【完結】精霊とか知らないけど、たぶん全員抱いたぜ [士道 age21]   作:くろわっさん

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デート回後編です。

4月10日は十香と士道が出会った記念日ですね。間に合って良かった。


第10話 来いよ、何処までもクレバーに抱きしめてやる

「“ありがとうごさいました~!”」

「“世話になったぞ!ではな~!”」

 

 モニターの向こうでは頭を下げる店員に向かって十香が大きく手を振っている姿が映し出されている。

 

 その格好は先程買った春らしい洋服で、どこからどうみても普通の美少女にしか見えなかった。

 

 くだらないやり取りを終えて、冷静になった琴里は生まれ変わったような十香を見て思ったことを口にしていく。

 

「霊力がなかったら只の女の子にしか見えないわね」

「それにとびきりの美少女ですからね、隣を歩くのが士道くんじゃなかったらかなり見劣りするでしょう」

「そうね…士道ならなんとかしちゃうのよね…」

 

 琴里は気を落としながら平坦な抑揚で神無月に返事をしていく。士道さえいれば自分たちがいなくても、精霊をデレさせることなど簡単なのではないかと思ってしまったからだ。

 

 実際問題、ここに到るまでフラクシナス、ひいては琴里たちは大したことは何もしていなかった。

 勿論、超技術を活かした転送や、精神状態のモニタリングなど、決してゼロでは無かったが想定していたサポートに比べれば微々たるものだったのだ。

 

「“シドー、先程あの女から渡されていた紙はなんだったのだ?”」

「“ん、ああ。これか……LINEのIDだなこれ。この俺と連絡先の交換がしたいんだろ”」

「“なんだと!?”」

 

 士道がポケットから折り畳まれた紙を取り出し、開く。それだけのことで十香の感情値に変化が表れた。

 

「十香ちゃんのご機嫌メーター急下降!」

「これは、やきもち妬いてるってことかしら」

「そうみたいですね。どうします、司令?」

「少し様子を見ましょう。必要ならこっちから指示を出すわ」

 

 琴里は神無月の問いに答える。そして誰にも聞こえない程度の声で「といっても、どうせ聞かないんでしょうけど」と自棄になっていた。

 

「“えい!寄越すのだ!こんなもの、こうだ!!”」

 

 十香は士道の手からメモを奪い取ると、ビリビリに破いて捨ててしまった。対する士道は慌てる様子もなくやれやれといった態度をとる。

 

「“ふん!らいんの連絡先なら私と交換したではないか。なら要らぬよな、シドー?”」

「“ああ、今は俺とお前のデートだ。俺は他の女なんて見ない。だからお前も俺だけを見ていろ。俺を独り占めできるなんてお前は今、世界一幸せなんだからな”」

「“し、シドー……”」

 

 途端に十香は頬を染めながらモジモジと士道に寄り添って歩く。つい先程までの勢いは何処へいったのやら。

 

「ご機嫌メーター上昇を確認。え、さっきより機嫌が良くなってる!?」

「雨降って地固まる。一度不機嫌になった反動で先程よりも機嫌が良くなったのだろう」

「不安の種が消えちゃえば問題無いってことなのかしら。士道の言葉ひとつでここまで気分が変わるってことは、十香はかなり士道にのめり込んでるわね」

 

 機器が表示する数値よりも、目の前に映し出される十香の笑顔が琴里にそう思わせた。十香には士道さえ居れば何ともでもなるのではないか、と考えることに然して抵抗が無くなってきていた。

 

「“さて、一休みしにカフェでもいくか”」

「“かふえ?なんだそれは?”」

「“大人の一時の憩いの場さ。十香には感じ取れるかな?”」

「“よくわからんがきっとシドーと一緒なら楽しいだろう!参るぞ!”」

 

 和気あいあいと車に乗り込むふたり。十香はひとりでシートに座りベルトを締め、ドアを閉じていく。

 つい先刻まで車が何かも知らなかった筈なのに、既に助手席に手慣れた様子で乗り込んだのだ。

 まるで無垢な子供のような存在でありながら、その適応能力は恐らく人間のそれを遥かに凌駕するだろう。

 

 

 琴里はそんなふたりの様子を見ながら、肘掛けに身体をもたれていた。

 

「ほんと、私たちいらないかもね……」

 

 琴里は誰にも聞こえない呟きを洩らす。考えないようにしてした筈の本音が零れて、落ちた。

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 駅前のカフェに到着した士道たちは店員に案内され席についた。

 因みに車は駅前のコインパーキングに停めている。伊達ワルはモラルに反することなどしないのだ。

 

「ご注文は御決まりでしょうか?」

「ラテをふたつ。それと――」

「シドー何やら甘い香りがするぞ。なんだこれは!?」

「――そうだな、季節のパンケーキをひとつ。以上で」

 

 店員が注文を復唱している間も、十香はすんすんと鼻を鳴らしていた。十香は店内に漂う食べ物の匂いが気になるようで、しきりに士道へと質問をしては、落ち着きがないままだ。

 

 士道が十香の質問の山を相も変わらず堂々と捌いていると、暫くして注文した品が運ばれてくる。

 

 テーブルに置かれたカップの中には、絵柄が描かれていた。これは所謂ラテアート呼ばれるもので、世の中の女子に大人気の代物だ。そしてそれ見た十香の感想は……

 

「シドー、なんだこれは!()()とは飲み物ではなかったのか?なにやら柄が描いてあるだけではないか」

「飲めるさ、その為のモノだからな。そんで描いてあるのは…ハートだな、中々いいじゃないか」

「はあと?それはなんだ?」

「ハートってのは愛の心ことさ」

「愛の心…?むぅ…わからん」

「お前が俺を想った時に胸の奥が疼くだろ?そこが心だ。そして俺を想うその気持ちこそ…愛だ。ほら、簡単に解ったろ?」

 

 士道の言葉を反芻(はんすう)しながら、胸に手を当てて十香は考え始める。暫く目を閉じたのち、ゆっくりと開けた。

 

「解った。わかったぞシドーこの気持ちが愛なのだな!そしてこれがはあと…うん、素敵ではないか」

 

 十香は朗らかな表情でうっとりとラテアートを見詰めている。きっと、胸の底に宿る心、その想いに気が付いたのだろう。

 

 その様子を眺めていた士道はおもむろに砂糖を二杯カップにいれると、スプーンでラテを混ぜ始めた。当然、描かれたラテアートはぐちゃぐちゃに混ざって消えてしまう。

 

「おい!何をするシドー!!はあとが…はあとが消えてしまったでないか!私の想いが…!!」

「消えてなんてない。目には見えなくなっても、愛は消えない。混ざりあって溶け合って、お前の中に残るんだ。さあ、飲んでみな」

 

 未だにラテアートを消されたことに不満を抱く十香だったが、士道を訝しげに睨みながらおずおずと混ぜられたラテを口にした。すると十香の目が驚きで大きく見開かれる。

 

「甘い、そして旨い!」

「だろ?それが愛が溶けたラテだ。まあ、俺と居るだけでなんでも旨くなっちまうのは仕方ねえことだがな」

「うむ!シドーの愛は旨いな!」

 

 コーヒーが甘くなったのはただ単に砂糖を多めに入れたからなのだが、それをワザワザ指摘するのは野暮というものだろう。

 優雅に士道はラテに口をつけ、十香は満開の笑みを咲かせて、ふたりの間には甘い甘い空間が広がっているのだから。

 

 

 

 

† † †

 

 

 

「士道くん、カフェですら口説くの上手いんですね」

「十香ちゃんの好感度も更に上昇中、やはりデータは嘘をつきませんね、司令」

「んー、そうねえ…」

 

 相も変わらずフラクシナスの艦橋では士道たちをモニタリングしていたが、琴里はどこか上の空な様子だった。

 

 それもそのはず、士道の起こす自らの想像を遥かに超える行動の数々は、結果としてはいい方向に物事が進んではいたが、琴里のプライドをズタズタに引き裂いてしまっていたのだ。

 

 無論、士道にそんなつもりはないし、琴里もそれは解ってはいるのだが、どうしてもこのただ見ているだけの状況が受け入れ難かった。

 

 手を加えようと手段を講じたが現状は変わらず、いまも尚、士道主体で全てが動いていた。

 

「“シドー!これはなんだ!?”」

「“それはパンケーキだ。このフォークとナイフで食べるんだ、こんな感じでな。ほら、口開けな”」

「“あーむ…!旨ーい!!”」

 

 ストロベリーとブルーベリーのパンケーキを俗にいう“あーん”をしながら十香に食べさせる士道。もうどこからどうみても熱々のカップルにしか見えない。

 全く動じずに人目があるところで手慣れたように“あーん”をこなす士道には流石としか言いようがないだろう。

 

「“これを、こうして……よし、いける!”」

 

 十香が自分でパンケーキを食べ始めた時、異変は起こった。

 誰もが油断しきっていた一瞬の隙を突いてそれは起きたのだ。

 

「パンケーキ、消失(ロスト)!」

「バカな!確かに十香ちゃんの目の前にパンケーキはあったはず…!」

「録画映像を再生します!……やっぱり消えてる…?」

「映像を拡大してください。何かわかるかも知れません」

 

 神無月の指示のもと、十香の手元がズームアップされていく。だが皿の上にパンケーキはない。表面に残ったソースがソコに間違いなくパンケーキが有ったことを示すが、そのパンケーキは無くなっていたのだ。

 

 ゆっくりと拡大した映像を上へとスライドさせて細かな変化も逃さないように確認していく。そして神無月が気付いた。

 

「ここです!やはり…十香ちゃんの口元にソースが一瞬にして付いている」

「つまり……食べたって言うんですか。あの一瞬で…!?」

「そう捉えるしか無いでしょう。誠に信じがたいことですがね」

 

 何やらシリアスに分析していくフラクシナスの面々だが、起こったことは至極単純。十香が目にも止まらぬ早さでパンケーキを食べただけである。

 その証拠に、一部始終を見ていたであろう士道は追加の注文を山ほどしていた。

 

 

「司令!これまた想定外ですね、どうしますか?……司令?」

「えっ…うん。まあ監視を続行して頂戴。士道がなんとかするでしょ」

 

 神無月の呼び掛けに遅れて反応した琴里は、ややなげやりに指示を出してから、深く腰掛けて項垂れる。

 

 ―――私たちが何かしなくても、どうせ士道が解決してしまうでしょう。私なんかが手を出さないほうが…きっといい。

 

 琴里は追い詰められていた。人一倍真面目で、優秀だからこそ。この状況下において誰よりも何かしようともがいていたからこそ、自分で自分を追い詰めて……そして折れかけていた。

 

 ―――こんな筈じゃなかったのに。士道の力を借りて、私たちの力で、私みたいな精霊たちを救いたいだけだったのに。

 士道を掌で転がしてなんとかしてやろうとしてた。だからこんな私に神様が罰を与えたのかなぁ……

 

 誰かを…()()()()()()を利用しようとしたからダメだったのかな。

 

『ことり、ちゃん?これからよろしくね』

 

 昔からお人好しで誰かの為に動けるおにーちゃんならって甘えてたからかな。

 

『ことり!平気か?お兄ちゃんがいるから大丈夫だぞ』

 

 おにーちゃんにとって私ってなんだったんだろ。やっぱり頼りになんてならないのかな。

 

『琴里、俺がなんとかしてやるからな。今、助けてやる』

 

 あの日から頑張った…ことり、すごい頑張ってきたの。いつかおにーちゃんを助けられるようにって。

 

「琴里。大丈夫か?」

 

 でも全部無駄だったのかな。ことりの想いなんて、おにーちゃんには届いて無かった。ダメな妹でごめんね、おにーちゃん……

 

「おーい、琴里ー?」

 

 いつも私を助けてくれるおにーちゃんの声が聞こえる。優しくて強くて、ちょっと変になっちゃったけど、私の大好きな―――

 

 

「“おい、琴里!聞いてんのか?”」

「えっ!?ひゃっ!?おにーちゃん!?どしたの!?」

 

 突然耳に飛び込んでくる士道の声に琴里は肩から跳び跳ねて驚く。幻聴だと思っていた声は実際に通信を通して飛び込んできていた士道の呼び掛けだったのだ。

 

「“どうしたのって観てたならわかんだろ?あのお姫様、とんだカロリークイーンだぜ”」

「えっ……ってなにその状況!?」

 

 ぼんやりとしてモニターを見ていなかった琴里は映し出されるテーブルの上にある山のような空き皿の数に驚愕した。

 しかも十香はまだまだ食べ足りないといった様子で、両手にはしっかりとフォークとナイフが握りしめられているではないか。

 

「“超一流の店ならいくらでも知ってるが、あの量となるとアテがねえ。琴里、お前の方で手配出来るか?”」

「わ、私の方で…?」

 

 思いがけない士道の言葉に琴里は困惑する。まさか士道の方から自分に振ってくるとは思っていなかったからだ。

 

 だが琴里の表情には先程までの影が無くなっていた。それどころか笑みすら浮かんでくる。

 決して士道に無理なことがあったのが嬉しかった訳ではない。ただ士道が自分を頼りにしてくれたことがどうしようもなく嬉しかったのだ。

 

 自分でも現金なやつだと琴里は思ったが、士道の神がかったタイミングでの恐ろしいほどピンポイントな要求に、落ち込んでいた気持ちは急浮上し、折れかけていた心が眩しいくらいに輝いて立ち直っていった。

 

「ったく、仕方ないわね。士道、こっちでなんとかするわ」

「おう、頼りにしてるぜ、ラタトクスの司令官サマよ」

「30…いえ15分だけ間を持たせなさい士道。そしたら駅の南側に来て。それでどうにかなるはずよ」

「余裕だ。任せとけ…愛してるぜ、琴里」

「私もよ、士道。愛してるわ、それじゃね」

 

 士道との通信を終えた琴里は視線を感じて辺りを見回す。そこには若干一名を除いてフラクシナスの乗組員たちがにやつきながら暖かい視線を送っているのが見える。

 

 なんとも恥ずかしいところ見られたものだと考えながらも、なぜだか悪い気分でもない。心はやる気で満たされていた。

 

「ニヤニヤしてないで早く準備に移りなさい!ショップタイプはB-5963。ラタトクスの底力、士道に見せてやるんだからねっ!」

 

 琴里は立ち上がり腕を大きく振るって乗組員たちに指示をだす。皆からキレイに揃った了解の声が返ってくると、悠々と脚を組みながら彼女の為の席に腰掛けた。

 

 チュッパチャプスを咥えて、凛とした眼で前を向く。そして琴里は、まるで士道のような不敵な笑みを浮かべるのだ。

 

「さあ、私()()戦争(デート)を始めましょう」

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 突如として住宅街に現れた謎の商店街。食べ歩き食い倒れ天国と化した天宮の一角で、十香はそのブラックホールのような腹を満たしていった。

 簡易的とはいえ、限られた時間で商店街と膨大な量の食料を用意したラタトクスの本気にはあの士道ですら感心していたほどだ。

 

 十香が食べることに満足したのを見ると、士道は再び車を走らせた。日が沈み始めた頃に着いたのは天宮の街並みが一望できる丘の上の公園だった。

 

 

「綺麗だな、この世界は……」

 

 十香は夕陽に照らされる街並みを眺めながら、感慨深そうに呟いた。

 

「ああ、でもお前の方がよっぽど綺麗だぜ」

「シドー…またそんなことを言って」

 

 歯の浮くような士道の台詞に十香は照れて唇を尖らせながらも、しっかりと士道の瞳を見詰めていた。

 

「“士道、十香の好感度はとっくにマックス状態よ。振りきれる前に封印しちゃってちょうだい”」

 

 士道のインカムに呆れたような琴里の声が飛び込んでくる。

 

 琴里の言う通り、今日一日のデートで繰り出される士道の巧みな話術と伊達ワルの前に、十香の心はとっくのとうに陥落していたのだ。

 

 これまで十香は知らなかった。この世界が美しく、そして優しいことを。

 なりよりも傍に士道がいることが堪らなく嬉しいかったのだ。

 

 だからこそ、思わずにはいられないことがあった。

 

「なあ、シドー。世界はこんなにも美しい、でも私はそんな世界に居てもよいのだろうか。こんな壊すことしか出来ない私が……」

「いいに決まってんだろ。他の誰でもない、この俺が許す。この世界にそれ以上の肯定はないからな」

「ふふっ…シドーは強いな」

 

 右も左もわからないまま、襲い来る敵を払うことしか出来なかった未知の世界。そんな世界で十香は士道と出逢った。

 

 剣を振るうことしか出来ない彼女自身と比べて、天上天下唯我独尊を極めた彼の生き様は鮮烈で、何よりも眩しかった。

 

 それに加えて、女性を誑し込む彼の技術と性分は純粋無垢な彼女の心を掴んで離さず、愛の底無し沼へと引き摺り込んでいった。

 

 愛も知らなかった(うぶ)な十香が士道に恋い焦がれてしまったのは当然の帰結だろう。

 

「シドー…もっと近くに寄っても、いいか?」

 

 士道は無言で頷いた。十香はそれを確認すると、士道に肩を寄せて、そっと頭を預けた。

 

「もっとこの世界のことを知りたい。もっともっと士道のことを知りたい。教えてくれるか?」

「ああ、いくらでもな」

 

 十香の声は次第に大きくなっていく。同時に胸の鼓動も早まっていき、大きくなっていく。

 

 十香は初めて感じる心地よい焦燥に身を任せて、心のままに話続ける。

 

「もっとシドーと…!もっと、ずっと!そう、ずうぅぅと、シドーと居たい!シドーと共に在りたい!私は…シドーと共に生きていたい……ダメか…?」

 

 張り裂けそうな胸を押さえながら十香は悲痛な声をあげる。

 死ななければならないと言われ続けたこんな自分が、ただ生きていたかっただけの自分が、誰かの為に生きていたいと願ってしまった。想ってしまったのだ、士道の存在がそうさせたのだ。

 

 十香の胸のうちを聞いた士道は、くるりと身体を捻る。そして士道が動いたことでバランスの崩れた十香の肩を掴むとそのまま向き合う形に引き寄せて、不敵な笑みを彼女に向けて言い放った。

 

「来いよ、何処までもクレバーに抱きしめてやる」

 

 それは士道の中でも最大級の肯定の台詞だった。

 

 十香は衝動のまま士道の胸に飛び込んでいく。溢れる感情は涙となって飛び散って、オレンジの光が涙をキラキラと輝かせていた。

 胸を差し出した士道も十香を力強く受け止め。優しく、そして深く抱き締めた。

 

 沈み行く陽の光がふたりを照らす。伸びた影はひとつ。

 

 見詰め合う士道と十香。広い世界にふたりだけの世界が生まれる。

 

 恋は始まった。愛は満たされた。少女の孤独、その終わりが近づく。

 

 潤んだ瞳がモノをいう前に、士道はゆっくりと十香に顔を近付けていく。

 

「眼を閉じろ」

 

 士道はただ一言だけ十香に囁いた。その言い付けを守り、十香は固く眼を瞑る。

 

 顔と顔が近づく。吐息と吐息がぶつかる。心と心が繋がる。そして唇と唇が近付いていく。

 

 

 

 

 風を切る音だけが、響く。

 

 

 

 

 気がつけば十香は地面に投げ出されていた。

 

「何をする!シドーッ!!」

 

 尻餅をつきながら、怒気を含んだ疑問を投げ掛け、十香は見上げた。

 しかし、そこに(くだん)の男の姿はなかった。

 

 頭の中が疑問で埋まっていく最中、地に着いた掌の指先に生暖かな()()()が触れる。

 十香は自分の掌をマジマジと見詰め、そこに付いていたのは少しドロッとした真っ赤な液体だった。

 

 突如として溢れる不可解な液体の正体を確かめるべく、十香は流れ来る出所に向かってゆっくりと視線を送った。

 

「シドー…?」

 

 赤に沈みゆくは物言わぬ人形(ヒトガタ)。彼女が何より求めたモノ。

 

 左胸を穿たれた士道が、血溜まりの中に倒れ伏せていた。

 

 

 ―――孤独な少女が幸せを掴む瞬間(とき)はまだ来ない。ハッピーエンドは、まだ来ない。

 

 

 




士道は撃ち抜かれる運命。これは仕方ないことなんだ、すまない。

次回、士道を狙ったのは誰だ!?まさかの正体に一同驚愕!!?

次回もよろしくお願いします!
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