【完結】精霊とか知らないけど、たぶん全員抱いたぜ [士道 age21]   作:くろわっさん

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第13話 ヤバモテミッションを抱いてナックル戦士参上

 力なく倒れ伏せたヒトガタが燃えている。士道の胸の奥が燃える。魂とか心ではなく、物理的に蒼い炎が燃え盛っているのだ。

 

 士道の胸の穴はまるで逆再生のように燃えながら塞がっていく。そして完全に穴が塞がり、炎が消えたと同時に彼は眼をパチリと見開いた。

 

 士道は気だるげに起き上がると、ふぅっと息を吐きながら首を鳴らしている。

 

「士道!聞こえる?起きたならさっさと動くわよ!」

「ああ?…琴里か」

「そうだけど…なんか怒ってる?」

 

 いつもよりワントーン低い士道の返事を聞いて琴里はなにか自分がやってしまったのかと不安になった。

 琴里に思い当たる節などないが、士道は死にかけたのだから上機嫌な訳がない。

 

「軽く不機嫌なのは俺が無敵でつまらんからだ」

 

 士道の怒りの矛先は常人にはやはりわからない。胸に風穴を開けられたことではなく、それでも死ななかったことに対して怒っているのだろうか。

 

「シンが不機嫌なのはお気に入りの服に大穴が空いたからだろう?身体は無事でも服はそういかないからね」

「え、ああ…そっちなんだ…」

 

 すかさず令音が解説に入り、それを理解した琴里は軽く呆れてしまう。

 やっぱり伊達ワルってよくわからないと思わされた琴里だった。

 

「シン、フラクシナスで一旦回収するよ」

「おう、令音。()()を用意しておいてくれ」

()()だね?了解した」

 

 ふたりにしかわからない会話を終わらせて通信が切れる。それと同時に士道の身体が転送され、その場には血溜まりだけが残された。

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 紅く燃える太陽を背に、魔王がひとりの壊れた少女を見下ろしている。ゆらゆらと揺れる蜃気楼に少女の嗤い声だけが響く。

 

「貴様か?十香(わたし)世界(シドー)(ころ)したのは」

 

 魔王はその華奢な身の丈よりも遥かに大きな漆黒の剣の切っ先を突きつけて、壊れた少女となった折紙に訊ねた。

 

 但しそれは質問ではなく確認だ。魔王は直感で少女が探していた人物だということを見抜いていたからである。

 

 折紙は声を掛けられると五月蝿いくらい響かせていた嗤い声をピタリと止めて、首だけを動かして上を向いた。

 

 その瞳にかつて宿っていた信念や怒りの炎はもうなかった。

 そこにあるのは狂気。妄執に歪んだ愛の極地だった。

 

「コロした?殺した……そう、殺した!私が殺したっ!あなたたち精霊みたいに殺したの。人間を殺した!士道を殺したッ!!精霊だったから、愛してしまったから、だから殺したの!!!……アハッ…ハハハ、アハハハッ!!」

 

 爆発した感情を吐き出すように折紙は話し出す。瞳孔が開きっぱなしで、口の端からは涎が伝っていても気にせず叫ぶように話して、最後には再び狂気に満ちた声で嗤いだす。

 

「これで…ずぅ―――っと私のモノ。最期は私が貰った…だから士道は私だけのモノ…フフッ」

 

 嗤い終わると、折紙はひとり語りを始めてニヤついた表情で己の胸を抱き締めた。

 

 やはり鳶一折紙は壊れてしまった。だがその根本にあるのは士道への愛なのだ。愛が折紙を壊すと同時に支えて、絶望の底へと沈まないようにしていたのだ。

 でなければ折紙は物言わぬ人形の様に佇むだけの存在になってしまったことだろう。

 

 

 一方、壊れた様を見せ付けられた魔王は静かに佇んでいた。十香の大切な世界を奪った存在がどのような物か見極めていたのだ。

 

 そして重く閉ざしていた口をゆっくりと開いた。

 

「戯れ言を……シドーが貴様のモノになったとて、すぐに貴様は終わる。何故なら私が真っ先に壊すのは貴様だからだ」

「私を殺す?…なら殺せばいい。そうしたら私は士道と永遠に一緒に為れる……永遠に…アハハハ!永遠だ!永遠に士道は私のモノに!嗚呼…士道ぅ……さあ、殺せ!私の両親を殺したように!私が士道を殺したように!アハハッ、ハハハハッ」

「狂人が……いいだろう。その望み、私が手ずから叶えてやる」

 

 狂喜乱舞する折紙の嗤いに魔王は顔をしかめながら、漆黒の剣を大きく振り上げた。

 

 その瞳には漆黒の怒りが燃えている。十香から託された想いが炎となって燃えているのだ。胸の奥から沸き上がるどす黒い感情が力となって、黒い光が剣に纏わりついていく。

 

「殺して(ころ)して(ころ)し尽くす。死んで()んで()に尽くせ」

 

 漆黒の大剣は振り下ろされた。剣からは闇にも無にも似た黒い波動と斬擊が放たれる。

 

 うねりをあげて力の奔流が折紙へと襲いかかるが、彼女が無意識のうちに展開していた随意領域(テリトリー)と衝突する。だが黒き奔流は折紙の随意領域を一撃で破壊し尽くして霧散した。

 瞬間、折紙の身体にも負荷が加わり、酷使された結果が吐血という形で訪れる。

 

 決して折紙の随意領域が脆かったわけではない。彼女はASTでも優秀な魔術師(ウィザード)で随一の実力者でもある。

 ただその一撃は強すぎた。寧ろ、全てを消し去る黒き奔流に一撃だけでも耐えた時点で十分強固な随意領域だったといえるだろう。

 

 だが先の一撃は魔王にとっては力任せに振り抜いただけに過ぎない。あくまでも世界を滅ぼすだけの力のほんの一滴なのだ。

 

「ほう、耐えたか。ならば何度でも叩きつけてやろう」

 

 暴虐の歯牙は変わらず研ぎ澄まされており、大きく口を開けていた。

 

 折紙に次の一撃を防ぐだけの力は残っていなかった。それどころか彼女にはもう生きようという意志が無い。無意識の随意領域は生きようとした身体が勝手起こした反射的なものなのだ。

 

 魔王が折紙の命を終わらせるための剣を振り上げた、その時だった。魔王は何かに気付いたようにハッとして、真上を見上げたのだ。

 

 夕焼けの空から黒い何かが降ってきていた。否、誰かがこちらに向かって真っ直ぐと迫ってきていたのだ。

 

「奇襲とは小賢しい!貴様から消えるがいい…!」

 

 魔王は即座に振り上げた剣を構え直し、迫り来る人物へと下から掬い上げるように薙いだ。

 

「俺のフェザーが鳥人拳を繰り出す!」

 

 その男は落下の勢いに乗せて鋭いキックを繰り出した。その脚には煌めきが纏わりついており、振り抜かれた漆黒の大剣の腹を捉える。

 重たい金属同士が衝突したような鈍く低い音が響き、男の蹴りが魔王の大剣を弾いたのである。

 

 蹴りによって落下の勢いを相殺した男は、軽快な身のこなしで緩やかに着地してふたりの間に割り込むように立ちはだかった。

 

「貴様は…!」

「そんな。貴方は死んだ筈…」

 

 男の姿をマジマジと見たふたりに衝撃が走る。突如として舞い降りた黒の装束に包まれたその男。

 黒のレザージャケットに、黒のパンツ、おまけに胸元から覗くインナーまで黒い。そして首もとからはこれでもかというくらいフェザーのファーが主張していた。

 

 男はジャケットを手でバサッと軽くはためかせて不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「ヤバモテミッションを抱いてナックル戦士参上」

 

 こんな状況でこんな意味の解らないことを言うのはこの世界にひとりしかいない。

 

 宙に浮かぶ魔王と化した十香と、膝をついて涙を流す折紙の間に割って入ったその男は、ふたりが死んだと思っていた五河士道その人だった。

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 たったひとつの些細なきっかけによって未来は変わる。世界が変わることもある。

 

 まだ少年だった五河士道がソレを手に取ったのはほんの気紛れだった。

 厨二病が抜けかけてきていた十五の夜に、偶々コンビニの雑誌コーナーで目に入っただけだ。

 奇抜な格好のモデルと理解し難いキャッチコピーの表紙に眼を惹かれ、手にとってパラパラと中身に目を通す。それだけで…その一瞬で…彼は心を動かされた。

 

 鮮烈にして強烈。熾烈ながらも苛烈。猛烈かつ激烈だった。

 

 怒濤の勢いで彼の心と魂に流れ込んでくる。それこそが伊達ワルだった。

 

 その雑誌の名は……メンズナックル。伊達ワルを志す漢の聖書(バイブル)である。

 

 きっとこの出逢いは偶然ではなく、必然だったのだろう。少なくとも、この世界では。

 

 

 五河士道という漢がメンズナックルから学んだことは多岐に渡り、そこから得たものは数え知れない。

 数多の事柄のなかでも士道を最も突き動かし、彼を彼足らしめるものが有った。

 

 それはいったい何か?

 

 ファッション誌なのだから、オシャレになったことだろうか―――否。

 

 モテ技、決め技、女性を口説き落とす技術の随だろうか―――それも否。

 

 人々を惹き付ける秀逸な言い回しだろうか―――これもまた否。

 

 五河士道がメンズナックルから得た至高にして最大、只ひとつの真理……それは己を貫き通す意志だった。

 

 他人にダサいと言われようと、後ろ指を指されて嘲笑われようと、自分が着ると決めた格好をする。

 自らの想いを形にして、自らを魅せる為の服を装い、飾る。

 

 決めたのなら、例え誰かに間違っていると言われようと続ける。決して誰にも媚びず、信じた我を徹し続けるのだ。

 

 ぶれず、揺れず、折れない。絶対的な芯が己の心にあった。

 

 

 五河士道は他人を評価して褒める。自分の価値観を持っているから他人の全てを比較し、どれだけ自分に近づいているかを教えるのだ。

 

 五河士道は他人を許容する。自分が絶対と思っているが故に、他人の中にも絶対譲れないものがあることを許すのだ。

 

 五河士道は他人を導く。迷い果てる他人に自分の背を魅せ、歩くべき標となることでその(みち)を照らすのだ。

 

 ―――全ては五河士道が伊達ワルであるが故に。

 

 だからこそ、人々は彼の姿に惹かれ、存在に惚れるのだろう。

 

 

 もし…もしもの話だ。意志の強さが絶対的な強さに変わるような…そんな世界があったとしよう。

 

 そんな世界に彼が現れたのなら、他に並び立つ者もない支配者に……“王”へと成ることだろう。

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 

 フラクシナスの艦橋では士道が反転した十香と対峙する姿をモニタリングしていた。

 

「士道くんがこうして現れたんだから、死んだと思って暴走してる十香ちゃんもきっと大人しく―――」

「十香ちゃんの霊力が更に増大!これまでにないほどの数値になってます!!」

「――何ですと!?」

 

 中津川の安堵は椎崎の悲鳴にも似た報告によって、一瞬にして掻き消された。

 

 計器は異常を示し、警報が鳴り響く艦橋。そこに司令官である琴里の一喝が入る。

 

「落ち着きなさい!この状況は訓練に無い異常事態よ。でも、だからこそ冷静に対処する必要があるの。わかるわね?」

 

 琴里の諭すような言葉に乗組員たちの動揺が少しずつ収まっていく。それを見ると琴里は一度頷いて言葉を続けた。

 

「それに最前線にいるのは誰なのか……そう、士道でしょ?なら心配することは無いわ!というより、よっぽど士道が巻き起こす事態の方が異常で、想定外の連続じゃない?」

 

 チュッパチャプスを奥歯で噛みながらニカリと笑う琴里。

 乗組員たちはモニターの士道と笑顔の司令官を交互に見ると、その顔に笑みが溢れる。

 

「了解です!私も士道くんを信じます!」

「私も!」「当然です!」

「さあ、司令。指示をお願いします」

 

 琴里の言葉は乗組員たちに届き、同調していく。琴里はバッと大きく手を伸ばして立ち上がった。

 

「下手な手出しは無用よ。ヤバそうだったら先ずは士道の回収を優先、いつでもいけるように常に捕捉しとおいて。それに間違いなくASTもいるわ。アイツらの邪魔が入らないように全力で妨害してやりなさい。広域ジャミングを忘れずにね!各員、ここが正念場よ…!!」

 

 士気の高まるフラクシナスに琴里の声が響く。天空の船の一角、ここが彼女たちの戦場なのだ。

 

 

 ―――地上では、伊達ワル士道と精霊《プリンセス》。最期の邂逅と衝突が始まろうとしていた。





クライマックスまっしぐらですね。もう少しだけ伊達ワルとメンズナックルにお付き合いください!

次回もよろしくお願いします!

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