同じ夢を見ることが多々ある。
それは一貫してとても幸福なもので、とても悲しく、そしてとても懐かしいものだった。
この夢から覚めた日には必ず涙が出る。
涙の理由は分からない。
ただ何故かひたすらに、罪悪感と虚無感を抱く。
“何か大事な事を忘れてしまっている”そう感じるのに、
1ミリだって思い出すことはできない。
まるで誰かにとめられているような、そんな不思議な感覚。
そして今日も、同じ夢を見た。
第1話ー始まりー
朝起きた時の嫌な予感は、やはり当たっていたようだ。
朝一で来た報せは目覚めた直後のぼんやりとした頭を覚醒させるのには充分だった。
“親友が転校するらしい”
そんな事、考えたこともなかった。
親友の蛍は、前々から変なやつだと思ってたけど、実は天才やったみたいで、国のスカウトで天才しか入れん学校に行くことになった。
そんでもって皆が言うには、蛍は只の【天才】やなくて、【アリス】ゆー別格な天才なんやて。
頭ん中は蛍の事でいっぱいだった。朝ごはんの事も忘れて、ただひたすらに蛍の元まで走った。
全力で走り続けて、やっと親友の姿が見えた。
「蛍っ!」
その声に反応した彼女が振り返った
「蜜柑」
蛍は黒髪ショートヘアのとても美人な子だった。いつも落ち着いていて品があり、とても同い年だと思えない。
普段からその姿にはドキドキさせられているが、今はそんな事思っている場合ではなかった。
蜜柑は蛍をギラリと睨み、地面を思いっきり蹴って高く飛躍した。蜜柑の身体能力も、とても10歳の少女とは思えないものであり、周りの子達も驚きの目で見ている。
「この、、、大ボケボケナスゥーっっ!!!」
強烈な蹴りを入れようとしたが、その前に蛍に叩き落とされた。
それもハエたたきで。
「今時間ないんやし、用件は口で言って」
淡々と発せられるその言葉に蜜柑は泣きそうになった。
一応、2人は腐っても親友だ。今までたくさんの事を共に経験し、感情を分かち合い、喧嘩だって沢山した。それなのに、
「この蛍からの手紙...ここに東京の学校に行くてあんねんけど。しかも出発今日で、小中高エスカレーター式の学校て...」
「ああ、全部ホンマや。」
蛍の言葉に、急に現実味が増す。心のどこかで嘘であると、嘘であって欲しいと願っていた。もう涙も抑えきれない。
「んな大事な事こんなかめ便使うて知らせるなーーっっ!」
「だってあんた、早めに知ったら知ったでうるさいし...毎日私に泣きついてべったりするの、目に見えてるし」
即答されて、更に落ち込む。確かに、確かにそうだけど、蛍にとってはそれはそんなに鬱陶しいものなのか、そう思うともう言葉も出ない。
「.....馬鹿ね蜜柑。こんなの泣くほどのことじゃないわよ。一生会えないわけじゃないし、手紙だってあるじゃない。」
「蛍...」
「このカメは蜜柑にあげるわ。元気でね。さようなら。」
蛍のその言葉に酷く既視感を感じた。止めたいのに、体が地面に張り付いたように動かない。前にも告げられた事のある様なこの言葉、まるでトラウマがあるかのように、頭の中で木霊していた。
半年後。
やはりこうなると思っていた。
蛍からの手紙は一通だけ。しかも内容は学校の自慢とスイカの要求といったなんとも腹立たしいものだった。
じいちゃんは蛍ちゃんは面倒くさがりじゃからのうなんて言ってたけど、そんな理由でかたづけられるわけがない。
当然学校に行っても蛍の事で頭がいっぱいで、授業なんて上の空。気づいた時には廊下に立たされていた。
そんなこんなでしょげまくっていると、教室の中からクラスメートの話し声が聞こえた。
「そーいえばウチのお父さん、こないだ変な事言うてたで。“自分の子が蛍ちゃんみたくアリスやなくて良かった”て」
その言葉が気になり、蜜柑はさらに注意深く聞き耳を立てる。
「何か蛍ちゃんの行ったアリス学校て、一度入ったら卒業まで親でも会う事出来ひん監獄みたいなとこらしいよ」
信じられなかった。ずっと抱いていた腹立たしさは一気に不安と心配へと変わった。あの時のさよならが再び頭の中で繰り返される。
しかし、次に発せられた友達の言葉でその思いも一気に冷めた。
「でも蛍ちゃんアリス学校入ったら国からたくさんお金貰えるって聞いて一発で行く気になったんやて」
な、何やそれーーーっっ!!
もはや空いた口が塞がらない。つまり蛍は蜜柑<お金だったという訳である。
放課後。
もはやショックで意識が飛びそうな程。
蜜柑は教室の背面黒板に延々と愚痴を書き続けていた。周りもあまり刺激しないようにと心がけることにした。
それにしても、自分は蛍にとってその程度の存在価値だったのだろうか。親友だと思っていたのは自分だけだったのだろうか。考えれば考えるほど、マイナスの方向にしか思考が向かない。
するとふと、廊下から話し声が聞こえた。
「この度はお嬢さんの件で本校に多額の寄付を頂き誠にありがとうございました今井さん。」
校長先生と、蛍の...お母さん?
「おかげで廃校寸前の我が校も何とかやっていけそうです。」
なんの事だ?
「いえ、娘たっての希望でしたので。あの子はこの町が大好きでしたから。転校ばかりで今までろくに友達も出来なくて、やっと心から打ち解け合える友達と出会えたこの学校をたとえ自分がアリス学園に行ってでも守りたかったんだと思います。」
「今の話、本当?」
「蜜柑ちゃん...」
気づいたら声がでていた。自分はずっと蛍に誤解を抱いていたという事?
蛍はずっと自分の事を考えてくれていたというのに、自分は勝手に蛍を恨んでいたの?
何故もっと親友を信じてあげられなかったのか。蜜柑は急に自分が情けなくなった。
蛍の愛はいつだって分かりにくい。でも確かに、いつも蜜柑の事を思ってくれていた。
今度は自分が。
その夜。
「ごめんじーちゃん...」
蜜柑はじーちゃんに手紙を残し、アリス学園へと向かった。