コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

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前日譚はこれで終わりになります。


~ 狂気の片鱗(後編)~

 謁見の間に戻ったライは一人、皇帝に報告を行っていた。

 

 「ご苦労であった。して……あの者の姿が見えぬが?」

 

 皇帝が相変わらずの鋭い視線を浴びせながら問い掛けると、誰を指しているのか理解したライは、淡々とした口調で返す。

 

 「此処に来る途中で、本来の仕事に戻るよう命じておいた。予定通りだろう?」

 「そうであったな」

 「しかし、ゼロを模した者に嘗てゼロであった者を監視させようとは。愉快だが、今後の事を考えると少し頭が痛いな」

 「ほぅ、不服か?」

 

 珍しく愚痴とも聞き取れる発言に気を良くしたのか、皇帝は笑いを含んだ口調で問うがライは軽く首を振る。

 

 「趣味では無いだけだ」

 

 その様子が本当に気に入ったのか、皇帝は今度こそ愉快そうに笑みを浮かべた。

 一方で、ライはその表情が些か気にくわなかったが、咎めたところで皇帝は意にも返さないという事も、この数ヶ月で十分に理解していた。

 

 「ついでだ、例の報告をしておく」

 

 さっさと立ち去るべきと判断したライは、普段モニター越しに行っている報告を行う。

 

 「今のところ、C.C.の行方は何処(いずこ)とも知れないな」

 

 それを聞いた皇帝は、瞳を細めると感慨深げに述べる。

 

 「思いの外、慎重であるか」

 「あぁ。日本では残党狩りも行っていると聞く。その際に捕縛出来れば手っ取り早いが。このままの状態が続くとなると、何れこちらから誘い出す事も視野に入れる必要が出てくるが?」

 「その際には御主に一任する。それと、もう一つの件はどうなっておる?」

 

 未だC.C.の行方が分からない以上、皇帝にとって今は以前、黄昏の間でライに語ったもう一つの事柄の方が気掛りであった。

 

 「それについても同じだ。動きは無い。だが、杞憂ではないか?」

 「そうである事を願っておる」

 「……まあ、いい。今回はこんな所だ。しかし、いつもと変わらないな」

 「そう言うでない。ご苦労であった」

 

 皇帝からの労いの言葉に、ライは静かに頷くと外套を翻して部屋を後にした。

 

 ――――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ 前日譚 狂気の片鱗(後編) ~

 

 ――――――――――――――――――

 

 帝都の一室には、ラウンズ専用の談話室がある。

 ライへの拝謁を終えた彼等は、その場所に戻ると思い思いに(くつろ)いでいた。

 が、そこでスザクは先程の件についてジノから追求を受ける事となった。

 

 「なぁ、スザク。だからさっきの態度はどういう事なのか説明してくれよ」

 「本当に済まないと思ってる。ジノには感謝してるよ」

 

 友人の豹変した理由を知りたかったジノは、スザクの背中に寄り掛かると同じ問いを繰り返していた。

 しかし、スザクは謝罪の言葉を繰り返すだけで、理由については口を噤むのみ。

 ただ、余程反省しているのか。

 ジノはこのような態度を取ると決まって、重いんだけど、とスザクから抗議を受けるのだが、その言葉はまだ発せられていない。

 その事に気を良くしたジノは、次第に当初の目的等どうでも良くなってきたのか。

 普段中々取る事の出来ないスザクとのスキンシップを暫く楽しむべきと考えたようで、一向に解放する様子を見せない。

 一方で、いい加減身体を支える事の限界に近付いていたスザクは、とうとう根負けした。

 

「分かったよ。話すからどいてくれないか?」

 

 話すと言われてしまっては仕方ない。

 ジノは、はいはい、と言うと背中から離れる。

 重荷から解放されたスザクは肩を二三度揉んだ後、辿々しい口調で理由を話したが、それを聞いたジノは拍子抜けした。

 

 「何だそれ? ゼロは死んだんだろ? あれがゼロの訳が無いって事くらい気付くべきだろ?」

 「頭では理解していたよ。けど、心がついて来なくてさ」

 

 ジノの感想は、一言で言えば呆れ。これに集約される。

 しかし、それは(まご)うことなき正論でもあった事から、スザクとしてはぐうの音も出ず肩を落とすしかない。

 すると、直ぐ傍で聞き耳を立てていたアーニャから、トドメとも言える言葉が飛んで来た。

 

 「でも、時と場所ぐらいは考えるべき」

 

 アーニャは、携帯をイジリながら画面より顔を上げる事無くそう言った。

 スザクは深く俯くと、ごめんと呟くように謝ったが、アーニャの言葉を聞いたジノが悪ノリした。

 

 「そうそう、アーニャでさえ写真を撮る事は控えてたし――」

 「ジノ、それは何かの侮辱?」

 

 その時になって、初めてアーニャは顔を上げるとジノに冷めた視線を向けた。

 

 「いやいや、滅相も無い」

 

 やり過ぎたと思ったジノは首を左右に振って否定するが、そんな彼をアーニャは無言で見つめ続ける。

 一方、少し離れた場所ではジノの弁明を曲代わりに、ソファーにゆったりと腰掛けていたノネットが同僚に絡んでいた。

 

「ビスマルク、あの殿下は一体何者だ?」

「さて? 私は陛下より、殿下をあの場にお連れするよう命を受けただけだからな」

 

 ビスマルクは冷静に嘯いてみせた。

 彼はライの事について皇帝より全て聞かされていた。

 それは、同じラウンズと言えども決して話す事など出来はしない代物。

 何よりも、あの青年が古の王、国是の元となった伝説の王なのだと言う事など、話したところで信じないだろうとも思っていた。

 ビスマルクは顔色一つ変える事は無かったが、やはりその程度の言葉ではこの女傑の疑念は払拭出来なかったようだ。

 

 「まぁ、今はそう言う事にしておこうか」

 

 まるで、直に聞き出してやるぞ?とでも言いたげにノネットは口元を僅かに歪ませると快活に笑う。

 そんな彼女の様子を横目に、ビスマルクは一人心の内で嘆く。

 

 ――いつまではぐらかせるか……。面倒な事にならなければ良いが。

 

 二人がそうこうしていると、その会話が聞こえたのか、未だにアーニャの冷たい視線を背負ったジノが割り込んで来た。

 

 「な、なぁノネット。あの殿下の事を話してたのか?」

 「何だジノ、もう逃げて来たのか? 情けないな」

 

 ノネットが先程の快活な表情そのままに指摘すると、ジノは軽く頭を掻きながら苦笑を浮かべた後、話しを逸らそうとする。

 

 「いや、まぁ……あれ? そういえば他の連中は?」

 

 白々しいまでの態度だったが、ノネットは、仕方が無いな、と言った表情を浮かべつつ、話しに乗った。

 

 「モニカは部隊の訓練。ドロテアは各エリアの視察に戻ったよ」

 「そっか。二人とも大変なんだな」

 「おいおい。言っておくが私も忙しい身だぞ?」

 

 ジノの感想には自分が入っていないと理解したノネット。

 彼女は、暇人扱いされては堪らないと思ったのか釘を刺すように付け加えたが、ジノは尚も白々しい態度を崩さない。

 

 「あれ? 何か任務でもあったっけ?」

 「あぁ、私はこれからコーネリア殿下の見舞いだ」

 

 あっけらかんと言い放つノネットを見て、ジノは思わず突っ込む。

 

 「それってさ……任務って言えるのか?」

 「言えないな。だが、これは私にとっては任務以上に重要な事だ」

 

 まるで、文句あるか?とでも言いたげなその態度に、ジノは思わずずっこけそうになる。

 そんな二人の漫才のようなやり取りを見つつも、同じく暇人扱いされるのは嫌だったのか、いつの間にかスザクと共にジノの背後に居たアーニャが割り込んだ。

 

 「私はこれからナナリー皇女殿下の警護」

 

 ノネットは、アーニャの発言を微笑ましく思いながらもこれは使えそうだと思うと、我関せずといった様子でいる男に再び狙いを定める。

 

 「なあ、ビスマルク。皆こうして忙しい合間を縫って集まったんだ」

 

 彼女が話しを振って来た時点で、ビスマルクは同僚の狙いに気付いていたが、敢えて遮る事はせずに目で続きを促すと、ノネットは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 「そこでだ、知ってる事を話してくれても良いんじゃないか?」

 

 予想通りの言葉に、ビスマルクは、私はこれから一体どれだけこの言葉を聞く羽目になるのだろうか、と思いつつも流暢に受け流す。

 

 「それは理由にはならないな。我々はラウンズだ。ラウンズとは、陛下の勅命があれば何があろうとも馳せ参じるもの。それに、陛下は皆に殿下を紹介せよと私に仰せになられただけだ」

 

 相変わらず堅苦しいビスマルクの返答に、ノネットはつまらなそうな視線を投げ掛ける。

 だが、それを受けても尚、ビスマルクの表情は変わらない。

 

 「私を疑いたければ疑えばいい。だが、陛下を疑う事はだけは許さん。例え黒であろうとも、陛下が白と仰れば白なのだ。それを忘れるな」

 「しかしな、黒を白と仰るのであれば、お身体を気遣うのも我々ラウンズの役目じゃないか?」

 

 ノネットの発言は、聞きようによっては不敬とも取れるものだったが、彼女の帝国に対する忠誠心は疑いようもない事をビスマルクは知っている。

 その為、本来なら追求する事は無いのだが、いい加減攻められ続けるのも飽きてきた彼は、これ幸いとばかりにここに来て初めて表情を崩すと似合わない笑顔を浮かべた。

 

 「そんな台詞を、ベアトリスが聞けば何と言うかな?」

 

 すると、その名前を出されたノネットは、彼女にしては珍しく苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

 

 「分かった分かった。忘れてくれ」

 

 そう言うと、降参だとでも言いたげに諸手を上げる。

 そんな二人を尻目に、相方を取られたジノは再びスザクに寄り掛かると呟く。

 

 「暇だよな」

 

 しかし、スザクから返答が来る前に、未だ先程の件を許した気は無かったアーニャが口を開く。

 

 「スザクとジノを一緒にしないで」

 

 再び投げ掛けられた冷たい視線。

 ジノは、彼女を相手に二度と悪ノリはしまいと心に誓いながら、謝罪の言葉を口にする。

 

 「悪かったって。アーニャ、まだ怒ってるのか?」

 「別に」

 

 そう言うと、アーニャは顔をプイッと横に逸らした後、手にもった携帯に視線を落とし弄り始めつつ語る。

 

 「スザクは覚える事も色々ある。作法についてもそう。今日も私達に合わせられなかった」

 

 アーニャに最早その気は無いのだが、まさか再び矛先が己に向くとは思っていなかったスザクは、参ったなと言った具合に軽く頭を掻いた。

 

 「それに、直にEU戦線に向かう」

 

 すると、続いて語られた彼女の言葉に、この中でただ一人その事を知らなかったジノは驚きの声を上げた。

 

 「えっ!? そうなのか?」

 「うん。この度の件と一緒に命じられたんだ」

 「何処に行くんだ?」

 「白ロシア戦線だって聞いてる」

 「そうか! 良かったじゃないか!」

 

 そのスザクの言葉をジノはまるで自分の事のように喜んだ。

 戦場に向かうというのに、何をそんなに喜ぶのかと傍目には映るだろうが、ジノはこの中で誰よりもスザクの実力を買っていた。スザクの就任当初の御前試合の対戦相手として、思うところがあったのだろう。

 だが、軍内部には未だナンバーズに対しての偏見が根強く、ラウンズであるスザクに対してもそれは例外では無い。

 ただ、面と向かってそれを言う人間は皆無である。それ即ち、影口を叩く輩が多いという事だ。

 だからこそ、そんな連中にスザクの実力を知らしめる為にも、これは又と無い機会なのだ。

 そんなジノの気持ちを感じ取っているスザクは、友人からの言葉を嬉しく思い感謝の言葉を口にした。

 その場を穏やかな空気が流れかけるも、ビスマルクがそれをぶち壊した。

 

 「枢木。認められたければ戦功を挙げろ」

 

 彼の名誉の為に言っておくが、当の本人にその気は更々無い。

 ビスマルク自身、スザクの事はそれなりに評価しており発破をかけるつもりの言葉だったのだが、如何せんその口調は堅苦しい上に威厳が有り過ぎた。

 アーニャは相変わらずの無表情だっが、ジノは何とも言えない複雑な表情を浮かべ、ノネットは思わず額に手をやり嘆いた。

 

 ――全く、言い方ってもんがあるだろうに……。

 

 だが、スザクにとってそれは有り難い言葉に聞こえたようだ。

 

 「Yes, My Lord!」

 

 スザクは明確な意思を宿した強い瞳でそう答えると、ビスマルクは静かに頷いた。

 気を取り直したジノはスザクの背中を軽く叩いて再び激励の言葉を送り、アーニャはそんな二人を記録する。

 ノネットも、心配したのが馬鹿らしくなったのか軽く笑うと言祝(ことほ)ぐ。

 仲間からの一通りの祝辞が終わると、ふと当初の話しを思い出したジノが一人愚痴を漏らす

 

 「じゃあ、暇なのは私とブラッドリー卿だけか」

 

 が、再び指摘される。

 

 「違う。ナイトオブテンもスザクと一緒に行く」

 「あらら、それは……」

 

 先程とは一転して、哀れむかのような表情を浮かべたジノは続いて辺りを見渡した。

 スザクがそんなジノの様子に首を傾げると、代わりにノネットが答える。

 

 「枢木。同僚の事を余り悪く言いたく無いが、あいつの噂は色々と聞いているだろう? 気を付けろよ」

 

 憂いを帯びた表情でノネットはそう忠告すると、室内を見渡し終わったジノが疑問を口にした。

 

 「で、そのブラッドリー卿は?」

 「さっき、何か嬉しそうな顔をしながら出て行った」

 

 アーニャの発言に対して、不審に思ったビスマルクが問う。

 

 「それはいつ頃だ?」

 

 すると、アーニャは少し首を傾げて思い出すかの仕草を見せた後、こう言った。

 

 「ジノが逃げた頃?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼等は押し黙ってしまった。

 その頃と言えば、丁度、ノネットとビスマルクがライについて話していた頃だ。

 不意に一同の頭の中に、先程のライとルキアーノのやり取りが過ぎった。

 全くもって嫌な予感しかしない。そして、不幸にもこういう時の予感というのは、大抵当たる。

 沈黙を打ち破るかのようにノネットが問う。

 

 「なぁ、あいつまさかとは思うが――」

 

 すると、何時になく真剣な面持ちでジノが応じる。

 

 「ちょっとヤバいかもな」

 

 アーニャも携帯を弄るのを止めて呟く。

 

 「殿下、ピンチ?」

 

 最後に、悲鳴にも似た声でスザクが叫ぶ。

 

 「ヴァルトシュタイン卿!!」

 

 皆、一様にライの身を案じていた。

 それと同時にスザクを除いた彼等は、幾らルキアーノでも流石に皇族相手に無茶はしないだろうとも思っていたが、如何せん相手はブリタニアの吸血鬼との異名まで持つ男だ。

 仲間であってもハッキリと断言出来ない。

 しかし、ビスマルクだけは違っていた。

 

 ――あの男の前で、二度と挑発だけはしてくれるなっ!!

 

 彼は胸中で思わず叫んだ後、勢い良く立ち上がると出口に向かって一目散に走り出した。

 それはライの身を案じての行動では無い。

 ライの伝え聞く所業と、何よりもギアスの力を知っている彼にとって、危険なのは寧ろルキアーノの方だったのだから。

 そんなビスマルクの行動を見たスザクも透かさず後を追う。

 スザクの場合は、純粋にライの身を案じて居ても立っても居られなかったからだが。

 二人の突然の行動に呆気に取られていた3人は、勢い良く扉が開閉する音を聞いて我に返った。

 

 「……さて、それじゃあ後を追うとしようか」

 

 そう言ってノネットはソファーより立ち上がると軽く背伸びをした後、出口に向かって歩き出した。

 だが、そんな彼女の後姿にジノが声を掛ける。

 

 「おーい。お見舞いは?」

 

 ビスマルクが向かったのならば大事にはならないだろうと思っていたノネットは、振り向くと心底嬉しそうな笑みを見せた。

 

 「無論行くさ。だが、土産話の一つでも持って行って差し上げたいからな」

 

 そう言って歩き去るノネットから視線を移したジノは、未だに携帯を弄っているであろう同僚に声を掛ける。

 

 「なあ、アーニャ。私達も行こうぜ……ってあれ?」

 

 が、先程までそこに居た筈の姿はいつの間にか消え失せており、慌てたジノが出口を見た時、

 

 「記録する」

 「ハハッ! それは良いな」

 

 そこには、ノネットと会話しながら並んで歩くアーニャの姿があった。

 

「おいおい、ちょっと待ってくれよ!」

 

 そんな二人の姿を見たジノの悲痛な叫びが、室内に木霊した。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 皇帝への報告を終えた後、嚮団へ戻るべく謁見の間より退出したライはそこで待ち構えていた一人の男、ルキアーノ・ブラッドリーに声を掛けられた。

 

 「これはこれは、殿下。お待ちしておりました」

 

 ライの姿を認めたルキアーノは腰を折りながら愉悦を含んだ口調で語り掛けたが、ライは全くの無表情。

 

 「私は待たせた覚えは無い」

 「ご冗談を。あのような熱烈な視線を向けておいて、今更それは無いのでは?」

 

 その言葉に、ライはまともに付き合うのは馬鹿らしいと結論付けると、無視するかのようにルキアーノの脇を通り過ぎる。

 

 「おっと」

 

 ルキアーノはそんなライの行く手を阻むかのように立ち塞がると再び間近でライの姿を観察する。

 だが、そんな値踏みするかのような視線を受けつつも、ライが表情を変える事は無い。

 

 「何のつもりだ?」

 「殿下に興味があるんですよ。少しお付き合い頂けませんかねぇ?」

 

 ルキアーノの口元が妖しく歪む。ライが先程見せた殺気が、ルキアーノを刺激していたのだ。

 あれはどう考えても戦場を知る者が纏うものだったからだ。

 だが、それは皇族だからと言って特段珍しい事では無い。

 コーネリアのように自ら戦陣を駆けるような、武勇の誉れの高い皇族も居るのだから。

 しかし、ライと言う皇族の名前はルキアーノ自身初めて聞いた名前だった。分からない事だらけの謎の皇子。だが、それが余計に(そそ)るのだろうか。

 その為、逃がすまいと思い咄嗟に取った行動だったのだが、それはするべきでは無かった。

 瞬間、ルキアーノの視界からライの姿が消えた。

 完全に油断していた訳では無い。

 先程の件で、ライが只者で無い事ぐらいルキアーノも感じ取っていた。

 だが、改めて間近で見たライの体格は、どう考えても自分より劣るものだったのだから仕方ない。

 誤解の無いように言っておくが、相手を外見で判断する事の愚かしさはルキアーノも知っている。

 しかし、それを差し引いたとしても、ライの身体は華奢過ぎた。それ故か、ほんの少し心の片隅で舐めていた。

 反転する世界。

 その時になって初めて己の慢心に気付いたルキアーノだったが、時既に遅く彼の視界には天井が映っていた。

 同時に背面に強烈な衝撃と痛みを感じ、その時になって初めて彼は自分が投げ飛ばされたという事を理解した。

 それは一瞬の出来事で、受け身を取る暇さえ無かったルキアーノは呼吸さえままならない。

 そんな痛みで顔を苦痛に歪ませているルキアーノの視界に再びライの姿が映る。

 

 「無様だな」

 

 全く感情を感じさせない人形のような表情のままライが呟くと、その言葉を聞いたルキアーノは相手が皇族だという事も忘れ、怒りの赴くまま懐に忍ばせた短刀に手を掛ける。

 が、全て見透かしていたのか。ライはその腕を捻り上げた。

 

 「ぐあっ!?」

 

 華奢な身体のどこにこんな力があるのかとも思えるような腕力に、軋む骨の音が聞こえるかのよう。

 ルキアーノは堪らず短刀を落とす。

 地面に落ちる寸前でそれを素早く手にしたライは、続いてその剣先を彼の喉元に突き付ける。

 ルキアーノは身動きを取る事も出来ず、屈辱から来る憎悪に顔を歪ませながらライを睨みつけるが次の瞬間、思わず息を呑んだ。

 ライの一切の表情を消した白磁器の様に白い顔、その口元に亀裂が走ったのだ。

 それがゆっくりと広がってゆくのに比例して、蒼い瞳にも光が宿る。

 やがて亀裂が止まると、ルキアーノの視界に居たのは最早、人形などと形容する事など出来ない死笑を浮かべたライの姿があった。

 その余りの変貌ぶりに、声を失うルキアーノ。

 対するライはその壮絶な笑みを絶やす事無く問い掛けた。

 

 「さて、下郎。覚悟は良いか?」

 

 それは数多の戦場を渡り歩いて来たルキアーノをもってしても、思わず肌を粟立せずにはいられない。そんな底冷えするかのような響きを持っていた。

 

 「貴様の勇気は褒めよう。だが、私の行く手を阻んだ行為。それは許せるものではない。その事については、それ相応の対価を払ってもらおうか」

 「対価……だと……?」

 

 最早、敬語を使う余裕など今のルキアーノには無かった。

 だが、ライはそんな彼を咎める事無く言い放つ。

 

 「貴様の命だ」

 「お、脅しのつもりかっ!?」

 「脅し? まさか」

 

 ルキアーノの問いに対して、そんなつもりなど毛頭なかったライは心底驚いたようで瞳を見開いた。

 その態度に、本気で殺そうとしている事を感じ取ったルキアーノは悲鳴にも似た思いを抱く。

 この時、ルキアーノは本能的に感じ取った。こいつは断じて皇族では無い、と。

 そんなルキアーノの思いを余所に、ライは瞳を細めてゆく。

 それは、最早人間が浮かべて良い類のものでは無かった。

 数多の戦場で奪い続けて来たのは、何もルキアーノだけでは無い。

 ライ自身、その手で奪い続けて来たのだ。狂気をその身に纏いながら。

 そう考えると、この二人は似ていた。だが、二人を知るビスマルクに言わせれば似て異なるもの。

 己の快楽を求めるがあまり、自ら望んで狂っていったルキアーノ。その狂気は普段から消える事は無い。

 その為か、それは傍目にも分かりやすく近づく人間は限られる。

 対照的に、大切な二人を護る為に狂わざるをえなかったライ。その狂気は、普段は鳴りを潜めており傍目には分からない。

 しかし、分かった時にはもう遅いのだ。故に、最も恐ろしいと言える。

 ライがルキアーノの喉元に短刀を突き立てようとしたその時――。

 

「殿下っ!!」

 

 男の大喝が一帯に響き渡った。

 軽く舌打ちをしたライが横を向くと、そこにはビスマルクとスザク、二人の姿があった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 スザクの目の前には、異様な光景が広がっていた。

 ライの横顔。

 嘗ての優しさを帯びた柔和なそれは狂気に歪み、まるで楽しむかの如く目の前の命を摘み取ろうとしていた。

 今直ぐ傍に行って止めようとしたスザク。が、心とは裏腹に身体は逃走を選択しようとする。

 ルルーシュに掛けられたギアス。

 スザクにとって忌むべき呪いが自身の行動を阻害したのだ。が、せめてもの抵抗か。

 逃げ出したい衝動を必死に押さえ込み、何とかその場に留まり続けると、同時にスザクの心に黒い感情が沸き上がる。

 それは、この呪いとそれを掛けた嘗ての友、ルルーシュに対して。

 そんなスザクの思いを余所に、ビスマルクの声に気付いたライがゆっくりとした動作で顔を向ける。

 目が合ったスザクは思わず言葉を失った。

 彼の目に映ったのは、一転して邪魔をするなと言わんばかりの憤怒の表情を浮かべると、あの時以上の覇気を纏ったライの姿だったのだから。

 今のスザクはライが豹変した理由を知る由も無い。

 だが、スザクは咄嗟にこう解釈した。ライもまた、皇帝が持つそれに支配されているのだと。

 それは正しいが間違いだ。

 最も、これがライの嘗ての顔だと言う事までを理解の範疇に入れよというのは酷というもの。

 スザクはギアスに対する憎しみを更に深めてく。

 彼がギアスの呪いと必死に戦っている時、他のラウンズも遅ればせながら到着したが同じくその光景を見て唖然とした。

 

 「おいおい、本当かよ」

 「……………」

 

 有り得ないと言った様子で呟くジノを余所に、ノネットは剣呑な表情を貼付けると無言のまま事の成り行きを見送っていた。

 一方、アーニャは相変わらずの無表情でカメラのシャッターを切ると、怒気を孕んだ口調でビスマルクが問い掛ける。

 

 「一体、何をなさるおつもりだったのか!」

 

 並みの胆力では竦み上がるほどの剣幕でビスマルクが詰め寄る。

 だが、ライは逆にその言葉に落ち着きを取り戻したのか、スッと先程の無表情に戻した後、今だ憎悪を露にしているルキアーノに対して事も無げに問い掛けた。

 

 「別に? 只の戯れだ。なあ、ブラッドリー卿?」

 その言葉は、ルキアーノにとって今まで浴びせられた事も無い程の屈辱だった。

 

 ――奪ってやる!! こいつの大切な者をっ!!

 

 心の内で誓いを立て、射殺さんばかりの視線を浴びせるが、ライは身動ぎもしない。

 

 「兎に角、止めて頂きたい。我々ラウンズの命は皇帝陛下の物。いかに殿下と言えども――」

 

 ライは諫言を最後まで聞くことなく、手に持った短刀を床に放り投げると硬質の音が周囲に響く。

 続いて無言で立ち上がったライは、未だ床に身体を預けているルキアーノに視線を移す事無く、踵を返すとその場を後にする。

 

 「ルキアーノ。無闇に殿下を刺激するな」

 

 ビスマルクは、憎悪に取り憑かれた表情を張り付けるルキアーノに釘を刺すと、ライの後を追う。

 そんな二人の背中を見送ったスザクは唇を噛み締める。そんな彼に背後から尋ねるのはノネット。

 

 「枢木。お前はあの殿下と知り合いなのか?」

 

 スザクがゆっくり振り向くと、そこには何時になく真剣な表情を浮かべた彼女の姿があった。

 

 「……何故、そう、思われるのですか?」

 「お前の態度を見ていて何となくな」

 「…………いえ、知りません。殿下とは、今日初めてお会いしました」

 

 一瞬言葉に詰まったスザクをノネットが見逃す筈もない。

 間違いなく何かを知っているな、と直感的に感じ取ったが、同時に問い詰めた所で無駄だという事も理解した。

 何よりも、他人のプライベートな話しに首を突っ込む事は褒められたものでは無い。

 しかし、彼女生来の面倒見の良さ故か、放っておく事も出来なかったノネットはせめてもの言葉を送る。

 

 「一つ忠告しておく。殿下には近付くな」

 「えっ!?」

 

 何故と言った表情を浮かべるスザクに対して、その背後で小さくなってゆく二人の後ろ姿を見送りつつ、ノネットは表情を崩す事無く告げた。

 

 「あれを見ても分かるだろう? ヤバい気配がプンプンするんだよ。こう見えても私の勘は確かだぞ」

 

 彼女は最後に、少なくとも私は関わり合いにはなりたくない、と付け加えると、一転して土産話が無くなったなと快活に笑ったかと思うと、足早にその場を後にしてしまった。

 何はともあれこれ以降、ノネットがビスマルクを追求するという事は無くなり、彼の肩の荷が降りた事は確かだ。

 一方でそんなノネットの背中を見送ったスザク。

 彼は向き直ると、ジノとアーニャに挟まれつつも小さくなってゆくライの後ろ姿を、悲しげな表情を浮かべたまま見送った。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 カノン・マルディー二は悩んでいた。他ならぬ主君の考えに。

 突然現れた異母弟に対して、シュナイゼルは何ら興味を示さなかったからだ。

 だが、機情の長という存在には興味を示したようで、それについてはカノンに指示を下した。

 その後、皇族達の話し合いはお開きとなり、執務室に向けて廊下を歩くシュナイゼルの後ろをカノンは静かに従っていたが、彼の主君が口を開く気配は一向に無い。

 やがて、執務室の前まで来た時、居ても経ってもいられなくなったカノンは行動に移した。

 

「殿下、先程の件の続きですが、念の為にライ殿下の事も調べておいては如何ですか?」

 

 頼まれたのは機情の長の事についてのみで、その事を少々不思議に思ったカノンは付け足す様に尋ねたのだが、返って来た主の言葉に耳を疑う。

 

「彼の事は放っておいていいよ」

「っ? ですが――」

「放っておくんだ。いいね?」

 

 有無も言わさぬ口調で告げられてしまえば、カノンはそれ以上何も言う事が出来ない。

 

「……畏まりましたわ」

 

 そう返す事しか出来なかった。

 だがカノンは知らない。その時のシュナイゼルの瞳が紅い縁取りに彩られている事など。

 カノンの言葉を聞いたシュナイゼルは、静かに微笑んだ後、満足したのかそれ以上何も言う事は無く再びカリグラの件を念押しすると扉の奥に消えていった。

 

 「殿下は一体どうされたのかしら……」

 

 カノンは自室に戻ると、その時の様子を思い出し一人ぼやいた後、再び考える。

 が、相変わらず分からない事ばかり。

 

 ――考えていても仕方ないわね。

 

 そう思い立つと、今は命じられた通りの事をするだけと気持ちを切り替えたカノンは、受話器を取ると何処かへ連絡を取り付けた。

 暫くして一人の男が現れると、カノンは開口一番、シュナイゼルからの頼みを実行に移す。

 

 「急に呼び出して済まないわね。機情の長について調べて欲しいの。手配はこちらの方からしておくわ」

 

 機情という言葉に男は一瞬片眉をピクリと動かしたが、次には何事も無かったかのよう無表情を作る。

 

 「どれ程潜る?」

 「最深度までお願い」

 「これはまた、随分なお願いだ」

 

 カノンからの要求に、男はポーカーフェイスを崩すと大層驚いた様子で目を丸くした。

 そんな表情をする男を初めて見たカノンは新しい発見に内心喜びながらも、それを決して表に出す事はせずに話しを続ける。

 

 「表層には恐らく何も無いわ。無理を言ってる事は分かるけれど……」

 

 申し訳なさそうに告げるカノンに対して、男からの返答は何とも歯切れの悪いものだった。

 

 「よりにもよって機情か……」

 「あなたのそんな自信の無い台詞を聞いたのは本当に久しぶりね」

 

 男とはもう長い付き合いになるが、カノンは彼から弱音とも取れる言葉を聞いたのは本当に久しぶりだった。

 だが、男は特に気にした様子もない。

 

 「最近、機情の動きが妙でな。以前とは比べ物にならない程ガードが厳しくなってるんだ」

 「それはいつ頃から?」

 「あの噂が流れた頃からだ」

 

 珍しく肩を落として自信無さげに語る彼を見て、カノンは、そう、とだけ答えると暫しの間押し黙った。

 嫌な予感がしたのだ。男の背後で死神が嘲笑っている。そんな錯覚さえ起こしかねないような予感が……。

 しかし、機情に潜り込むなどという危険な任務は、この男以外では不可能だろうと思っていたのも事実だった。

 何よりも、こういった任務は初めてでは無かった。

 だが、その度に男は帰還を果たし、有益な情報をもたらしてくれた。長年に渡って、カノンを影で支える重要な存在。

 

 ――彼の強運を信じるしか無いわね。

 

 意を決したカノンは、後にこの時の自分の決断を後悔する事となるのだが、彼に対して、お願いするわ、と告げた後、あくまでもこれは個人的な事だけど、と前置きをした後、もう一つの頼みを口にする。

 

 「潜った際にライという人物ついて何か分かれば、それも引き上げてくれないかしら?」

 

 これがカノンがシュナイゼルからの信頼を得た一面でもある。

 何よりも、シュナイゼル自身は天才と呼ばれる部類の人間であり、そんな彼に対して、ただ従うだけの人間では、信頼を得る事など不可能なのだ。

 主君の命には絶対忠実。ただし、必要に応じて独断で行動を起こす事もある。

 全てはシュナイゼルの為であり、その為ならば例え意に反した事だろうと行う。

 それが結果として主を、強いては帝国を助ける事となった事は多々ある。

 

 「ライ? それは誰だ?」

 「特一級の人物だとしか言えないわ。それと、その名前は口外無用よ?」

 

 自身の内に未だに拭えぬ不安感を払拭するかの如く、ワザと戯けた様子で口元に人差し指を当てて釘を刺すと、男はそんなカノンの仕草を見て苦笑しながらも静かに、しかし力強く答えた。

 

 「Yes, My Lord」

 

 信頼する男からの頼もしい言葉に、カノンは最後に妖艶な笑みでもって返答した。

 しかし、これがカノンが見た彼の最後の姿となった。

 三日後、カノンの執務室の電話が鳴ると、電話口より男の声が流れた。

 

 「国是には……触れるな」

 

 今にも消えてしまいそうな声で男はカノンにそう伝えた後、電話は途切れた。

 それがカノンが聞いた男の最後の言葉となった。

 

 全ての役者は出揃った。歯車はその速度を増して行く。

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2 ~ 前日譚 ~   完




今後はR2介入ものになります。
活動報告でも書きましたが、これからは投下スピードが今と比べると大分落ちます。
ご了承下さい。
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