できる限り最短距離で彼女たちの近くに行かなければならない、そんな事を思いながら演奏を終えた人たちが居る廊下を縫うように走る。
「あっ、さっきのカメラマンさん……」
「どう? 私たち見てくれー……」
「見たっしょ? できれば~」
途中で『私』を探していたのか様々な人から何度も声をかけられる。それらにまともな返答を返す間も惜しいほどの時間。
今、『私』が両眼に入れなければいけないのはあなた達じゃない。『夕焼け』のただ一つなのだ。
「すみません。ごめんなさい」
足を止めずにそう声を出して狭い廊下を抜け、控室の扉を開ける。勢いよく開けた為か、こちらに一気に視線が向く、そんな事を気にせず舞台に上がる為の階段を駆け上がる。
「あ、あの子。例のカメラスタッフの……」
「もしかして、次の子たちがメインなの?」
「ええ? まじ? でも走ってたから、もしかして……」
「あたしも撮ってほしいー」
「フロアに降りて見てみよー」
(うるさい……)
私が舞台の袖に到着した時点でAfter Glowはまだ、音量調整の真っ最中だった。後ろから外野の雑音が私の居る舞台の袖まで届く。そんな言葉を聞こえない振りをして彼女たちの横顔をみた。
(何とか、ギリギリで間に合った)
上がる息をできる限り抑えながらもカメラを彼女たちに向ける。
始めに私に気が付いたのはひまりだった。ひまりはカメラを構える私に向かってピースサインを出そうとした、が、その動きはピタッと止まった。なにか躊躇うような顔が見え、すぐに前を向き直す。違和感を感じる、が、リハーサルとは言えど彼女たちは真剣なのだろう、そう心の中で違和感をそぎ落とす。
次に私の到着に気が付いたのは巴とつぐみだった。両方ともカメラを構える私を見るや否、一瞬固まったように楽器の調整していたはずの手が止めてしまった。巴は間違えてキックペダルを踏んだのか大きな音が一つ鳴る。その音が始まりの『音』だった。巴以外のAfter Glowは不意に大きく鳴った音の方に目を向けた。その最中だったのだろうか?『夕焼け』は『観測者』急に意識しだした。『音』が鳴るまで気が付くことがなかった、モカと蘭が『観測者』を発見し、苦い顔をした。
調整時間が限界なのだろうか?、リハーサル開始の声がスタッフからAfter Glowにかけられる。
「After Glowさん。時間が押してますんで、すみませんけど始めてもらっていいですか?」
スピーカーを通じてどこかしらからかけられた声に、一同慌てたような感じ。だが、なんだこの『違和感』は? ファインダー越しに見える、みんなの顔は今まで見たことないような……。
巴のスリーカウントからの先ほども聞いた、同じようなフレーズの音だが蘭の声に合わせた音が流れ出す、本来なら綺麗に揃うはずのイントロ。
(今? もしかしてズレた? 前に聞いたのと少し違う音が……)
蘭かモカかそれとも巴か、どれかの音がテンポが速かったのだろうAfter Glowの『カルマ』はズレてスタートした様に聞こえた。
(音の評価なんて私にはできっこない、今は彼女たちを追わなきゃ……)
音を楽しむなんて、カメラ素人の私にはそんな余裕がある訳ない。とにかく今はひたすらイメージしてきた物を撮るしかないのだ。気になってしまう音を思考からかき消し、カメラをしっかり構える。
レンズでサイドからちらほらと目立つ客の居る観客席が写ってしまわないように、一番奥に居る巴まで映り込むようにシャッターを切っていく。だが、こちらへの何かを訴えるような視線。
(なんで、こっちを見ようとするの……、真正面を向かなきゃ撮る意味ないでしょ……)
『夕焼け』はまるで『観測者』の私に何かを訴えるように、その眼を泳がせ続ける。
(なんで……。仕方がない……)
サイドはそれなりにしか撮れなかったが、画面を選べば何とかなるはず、苛立つ自分自身に言い聞かせる。
正面の最前列へ行くため後ろを振り返ると、そこには何人かのバンドマンたちがAfter Glowの演奏を聞きに来たのか? 私のギリギリ後ろまで並んでいた。そんな中で私が急に振り返ったためだろうか? 一人の女の子が尻もちをついている。
本来なら手を貸すべきかも知れないが、私に張り付くようなギリギリにまで迫るのもいかがなものかと思う。私にパーソナルスペースは無いのか? と疑問に思う。
「ごめんなさい。急いでたので……」
今後の事もあるだろう、尻もちをついた彼女の手を軽く握り、やや強引ではあるが引き上げ尻もち状態からせめて立たせるまではいかないが座り込むぐらいまで体制を戻させる。
「あの……、ありがとうございました」
彼女のお礼を聞いているほどの時間は無い、さっさと動かなければ僅か4分未満でこの『夕焼け』は沈んでしまうのだ。舞台袖から控室のほうへ人混みをかき分け走る。
(なんでこんなに人がいるのよ……)
次はサビのタイミングでの彼女たちを最前列で待ち構える。少なくともBメロ~サビまで最前列に張り付いて、エンディングは最後尾でワンショットだけ決まればそれでいい。頭の中で撮影プランの流れを簡単に想像する。
1曲だけしかない『夕焼けの時間』。なんて『限られた時間』なのだろうか……。
CiRCLEのライブハウスは小さいほうだと思うが、これより箱が大きくなるととても間に合わない。そんな事を思いながら控室の階段を勢いよく降りる。
控室から廊下を抜け、スタッフ出入口を抜け最前列へ移動していく。目標は眼の前の中央。
煽りの構図で一番いいところだけを撮影したい。前列左サイドから蘭を撮るという案もあったが、やはり多少見切れてもいいから全員が映る煽りの構図で撮るのが一番と思案した結果だ。
ビデオ導線に気を付けつつも中腰になりながら、最前列中央へ移動していく。そんな時に舞台上の前に立っている3人の『夕焼け』と目が合う。
(だから……なんで、こっちを意識してるのよ……。私なんか見ちゃいけないでしょ……)
次の瞬間に響く明らかに濁った音。間違った音は鳴り響き目立ったアラになる。
(何? 今の音は?)
完全に中央へ移動しきる前に耳に入る異音、その場に一度止まる。斜めに差し込んでる彼女たちを照らすスポットライトで眩しく顔が見えないので、眼に入る光を絞れるファインダーを覗く、そこには糸が張り詰めているかのように苦しそうな顔をしているモカの顔が映る。
なんでそんな苦しそうな顔をしているのか? モカの位置からレンズをずらし、蘭をフレームインさせる。どうしてそんな不安な顔をしているの? 一言でいえば緊張。そんな物がAfter Glowにまさかあるだなんて思ってなかった。今の『夕焼け』は完全に何か違う物にとらわれている、それでは『青い空は赤く染まらない』だろう。ファインダーから眼を外し、最前線センターへ移動する。
After Glowの正面に、初めて出会ったあの時のように目の前に来た。見える光景は『赤くなくて』それは『夕焼け』では無い物。
ミスタッチが続いたのか、リズムの方も引っ張られたのか、リズムがテンポを崩したのでミスのカバーでタッチを増やしたせいなのか……、私の耳に聞こえている物は練習の時に聞いた音ではない何か別の音が聞こえる。
『観測者』としての役目。私はこの辛い音の中でも『観測』を続けなければ、彼女たちの『観測者』になった意味がない。頭の中で『撮らなければ意味がない』という言葉は周り、思い出したかのようにカメラを構える、After Glowは私のその仕草にどういう意味を見出したのか? さも、正確に弾いているかのような見せ方をし、カメラ目線でレンズを見てくる。
(なぜ? 私を意識している? そんなものは『夕焼け』に必要ないわよ……)
分からない憤りがふつふつと湧き上がってくるのを感じる。こんなものを撮るために私は彼女たちを『観測』していた訳じゃない。
しかし、その憤りの向きは間違えていることに気が付かされた。私の後ろにある柵の最前列に並んだ、おそらく今日のリハーサル参加者と思わしき人物が辛い音のなる中で言った一言。
「なんだ……、プロ級のカメラマンまで入れて、相当気合入ってるガールズバンドかと思ったけど、なんだかイマイチだな……」
鈍器で頭を叩かれたかのような感覚だった。彼女たちの音楽を知るわけではない人が『彼女たち』を聴きに来たわけではなく『カメラが入るから』聴きに来たという言葉。その言葉をはじめに意識の中の記憶を巻き戻していく。
さっき舞台袖でぶつかったあの子はいったい何をしに来たのか?
カメラを持って走った時にぶつかりそうになりながら聞いた雑音は何を言っていた?
始めに控室で入った時に私に何が起こった?
私が居なくなった後の控室で一体何が起こったんだ?
CiRCLE全体で今、何が問題になってる?
彼女たちに私は何をしてしまった?
彼女たちの目標は?
なんとなく私が巻き込まれていると思っていたが違う。私が撮ったカメラがAfter Glowを含めCiRCLE全体を巻き込んでしまった?
頭の中で『解』が出来上がりつつあるときに、『夕焼け』が支えていた『カルマ』は止まってしまった。音は響きわたる事がなく、ライブハウスの防音材にすべて遮られて消えてしまった。
(全部、私の『カルマ』なんだね……。あなた達に向けられている物はすべて私が引き連れてきてしまった『業』の結果……)
私にはレンズ越しの彼女たちは見えてるはずのに、『夕焼け』にはとても見えない。
◆◆◆
彼女たちにも夢があったはず。それはきっと大きな夢だろうとおぼろげに思う。私は何の覚悟もできていなかった。彼女たちが目指すのはきっと大きな物だろう。湊先輩もそれを目指していた。彼女たちもきっと同じものを目指しているのだろう。何て言ったって『ガールズバンド』は今が旬だから。自分たちは今どう見えているのか?『形』を気にしていた……。自分の中で納得がどんどん進んでいく。
ああ、私はそんな彼女たちに余計なプレッシャーを作り上げてしまったに違いない。
私の行動が本来ならあるはずの無い外圧・外野の雑音・視線を作り上げて、彼女たちをそんなものに晒してしまった。彼女たちにとっては普段ならそんな物は意識する事は無いものかも知れない。けど、今日はそうじゃなかった。好奇の目に晒されて普段なら意識しない物を意識してしまった。好奇の目を作ったのは私。それはとてもひどい事。私がもっと明確な回答を『CiRCLEでバンドを撮るつもりはない』と伝えておけばこんな事にならなかったはず。
もう仕方のない事だ、彼女たちへ『カルマ』を押し付けてしまったのだから。
(会わす顔が無い……)
舞台上の彼女たちが機材をもって袖にはけていくのを最前列で見てられなかった。私は彼女たちが楽器を取り外している間に、最後尾のビデオエリアまで下がっていた。
(せめて……。こんな事、今更で意味がない事だろうけど……)
そんな言い訳を自分に言い聞かせながら、彼女たちに背を向け主催の江戸川さんと槇村さんが居る場所まで戻ってくると、会話が漏れ聞こえてきた。
「んーどうしちまったんだ? 巴ちゃん所らしくない演奏だったな?」
頭を軽く掻きながらビデオの内容を見返している江戸川さんと槇村さんがそこには居た。
「そうですね。なんというか緊張というか……、くじ運的にも確かに前に同じ曲を持ってこられて辛いとは思いますが……」
「ライブ形式とは言え、うちの発表会の体だからなぁ……。曲目確認は気にしちゃ居なかったが、やっぱまずったか?」
「しかし、そこは仕方がない事では? 本格的なライブならまだしも、『人前で演奏する楽しみ』をまずは覚えてもらうのが今回のライブ形式の発表会ですし……」
「しかしなぁ、その人前でちゃんと演奏できなきゃ意味ないよなぁ……。巴ちゃんとこには悪いけど、順番だけは入れ替えておこうかねぇ?」
ああ、一番気にしていた事が一つ消化された。そんな気分が少しだけした。さすがに同じ曲が連続で続くと駄目だろうな。最も、本来のパフォーマンスのAfter Glowであれば関係の無いだろうが今の状況では……。
「真琴ちゃんじゃないか。そっちはどんな具合だい?」
江戸川さんが後方に下がってきた私を見つけて、声をかけてくれる。それに返すだけの気力が今は無い。正直あまり話をしたくない。軽く手を上げて答え、言葉は敢えて出さない。しばし、自分の作った撮影ポジションに座り込んでしまった。
(『観測者』なんて大層な事を言ってその『観測者』が問題を引き起こしちゃうになっちゃうなんて……)
私は彼女たちに何て謝ればいいのだろうか……。
『誤観測』はこれで終わりになります。
修正に修正を重ねたのですが……、ライブ描写は非常にあいまいにしてしまってます。もっと頑張りたいですね。
発表会形式のライブは私のボイトレではよくあったので敢えて取り入れてます。曲被り何て日常茶飯事で前の人と比較されるとほんと辛かった記憶です。
本日もありがとうございました。