【完結】精霊とか知らないけど、たぶん全員抱いたぜ [士道 age21]   作:くろわっさん

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第12話 お前の失った愛の全てがこの胸にある

「シドー…?」

 

 呆然と立ち尽くす十香。その視線の先には胸を穿たれ、真っ赤な血を流す士道の姿があった。

 

「シドー…!シドー!!…そんなっ…!!」

 

 十香は慌ただしく士道に駆け寄り、膝をついて士道の手を握った。血溜まりから振り上げられた腕は血を飛び散らせ、真っ白なワンピースを赤く染め上げていく。

 十香は血に濡れることも厭わず、士道の掌をそっと自らの頬に添えて優しく名前を呼ぶ。だが士道は動くことなく、なにも語らない。

 

 大粒の泪を流す十香の慟哭が夕空に響き渡る。

 

「シドーさえ居てくれれば、この世界のことを好きに為れると思っていたのに……シドーとこの世界で生きていたいと、そう思っていたのに…!」

 

 十香は士道に語りかけるが、それは虚しい独り言にしかならない。語るべき相手はいなくなってしまった。

 

「眠れ…シドー……」

 

 十香は士道の身体に羽織っていたジャケットをそっと掛けて、彼に別れを告げた。

 

 そうしてゆっくりと立ち上がり、血に塗れた拳をぎゅっと握り締め、士道を貫いた何かが飛んで来た方角を睨み付けた。

 

「シドー……やはり世界は私を否定したッ!――神威霊装・十番(アドナイ・メレク)!!」

 

 十香の着ていたワンピースが、ブーツが、ベルトが、初めてのオシャレが彼女の身を包む光に消えていく。恋する少女が消えていく。

 入れ替わるように彼女を包む紫の神々しい鎧衣裳(ドレスアーマー)。消えていた精霊《プリンセス》が顕現する。

 

「来い!鏖殺公(サンダルフォン)―――ッ!!」

 

 彼女が力強く地面を踏み抜くと紫の光が溢れだし、そこからはあの石造りの玉座が現れる。十香は何時もの如くその背からあの大剣を引き抜いた。

 

「私を拒む世界など、此方から願い下げだ。なによりもッ!!」

 

 十香はぶつぶつと呟きながら、玉座に向かって乱暴に剣を振り下ろす。その強大な力に耐えきれる筈もなく、玉座は粉々に砕け散ってしまった。

 

「シドーの居ない世界など要らない!最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)!!」

 

 砕けた玉座が大剣に纏わりついて形を変えていく。吹き抜ける風と共に十香はふわりと宙に浮く。

 身の丈よりも大きな片刃の剣と為った天使を携えて、夕陽を背に十香は大きく吠えた。

 

 頭の中には士道との記憶がぐるぐると巡っていく。想い出が、喜びが、愛が彼女を苦しめる。

 

「シドー!シドー、シドー、シドー!シドォォ――――ッッ!!!」

 

 ただただ名前を呼ぶ。もう返ってこない返事と知りながら、十香は叫び続ける。

 

 士道は十香の光だった。十香にとって世界とは士道そのものだった。士道さえ居れば他に何も要らなかったのだ。それだけ十香にとって士道という存在は大きなモノになってしまっていた。

 

 皮肉なことに士道は十香の心に踏み入り過ぎたのだ。本来あったであろう未来よりもずっと深くへと、踏みいってしまったのだろう。

 

「こんな世界は……私が滅ぼす。なあ、シドー!」

 

 十香の身体に紫の光が溢れる。どんどんと量を増す光は徐々にその濃さも増していく。

 

 ―――足りない。足りない足りない足りない!!この程度の力では足り得ない。滅ぼさねばならんのだ。誰もが皆、わたしを拒むこの世界を!

 

「…その為なら私は、悪魔でも魔王にでもなろう」

 

 十香の纏う紫のオーラが色濃く黒に近付いていく。

 

 そして十香の心は堕ちていった。深い深い奥底へと……

 

 

 

† † †

 

 

 闇の中に何かが見える。ぼんやりと、でもはっきりと。それは人の姿に似ている。

 

「お前は誰だ?」

「貴様は誰だ?」

 

 問えば同じ問いが返ってくる。その輪郭がだんだんと浮き彫りになってきた。

 

「私は十香。世界を壊す、その為に来た」

「貴様は“十香”なのか。ならば私も……」

 

 互いに互いが誰なのかは解っていた。ここは心の奥底、己の内側だ。ならば居るのは他でもない、自分自身だろう。

 

「何故世界を壊すのか?」

「世界は私を拒む。世界は私からシドーを奪う。だから壊すのだ」

「“シドー”とはなんだ?」

「私にとってのこの世界の全てだ。他には誰も何も要らなかった。でも…喪った。だから―――」

「――壊すのか?」

「そうだ」

 

 十香はもう一人の自分自身と淡々とした口調で言葉を交わす。

 しかし、士道の名を出す時だけはどこか悲しげに語っていた。

 

お前(わたし)にはその力があるのだろう?」

「有るとも。だったらどうする?奪うか?」

「いや、要らない。そう、私はもう何も要らない。剣も要らない、力も要らない……私自身も要らない。シドーが居ないなら全部…要らないんだ」

「そうか」

「だからお前(わたし)に預けようと思う。どうだ?」

 

 提案を言葉にして訊ねる十香だったが、その答えすら解っていた。互いに互いが自分自身なのだから当然だ。

 それに呼応するようにもう一人の自分も態々(わざわざ)口に出して答える。

 

「いいだろう…ならば全てを貰おうか。怒りも哀しみも、何もかもを力に変えて…私が世界を壊してやる」

「うむ、頼んだ」

「よい。眠れ、十香よ……」

「……ありがとう 」

 

 十香は深い闇の底へと沈んでいく。全てを託されたもう一人が入れ替わるように闇から這い上がっていく。

 

 そして、十香は安らかな眠りについた。それはさながら王子様を待つ眠り姫のように。

 呪いを解く王子様は居ない……今はまだ。

 

 

 

† † †

 

 

 十香の身体を包んでいた黒の光が収まる。そこにいたのは十香とは似て非なる存在だった。

 

 纏う紫の霊装は、胸からへそまでざっくりと開いた漆黒のドレスへと変化する。最後の剣は黒く染まり、そこから滲み出る黒々とした光は触れた先から全てのモノを欠片も残さず消し去っていく。

 宵闇色の美しい髪は闇色へと変わり、毛先だけが月の様に白くぼんやりと輝いていた。

 

 彼女は初めて感じる胸の痛みに眼を瞑る。一呼吸してそれを呑み込むと、黒き剣をよこなぎに振り払った。

 

「十香……滅ぼそう、全てを。往くぞ、終焉の剣(ペイヴァーシュヘレヴ)…」

 

 少女の想いを背負った魔王の暴虐によって、滅亡が始まる。

 

 

 

 

† † †

 

 

 

「士道くんの生命反応無し!おい嘘だろっ!?返事をしてくれ!」

「十香ちゃんのパラメーターが大幅に変化!!カテゴリーE!霊力値がマイナスを示しています!」

「まさか霊結晶(セフィラ)の反転…?恐れていた最悪の事態が起きるなんて…」

 

 警報が鳴り響き騒然とした艦橋で、琴里は苦い顔をしながら呟いた。

 

 義兄が撃たれ、目標の精霊が大きく姿を変える緊急事態だが、琴里は冷静さを欠くことは無い。

 

「いくらなんでも展開が急すぎるわ。どうなってんのよ…」

「十香は今、絶望の最中にいるよ。良くも悪くもシンの影響が強すぎたんだろう」

「令音…イヤに落ち着いてるじゃない」

「琴里もそうじゃないか。考えてることは同じさ」

「そうね、こんな状況でも士道なら…と思っちゃうわよ」

「まあシンだからね」

「またそうやって自分だけ解ってるふりして……まあいいけど」

 

 士道なら、あの伊達ワルならばとふたりは思う。それはひとえに彼への想い故。信頼は愛に乗り、変えがたい確信へと変わるのだ。

 

 喧騒の中、令音は誰にも聞こえないようにひとり呟く。

 

「その気持ちはよくわかるよ、十香。やはり君は、昔の私にそっくりだ」

 

 令音は過去をは思い返す。自らが救われた昔の日のことを。

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 彼を喪ってから幾年。思い起こして行動してから更に幾年の時が経つ。

 

 きっかけは些細なことだった。ただほんの少しだけ気になって、一目見て帰るだけのつもりで、令音は夜の街へと足を踏み入れた。

 

 そこで出逢った男こそ、シン。つまり、ホストとして働き始めた18歳の士道だった。

 

 あれよあれよと案内されて、気づけばふかふかのソファーに座らされていた。そこに接客にきたのが士道だったのだ。

 

 令音が士道に抱いた第一印象は“誰だ、この軽薄な男は”といったものだった。

 

 

『初めまして、シンです』

 

 ―――…初めまして…か。どうも…

 

『なんか緊張してる?もしかして姫はこういうお店初めて?なら奇遇だ、俺も今日から姫に付くようになったんだ』

 

 ―――確かにこういった類いの店は初めてだが……それよりも、姫とは?

 

『そりゃ君のことだよ。俺たちにとってお客様はみーんな可愛いお姫様だから、当たり前だろ?』

 

 ―――姫は止してくれないか…柄じゃない。

 

『じゃあなんて呼ばれたい?名前、教えてよ』

 

 ―――……令音。私は村雨令音だ。

 

『令音、か。綺麗な名前だね。君に…いや、お前にピッタリの名前だ』

 

 

 時折ちらつく彼の残像。だが令音はシンは彼とは違う人間なのだと理解していた。というよりもイヤでも解らせられたというほうが正しいだろう。

 

 

『令音…なんか疲れた顔してるな。あー…だいたいわかった。今日だけは全部忘れて、俺に甘えていいんだぜ?』

 

 ―――隈のことかい?これは随分と昔からあるんだ、気にしなくていい。

 

『いや、気にするね。お前の眼は愛を忘れた子犬の眼だ』

 

 ―――それはどういうことなのかな?

 

『お前の失った愛の全てが俺の胸にある』

 

 

 彼とシンは違う。彼なら決してこんな歯の浮くような台詞は言わない。しかし、見透かしたようなシンの言葉が、そこに流れるふたりの時間が、固まっていた令音の心を緩やかに溶かしていく。

 

 

『俺がホストになったのはお前を助けるためだ』

 

 ―――シン、まさか覚えて…?

 

『ん?今日が初めましてだよな。どっかで会ったこと有ったか?まあ、どっちでも変わらないぜ、今ここに俺がいるんだからな』

 

 

 仕方の無いことだろう。彼を喪った彼女がシンに対して彼を重ねてしまったことも……

 

 

『夢の終わりの時間だぜ』

 

 ―――え?もう終わり…?

 

『そう、閉店の時間さ。また来てくれるよな』

 

 ―――シン……その…なんだろう。えっと…

 

 

 ……今夜は離れたくない。そう思って、口に出してしまったことも。仕方の無いことだったのだろう。

 

 

『朝までに何回KISSして欲しいか決めとけよ』

 

 

 耳元でそっと囁かれて、流れ流されてしまったことも。全部仕方の無いことだったのだろう。

 

 朝を迎えた時、令音は幾年もの間忘れていた安らぎと充実感に浸り、何時振りかもわからないほど久しぶりに晴れやかな気持ちに為れた。

 

 それから令音は変わった。シンによって変えられたのだ。

 

 それまでの全てがどうでも良くなってしまう程に、令音はシンという漢に心を奪われていた。

 

 お金も時間も、大切なモノもほぼ全て、シンに捧げた。自らの生きる意味も捧げたのだ。

 

 恋焦がれ、煩い果てる。慕い、惹かれ、惚れてゆく。そんなオンナに為ってしまっていた。

 

 

 村雨令音として考えるなら、きっとそれは最高の結末(トゥルーエンド)。言うなれば、令音はそんなオンナに為れたのだろう。

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 未だに騒然とするフラクシナスの艦橋で、過去を思い返した令音はひとり微笑んでいた。

 

「私を救ってくれたように、彼女も救ってくれるのだろうね」

 

 令音は物言わぬ人形(ヒトガタ)となってしまった士道のインカムへ通信を続ける。

 

「君はこんなことで終わるような男じゃないだろう。私のシン?」

 

 届く筈のない言葉を紡ぎながら、令音は自信に満ち溢れ、口角を吊り上げていく。

 

 

 穿かれた士道の空洞となった胸の奥に、パチリと火花が散った。

 




次回から士道さん本格始動(渾身のダジャレ)


次回もよろしくお願いします!

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