提督の提督による艦娘のための軍事小噺   作:柱島低督

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海軍編
第一回 艦艇の分類


「なぁー提督ー!駆逐艦と戦艦じゃ何が違うんだー?」

 

「清霜……お前……そもそも駆逐艦と戦艦じゃ源流が違うんだよ」

 

突如押しかけてきた清霜の対応。そこから始まった。

 

 


 

そもそも、戦艦こそが原始戦闘用船舶の雛形で、駆逐艦・巡洋艦はある意味()()と割り切ることもできる。

 

ほら、みんな知ってるでしょ?木製のおっきな帆船の横っ腹に大砲をずらずら並べたやつ。

 

 

そう、海賊船。

 

まぁ、そこから発展した、「金属製の装甲化された船に大砲乗っけて戦わせる」という思想のもとで形式化されたのが、「戦列艦」である。

 

この時期は、まだ砲丸を飛ばしあうだけで、砲塔ではなく、舷側に穴をあけてそこから大砲が顔をのぞかせるスタイルが主流だった。このころは砲台甲板は概ね1層だったが、大型化するにつれて2層になることも増えていった。

 

というか、これは「スペインの無敵艦隊」だとか、「トラファルガー海戦」だとかの所詮「大航海時代」の話ではある。

 

 

 

この流れを汲んだのが、分厚い装甲と、強力な火砲を備える決戦艦艇としての「戦艦」*1である。

 

なので戦艦の英訳はbattle shipだし、漢字で書いても「戦」う「(フネ)」とかいう、まぁ安直な名前になっている。

 

そして、この軍艦は巨大化を続け、愚鈍さを増す。

 

1870年頃になると、火器・戦術の発展により、新たな脅威が現れる。

 

多くの提督のヘイトをかっさらっているであろう*2、魚雷艇*3である。

 

バルジとか、注排水とか、水密区画とか、集中防御区画*4とか、そんなんも一切ない時代である*5

 

まぁ、その運用思想としては、「モーターボートに魚雷っていう新兵器乗っけて、戦艦に肉薄してぶっぱする」というものである。*6

 

 

 

この魚雷艇、何が厄介かというと、「大口径の戦艦の艦砲では連射速度が遅すぎて捉えられない」「ひとたび被雷すれば、多額の費用がつぎ込まれた主力艦が沈む」というリスクが大きく、対して魚雷艇は小さいので「沈められても戦果としては小さい」という大きな差があることだった。

 

流石にぼーっと眺めてるわけにもいかないので、水雷艇を「駆逐」するフネとして、「水雷艇駆逐艦」が誕生した。

 

そう。「駆逐」艦なのに駆逐される側じゃん、とかいう話が生まれるきっかけはここにある。

 

駆逐艦は、速射のきく小口径砲を主兵装とする小型の艦で、機動性が高く小回りが利く。

 

ここで一部諸氏が気付く。

 

「……魚雷乗っければ魚雷艇の代わりになるんじゃね?」

 

こうして、魚雷を搭載した駆逐艦は、用兵思想としてだけでなく、()()()()()()、魚雷艇を「駆逐してしまった」。

 

名実ともに「駆逐」艦である。

 


 

そして、戦艦も駆逐艦も大型化を続けるが、ここで問題が発生する。

 

「外洋航行能力」に乏しいのだ。

 

当時の戦艦(5000~8000tクラス)は乾舷が低く、外洋の高波に対して凌波性が低かった。駆逐艦にしても、1000tを上回らない極小の艦艇であり、外洋へ出ればひとたまりもない。

 

 

そうして、「乾舷が高く凌波性があり、外洋での長距離航海にも耐えうる適度に大型な船体を持つ艦艇」が必要とされた。

 

そうして建造されたのが「巡洋艦」である。

 

戦艦と駆逐艦の中間程度の排水量を持ち、機関出力に余裕がある艦が多く、比較的優速である。

 

 

そうして、程よく運用しやすい艦艇であった巡洋艦は、どんどん発展をしていくことになる。

 


 

喫水線下への被弾→浸水→沈没

というケースが問題視された当初、装甲重量の配分との兼ね合いもあり、喫水線下のうち最も被弾リスクが高い喫水線周辺のみの装甲に絞られて装甲化された。

 

それが装甲帯巡洋艦である。

 

 

装甲帯巡洋艦(belted cruiser)

・19C後期から運用が開始された

・喫水線部分に、帯状の装甲を施した

・重心が上がりやすい

 

 

しかし、喫水線下の部分に被弾を受けると、装甲帯が意味を成さずに浸水する、という問題があった。

ここから、より低い位置に装甲を施した防護巡洋艦へと移行することとなる。

 

 

防護巡洋艦

・19C末期から

・喫水線下の機関部を保護するように、亀甲状に装甲が配置されている

・重心が上がりにくく、装甲に重量を割きやすい

 

 

という特徴があった。

しかし非装甲の上部が、小口径の速射砲でボコボコにされやすく、結局脆弱性がモロに出やすい。

 

「やっぱり乾舷に装甲、最強じゃね?」

 

というわけで、

 

 

装甲巡洋艦

・19C末期から。防護巡洋艦に完全に入れ替わる形

・亀甲配置の左右末端から上方向へ、乾舷を保護するように装甲化

・装甲用鋼板の進歩により、広範囲に軽量で装甲を施すことが可能になった

 

 

とまぁ、こんな感じに巡洋艦は発展していくことになる。

 

そして迎えた1930年。

 

 

一部諸氏は気づくであろう。

 

 

 

 

そう、ロンドン海軍軍縮条約である*7

 


 

1930年のロンドン海軍軍縮条約により、従来の巡洋艦の分類が崩壊した。

 

というのも、ロンドン海軍軍縮条約が制限の対象とした「中小の補助艦艇」*8に含まれる巡洋艦の分類が、砲口径によって定められたからだ。

 

カテゴリーaとカテゴリーbで分けられたその境目は、6.1(inch)=15.494(cm)であった。

 

便宜上155mmとして扱われたそれは、

 

155mm(6.1inch)より大きく203mm(8inch)以下をカテゴリーa*9

127mm(5inch)以上155mm(6.1inch)以下をカテゴリーb*10

 

とすることになった。

 

ただまぁ、日本の最上型軽巡が155mm砲を採用した以外、敢えてキリの悪い6.1inch砲を用いる例はあまりなく、軽巡の主砲は152mm(6inch)が世界的なセオリーとなった。*11

 

ところで、ワシントン海軍軍縮条約(1922)での巡洋艦主砲の上限値である8inchの元はどこからどこから来たのか。

 

実は*12、我らが日本海軍の古鷹型一等巡洋艦(建造時は偵察巡洋艦*13という艦種)である。

 

実はこの古鷹型、他国の偵察巡洋艦との遭遇に備えて、正20cm(きっかり200mm口径)主砲6門という、同クラス最大級の破格の大火力を与えられていたのだが、ここがちょうど巡洋艦の最大として設定されたのだ。

 

その結果、古鷹は「すべての重巡の姉」だとか呼ばれることになった。

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

と見せかけて、英のホーキンス級の方が建造が早かったため、より一般にはそちらの方が「最古の重巡」と呼ばれる

(ふざけたこと書いてすみませんでした)

 

 


 

to be continued…

 

*1
というか、他の艦種が存在しない時期なので、そもそも軍艦=戦艦

*2
イベ中は特に

*3
要するにPT

*4
wows勢お馴染みVP(バイタルパート)

*5
そもそも戦術の蓄積がないだけとも言う

*6
尤も、この頃の魚雷はタンクに貯蔵した圧縮空気を噴射する勢いでタービンを回し、動力とする冷走魚雷であり、射程距離、雷速ともに実用レベルとは言い難かった。提督諸氏に覚えがあるであろう、燃料積んでそれを動力に自走する熱走魚雷の開発にはもう30年以上待つこととなる

*7
普通気付くか!

*8
ワシントン海軍軍縮条約では1万t以下、砲口径5インチ以上8インチ以下の巡洋艦に対して制限を設けていなかった

*9
世間一般でいう、重巡洋艦/一等巡洋艦/甲型巡洋艦

*10
世間一般でいう、軽巡洋艦/二等巡洋艦/乙型巡洋艦

*11
実際、最上型/利根型の次級たる阿賀野型では15.2cm主砲になっている

*12
というほど意外な事実でもないが

*13
駆逐艦部隊を先導する、嚮導艦という役割を担うため、高速で重装甲なことが多い




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