ざっくりハーフのトライアンフ(仮) ~シャングリラ・フロンティア外伝 ヌルゲーマーのエチュード~   作:みそぎ 鈴

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1-1 意味は無くても、価値の有る的なやつ

 趣味、というものを大人になっても持ち続けることは、きっと割と難しいことなんじゃないかと折に触れて思う。思っている。

 望まない緊急案件一つでも生えやがればその日は望まない残業を強いられることになるし、一人で完結しない其れを持てば、どうしてもそれに派生する人付き合いというものからは逃れることが出来ない。勿論、一人で完結するものもあるが、それも大抵の場合「自分以外の誰かに観測して欲しくなる」自己顕示欲に飲まれて本当に一人では完結していられなくなるものだ。そう、趣味(好き)を持ち続けるためには、そうでないもの(好きじゃないもの)も持ち続けなければならない。

 好きなものが、純粋に好きなだけではいられない。きっとこの感覚は、本来なら貴重極まりないクソガキ時代を、嬉々としてどうしようもない無駄遣いのキャンプファイヤーに火に焼べまくった人種なら、大なり小なり共感してもらえるものだと俺は確信している。それは燃え盛った炎が熱ければ熱い程、その燃料が大衆の日常からかけ離れてものであれば程、注いだ熱意が粘質であればある程、燃やすものが無くなった後に残った余熱の燻った灰の後始末に困ってしまう性質のそれだ。

 そしてそんな時には、新しい何かを探すムーブこそが大人のスマートさというものなのかもしれないと、最大公約数の理性を持つ誰しもがきっと知っている。が、それは中々に難しく、面倒臭く──転んだ時のダメージがデカい。

 モラトリアムの塊と言って良い時期に激しく燃え盛った熱量を、社会の歯車になってから新しく見付けることは非常に労力が必要であり、育てるにはそれ以上のコストが掛かり、そもそもそんな簡単に代替出来るものなら苦労なんて最初からしないのだ。

 

 

 

 

 

 

「デーブちゃぁん、また今日も手抜きしたでしょう。ああいうの若い子の前じゃ良くないと私思うんだけどなあ」

 

 気怠げ──と呼ぶには色気の欠片もない、単にやる気が無いだけの声色が形式的に俺を叱責する。見てくれだけは美人の筈の、しかし俺の琴線には一切掠りもしないその声の主は、そのままカウンターに突っ伏してグラスをからからと回して弄んでいた。

 おいこら、髪の毛めっちゃカウンターに拡がってホラー映画みたいになってんぞ。きったねえなー……

 

「その呼び方いい加減やめーや。つか他のOB達いるかもしんないだろ、その絵面じゃ『酔ってる』って言い訳するにはきつ過ぎんぞ。もう俺は小芝居に付き合わないからな。あんな面倒なの──」

 

「でーじょーぶでーじょーぶよぉー。今日も可愛い子来なかったし、OB勢もお金持ってる人は居なかったしねー。今日は捨て回ってやつですよ。すーてーかーいぃー」

 

 声の主、小比類巻灯(こひるいまき あかり)はカウンターに突っ伏したまま更にへちゃむくれて投げ遣りに追加のオーダーを頼んだ。オセアニア圏屈指の有名人の現地妻、という普通に生活していたら中々お目に掛かれないであろう、それなりに強烈な属性を持つ隣人の目には、本日の会合参加者にはお眼鏡に適う男性はいらっしゃらなかったらしい。

 皆は知ってる? げ・ん・ち・づ・ま。お・も・て・な・し、じゃないぞ。現地妻だ。もう本当にそのまんまのそれ。

 いや、というかそもそも現地妻やりながら他の男を堂々と物色する感性は俺には一切理解出来ないもの(此奴曰く、女なら当然!らしい…)だが、俺が彼女の小言を嫌ったのと同じように、この手の小言は既に仲間内の中では言い尽くされているため今更いちいち突っ込んだりはしない。

 ──こいつ選別対象が居ないところでは本当女捨ててるよなあ…。俺も人の事言えないけどさあ…、何つーか限度ってもんが……まあいいや。このやり取りも殆ど定型句に近いもんだし。

 

 

 ちなみにOB勢と言うのは、まさに言葉の通り「over boy」を意味する。boyと呼べる時代は下手すれば四半世紀前に消し飛んだ過去ではあるが、それとは別に、俺がこの単語を用いたもう一つの意味として、本来居てもおかしくない筈のもう半分である、OG、「over girl」が母数には存在しない、という事も示唆している。要は俺の隣でへちゃむくれている此奴は、この界隈では珍しいgirl(笑)属性の持ち主という訳だ。

 

「デーブ…(ギロリ)

 

 ……勝利くーん、今日もいつものルーティーンではぐらかしたでしょぉー。やっさん(OBの長的なポジション。俺はめっちゃ苦手、つーか嫌い)、明らかにテンション下がってたよ?君、見せ方のセンスあるんだからたまには新しいのやってよ。おねーさん結構楽しみにしてるんだけどなー」

 

 

 同級生だけどな。そしてとりあえずお前は一人称統一しろ。

 ていうかお姉さんと言っても単にお前が一浪してるだけで大学の学年は一緒だったし、年長者としての経緯を払って欲しいならアラサーらしくきちんと振舞え。おっと、アラフォーとか言うなよ? 俺達くらいの年齢的カテゴライズは非常に繊細極まるものだとご理解願いたい。つーか全人類共感して願ってくれ。願え。

 

「良いんだよ。今回は大学から始めた子結構多かったし、チョイスとしては妥当だろ。ていうかそういうテンプレ問答めんどいんですがー…。──あ、お兄さん。この『シンガポール・スリング』、一つお願いします」

 

 ……何かめっちゃけばけばしい酒がグラスで出て来た。知らないお酒って名前で選ぶと大体軽く後悔するよね。

 

 

 

 

 さて、そろそろキーワードでこのやり取りを統括しよう。

 オセアニア圏屈指の有名人、OBとOG、会合、ルーティーン、そして趣味。取り留めなく羅列されたこれらと安酒でぐだる俺達二人を一括りにする共通項。それは、ずばり「手品」だ。

 小比類巻灯──、灯ちゃんの(彼女曰く)パートナーは、パプワニューギニア界隈を中心として活躍する国民的有名マジシャンであり、事実上OGはこのへちゃむくれだけの社会人が集まる月一回の会合は、学生奇術サークル(基本的に専門界隈では手品ではなく奇術と言う)を卒業した以降も手品を趣味とする奇特な人種の集まりであり、ルーティーンとは、演目が始まってから終わるまでに行うマジックの一連の所作を表す単語である。

 

 ちなみに絶賛不評を食らいまくってる俺が今日行った演目は「トライアンフ」と呼ばれるものだ。

 アルファベット表記すると、世の男性の六割くらいがちょっとばかりそわそわしてしまう衣類メーカーを連想しかねないそれは、和訳をすると「征服」、「大成功」、そして「勝利」を意味する。

 これは読み方こそ違えど、この俺、太田隈勝利(ただくま かつとし)の名前と同じ意味を持つカードマジックであり、更に言うと世界でも有数の名ルーティーンでもあるのだ。折角なのでこの機会に是非覚えて欲しい。

 ほら、こういう地道な布教って大切だよね? ニッチな界隈の趣味ってのは放っておくと直ぐに枯渇して勝手に死滅しそうになるから、こういうのは本当に油断ならない。

 

 話が反れた。

 俺が好んで披露する「トライアンフ」は、今日初めて会合に体験参加した大学生サークルの子達に非常にウケた演目であり……、輪番制で回ってくる演目発表会の際に俺が毎回変わらず行うルーティーンだ。

 そして毎回同じルーティーンを行う理由は至極簡単なもので、手品は総じて難しく、見せ方の研究は面倒臭く──失敗した時のダメージがデカい。だから俺はお決まりの慣れ親しんだルーティーンしか披露しないことにしている。

 無論、物々しく会合なんて名乗ってはいても、単に同好の士が内々で集まって見せ合うだけの場において、失敗なんてのは本来ダメージは一切無い筈のものだ。そしてそもそも手品ってのは他人に観測されてナンボのものである。

 ……それでも社会の歯車になって十年を過ぎると、自らの失敗を他人に見せるというのはやはり中々堪えるものがあるんだよね。そういうのって無い?

 俺は有る。めっちゃ有る。

 

 

「はぁー…。あー、まあいいや。君が拗らせてるのはホント今更の事だし…。とりあえずその拗らせ太郎君に朗報だよ。前言ってたあれ、手に入ったから持って来たんだ。要るでしょ?」

 

「えっ、マジっ?!」

 

 急に振られた土産話を耳にして思わず身体を乗り出してしまいそうになり──からの自制心カムバックっ!

 あー、おほん…。良い大人が店内で大声なんて上げちゃ駄目だよね。でーじょーぶでーじょーぶ、俺はもう良い大人、良い大人。大丈夫だ、問題無い。……早く見せてくれっ!!はよはよっ!!

 

 

「あはは……。君、普段からそれ位やる気見せてた方が良いと思うよ? 最近多少マシになって来たけど、ちょっと前の頃とか本当に酷かっ…… ごめん、その目付き本当に怖いからマジで止めてくれない? ふつーに酔い冷める。止めて」

 

 アレを思い出させるなクソが! ていうか人の顔見て何を失礼な!

 一瞬そう思ったが、ここで変に機嫌を悪くされても困る。ここは大人しくスマートな俺を演出してみせよう。……早く現物見せろ!

 まあ確かに、半分泥酔している美人(多分)に酒の場で詰め寄る構図ってのは社会的にアウトな気がするな。努めて自制し、自分のケツをクッションに押し付けて半身になった身体を正面に直して……とりあえずグラスを一口傾ける。

 うーん、明らかにオーダー間違えてるなこれ。甘さを抑える為にレモンとかでバランス取ってるんだろうけど、単純に薄いよこれ。

 

 そんなこちらの小さな葛藤をジト目で睨み付けた後に、「ふぅ」と嘆息して脱力した美人様は化粧と手品道具が詰まったハンドバッグの中から、目的のブツを取り出してくれた。

 カウンターに置かれたそれを目視して素早く回収して自分のバッグに仕舞うと、グラスの残りを一気に飲み干す。やっぱりうっすい、でもこれは今の状況だとちょっと助かるな。

 

「代金の方は……」

 

「お代は今日を含めて向こう三回分の飲み代。駅までは送る。忘れ物確認して。ほら、灯ちゃん、店出よう?」

 

「えぇー……」

 

 

 最速よろしくその場を精算する俺を心底嫌そうな顔をする彼女を無視して、構わず俺は手早く上着を羽織るのだった。

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