抗議した。が、結局受け入れてもらえず、北条先生の説得を延々と受け、渋々受け入れた。プロにはプロの仕事の仕方がある。それを邪魔するような事をしたくないし、ましてやまぐれで表彰を1つ受けただけの人材に任せるべきではない。

 

「流石にプロにもお願いはしてるさ、年間契約のプロが居るし」

「じゃあ、私別にいらないじゃないですか」

「プロじゃわかんない所を撮る、それこそ学生カメラマンだからこその視点で」

「私は別に……」

「誰もプロ相手に出し抜け! って言ってる訳じゃない。プロはプロ、アマチュアはアマチュア。視点の違いは絶対ある。だから、変に気負うじゃなくて皆の自然を撮ってくれればそれで良い。この廊下だってきっとプロなら『作品』に変わるかも知れないけど、アマだからできる『写真』が取れるかも知れない」

「そんなの誰も喜びませんよ?」

「だが、誰かがそのページを見て、そこでの出来事を自然と思い出してもらえるとしたら?」

「それは……」

「そんなんでいいんだよ」

 

 北条先生と別れた後、グラウンドへ来て部活練習の様子に何枚かシャッターを切って中庭側に移動する。

 様々な談笑する生徒達、声がいろいろ重なってよくわからない。他人の話には特段興味は無いが、その表情にはとても興味があるのだ。できるだけ高等部の人が入らないように、入ってもボケて見えなくなるようにピントを置いてシャッターを下ろす。

 

「まぁ……、こんな所かなぁ……」

 

 今日撮影した分を、タブレットに転送して確認をしようと思い中庭をそのまま通過して食堂へ移動する。

 

「なんか甘い物食べたい」

 

 人から見ればシャッター下ろすだけ、指を動かすだけかも知れないけど1つの被写体に対していろんな方向から撮って行く。そんな作業を繰り返していたら当然体を結構動かす。設定自体はそこまで細かく動かしてないがそれなりに考えながら設定を直している。

 体も疲労するし、頭も疲労する。正直、疲労困憊だ。食堂で手軽に糖分を撮るなら菓子パンが早いだろう、食堂に入ってパン売り場の方に足を向けるとそこには白い髪をした女の子がパン売り場のおばちゃん相手にパンを注文していた。

 

「あと~、このメロンパンを2つ。そこのチョコチップメロンパンも追加で~」

「あいよー、相変わらずいい買いっぷりだね!」

「もちー、またポイントカードが溜まりそうだからねぇ~」

「あんた、先週もポイントカードだっただろうが……」

「んー。そうだっけ?」

 

 財布をゴソゴソ漁って1枚のカードをおばちゃんに渡して会計を受けている。おばちゃんはなんかすごい量のパンが入った袋を彼女に渡し、ポイントカードに印を付けていく。

 

(おいおい……、私が食べるパン残しといてよぉ?)

 

 イマイチカウンターは見えないがその袋を見てちょっと焦る。口の中はすでに菓子パンなのだ、ここに来て甘いコーヒーだけになるのは避けたいと思っていた。

 

「おかげさまで今日も完売だー、また明日もよろしくな!」

「モカちゃん的にはそろそろ新味もほしいですなぁ……」

「多分4月からはチョココロネとクリームコロネが入るはずだねぇ、数は少ないけど……」

「おお、ほんとに~。それはモカちゃん的に超たのしみ~」

「まっ、期待しといてよ! 本店では出したら即売り切れ商品だしね」

 

 そんな世間話をしながらおばちゃんは完売の札をケースの上に立てかける。私の菓子パンの口はどうやら甘い缶コーヒーで満たすしかないようだ……。にしても、この子すごい量食べるんだな……、とパンを買い占めた少女の方に顔を向けるとばっちり眼があう。

 

「んん? どこかで見たことのある顔ですなぁ~」

「多分、屋上周辺だと思うな。2度ほど顔を合わせてるよ」

「ああ、思い出したー。盗撮被告人」

「そのフレーズやめてくれるかなぁ……」

「で、被告人はこんな所になにしにきたの?」

 

 首を傾げながら白い髪を揺らす。見えるのは疑問を持っている眼だがどこかこちらの様子を伺っているそんな感じがするような眼。当たり前っちゃ当たりまえだなぁと心の中で思いつつ、両手を上げる。

 

「被告人は菓子パンを欲して此処まで来ましたが、残念ながら買い占められたようなのでコレにて退散をさせて貰おうと思います」

「あぁ、あたしが全部買っちゃったもんねぇ~」

「そういう事。甘い物ほしかったけど、無いんじゃ仕方ないしコーヒーで我慢するよ」

「うーん」

 

 なにやら考えてる様子。イマイチ何を考えているのかわからない。どっちかと言うと相手に悟らせないようにしているような……そんな感じがするなぁ。

 そんな事を考えてると白い髪の子は急に何か思い出したかのようにカバンを漁って一つのフォトフレームに入った見覚えのある写真を見せてくる。

 

「もしかしてコレを撮影した人かな~?」

「あら、綺麗にしてもらってるのね。よかった」

 

 フレームは黒色だが、うっすらとラメの入ったカラーリング。光の加減で細かいラメがきらめくカラーリングだ。

 

「この前、蘭がこの写真に合うフレーム無いか? って相談してきてね。皆に見せるために今日持ってきたの」

「そっか……。その、ごめんね急に撮影した上なんか勝手に切り出しちゃって」

「ううん、あたしはこの写真を見てあたし達の『いつも通り』ってこんな形をしているんだなーって認識できてすごく嬉しかったし、何よりこの蘭の顔見てよ、すごいいい顔してる」

 

 フレームに収まった写真を見ながら彼女は優しい笑顔を浮かべていた。とても愛おしそうなその顔は、形容はしつくし難い、なんていうか大人な感じの幸せを感じているかのような顔だ。

 

「蘭のこんな顔を私達は少なくても何回も見てたけど、最近見れてなかった。だから、形あるものにしてくれて嬉しいかな」

「そう。私はその写真はとても羨ましい」

「羨ましい?」

「うん、羨ましい。全員の顔を見てみて? そこには信頼・羨望・愛情・友情……他にもいろいろな感情の視線があると思ってる。それを受けて真ん中に居る彼女の顔は笑顔。安心感というかこの笑顔には人を引きつける笑顔があると思ってる」

「……」

「その笑顔はきっと他の4人が居るからできる笑顔なんだと思う、皆が居るから彼女も存在していられる。誰一人その写真でかける事はできない。皆とならなんだってできる、そう感じさせる笑顔」

「……」

「これはきっと希望なのかもね」

 

 彼女の手の中にあるフレームの写真を改めて見ながら思ったことを口にした。美竹蘭に感じる魅力はそれだけでは無いが、その一面を言葉で表すなら『希望』。写真に現れたその一面はとても魅力的で、それこそ明日への夕日をも自分を演出するためだけのものにするくらいの……。

 うん、今日はやはりこれ以上は何も浮かばないので甘い物で流してしまおう。そう思い、白い髪の女の子に別れを告げ自販機コーナーへ足を向けようとすると袖を掴まれた。

 

「まって」

「えっ?」

「来てー、こっちー」

 

 柔らかな口調とは相反するに力強く引っ張られ、体勢が軽く乱れて引きずられるようだった。

 

「ちょ! せめてジュースを……」

 

 すでに脳細胞は糖分不足で死に絶えているの! っか、あなたパワーすごくないかい? なに? その細い手のどこにそんな力あるんですか?

 

「あとでモカちゃんのパンを一つあげるから、こっちー」

 

 まだまだ放課後は始まったばかり、人はまばらになりつつも女の子をおしゃべりが大好きなのである。お金のかからないおしゃべり場の教室にはそれなりに人も多く居る。学食棟から腕を引かれながら今日の放課後もゆっくり進んでいく。




なんとなく繋がりが薄いところ、原作設定とは違うところもあります。
オリキャラをうまく活かせ切れていないところ、説明も足りないし、学校生活も希薄・・・と問題を抱えてますがが引き続きよろしくお願いいたします。
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