【完結】精霊とか知らないけど、たぶん全員抱いたぜ [士道 age21]   作:くろわっさん

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第5話 千の言葉より残酷な俺という説得力

 

「士道くん、校舎に入ります」

 

 宙に浮かぶ近未来的なモニターには、優雅に歩きながら壊れた学舎に立ち入る士道の姿が映し出されている。

 空中戦艦フラクシナスの艦橋では皆が精霊《プリンセス》と士道の様子を常にモニタリングしていた。

 

「さあて、プリンセスか…ここ一年ほど天宮市一帯で広がってる微弱な霊波の元凶とも言われてる精霊ね」

「プリンセスの霊波とは波長(パターン)が違うみたいですけどね」

「プリンセスのこの街への出現時期と微弱な霊波の発生時期は合致してますからね。関係は皆無とは言えなさそうです」

 

 別のモニターに表示されるデータを見ながら琴里を始めとした乗組員たちは見解を口にする。

 

「士道くん、約10秒でプリンセスと接触します」

「最強の精霊プリンセス。士道、彼女を頼んだわよ。あんたがどうやって彼女を落とすのか…全部士道にかかってるんだから」

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 士道は空間震によって歪んだ教室のドアに手をかける。軋んだ音を立てて扉が開かれると、壊れた教室の中に佇む絶世の美少女の姿が見えた。

 

「よお」

「ん…?またお前か……何者なんだ、お前は?」

 

 士道の軽い挨拶に訝しい視線と殺気を送りながらプリンセスは答えた。

 士道が二の句を紡ぐ前に、左耳に入れたインカムから通信が入る。

 

「“待ちなさい士道。今フラクシナスのAIが選択肢を表示したわ!”」

 

 

† † †

 

 

 フラクシナスに搭載された超高性能AIが精霊の精神変化を機敏に捕捉、解析しその場にあった会話内容を選択肢としてモニターに表示する。

 

 ①俺は五河士道。君を救いに来た!

 ②通りすがりの一般人ですやめて殺さないで

 ③人に名を訊ねるときは自分から名乗れ

 

 

「うーん、③かしらね」

「②は論外ですね。というか指示しても士道くんが言うとは思えない」

「どうでしょう、①は一見鼻につきますが士道くんならうまいこと使えると思いますね」

 

 表示された選択肢を各々が意見を述べながら精査していく。これらの選択肢に沿って会話を進めることで、まるでギャルゲーのように精霊を恋愛的な意味で攻略していくのだ。

 

 これこそが、秘密結社ラタトスクの誇る数多の超技術を無駄に全力で活用した、平和的な精霊対策なのである。

 

「それじゃ総員!選た――」

「司令!!士道くん、既にプリンセスとの会話を開始しています!」

「――なんですって!?」

 

 川越の報告に驚きながらモニターを確認する琴里。そこには謎のポーズを決めながらプリンセスに話しかける士道の姿があった。

 

 

† † †

 

 

「この身に宿した前人未到の快楽領域。ストリートという劇場に舞い降りた黒騎士。人は漆黒の世界に生きる帝王と呼ぶ…」

 

 士道の独特過ぎる自己紹介に、プリンセスは只でさえ殺気に満ち溢れた眼光を一段と鋭く尖らせる。

 

「ルールルル、怖くないよ…おいで子猫ちゃん」

 

 士道は続けておどけるようにプリンセスを手招く。直後、プリンセスの掌から紫の光が迸り、士道の顔の直ぐ傍をすり抜けて背後の壁に風穴を開けた。

 

「冗談はいらない」

 

 次は当てると言わんばかりにプリンセスの掌は紫の光球を生み出していた。哀しみを押し込めたようにも見える苛ついた視線で士道を居抜きながら。

 しかし士道は身動ぎひとつせずに悠々と立ち続けていた。

 

 そして変わらぬ調子でプリンセスと会話を続けていく。

 

「冗談なんて言ったつもりはないぜ?」

「ならばお前はなんだ?…私の敵か?」

「敵も味方も超越した存在だ」

 

 予想だにしなかった答えにプリンセスの目が少しだけ見開かれる。だがその敵意は消えておらず、依然士道はプリンセスにとっての敵だった。

 

「では何をしに来た…!」

「お前を愛し、お前に愛されに来たのさ」

 

 士道は恥ずかしげもなく歯の浮くような台詞をつらつらと述べる。

 

「ふざけるな!!」

 

 プリンセスは拳を固く握りながら地団駄を踏む。彼女の強大な膂力によって、床はクモの巣状の(ひび)をたてながら陥没していた。

 

「俺の言葉ひとつひとつ、全てが真実だ」

 

 士道は言い淀むことなくハッキリと言い切った。自信に満ちる士道の態度に、プリンセスは瞳をギラギラと光らせながらも、なんとも言えぬもどかしさを感じていた。

 

 プリンセスは一度眼を伏せると、再び士道を睨み付けながら口を開く。

 

「見え透いた嘘を……お前も私を殺しに来たのだろう!?私の前に現れた人間は皆、私は死なねばならないと言っていた!…つまり、お前も私の敵だ!!」

 

 プリンセスは行き場のない感情を爆発させて、士道向かって手刀を振り抜いた。紫の力の塊を携えたそれは、空を切るだけで周囲に衝撃を撒き散らした。

 壁は吹き飛んで崩壊し、残っていた窓ガラスはひとつ残らず粉々に砕け散る。

 

 しかし、そんな中でも士道には傷ひとつなかった。

 

「当てるつもりのない拳なら下げておけ。お前の掌は俺に包まれるためだけにある」

 

 士道は振り抜かれたプリンセスの手刀を両手で握ると、指を絡めながらゆっくりと包み込んだ。

 

「は、離せ…!ホントになんなのだお前は……」

 

 プリンセスは握られた掌を力任せに振りほどき、士道から視線を逸らしそっぽを向いてしまった。だがその頬がやや赤らんで見えるのはきっと夕陽のせいなどではないだろう。

 

 

† † †

 

 

「プリンセスの感情バロメーターは?」

「困惑…といったところでしょうか。少なからず先程までの敵意は無くなったようです」

「ここまでは上手くやれてるみたいね……」

 

 フラクシナスの艦橋では琴里がデータと現場の映像を見比べながら安堵の息を吐いていた。

 

「話の展開が早いのと、士道くんの答えが突拍子もないせいで、プリンセスの感情が変化し続けてますね。おかげで解析AIの処理が追い付いてませんよ」

「あんな滅茶苦茶な会話を予測なんて出来るわけないってことね。我が兄ながらやってくれるわ」

 

 フラクシナスの管理AIを振り切る速度で会話を進める士道に、琴里たちは手をこまねく事態に陥っていた。

 だが気を抜くことは出来ない。有事に備え、周囲とプリンセスの監視を厳に琴里たちは士道を見守っていく。

 

 

† † †

 

 

「それで結局お前は何者なのだ…?」

「俺は五河士道。溢れるカリスマ、人呼んでモードロックの騎士」

 

 士道は掌で半分だけ顔を隠しながら、誰からも呼ばれていなさそうな二つ名を添えて名乗りを上げた。

 彼のことをモードロックの騎士と呼ぶ人がいたら是非とも連れてきてもらいたいものである。

 

「イツカ…シドー……なるほど、シドーだな」

「そうだ、お前が何よりも優先して覚えるべき俺の名だ」

「何故そこまで自分を……」

 

 堂々とした士道の決定に、プリンセスの顔にはよりいっそう濃く困惑の色が浮かぶ。

 何故この目の前の人間はここまで堂々としていられるのだろうか、とプリンセスが思うのは自然なことであった。

 

「それでお姫様。君の名前は?俺になんて呼ばれたい?」

 

 士道が問うとプリンセスは口をつぐむ。暫しの沈黙の後、プリンセスは顔をしかめながら答えた。

 

「名などない。これまで必要になったことも、ない」

「でもこれからは違う」

「…なぜだ?」

「この俺が必要としているからだ。名前を…お前という存在の証明をな」

 

 その一言で途端にプリンセスの紫水晶のような瞳が大きく見開かれる。

ついに敵意と困惑以外の感情が彼女の中に芽生え始める。

 

 士道の気障(きざ)な言葉の弾丸が、プリンセスの蕀に包まれた心を撃ち抜いたのだ。

 

「お前は私を、必要だと言うのか…?私を…否定……しないのか…?」

 

 プリンセス…否。少女は少し震えた声で士道に訊ねる。幾ばくかの願いをこめて。

 

 ―――どうか、私を否定しないで。

 

 だが士道の答えは少女の望みを裏切るものだった。

 

「答えはいらないな」

「…なんだと?」

 

 士道の言葉にプリンセスは綻んでいた顔を、再び敵意に満たしたように引き締め、彼を睨み付ける。その腕にはあの紫の光が滲み出していた。

 

 だが、プリンセスが行動を起こすよりも早く、士道は次の言葉を紡ぎ始めていた。

 

「千の言葉より残酷な俺という説得力」

 

 自らの胸に手を当てて全身で己を表現する士道。これが伊達ワルなのだろうか。

 

 あまりにも不遜な態度と言葉の連続にプリンセスは唖然とさせられる。しかし、それと同時に士道に対して深い興味を抱いているのも事実だった。

 

「はぁ…本当にお前はなんなのだ……でもお前に興味が湧いた。確かシドーとか言ったな?マトモに私と会話をしようとした人間はお前が初めてだ。この世界を知る手始めにお前のことを知るとしよう」

 

 プリンセスは呆れたようにため息をつくと、それまでの刺々しい雰囲気は鳴りを潜め、軟化した態度で士道に()()始めた。

 

「俺という存在感の海に溺れるなよ。それと俺にどう呼ばれたいかは決まったか?」

「名か。ならシドーが決めてくれ。もうそれでいい…ばーかばーか」

 

 刺々しさが抜けたプリンセスは急に子供のような態度をとり始めた。先程までの冷淡な性格よりも、もしかしたら純粋な子供のような性格のほうが彼女の本質なのかもしれない。

 

 

† † †

 

 

「“名前か…そうだな……”」

「便宜上プリンセスって呼んでたけど、まさか名前が無いとは思わなかったわ」

 

 士道をモニタリングしている琴里が、チュッパチャプスを舐めながら呟く。

 そして、ここで下手な名前をつけると後々困ることになりそうだ、と密かに考え始めた。

 

「よし、こっちで名前を決めましょう。士道、聞こえる?私たちが名前を考えるから、ちょっと待ちなさい」

「“決めたぞ。10日に延期したメンナクの発売日に出会ったから……”」

「待てって言ってるでしょ!!!なんでそんな思いきりがいいのよ!」

 

 士道の考えた名前などきっと録な名前にならない。というかメンナクがどうのと言い始めている段階でまとな名前では無くなりそうだ。

 

 琴里は慌てて止めようとするが士道の早さについていけてなかった。

 

「十香だ。そうだろう、シン」

 

 令音が颯爽と士道に無線通信を送り、琴里の、いや、プリンセスの窮地を救った。あとは士道がこの指示に従うかどうかが問題になってくる。

 

「“よく解ってるじゃないか令音。お前も俺の領域に近づいてきたな”」

 

 士道の好意的な返事に琴里は胸を撫で下ろした。ホントにそう考えていたのか、それとも令音に合わせたのかはわからないが、ナックルメン子や伊達ワル美みたいな名前に成らなくて良かった…と。

 

 その間、令音は普段は一切しないようなドヤ顔で、士道のことを解ってます感を振り撒いていた。

 

 

† † †

 

 

 士道はひび割れた黒板に歩み寄り、チョークを一つ手に取ると何かを書き始める。コツコツと小気味よい音を響かせながら書き出したのは“十香”という漢字だ。

 

「十香。これがお前に授ける名前だ」

「とーか……十香。これが私の名前か…」

 

 士道の書いた文字に倣うように、プリンセスは指先から微弱な力を放出しながら黒板を抉っていく。そして十香という名前を黒板に刻み込んだ。それは同時に彼女の心の中にも深く刻まれた。

 

 士道の導きによって名も無き精霊《プリンセス》は、十香というひとりの少女に成ったのだ。

 

「十香。良い名前だろう、シドー?」

「まあこの俺が名付けたからな、当然さ」

「ふふっ…ばーか」

 

 士道と出逢ってから初めて十香が笑った瞬間だった。

 その太陽のような笑顔は、美しくも冷酷で寂しげな表情よりもずっと彼女を可愛らしく際立ていた。

 

「…シドー」

 

 朗らかな顔で十香は嬉しそうに士道の名前を呼ぶ。

 

「おう、十香」

 

 慈愛に満ちた笑みで士道もまた十香の名前を呼ぶ。

 

 夕暮れの差し込む教室。所々壊れて、壁も窓も無くなっていたが、それでも二人の間には穏やかで優しい雰囲気が流れていた。

 

 

 壊れた世界で今だけは、十香と士道のふたりぼっち――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――の筈だった。茜の空から鈍色の弾丸の雨が降り注ぐまでは。

 

 

 

 




次回もよろしくお願いします!
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