店内へと足を踏み入れてみると、微かに香る薬品の匂いを鼻が捉えた。エスト瓶などとはまた異なるこの世界独自のポーションと言うべきそれらの匂い、常人よりも感覚が強いが為に基本的に感じないそれを捉えてしまったパーシヴァルは僅かに目を細める。
別に刺激臭というわけではない、それは未知の匂いに対しての反射的なものでしかなく、パーシヴァルはすぐに細めた目を戻して店内へと視線を巡らしていく。
扉窓が備わった商品棚に納められた大小様々なサイズの瓶、店の中央に構えられた商品台にも瓶や何らかの魔道具がズラリと並べられており、更に視線を動かせば商品棚の端には大きな籠に入れられている大きめの魔道具、商品等々とは関係はないのだろうが客を饗す為か店の主人が休憩をとるために使うのか店内に入ってすぐ横の陽が差し込む窓際には小さなテーブルと椅子が二つ。
そして、最後に視線をやるのは店の一番奥。小さめな商品棚も兼任しているのだろう支払い場が用意されたカウンター。
「…………魔道具店だから、もう少し妖しげなモノを想像していたが」
存外、マトモなものだな。
そう呟きながら、パーシヴァルは店内を歩き始めていく。見た限りでは店主の姿がどこにも見えないが、よくよく感覚を澄ませてみれば店奥の方に作業でもしているような気配と物音を感じ取り、少なくとも店主が留守では無いことは伺え、少しすれば店主も顔を出すだろうと割いていた意識を戻し商品棚の瓶を見ていく。
どれもこれも名札などがついていないため、パーシヴァルにはどの瓶に入っているポーションがどのような効果を発揮するのかはてんで分からない。そうして別の棚、扉窓が備わっていない商品棚へと移動しふと目に付いた小さな瓶へと手を伸ばし…………
「あっ、それは強い衝撃を与えると爆発しますから気をつけてくださいね」
「ッ────」
横合いから告げられた言葉に伸ばされた手は止まり、それを戻しつつパーシヴァルはその視線を声の主へと向ける。
そこにいたのは若い女だ。
明るめな茶色の髪を伸ばし、右目が隠れ気味でタレ目というその容姿は人混みを歩けば間違いなく十人中十人の男は視線を吸い寄せられるだろう美女のそれ。
紫紺の魔女という呼び名が似合うだろう衣服に身を包んだ彼女はパーシヴァルと視線が合えば柔和な笑みを浮かべて会釈する。
「いらっしゃいませ、ようこそウィズ魔道具店へ」
ウィズ。
曰く、嘗ては凄腕のアークウィザードとして名を馳せていたという元冒険者であり、この魔道具店の店主であるという。
彼女の自己紹介を軽く流しながら、パーシヴァルは先程のポーションとは異なる色合いのモノが入れられた瓶へと視線を向ければ、その視線に気づいたのだろうウィズがそのポーションについて説明を行っていく。
「そちらは蓋を開けると爆発しますので……」
「あ、そこのは水に触れると爆発します」
「それはですね、温めると爆発するんですよ」
ウィズからの説明が入る度に見ていたポーションから次々に視線を外しては隣にあるポーションへと移っていく。
それを更に何度も繰り返していけば、漸くパーシヴァルの視線は商品棚のポーションから外れてため息をつきながらウィズ本人へと向け、口を開いた。
「…………貴公、とち狂ってるのか???」
「ち、違いますよ!?た、たまたま、そちらの棚にはそういった爆発シリーズが置いてあるだけで……!?」
パーシヴァルの言葉に慌てふためき、手をわちゃわちゃとしながら弁明を主張する彼女にパーシヴァルは胡乱な視線を向けるが、すぐにその視線を切って彼女曰く『爆発シリーズ』とやらの商品棚から離れて店内中央の商品棚に向かいそこにある品々を覗いていく。
先の商品棚同様にそちらにもいくつかのポーション類が見受けられ、それを見てからパーシヴァルは視線のみを彼女へと向ける。
これはいったいどんな馬鹿みたいな効果があるんだ?とでも言いたげなその視線を受けたウィズは先程の慌てようは何処へやらそのクリスには無いような豊かな胸を張りながら自信げに説明を始めていく。
「そちらのポーションはですね、開けた途端に周囲のモンスターを引き寄せる強烈な臭いを出すんですよ」
「…………それは、もしかしてだが開けた人間にも臭いうつらないか?」
「はい!臭いもしばらく持続しますし、鍛えるにはもってこいの一品ですよ!」
確かに、確かに使えるが間違いなくそんなものを使った日には休まれずにスタミナが途中で切れた挙句に大量のモンスターにリンチされることとなるだろう。
不死人として最も忌避すべき一対多が起きかねない代物にパーシヴァルはそのマスクと襟に布で隠された表情はなんとも微妙そうなモノで同時に口もとを引き攣らせていき────
「そうだな…………一瓶貰おうか」
「本当ですか!」
割れないようにしっかりと梱包してくれ。
そう告げれば、ウィズはトタトタという擬音が似合いそうな急いで瓶を持ってカウンターへと駆けていく。
その後ろ姿になんとも危なさを感じながら、脳裏に過ぎったポーションの使い道を整理していく。
結局の所、一癖も二癖もある代物であったとしてもようは使い方なのだ。
「…………わざわざ蓋を開ける必要もないからな」
モンスターの誘引。
「奇跡に似た様なモノがあった筈だが……」
前前世、パーシヴァルとなる前の記憶を掘り起こしながらパーシヴァルはそう呟く。大まかな事は未だ覚えているがしかし、ほとんど前世では触れてこなかった呪術や奇跡の分野に関してはかなり記憶も朧気となっている。
その為、パーシヴァルはいまいち記憶の奥底から引っ張り出すことは出来なかったが先のポーションの梱包を終えたウィズを見て、まあいいか、思い出すのを辞め懐から金を取り出しカウンターへと向かっていく。
「────狂えば介錯はしてやる」
「?何か言いましたか?」
「いや、気の所為だろう」
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予想していたモノとはだいぶ、かなり違かったがそれなりに良いものを購入することが出来た俺はひとまず、ウィズ魔道具店から出ていくのと同時に梱包された荷物をソウルへと溶け込ませてその足をここ数日でそれなりに馴染みになった武具店へと向けていく。
勿論、武具店といっても俺自身の装備を新調するだとか、整えるだとかそういう事が目的ではない。
「ソウルに溶け込ませれば運ぶのに嵩張りはしないが……消費はやや激しいな」
投げナイフの補充だ。
冒険者としてならず者であったり、モンスターであったり、と戦闘を行う機会はそれこそ不死隊として戦っていた時と比べて減ってはいるがそれでも充分多い。
いや、寧ろ投げナイフを使う機会そのものはこっちに来てからの方が多くなっていると言ってもいい。
というのも、不死隊として戦う相手はとち狂った奴らや野盗に深淵から現れた魔物や…………兄弟たちであり、魔物やら不死者は投げナイフ程度では大した効果もない。流石に目に突き刺せば効果はあるが、そんなことするよりも連携で袋叩きにする方が早いし魔物に関してはそんな豆鉄砲に意味は無い。
そんな嘗てと違い、この世界では今のところ俺が受けている依頼のモンスター等々にはそれなりに投げナイフも効果を発揮している。例えば、ゴブリンならば物陰から喉へと投げて殺せる、明後日の方向で音を出した上で奇襲も出来る。
重用してしまうのも仕方がないという話だ。
「だが、まあその分消費も激しく金がかかる……大量購入でやや割り引いてもらってはいるが」
そろそろ大きな収入を得るべきだろう。
クリスの言っていたキャベツ収穫は稼ぎ時らしいが、それはまだ先でありそれまでにある程度稼ぐ必要がある。
「となると、大型のモンスターの依頼を受けるべきだろうな────ん?」
ふと、何か妙な感覚を覚え俺は足を止めた。
よく分からないが人間性がチリつく様な感覚を感じ取った俺は視線を張り巡らせてみれば、大通りから路地へと入っていく若い男たちで止まった。
外見や雰囲気はどう見ても冒険者のソレであるが、何か妙な緊張感が彼らの中にあるのを感じ取りながら同時に先程感じた妙な気配が彼らに絡みついているのを察せられた。
そう、それは人間性の闇に訴える……いや、恐らく欲に対して薄く干渉しているのだろう。
「深淵…………などではないな。これは……呪術に近いか?」
魅了と言うべきだろうか。流石に呪術には明るくなく、呪術に対する記憶も朧気というのもあっていまいち要領を得ないが…………
「……様子見だな」
邪教徒かそれとも
兄弟たちがいるのならともかく、ここにいるのは俺だけだ。それに我が女神に迷惑をかけかねない。
「…………亡者と言い、この街はなんだ……駆け出しの街と聞いたんだが」
厄ネタばかりだ…………。
そう呟きながら、俺は当初の予定通り武具店へと向かっていく。