久々にカレンが出ます。
彼女の決意を書きたかったのですが、暗い話が苦手な方はご注意下さい。
薄暗い部屋の中、一人の女がソファーの上で頭からシーツを被り、両膝を抱えて僅かに精気を感じさせる瞳でモニターに映る映像を見つめていた。
女の名前は紅月カレン。黒の騎士団のエースにして双璧の一翼を担う者。
以前の彼女は、湖のような色の瞳に強い光を宿した勝ち気な性格の持ち主だったが、今は見る影も無い。
瞳に宿る光は弱々しく、湖から流れ出た川の後が痛々しい。
その川は干上がる事無く、時折流れ落ちては彼女の両腕に小さな雫を作る。
カレンはそれを拭う事もせず、両腕に力を込めると、ただ静かに肩を震わせながら画面を見つめ続けていた。
それは、恐らく彼女の人生で最も幸せだった頃の映像。
画面の中の彼女は、振袖を着て幸せそうに笑っていた。
その隣に居る灰銀色の髪をした、カレンにとって最愛とも言える男、ライもまた、同じように屈託の無い笑顔を画面に居る自分に向けている。
それが今の自分に向けられる事は二度と無い事をカレンは知っていた。
何故なら、ライはもう居ないのだから。
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コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ 前日譚 紅の目覚め ~
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敵からの逃亡を避ける為に潜伏生活を続けて数ヶ月。
カレンは寝ても覚めてもライの事ばかりを考えていた。
だが、優しく自分の名前を呼ぶ声も、大好きだったあの笑顔を見る事も、二度と出来ない。
あの日、卜部から告げられた言葉に対して、カレンは一瞬何を言われたのか分からないといったような表情を浮かべた。
そして、次の瞬間、その場に崩れ落ちるように倒れ込んでしまう。
それは、本来の勝ち気で男勝りな彼女を知っている仲間達からすれば、信じられない光景だった。
てっきり怒りを露にして、すぐにでも探しに向かうと思っていたからだ。
だが、敬愛する上司が一度は疑ったクラスメートで、ずっと自分を騙していた事。
そして、ライもゼロの正体を知っており、ずっとそれを黙っていた事。
カレンはライが自分に隠し事をするなど信じられなかった。会いたかった、会って理由を聞きたかったのだ。
あの日あの時、彼女を支えていたのはたったそれだけ。
だが、卜部から伝えられた言葉が兄の件と重なった時、カレンは二度とライの声を聞く事も、ましてや会う事も出来ないと思ってしまった。
それは防衛本能とでも言うべきなのだろうか。
瞬間、突きつけられた事実に耐えられなくなったカレンの思考回路は、自我が崩壊する前に意識を断ち切ってしまった。
意識を取り戻した時、カレンは夢であって欲しいと願ったが、所詮は無駄な願いだった。
目覚めてもライは何処にも居なかったのだから。
再び突き付けられた残酷な現実に、己の半身を失ったかのような喪失感に襲われたカレンは、それから暫くの間、何も口にせず誰とも口を聞かず、ただ塞ぎ込んでいた。
しかし、今の彼女は当初と違いその事実から目を背けないでいた。
少し前ならば、目の前の映像を見る事さえも出来なかったであろうに。
そう、彼女は受け入れつつあったのだ。
生死不明など単なる言葉遊び。
実際は違うのかもしれないが、事実、兄は帰って来なかったのだから。
その前例があったカレンにとって、それは死亡という言葉と同じ意味を持つ。
では、兄の時はどうしたか。受け入れて前に進んだ。
ならば、今度はライを背負おう、彼の分も戦おうと決意する。
だがそれはとても辛い事で、カレンは幾度と無く挫折しそうになる。
が、彼女は既に心に決めたのだ。
どれ程涙を流そうと、心が悲鳴を上げようと。その度に思うのだ。彼はそんな弱い私を望むだろうか、と。
だからこそ眼を背けない。
そう誓った彼女は、まるでライを心に焼き付けるかのように、食い入るように画面を見つめ続ける。
だが、想いは潰える事無く、画面の中でライが微笑むだけで、声を聞くだけで胸が張り裂けそうな痛みに襲われる。
しかし、その痛みは徐々ではあったが、確実に和らいできていた。
――あと、もう少しかもしれない。
カレンは自分に言い聞かせるように胸の痛みと必死に戦いながら、ただひたすら映像を見続ける。
そんな彼女の背後にある扉が開いた音がしたかと思うと、食事を乗せたトレイを持った緑髪の女C.C.が入って来た。
「おい、昼食だぞ」
「……そこに置いといて」
そう言うと、カレンは画面を見つめたまま腕だけを動かして、自身の座っているソファーの横にある机を指し示す。
その仕草を見たC.C.は柳眉をしかめた。
「相変わらずだな。私はお前の奴隷ではないのだが?」
「…………」
しかし、C.C.の抗議も今のカレンには届いていない。
「全く……」
C.C.は呟くように言った後、机にトレイを置くと去り際にカレンの横顔を一瞥する。
そこには以前に見た時とは違った彼女の姿があった。
瞳に見えた絶望の色は消え、唇の血色も戻りつつある。
それらはまだ弱々しかったが、確実に力が戻りつつあるように見えた。
その事に、若干の満足感と安堵感を抱いたC.C.は、ちゃんと食べろよ、と、珍しく柔らかい口調でそう告げると、空になった朝食を乗せたトレイを手に部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
C.C.は部屋を出た所で、長身痩躯の男に声を掛けられた。
「紅月の様子はどうだ?」
「卜部か」
C.C.は男の名前だけ口にすると、踵を返して歩き出す。部屋の前で話すのは控えるべきと判断したからだ。
それを分かっている卜部も黙って後に続く。
暫く歩き別の部屋に入ると、数名の隊員が所在無さげに佇んでいた。
彼らは、部屋に入って来た二人に対して一斉に視線を注ぐが、C.C.はそんな彼らを無視して部屋の一番奥、上座にある椅子に座る。
卜部や他の隊員達も彼女に続くかのように、無言で皆それぞれ思い思いの場所に腰掛けていく。
彼らが全員座るのを確認した後、C.C.は開口一番カレンの状況を口にした。
「以前よりは大分落ち着いているな。食事もちゃんと摂るようになった」
その言葉に、それまで暗い雰囲気だった部屋の空気が明るくなる。
「だが、復帰は未だ無理か」
卜部の独り言のような呟きに、C.C.は不承不承ではあったが首を縦に振ると、つられるように部屋の空気も重く沈む。
それは、最早幾度となく繰り返された事だったが、C.C.はこれが嫌いだった。まるで自分が空気を悪くしているように思えたからだ。
これまでは、このように暗い雰囲気のまま時間だけが過ぎてゆき、誰も一言も発する事無く、皆重い足取りで部屋を後にするのだが、今回は若干ではあるが状況が違った。
その事を、此処に居る者の中で自分だけが知っている事に、C.C.はちょっとした優越感を抱きながら続きを口にする。
「しかし、決心しつつあるようだぞ?」
皆が一斉に注目する。だが、誰も何も問い掛けない。
ただ、無言で続きを促すかのような、期待の篭った眼差しを向けて来ると、C.C.はそれを心地よいと思いながら続ける。
「結納、あの時の映像を見れるようになっているしな」
それを聞いた何人かの隊員は、カレンの心中を察したようで、薄らと涙を浮かべていた。
だが、やはり理解出来ない者も中には居るようで、そんな連中を代表するかのように、怪訝な顔を浮かべた卜部が問う。
「それで決心がつくものなのか?」
「心に刻もうとしているんだ。もう暫くは黙って待ってやろう。全く、この私を待たせるなど、後にも先にもこれっきりにして欲しいものだがな」
C.C.は、そんな彼をまるで子供を見るかのような表情で見た後、小言を言うように語るがその言葉に棘は無い。
部屋の雰囲気も僅かではあるが再び明るくなった。
C.C.は、その事に満足感を覚えながらも更に続ける。
「しかし、あれだけで決心が付くかどうか疑問だな。何か後一押しあればいいんだが……」
「あと一押し、か……」
その何気ない一言に反応した卜部は、顎に手をやり考え込む。
片やその言動を見逃さなかったC.C.は薄く笑う。
「何だそれは? まるで、あると言っているようなものだな?」
「いや、まあ……あるにはあるが、刺激が強すぎる気がしてな」
卜部は苦笑を浮かべながら、頭を少し掻くと視線を床に落とす。
卜部は彼女のこの表情が少し苦手だった。
それに、C.C.に隠し事をすると危険な気もしていた。
特に、それがライやカレン絡みとなると命さえ危ういような気が。
彼女を救助した時も、ライの事を伝えたのは卜部だった。
最後にライと話したのは他ならぬ自分自身。
それは、ライを救えなかった事に対する卜部なりの贖罪の意味もあったからだ。
だが、ライの最後を伝えた時、彼女から返って来た言葉はたった一言、カレンには伝えるな、だった。
しかし、時既に遅く話してしまった事を伝えると、胸ぐらを掴まれて凍り付くような瞳で凄まれたのだ。
その時のC.C.の気迫は、四聖剣として数々の修羅場を潜って来た卜部にとっても心底肝を冷やすもので、それを思い出した彼の背中に冷たい何かが伝う。
一方C.C.は、いつまで経っても続きを話そうとしない卜部を見咎めた。
「あるのなら出せ。早く復帰出来る可能性があるのなら、今は多少の荒療治でも行うべきだろう?」
ハッとなった卜部は慌てた様子でC.C.に顔を向けるが、凍り付いた瞳に再び肝を冷やす。
すると、C.C.はそんな彼の心中を察したのだろうか。
「で、それは何なんだ?」
突如として、瞳を和らげると穏やかな口調で問い掛けた。所謂、飴と鞭と言うやつだろうか。
冷気から解放された卜部は辿々しい口調で告げた。
「彼の……最後の……通信記録だ」
「代わり映えのしない映像より、余程刺激的だな」
C.C.は僅かに口元をつり上げると右手を突き出す。
「それを私に寄越せ。カレンに聞かせる」
「だが……」
「紅蓮を操縦出来るのはカレンだけだ。最大戦力の復帰は、早ければ早いに越した事は無い」
卜部は、果たして聞かせても良いのだろうかと口籠ったが、C.C.の言う事が正論だと言う事も分かっていた。
このままでは、藤堂を初めとした捕われの身となっている仲間達を救う前に、追跡部隊に全員やられてしまう危険性があった。
そうなった場合、紅蓮が有ると無いとでは、立てられる作戦や戦況が全く変わってくるからだ。
「分かった」
意を決した様子で、卜部は懐から小型のレコーダーを取り出すと、机の上に置いた。
C.C.はそれを眺めながら、暫しの間、何かを考え込むかのように無言でいたが、暫くすると再生ボタンを押そうと手を伸ばす。
「ま、待ってくれ……今、聞くのか?」
C.C.の動きを見た卜部が慌てて止めようとの彼女の手を掴むが、C.C.は素早くその手を振り払うと冷めた視線を向ける。
「何か問題でもあるのか?」
だが、卜部は何も答えず視線を逸らすと押し黙ってしまった。C.C.は不思議に思って他の隊員にも視線を移すが、彼らも同じく無言でいた。
皆、ライが最後に何を言ったのか気にならない筈が無いというのに。
その事を不審に思ったC.C.が確認するかの様に問い掛ける。
「ここに居る者で聞いていない者は?」
「あの日あの時、あの場所に居た団員は全員が聞いている。勿論、此処に居る全員は当然聞いた」
「では、聞いていないのは私とカレンだけか」
卜部から知らされた事実に対して、C.C.は不満げな表情を露わにする。
彼女は、自分が秘密を持つ事は容認させようとするが、他者に秘密を持たれるのは嫌う傾向があった。
「出来れば、俺達の居ない場所で聞いてもらいたいんだが」
「断る」
懇願にも似た卜部の言葉を、C.C.はお返しとばかりにバッサリと切り捨てると、再生ボタンを押した。
――我ながら卑怯な事だとは思うが……済まないな、ライ。お前を利用する事になる。
C.C.はそう心の中で呟くと、静かに瞳を閉じて聞き入った。
それは何故か。
騎士団の団結はゼロが居ない事でボロボロだったのだ。
既に数名の脱退者も出ており、ここに居る隊員達もいつ抜けるか分からない状況。更に、このままではカレンの復帰には今暫く時間が掛かる。
彼女としても、これ以上の戦力低下は避けたかったのだ。
だからこそ、結束を高める為と言うべきだろうか。
再び聞かせる事で、全員に罪の意識を背負わせて繋ぎ止めようとしたのだ。
レコーダーからは悲痛とも力強いとも言える言葉が流れる。
それはC.C.をもってしても、思わず眉間に皺を寄せさせるに十分なものだった。
そうして、何かをぶつける様な激しい音を最後に再生は終わった。
C.C.が静かに瞳を開けると、隊員達は皆、沈痛な面持ちでいた。
唇を噛み締めて悲しみに耐える者。女性隊員の中には、両手を覆って啜り泣く者も居る。卜部も拳を握りしめると肩を震わせていた。
彼らでさえもこうなのだ。今のカレンに聞かせたらどうなるのだろうか。
C.C.は、刺激が強すぎるどころでは無いかもしれない、とも思ったが、同時にカレンなら耐えるかもしれない、とも思った。
それは何の根拠も無い事だったが、咄嗟にそう思ってしまった。第六感とでも言うべきか。
それに、聞かせるべきか悩むくらいなら、いっその事、自分の勘に賭けてみるのも悪くないと思うと、意を決したC.C.はレコーダーを手に取って無言で立ち上がると部屋を後にする。
そんな彼女の後を追う者は誰も居らず、扉が閉まる音を聞いた卜部はただ祈る事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇
「入るぞ」
C.C.はドアを軽くノックした後、そう問い掛けたが返事は無い。
だが、いつもの事だと割り切っていた彼女は、特に気にした様子も無く部屋の中に入る。
「まだ何か用なの?」
対するカレンはC.C.の方に振り向く事無く、映像を見ながら淡々とした口調で問い掛けるも、C.C.はお返しとばかりに無視すると部屋の電気を付けた。
「消してよ」
カレンは視線はそのままに若干の苛立ちを含んだ声色で言い放つが、応答は無い。
次にC.C.は無言で真向かいのソファーに腰掛けると、今度はモニターを消した。
「何すんのよっ!!」
怒気を孕んだ口調で睨みつけるカレン。
だが、C.C.は全く動じる事無く、超然とした態度でもって問い掛ける。
「いつまでそうしているつもりだ?」
「あんたには関係無い」
「残念ながら大いに関係がある。あまり長い間待ってやれん。だから、特効薬を持って来た」
「薬なんて要らないわ」
食いつきそうな言葉を投げ掛けるが、カレンは相変わらず食指を動かそうとはしない。見向きもしない。
まだ足りないかと思ったC.C.は更に続ける。
「お前にとっては、そうなるかもしれん。だが、逆に毒になるかもしれないな」
流石に、毒という言葉には若干の興味を示したのか、カレンは続きを促すかのようにじっと見つめる。
それに気を良くしたC.C.は最後の餌をちらつかせた。
「ライの最後の通信記録だ」
カレンの瞳が大きく見開かれた。
C.C.は釣れた事に満足したようで、口元を僅かに釣り上げて笑みを作りながら問い掛ける。
「聞きたいか?」
カレンは静かに、ゆっくりと首を縦に振った。
C.C.は無言で懐からレコーダーを取り出す。
それをカレンはひったくるようにして奪った。
そうして、両手でそれを包み込んで静かに胸に抱くと顔を伏せる。
C.C.は満足げな表情を浮かべるが、次にカレンは強い口調で命じるように告げた。
「出てって!!」
その言葉には承服しかねたC.C.だったが、今は無駄に言い争いをするべきでは無いと判断すると、無言で部屋を後にした。
扉が閉まると、顔を上げたカレンはレコーダーを無言で眺め続けた後、スイッチを押そうとする。が、指が震えて動かす事が出来ない。
映像は幾度と無く見続け、ライの姿や声にはある程度は慣れていた。
しかし、この中にある声は今まで一度も聞いていない声が、ライの最後の声が入っている。
彼が最後に何を言ったのか、気にならない訳が無い。
しかし、恐ろしかったのだ。聞けば自分がどうにかなってしまいそうで。
そこで、C.C.が言った毒の意味を彼女はやっと理解した。
聞かないという手も確かにある。だが、それならば拒むべきだった。
しかし、もう彼女は手に取ってしまった。今更、聞かないという選択肢を取る事が出来る筈もない。
暫しの間、カレンは自分の中に巣食う恐怖と必死に戦い続ける。
――聞かないと駄目! 私には聞く義務がある!
何度も自分に言い聞かせるかのように、心の内で必死に叫びながら恐怖を押さえ込もうとする。
その度に彼女の瞳に僅かではあるが光が戻り、以前に近い輝きを取り戻した時、彼女の決意は固まった。
手の震えは僅かに残ってはいたものの遮られる程ではなかった。そうして、カレンは静かにスイッチを押した。
そこから流れて来るライの声に、カレンの身体が強張る。
その後、湖は決壊したかの如く、止め処なく涙が溢れて頬を伝う。
だが、カレンはそれを拭う事無く、何度も何度も聞き返す。彼からの愛しているとの言葉。そして、自分ならゼロを連れ戻してくれるとの信頼の言葉を。
カレンはレコーダーを両手で必死に握り締めながら、何時までも聞き続けていた。
◇ ◇ ◇
「入るぞ」
夕食を乗せたトレイを手に、C.C.は再びドアを軽くノックした後、毎度の台詞を扉に向かって問い掛けたが、相変わらず返事は無い。
先程までなら、特に気にする必要も無いのだが今回は勝手が違った。
――まさか、毒になってしまったか!?
彼女にしては、珍しく慌てた様子で部屋に駆け込むと、彼女の瞳に飛び込んで来たのは胡坐をかいて昼食をがっつくように食べているカレンの姿だった。
その女らしさの欠片も無い姿を見て、普段なら弄るには絶好の機会であったにも関わらず、この時彼女は何も言わなかった。
代わりに、その口元には自然と笑みが溢れていた。
「C.C.これじゃ全然足りないわ」
部屋に入って来た自分に対して、空になったトレイを突き出すと、不満げな表情を浮かべたカレンが話し掛けてきた。
C.C.はすぐにいつもの表情に戻して言い返す。
「なら、これも食べろ」
「……ありがと」
お返しとばかりに夕食が乗ったトレイを目の前に突き出されたカレンは、少し気恥ずかしそうな表情で受け取ると食べ始める。
そんな彼女の様子をC.C.は向かいのソファーに腰掛けると、笑みを浮かべたまま見続けていた。
「どうやら、薬になったようだな?」
暫くして、C.C.はカレンの食事が終わった後、確認するかのように問い掛けたが、カレンは逆に問い返した。
「C.C.。あなたはゼロの正体を知っていたの?」
――そうか、バレたのか。
そう思うと、C.C.はさしたる驚きも見せず、淡々とした口調で答える。
「ああ、知っていた」
「なら、ギアスの事も知ってるわよね?」
カレンは探るかのような視線を向ける。
C.C.は表情にこそ出さなかったが、内心驚いていた。そこまで知っているのか、と。
そうして、シラを切るのは無駄と判断すると戯けた様子で告げた。
「分かった。何が知りたい?」
「ルルーシュが私やライ、それに他の皆にギアスを掛けたのかと言うこと」
「他の連中の事は知らないが、ルルーシュはライにギアスを掛けた」
「そんなっ!」
思わず立ち上がるカレン。しかし、C.C.は諭すかのように告げる。
「落ち着け。ギアスを掛けたのは已むに已まれぬ事情があったからだ」
「何よそれ!」
「式典会場で、あいつは無謀にも月下に乗ろうとした。止めるには使うしかなかっただろうよ」
「ライをギアスで従わせていた訳じゃないのね?」
未だ疑念の瞳を向けるカレンに対して、C.C.は疑問を口にする。
「お前がライに拘る気持ちは分かるが--」
「ライはゼロの正体がルルーシュだと知っていたわ」
「……そう、か。そこまで知ったか」
溜息一つ。C.C.は天井を見上げた。
「そんなギアスは掛けていない。あいつがライの前で仮面を取った時、私も其処に居合わせたからな」
そう言うとC.C.はその時の様子を思い出したのか、どこか懐かしむような表情を浮かべた。
「あの時、ライは自分にギアスを掛けるように頼んだが、あいつはそれを拒否した。あの時は、随分と甘い連中だと思ったものだ」
「ま、待って!! ライはギアスの事も知っていたの?」
カレンは思わず身を乗り出して尋ねたが、C.C.は向き直ると普段のようにシレッとした様子で続けた。
「知っていたも何も、あいつも持っていたからな。ライのギアスもルルーシュと同じ、絶対遵守のギアスだった」
「絶対…遵守?」
「どんな相手であろうと、いかなる命でも従わせる事が出来る力だ」
「そんなっ!!」
カレンの心に疑問が浮かぶと、その言葉を最後にカレンは押し黙ってしまった。
それを見たC.C.は、カレンが何を思ったか直ぐに感じ取ったようで、悪戯っぽい笑みを浮かべると顔を青くしているカレンに問い掛ける。
「今、何を思った?」
「ライも……私に……ギアスを掛けたのかなって」
その答えに、それだけじゃないだろう?と、内心突っ込みながら更に問う。
「ほぅ、どんな?」
「そ、それは……」
C.C.の更なる追求に、これ以上を目を見て答える事が出来なくなったカレンは思わず顔を伏せた。
その様子をC.C.は楽しそうに見つめる。
最近、こういう事が出来る相手が居なかった彼女にとって、これはささやかな楽しみ。趣味はあまり良くないが。
「当ててやろう。大方、好きになるように命じたのではと思ったのだろう? やれやれ、ライの事を疑ったか……」
「ち、違っ!!」
思わず顔を上げて否定しようとしたカレンだったが、直ぐにまた俯いてしまった。
だが、C.C.は容赦が無かった。まるで、今までの鬱憤を晴らすかのように追求の手を緩めない。
「疑ったのだな?」
畳み掛けるC.C.。カレンは俯いたまま、僅かに頷いた。
C.C.はやれやれといった様子で首を振ると、今度は一転して安心させるかのように静かに語る。
「なら、断言してやろう。もし、そう命じられたのなら、今の様に疑う事など出来はしない。お前のライに対する想いは本物だと言う事だ」
その指摘に弾かれるよう顔を上げたカレンの表情にあったのは喜び。しかし、カレンはすぐに思い直す。目の前に居る相手はあのC.C.なのだ、と。
額面通りに受け取るのはどうかと思ったカレンは、直に怪しむような表情を浮かべた。
「本当に?」
「疑り深いな。それに、お前は他の連中に散々嫉妬していただろう? ギアスに掛かっていれば、ああいう事も出来ないからな。信じろ」
C.C.は、過去の己の彼女に対する行いから自業自得だとは思いつつも、ジト目で抗議の声を上げた。
カレンは、自分の想いが偽りでは無いと知らされた事に安堵感を覚えると、左手を胸に当て右手を静かに重ねた。
そんなカレンの様子を他所に、C.C.は話を続ける。
「ライについては……最早、聞く事は出来ないが、ルルーシュなら可能だ。世間的にゼロは死んだ事になっているが、ルルーシュは生きているからな」
そう言うとC.C.は懐から数枚の写真を取り出して机に広げた。映っていたのは、学生服姿のルルーシュだった。
隣には栗色の髪をした謎の少年が映っている。
その写真をカレンは繁繁と見つめた後、疑問を口にした。
「どういう事?」
「今のあいつは全てを忘れているのさ。記憶を書き換えられてな」
「記憶を書き換えるなんて、そんな事どうやって?」
そこまで口にしてカレンは察した。そんな人知を越えたような事が出来る術に、一つだけ心当たりがあったからだ。
C.C.は静かに首肯する。
「想像した通りだ」
「ブリタニアにも、ギアスを使う人間が?」
「あぁ、一人心当たりがある」
そう言うとC.C.は険しい表情を浮かべたまま、何かを思い出すかのように視線を虚空に向けた。
「今のルルーシュは餌だ。私達を誘き寄せる為の、な」
――正確には、私を、だが。
そう思いながら、再び視線をカレンに向けると、緊迫感のある面持ちで告げた。
「今の学園は、完全にブリタニアの支配下にあるようだ。しかも、半ば要塞のような堅牢さで。ここに飛び込むのは一筋縄ではないな。正直、御免被るぐらいだ」
それを受けてカレンも以前のような戦士の顔つきになる。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってやつね。でも、虎穴というよりは獅子の口だけど」
「ついでに言うと、虎児では無く魔王だ。まぁ、坊やである事に違いは無いな」
緊張した面持ちではあったが、互いに軽口を飛ばした。
「いつ取り戻すの?」
カレンが何なら今すぐにでも構わないと言った風な口ぶりで尋ねると、C.C.は内心喜びながらもあくまで冷静な口調で制する。
「まだ準備も何も整っていない。暫くは無理だ。これから色々と動いてもらうぞ?」
「分かったわ」
少々不満げな表情を浮かべながらも了解したカレンを見て、C.C.は立ち上がると出口に向かって振り向く事無く告げた。
「連中にも早く顔を見せてやれ。心配していたからな」
「えぇ。C.C.……ありがとう」
C.C.は横顔だけ向けて小さく笑うと部屋を後にした。
C.C.が去った後、一人部屋に残ったカレンは全身の血が滾るのを感じ静かに瞳を閉じる。そして想う。
散って逝った兄や仲間達の為、そして何よりもライの分まで戦おうと。
ライが最後に言った言葉。
自分ならゼロを連れて来てくれるとの言葉を胸に、例え片翼になろうとも、悲しみを背負ってでも彼女は再び羽ばたく事を決意した。
「一緒に助け出そうね、ライ」
カレンは左手にある指輪に向って静かに呟くと、C.C.を追い駆けるように部屋を出ていった。
今はまだ、彼女の決意が揺らぐ事は無いだろう。しかし、あの言葉。
―― 虎穴に入らずんば虎児を得ず ――
確かにその通りであり、彼女達の比喩は正しいと言える。
だが一つだけ、最も重要な事が一つだけ抜けていた。
いや、正確には彼女達はまだ知らなかったのだ。
その獅子が灰銀色の姿をしているなど。
あと2話で前日譚も終わりです。
それが終わったら本編介入ですが、いよいよストックが少なくなってきました。
お詫びというか何というか、本作はタグにもあります通りライカレものなんです。それは徹頭徹尾一貫してます。
でも、原作に沿うと明るい話が中々書けないですね、やっぱり。
まぁ、この皇帝・V.V.√で明るい話は難しいので、それを選んだ私に原因があるんですけどね。
そもそも、ここから大幅に世界観や設定が原作と乖離していくのですが、読んで下さってる方々は見続けて下さるかどうか・・・不安だ。
今後とも、よろしくお願いします。