限定時間   作:西月

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夕焼けの誤観測 5

 結論から言って、現像といっても当時の叔父にはそこまでの技術は無かったようだった、写真の彩度・明度・シャープネスをいじって、写真をリサイズして多少小さくしても人物としての画像が崩れないようにしたり、不要な部分をトリミングしてある物だった。

 

「……」

 

 撮影データに記載されているexifデータに記載されている撮影日から見ても叔父がカメラを始めて間もない頃の写真だという事がよく分かった。

 そして、肝心の『この写真に写っているご本人』さまから届いたと思われるPCメールに添付されている画像データを開く。

 そこには本人の赴くままに写真を一度印刷したものをハサミか何かで切り取ってフリー素材の背景などをうまく合成をして違和感がないレベルまで境界をぼやかしたり、直筆と思われるペン字でタイトルや録音日・曲名を書き込み、裏面はびっしりとセピアカラーに変換したと思われる何十枚もの写真を流し込み、ジャケット用のテンプレートにいっぱいに張り付けて仕上げたと思われる手作り感のあふれる内容だった。

 

「すごいよね~。個人でここまで作れるんだから……」

「叔父様、この人達を何枚撮ったの? なんかファイル名からして相当な枚数撮ってるみたいだけど……」

 

 PCのウインドウに開かれているフォルダには相当枚数の現像されていないのデータが綺麗に整列されて並んでいた。さっきの手書きの収録曲から言って、確か5曲だったはず。

 

「んーと、多分150枚くらいは撮ってるんじゃないかなぁ……。この時、多分まだカメラの操作に慣れてないはずだからね。にしても、懐かしいなぁ~。この人さ、この時も危ういんだけどもうすっかり髪の毛が寂しくなっちゃってね~」

 

 枚数的にはそんな無茶な枚数ではない。だが……、問題はその内容だった。明らかに暗い中をフラッシュ使わずに撮影してあるのは見てすぐにわかった。バンドはドラム・ギター・ベース・サックス・ボーカル兼ギターの5人で構成されたバンド。全員の演奏中のソロパートと思しき内容をしっかり押さえられている。写真をスワイプして送ると演奏中なのにカメラ目線を送ってくる猛者まで居た。そして、全員が滅茶苦茶に暴れているのがわかる。写真を送っていくとどんどん汗をかいている人物に変わって行っている。

 中には完全にシャッタースピードが追い付いていないような被写体ブレを起こしている写真も出てくるが、視界深度はきちんとあっているため、それが逆にそのブレさえもいい味を出して激しいライブであった事を写真が証明している。

 そして、ボーカルにスポットが当たった時は後方に下がり照明の明暗をしっかりと使い分けて、雰囲気を醸し出している。

 時折、オーディエンスの方向にカメラを向けているようだが、敢えてシャッタスピードを遅くして、被写体ブレさせ顔をはっきりさせないものの、ノリに乗っている会場内を映し出している。

 

「これ多分、全部お手本通りの写真って感じだね~。今なら望遠使って、真後ろから撮ってるかもね~。うーん、敢えて魚眼使うのもありかもしれないな~」

 

(これがライブ撮影の基礎か……。これと同じぐらいの物が私にも撮れれば十分に素材になるってことか……)

 

 検索すればそれなりの写真は見つけることはできていたが、ここまでの枚数を1バンドだけで撮影し、尚且つそれをジャケットにまで加工しているような物に出会えるとは思えなかった。

 

 ◆◆◆

 

 叔父と叔父の撮った写真に関して色々と当時の状況を聞きながら、今まさにCiRCLEで起こっている状況についてどう対処をしたらいいかを軽く話してみる。

 

「別にいいんじゃない? って言うか、指名もらえてるならチャレンジしてみたら? なんでそんなに頑なに断ってるの? 素材データ撮るだけでしょ? まこっちゃんが得意な分野じゃん」

 

 また簡単に言ってくれるなぁ、この人は……。と少し頭を抱えたくなる。叔父はそんな私には気を留めるでもなく話を続けてくる。

 

「前々から思ってたんだよね~。まこっちゃんはプロを意識してるみたいだけどさ、そんなの人の価値観だって。いや、プロは確かにすごい表現力とノウハウの塊だけどさ、アマチュアが撮っても感動してもらえる事はあるって」

「でも、私だって自分の実力は見極めているわ。人を撮り続けたところで、いつか自分の腕では満足できなくなるのは見えてる」

 

 ネガティブな言葉を吐き出しているのは分かっている。撮る前から言い訳していることもわかっている。

 

「じゃあ、その底に見えている実力でなんでAfter Glowは撮ろうと思ったの?」

 

 叔父にそう言われて言葉に詰まる。罪滅ぼし、夕焼けの「観測者」、美竹蘭に向ける自分の中の分からない感情、夕焼けへの「羨望」……、そんな様々な事柄が頭の中をぐるぐる回る。今まで彼女たちを見てきていて自分が感じたことを思い返しては、違うと心の中でそれらの事柄に赤いバツマークを付けていく。

 

「人を今まで撮った事がなかった真琴がなぜ彼女たちを特別視しているのか? 僕にはわからないな。でも、真琴にとってはAfter Glowは特別な物なんじゃないかな?」

 

 特別……特別ってなんだ? 大事にしたいもの? 守りたいもの? 欲しいもの? 叔父の言う特別とはどういう意味での特別なのだろうか、今まで意識していないからこそ、改めて意識をする必要はあるのか?

 

「真琴に撮ってほしいっていうバンドはたくさんあるんだろ? その湊さんの件にしてもそうだ。だからこそ、ちゃんとそこを整理しておかないと真琴はAfter Glowとの付き合い方を間違えるよ」

「で、でも……。そう、私はお願いされたからカメラを……」

「真琴? ちゃんと自分の中を見てみなよ。君はお願いされたから撮るような人間じゃないよ?」

 

 私の中の答え……。どうしてAfter Glowを撮るのか……初めては撮った時に感じたのはそれはとても眩しい物に見えたからで……。

 

「悩め悩め。悩みがあるうちはしっかり悩んどきな~。その方が学生してるって感じだよ、まこっちゃん」

 

 先ほどまでは険しい顔をしていたはずの叔父は、にやにやといつも通りの笑みを浮かべてくれている。その顔を見ているとなんだか叔父の言葉で揺らがされた事が無性に悔しくなってきた。

 応接テーブルの上に置かれているタブレットPCを手に取り、叔父が撮ったライブ写真をスワイプして流していく。

 悔しいが、どの写真も演奏をほんとに楽しんでいる雰囲気を壊すことなく、自然と人が興奮していくようなそんな写真ばかり。見ていて飽きが来ない。構図もそれぞれバラバラなのに、一貫して楽しさを全面に押し出している写真。

 

「叔父様、やっぱり上手いですね。すごく臨場感ありますよ……」

「そう? まぁ~、この人達はほぼ毎週こんなのやってたからねぇ、写真とか撮られなれてるのもあると思うよ? 今でもたまにライブやってるからね~。このライブのコンセプトは確かね、『若いころにやっていた無茶をもう一度』……だったかな。バカみたいに弾けてて面白かったよ~」

 

 なるほど、しょっちゅうライブをしてカメラマンを入れているなら、被写体慣れもするって事か……。だから、演奏しながらもカメラ目線をするくらい余裕を持っているわけか。

 

「……あら? これ、叔父様の若いころ?」

 

 写真を進めていくと、先ほどのCDジャケットデータになっていたおじさんとニットキャップ風の帽子を眉毛が隠れるくらいに深く斜めに被り、黒いセルフレームの大きい眼鏡を掛けた青年が肩を組んでお互い舌を出しておどけてる写真が表示される。

 

「やめっ、やめろー! マジで、あのころは若かったんだ!」

 

 無線マウスを使い、叔父は必死に画面に表示されたプレビューを消そうとしてくるので、こちらもキーボードですべての無線をカットし応戦する。

 

「ちょ! 待って! まこっちゃん、勘弁してよ!」

「あら? 叔父様、ピアス何て開けてましたけ?」

 

 その身内の痛々しい写真をズームさせて、よく見ると叔父の左耳にピアスらしきものが光っているのが見える。

 

「それは20代で開けたやつだからー!」

「これが20代……」

 

 仮にこの格好をしている20代の身内が居たら、できるだけ他人の振りをしておきたいところだ。

 うん、叔父さんが落ち着いてからこっちに来てくれてよかった。

 

 ◆◆◆

 

 昨夜、前に欲しいと言われていた夕焼けの中で撮ったAfter Glowの写真をプリントアウトして蘭以外の分を持ってきていた。

 B組は大体その日の締めくくりのSHRがいつも長い。教室の前で待っているのもありではあるのだが、変な居心地の悪さを覚え昇降口の方へ足を向ける。ここなら彼女たちが出ていくところを見逃すことはないはず。

 いつもなら首からぶら下げているはずの重さがない事に違和感を感じて、首に手をやりハッと気が付いてその手を下げる。

 

「やっぱり、カメラの重さがないと不自然だなぁ」

 

 先日の湊先輩から聞いた「変人」の二つ名を払拭すべく、今日はカメラを持ってこなかった。普段の放課後ならば当然の様にカメラを持って走りまわる私の姿はそこにあっただろう。学年が上がるまでには何とかして二つ名は払拭しておきたい所だ。

 昇降口に差し掛かったところで、手を挙げなら向こうの方から走ってくる北条先生が目に入った。

 

「おお、望月まだ残ってたか……助かった……」

「はぁ? どうかされたんですか?」

「いやぁ、よかったよかった。今、この間言って卒業式に公開するプレビューで流す用の写真の選定をやってるんだけどな?」

「……」

 

 何だろう、今日の北条先生からは圧倒的に嫌な予感しかしない。

 

「選定を手伝ってくれ……枚数が枚数だけに、一人では手に負えん」

 

 北条先生がそう言ったあと、天を仰ぐように上を見る。そこにはない校舎という壁に阻まれてガラス窓からしか見えない空を見ながら思う。

 

(最近、何かとやたら巻き込まれる事が多くなってるわ……)

 

 そのまま北条先生に連れられて生徒指導室を仮作業場とした混沌としたデスマーチが開催されている特別会場へご招待された。

 

(After Glowにはまた今度写真を渡せばいいか……)

 

 ◆◆◆

 

 既に一度業者から上がってきている写真は色調の調整やシャープネス・明暗度調整は終えており素材としての体を成していた。

 その素材を2台のプロジェクターで、卒業式の最中ずっと無音で流し続け、その後は校歌のアレンジをBGMに時間程度のエンドレスリピートでスライドプレビューを行う。それが今回の投影内容だ、主に校内を写しこんだ写真のため季節感とかそういう物は無視。見る人が見れば、たまに映り込む人の服装で分かるかも知れないがその辺はいいらしい。

 唯一のルールは生徒が普段使うところと、学校共通のところを分けるという作業だけだ……、と言っても枚数が半端じゃない、

 

「北条先生、これ私の撮った写真以外も混じってますよね?」

「おお、修学旅行やら文化祭の写真なんかはプロの写真だぞ~」

「へぇ~」

 

 プロの仕事をこんなところで拝めるとは思わなかった。補正はかかっているとは言え、人の撮った作品に近い物なんて叔父さんの物以外で見る機会なんて無かったな。自分が撮った記憶の無い写真を何枚かクリックして、細かく見てみる。

 

(どの写真もとても丁寧だわ、それにとても自然体で撮れてる)

 

 景色を見てみても、人を撮っている物を見ても自分のではなかなか撮らないだろうと思わせるような写真ばかりだった。やはりノウハウや発想力、観測眼が物を言う世界なのだと改めて実感させられる。

 

「おーい、手を止めるんじゃない。まだあるんだぞ~。今日中にこれ終わんなきゃ、明日もやってもらうぞ~」

「明日はAfter Glowのリハーサルなので無理ですと、月曜にお伝えしているかと……」

 

 月曜の放課後から続いている選定作業だが、思った以上のスピードは出していた、それもこれも均一化されている素材のおかげだと思う。このままのスピードで行っても、本日火曜の放課後には選別は終える事は出来そうだ。

 水曜の放課後はAfter Glowがライブリハーサルに入るので、それに参加してカメラのセッティングと彼女たちの『癖』の確認だ。

 叔父さん曰く、ホントのライブは目まぐるしく変わる照明が変わるので、撮るタイミングについてはリハーサルで撮影プランを固めてしまった方がいいとアドバイスは貰っていた。しかしながら今回はそこまでプランニングしなくても、照明は固定である事から『癖』の確認をしっかりした方がよいのではないか? という自論も持っていた。

 PC画面に映るフォルダに眼を流す。ずらっと並んだ写真ファイル、なんとしても今日中には終えなければいけない。

 

「だからこそ、手を止めるんじゃねぇ……」

「この仕事、超地味ですよね……なんでこんな地味な事してるんですか?」

「校長肝いりだ……」

「ああ、なるほど。サラリーマンですね」

 

 北条先生もかなりの数をこなしている、正直私自身も昨日の時点から眼に校舎の画像が焼き付くんじゃないかと思うくらいの枚数を捌いた気がする。

 結局、After Glowとは校内でも普通に会うことは無かった。こちらもこの作業を最終下校時刻ギリギリまでやっていたのもある。彼女たちは彼女たちでライブに向けて準備は進めなければいけない事も多いのだろう。

 この日も夕焼けの写真はまだ私のリュックの中でポートフォリオに挟まれたままになってしまった。


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