【完結】精霊とか知らないけど、たぶん全員抱いたぜ [士道 age21]   作:くろわっさん

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最終話 精霊とか知らないけど、たぶん全員抱いたぜ

 窓の外には夕陽に照らされた街並みが広がっている。ここは街を一望できるほどの高層ビルの一室。そこでノルディックブロンドの髪を頭の後ろで束ねた女性が、ソファーの傍らで立ちながらタブレットを操作していた。

 

 真剣な表情で端末を弄る彼女の横顔は、その美貌と相まってまさに仕事のデキる女といった印象を受ける。

 

「アイク。たった今、天宮に現れた反転体の反応が消失しました」

「そうか……報告ご苦労、エレン」

 

 アイクと呼ばれた白髪の男は、高級そうな本革のソファーに深く腰かけて背もたれに身体を預けながら、エレンを一瞥した。

 ただソファーにだらけながら座っているだけだというのに、数多の女性を虜にしてきたアイクが、エレンのような美人を傍らに置いているとそれだけで絵になるのだ。

 

「宜しかったのですか? 本当に天宮に向かわなくても」

「構わないよ、エレン。それにあの街には夜都神(ヤトガミ)()()()がいる。手出しをするだけ無駄さ」

 

 諦めにも達観にもとれる言い方でアイクが返すと、エレンはやや腑に落ちないといった表情を浮かべるが、特に言い返すことなく再びタブレットに目を落としていく。

 

「さてと」と言いながらアイクは、ソファーから腰を上げて軽く身嗜みを整えつつ立ち上がった。

 

「それよりもそろそろ出勤の時間だ。今日こそ()()()に勝つぞ」

 

 エレンの報告を蔑ろにしたアイクは、愉しそうな声でそう言った。彼はまるで遠足に向かう少年のように、ワクワクと心を躍らせている。

 

 かつてアイクにとってエレンが報告を上げたような事柄は最重要事項だった。それこそ何を犠牲にしてでも成し遂げようとした残酷な目標があったのだ。

 

 だが今は違う。今の彼は“夜の魔術師(ウィザード)”と呼ばれるカリスマホストだ。

 その標的は世の女性たちであり、彼の目標はナンバーワンホストの座を頂くことに為っていた。

 そのために彼は今日も現ナンバーワンである漢に挑む。かつてアイクは酒を得たヤトガミに敗れたことがあったが、()()()は本当に一滴の酒も呑まずに、アイクを完封しているのだ。

 

「じゃあいこうか、エレン?」

「はい、アイク」

「ようし、同伴出勤といこう!」

 

 ポケットに両手を突っ込みながら颯爽と歩き出すアイク。その一歩後ろを、喜びの感情を隠しきれず微笑みながらついていくエレン。

 

 彼らが向かうは新宿歌舞伎町。

 

 夜の蝶が舞い踊り、姫が闊歩して、欲望と金と快楽が入り交じっては狂喜乱舞する、日本で最大の夜の街だ。

 

 今日もまた、長い長い宴の夜が始まる。

 

 

 

† † †

 

 

 

 日が沈み薄暗くなった丘の上で、士道の唇が十香の唇から離れていく。

 十香は名残惜しそうにしながら、未だに潤んだ目で士道を見詰めていた。

 

「シドー……もういっか―――」

 

 十香が二回目のキスをおねだりしようとした瞬間、彼女の霊装が光になって端から消えていく。どんどんと十香の玉のような肌が露になっていき、五秒としないうちに丸裸になってしまった。

 

 羞恥から十香の顔が真っ赤に染まっていき、その裸体を少しでも士道に見られないよう、彼を思い切り抱き締めて身体を寄せる。

 だが、そんな十香の思いとは裏腹に、士道は抱きつく十香をゆっくりと引き剥がしてしまう。

 

「は、恥ずかしいぞ…シドー。こんなところで…!」

 

 十香はその豊満な胸と秘部を両腕を使って、涙目になりながら必死に隠す。その顔は火が出るのではないかというくらい紅くなって、士道を何とも言えない眼で睨み付けていた。

 

 何故こんな仕打ちをするのかと十香が考え始めた頃、士道はおもむろに着ていた黒のジャケットを脱ぎ出した。

 

「な、何を考えているのだシドー!!」

 

 自らも服を脱ぎ出した士道に、十香は頭の中で自分が何をされるのかを想像してしまい、抵抗の声を上げた。

 本当は何をされるかなどよく解っていないが、そうすべきだと直感で行動したのだ。尚、その顔は照れながらも緩みきっており、抵抗という抵抗はしていないので、されるがままの状態なのだが。

 

「女も、黒に染まれ」

 

 士道は脱いだ真っ黒なジャケットを十香に肩から羽織らせると、そっと前のジッパーを閉じて十香の素肌を隠した。士道の腰丈よりも少し長いジャケットは、十香が羽織るとショート丈のワンピースくらいの長さになり、隠すべき場所は全て隠せていた。

 

「シドー……その、ありがとう……」

 

 思わぬ勘違いをしていた十香は、羞恥心と自己嫌悪から顔を片手で隠す。その袖はオーバーサイズな士道のジャケットを着ていたため、所謂萌え袖となっておりあざとさを増した仕草になっていた。

 

 士道はそんな十香を優しい眼で見詰める。十香もまた、顔を隠しながら上目遣いで士道を見詰めていた。

 

 ふたりの間に再び桃色の雰囲気が漂い始めた……その時だった。ふたりしか居なかった筈の丘に、別の人影が現れる。

 

「あら? あらあら、士道さんではありませんかぁ? いけませんわぁ、士道さん。こんなところで、まぁた女の子を誑かしてぇ…!」

 

 ねっとりとした(あで)やかな声色で、士道に対する苦言を呈するひとりの美少女が現れたのだ。

 黒一色のゴシックロリータのロングドレスに身を包み。その髪は艶のある黒のロングヘアーを首もとで二つのピンク色のリボンによっておさげに束ねており、長いアシンメトリーの前髪は左目を完全に隠しきる。だが、色白の肌に映える真っ赤な右目が、士道を(しか)と捉えていた。

 

「シドー、あの娘は誰だ?」と不機嫌そうに十香が士道に訊ねる。士道は少し困った顔になるが、すぐに表情を切り替えて答えた。

 

「あー、あいつは狂三(くるみ)。俺の命を狙う筆頭クレイジーちゃんだ」

「酷い言いぐさですわぁ士道さん。わたくしたちだって士道さんをイタズラに傷つけたいわけでは――」

 

 そう話していた途中で狂三の姿が、サッと消えて見えなくなる。だが、次の瞬間士道の側頭部に何か固いものが当てられた。

 

「――ありませんのよ?」

 

 消えたと思われた狂三はぬるりと士道の真横に移動しており、何処からか取り出したアンティーク調の短銃を士道の左側のこめかみに押し当てていた。

 黒一色だったドレスには所々が鮮やかな赤橙色に変わって、不思議な力で怪しげに揺らめいている。何よりも際立つのは、隠れていた左目が露になり、時計の文字盤が浮かび上がった金色の瞳が士道を射抜いていることだ。

 

 こめかみに銃を突きつけられ、何時脳髄が巻き散らかされてもおかしくない、常人ならば冷や汗が止まらないような危機的状況。だが、伊達ワルを極めし五河士道は動揺の欠片も見せず、余裕に満ちた態度で狂三に視線を返す。

 

「情熱的な瞳……あの晩から変わりませんのね。あのときは……“今宵は俺のナイトメアに酔えばいい”……そう仰ってたではありませんか、し・ど・う・さん? きひ、きひひひひ」

 

 生殺与奪の権利を得て悦に浸る狂三は、口角を大きく釣り上げて狂気的な笑い声を響かせる。思い出噺を語りながら本気で士道を殺しにかかるその姿は、愛に病んだ女そのものだった。

 

 それでも尚、士道は余裕を無くさずにいた。それどころか狂三とは反対側の右腕で、十香を大事そうに抱き寄せて庇ったのだ。士道のその行動に狂三は眉をへの字に曲げて、不快感を露にする。

 

「士道さん? 置かれた立場を解ってますの!? わたくしが引き金を引けば貴方は倒れ、次はその娘ですわ!」

 

 狂三は声を張り上げながら感情的になる。そして脅しをかけるように銃口をこめかみに押し付けていく。その指は既に引き金に触れており、どのタイミングで銃が火を吹いても可笑しくなかった。

 

 士道の命を奪う。そんなことを口にした目の前の女に十香は怒り心頭に発するが、士道がそれを片手で制して口を開いた。

 

「夜は必ずやって来る。だから狂三、酔いたくなったら何時でも来いよ。この俺がおまえを天国に誘ってやるぜ」

 

 士道は自信に満ちた顔で囁くと、こめかみに銃を突きつけられたままにも拘わらず、狂三の腰に左腕をまわして己の胸に引き寄せたのだ。

 

 剰りも大胆、剰りにも不敵。これこそが五河士道という漢の生き様なのである。

 

「きひひ……やっぱり士道さんは酷いお方ですわぁ」

 

 抱き寄せられた狂三は銃を手から零れ落とすと、誘われた胸にしっかりと抱きつき、頬を擦り寄せて猫なで声をだしていた。

 

 凡人には理解し難いだけで、もしかしたら先程の命のやり取りは彼らにとっては只のコミュニケーションなのかも知れない。

 

 

 

† † †

 

 

 

「あの娘は誰!? いきなり現れてなんなのよ!」

 

 空中戦艦フラクシナスの艦橋では、琴里が声をあげながらモニターを激しく指差して興奮していた。

 

 街の窮地から一転して、想像以上のごり押しで十香を封印まで導いた士道に安堵していたら、突如として現れて士道を撃とうとする謎の少女にフラクシナスの面々は対応を迫られる。

 

「解析結果出ます! なっ!? 僅かながらですが霊力を確認!! 波長照合……これは…! ナイトメアです!!」

「なんですって!!?」

 

 箕輪から上がる報告に、驚愕の叫びを押さえきれない琴里。霊力を持つことも然る事ながら、その波長が一致した精霊の名前に驚いたのだ。

 

 ナイトメアといえば空間震とは別に人間を襲い、脅威を振り撒く人類の宿敵とも言える精霊で、その危険度はラタトスク基準で最高のSランクになる。最強の精霊が《プリンセス》ならば、最恐の精霊とも言えるのが《ナイトメア》なのだ。

 

 そんな超々危険分子と同じ霊力を持つ人物が、士道の胸の中に収まり、幸悦に浸って顔を綻ばせている。そのブッ飛んだ光景に琴里はそれ以上の言葉を失った。

 

 この時琴里は衝撃のあまり忘れていた。五河士道という漢は常に予想の斜め上を、打ち上げ花火のように飛んでいくということを。

 

「司令…! 微弱ですが新たな霊波が!!」

 

 混沌を加速させるように、椎崎の新たな報告が艦橋内に響き渡った。

 

 

 

† † †

 

 

 

「……士道…さん」

 

 消え入りそうな声で士道の名を呼ぶ新たな少女が現れた。背丈は140センチ半ばくらいでかなり小さい……というよりまだ幼い可愛げのある少女だった。

 緩くウェーブのかかった空色のロングヘアーを深く被ったストローハットから覗かせ、同じく空色の潤んだ瞳が士道を見上げる。

 一見すると、纏った白のロングワンピースと相まって、庇護欲をそそる可憐な少女だが、その左手には眼帯を着けたウサギのパペットが目立っている。

 

 少女はパペットの顔を士道に向ける。その動作はまるでパペットが動いて、少女の腕を引っ張っていったように見えた。

 

「士道くーん」

 

 ふざけたようなダミ声で士道を呼ぶ声が、少女から発せられる。だが少女の口は閉じたまま、パペットの口がパクパクと動いている。

 

「士道くん? 四糸乃(よしの)とよしのんを忘れて貰っちゃあ困るよ~」

 

 自らをよしのんと呼称するパペットが喋った。正確には喋ったとしか思えないほど、巧みな腹話術で四糸乃と呼ばれた少女が話したのだろう。

 四糸乃はよしのんの言うことに同意しているのか、しきりに頷いていた。

 

 士道はそんな四糸乃とよしのんのひとり二役の会話にも、なにひとつツッコミをいれることなくにこやかに笑顔で答える。

 

「おいおい、俺がお前たちを忘れたことなんてないだろ? 四糸乃。よしのん」

 

 それぞれの名前を呼びながら士道は、十香と狂三を胸に抱きながら、器用に四糸乃とよしのんの頭を撫でまわした。

 帽子越しではあるが、四糸乃は気持ち良さそうに眼を細めて、撫でられることを享受していた。

 よしのんは「良かったね、四糸乃!」と愉しげに四糸乃に話しかけている。

 

 暫く四糸乃が士道のナデナデを堪能していると、「ククク……」と不気味な女の声が響く。

 

 突然の声に驚いた四糸乃は、猫のように跳び跳ね、直ぐ様士道の後ろに隠れて、先の声の主を士道の背中から伺った。

 

 そこには二人の美少女が立っていた。ひとりは髪を後頭部で纏め上げて、ゴシックロック調の服装をした快活そうな少女。もうひとりは髪を後ろで三つ編みにして下ろして、流行りの春物に身を包む、大人しそうな少女だ。

 まるで真逆の服装をしているふたりだが、その容姿は全く同じと言っても過言ではないほどに似かよっていた。双子ないしそれに近しい何かであることは間違いないだろう。

 

 快活そうな少女の方が不敵な態度で一歩前へ躍り出ると、その口を開いた。

 

 

「我が同盟者にして、モードロックの騎士よ……主は変わらんのう。颶風(ぐふう)の御子、八舞を差し置いて別の女子(おなご)を寵愛するとは―――ってまた新しい娘が増えてるし! ちょっと! ヤバイよ夕弦(ゆづる)!」

 

 芝居がかった台詞と態度から一転して、彼女の言動はいかにもな今風の女子高生のような口調にかわり、慌てながら片割れの少女“夕弦”の肩をバシバシと叩いた。

 

「肯定。士道は少し目を離すとこれです。まったく手が早い。サラマンダーよりずっとはやーいです。耶倶矢(かぐや)、ここはふたりでその手を塞いでしまうべきです。ぎゅう~」

 

 大人しいと思われた夕弦の行動は早く、彼女は素早く士道に近付くと、彼の右手を両手で包み、擬音を口で出しながら握りしめた。その半目ぎみに開かれた両の瞳はしっかりと士道を捉えて離さない。

 

 夕弦から少し遅れる形で耶倶矢が士道の元へポテポテと近づき、頬を紅く染めながら「えいっ」と気合いを入れて士道の左手を握り締める。勿論夕弦と同じく「ぎゅ~」と口で擬音を出すことは忘れない。

 

 お揃いの橙色の髪を靡かせながら、ひとりはクールに、もうひとりは照れながら、対照的な態度で士道の両手を捕まえる。

 

「俺を捕まえようなんて、随分と大きく出たもんだ。だがお前らのその気概に免じて今だけは捕まっといてやるよ」

 

 双子の美少女に両手を抑えられても士道は変わらず、伊達ワルらしい強気な上から目線で、可愛げのある拘束を甘んじて受け入れていた。

 

 既に士道の周りには五人の美少女が囲んでいる。だが、それで終わりではなかった。

 

「だーりん―――っ!」

 

 甘ったるい声で士道に向かって手を振りながら駆け寄る更なる美少女が現れた。耶倶矢はその姿を見つけると「げっ、美九(みく)」と少し嫌そうな声を出して、顔を歪ませる。

 

 駆けてきたアイドル級の美貌とスタイルを誇る、美九と呼ばれる少女。紫銀のロングストレートヘアと誠に豊満なバストを揺らしながら、満面の笑みで士道の前に立った。

 

「まあ! ここは楽園かしらぁ? 愛しのだーりんとカワイイ女の子たちがこんなにいるなんてぇ! それに、初めて見た娘もいますし―――仲良くしましょお?」

 

 美九は興奮を一切隠すことなく、のんびりとした甘い声を出しながら士道たちに突撃していき、十香と狂三の間に身体を捩じ込んでいく。そして己が武器である柔らかな双房を士道の胸板に押し付け、至近距離で顔を見上げていた。

 

「おい! 狭いではないか!」

「あら、ごめんなさいねぇ。でもみんなのだーりんですもの、独り占めはダメですよぉ?」

「美九さん、不愉快な塊がわたくしにも当たってるのですが……邪魔そうですし、切り取って差し上げましょうか?」

「まあ狂三さんったらぁ。狂三さんも可愛らしくて素敵ですよ? それに触りたかったらいつでもどうぞぉ。狂三さんなら大歓迎ですぅ」

「結構ですの!」

 

 士道の腕の中で姦しく騒ぎ立てる十香と狂三と美九。もし士道が只の16歳の男子高校生だったなら、この状況にどぎまぎしたり、たじたじだったりしだろう。 しかし、ここに居るのはかつてヤトガミと呼ばれた伝説のホストの経歴を持つ、伊達ワル五河士道だ。こんな状況でも尚、余裕の態度は一切崩れていなかった。

 

「相変わらずスゴいことになってるわね……」

 

 女の子に囲まれた士道に対して呆れたような声がかけられる。士道が視線を向けるとそこには見た目十代前半くらいの緑色の髪の少女がいた。

 あまり身なりに気を使わないようで、腰まで伸びたロングヘアーは手入れが行き届いておらずボサボサと広がり、オーバーサイズの灰色フード付のパーカーと短パンといった男物のような格好をしていた。

 

「よお、七罪(なつみ)。お前も入ってくか?」

「遠慮しとくわ、士道。でも流石に侍らせ過ぎなんじゃない? まあいいけど……」

 

 子供のような見た目と相反して、髪を手で靡かせながら冷めた様子でスタスタと歩いていく七罪。そうして一塊となっている士道たちの真横を過ぎ去っていったのだが、士道の背中を越えたあたりで急に踵を返した。

 

「たまには私にも構ってくれなきゃ、ダメなんだから……!」

 

 七罪は士道から目を剃らしつつ、頬を紅潮させながら唇を尖らせて、士道の服の裾をぎゅっと摘まんだ。七罪は焼きもちを妬いていたが、素直に為れない意地っ張りな女の子だったのだ。

 

 反対側の裾を先程から士道の背中にいた四糸乃が同じように摘まんでおり、くりっとした二つの瞳が七罪の目を見詰めていた。そして左手のよしのんが七罪の右手を握って話しかける。

 

「みんな一緒がいいよね? 四糸乃もよしのんもそう思ってるよ」

「そうね……私もそう思うわ。ありがとね、四糸乃、よしのん」

 

 七罪は四糸乃たちの気遣いを感じ、笑顔を見せてよしのんの手を握り返した。四糸乃もそれを見てはにかんだように笑うのだった。

 

 士道の前面で(かしま)しい論争が行われている一方、その背ではこの世の天国のような平和な空間が生まれていた。

 

 

 

† † †

 

 

 

「いったいどんだけ出てくんのよ!」

 

 士道をモニタリングしていた琴里がツッコミの叫びを上げる。わんこそばの如くおかわりされる女の子の数々に、フラクシナスの乗組員たちは度肝を抜かれるも、士道ならそういうこともあるのか。と納得していた面もあった。

 

 だが、士道の義妹たる琴里は違った。もうこれ以上自分の知らない義兄の一面を認めたく無かったのだ。

 

 琴里はこんな時に頼れる自らの右腕に、やや興奮しながら話し掛けた。

 

「ちょっと令音! これっていったいどういう状況なの!?」

「村雨解析官ならついさっき「私もいってくる。あとは頼んだよ」とか言いながら出ていきましたよ。あっ、ほら、士道くんの背中に」

「速さが足りてるッ!!」

 

 川越が報告した通り、モニターに映る士道の背後には、ふたりのちびっこごとまとめて、士道の背中に抱きつく令音の姿があった。士道の周りは満員の女性専用車両かと思うくらい女の子でごった返しており、最早そこに誰も入り込む隙間は無かった。

 

「“士道さんはやはりモテる”」

「って、鳶一折紙!? いったい何処に?」

 

 モニターから折紙の声が聞こえてくるが、その姿は何処にも映っていなかった。右も左も前も後も、何処にも折紙が入れる隙間はない。だが、音声が聞き取れるということは士道の直ぐ近くにいるはずなのだ。

 

「“よお、折紙。まさか股の下から出てくるとは思わなかったぜ”」

「“私も遅れをとる訳にはいかない。それに、ここはなかなか……いい感じ”」

 

 折紙が身体を捩じ込んだのは女の子たちの足の隙間で、士道の太ももをガッツリと掴んで股ぐらから士道に語りかけていたのだ。それにその視線は士道の顔……ではなく、心なしかその局部を凝視しているように見えなくも無かった。

 

 度を超えた変態チックな折紙の登場にも、当の士道は気にする素振りもなく、平然と会話をしていた。

 

「また増えた…! もうめちゃくちゃじゃない……!!」

 

 琴里は半分泣きそうになりながら、精一杯のツッコミを入れる。何を見せられているのか、そう思わずにはいられなかった。

 

「新たに異なる四つの霊波を確認。どうやら後から現れた少女たちから微弱な霊力が検知されてるようです」

「新たに四つって…!? 波長は!?」

「そんなことより、美少女だらけじゃないですか! あの空間、顔面偏差値高過ぎません? すごいなあ士道くんは」

「そんなことじゃないわよ、中津川!」

 

 霊波や霊力の検知といったラタトスクとして最大の仕事を前に、気の抜けるようなとぼけだことを言う中津川を叱咤する琴里。

 そして霊力が確認されたということは、すなわち……

 

「あの娘たちみんな精霊ってこと!?」

「波長照合。《ハーミット》、《ベルセルク》、《ディーヴァ》、それに《ウィッチ》。どれもここ最近反応がなかった精霊たちのものですね。そうだ! 司令も混ざってきてはいかがですか? ここは不精、神無月が代理を―――」

「うっさいっ! バカ!」

 

 愉しげな声で報告を上げ、琴里にアドバイスをしたつもりの神無月は、顔を真っ赤にした琴里の狙い済ました一蹴をその臀部で受け止める。神無月は「おぅ!」とよがり声を出して幸悦の表情で悶絶していた。

 

 琴里は見ているだけでは収まりが効かず、この状況の元凶に直接問い質すために、通信用のマイクのスイッチを入れるのだった。

 

 

 

† † †

 

 

 

「“士道―――ッ!! ”」

 

 士道の耳に入っている超小型のインカムから、つんざくような琴里の大声が響く。士道は妹からの突然の大音量コールに、思わず顔をしかめて困った顔になる。流石の士道もこの急襲は堪えたようだった。

 

「俺だ」

「“俺だ。じゃないわ! 答えなさい、士道! その娘たちは何!?”」

「ん? 何だ嫉妬か? 安心しな、俺は大切な義妹のことも忘れちゃいないぜ」

 

 大好きなおにーちゃんがとられて焼きもちを妬く妹をあやすように、士道は再びの余裕を取り戻して息をするように歯の浮くような台詞を連ねていく。この漢にはもしかしたら照れという概念はないのかもしれない。

 

「“べっ、別におにーちゃんのことなんて…!! ってそうじゃなくて! その娘たちは誰なの? 私にも教えて頂戴”」

「あぁ、こないだ言ったろ? この一年で口説いてきたオンナたちだぜ」

「“確かに言ってたけどぉお!!!”」

 

 さも当たり前のようにこの数の美少女を口説いてきたと語る士道に、通信越しでも身体が動いているのがわかるくらい激しいツッコミ入れる琴里。余談だが、ここにきて琴里のツッコミのボルテージは最高潮に達しようとしていた。

 

 士道を囲むはどれも一癖も二癖もあるワケアリ美少女なのだが、伊達ワルの前にはそれすら大した障害にはなり得なかったというのがこの状況の真実なのだ。

 まあ、そんなことを琴里はこの場では知る由も無いので、あまり関係のない話だろう。

 

「“じゃあその娘たちみんなが霊力を持ってるのは!!?”」

 

 収まりがつく様子のない琴里が続けて質問を投げ掛ける。だが士道は答えることなく、軽く鼻で笑った。すると次の瞬間、美少女の群れの中に囲まれていた筈の士道の姿が消えた。

 そして集団の一歩前に移動していたのだ。どういうわけかはわからないが、士道はなんとも羨ましい拘束からスルリと抜け出して、ポケットからスマホを取り出し歩き始める。

 

「“ちょっと士道! 聞いてんの!!?”」

「ヘイ、サンダルフォン!」

「“…は?”」

 

 士道は琴里の呼び掛けに答えず、まるでSiriを呼ぶようにスマホに向かって話し掛ける。すると士道の前の地面が紫の輝きを放ち、その輝きの中から装飾と彫刻の施された神秘的な石造りの玉座が顕現した。そう、それは紛れもなく十香の天使、鏖殺公(サンダルフォン)だった。

 

 士道は悠々とした足取りでその玉座へと歩みを進める。

 

「“士道! それ天使よね!! アンタ全部解ってたでしょ!! その娘たちも精霊って解ってて口説いて回ってたワケ!!?”」

 

 尚も琴里の質問攻めは止まらない。止まらないどころか加速していく。その問いに対する答えを士道はひとつ持ち合わせていた。否、答えるべきは一言なのだ。

 

 士道は玉座に腰かけると足を組む。そして尊大な態度で、いつものように不敵な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「精霊とか知らないけど、たぶん全員抱いたぜ」

 

 

 

― 完 ―

 

 




以上で伊達ワル士道さんの物語りは終わりになります。お楽しみいただけたなら幸いです。

メンズナックルとハーレム主人公絡ませたら面白そう!とかいう一発ネタにしては、きれいに纏められたと思います。伏線とか知らないけど、たぶん全部回収したぜ。


ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。最後に皆様の感想、評価をお待ちしております。

機会があればまた会いましょう!ありがとうございました!

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