ざっくりハーフのトライアンフ(仮) ~シャングリラ・フロンティア外伝 ヌルゲーマーのエチュード~ 作:みそぎ 鈴
シャングリラ・フロンティア。通称「シャンフロ」。
一カ月ちょっと前に発売され、専門雑誌が評するところでは「現在某世界記録に比肩する程爆発的に売れている品薄必至」の、同時接続型大規模MMOゲームだ。そしてこれは個人的に多少思うところがある背景を持ったゲームでもある。
ゲームの仕様は現在判明している限り酷くクラシックなもので、簡単に言ってしまえば剣と魔法の世界におけるスキルゲーに分類されるそれだ。そしてそんなクラシックなスタイルのフルダイブMMOがそれだけで世間に無条件に受け入れられる訳はなく、当然これには追加情報がある。
それは言葉にすれば、圧倒的なリアリティ──という割と陳腐な言葉に集約される。これは各種レビューサイトの共通見解だが、これこそが原点にして頂点、的なやつとして世間的には認識されているようだ。あれかね。パスタで言うところのペペロンチーノ的な扱いのやつ、もしくは感謝をしながら正拳突き1000回……これはちょっと違うか。他に上手い言い方は無いだろうか?
ともあれ、そのシャンフロペペロンチーノはおよそ一世紀前には確立したロボット三原則が準用されるAI技術をおそらくガン無視して超々高度に発展させ、更に意図的にダウングレードさせたことを隠す気すらない思考ルーチンと、水滴一つにまで物理演算を適用した変態的技術を以てゲーム業界を席捲している。世間では既にシャンフロシステムだなんて呼ばれ方で持て囃されているらしい。
そしてこういった設計思想は、俺のような常に合理化を強いられる社畜からすれば到底許容する事の出来ない自慰行為と見えるのだが……まあそれは建前ってやつであって、俺を含む絶対的多数の大衆はこういったモノを本当は何時だって涎を垂らして待っているものでもある。
圧倒的なパフォーマンスを誇るアスリート、数百年続く古典芸能、ネットの世界に腐る程掃いて捨てるまでに転がりまくっている娯楽小説の一つに至るまで、モブの大衆は最大公約数の正しさなんざ辟易していて──「これが己が信じる正しさだ!」という強烈な自己主張や信念に魅せられるものだ。
では例えば俺はどうなのか? そんな事はいちいち問われるまでもない。でなければ良いして後生大事にゲームディスクなんて鞄に仕舞い込んだりしないだろ。このゲームを手に入れるまではその評判を知らなかった俺ですら、帰り道に携帯端末で調べた程度のレベルの情報でテンションがちょっと上がって来ている始末である。
とは言え、このゲームを欲した理由は、俺個人で言えば本来そこに力点を置いていなかったものではあるのだが。
社会の歯車になって早十余年。良し悪しに関わらず目の前のタスクにしか興味を持てなくなっていた所謂社畜ど真ん中の俺は、本来ならば気づいて然るべきであった筈の因縁をばっちり見逃してしまい、何処ぞの現地妻様のフリーター生活に力を借りることとなった。――因縁? いや違うか。因縁ってのは少なくとも両想いの関係性に基づいて使われる言葉であって、おそらく俺のそれは違う。因縁って言うよりは、きっと怨念と言う方が近い。まあ今はそれは置いておこう。
カラコンさえ入れればゲルマン民族の十代女子と言っても全く疑われない容姿を持つあの真性駄目人間(三十路半ば)は、所謂短期コンパニオンとして様々な販売店に伝手とコネを持ち、このゲームを俺に用立ててくれた。対価はこのゲームの定価の倍といったところだが、今何処の量販店でも品切れが続く人気ゲームを迅速に手に入れてくれた点を考えると、オークションサイトで競り落とすよりも大幅に良心的であり、正当な報酬と言える範囲だと言えるだろう。
まあ実際のところ、俺が一方的に金額指定したんだけど。反論は無かったんだしそこは気にしない。
社会人の集まる手品の会合は歯車の悲哀よろしく毎月金曜日に行われるため、当然ながら翌日は土曜日。つまり今日は土曜日で、明日は日曜日だ。
カレンダー通りにある程度休めることだけが取り柄の職種についたことが、今回ばかりは幸運に感じられたことに感謝しよう。
えーっと、VRゲームをプレイする時には、空調と水分確保の手段を整えて、ダイヴ時の床擦れに気を付けるようにするんだったっけか? ちょっと介護臭するよなこういうのって。
いやいや、軽口を叩いてみたものの大切なことだってのは、数年ぶりにプレイする俺でもしっかり理解出来る。ていうか久々だと正直ちょっとトイレ問題が怖い。……今からでも万全に万全 を期して紙オムツ装備するか? 誰にも見られなきゃセーフだろ。あくまでも最終防衛ラインを持つことの安心感を手に入れることが目的であって、実際に使う訳じゃないし。
それに昨日の酒はきちんと抜けるよう万全の対策も取ったし睡眠も十分──お陰で既に昼飯も近い時間帯になってしまっているが、コンディション調整の為の必要経費だろうしな。その辺は大丈夫な筈だ。
えーっと、それから他には他にはぁ──……
「あー。やっぱこれ、浮かれてんのか俺は……」
年イチのプレゼン準備かよ、俺。舞い上がり過ぎだろ。
あれこれと準備して忙しなく男のむさいベッド周りを必死に整える構図は、ちょっと他人には見せ辛い絵面だろう。普段は斜に構えていて、今この瞬間もぱっと湧いて出たような浮かれ具合に冷めた視線を自らに下している自分も間違いなくいるのだが、それを押してもなお、初ログインに突き進んでいく浮ついた自分を自覚して思わず苦笑する。
そしてそんな俺の姿を映した鏡の中には、物憂げな表情のブサイクなおっさんが──……って、そんなのどうでも良いわ!
まあ、正直楽しみにしてたからね。仕方ないよね。
とは言え、このまま自分のベッドに付きっ切りになる三十路を晒し続けて肝心のゲームに進めないってのも本末転倒だろう。こういう時は、MMO初心者用まとめサイトの基本事項だけを再度おさらいして────
トイレは小も大も済ませた上で水分と栄養補給を済ませる事。
ガチでやる必要がない場合はベッドに横たわってプレイする事。
起きてすぐ水分補給できるようにペットボトル飲料水は近くに置いておく事。
何だ、全部ちゃんと出来てるじゃん俺。それじゃあまあ、いい加減せーので──
ログイン!!
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久々のダイブにおそらくほんの少し緊張している、のだろうか。
バイタル値は正常。色彩の乏しいファーストフェーズでキャラメイクはさっさと済ませた。詳細は後で確認すれば良いだろう。
「キャラクターメイク最終決定」から遷移を選択した瞬間、瞳は既に閉じているのに視覚として認識出来る電子世界の画面が暗転し、そこから場面が切り替わる。
ピントのぼやけた──おそらく風景映像が徐々に輪郭を表していくと──、鮮明さを増した世界は一気に加速度を増して昼の荒野を全景に映し出した。うっお、すっげえなこれ。マジで圧倒的なリアリティってやつに偽り無しじゃねえか。砂埃とか舞ってるけど、もしかしてあれって砂が一粒単位で描写されてんのか?
『遥かな太古、神代と呼ばれる時代があった。』
感動している俺に、唐突にナレーションとやたら荘厳なBGMが向けられる。……あれか。プロローグ的なアレか。
──音声として聞いた筈の「神代」という単語がスムーズに理解出来る辺り、やはりシャンフロはあのゲームの系譜を継いでいるという事だろう。単語の一つ一つに認識補助補正が入っている事に、俺はシャンフロの礎となっているであろう別のゲームに思いを巡らせる。
『偉大なる神人達は後世に命を紡ぎ、その姿を消した。』
目の前に広がる広大な荒野から場面が切り替わる。今度は夜の森の中で、月明かりを水面に映した湖だ。二十二世紀が見え始めた昨今にでは、最早中々お目に掛かれないガチの自然ってやつだな。
……ゲームの中の筈なのに自然とそんな感想が浮かんでくる辺り、このゲームのリアル加減の実力が窺える。
『時は流れ、神人の遺志継ぐ我々は彼らが願ったように地に広がり、そして大いなる命の流れを紡いでいく……』
再度場面が切り替わり、今度は人工物の集合体を丘の上から見下ろす構図になる。所謂剣と魔法の世界に出て来るヨーロッパ基調の街並みのそれだ。
街の入り口で兵士が荷馬車に乗った商人…で良いのか?旅人に話し掛けている姿が見えた。纏めサイトによると、あれらアバター一つ一つに疑似人格AIが搭載されているとのことだが、本当だろうか。
『今を生きる我々は、歴史と遺跡の中に息づく過去の遺産から神人達の叡智を掘り起こし、受け継ぎ、讃え、我が物として、暮らしていく。』
「うおっ!?」
思わず声を挙げてしまいそうになるが──今は強制ムービーの途中の為、それは適わない。
唐突に目の前をサイとライオンを混ぜたようなモンスターが横切っていき、思わず身を竦ませる。……実際にはムービー描写だから、まださっきメイクしたマイアバターを知覚出来る状態じゃないんだけどね。
そんな取り留めの内思考に揺蕩う俺の目の前でモンスター同士が走り回り、ガチバトルを繰り広げ続けていく。モンスターが牙を剥いた瞬間に垂れ零れる涎と晒された歯肉がいやに生々しい。これグロ耐性大丈夫か? やばい予感するんだが……。
『さりとて、人の欲求は尽きることは無い。富と、未知と、生きる意味を求めて、彼らはこの厳しく優しい理想郷に挑んで行くのだ。そして人々はそんな彼らを「開拓者」と呼んで敬った』
更に場面が変わり、今度は夕暮れの戦場。恐らくこれは戦場だろう。
人と人と、更にモンスターが三つ巴になって苛烈な戦闘を続けている。――先程のナレーションに「讃え、我が物として」という並列表現に違和感を感じたが、そういう事か。要は対人戦闘もアリって事なのね。……PKされるのって屈辱だよな。いや、今はその思考から離れようってさっきも思っただろ俺。
目の前の甲冑兵が翼竜っぽいモンスターに齧られたり、魔法使いが派手なエフェクトで兵士とモンスターを同時に吹っ飛ばす光景が十秒程繰り広げられていく内に、徐々にBGMが小さくなり、画面も徐々に暗くなっていく。
お、そろそろオープニング終了かな。
分かりやすいフェードアウト効果に次のフェーズの期待が高まっていき、まだ知覚されていない筈の身体に力が籠もる。そうやって身構える俺を迎えるかのように最後のナレーションが響き渡り──
『さあ、開拓者達よ──。世界を拓き、世界を楽しめ!』
最後の一声と共に、暗転した視界が一気に光に包まれた。