限定時間   作:西月

8 / 30
夕焼けの観測者の心 1

 美竹さんはカフェカウンターの横に設置されているベンチで今にも泣きそうな顔を空に向けベンチの端っこに座っていた。

 カフェのカウンターで店員さんから新しいストローをもう一本貰い、そんな彼女の座るベンチの反対側の端っこに座る。

 

「……何?」

「別に? ストローを噛み切っちゃったから新しいの貰いに来たの」

「あっそ」

「そっ」

 

 美竹さんはこちらを視界に捉える事なく短い会話をする。本来ならなぜあんなにもピリピリしていたのか、を聞くべきなのだろうか? それとも、何らかの慰めをするべきなのだろうか? なんとなく何も言わないで、横に居るほうのが正解な気がした。

 彼女に私が入れるような隙間は無い。彼女たちはバンドを組んでいて何より仲がいいのだろう、人付き合いが苦手な私でもそれくらい察する事はできる。

 2年近くもバンドを組み行動を共にしている、尚且オリジナルの楽曲を未完成とは言え作れるようなバンド。楽器も音楽も未経験者の私が聞いても何処が間違っているとかおかしな点は聴き取ることはできなかった。

 

 新しいストローを刺しまともに飲めるようになったアイスコーヒーを吸い上げる、氷が解けてやや薄くなった酸味が口に広がる。

 眼の前のカフェテーブルで見知らぬ女性がギターを弾き始める。練習なのだろうか? 何回もやや小さめで同じ音を奏でながら、テーブルに置かれている紙を見つつギターと弦の感触を確かめるかように弾いてる。

 そんなきれいな緑の髪をした女性を私はぼーっと眺めている事にした。

 

「……ねえ」

 

 前の女性は引いた音に違和感を感じたのか、弾いていたギターの手を一度止め、譜面を手に取り書かれた内容をもう一度読みなおす仕草が視界に入る。

 私は美竹さんと特に言葉は交わすつもりも無かったので、意識が完全にギターの女性を見る事に置かれていたのもあって、突然の美竹さんの呼びかけで急に意識を戻される。

 

「モカとはどんな関係なの?」

「えっ? へっ? またなんで?」

「モカがやけにアンタを気にして評価してる。普段のモカなら興味が無い物はほとんど評価をつけないし、気にもしない」

「うーん、青葉さんとは美竹さんと同じくらいしか会ってないわよ。学校でも、私はC組だからB組の彼女とは接点なんて全くない。なのに『まこちー』だからね、私もよくわかんないけどある程度の信頼はしてくれてるんじゃないかなぁ……と思ってるね」

 

 急になんでその話題? と心の中で戸惑うが、青葉さんを思い浮かべてもこちらとしてはパンをよく食べる子……と今までの彼女とのやり取りからは一番の印象を心で思い浮かべる。ただ、一番言葉にしにくい事をちゃんと言う子だと感じた、そして何より友達を非常によく見ていると思う。

 

「モカは……何考えてるか時々わかんないけど、多分……あんたの事信頼してるんじゃないの?」

「光栄なのかな……。その実、盗撮しかしてない不審人物なんだけどね」

「まぁ、そうだね」

 

 なぜ急に私を持ち上げられたのかわからない、背筋が少しむず痒くなる前に自虐を言いその会話を遮る。しかし、ある意味これはチャンスかも知れない。

 ちゃんとした謝罪を言葉にしておきたかった。多分、何回か謝ってるけど禍根の無い謝罪をきちんとしないとあの写真はあまり気持ちのいいものではない。

 あの写真を撮ったことには彼女たちにとっては意味があった行動になったが、本来私の軽率な行動はあまり良いものではないはず。しかしながら、彼女たちはそれを特に気にするのではなく、逆に『よかった』と称賛してくれる。今、あの写真にできる一番の誠実な態度だと思う。

 

「ほんとにごめんなさい、勝手に撮っちゃったりして……」 

「ん。でもあの写真のおかげで大事な物がなんなのかは改めてわかった。だから、……その点は良かったと……思う」

「そっか、ありがとう」

 

 口では謝罪をしたが、視線はあえて前のギターを弾く女性に向けたままで美竹さんの方は見ない。今、彼女の顔を見たらとても貴重なものは見れるかも知れない、だけど見てしまうと私はまたきっと彼女にカメラを向けたくなる。流石に私でもこの空気感は読める。

 

「……なんで」

 

 私が写真欲と葛藤していると、しばらく止まっていた会話が美竹さんが話しだすことで再開する。強い視線を感じた気がしたので顔を向けると、さっきまで上を向いていた2つの赤い目がまっすぐと私に向けられていた。

 

「なんで、写真に撮りたいのが……あたしなの?」

 

 ポツリポツリゆっくりと言葉をゆっくりと発せられた言葉。しかし、答えは一言で終わってしまう内容、その答えは「あなただから」としか言えない。しかし、美竹さんが欲しているのはそんな単純な答えじゃないのだろう、感覚的? 本能的? と言えば良いのだろうか? しかし、そんな言葉ではこの感覚を表したく無い。上手な表現方法が見当たらない。美竹蘭と出会い過ごした期間はそれは本当に短い時間1時間にも満たないだろう、なのになぜこんなにもファインダーに収めたいのか?

 

 彼女をファインダー越しに見た時のことを振り返る。

 初めて彼女にレンズを向けた時、背中から何かが入り込んだようだった。それくらい自然と彼女にカメラを向けていた。

 2回目に彼女を撮った時、不安を抱えて何かを訴えるような表情がとても綺麗だった。その瞬間を固定するためにシャッターを切った。

 2回とも特別何かを私の体が感じ取って自然と、当たり前のようにレンズを彼女に向けてしまっていた。

 

「……ふふふっ」

「何? 何笑ってるのよ、あたしは真剣に聞いてるの」

(わかんないなぁ。これってホント何なんだろ?)

 

 今まではずっと人じゃない物を撮ってきた。なのに、彼女を知ったときから何かに体を操られるかのようにカメラを向けたくなる、きっと誰でも良いわけじゃない。少ししか共に過ごした事の無い人なのに彼女じゃなきゃ駄目なんだ。

 

「じゃ、今はこうしようか?」

 

 私自身にも言い聞かせるように、言葉を紡ぎ出す。美竹さんに私ができる、たっぷりの笑顔を向ける。私の家族すら見たこと無い顔だと思う。

 冷たい風が私と美竹さんとの空いた距離をはっきりと認識させるように通り抜ける、今のこの距離じゃ少し遠すぎる。コレはきっと単焦点レンズの使い方と一緒なのだ。ちゃんとピントが合う距離じゃなきゃ、この言葉はピントが合わずにボケてしまう。彼女は私が笑顔になっても真剣な目でずっと見続けている。

 木の硬いベンチだもともと座り心地を求めていない、だから今更何処に座っても一緒だ。場所を変えたところで少し冷たいだけ。先ほどまでお互いがベンチの端同士に座っていたのに私が少し腰をあげ移動し彼女と膝をこするような距離となる。席を急に詰められ体を反らしながら驚く美竹さんを尻目に笑顔から真剣な顔に戻す。

 

「あなたはもう忘れてしまったのね? 前の世からの約束だったじゃない」

「はっ?」

 

 カメラのレンズは1枚のレンズでは出来ていない。何枚ものレンズのがあって、その先にボディの映像素子がある。私というカメラは彼女をレンズで捉えてる内に、何枚かのレンズ越しに本来伝えるべき言葉がいつの間にか別の言葉にすり替えられてしまったのだ。

 さっきまで真剣な顔をしていた美竹さんの顔が急にあっけに取られる顔へと変わる。

 

「そう、なら一緒に思い出しましょ?」

 

 そう言いながらベンチを立ち上がり、美竹さんの手を取りベンチから立たせる。

 

「……なんてね」

「……アンタ。なんかいろいろ大丈夫?」

 

 いろいろと心配されてしまう。ちょっと傷ついちゃうなぁ……、これでも目一杯頑張ったつもりなんだけどな。まぁ、でも私もなんでこんなに彼女を撮ることに執着しているのかを解説するのは難しい。言葉が足りないのもある、がもっと足りない何かがあると思ってる。彼女を撮り続ければもう少しわかりやすく解説できるのだろうか?

 曖昧な言葉で説明することはできるだろうけど、そんな曖昧で終わらせちゃうと駄目な気がした。だから、今は私には此処までが精一杯だった。それで呆れられると分かっていても。

 

「まっ、今はそういう事にしといて。ほら、そろそろ30分経っちゃうよ? さっき上原さんと約束したんでしょ?」

「ちょっと! あたしの質問に答えなさいよ!」

 

 そう言って出入り口の方向に私が歩いて行くと、後ろから納得のいってない美竹さんが不満をあげながらもついてくる。そんな事を気にもせずロビーの扉を軽く開ける。

 

「さっ、どうぞお嬢様。そのお姿を私めが撮らさせていただきます」

 

 深々とオーバアクション気味にお辞儀をし、美竹さんを扉の向こうへ誘導する。

 

「ありえない……」

 

 むっ、美竹さんにはこの紳士的エスコートは通用しないのか……。まぁ、私じゃ役不足感あるわよね。

 

「細かいなぁ……、『今は』って言ったじゃん」

「『今』、その答えが聞きたいの!」

「じゃ、前世からの約束だね」

 

 めちゃくちゃ睨まれる。

 

「ごめんって、でもちょっと待って。ちゃんと言うから。私もこんな気持ち初めてなの、どうしてこんなに人が急に撮りたくなったかをちゃんと考えたい」

 

 納得してくれたのか? それとも呆れたのか。美竹さんはすごく大きいため息を吐いて、開けていた扉の向こうに入っていった。カウンターで事務仕事っぽいことをしていた月島さんに声をかけて頭を下げ、そのまま黒い重そうな扉を開けてスタジオへ入っていた。

 それを見届け、軽く空を仰ぐ。もうすぐ3月だと言うのに寒いからっ風が吹く空。鉛色の雲がその風に押されてどんどん形を変えていく。暖かい陽はまだしばらくお預けなのかも知れない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。