「まぁ、美竹の件はさておきだ……」そう言いながら北条先生が急にソファから立ち上がり、事務机に置かれたプリント用紙を1枚持ってこちらに戻ってくる。
「望月に頼んでた卒業アルバムの件だけどな」
「ああ、あれの事ですか……」
正直、もう思い出したくない。毎月ある一定の枚数を撮ってはそれを提出する方式はよいと思うのだが、できる限り自分でチェックしなければいけないという『おまけの仕事』がついてきた。一度未チェックで提出したら、北条先生を通じてちゃんとチェックしろと怒られた。
普段滅多にプリントアウト何てしないので、自分の写真をチェックする何て所業は自分のレベルをしっかり見つめ直すという苦痛にまみれたものだった
「チェックご苦労というか、お疲れさん。校舎素材としては十分集まったぞ」
「それはよかったですね」
ようやくこのめんどくさい作業からの脱却だ、心の中でガッツポーズをする。もうあの見えない納品量のためにひたすら撮影をし続ける地獄から解放されたのだ。実際何カットぐらい撮ったかなんてもう覚えてない。もしかしたら同じ構図を何回も撮ってるかもしれないが、そんなの知ったことではない。こちらとしてはひたすら撮り続ける苦痛を味わったのだ。あとはそれぞれのプロの方には頑張ってもらおう。
「それでだな、結構なデータ容量だったからこっちでさらにフィルター通して被りの除去をしてほぼノー編集で使う事になった」
「はぁ?」
枚数を考えるとバカみたいな枚数になるはず、被りの除去をしたところで枚数がそう簡単に減るとは思えない。今年の羽丘中等部の卒業アルバムを辞書にするつもりなのか?
「紙に印刷したら、伝説級の卒業アルバムですね……」
「ああ、そうか。知らないんだな」
北条先生は私がなにを知らないというのだろうか?
「卒業アルバムはDVDでの渡しなんだよ。顔の入った冊子とは別に渡してる」
「聞いてないですよ! それって、ほぼ生データに近いじゃないですか……」
「聞かれてもいないしな。今、業者さんがひたすら最終チェックして校正してるよ」
頭を抱え込んだ……。そりゃ写真は撮ったが、どうせ20ページかそこらだろうと鷹をくくってたのが悪かった。運が良ければ載るだろうのレベルで流して撮ったものだ、ほほ全部が採用とかあり得ない……。頭が悪いんじゃないか? いや、この際そんなものに載せるのはいいが……、果たしてみんながあの写真を見て感動するところとかあるのだろうか? 私だったらあの写真を見てもなんとも思わないぞ。
「ホント、何を考えているんですか……」
「後な、卒業式で今回は特別にプレビューを流して公開する事になってるよ、校舎をテーマにしたデジタル写真集ってやつだな」
「……」
「そんな睨むなって。出来がそれだけよかったんだ。ほれ、これが案内に撒く予定のプリントな」
もう何を言われても驚くまい……。提出したものが勝手に採用になって写真集になるなんて誰も思うまい……。私はため息をつき、この憤りを投げ捨てる。受け取ったプリントには『写真で振り返る学び舎』と称して何やら細かく詳細が書かれていた。
「ちなみに望月の名前は出てないぞ」
「当たり前です。ただでさえもう既に写真撮ってる人って校内で思われてるのに勘弁してください……」
「適材適所なんだよ」
プリントを応接セーブルに置きもう一回ため息をつく。
「まぁ、そんな訳でご苦労さん」
「もう二度としません。趣味で撮っててこんな大ごとに巻き込まれるなんて……、もう帰っていいですか?」
「おう、待て待て。もうちょっとだ。望月は高校に行ってからも写真を続ける気はあるのか?」
精神的に疲れたので今日はもう帰りたくて仕方なかった、が、北条先生は帰してくれない。高校で写真を続けるかだって? そんなの……
「続けるに決まってるでしょう……。これからも撮りますよ」
「それはプロになりたいと思ってるからか?」
「いいえ。プロになりたい訳ではないです」
「じゃあ、何のために写真を撮る」
「趣味っていうより、もう私の日常なんで……。それにカメラを通じて、私の生きている世界は案外小さいな……って思わせてくれる。見える幅が広がったっていうんですかね? そういうの感じたんで別に有名になりたい訳じゃなくて、ただ撮ることができれば満足です」
「そっか……。うーん、どうしたものかねぇ」と言いながら、北条先生は頷きながら何かを考え始める。まぁ、それなりに変な事は言ってるだろうが見える幅が広がったのは確かだ。ただ歩いてる道ですら、違う角度からの画面を見て、見える切り口をたまに考えてしまう。日常的にカメラを持ち歩き始めたら、そういう感覚的なものが磨かれた気がする。普通の自分じゃおそらく見る事なく終わっていたもの。新たな見え方、それが楽しい。
「高校に入ったら、どっかの部活とニコイチにするか……」
「別に部室なんか貰う気はないですよ? 今まで通り腕章をくれるならそれでいいです」
「そうかぁ? 中学は完全にノリだったから、ちゃんとした受け口作って、部活動として動かした方が目立たんだろ? んー、ああ。あそこも部員が一人だしそことくっ付けるか」
まぁ、奇異な眼で見られるのは慣れているが高等部には外部入学も多くなる。確かにちゃんとした体を保った方がいいかもしれない。
「まぁ……。校長肝いりの腕章は目立ちますしね。お任せしますよ」
「じゃあ、天文部と合体かなぁ……」
「……天文部? そんなのあるんですか? 高校で星を見に行くんですか?」
「……まぁ、そんなもんだ。ところで、望月よ? あの梯は何に使うんだ?」
なんか、あからさまに話をそらされた気がする。まぁ、高校の事は高校で考えよう。今は屋上写真を一枚完成させたい。
「屋上の塔屋の上に登ろうと思いまして……」
「おいおい……、事故だけはシャレにならんからやめてくれよ……。今から撮るのか?」
「もちろん。撮りますよ、用務員さんが帰る前に撮らないといけませんので」
「……一緒に行くわ。梯を持たせて階段から落ちた何てシャレにならない……」
◆◆◆
結局手伝いを断ったのだが、高所に上ると言う事なので万が一の事があっては何なので、北条先生に屋上に梯を設置してもらい塔屋の上に登る事となった。
本日2回目の屋上。昼もそうだったが、放課後の屋上には相変わらず人気が無い。そして、思った以上に冷たい風が吹いてる。
「さむっ、ここでマジで撮るのか?」
「もちろんです」
北条先生は肩を震わせている。寒さについては想定内だった。鞄からジャージを取り出し、スカートの下に履く。ブレザーの下にジャージを着こみブレザーを羽織る。多少着ぶくれするが、ブレザーはそこまでジャストフィットじゃないので多少余裕があるからできる事だ。
「とてもじゃないが、来年花の女子高生になる奴がする格好じゃないぞ?」
「そうですかね? でも、これ暖かいですよ?」
「いや、そうなんだろうが……。まぁ、いいや」
そんな感想を北条先生が述べるが私自身は背格好など気にしたこともない。そもそも私にそれを求めるのはいかがなものだと思う。
北条先生が塔屋の裏側にあるタラップのところまでさっさと歩いて梯を広げる。
「出来るだけ早めに決めてくれると嬉しい」
「どう見えるか? からスタートなんで……。ちょっと時間いるかも知れませんよ?」
「くっそ……やっぱり来るんじゃなかった」と苦い顔をしながら独り言ちる、北条先生をほっといて梯を登りタラップへと移動する。手に鉄製の冷たい感触が伝わる、数段登るとあっという間に塔屋の上に上がることができた。
(ちょっと汚れてる……けど、誰かが居た痕跡はばっちりあるなぁ……。『るん』の先輩かなぁ……)
塔屋の上には、黒い砂埃が隅の方に固まっているがタラップ周辺はそこだけ誰かが踏んだのか、靴跡がばっちり残っていた、しかし今はそれを気にしても仕方ない。
「After Glowの歌ってたのは……、こっちか……」
彼女たちが居ない屋上を高い目線から眺める。思っていた以上に俯瞰撮影をするには良い場所だ。遠くの街まで見る事ができる。それでいて角度的にうまく隣の校舎が見えずにそのまま空にが見る事ができる。
(……いい。『ココ』はすごく。)
壁にぶつけるのを防止するためにストラップを伸ばし肩から斜め掛けしていた一眼レフを構える。ある程度、広角のによる余計な映り込みを気にしつつも斜めに切り取って空を大きめに写す。こういうのは鳥瞰というのだろうか? と考えながらも何枚かシャッターを切っていく。背面液晶を見ると雲が映ってる写真が映し出される。
「雲か……」
ゆっくりと沈んでく太陽の光を反射しながら黄昏時を作り出す空に走る雲がいくつものあった。
(手持ちでどこまでやれるかな……)
肘を塔屋の縁に置き体重を肘を中心にのるようにする。そのままカメラを手で固定し、押し込みすぎないようにシャッターボタンを押し、『カシャ……』とシャッターを開く音が聞こえる。体が震えてしまわないようにゆっくりとシャッターが閉まるのを待つ、力が入りすぎず抜きすぎない、自分自身の体が冷たい風と溶け込んでしまうような……。そんな手持ちでのスローシャッターを切る、やがて『カシャン……』と静かにシャッターが閉まったの音が響く。背面液晶に現れたのは雲だけが流れた屋上の一枚の写真。黄昏時を流れる雲は黄色とオレンジの境目の色を見事にグラデーションがかかっている。
(あの時みたいに焼けたような赤じゃないけど……、これはこれでいい写真)
『ボケ』た写真ではなく、はっきり見える写真。舞台はしっかりと映る。彼女たちが『ボケ』る理由はやっぱりきっと別にあったんだ。そして赤くないのはきっとAfter Glowが居ないから。あの時の重苦しい空気は蘭が居ない事でできた空気だ、だからあの空気はもうないはず。蘭の抱えこむ問題はわからない、が、不安定な蘭が居たとしてもまた輝きだすはず彼女たちはAfter Glowなのだから、空の赤は光が大気に散乱して生まれるてくる色だ。きっと輝くはずなのだ。
そう考えると、この写真でストーリーが一つできてしまいそうだ。写真でストーリーを書くなんてありきたりだけど、ストレートな感じがして悪くは無いね。まぁ、だとしてもまだ彼女たちを題材にしたストーリーを書くにはまだ撮り足りないかも知れない。次に彼女たちを撮るならリハーサルだろう。この光景を見て気合がまた入った気がした。早速、スマホを取り出し次のチャンスであるリハーサルの日をAfter Glowに問う文章を書き、送信した。
「望月~。そろそろ下校時間だぞ~。ってか、寒いからこれ以上は勘弁してくれ~」
下から北条先生の鼻声が聞こえる。なんだかんだで、ずっと見ててくれるとは面倒見がいい先生だなぁ……。
「もう、降りるんで待ってください」
役目を終えたカメラをショルダーバッグのようにたすき掛けにして、タラップを踏み外さないように、一歩一歩を確かめながら、確実に降りていく。『るん』先輩のようにこの高さをリズミカルには降りられないわぁ……。結局、もたもたをしながら降り、梯は北条先生に任せて帰宅を促された。私はこの日ついにAfter Glowに会う事が叶わなかった。
◆◆◆
蘭はA組、つぐみ・ひまり・モカ・巴はB組、私はC組。彼女たちはAfter Glowであって、私は観測者。彼女たちは演者であって、私はいいところ記録係。だから、まったくやることも別であって、私には私の課題があった。それぞれがそれぞれの課題に挑む。クラスが違い、合同になってもC組がD組と混じるためA・B組との接点が少ない。ましてや私には親しいと呼ぶレベルの友達は限りなく少なく表面でのクラスメイトを演じる事が多い。この点は反省すべきだろう。
コミュニケーションが取りづらかった。そういってしまえばそれだけだ。では、この眼前に広がる光景は何だというのだ? ファインダー越しに見える彼女たちの姿は、緊張を張り詰めて限界のような顔をしている。どう見ても初めてスタジオで見たような自然な動きじゃない、蘭が居なかった時のあの『ブレ』た動きでもない。彼女たちは人前でライブをするのは初めてではないはずだ、百歩譲って初めてっだとしても、これはひどく見える。堂々とした振る舞いをもっとすればいいのに、なんだというのだろう
『明らかにカメラが意識されている』そんな風に見える動き。私が動くとそちらに気を取られるように動く。そんな一瞬に音色が少し違う音が飛ぶ。動きがなんとなくぎこちない、レンズだけで追従をすると、こちらの動きを意識してなのか? ばっちりカメラ目線が交差する。
中盤に差し掛かって、袖だけでは収まりきらない正面への撮影。スタッフ出入口へ走り舞台からフロア最前線。煽りの構図だがここでもやはりミスタッチと思しき音が聞こえ、一定を刻んでいたはずのリズムが少し狂ったように聞こえた。
CiRCLEの地下ライブハウスに響く、彼女たちらしくない音。あの時に聞いた熱い音が鳴り響かない。変わって響くのは、色の無い音と時折、飛んで途切れてしまう音。彼女たちのちゃんとした音を聞いていた所為もあってか、あからさまなミスが飛んだと思った時にはピタッと演奏が止まってしまった。何がいったいあったというのか?
違う。欲しいのはそんなサービスじゃない。私はAfter Glowが撮りたいのであって、決して普通のガールズバンドを撮りたい訳ではない。
彼女たちが演じている『カルマ』という曲、私が犯してしまった『カルマ』。
私は気がつかなかった。私が彼女たちに作りだした『業』はこんなにも彼女たちを蝕んでしまったのか……。自分を過小評価した結果がこんな事になるなんて思わなかった。
先日、リザルトを見たところ本作はすでに10万字超えていて
改めて書くという難しさを痛感しました。本当に無駄な文章は無かったか?ちゃんと設定許容内か?プロットから外れてないか?自分の書きたいものを書いてるか?
日々、試行錯誤を繰り返しているところでございます。
そんな中、皆様にきちんと文章として届いているのか?不安に覚えつつ、書いていた物を改めて見直し投稿をする続けております。
そのため最近更新ペースが遅くなってしまい申し訳ございません。
また、先輩方の作品をしっかり読ませていただき、勉強をさせてもっております。
様々な素敵な作品が集まる中に私の作品がほんとに混じってて大丈夫なのかびくびくしておりますが……。
最後に。
先般、評価をいただく事が出来ました。
評価頂けることは作者としてとてもとても光栄な事だと思います。
評価を頂きありがとうございます。
今後もいただきました評価を糧にし、よい作品作りができたらと思います。
本日はありがとうございました。