限定時間   作:西月

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夕焼けの誤観測 2

 私が次に気が付くと車はすでに目的地に着いたらしく、駐車場と思しき場所に停車していた。車のエンジンは止まっており、運転席に居る筈の叔父の姿は無く車のロックがかけられていた。

 

(普通、車に女の子一人を残して出ていくとかあり得ないから……)

 

 叔父の悪態をつきながらドアロックを外す。助手席から外に出ると吹く風に潮の独特な香りが混じってがゆっくりと流れている事は感じられた。

 後部座席の扉を開け、カメラバッグから一眼レフを取り出し首にストラップをかける。持ってきていた三脚をリュックに括り付けその場に下ろし、運転席側に回る。

 

(確かこの辺に……)

 

 運転席の下側を覗き込み、ちょうど手が届くか届かないかのギリギリのところに黒い箱状の物が見える。それを力の限りに引っ張る、強力なマグネットで車のフレームに取り付けられており外すのには一苦労する。

 

「ほっ! ふんっ……」

 

「ガキッ」とそれなりの音を立てつつ、なんとか箱を外すことができた。フレームから外れた黒い箱を手元に引き寄せる。箱には数字を合わせるタイプの鍵が付いてる。いつも叔父が好んで使ってる数字を合わせると箱の錠は解除され、中から車の物理キーを取り出す。

 

(外されて箱を壊されたら、車を盗難されるんじゃないの?)

 

 そんな事を思いながら、車に鍵をかける。もっともこの車には使ってないスマホをわざわざ取り付け、GPS有効化しているので盗難に遭ってもすぐに見つけられると叔父は豪語していたが……、果たして何処まで本気なのか。とりあえず、目的は果たせたので、物理キーを元通りに箱にしまい、鍵を掛けて車の下に再び取り付ける。

 三脚をつけたのリュックを背負い、まずはどこかに消えた叔父を探す事にしよう……。一体ここは何処なのか? 不覚にも道中に眠ってしまっており何県に来ているのか不明な状態のままだった。何気なく見た腕時計はすでに時刻は16時を過ぎている事を示していた。

 

(スマホで近隣を探してみるか? 手っ取り早く叔父に電話するのが早いけど……)

 

 そんな事を考えながら、ある程度歩くと砂浜に出た。思った以上に駐車場から近く、そんな場所に砂浜がある事に少し驚く。右を見ても左を見てもひたすらまっすぐに続く砂浜、自分が歩いてきたところを振り返ると、小さめの防風林なのか? 松らしい針葉樹が植わっており、向こう側には高速道路と思しきグリーンの道路情報板と大きなフェンスが見える。建物らしい建物がまるで見えない。波が若干強い感じで砂浜を濡らしており、細かい砂を巻き込んで何度も浜に打ち付けて白く泡立っている。

 

「ほんと、ここはどこなのよ……」

 

 幸い一眼には普段風景を撮る用のズームレンズが装着しており、それなりの遠くまで見る事が出来る。無駄に歩き回るより、何か目標になるものがあった方がいい、そう思い一眼レフを起動させ、レンズをズームさせる。今居る位置から少し離れた位置にある小さい防風林と思しき場所にレンズを向けると、そこにカメラを構えてる人影が見えた。

 

「あ、居た。林の中から海に向けて撮ってるっぽいなぁ……」

 

 何してるのかは本人に聞けば済むことだし、とりあえず叔父の居るであろう林の方に歩いてい行く。

 

「やほー、まこっちゃん。ようやく起きたの? ねぇ? この三脚すごくない? このズームレンズで全くお辞儀しないし、揺れないの。全然安定感も違うし、すんげーよ」

「車内に寝ている女の子を1人残して、どこかに出かけるのは非常識では?」

「いや、起こしたんだけどなぁ……。まったく起きなくてさ」

 

 叔父は悪びれる事なく話を続ける。カメラのセットから見ておそらく新しい太い三脚にいつもの一眼レフを取り付けいつもなら手持ちになる少し大きい望遠レンズに取り付けて、レンズ前方のプロテクターを黒いフィルターに変更していた。

 

「もういいです……。で、ここはどこですか?」

「んー、石川県某所だね。ここで夕焼け狙いの1発勝負しよう」

「……はぁ、まさかこんなところに来るなんて思わないです」

 

 石川県とサラッと言ったが、約半日かけてとんでもない距離を移動してきている事になる。そして、その距離から考えてこのまま夕焼けを撮るだけでは今日は終わらないのがよく分かった。

 改めて、海の方に目を移す。波は砂浜に白く泡立って消え、泡立っては消えを何度も繰り返し、ゆっくりとリズムを刻み続けている。手前は波が立っているが沖合は日本海なのにそこまで荒れているようには見えない。今日は穏やかなのかも知れない。

 

「……沖は今日は穏やかなんですね」

「だねー、思ってたより風も無いし、白波立ってないから奥行きも使えそうだなぁ」

 

 叔父は一通りのセッティングを終えたようで、もうシャッターを切り始めてる。

 

「もう撮ってるんですか?」

「あと1時間しないうちに日が落ちちゃうからね。時間つぶしにスローシャッター切ってみてる。穏やかだけど、波打ち際はそれなりに波立ってるし、モワモワした面白い写真取れそうだなぁ……って」

 

 叔父が撮影を始めたらなかなか止まらないだろうし、私も準備するか……。背負っていたカメラバッグを下ろし、括り付けた三脚を外す。脚のロックを外して脚を手早く伸ばし立てる。レンズはどうするか……、叔父さんは望遠ズームを使ってるみたいだし……。あいにく望遠は手持ちに無いし……。

 

「僕のカバンに倍率違うけど、もう一本望遠を持ってきてるよ?」

 

 ファインダーを覗き込みながら叔父は声をかけてくる。言われるままに叔父のカメラバッグを開けてみると、今叔父が使っているほどではないがそれなりの倍率の望遠レンズが出てくる。と言うか、魚眼やら単焦点やら……、いったいこの人はこの遠征に何本のレンズ持ってきているのかと少し呆れてしまう。が、その恩恵にあずかれるのであれば、この際は良しとしよう。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて借りますね」

「どーぞー。あ、まこっちゃん? 今日は星も撮るからよろしくね~」

 

 そう言うと思ってましたよ……。わざわざこんなところまで来て、夕陽の撮影だけだなんてもったいない。叔父の考えには賛成なのだが……。

 

「今更ですね……。ちなみにいい場所でも知ってるんですか?」

「いんや、知らない。けど、ここでも十分にいい星は撮れそうじゃない? だだっ広いから、星だけの絵になるかも知んないけどさ」

 

 確かに光害は少なそうだが、高速道路には車が走っているから何とも言えない。林があるから避けるにはいいかも知れないが。

 

「まぁ、今から山登りをしたくないですし。スポットがないならここで撮った方が安全かもしれませんね」

 

「でしょ~」と言いながら、叔父は撮影を続けている。風がほぼ無いとは言え、やはり多少のブレがあるようで、何度も撮ってはピントを合わせ直している。

 

「あ、まこっちゃん。言うの忘れてたよ。ここで夕焼けを撮るなら連写セッティングにした方がいいよ〜」

「連写? なんで?」

「沈む瞬間にできるだけ夕陽を写すの。連写で水平に消えるていく瞬間を撮った方がいい」

「夕陽が沈む瞬間? 露出マイナスでも大丈夫かな?」

「あー、そうかぁ……。うん、もうその辺は運次第かな……。とにかく夕陽が消える瞬間の一瞬を抑えること意識してみて? うまくいけば今日の夕焼けよりそっちの方がすごいものが撮れるかも知れないからさ」

「私、そんなにラッキーガールじゃないのよね……」

 

 叔父のアドバイスは何を目的としたものかいまいちピンとこない。とにかく連写で消える瞬間を抑えればいいらしい。三脚に固定した一眼レフのファインダーを覗き込む。奥行が使えるのであれば、縦に画面を切ってもいいかも知れない……。もしかしたら夕焼けの中にまっすぐ伸びる夕陽の光が撮影できるかも知れないが……。縦画像はあんまり好きじゃないんだよね……。

 ファインダーから眼を外し、縦構図のセッティングを整えていく。叔父ももう間もなく始まる夕焼けのためにセッティングを整えていく。

 

「……」

「……」

 

 お互いに無言。わざわざセッティングを聞くほどの事ではない。一発勝負と言っても勝敗を決める第三者が居るわけではない。勝負と言う名前をした共通テーマを撮るだけの事だ。批評よりも視点の違いを見るというのがメインの物だ。綺麗な夕焼けに立ち会えるのは非常に稀な事だ、気象条件などもそこには要因する事が多い。天気を読み解きながら、私と叔父は何度も夕焼けを撮影しては撮って出しを見せ合っているが、叔父はフットワークを生かしだいたい大人げない夕焼けの撮り方をしてくる。

 カメラの操作や専門用語がよく分からないときは逐一メモを取っていたが、撮影の最中にメモを取ることはもう辞めてしまった。撮影してる時間を長くするため、あらかじめ予定したセッティングをメモし、それを見る事はあっても撮影の最中にメモをするとシャッターチャンスの時間を減らされてしまう。

 夕陽は沈み始めると途轍もなく早い。瞬間瞬間に同じ表情が無い。常に変化を続けていつの間にか水平へ消えていってしまう。

 

 赤く見える空は、太陽光が散乱した光の残光。太陽との距離が遠くにあるからこそ、空は赤く染まり夕焼けになるのだ。近くにいるといつまでもAfter Glowには出会う事は出来ない。

 ならば、最も赤く美しい空を見るためには?

 

 羽沢つぐみは言った「After Glowの『形』を撮ってほしい、違う目線で見てみたい」と。

 

(After Glowの『形』を撮る方法……)

 

 ファインダーから再び眼を外し、眼の前に映る赤くなりつつある世界を見つめる。場所は違えど何度も撮ってきた夕焼け。

 始めは青い空は色を混ぜながらゆっくりと赤い色に傾いていく。やがて空は赤一面に変わるが赤を注ぐ源はやがて消え、後に残された空は赤を失って紫からやがて黒に変化していく。黒にとらわれた空はそこに輝く星を映し出す。

 取り残された私は変わりゆく空に少しの寂しさをいつも覚える。ただの気象現象、明日にはまた「似た物」が私には与えられる。同じ空でも模様が一致する事は無い。ずっと変わり続ける。同じ物を見ていても人によって見え方が違う。それは叔父との勝負でよく分かっている事だ。

 

(私にしか見えない物を撮る、ただそれだけ……)

 

 ファインダーを再度覗き込み、今にも遠く彼方の水平に沈んでいきそうな夕陽が海にそのオレンジと赤の混じった光の足をゆっくり伸ばす。海面は穏やかで、その伸びた1本の足をひたすらキラキラしながら引き延ばしてく。レンズの倍率を下げ、ピントを再度取り直しシャッターを下ろす。三脚の補助のおかげもあるがシャッタースピードが遅くとも、映像はよほどの事がなければブレない。お手本のような写真だが、これはこれで撮る価値はある。癖のある写真を撮るのも楽しいが、こういう教本のような写真もまた撮ってみると奥が深い。自然現象相手にすると特にそうだ。背面液晶を見る、思ったイメージを撮れている事を確認する。眩しさが先ほどよりましている。あまりファインダーを覗き込んでいられない。

 

(次は落ちる寸前……)

 

 何枚か撮った後、写真を見直す間もなくカメラの設定を連写設定に変更する。半分以上、水平に漬かった夕陽にカメラを向けシャッターを切り続ける。

 

(一体これで何が撮れるというのだ?)

 

 シャッターが切り終わるたびに、背面液晶には沈んでいく夕陽が記録されていく。SDカードへの記録が終わる度に背面液晶に何枚もの写真が刻まれていく。

 

「真琴、そろそろだから準備!」

「もうやってるって……」

 

 叔父が結構真剣だ。この連写に意味を見いだせないまま、ひたすら沈んでいくまで写真を撮り続けていく。私と叔父はその光が消える一瞬までカメラにひたすら収め続けていった。

 

 ◆◆◆

 

「結局、あの撮影はなんだったの?」

 

 撮影した映像を見るために車に戻り、タブレットPCを起動させている叔父に最後の連写の意味を問う。見たところアレには何ら特別なものは無かったと思う。シチュエーションなどを考慮すればなかなかいい写真にはなったと思うが……。

 

「お。まこっちゃん、珍しく縦画像じゃん。なかなかバランスいいなぁ」

「ありがと。それより……」

「ああ、あれね。まこっちゃんは『グリーンフラッシュ』って聞いたことある?」

 

 叔父の口からは聞いたことが無いような単語が飛び出る。夕焼けに『グリーンフラッシュ』? 言葉からすれば『緑の光』だろうけど……。赤や紫に変わった写真は見たことはなんどもあったが、緑色なんて聞いたこともない。

 

「何それ? 夕焼けが緑色にでも変わるの? それってレンズの誤反射じゃないの?」

「いやいや、その名の通り。簡単に言うと夕陽が落ちる瞬間に赤い夕陽が『緑』の光を出すんだよ。とても珍しい光景だよ」

 

 私は叔父にそう言われ、改めて夕焼けの原理を頭の中で巡らせる。通常、夕陽との距離が長くなる日の入りの時間は青・緑といった光は空気の層で散乱されてしまい、残る赤が夕焼けを映し出す。その中で、緑だけが見える? そんな物があるのであれば、レアすぎる気象現象だ。

 

「待って、それじゃあ青はどこに行くの?」

「青は空気で散乱しちゃうね、緑の光と赤の光だけが届く世界になってようやく『グリーンフラッシュ』は見れるのさ」

「それ、こんなところで見れるの?」

「気象現象だから条件次第かな? でも、ここは成立したことあるみたいで観測されたことがあったんだよ」

 

 仮に見えたとしたら、それはとんでもない条件がそろった時に『光る世界』だ。それこそ、一生に一度、巡り合えるかの『光』。そんなものを見にここまで来たのか……、この叔父は。

 

「ねぇ、今日の目的って……」

「レアな気象現象は見れるのか? の旅だよ?」

 

(そんなもの簡単に見れるわけないだろう……)

 

 あまりにスケールが大きすぎる話で、真剣に連写していた自分がばかばかしくなる。叔父はタブレットPCをひたすらフリックしたり、明瞭度を変更しながら、一枚一枚丁寧に見る作業をしている。

 

「そんなレアなもの撮れてるわけないじゃない。もし撮れていたらこのまま地方紙に売りに行くわよ……」

「ん~。チャレンジしないと撮れる物も撮れないよ。まずは写すところをしなきゃね」

「確かにそうだけど……」

「まっ、知っていたところでそれが撮れる物なのか? 否なのか? って言われると困っちゃうけど、知っていたら何度でもチャレンジできるでしょ? いつか撮ってみたいんだよね~」

 

 叔父は肩をすくめながら、BGM代わりに車のオーディオを再生させてタブレットPCで確認作業に戻る。チャレンジねぇ……簡単に言ってくれるけど叔父の言う『グリーンフラッシュ』はレアな条件が整ったところで、さらに運に任せるような物凄くギャンブルな気がする現象に聞こえる。カメラバッグからスマホを取り出し、試しに『グリーンフラッシュ』の画像や現象を調べてみる。確かに国内でもそれなりに観測はされているようだったが、撮影画像がそこまで多くない……。

 

(この叔父はこの結果を見て、ここに来たのか? それとも現象と場所だけ教えてもらってきたのか……)

 

 はぁ……、と長い溜息をつき。SNSの新着メッセージの問い合わせをする。その時、不意にBGMで流れていたカーオーディオから聞いたことのあるギター音から始まる曲が流れ始めた。

 

「だぁー。ダメだ、黄色に見えても緑には見えやしない!」

「叔父様、ちょっと黙って!」

 

 叔父が膨大な枚数の連写写真を前に限界が来たのか、タブレットPCをひざの上に置き大きく伸びをするのを黙らせる。曲自体は男性ボーカルだから楽器が奏でる音は違うが、歌っている歌詞、リズムは確かにこの曲だ。

 

「叔父様、この曲は何て言う曲なの?」

「あー? んとねー『カルマ』って曲だよ、なんでまた?」

「After Glowが今度やる曲なのよ、オリジナルはこんな曲なのね……」

 

 私は新着メッセージを震えて知らせるスマホを手に持ったまま、その男性ボーカル曲が終わるまでしっかり聞き続けていた。

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