限定時間   作:西月

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夕焼けの誤観測 1

 2月最後の週末、いつものようにきちっとした時間に起きず惰眠をむさぼり、ぼーっとした頭がほどほどに冷めるのを待ってから、一階に降りた。いそいそと叔父が出かける準備していたのが目に入る。いつものようにスーツを着込むのでは無く黒のマウンテンパーカーを着込んでいた。おそらくアレは撮影用の恰好だろうな……と思いながらも叔父をスルーしキッチンへ向かう。

 昨日、学校から帰宅すると既に叔父が帰宅をしており、珍しく土日が休みになった事を何度も聞いてもいないに自慢げに聞かされた記憶がある。そんな叔父を尻目に私が朝食に食パンを食べていると叔父はカメラを持ち出して来て、キッチンテーブルでこれ見よがしにレンズを数個並べメンテナンスし始めた。

 メンテナンスといっても大掛かりなメンテナンスではなく、ブロアーで埃を飛ばしレンズペーパーとレンズペンで表面をなぞるくらいの軽作業だ……。

 

「……」

「……」

 

(あ、この食パンどこのだろ? いつもの食パンと違っておいしい……、今度どこで買ったのか聞い

てみよう……)

 

「……」

 

 家政婦である友田さんが買ってきてくれた食パンはいつもと違い、カリッと焼けてもちっとした食感がありそこらへんのコンビニで売ってる食パンとは全く違った食感で非常においしい。

 

「あの……、まこっちゃん?」

「んー? なに?」

「いや、ほら……、なんかあるでしょ?」

「なんで?」

 

 叔父さんはキッチンテーブルに突っ伏して言う。

 

「ツッコミしてよ!」

「だって、これってツッコんだら負けなゲームでしょ? そういうもんじゃないの?」

 

 茶番を演じる叔父を放っといて、簡単なサラダと食パンを食べきり流しに食器を持っていく。叔父はすでに朝食を食べ終わっていたらしく流しには叔父の分の食器も流しの金ダライに漬けてあった。

 

(……めんどくさいわ。でも仕方ないけど洗うか……)

 

 朝食の食器といっても、そんなに多いわけではないのでささっと流してしまおう思い、少なめの洗剤をスポンジに取り、軽く泡立てて叔父の分も含めて食器を手に取り洗い始める。

 

「まこっちゃん、僕・今日明日・お休みです」

「だから?」

「ふはははっ~、叔父さんとどっかに行こうぜ~!」

 

(また始まったわ……)

 

 叔父の悪い癖だ、「どっかに行こう」は大抵目的地が決まってない事の方が多い。私はどちらかというと目的地が決まって、予め予定を立てて回るような旅がしたい派なので、行き当たりばったり旅が好きな叔父の旅の仕方はあまり好きじゃない。

 せめて行き先さえ告げてくれたら、そこに行くまでの車中で検索がはかどるのに……。いつも謎の目的地なのだ。

 

「今9時だよ? これからどこに行くっていうのさ?」

「井ノ島とか湘南とか……山梨?」

 

 やっぱり目的地を決めてないのね……。今の会話でなんとなく読めたわ、この人はただ今は車を走らせたいだけだ……。

 さっきテーブルの上に転がしたレンズはブラフね。一人で行くと眠いからと私を巻き込もうとしているのだわ。一通り食器も洗いおわったので、拭きあげてさっさと今日はゆっくり自室で雑誌でも読もう。

 

「いつも通り、お一人様で行ってくれば?」

「それじゃ、全然面白くないじゃんか~。そんな嫌そうな顔しないで、叔父さんと一緒に出かけようよ~」

 

(子供か……)

 

「いやよ。目的の無い旅なんてまっぴらごめんです」

「ちっ……。そんな事を言う子には、僕のお古のカーボン三脚あげないよーだ」

 

 カーボン三脚だって?なんてものを交換条件に出すんだこの人……。叔父の使う三脚は私が使っている三脚よりも高級品で何より太い脚をしている、私の背丈を考慮すれば高さは幾分背が高いのだが、脚の調整で何とかなる。何より、今の三脚では脚が細く、標準レンズを支えられてもサードパーティ製レンズを支えるとお辞儀をしてしまい、遠隔操作には向いていない。何より強めの風が吹けば倒れてしまう危険がある。

 

「叔父様、まさか……」

「ニュー三脚を買ったので、高校入学祝いに上げようと思ったんだけど……、そっか、いらないなら中古屋に持ち込んで、フルサイズレンズの足しにしようかなぁ……」

 

 ピースサインを突き出しながらにやにやして居る叔父。背に腹は代えられない……というか、バイトして買えばいいかも知れないが……。タダで手に入るのであればそれに越したことはない。今回ただ黙って横に居ればそれでいいのだ、何も考えずに……景色を眺めていれば三脚が手に入るのだ。

 

「……着替えて来るわ」

「さすが、まこっちゃん! じゃあ早速、車を暖めてくるね~」

 

 何と言うのか、自分自身でも欲望には忠実だな……っと思う。とりあえず2階の自室で寝間着から着替える。そろそろ春の服を出してきてもいいかなぁ……と思いながら、叔父のマウンテンパーカー姿を思い出す。

 あの完全武装ぶりはおそらく夜通し撮る気でいるんじゃないのかしら……、新しい三脚買ったって言ってたし。まさか星でも撮影する気なのだろうか?

 クローゼットに吊るされていたGジャンから手を離し、代わりに撮影用の青色のマウンテンパーカーを手に取る。

 

「万が一の場合を考えておこう……」

 

 そう言い聞かせつつ撮影着を着込み、念のためダウン素材のインナージャケットも手持ちで持って自室を出ていく。あと、出ていく前に冷蔵庫でいつものセットを持ってかなきゃ……。

 荷物を片手に1階に降りて外に出る前に冷蔵庫から缶コーヒーと栄養ドリンクを取り出し、適当にその辺にあったコンビニ袋に詰め、サイドボードに飾ってある3つのフレームに「いってきますね」と声を掛けてから外に出た。

 

「おっ、来たな? さすが、まこっちゃんだね。空気読んで完全武装じゃん」

「……」

 

 よほどウキウキで居たのか、叔父は自慢の1BOXカーのエンジンの暖気を行いつつ、フロントガラスをタイヤの上に載ってスプレー片手に拭いていた。

 白の大き目の1BOXカーはどう考えても2人でどこかに行くにしては大きすぎるといつも思ってる。私はいつも助手席に座るのだが、フロントガラスが大き過ぎてバスに乗ってるんじゃないのか? といつも錯覚させるぐらいの大きさが印象的だ。

 

「で、荷物は?」

「鞄と三脚くらい? ですかね、後ろに積みます。叔父さん、あとこれね」

 

 叔父にコンビニ袋に入れた雑品を渡す。

 

「おけー、じゃあ後ろ開けるよー。おお、サンクス。コレないと運転しても疲れるしありがとね」

 

 窓を拭いていたタオルをガレージの隅に置き、コンビニ袋を受け取った叔父は運転席の方に行く。私は私で背中に背負った荷物を後部座席に積み込み、助手席に乗り込みシートベルトを締める。窓を拭いた所為か、フロントガラス越しに見た空はきれいな空が広がっていた。

 

「んじゃ、行きましょうかね~、れっごー」

 

(これで30後半なんだよね……この人……)

 

 ◆◆◆

 

 叔父は何も言わずに運転を続けている。時折、ドリンクホルダーに入れてある缶コーヒーに手を付けるて飲んでるが、かれこれ1時間半はぶっ通しで運転している。

 私はというと、久々の遠出でだったので、普段ならスマホをいじっているのだがひたすら外の景色を眺めていた。ちらっと見たナビには最寄りの高速道路のサービスエリア情報が表示されている。

 

「叔父様、そろそろ一度休みましょう」

「ん? もうそんなに経った? 今どの辺だろ」

 

 運転に支障がないレベルで叔父はナビに視線を流す。1時間半も走ればもはや、我が家のある県は遥か彼方だ。家を出てすぐに高速に乗って渋滞にも遭わずに走っているのだ、相当なところまで来ている。ナビに触り、ナビの情報を呼び出すとちょっと大き目なサービスエリアのようだ。あと30分ほどでそこにつく。

 

「どしたの?」

「叔父様、次のサービスエリアはちょっと大き目みたいですし、一度そこで休みましょう」

 

 この車、広さがありシートもそれなりに座り心地もいいのだが、ずっと座ったままだと体は窮屈になってきた感覚に襲われた。どっかで伸びがしたいという思いも込めて休憩を申し出た。

 

「あれ? もうそんな時間なのかい?」

「かなり走ってるんじゃないの? 渋滞もなかったし、さすがに外に出たい」

 

 時間としても12時前、休日の高速道路でありサービスエリアでの食事となると混むことは必至だ。せっかく遠出をしているのだ、ゆったりとご飯が食べたい。

 

「りょーかい、んじゃ次のサービスエリアに入ろうかねぇ」

「見落とさないようにね」

 

 叔父は缶コーヒーを煽って、空になった缶コーヒーを私に渡してくる。足元に置かれたコンビニ袋から新しい缶コーヒーを取り出し缶の上にのプルトップを開け空き缶と交換する。この辺はいつも通りだ。

 

「サンキュー、さすがまこっちゃん」

 

 もはやなんとも思わなくなったこのやり取り。はじめのころは何してるのかさっぱりだったがもう慣れたものだ。

 

「付き合わされる私の身を考えて、そろそろ結婚したら?」

「結婚? 無理無理、それは無理だわ。あはっはっはは~」

 

 ◆◆◆

 

 サービスエリアでの食事を兼ねた休憩を終え、駐車場に止めた車のところまで帰ってきたところで叔父が不意に話を振ってくる。

 

「んで、例のアフターグロウだっけ? バンドの撮影は順調なのかい?」

「まぁ、どうなのかしらね……。撮影自体は順調かな。この間の件であのバンドは蘭が居ないと成立しないバンドというのはよく分かったつもりだわ」

「つもり? 本人たちに聞いてないの?」

「そこまで踏み込むことは撮るのには必要ないでしょ? 確かに人の心模様だって大事なのはわかる、だからこそAfter Glowがちゃんとバンドをしているのであれば十分な写真は撮れるはずだわ」

「……」

「……それに私だって話していない事はあるし、人に話したくない事はわざわざ話さなくてもいい」

「そっか。……なら、いいよ。時間かけてまこっちゃん車は平気になったしね」

 

 叔父はそう言って運転席に乗り込む。

 唐突に振ってきたAfter Glowの話。友達のバンド、私が観測するバンド。私自身がバンド活動なんてやったこともないし、何かを創作するほどの発想力もない、そしてバンドを通じて長い時間を彼女たちは過ごしている。彼女たちは私の持っていない物を持っている。それはとても羨ましい。改めて考えなくてもそれは嫌というほどわかっている。

 叔父に聞かれて改めてそんな事が頭の片隅でよぎる。

 

(少なくとも彼女たちはいろんな壁にぶつかっては、どうするかを悩んできたはず。少なくとも私以上に……、それを仲間と一緒に。だからこそ……)

 

 After Glowは一人として欠けてしまう事は出来ない。みんな同じ歩調で歩み続けているのだ。自分にできない何かを彼女たちはやってのけている。彼女たちはそれができる。

 軽く左右に首を振り、余計な事を考えた頭の中の思考を置き去りにする、そんな事をしていると「ほれ、早く乗る」と急かす叔父の声がかかる。

 

「車の件は叔父さんがほぼ無理矢理乗せて回ったからですからね?」

 

 そうこぼしてから助手席に乗り込む。シートベルトがつけたところ、きつく感じ一度緩めもう一度締めなおす。

 

「にしても、アフターグロウなぁ……」

 

 車を走らせる前にナビでカーオーディオを呼び出して操作をする。何か音楽でもかけるつもりなのだろう。

 

「急にどうしたの? さっきからAfter Glowがどうかしたの?」

「あーいや、どんな音楽やってんだろうと思ってさ。うちの会社でもアマチュアオーディションのコンクールの真似事してるからさ。最近はガールズバンドも滅茶苦茶出てきてるからね」

「そうね、オリジナルもやってるみたいだけど、今は既存楽曲をカバーしてるわ。今度のライブの曲名は……なんだったかな、多分オーディオかけてたらかかると思うわ。叔父様も聞いたことあるはずよ」

 

「ふーん」と興味なさげに、再生ボタンを押し、車内にBGMとして流れ始めて車を私の知らない目的地へと走らせる。私自身あまり興味のあるアーティストや思い入れのある楽曲などなく、そこまで詳しくない。叔父がBGMとしてかけている曲もよくわからない。フレーズやテンポなんかには引かれるが、どちらかというと作業用BGMとして使う方が多い。集中するときの生活音を消すもの=音楽ぐらいの感覚だ。叔父は案外CDを大量に持ってた。引っ越してきたときに荷物の段ボールにぎっちり詰まったCDをみて「全部売ってきたら?」とつい言ってしまったのを今も覚えている。

 

 景色は緑が多い山道にどんどん変わっていき、BGMの響きとタイヤが拾うロードノイズが絶妙な振動、フロントガラスから射すいい感じの日差しが相まって私は眠りについてしまった。




本日もありがとうございました。
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