やあ、チーズだよ。
うん、そうなんだ、発作なんだ。
やはりチーズだよ
この先チーズがあるぞ
運命とは変えられぬモノ。
どれだけ変化しようとも結局の所そういった運命であったに過ぎず、運命は容易くその手を伸ばし首へと絡みつく。
逃げる事など只人でしかない人間には到底不可能な話であり、そもそもが話として運命からはあらゆる存在は逃れることは出来ない。
さて、とある男の話をしよう。
彼は所謂普通の学生だ。
性格やらなんやらは多少ひねくれていてもそれは決して普通の人間のそれから逸脱している訳では無いし、普通と言ったからといって何処ぞの逸般人のような頭のイカれたありえない普通では断じてない。
彼は普通に受験し、普通に卒業し、普通に大学生になった。
そんな日本中を見てもまったくもってありふれた人間でしかない彼にはとある運命が定まっていた。どうしようもなく、先延ばしには出来るであろうが逃げる事だけは不可能な運命。
さて、彼へと迫る運命とはいったいどのようなモノなのか。だが、それを記す前にこの彼について軽く説明を入れよう。
大学二年の夏休み、バイトも休みであり特にゼミの集まりがあるわけでもなく、これと言って友人らと遊ぶ予定があるわけでもない、そんな日暮れ頃。
北海道の大学────ではなく、北関東にある大学に実家から通っている彼は適当に外を歩いていた。
その手にさげられているのはスーパーのレジ袋。ゲームのツマミにでもするのか中にはぶどうジュースが数本と大きめのチーズ。たまたま安くなっていたのを見つけ、これ幸いと買った次第だがやはりそこそこの塊であるチーズはずっしりとした重みを彼の手に伝えている。
そんな重みに楽しみを抱いている彼であるがしかし、運命とは本人からすればあまりにも唐突でかないのだ。
ところで昨今、老人の運転する車がなんとも危なげであるのが有名だ。
そして、それは彼の地元でも起きない────なんて事はありえず、歩道を、彼の後方から一台の車がそこそこのスピードでそのまま彼へと向かってくる。
だが、まあ、距離が距離だったか、視認してから行動に移すには充分であり彼は車に轢かれるなどということは無かった。つまり、これは彼の運命ではなかった訳だが…………あくまで避けれたのは彼の身体だけ、その手にさげていたスーパーのレジ袋は車体に当たりそのままはね飛ばされてしまった。
ぶつかった際にペットボトルが破損したのかぶどうジュースの雨が周りに降り注ぐ中、洗うのが大変だなと彼は思いつつレジ袋を受け止めようとして空を見上げれば
もはや時既に遅し。
文字通り目と鼻の先にソレは迫っていた。
すなわちチーズの塊。
そこそこの重さのあるそれが空中より真っ直ぐに彼の目頭へと落下。
回避?無理である。
車と比べるな。視認してから行動に移るほどの距離なんてものは重箱の隅をつついたって出やしない。
故に
あまりに呆気ない。
あまりに悲しい終わり。
彼のコノートの女王も同情してくれる死に方であった。
さてさて、はてさて、ここまでが既定路線。
シチュエーション?
タイミング?
パターン?
そんなものは関係ない。結局の所、彼はソレによって死ぬというのが運命であり問題なのはここからである。
あらゆる並行世界の彼は必ずこの運命によってその生命を散らして別世界にて新たな生命として産まれてくる。
人はこれを転生と呼ぶが、そこに一切神という存在は関わらずあるのは運命というどうしようもないものしか存在していない。
故にこの先、転生を果たした先にいったいどのような事があるのかは誰もわからない。よく神のみぞ知るなどという事があるがこれにはそんなものは一切当てはまらない、何故ならば神なんぞそもそも関わっていないのだから。
例えば、湖の騎士として生を受ける。
例えば、将軍家剣術指南役の末裔として生を受ける。
例えば、何れ別世界に転移するだろうゲームが存在する未来世界に生を受ける。
例えば、漫画家の少女と出会うかもしれないそんな生き方をする世界に生を受ける。
例えば、例えば、例えば。
その先は千差万別。ありえないものはありえない。
だから、もしかしたら、その先にあるのは、常人では到底耐えられるようなものじゃあないかもしれない。
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────そんな事もあったな。
口から血反吐を吐き出す。
思考が現実へと戻ってくる。靄がかった視界が段々と鮮明になっていく。
いったい俺はどうなったのか。
「パーシィ!!死んだか!?死んでねぇならなんか言え!」
視界が揺れる、頭が揺れる、気持ちが悪い。どうやら、誰かに揺さぶられているようで…………その誰かの声にようやく俺は未だ自分が生きている事を自覚した。
揺れる視界の中、視線を動かせば俺の肩を掴み揺さぶる男がいる。口喧しく俺へと呼びかける此奴に俺は面倒臭いと感じつつも応えてやらねばならない。
「おい、パーシィ!」
「さわ、ぐな……糞、くわ、すぞ……」
俺の返答に一先ず安堵したのか此奴────兄弟は揺さぶるのをやめ溜息をついた。
そんな兄弟を他所に俺は視線を動かし周囲を見る。何処ぞの遺跡であったろう場所、壁には彼の神々と古竜の戦争の歴史が描かれているが残念な事に所々壁は破損し、更にはおびただしい程の血液がぶちまけられている。
と、視線を忙しなく動かす俺の様子に気づいたのか兄弟はまるで幼子に言い聞かせるかのような口調で話し始めた。
「安心しろ、魔物はさっきぶっ殺した。多少の怪我はあったろうがお前以外基本的に軽傷だ」
「そう、か……」
どうやら、俺以外は無事なようだ。
俺はそれに安堵の息を漏らしながら、自分の身体へ視線を移す。
右胸から右脇腹に抉るような傷────いや、実際問題内臓の一部ごと抉られている。一先ず止血はされているようだが、先程から口から血反吐が出る。
回復が出来ていないようだ。
「エス、トを……」
「ほら、ゆっくり呑め」
兄弟から瓶を受け取り、中身を呷る。
エスト独特の香りが口内に広がり、鉄の味を軽くしてくれるのが理解出来る。そうして、エストは少しずつであるが俺の身体に、ソウルへと染み渡り傷を修復している。
一先ずは問題ないだろう。
軽く深呼吸を行い、俺は四肢に力を込める。
瓶を持っている右手は兎も角、左手や両脚は魔物に吹き飛ばされ壁へと激突した際に変に打ち付けたのか軽く痛みが走るがそんなものはいままでに何度もやってきた事で俺は兄弟の肩を借りつつも立ち上がった。
「おい……無理はするな。兄弟たちも消耗してるんだ無理に動く必要は無いぞ」
「わかっ、ている」
改めて俺は周囲を見回す。
兄弟たちが各々、集まって武器を修復していたり鎧の調整を行っていたり、瞑想をして心身を落ち着かせていたり、と様々である。
見る限り兄弟が言ったように目に見える怪我をしたのは俺ぐらいのようだ。
俺と視線が合った兄弟たちが軽く手を挙げるのに手を挙げ返しつつ、俺は先の戦いを思い返す。
何人かの兄弟らが見つけた深淵の兆し、その源へと足を運び辿り着いたのがこの遺跡。そして、そこには深淵の魔物が深淵を撒き散らすように眠っていた。
いままでのに比べてみてもそこまで大差がなかった魔物と殺り合っていて……そう、連続攻撃の後の隙を突かれて…………。
「…………未熟、か」
愚かだ。
馬鹿だ。
未熟だ。
深淵の魔物。どのような強さであろうとも深淵に属している以上、慢心や油断は命取りにしかならないというのに……何たる醜態だろうか。
これでは駄目だ。
こんなものでは駄目だ。
俺は、俺たちは継がねばならないのに。
何れ来る灰の選択の為にも俺は火を継がねばならぬのに。
こんなものでは俺は火を継げぬ。
火の無い灰ではなくただの不死人としてこの世界に生まれた俺は、ただ、ただ、迫害されるだけだった。だが、そんな俺を拾い上げ、迎え入れてくれたのが兄弟たちだった。
ただの不死として、亡者となり自分がなんだったのかを忘れるような末路ではなく、兄弟たちと共に火を継ぐ、それは俺にとってあまりにも生き甲斐となった。
俺は一人などではなく、彼らと共に、何時かの世界の為に礎となれるのであれば。
だが、今のままでは駄目なのだ。
俺はこれでは、火を継げない。
もっと力を。もっと、もっと、力を。
「────ッ、貴公」
「兄弟……!」
「パーシィ……」
もっと、力が欲しい。
…………なんだ、どうした。
辺りを見回せば兄弟たちが立ち上がりその手に大剣を握っている。
皆、その視線を俺へと集中している。
いったいどうしたというのだ。
何故、兄弟たちはそんなもの哀しげな視線を俺にむけるというのだ。
なあ、どうして。
ドウシテ。
「パーシヴァル。我らが兄弟。我らが同胞」
「我ら狼血を分けし、狼公のソウルを分かちあった兄弟よ」
「闇より深淵の兆しを探り、世に仇なす異形を狩る不死の騎士隊」
「兄弟。我らが三十九人目の兄弟よ」
何故、オマエたちは、オレに剣ヲ向けてイル。
ドウして。
なんで。
「貴公、深淵を畏れたまえ」
「我らが深淵を討つ時、深淵もまた我らへとその手を伸ばしている」
「分かる、分かるとも。その本質は普遍的な人間性故に」
「そして、怪物と戦う者は、その時自らも怪物ととならぬように気をつけねばならない」
「「「「「兄弟」」」」」
ヤメ、ロ。
俺は、マダ。
腕をその背の大剣の柄へと伸ばす。
「すまない」
「安らかに眠ってくれ」
「何れ後を逝く」
「さらば」
「「「「「「おやすみ、兄弟」」」」」」
「────ガフッ」
血反吐を吐き出す。
腹を、背を、胸を、兄弟たちがその大剣で貫く。
血が溢れ出る。彼らの、兄弟たちの剣が俺のソウルを深々と切り裂いている。
嗚呼、駄目だ。
不死であろうとももはや駄目だ。
ここまで来て、俺はようやく理解した。
「嗚呼…………俺は…………」
どろりとして生暖かい、だが確かにそれは優しいモノだ。
俺の人間性が確かに俺のソウルをそういったモノへと変貌させていたのが漸く理解出来た。
結局の所、俺は駄目だったのだ。
最初の火継ぎの王の様に火を継ぐ事もなく、兄弟たちと共に火を継ぐ事もなく、火が陰る中目を覚まして玉座を離れる事もなく、火の無い灰により玉座へと連れ戻される事もなく、俺は有象無象として死ぬのか。
深淵に陥った不死に戻る場所はなく、俺は本当に死に絶える。
嘗ての様に二度目があるわけもなく、俺は死ぬ。なんて、哀しいのだろう。
火を継げなかった…………だが、それでも、兄弟たちとの日々は何より楽しかった。
「────おやすみ、兄弟」
希薄となる俺の生暖かいソウルを抱きながら俺はその意識を失った。
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もとより異邦より来たりしソウル。
故に本来のソレとは違う為に、一つの例外として彼のソウルは世界を超える。
それが何処に流れ着くのかは誰にも、神にも分かりはしないだろう。
だが、それでも。
きっと、嘗てよりは優しい世界であるのは間違いない。
世界に目覚めの鐘の音が鳴り渡る。
火を継ぐ王もなく、継ぐ火もありはせず、王を玉座へと連れ戻す王狩りたる火の無い灰もいはしない。
では、その鐘の音は誰を起こすのだろうか。
たった一人の王になれなかった騎士を目覚めさせるのだ。
「………………」
かくして、騎士は目を覚ます。
狼血を分かちあった一人の不死が目を覚ます。
これから彼はこの世界でどう生きるのだろうか。だが、そんな事は後回しだ。
「えっと……その……大丈夫ですか?」
先の生き方よりも目の前の美しく可憐な女神の方が不死にとって何より重要だろうから。
主人公のダクソステータスは活動報告にあげときますね。