ざっくりハーフのトライアンフ(仮) ~シャングリラ・フロンティア外伝 ヌルゲーマーのエチュード~   作:みそぎ 鈴

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バベル関連は後日修正要


1-3 凡人が観測する神ゲー事情

 スペル・クリエイション・オンライン。通称「禁呪」もしくは「スペクリ」。

 数年前、俺にとって浅からぬ悔恨を刻んだこのゲームは、今は既にオンラインサービスを終了した曰く付きの作品である。そして学生やライト層のユーザーからは「露骨に冒険し過ぎたシステム性が悪用されまくったクソゲー」と評されるこの作品は、一定年齢を超えた人間からすれば少し考えるまでもなく明らかにヤバい技術を体現したものでもあった。

 その露骨なヤバさは、一部のプレイヤーからはちょっと笑えないお偉方の意向を汲んでサービスを終了させられたと噂される程であり──俺はそれがただの陰謀論であると思っているが──当時はニュースサイト等でそこそこ話題になった事例でもあった事を、俺は忘れていない。

 

 とは言え、皆はそんなおっさん視点で見たネトゲ事情なんぞ考えた事は無いだろう。

 故にスペクリのヤバさを理解する為には、若干近年のフルダイブ型ゲームの三つの特徴──「身体能力拡張」、「知覚機能拡張」、「意思疎通の共通言語化」について説明してみたい。

 

 

 

 身体能力拡張。

 言葉のとおり身体能力を補正、ないし創造する機能をゲーム内で発露する仕様の総称をこの様に呼ぶ。世に溢れるハックアンドスラッシュのスキルゲーや対戦格闘ゲームのそれらは軒並みこの機能を採用している。あれだ、筋力パラメータを上げればオブジェクトの岩を運べるようになるであるとか、スキルを発動すれば猫のような軽い身のこなしが出来る的な仕様は大体これに類する事になる訳だな。

 これは元々フィギュアスケート等のウィンタースポーツ、とりわけ転倒や失敗が選手生命を一気に縮めかねない競技の練習方法として考案されたプログラムが、ゲームに転用された経緯がある。その為それらの派生として、武道武術、格闘技、書道や茶道と言った「型」を重んじる競技やコンテンツの教材として用いられていたりしているのが特徴だ。

 その他にも、ゲームをゲーム足らしめる為に質量や重力補正なんかもあるんだが──、それは枝葉に類するものとして今は割愛することにしよう。

 

 ちなみにこの仕様は、医療分野における肢体不自由患者のリハビリテーションに技術転用しようという試みが、最近の流行だったりする。そしてその派生で、ゲームに傾倒する余りリハビリ行為を全部ぶん投げてプロゲーマーデビューした、なんて障害者の星のブロンド女子も生み出したらしい。

 ――ゲーマーってのは業が深いのね。病院に通っていたらいつの間にかアイドルプロゲーマーになってました! とかカオス過ぎるだろ。ていうかゲームも良いけどリハビリもしろや!

 ……まあいいや、話を進めよう。

 

 

 

 知覚機能拡張。

 三つの仕様の中で最も歴史の浅いもので、先程俺がオープニングで聞いた「SHI・N・DA・I」という音声を前提知識なく「神代」と認識させたアレなんかがその代表格だ。前提知識も脈絡もない状態で唐突に音源として聞いた(厳密にはフルダイブ中に「聞く」という概念は本来存在しないのだが)特定の固有名詞を、誤解なくプレイヤーに認識させるために用いられる仕様。知覚機能拡張は概ねこういった「未知の情報を便宜上既知の情報として扱わせる」というものに類型される。

 他にも例えばシャンフロで言えば、レンジャースキルの痕跡追跡(トレースチェイス)や、現在最前線組プレイヤーが躍起になって集めている使い捨て技能媒体(スキルグリフ)瞬刻視界(モーメントサイト)辺りなんかも、これに該当することになるだろう。他にも聴覚以外にも視覚情報に適用することで視覚情報に補助線を示したり、疑似的な未来視なんかを体現出来るものも同様の扱いになる──んだが、この理屈だと五感繋がりで味覚とかそういうのにも補正入ったりするのかね。まだ触っていないサブ職決めるにしてもちょっとその辺気になる部分でもある。

 ともあれ、これらは前述のとおり世に出てからの然程時間が経っておらず、本格的に不特定多数のプレイヤーがこれを体験することが出来るようになったのは、スペクリが世界初と言われている。

 

 ――まあ、その世界初の試みは18禁仕様の淫語に塗れて──終末期はデスメタルなんかにも塗れていたらしいが……。これ言っていてもう自分でも意味分からないな。淫語とデスメタルの取り合わせって何由来の世界観だよ。

 淫語はある程度予想された脱線具合ではあるが、それに対抗する為にデスメタルを持ち出そうと考えた奴の脳内に興味があり過ぎるわ!

 

 

 

 

 脱線が続くな。続けよう。

 

 意思疎通の共通言語化。残念ながらこれは説明が長くなる。

 言葉のとおり、人種を問わず意思疎通を可能にする仕様の総称。……歌や音楽でボーダーレスな世界を実現、みたいなアレじゃないぞ? 個人的にはそういうノリは大好物だが、今はそういう脱線は置いておく。

 この仕様の実現については概ね二つのアプローチがあるとされている。前提としてプレイヤーが任意で母国語をデフォルト設定する、という前提の下、一つは「思考情報そのものをオブジェクト指向で一元化処理し、それらをプレイ処理と同時演算翻訳する」、もう一つは「プレイヤーが体感するサーバ情報を数十秒程度現実世界から意図的に遅延させ、言語情報のみを先行処理させる」と言う方法だ。

 ……何を言ってるか分からないって? 大丈夫、俺も伝聞で概念理解したつもりなだけだから、上手く説明出来ているのか、そもそもそれが事実なのかすら自信が無い。故に、分からないって反応は至極当然の感想だ。まあ取りあえず今はそれでも続けるぞ。

 

 まず前者は一言で言えば、思考盗聴と言い換える事が出来る。要は「考えた瞬間それが電極機械に感知され、情報として構築されてしまう」というシロモノだ。もうこれは言ってるだけでもガチでヤバいのが素人の俺でも分かり過ぎるレベルだな。

 故にこれは当然ガチンコの犯罪として、採用しているサービスはこの世に存在しない。……多分。倫理的観点から、内心の自由と言うものはどの国でも重要視されているため、頭の中で考えた事を本人が言葉として発する前に思考者の裁可無しに情報として他人に伝える、という事は万国共通で忌避されているのが現状なのだ。

 サトラレかよ。怖いよね、嘘のない世界って。

 

 対して後者は噛み砕いて言えば「言語として発した情報」と「それ以外のプレイヤーの体感情報」の時間の流れ方が違う、と言えば良いだろうか。

 そもそも言語というものは国や地方によって差こそあれど、基本的に文節単位で言語が確定してからでないと翻訳というものは難しい。また、ジョークやスラング等の類は複数の文節が連なった結果、文全体がまるで違う意味を持ってしまう、なんて事もザラにある。その為、一定以上の精度を持ったAIによるリアルタイム翻訳というのは、事実上実現不可能とされている。

 そこで何処ぞの偉い人が考えたのが、言語情報の独立処理化だ。要は口頭から発せられた言葉を翻訳する体感時間を事前にストックしておき、言語を発する → 翻訳する → 第三者の聴覚に音声として届ける、といった行程を体感時間とは別の時間軸で処理している手法だ。

 

 基本的に電子世界へフルダイブする際には必ずログイン行為が必要となるが、生物である人間が意識を現実世界から仮想世界に飛ばして、そこから脳波やバイタルを安定化させるのには最低でも一分程度は掛かるとされている。しかし、プレイヤーが実際にダイブ完了を知覚するのは多くても三十秒程度だ。故にフルダイブ中の人間は実は「常に三十秒ほど過去の夢を継続的に見続けている」状態にあると言える。

 そして言語翻訳はこの時間差を利用し、過去の情報を知覚して夢の中で発言した己の情報を数十秒の間に翻訳し、己の脳内と夢の中の情報に突合、擦り合わせしていく、というのが理屈らしい。

 無論この手法には欠点があり、時間誤差内で処理すべき情報が蓄積するとオーバーフローした情報が夢の中の情報への突合に間に合わない可能性が出て来るのだが、所謂格闘ゲームなんかではその点も解決しているのが現時点での普及状況だ。あの手の類のゲームは基本ラウンド制であるため、ラウンド毎に時間制限があり、ラウンド情報更新時の転換シーンは基本的に情報入力を一切受け付けない。要はその隙に各種情報をイニシャライズ化しているという寸法らしい。

 

 ちなみにこの意図的な遅延仕様とディープラーニングによる精度の高い高速翻訳処理を併用したのがラストビブリア社の創世(ジェネシス)シリーズである「ノア」、およびその次世代後継演算器「バベル」である。

 そしてこれらはそもそもゲームに限らない米国通信産業の最大手企業の主幹プロジェクトの産物であるため、俺のようなヌルゲーマーでも固有名詞を認識出来る程には有名な話だったりするのだが、まあそこは今は触れなくて良いだろう。

 

 

 

 

 さて、長くなってしまったが、話を一番最初に述べたスペクリのヤバさに戻そう。

 身体能力拡張、知覚機能拡張、意思疎通の共通言語化は、それぞれここ十年のテクノロジー業界を席捲している革新かつ核心技術であるが、結論から先に言うと、その中で社会から最も危険視されているのはズバリ知覚機能拡張だ。

 これは身体能力拡張と意思疎通の共通言語化は出力(アウトプット)側を補正する技術である事に対して、知覚能力拡張は入力(インプット)側を補正する技術である事に起因する。

 

 根本的にと言うか、当たり前と言うか、出力(アウトプット)側の情報はそれが構成された瞬間はサーバ上の電子情報であるため、それ自体を管理者側から操作管理する事は──例え事後的であったとしても──然程難しくないし、その影響もサーバ上の仮想世界の中で完結する。

 しかし、入力(インプット)側の情報はそうは行かない。何たって、知覚した情報はその時点で100%現実世界の人間に還元されるんだからな。リアル側の脳味噌に受信された情報はそれ以上補正の行い様が無い──これは事実上リアル側の人間の機能そのものを拡張する事に他ならず──また瞬刻視界(モーメントサイト)創世(ジェネシス)シリーズが行っている圧縮時間の限定的な実現と相まって、かなり洒落にならない相乗効果も齎すことにお気付きだろうか?

 要は「Hyperbolic Time Chamber(精神と時の部屋)」を現実のものとして実現してしまっており、これは身体的な活動を直接伴わない学習──とりわけ受験勉強なんかにがっつりそのまま転用出来てしまう性質のものなのだ。

 ……無論ここでは敢えて受験勉強なんて可愛らしいものを代表例に挙げているが、実際の転用先には枚挙に暇がなく、きっと世に溢れる沢山の世渡り上手な方々が常人では考えも及ばないような方法であれこれ商売を始めるのだろう。ていうか俺ですらぱっと思いついただけでも、三つくらいは悪用方法があるレベルだわこれ。

 まあそれ以外にも、複数の解釈余地がある筈の音声を任意の単語に強制的に認識させる、なんて思考誘導以外の何物でもない訳で、そういった意味でも全方位やべー印象しか受けなさ過ぎる。一笑に付すような陰謀論であっても、勝手にそこそこ説得力を持ってしまうって背景がもう既に駄目過ぎるし。

 

 

 以上がスペクリの有していたポテンシャルである。俺は専門技術に精通した訳ではない為、適切な説明が出来たかには甚だ疑問が残るが、それでも幾ばくかのヤバさはお分かりだろうか?

 現実世界側の人間に対する機能拡張の可能性を一身に浴びた世界初の仕様。それも不特定多数の人間が同時接続するフルダイブネトゲでの試みと来たもんだ。ここだけ切り出せばもう完全に大規模社会実験だよねこれ。

 

 

 

 

 

- - - - - - - - -

 

 

 

「空高っっ……」

 

 

 オープニングのフェードアウト効果から一気に反転した光の奔流が、少しずつ薄れて消えていく。強制イベントシーンから解放されて意識を取り戻しなから始めに抱いた感想は、そんな頭の悪さを隠し切れない一言だった。我ながら全く脈絡が無い。

 

 

「そして人多っっ!!」

 

 

 続いて二言目に思わず浮かべた独り言的感想は、やっぱり頭の悪さを隠し切れない一言。ていうか一言目と二言目の連続にマジで脈絡が無いし、独り言連発ってヤバいだろ俺。情緒不安定かよ。

 

 俺自身どちらかと言うと、若干の例外を除いて所謂ライトゲーマーに属する人間だと言う自覚がある。故に他作品との比較をするような経験値を殆ど持たない訳で、良くも悪くも率直な感想しか出ないのは元々予想をしていた──……のだが、それを差っ引いても、これは流石にちょっと上手い言葉が見つからない。

 とは言え、誰かに観測されたら黄色い救急車を呼ばれても文句の言えない挙動不審の俺の行動にも、一応言い訳をさせて欲しい。だって空が本当に高いんだよ!!(半ギレ)

 私は詩人ではないのでその美しさをとても言い表す事は出来ない的な逃げ文句を押し殺して必死こいて形容を試みるなら、

 

 ──遠近感を感じて自らの瞳孔が収縮する錯覚に陥る距離感──

 ──視界一面に遮るものなくコバルトブルーの真っ青な空が広がるパノラマ──

 ──微風を受けて前髪が淡く靡いて広大な世界に小さな自我を掴み取る感覚──

 

 こんな感じで言えば多少はその感覚が伝わるだろうか。

 クオリティと呼ぶにはやや要領を得ないレベルのビジュアルに、俺は天を見上げたまま口をぽかんと半開きにして突っ立っている状態を数秒保つくらいには呆気に取られてしまっている。そしてその快晴の空を渡り鳥っぽい雁の群れが横切って行くのが見えた。

 ……空が高いって何だよ。あれか? この上空は最低でも遠近感を認識するくらいには空間全部演算処理されてんのか? さっきのオープニングの砂粒もだけど、何がそこまでさせてんだよ! 変態かよ! ──こういう偏執的な拘り大好き(小声)

 

 そんな呆気に取られて意識が遠くなったまま視界を上空から大地へ下げると、今度はアホ程にうじゃうじゃと──それこそ繁華街のスクランブル交差点を彷彿とさせる程のアバターの群れが、視界にがっつり飛び込んで来る。そしてその多さは強烈に晴れやかな青空と相まって、これでもかという位にシステム酔いの俺を歓迎してくれた。

 大きく開けた街並みの中央通りには多くの露店が並び、その店先にはありとあらゆる品物が文字通り所狭しと陳列されていて、手前から順に青果店、土産物屋、武具の露店、地酒屋に――…あれは子ども向けの玩具だろうか、滑稽な動きをする仕掛け細工の人形を専門に並べてる店なんていったものもあった。

 そして行き交うアバターの恰好も様々で、いかにも高貴な出で立ちをした僧侶の無機的な表情から、品物の値切り交渉をしている主婦といった生活の匂いが滲む光景までを一度に視界に捉える事が出来る。雑多の一言で括れる、それでも快活さに溢れた、如何にも「らしい」ゲームの街並みを見せ付けれては、先程とは違う高揚感が湧いて来るというものだ。

 あぁ、これってプレイヤーアバターにはキャラ名がポップで表示されるのか。アバターの傍に「超合金豆腐」なんて表示されてるが、まさかアレがNPC名って事は無いだろう。

 いや、硬いのか柔らかいのかどっちなんだよっっ!! ……別にツンデレ行為とかじゃないぞ? こういうのは義理だ、義理。

 

 

 

 ──とは言え、さっきの露骨に気合いの入った僧侶プレイヤーアバターなんかと違い、明らかに街の風景に馴染んでいない恰好をしているキャラも相当数見受けられる。それはほぼ間違いなく俺と同じ初ログイン勢の初心者プレイヤー達だろう。

 あれだ。数多あるRPGゲームで言うところの「布の服」みたいな位置付けなんだろうが…… 何て言うか、病院で入院患者が着ているような病衣とか患者衣みたいなやつ? まあ中世文明水準で考えるなら別にこんなもんかなって気もする初期装備だが、とにかくデザインが致命的にダサい。流石初期装備。

 そして更にそんなダサ布の服への注意が一瞬で消し飛ぶ位には頭の悪さ全開でぶっ飛んでるのが、布の服勢のアバターの頭装備が軒並み動物園状態になっている、という事だ。

 先程の露店のラインナップに負けず劣らず、並居るプレイヤーの頭部が馬、狼、鳥(しかも何か数パターンあるっぽい)、河馬、蜥蜴――トカゲもラインナップって、ほ乳類限定じゃないのかよ。変温動物混じってるじゃねえか。まあ恒温動物変温動物って括りは学会で否定されて教科書にも載らなくなって久しいけれども。――とにかく千差万別と言える程デタラメだ。統一感も世界観も無さすぎてヤバい。

 

 

 

 うーん…… クソゲー?

 

 

 

 何かさっきの青空の高さに感動していたのとテンションに落差が起きている事を自覚するのを禁じ得ない。クソダサデザインの布の服を着て、頭だけアニマルしているアバターが大量に闊歩している絵面はかなり滑稽だ。

 ちょっと素に返った感じになって何ともやるせない気持ちになりながら自らの頭装備を外すと、両手の円らな瞳のアライグマの被り物がピュアな視線で俺を見詰めていた。俺はこの視線にどんな表情を返せば良いんだろうか。

 いや、うん。目の前の被り物もリアリティ凄いよ。何か毛のフサフサ感とか触っていて気持ち良いし。でも俺、キャラメイク画面でアライグマに関連するような初期設定したかな。多分そういう要素無かったと思うんだけど。

 

 

 まあ、良いか。最近の若い子にはこういうのが流行なんだろう。

 自分に理解出来ないからって全部否定するのは違うしね。そこの拒否反応にカロリー使う年齢はもう過ぎちゃったし、アライグマ結構可愛いから良いか。

 感動と困惑の一斉攻撃を受けた俺は、思考する事を手放して、装備を整えるべく街の中へ進む事にした。まずはサブ職決めないとな!




 アニマルパラダイスのシーンは原作展開によって大きく修正されるかもしれません。ご了承下さい。
 ……サンラク、お前マジ許さんからな!

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