限定時間   作:西月

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夕焼けの観測者の心 3

 出来れば誰にも今は声をかけてもらいたくない。そう思いながらも、そうならないのが今の状況だな……と心のどこかで愚痴を吐く。

 どこかでズレた私、痛感した瞬間に馬鹿な自分を引っ叩きたくなった。

 自分で自分を慰める事はどこまで行ってもできるはずなんてない。器用に自分を引っ叩いたところで現状が変わるわけでもない。それでも引っ叩きたかった。

 

(みんなに迷惑かけちゃったな……、ほんと何してるんだろ)

 

 舞台上では別のグループが旋律を奏でている。本来ならば、After Glowに写真の出来について話に行く必要があるだろう。でも、足がどうにも控室に向かない。

 脳裏にはずっとAfter Glowの悔しそうで苦しそうな演奏をしている表情が浮かび続けている。

 

(一瞬勝負なんだろうな、写真も音楽も……。いや、音楽の方が難しいかも知れない、その場にいる人を瞬間の音で釘付けにするんだもの)

 

 既に私が心のどこかで彼女たちに後ろめたさがあるんだろう、こうして言い訳を理由に足を控室へ向かわせない様にしている。いやいや、行かなきゃいけないのは十二分に分かってる、分かってるんだけど……。進む事ができない、怖い……。だから、今も客席の最後尾でぼーっとステージを見つめている。

 聞いたことがない音が流れる中、染まるはずだった『夕焼け』を幻視し続ける。網膜にこびり付いた彼女たちの影のピースをステージに立つ影に当てはめようとして、どこか違う事に気が付きながらもいびつなパズルを組み上げようとしてはステージで動く影によって崩されて……、そんな無駄な事を続けていた。

 肩をやさしく2回触れられて、横にいる人の気配に気が付いた。いつの間にか月島さんが私の横に立っていた。私が気が付いた事を察した月島さんがロビーへ上がる階段の方を指さしながら口をパクパクとさせている。

 

(今は誰とも話したくない気分なんだけどな)

 

 自分の中に渦巻く『カルマ』を誰かに押し付けて楽になるなんて、私には許すことができない。

 

 ◆◆◆

 

 月島さんについていった先はカウンター裏のバックヤードだった。いろいろな資料や写真、見たことのないような機械の数々、棚に高々と積まれているのは音楽雑誌やHow To 本も混じっているようだ。狭い部屋をさらに狭くしている雑品の数々……、表は綺麗なのに裏は完全にダメな奴という印象を受ける部屋。

 

 『一応掃除したんだけど……、そこらへん座ってて? 表で飲み物貰ってくるからちょっと待っててね?』と、月島さんに言われて部屋の隅で畳まれていたパイプ椅子を広げ、おとなしく座る。

 ライブハウスではまだリハーサルは続いているなかで、月島さんが出ても良かったのだろうか? と頭の隅っこの方で思いながらも手持ち無沙汰の状況。

 ライブハウスでは見返せなかったカメラに記録されたAfter Glowの姿を小さな背面液晶で一枚ずつ見返していく。

 

「どれも苦しそう」

 

 誰も居ない倉庫のような部屋の隅で呟く。自分でイメージしていたの物とのギャップがあまりにも露骨に出ている。

 上手な人の撮り方なんて知らないが、流し見した叔父の写真はもっと綺麗だった気がする。何が違うのだろうか? レンズ? カメラ? 設定? 位置取り? どれを考えても答え合わせができない。

 一度考え始めたら哲学のような答えが出てきそう。それでも私に今できる事は少し埃っぽい狭い部屋の中で延々と今日押したシャッターの結果を直視し続ける事だけだ。

「おまたせしました~」

 

 引き戸になっていた扉を器用に足でゆっくり開けつつ、両手に表の売店で購入したであろう飲み物を持って月島さんがバックヤードに帰ってきた。

 

「ごめんごめん、思ってたよりもリハ上がりの人たちが押しかけててさ」

「月島さんって思っていたよりもお行儀が悪いんですね」

「あら? そうかしら? んー、まあそんな細かい事は気にしない、気にしない。はい、どうぞー」

「……ありがとうございます」

「ついでにマカロンも何個かかっぱらってきたから、これも食べましょ」

 

 月島さんの脚癖・手癖の悪さはさておき、わざわざ用意してくれたのだからご相伴にあずかろう。

 

「さてさて~、望月さん的にはリハはどうだった?」

 

 月島さんは抜き身の刀のような言葉でバッサリと私を切ってくれた。オブラートに包まれていない分、返しやすいと言うかなんと言うのか。

 

「まぁ、完全に駄目ですよ。準備してきた撮影プランは途中で途切れましたし、その切り替えができなかったのも駄目だったですね。引き出しの数がやっぱり違うので対処に回れない。あの子たちの今日の立ち回りはともかく絵としてみた時に伝わる物が違いますね……」

 

「んー。そっちに行っちゃったかぁ。……まぁ、でも今回は理由が理由だもんね。仕方ないよって言いたい所だけど」

 

 月島さんの少し歯切れが悪くなる、『そっち』ってどういう事だろうか?

 

「聞きたかったのは音楽の感想なんだけどね。先にカメラの話になっちゃったから、まずはそっちからだね、今回の件は全面的に私が悪い……、迷惑をかけちゃってホントごめんなさい」

 

 月島さんは静かに頭を下げてくる。

 

「でも一つだけ。今日居た子たちは何も悪くない、そこだけは勘違いしないでほしい。彼らも音楽の表現の仕方を探し続けて、その一つの方法を見出した結果だから。あの子たちを責めないであげてほしいな」

 

「月島さん……」

 

 この人は私を悪いように使うつもりはなかった。悪意はもともと感じてはいなかった、多少強引ではあったが……。この話に誰の責任を問うつもりは初めから無い。

 

「需要があんなにあるって事も見抜けてなかった。After Glowにも望月さんにも迷惑かけちゃった。本当にごめんなさい」

 

「……」

 

 月島さんに頭を下げられてしまったらこちらとしてはどう言えばいいのかわからない。

 

「もういいですよ。元々誰を恨むわけでもない話ですし……」

 

「ううん。ちゃんとこういうのは区切りをつけないと駄目。ただでさえ締まりが悪い話なのに、曖昧に終わらせちゃ今後にも影響するから。もちろんAfter Glowにも後で謝るつもりだから」

 

「なら、私はもういいですよ」

 

 とりあえず、月島さんの頭を上げなければこのままずっと謝られてしまうのではないかと思った。そもそも私自身がちゃんと線引きしておけばこんな事態には発展しなかった。

 

「それで、月島さんは謝るだけにここに私を連れてきたんですか?」

 

「ううん。違うの。謝ることもそうなんだけど。リハを聞いた感想を聞いてみたかったの」

 

「感想? 私のですか?」

 

「そう、音楽に興味がない・もしくは深く知らない人の感想をね」

 

 そう言われちゃうととても困るのが本音だ。実際のところ、ちゃんと聴いていたのは1つもない。After Glowの演奏もカメラの操作しながらの内容だ。

 

「正直、After Glowの演奏は何度も聞いているから今日は完全ながら作業で聞き流しちゃいました。途中でとちったところや危なっかしいところはカメラ越しでハラハラしてましたよ。それ以外の人は正直聞いてなかったですね。ずーっと構図練ってたんで……」

 

 月島さんからもらったアイスコーヒーを飲みながら振り返ると確かに今日は曲を一切楽しんでいなかったことを思い出す、とは言うものの個人的にはAfter Glowをカメラに納めるのに必死になっていたのもあったかも知れない。

 

「ホント、カメラの事になると望月さんは他の事には一切興味を無くすのね」

 

「別に興味がない訳じゃないですよ。今日は個人的にAfter Glowがメインだっただけです」

 

 そうだ、私は『観測者』、今日はここに落ちるはずだった『夕焼け』を見に来たに過ぎない。結果は『観測者』としては一番最悪な事をして『夕焼け』を邪魔してしまったが……。

 

「望月さんはAfter Glowに入れ込んでる感じなのかな?」

 

 答えとしてはノーだろう、私はあくまでも『観測者』だから。彼女たちが見せる『その形』を捉えるためにカメラを向けるのだ、だから『音楽』の方向性を抜きにして彼女たちを見続けるのだ。

 

「音楽的な事は一切わかりません。彼女たちが何を歌ったとしても私はそれを撮り続けますね、約束ですから」

 

「そっか。After Glowのファンという訳じゃないんだね」

 

「ファンではないですね。ファンには程遠い、そこらへんにある石ころと同じですよ」

 

 月島さんは長机の上に置いたマカロンに手を出す。私もつられてマカロンを一つ摘まむ。独特の食感と共に甘さが口の中に広がっていく。

 

「じゃあ、約束のために撮ってその後は?」

 

 その後……。形を撮った後の話。彼女たちとは形を撮る約束はしたが、その後どうするかなんて話もしたことはなかった。

 

「その後ですか? うーん、顔見知り? 友達? じゃないんですかね?」

 

「もし、彼女たちが前に進んで大きな舞台に進んだとしたら?」

 

「何ですか? その仮定の話。私自身はスタンスを変えませんよ? 彼女たちがもしかしたらスタンスを変えてくるかも知れませんけど……」

 

「じゃあ、望月さんがプロの道に行ったら?」

 

「それは無いですよ、もともとプロになりたくてカメラやってませんから」

 

「えっ、そうなの? その割にいろいろとシビア過ぎない?」

 

 果たして私のスタイルはシビアなのだろうか? 他にもこんな人は一杯いるとは思うのだが……。

 

「てっきりカメラやってる人って、ワンチャンスあればプロに転向する人が多いのかなと思ってたな、望月さんの場合もうワンチャンス掴んでるからこんなにシビアなのかなと思ってた」

 

 1枚表彰されたところで正直プロを名乗るほど自分の才能があるなんて思っちゃいないし、SNS上には写真だけで年がら年中ヒットを飛ばして、作品集を作る人もいるが……。

 

「まぁ、そんな人も居ますけど私はちょっと違いますね。趣味のレベルでちょっとやってるだけです」

 

「ふーん、始めた『きっかけ』って何かあるの?」

 

「……いろいろですね。私、機材引き上げてそろそろ帰ります。After Glowももしかしたらもう出てしまってるかもしれないですけど……」

 

 既にいい時間経過してしまっている。月島さんと少しでも話ができたおかげで、心の中で渦巻いていた何かへばりついたものは収まったように思えた。あのまま薄暗いライブハウスの中でグルグルと思考を回したところで何も変わりはしないのにずっと回してしまうところだった。多少なり人と話す事ができたので、自分の心にも余白はできたように思えた。

 

「そうだね。そろそろリハも終わるから私も戻らないと……。望月さん、最後に2つだけいいかな?」

 

「いいですよ、なんですか?」

 

「ホントにAfter Glowだけしか撮るつもりはない?」

 

「さっきも言いましたけど無いですね。私は彼女たちと約束して今はそれ以外を撮るつもりはないです」

 

「了解、じゃあもう一つ。これは個人的な意見だから参考程度にしてね。After Glowともっと接した方がいい写真は撮れるんじゃないかな?」

 

「何ですかそれ。距離感の話ですか?」

 

「うーん? どうだろ、私が知る限りAfter Glowってちょっと他とは違うバンドなの、私はそれを今日はすごく痛感した。望月さんはAfter Glowの本当の形を撮るのならもっと入れ込んでもいいと思うんだけどな」

 

「似たような事を別の人にも言われました。付き合い方の話。でも、私は『観測者』だから……」

 

「その『観測者』って言い現わし方だよ、それがお互いにいらない線を引いちゃってるんじゃないかな?」

 

 いらない線。そう言い表現する物はいったい何なのか? 私にはまだわからないが、それが今回の事を引き起こしたのだろうか? 線を複雑化したつもりはない。私が居ようと居まいとAfter Glowは進むべき方向に進んでいくはずだ。きっともっと大きくなるはず。彼女たちを音楽はとてもじゃないが私のカメラですべてを表現できるとは思っても居ない。

 

「そうですかね? これぐらいが丁度いいと思うんですけどね……」

 

 確かに失敗してしまった身なので、なんとも言えないのだが私はこれしか被写体との付き合い方が分からない。人を撮るという難しさ、干渉や意識をさせない方法としての在り方。

 




少し長いお休みをいただいてしまいました。
お待たせして申し訳ありません。

本日からまたちょこちょこと更新は進めていく予定です。

本日もありがとうございました。
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