「へぇ~『カルマ』を演奏するんだ。原曲キーでやるのかな? 蘭ちゃん達、割と渋い曲を選んでくるね~」
『カルマ』って何だったけ? 何かの宗教的な言葉だったか……。淡々と歌っているかのようで、抑揚がすごく込められたその曲は叔父の手によってリピートをかけられる。
「叔父様、この『カルマ』って言う言葉はどういうの意味なんですか?」
「『カルマ』は『業』って意味だね、『行為』もそこに含める感じだったかな。いろんな考え方があるけど、簡単に言えば今の状態は因果応報ってことだよ」
「因果応報……」
「そう。因果応報。過去も含めて行った事はすべて今に帰ってくる。宿命とか運命的なものかな」
叔父はそう言い、タブレットPCでの検索結果を見せてくる。なるほど、道理でよく知っているんだなと思ったが、今検索した内容を掻い摘んで私に聞かせていたらしい。眼の前の画面には丁寧に解説をしたページが広がっていた。
「蘭ちゃんの歌う『カルマ』か~、一回聞きに行ってもいいかもなぁ~」
「……それで叔父様、『グリーンフラッシュ』はもういいの?」
先ほどまで叔父は必至で私たちで撮った写真を見ていたはずだ。作業を途中でやめたのを思い出したのか、叔父はタブレットPCを私に向けるのをやめ、写真編集ソフトを立ち上げフリックを進めては画面の微調整を進めている。
そんな叔父の姿を見ながら、先ほど確かSNSメッセージを問い合わせしたスマホを確認する。昨日の夜にAfter Glowのリハーサル日程を確認していたはずなので、もう回答が帰ってきているはずだが……。
◆◆◆
「ええ。今、石川県に居るの。ちょっと私の保護者が暴走してね……」
『まじか……、残念だったな。もしよかったらと思ったんだけどな』
「ちょっと時間は読めないけど、夕方には何とか帰れると思うから、CiRCLEには一度顔を出すわ。もし練習に間に合ったら飛び込みで行くから……。でも、期待はしないで、さすがに不眠不休で車を走らせてもらうと事故の元だから」
『わかった、蘭たちにもそう伝えておくよ。あとさ真琴。その……、あの……さ』
電話越しの巴の歯切れが急に悪くなった。さっきまでとは違って何か真剣に話をしようとしているようだった。
「……大丈夫よ。ちゃんと言葉が出てくるまで聞くからゆっくり考えて?」
『……蘭のこと、ありがとな。蘭が戻ってきて、あんまり詳しくは話てくれなかったけどさ、蘭の顔はちょっとすっきりした感じだったよ』
なんだ、そんな事か。彼女たちにとっては大きな起点には間違いなかっただろう。それは写真を通じても、音を通じてもよく分かっているつもりだ。
「どういたしまして。でも仲良くしなさいよ? 折角のチャンスなんだからね」
『わーってるよ……。……、ほんとにありがとう。おかげでまだAfter Glowは続けられそうだ』
「……そうね。それならよかったわ。いい演奏を期待してるわ、それじゃあ切るわね。おやすみなさい」
SNSには巴からリハーサル日と急遽のスタジオ練のメッセージが入っていた。どうやら前回の空振りに終わったスタジオ練習を再度やり直そうという話になったらしく、CiRCLEに連絡したところ明日の昼からの分がキャンセルで浮いていたところを渡りに船で借りることができたそうだ。
残念ながら県外に居る私には明日の昼に間に合わせるのは難しいだろう。今からまっすぐ帰るわけでは無く、これから夜の星を撮影する事になるのだから……。そうなると、おそらく車で一旦仮眠を撮る事になる。そうしたら、家に帰るのは昼どころ夕方も怪しいところだ。
「お電話は終わりかい?」
「ええ、明日の昼からAfter Glowが急遽スタジオ練習をやるそうよ、この前の分を取り戻すんだって」
「ありゃ……、なんか悪い事をしちゃったなぁ」
叔父はファインダーから眼を離し、舌をべーっと出しながら肩をすくめる。別に予定が被る事は仕方がない事だろう。私だってずっと付きっ切りでAfter Glowの撮影をしているわけではない。
「仕方がないわ。今はこの星を撮る事の方が重要よ、それに今日は写真を撮りにここに来たんだから」
空に目を向ける、そこには雲一つない空が広がっていた。気持ちいいくらいの空だ。この空はおそらくそう簡単には眺める事は叶わないだろう。耳を澄ますことで聞こえる、波がうち消えていく音、眩しいくらいに光る星屑。本来ならあるはずの月の明かりも幸い今日はそこまで明るくない。撮影する方としては絶好にモチベーションが上がる状況だ。
「まこっちゃんはほんと好きだよね……カメラ」
「カメラが好きってより、このパノラマの様に展開された空を見てそれを打ちとめる機械があるなら、誰だってそうするはずよ」
自分のセッティングしたカメラのファインダーを覗き込み空に向けたレンズを通して、空を観察する。遠くにあるいくつもある星々から一つに絞り込みズーム限界まで広げ、ピントを合わせた状態のままズームアウトまで引き下げる。
あとはシャッタースピードの設定だけだ。どれくらいの時間、シャッターを開けられるかで星空の撮影は決まってくる。もちろん他にもテクニックはあるのだが、今日はこんなにいいシチュエーションなのだ、変に盛り込みすぎては折角の星が台無しな気がする。
「……」
ちらっと叔父の方を見ると、どうやらバルブ撮影をしているらしい。レリーズをカメラに取り付けブレの原因にならないようにカメラに出来るだけ触らないよう、レリーズについているタイマーで撮影をしているようだった。タイマー音に合わせてシャッター音がしているが、かなりの枚数を撮っている。
「叔父様、それ何してるの?」
「ん? 星の軌道写真を撮ってみようと思って」
「軌道写真? だったらレリーズでシャッターを開けっぱなしにするんじゃないの?」
「普通はそうなんだけど、ちょっと変わった現像をするんだよ~」
「ふーん?」と思いながら、現像したら実物を見せて貰った方が早いだろう。叔父のテクニックを横目に自らの撮影を続けていく。私はレリーズを持っていないから、カメラ本体のタイマーを使い撮影にインターバルを持たせながら一枚ずつ撮影しては背面液晶に映しだされる画像を頼りに、星が流れていないかチェックをしてシャッタースピードの微調整を続けていく。
この日の撮影会は叔父と二人で黙々と深夜まで行い、叔父が座りこんで寝てしまいそうになって、お開きとなり車中泊と相成った。
◆◆◆
翌日朝からやってる温泉施設を探し求めさまよい、結局高速道路に乗ったのは11時を過ぎる前だった。
「思ったより遠いんだよね~、北陸って」
「ですね。今度はゆっくり回りたいですね」
「だねぇ~。でも、この時期じゃないと雪でこの道が駄目だもんなぁ……」
「スタッドレスタイヤをそろそろ買いますか? ついでにチェーンも」
「うーん、そろそろ買った方がいいかもなぁ……。でもなぁ~、タイヤ取り換えるのって手間になるし……」
二人して他愛もない事をぼやきながらも、着実に家の方角へ車は走っていく。行き道はほとんど見ていなかった景色ばかりでゆっくり見たいところなのだが、今日はAfter Glowのスタジオ練習もあるためかどこかソワソワしてしまっているのも事実だ。折角の温泉設備も正直カラスの行水なみでしっかり湯船に浸かることなく出てきてしまっていた。叔父も私のソワソワ感を意識をしてくれているようで、思ったよりスムーズに車は進んでいく。
「叔父様、少しペースが速いと思います。もう少し落としてもいいんですよ?」
「そうかなぁ~? これでも法定速度は守ってるけどなぁ……」
「さっきから走行車線の時間が長いですし、そんなに慌てなくてもいいです。CiRCLEにはどのみち間に合えばいいなぁ……の話ですから」
「そう? まぁ、あんまり無理しないようにするよ」
下手に事故やトラブルに見舞われると今日帰るだけでも精一杯だ。できる限り焦る気持ちはすりつぶして、叔父には安全第一で運転をしてもらいたい。これからかなりの長旅になるのだ、出足をくじかれるとこの後長距離になる運転にも差し支える。
スマホを取り出しニュースを見るついでに、メッセージもついでに確認をする。ひまりから『蘭がちゃんと来たー』と言うメッセージと写真がデコレーションされた状態の画像が添付されていた。画像には黒髪のギターを背負った後ろ姿を盗撮した画像が送られてきていた。
(ばっちり盗撮してるじゃん……)
その画像を見て私の口元が少しニヤけてしまったのか、目聡い叔父に見つかった。
「なに? まこっちゃんなんでそんなに幸せそうな笑み浮かべてんの! そんな楽しい事あったの?」
「べつに……、ちゃんと蘭が来たってメッセージが入ってただけですよ」
「くっそー、その顔を写真に撮りたいけど手が離せないじゃん!」
いや、安全運転をお願いしますよ……と心で思いながら、ひまりに『蘭に怒られるよ?』とメッセージの返信を打ち込んで置いた。
◆◆◆
結局、叔父がかなり頑張ってくれて奇跡的にCiRCLEには17時に到着することができた。叔父には先に家に帰ってもらいCiRCLEの入口ドアを開く。
After Glowのメンバーは既に帰宅をしていたがなんとなく状況は聞いておきたかった。
本人たちは十分に練習できた事はメッセージが来ていたが、念の為に第三者である月島さんから状況を聞いてみても悪くないだろうと思い足を運んでみた。
月島さんが居るであろうカウンターの方を見ると、紫色のロングの綺麗な髪をした少女と月島さんが何やら話し込んでいた。
「あら? お客さんかな? って真琴ちゃん、やっほー。こんな時間にどしたの?」
「いえ、ちょっと気になることがあったから寄ってみただけです。私はそちらの方とのお話が終わってからでいいですから……」
「あ、ちょうどいいね~。真琴ちゃんちょっとこっちに来て」
月島さんはカウンターから出て、カウンター横の掲示板の前に来て何やらにやにやしながら、こっちに来い来いと手で仕草をする。なんか、嫌な予感がビンビンするのだが……。とりあえず、こちらとしても情報を知りたいので、仕方なくそちらに行くと一枚の白いチラシを月島さんが指で差す。
そのチラシとは『緊急募集 CiRCLE所属スタジオカメラマン』と題名を打たれた募集チラシだった。この前から私を何としても巻き込もうとしていたが、ついに門戸を開けて募集する事にしたのか……、程度で見ていた。
「カメラマン募集チラシ張ってみたの! どうかしら!」
「いや……どうかしらって言われても。ここにくる人は演奏するがメインですから、こんな所に貼ったところで、とても集まるように思えませんけど……」
「だって、これ真琴ちゃん向けのチラシだもん」
「余計に意味がわかりませんよ……」
内容は以前立ち話をした時と大きく変化はなかった。雇用条件も出来高をプラスするの変則アルバイトのままだった。ただ違っていたのは一際目立つように赤字で『選考項目』と周りの内容よりも少し大きめのポイントで記載されていた部分だ。
『選考を行うため、アーティスト・バンドが演奏している写真数点をお持ちください』
つまり、アーティストもしくはバンドのお友達が絶対必要なわけだ……。確かに、私にはAfter Glowというバンドをやっている友達は居るがこの選考のために写真を撮っているわけではない。
「今度うちのライブハウスで撮影する写真でさ、ぜひ応募して! お願い!」
「いやいやいや……。私、前からこういうのはほんとにダメだって言ってるじゃないですか! まだ中学生なんですからね?」
「4月はもう目の前じゃない! それにあなたがAfter Glowの子たちを撮った写真は、この眼で今日見たの、あの写真なら十分にやれると思うの! せめて、ここに通う子たちの斡旋だけでもしてあげたいの! お願い! 選考だけでもさせてくれないかなぁ……」
「斡旋って……、そんなの急に言われても……。私、ほんとに素人なんですよ? それを……」
カウンターで私と月島さんのそんなやり取りを横目で見ていたのか、先ほどまで月島さんと話していた紫色の髪をした少女がこちらにやってきた。なんか、すごい圧倒的に強敵感があって圧がすごいその人は、私の顔をじーっと見つめてくる。一体なんだというのだ。
「……あなた、うちの学校でカメラをいつも撮っている子ね」
「へ? あ、いやその……。すみません、どちら様でしょうか? どこかで会ったことありましたか?」
どこか冷たい感じを覚える少女。顔は蘭とは別の意味で鋭さを持った整った顔。ロングの透き通るような薄い紫の髪にゴシックな感じの服装がなんというかお人形のような雰囲気をまとわせている。
「直接会ったことはないわ。こちらが一方的によく噂に聞いてるだけ、私は湊友希那。羽丘女子学園高等部1年よ」
なるほど、確かに羽丘なら私の存在を知っている先輩が居てもおかしくはない……、良くも悪くも中高一貫教育なのだから、学校のどこかで出会っててもおかしくはない。特に私の場合はカメラを持っていろんな場所を撮影してきている。できるだけ中等部の学舎だけを狙ってはいたが、共用スペースなんかで目撃されることもあるだろう。そんな先輩がいったい私にどんな用だと言うのだ……。
先日、本作を執筆して初めて感想をいただくことができました。
改めて、感想を書くこととはどういう事なのかを実感させられました。
作中はこれからが本番というところまでようやく来れました。今回は内容的に少し駆け足感があるかもしれませんが、今後の課題としたいと思います。
本日もありがとうございました。