限定時間   作:西月

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夕焼けとかかる霧

 昼休みになって、手早く購買で買ったパンを食べ終えカメラ片手に屋上へ。この時期は冷たい風はよく吹くので非常に寒い。まぁ、そんな場所で奇特な人が居ない限り、屋上は誰もいないことの方が多い。スペースとしてはそんなに広くはないが、一枚撮ってみたい写真があった。

 広角レンズをセットした一眼レフをぶらつかせながら屋上への階段を登っていく。重ための鉄の扉。もともとは鍵がかけられていた扉だがいつの間にか鍵は開いてたという噂を聞いたことがある。そんな噂も私にとってはラッキーだ。こうやって屋上に出入りが自由にできる事ができるしね。

 扉を開けると、冷たい風が通り過ぎる。だれもいない屋上。この街は意外と景観が整っている。大きなビル開発が無いおかげか、学校より高い建物は少ない。羽丘が中・高一貫の学校である事から、校舎が大きいというのもあるかもしれないが……。

 校舎は縦に大きいのだが、屋上は横には校舎ごとに分散されているため屋上スペースはそんなに広くない、広さの無い場所で広く見せる……広角レンズの得意分野をうまく使う。広い視野で、大きく撮る。変哲の無い、まったく変わらない景色だがレンズ一つで景色は変わってしまう。これもカメラの面白さの一つだと思う。

 

 何枚か撮ったのち屋上中央付近にある塔屋の風裏に回る。風を避けつつ撮影した画像を背面液晶で確認する。思ってたより広く撮れてない。上から撮った方がもう少し遠近感でるかな?

 

「こうなったら、見え方が変わっても嘘の構図でもいいから、踏み台持ってきた方がいいかなぁ……。でも、そうしちゃうとその都度、用意しなきゃなるし手間がかかるし……」

 

 カメラのボタンを押し画面を細かく動かし、隅から隅まで見ていく。そんな事に没頭していたからだろうか?

 

「ねぇねぇねぇ? それって何してるの?」

「ヒヤッ! ウッ!」

 

 急にどこからともなく声を掛けられてひどく驚いてしまったためカメラが手から落ち、一気に首にかけてあったストラップを通じて首に一眼レフカメラの重みを感じる。締まるような痛さを感じた。誰だというのだストラップのおかげでカメラは無事だが……。左右を見渡しても誰もいない。正面に立たれてわからないほど集中はしていない。背後は壁。誰もいない……。

 

「えっ? 一体どこから……」

「おーい? ここだよ~」

 

 私が探す仕草をしたためだろう声の主は、その居場所を告げているが……。まったく姿が見えない……、えっ? 何なの? どこから声聞こえてるの?

 

「ここっ! ここだよ~、あー……。うん、上だよっ」

「えっ?」

 

 上は予想してなかった! 声に言われるがまま、顔を上げる。そこには薄い緑色の髪全体をふわっと流し、耳の後ろ側から三つ編みにして黄色のリボンが印象的なとてもかわいい顔を塔屋の上からこちらに覗かせていた。

 

「やっほー。さっきから何してるの?」

「へっ……? あ、カメラで景色を撮ろうと思って、その……、はい……」

「景色? こんなところで?」

 

 彼女はうーんと唸りながら、考えている様に見えた。確かにここの景色は何の特徴もない。被写体もいないし、撮り映えしないだろう。彼女は「よくわかんないや」と言いながら、塔屋に埋め込まれているタラップを使って降りてきた。通常は人が登る事をしないように、タラップの段は下まで組まれていない、が、彼女にはあまり関係が無いようで、ひざのバネをうまく利用して非常にリズミカルだった。

 

(まさか、そんなところに乗る人がいるとは思わないわよ……、ん? 灰色のブレザー?)

 

 私は唖然としながらもそんな彼女の姿に違和感を感じた。羽丘の高等部の制服を着ている彼女が、なぜ中等部の校舎にいるのか? しかも、昼休みはまだ30分も経ってない。先輩である彼女はスカートについた汚れを手で払い、変についてる折り目を整え、再度先ほどと同じように私に問うてた。

 

「なんでこんなところの景色を撮ってるの? ここって何にもないよね? 見てても全然、るんっ♪て来ないし。でも、あなたをずーっと上から見てたけど、街並みとかそういうもの撮ってるようにも見えなかったんだけどなぁ~」

 

 彼女の言う通り、『ここ』には何もない、今は。なのに私はここの写真を撮りたくなった。どうしても必要だと感じたからだ。昨日、私が撮ったAfter Glowの写真を見返していた、写真を見ていると彼女たちがとても輝いているように見えた、が、その輝きは蘭が居ない日のスタジオ写真では少し薄らいだ感じがあった。どうしてだろうか? 初めて撮った時の被写体ブレを起こしている写真よりも薄らいだ彼女たちの姿はより『ボケた』ように見えた。感覚的な物だとは思っているが「その曇り」は明らかに目に見えた。ではここはどうなのか?After Glowのいないこの景色は『ボケ』てしまうのか?

 

 答えは明らかだった。感覚的なものなのだから当たり前かもしれない。試しに何枚か撮ったが、ここは『ボケる』ことはなかった。

 

「ここは大事な場所だと思ったんです」

「大事な場所? なんで?」

「ここは写真のピントが合うようで合わない、そんな虚ろなものをハッキリと映す場所だからですよ、先輩」

「ん?? よくわかんないなぁ……」

 

 そりゃそうでしょうね。あの時、私しか彼女たちの演奏を見ていなかったからね。

 

「ここに来たら嘘の姿ではいられない、本当の物しか映さない。少なくとも私のカメラにはそう映りましたからね」

「ん~、じゃあこことあなたのそのカメラは真実の鏡ってこと? 本性しか写さないって感じかなぁ?」

 

「それ、おもしろいですね。真実の鏡かどうかはわからないですけど、カメラは嘘つけないですよ、事実しか写さないです」

 

 そんな発想はなかったが、言葉にしてしまうとそうか……。カメラは嘘をつけない。嘘をつくのは、それは編集ソフトウェアだろう。カメラはあるものをあるがままに撮ってきてしまう。確かに遠近などの撮影トリック等はあるが、映るものはすべて本物しか写さない。すべてあるがままだ。

 

「なんかそれ、るんっ♪てきたかも! ねぇねぇ! ここで、そのカメラであたしも撮って! お願い、いいでしょ? 私も見てみたい!」

 

 彼女は唐突にそんな事を言い出した。確かに今まで、そういう人もいない事はなかった。たまたま私がカメラを向けた時に、フレームに入り込んでくる人。多分意図的に入ろうとしてるんだなぁ……とは思って写す事はあっても、基本はだれもいない空間を撮っている。After Glowの場合は別だったが……。

 そんな事を考えながらも突然の申し出にどう対処したものかと思っていたら、突然校舎外に設置されてるであろうスピーカーからプーンと甲高い音が聞こえたかと思うと、北条先生の声が聞こえてきた。

 『えー、ただいまより生徒の呼び出しを行います……、高等部1年B組氷川日菜ーッ! 生徒指導室に至急、早く! 来るようにッ! 今朝の持ち物検査の件だぁーッ』

 

 うゎあ……、生徒呼び出しに全校放送使うとか脅しじゃなかったのか……本当に使ってるよ、あの先生。口調が乱雑なところから、半ばやけくそ感がにじみ出ていた。どうやら今朝の私のように昼に呼び出しをしたが、生徒が応じなかったのだろう。

 

「ちぇー。折角、るんっ♪て来る今日の出来事が見つかったと思ったのに……」

「えっ? るん?」

 

 先ほどから気になっては居たが、この先輩は変な擬音を使っていた。『るん』という意味がいまいちつかみ切れない

 

「ごめんねー。また今度ここであたしの写真を撮ってほしいな、『真実の鏡』さん」

 

 そういって彼女は屋上から足早に去っていった。なんか、すごい不思議な感じがする人だった。話してる内容はさておきだが、とてもかわいらしい人だった気がする。『真実の鏡』ねぇ……。そんなおとぎ話の肝心な役目なんじゃないんだけどねぇ。先ほど彼女が居た塔屋の上を見る。

 

「そうか……塔屋の上なら見下ろす感じが出ていいかも……」

 

 そう思った私は早速、壁につけられていたタラップに手を伸ばしてみる、が、ギリギリ掴めるのだが自分の体を浮かす事は出来ない。

 

「ほっ……、んっ~」

 

 これでも精一杯の力を込めているのだが、非力な私の腕では体が宙を浮くことがなく登る事はできなかった。

 

「結局、踏み台は必要ってことか……、あの人ココをどうやって登ったんだろ……」

 

 見かけの可愛らしさとは裏腹で、すごい体力持ってるのかなぁ。薄汚れた銀色をしたタラップを恨めしく見た。仕方ない、もう一度このまま撮影に入ろう。放課後にでも用務室から梯を借りて、ちょっと登ってみる事にしてみよう。面倒だが、あそこからの光景を考えるととてもいいものになりそうだ……。

 

 ◆◆◆

 

 昼休み中、屋上をいろいろ撮影をした。が、結局納得できるものにはならなかった。あの塔屋の上。あの場所からどんな感じに見えるのか、気になって仕方がない。SHRを北条先生が終えると、足早に教室から出ようとしたところを呼び止められる。

 

「こらぁ! 望月! お前は指導室に直行だ」

「先生、昼も怒っていて疲れてるのではないですか? お休みになられたほうが……」

「言っとくが、お前らが休ませてくれないんだぞ?」

 

 何をバカな事を言っているのだ、本当ならあの塔屋の上で何枚も撮影しているであろう、撮りたい衝動を抑えて今も面倒なSHRで中学卒業式に関する話と高校入学式の話、春休み補習の話を聞いていたではないか。

 

「私、割と真面目にしてると思うんですよね」

「言い訳なら指導室で聞く、さっさとお前は来る」

「ちょっと用務室寄って行っていいですか?」

「お前なぁ……、分かったからさっさと行って指導室に来る事いいな、逃げるな?」

「逃げませんって……」

 

 怒っているが、半分呆れている感じの北条先生はさっさと歩いて職員室の正面にある指導室に入ってしまった。私はそれを確認し、職員室横の用務室に行き管理のおじさんに小さめのはしごを貸してほしい旨を相談すると部屋の奥から持ってきてくれた。ちょうど私の腰くらいまである梯。

 そこまで重くはないが軽いものでもない、持ち歩くのに少し手間がかかる。これだから嫌なのだ。行動範囲に制限が付く。フットワーク重視の主義なのだが、背に腹は代えられないと思い、気合を入れて肩に担ぐ。変に振り回すより、こっちの方がましだよねっていう判断だった。

 指導室に入ると北条先生は書類の整理をしていたようで、何やらPCの前でうなってる。

 

「おう、ようやっと来たかぁ~ってお前、お礼参りか!」

 

 北条先生は私を指さし、叫ぶ。人に指さすのはどうかと思いますね。お礼参りか……、そんな事、事実にあったなんて聞いたことはないなぁ。羽丘でやったら初かも知れない。

 

「違います。これは撮影用ですよ」

「……びっくりするから辞めてくれないかな。とりあえず梯を下ろして、そこに座る」

 

 どう見ても汚れがひどいソファを指さしながら、上座の方へ移動する北条先生。邪魔だった梯を下ろし、それに従う私。いい加減このソファを校長室のと交換して、校長室のやつを新しくしたらいいのに……とそんなしょうもない事を心で思いつつ、おとなしく座った。

 

「んで、なんでレンズ3本も持ってきてんのよ……、いつもならそんな持たなくても十分でしょうが……」

「いやぁ、これがちょっと撮影を頼まれまして……」

 

 とりあえずこれまでの経過を掻い摘んで、一通り北条先生に話をしてレンズの犠牲になった教科書と参考書の言い訳をする。

 

「にしても、望月が人を撮るなんて……、ちょっと驚きだな」

「それ、私の叔父にも言われました」

「だろうな。どうだ、人を撮るって難しいだろ?」

「ですね、何て言うか……自然物とは向き合い方が全然違います」

 

「だろうなぁ……」と言いながら、マグカップを傾ける北条先生。私が人を撮るところにやたら食いついてくる。そんなに変な事なのかな? 確かにいろいろと流されて撮ってはいるが、人にはそれなりに興味はあったが機会がなかっただけだ。

 

「にしてもAfter Glowか……、そんなのやってんだな。今の美竹は」

「文化祭で見てないんですか?」

「いやぁ文化祭限定かと思ってたよ、ずいぶん変わったもんだ」

 

 もちろん話す過程でどうしてもAfter Glowの話をしなければ伝わらないので、After Glowの話ももちろんした。北条先生は何やら懐かしそうに言う、今の美竹蘭の事は知らないようだったが、過去の美竹蘭をある程度知ってるように聞こえる。

 

「先生は蘭……美竹さんはご存知なんですか?」

「一応、A組も教えに行ってるしな。蘭、ねぇ……望月も棘をずいぶん抜かれてるな」

「まるで反骨精神の塊みたいに言わないでください。そんな事より美竹さんってそんな有名なんですか、今朝も言ってましたが問題児って……」

「ああ、現在進行形の望月とは違ってな、過去形だったんだけどなぁ、美竹の場合は……」

「過去形だった?」

 

 なんだか茶化されてる気がするが……敢えてバッサリ切って蘭の話からぶれないようにする。蘭は割と真面目に勉強してるイメージなのだが、一体なにをして指導されると言うのだろうか?

 

「そう。さすがに頻繁に授業をサボタージュされたらそろそろ指導しなきゃならん、ちなみに今日もサボられてる。一応、高校エスカレーター前だからあんまり大声で言えないんだけどな」

 

 サボりと言われて、納得がいった、だから2回目に会った時、彼女は授業中だったのに屋上に居た。そうか、彼女はサボって行き場がないからあんな場所に居たのか。

 

「ちなみに……過去の彼女はサボってる事に関しては何か弁明はしたんですか?」

「前回っても2年の初期なんだがね、結局はだんまりだった。聞くにも聞けない。生活面も担任に確認してもらったけど……、さっぱりだった。親御さんに連絡してもらったが効果なし。今回もわからんかもなぁ……」

「それ、いいんですか? 諦めが早くありませんか?」

「いや、よくない。……でも、これ以上掘り下げるとなると正直微妙なライン、なわけで担任もかなりヤキモキしてる。ただ結局、前回の彼女の問題は1カ月の間に解決したみたいで、まぁサボる事は辞めたみたいだわ」

 

 そう言いながら北条先生は頭をかく。不意に蘭の過去を聞くこととなった。彼女の身に何があったのだろうか? 掘り下げていい過去とよくない過去はある。私の場合は2年前の出来事は掘り下げてほしくない。彼女にとってこれは掘り下げてもいいものなのだろうか……。正直悩むところだった。

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