【完結】精霊とか知らないけど、たぶん全員抱いたぜ [士道 age21] 作:くろわっさん
士道の腕の中、耳元で囁やかれた十香は、背筋をぞくりと走る快感に身を震わせてから、訝しげに士道に訊ねる。
「シドー、デェトとはなんだ?」
「お前が俺に酔いしれることさ。まあ、改めて言うと当然すぎてアクビがでちまうぜ」
「シドーに酔う?その身には酒精でも宿っているのか?シドーの言うことは難しいな…」
十香は士道の言うことの意味を真剣に考え始めた。無論答えは出ないだろう。
士道は壁ドンに飽きたのかはたまた十香が考えるのを邪魔しないためか、壁から離れて満足げに腕を組んで立っていた。
十香は頭がクエスチョンマークで満たされるより早く、考えるのをアッサリとやめ士道の方へと向き直した。
「ん?昨日とは装いが違うなシドーよ!なんというか、獣のようだぞ!」
十香が気が付いたように、今日の士道の格好はいつもの全身黒ずくめの制服ではない。
ダメージ加工のされたデニムを履き、上にはド派手なヒョウ柄のシャツを羽織る。そして首から下げるのは猛獣を繋ぎ止める大きな鎖のネックレスだった。
溢れ出過ぎた野生を表現した士道は、ワイルドに歯を見せながら笑う。
「俺はもうすでに本物のヒョウなのかも知れない」
そうかも知れない。士道がそう思うならそうなのだろう、士道の中では。
士道の発言の意図が解らない十香は、それとは別にひとつ疑問を抱いた。
これまで十香が目にしてきた人間、つまりASTは皆同じような格好をしていた。そして昨日初めて出会ったAST以外の人間である士道は、彼女らとは違う格好をしていたのだ。では何故……
「何故シドーは服装を変えるのだ?」
「それがファッションってもんなのさ。俺が俺であることを表す最高の手段だ」
またしても士道が可笑しなことを言っている……とは言い難いだろう、今回に関しては。
服装とは古来より身分を表す物として重宝されてきた。偉い者は豪華な衣服を纏い、権威を形にしてきたのだ。
身分を表すという部分は現代においても変わらない。特に制服と呼ばれるものはそれが顕著だ。例えば学生服であればその学校に籍を置くものとして最もわかりやすい証となり、警官も消防士も救急隊員も、全て服装を見ればその人がどんな職に就いているかが一目でわかるのだ。
では私服と呼ばれる部類の服は何を表すのか。それは先程士道が言ったように、自分を示すのだ。
流行りに乗ってみるのもいいだろう、誰とも被りたくないと個性を爆発させるのもいいだろう。お金を存分に使うも良し、無頓着に着飾らないのもまた良いのだ。それらは全てその人がこれで良いと思って着ているのだから。
服装には人それぞれの想いが乗っているのだ。装いにはその人の想いが浮かび上がるのだ。
服なんかに拘りなんてない、と思っている人もいるだろうが、それもまた“拘りがない”という想いが乗っかっている何よりの証拠だろう。
人は今日も服を着る。明日も明後日も、服を着るのだ。時に自らの証明に。ある時は自らの想いを込めて。服を楽しもう、それが人に与えられた自由だ―――
さて、話が大きく脱線してしまったが、十香は士道の言葉に疑問符がそのまま顔に出たような表情になっていた。
「ふぁっしょん…?シドーのそれがふぁっしょんなのか」
「俺の隠しきれない伊達ワルが滲み出てるだろ?」
「お?おお!そうだ、だてわるだ!そのだてわる、とやらを教えてくれると言っていたではないか!なあシドー?」
「俺だけ見てれば必ず解る。ファッションも、伊達ワルもな」
自信に溢れた士道の言葉には、よくわかっていない十香ですら本当に解る気がするような凄みがあった。
「さあいこうぜ十香」
「行く?何処かに移動するのか?もしや、それがデェトなのか?」
「あながち間違っちゃいない。でもそれだけで終わらないのが、制御不能の止まらぬ伊達ワルスピリッツ」
「デェトでだてわるなのか……奥深いな」
微妙に噛み合わない会話を交わしながら二人は車へと向かって歩いていく。
あのオープンカーの前に歩いてきた士道は、助手席のドアを開け紳士的な振る舞いで十香をエスコートしていく。
「こちらへどうぞ、プリンセス。ヘヴン行き快速急行、発車します」
どこまで本気なのかわからない士道の冗談に、十香はなされるがままおずおすとシートに座っていく。
ベルトを締めて、ドアまで閉めてくれる紳士っぷりはあの傲慢ちきな漢とは思えないが、こういった細やかな気遣いができるからこそ士道は激モテの道を走れているのだろう。
そうして士道も運転席に乗り込み、二人を乗せた車は天宮の街へと走り出した。
車を走らせること数十分、車内では会話が
そんな十香の精神状態を空中戦艦フラクシナスの
「ご機嫌メーター緩やかに上昇。精神状態も安定しています」
「なかなかいい走りだし、流石は士道。おまけに話の流れで大半の人間が精霊に敵意を持ってないってことも教え込むなんて…伊達にホストはやってなかったってわけね」
モニターに表示されるグラフを見ながら、琴里は軽く感心していた。義兄がホストだったと聞かされたときは驚いてしまったが、こうもいい調子で結果が出るならそれは想定外の収穫となる。
「それで士道は何処に向かってるの?」
「AIによる予測では85パーセントの確率で国道沿いの高級ブティックと出ていますね」
「ふぅん。因みに残りの15パーセントは?」
「10パーセントでブティックホテル、5パーセントでファッションセンターし○むらと予測されています」
幹本の報告に琴里は黙り込んでしまう。その理由は語るまい。
だがそんな琴里をおいてフラクシナスの乗組員たちは好き勝手に話を始めていた。
「しま○らも悪く無いんですけどね、安くて品揃えもいいし」
「箕輪さん○まむらとか行くんですね。保護観察中なのに」
「保護観察関係無いでしょッ!!」
弄る椎崎に箕輪が冗談混じりに怒鳴り込んでたり。
「初デートで初手ホテルとかトンだビーストですね。俺でもしませんよ」
「確かに。でも士道くんなら、なんとかしてしまいそうじゃ有りませんか?」
「いや副司令、さすがにそれは……無いとも言えないのか…?あのお堅いアイツすら簡単に手懐けてたし… 」
「シンは簡単にホテルに行ったりしない。いいね?」
「でも士道くんなら――」
「い・い・ね?」
「「……はい」」
アダルティな話をしていた川越と神無月が令音に叱られたりしていた。
全くもって弛みきっている。琴里はそう思わずにはいられない。
無論、皆職務を全うし計器から目を離すことはないが、最前線に立つのはあの伊達ワル士道。
ほとんど丸投げにしても問題ないのではと考えてしまったとしても、現状のデータはそれを裏付けする証拠にしかならないのだ。
「士道くんの車が高級ブティックの駐車場に入りました!」
「予測通りか。フラクシナスAIも士道の行動パターンをなかなか読めてきたようね。さあデート本番よ、ちょっとは気を引き締めてかかりなさい!」
琴里の発した号令に、一同は「はい!」と揃った返事を返す。
乗組員たちの士気は決して落ちてはいなかった。精霊を救うべく集った者たちは、琴里への忠誠を無くしてなどいない。
精霊と伊達ワルの対決に介入すべく、今フラクシナスの底力が試される。
「いらっしゃいま……せ?」
店の自動ドアが開いたと同時に甲高い挨拶をした女性店員は、一瞬のうちに困惑と衝撃に支配される。
それも当然。ド派手を通りすぎて目に痛いヒョウ柄の男と姫騎士のような紫のコスプレイヤーのカップルが突然襲来…もとい来店してきたのだから。
店員は直感した。この
「おお!服が…服がいっぱいだぞシドー!」
「ここは自由の楽園。人は天使にも堕天使にも為れる」
「よくわからんが凄いな!お?アレはなんだ?アレも、こっちも!」
見た渡す限りの服、服、服。十香は初めてみる光景に不思議と心踊らされた。そして無邪気な子供のように店内を駆け回り始めたのだ。士道は微笑ましいものをみる目でそれを眺めていた。
その時、店員はじっくりと士道たちを観察し、ひとつの推測を立てていた。
一見、ただただイタイだけに見える男の方はよく見れば、ブランド品のアイテムでしっかりと身を固めている。ボトムのポケットからはみ出る財布も高級ブランドの逸品だ。
そしてコスプレ美少女の衣裳はどのパーツも本物と言われても違和感の無いほど完成度の高い物に見える。まあなんのコスプレかはわからないが。
持っている…!このカップルは間違いなく持っている…ッ!この店に相応しいだけの、金…ッッ!!
有名な高級店だからとたまに来る――とはいえ駐車場付の店舗であるため少ない――冷やかしのチンピラカップルとは確実に違う。自らの手腕次第で買わせることができる、この高価な逸品を。
ベテランである店員は考える。ブランド品に目が効きそうな男の方は難易度が高い。身に纏う雰囲気が有名なスポーツ選手などの勝負師のオーラに似ている……この男は間違いなく本物を解っているだろうし、拘りも強そうだ。
だが、少女の方はどうだ。まるで初めて洋服を買いに来た子供のようなはしゃぎよう…紛れもなく素人ではないか。変わった子ではあるようだが、たかが小娘。
18からアパレル業界に勤め続けて、はや幾年。この磨き上げた話術を持ってすればアイテムをひとつ買わせることなど容易い。それどころが売れ残りの在庫処分をしてもらうことだって出来る筈だ、と。
店員は十香に狙いを定め、狩人のように虎視眈々と獲物の隙をひっそりと息を潜めて待ち続ける。
だが狩人はそのせいで気付いていなかった。自らをしっかりと捕捉する猛獣の視線に……
「十香ちゃん、店内を物色中。初めての服屋に興奮気味です」
「特に問題はなさそうね……ん、ちょっと待って!」
十香の精神状態をモニタリングしていたフラクシナスだったが、琴里がその中の不審な点に気付き声を上げる。
「ご機嫌メーターは高いままなのに、不快指数が上がってる…?感情値は…どうしてこんなに困惑してるのよ」
不可解な十香の精神状態に琴里は首を傾げる。様子を見るに士道が嫌になったわけでも、この場所が嫌な訳でもなさそうだ。
そしてその理由は直ぐに明かされる。十香は士道のもとへとてとて歩き始めて、不安げな顔で訊ねた。
「“シドー…服がありすぎて、どうすればよいのかわからんぞ……これがだてわるなのか?どうすればシドーのようなだてわるになる?”」
「そうか…!十香ちゃんにとってはこれが初めての買い物、だからこそ楽しい。でもどれも選べなくて悩んでいたんだ!」
「感情値に大きな変化が。お!選択肢出ます!」
「何ですって!?士道、ちょっと待ちなさい!今度こそあんたの為の選択肢が来たわ!」
十香の精神状態の変化を読み取ったフラクシナスのAIが久々に選択肢を展開する。ラタトクスの誇る超高性能人工知能が遂に士道の発言の先読みに成功したのだ。
①黒い服を探せ。黒だ、黒。とにかく黒に染まれ。
②赤だけは辞めておけ。アレは俺とシャア専用だ!
③露出しておけばいい、肌色がワイルドさを際立たせる。
「なんかめっちゃ士道っぽくなってるぅ―――っ!!?」
「なんというか…フラクシナスAIが士道くんに染まってますね」
「なんでこうなるのよ!どういうこと!?」
AIが提示した選択肢の内容に一同は驚愕し、原因不明の暴走を不思議がっていた。
ただ令音だけは何か納得したような顔をして、「あっ」と一言だけ洩らした。
琴里は令音のその一言を聞き逃しはしなかった。直ぐ様鬼のような形相を浮かべ令音に噛みつく。
「いま“あっ”って言ったわよね令音!“あっ”って何か知ってるわね!話しなさい!!」
「いや、昨日の一件から少しでもシンのことを知ろうと、盗さ…監視していただろう?それで足しになればと思ってフラクシナスのAIの空いていたリソース全てをシンの思考の解析に当てていたんだ。どうやらその影響でAIの思考回路がシンに近くなってしまったのだろう」
令音は悪びれた様子もなく、淡々と語っていく。洩らしかけた一言を除けば、理にかなった行動なので琴里は怒るに怒れなくなってしまう。
「まさか、私の育てたAIがこれほどシンに似るなんて…フフッ」
「なんでちょっと嬉しそうなのよ!我が子の成長を見守る母親!?」
「まだ母親は早いんじゃないかな、
「なに勝手に
気が付けば琴里と令音は小姑と嫁の対立のような
士道のことで頭がいっぱいな女性ツートップを他所に、神無月を始めとしたフラクシナスの
「AIの思考回路が士道くん寄りに為ったということは、この中に効果的な選択肢があるということになりますかね」
「そうか!それなら②なんていいんじゃないですか?実際十香ちゃんの雰囲気に赤は似合いませんし」
「①も捨てがたいです。士道くんもよく黒い格好してるじゃないですか」
「逆に③もありな気がしてきますよ。なんでもありの士道くんならいけるのでは?」
盛り上がる乗組員たちだったが、そこに冷や水を浴びせるように士道の返事の通信が入る。
「“どれも微妙だな。伊達ワルの鍛え方が足りん、出直せ”」
ピシャリと選択肢を一蹴する辛辣な意見だった。だが士道の言葉はそこで終わらず、続けてこう言った。
「“だが、筋は悪くない。これからも修練に励めば俺に近づける筈だ”」
①わかりました、ありがとうございます。
士道に返事をするようにモニターにはひとつだけの選択肢が表示される。
「AIと会話が成立してる…!?」
「AIの自立進化って凄いですねぇ。まさか返事まで出来るとは」
「我々も負けていられませんね!」
驚きこそすれど、その変化を簡単に受け入れてしまう乗組員たち。これがツッコミ不在の恐怖である。
そのツッコミ役はというと―――
「あなたに跨がせる敷居は家には無いわっ!」
「そんな…!どうして…!!」
―――未だにコントを続けていた。
ここは空中戦艦フラクシナス。持てる技術の粋を存分に振る舞い、最高司令官五河琴里を中心に精鋭たちを集結させた、秘密結社ラタトクス最高の対精霊部隊である。
もう一度言おう、精鋭たちを集結させた最高の対精霊部隊である。
これでいいのかラタトクス……フラクシナスは絶賛迷走中であった。
フラクシナスの迷走と同時刻。ブティック店内では女性店員が商品を売り付けるべく、十香を狙っていた。
虎視眈々と狙いを定めいたが、ここで絶好の機会が訪れようとしていた。
「シドー…服がありすぎて、どうすればよいのかわからんぞ……これがだてわるなのか?どうすればシドーのようなだてわるになる?」
少女が悩みを見せたのだ。アパレル店員としてこれほどの好機はない。
店員はチラリと訊ねられた士道の方を見る。なんとあの厄介そうな男は俯きながら考え込んでいるように見えるではないか。
返事に困っているのか、話を聞いていなかったのか……とにかく少女の問いに答えず、黙しているだけだった。
今しかないッ!ここが攻め時…ッ!
店員は意を決してふたりの間に割り込んでいった。
「何かお困りでしょうか?」
「おまえに用はない……おい、シドー!聞いているのか!?」
「まあ、そういわずに。きっとお客様のご迷惑にはなりません」
「うーん。確かに害はなさそうだが…なにをどうすれば……」
「それでしたら私がお客様にピッタリな品をご紹介しますよ」
「うむむ。だがシドーがだな……」
「お連れ様は何やらお疲れの様子ですし、少しお時間いただけませんか?」
店員は困惑する十香にかなり強引に迫る。後ろの士道にまだ動きはない。
「ささ、こちらをどうぞ。これ、春の新作なんですよ~」
―――押して圧して推しまくる。強引にでも商品を紹介し、流れのままに売り付けることだった。
店員は春物のアイテムを上から下まで、これでもかというくらい十香に紹介していく。小物やバッグに到るまで売りたいものをいいように説明し、どれかひとつでも興味を持たせようと必死に攻め続けた。
「―――なんですよぉ!いいかがですか?これは買いですよ!」
「うう…わからん。さっぱりわからんぞ…!」
ファッションのフの字もわからない十香に、言葉攻めの如く最新鋭のワードを並べていく店員。初めて聞く単語のオンパレードに十香の頭は混乱し、爆発寸前だった。
そして脳裏に過るのは己が信じている唯ひとりの人間のことだ。
「私はただ…シドーのようなだてわるを知りたいだけなのに…」
「だてわる…ああ、伊達ワル。あんな派手好きなだけの野蛮なモノ、貴女のような可愛い女の子には似合いませんよ。女の子ならもっと―――」
瞬間、背筋が凍てつくような寒気。押し潰されるようなプレッシャーに店員の言葉が止まる。
店員は油の切れたブリキ人形のようにギギギと後ろを振り返った。
そこに居たのはド派手なヒョウ柄シャツの男。威圧感を振り撒く伊達ワル、五河士道だ。
「シドー!」
「違う、それは違うぞ…!」
「も、申し訳ないございませんッ!決してお客様を侮辱するつもりは…」
「そうじゃない。別にあんたが伊達ワルをどう思おうが構わない。バカにしたければすればいいさ。でもひとつだけ間違っていることがある」
震えながら頭を下げようとする店員をさっと手で制し、士道は腕を組ながらカッと目を見開く。そして胸を張って堂々と大きな声で言った。
「伊達ワルに性別は関係ない!」
士道は過ちを犯した店員に、そして迷い戸惑う十香にこの言葉を届ける。
男だから伊達ワルなのではない、伊達ワルだから漢なのだ。と、恐らくは言いたいのであろう。
「十香、ここでのルールは単純だ。選べ、そして纏え。思うがままに、最高の自分を、魅せたい自分を」
「好きなモノを着てよいのか?何も分からぬのだぞ?可笑しなことモノになるのかも知れないぞ?それでいいのか…?」
「関係ない。好きなモノを着るといい。大事なのはどう見られるかじゃない、どう魅せたいかさ。でもただひとつ…恥じるな、装いを誇れ。ファッションに必要なのはそれだけでいい」
困り惑っていた十香の頭の中がすっきりと晴れ渡っていく。士道の導きによって最初の一歩を踏み出す勇気を貰ったのだ。
そしてこの言葉が届いたのは十香だけに留まらない。隣で呆然としていた女性店員の耳に、心に届けられる。彼女は士道の言葉によって胸を撃ち抜かれ、頭には走馬灯のように思い出が
―――いつから私は忘れてしまっていたのだろう。この業界に入った時、いや入る前から、私はオシャレが好きで服が大好きだったということを。
いつから私は変わってしまったのだろう。年月を重ねるごとに責任が増えていき、オシャレが知識となり、ファッションは記号になった。数字だけを気にして、服は売上を作るための無機質な布へ。店を訪れる客は財布に見えてしまった。
初めはただ大好きな服に携われるだけで良かった。買って貰えなくても、同じオシャレが好きな人と話せるだけで楽しかった。服が売れることより、誰かが笑顔になることが嬉しかった。
そんな筈だったのに……なぜ忘れていたのだろう―――
女性店員の瞳から一筋の涙が零れた。
「ふーむ。これをこうして…これと…!うむ!いい感じだ!」
目の前の少女は楽しそうに服を選んでいる。それはかつての初めて服が好きになった自分を見ているかのようだった。
――ああ、そのワンピースはそれとは合わないのに…!そのアイテムなら、差し色はそれじゃないのに…!!
組み合わせはめちゃくちゃで、サイズ感も色づかいもまるで合っていない。それでも純粋にオシャレを楽しむ女の子が
「愉しそうだろ?俺はアイツのああいう姿が見たかったんだ」
「はい…とっても楽しそうで、輝いてます。でもあれじゃあ……いえ、私にはもうあの子になにか言う資格なんてないですね」
「そんなことはない」
「え…?」
「好きなんだろ?ファッション。教えてあげたいって顔に書いてあるぜ」
「でもオシャレは自分が着たいものを着るのが一番なんじゃぁ……」
何か言いたげな店員に向かって、片目を閉じて「しぃー」っと人差し指を立てて士道は囁く。
そして言葉を止めると、軽くすかした態度で何処か遠くを見つめて言った。
「数多のセレブに俺の着こなしをパクられたよ」
士道は彼なりの言葉で店員に伝えたのだ。ひたすらに分かりにくくはあるが。
誰かの為にオシャレを教えてあげることは決して 間違いではない、教わった者がそこから自分の中のオシャレを見つけられる、と。
「私…私、彼女を手伝ってきます!あの子の表現したい自分を最大限に引き出せるように!!だから、見ててください。私の…仕事をっ!!」
店員は士道に告げると返事も聞かずに十香に駆け寄っていった。
それはきっと彼女の覚悟の表れだろう。誰に何を言われようと、自分の仕事を全うしオシャレを共に楽しむという、彼女の本当にやりたかったことに対しての、だ。
士道は満足げに微笑むと、腕を組んで壁に寄りかかって待ち続けた。
そしてふたりが士道の前から居なくなってから暫しの時が経つ。
「シドー」と緊張に満ちた声に彼がゆっくりと振り向く。
そこにいたのは紫の鎧衣裳を纏った精霊《プリンセス》などではなかった―――
爽やかな空色のジャケットは春の陽気を感じさせる。
真っ白なフリル付の膝丈ワンピース、だが胸元だけは黒い布地で可愛らしさの中に引き締まりが生まれている。
そしてちょっと差し色。太めのカーキのベルトと、少しだけヒールの高い同じくカーキのブーツが映える。
首元にはピンクゴールドのシンプルな飾りを取り入れ、透き通った白い肌を際立たせる。
春らしさと可愛らしさを抜群に魅せる装い。
―――そこには、オシャレを楽しむひとりの少女の姿があったのだ。
ファッション誌要素を初めて入れられましたね。満足であります。
思い付きで書いたら長くなってしまいましたが、これで前編です。後編もお楽しみに!