本作に、原作キャラを乏しめる意図は全くございません。
ただし、お好きな方々には不快に思われる場合がございますので、読まれる際にはご注意を。
原作キャラや設定は弄りまくってます。
原作の世界設定がお好きな方はご注意下さい。
これまでの投稿作品の中で最長です。
お時間の許す限りお付き合いいただけると幸いです。
此処はユーロ・ブリタニアにおける軍事作戦の要となるカエサル宮殿内に在する指揮指令室。
ヴェランス大公を始め、四大騎士団の総帥と大貴族会議の要職に付く貴族達の眼前では、今し
その自ら脚本を描き演出した混沌の舞台の出来に、満足げな笑みを浮かべたジュリアスは
「さぁ! 全軍に進撃命令を! ヴェランス大公閣下!」
しかし、大公の顔に浮かぶのは苦悶のそれ。
「今、ユーロピアに進軍すると言う事は、大勢の無辜の民を戦火に巻き込むという事になるではないか!」
「これは妙な事を。無辜の民? 何を馬鹿な」
侮蔑と嘲笑が
「彼等は後に国を支える礎となる者達。私は、彼らに要らぬ犠牲を――」
「貴公の祖先は彼の王に付き従い、一度は此処、欧州を灰燼に帰したというのに?」
睨め付けるジュリアスの視線に大公の表情が強張る。
同時に居並ぶ騎士団長達も堪らず席を蹴り立ち上がった。唯一、沈黙を守るシンを残して。
しかし、ジュリアスは彼らの事が眼中に無いのか。一切を無視して続ける。
「一体何を迷われる? 既に一度歩まれた道だ。此度は命じるのが大公閣下、あなたになるだけの事!」
「キングスレイ卿! 列王記に語られるだけが王の全てではないと知れ!」
遂に大公も立ち上がり反論するが、ジュリアスは酷薄な笑みを浮かべるのみ。
「確かに。王の事ともなれば閣下には
一ミリも本心に無い台詞を口にしてみせると、次にジュリアスは喜悦の笑みでもって追訴を始めた。
「しかし、皇帝陛下は私に勝利の二文字のみをお求めになられた。それにその口振り……」
ジュリアスの瞳が鋭く光る。
「面従腹背とは正にこの事! 大公閣下は一体誰に臣従されている? 陛下の御心に背くおつもりか!?」
言葉尻を捉えただけでなく、そこに含まれた響きから遂に大公の心底までも見透かしてみせたジュリアスに、追い詰められた大公は堪らず声を荒げた。
「ライ殿下! これは本当に本国の、陛下の御意志かっ!?」
「大公閣下。私はその陛下の――」
「ジュリアス」
であるというのに、その声色は驚くほどこの場に集う者達の耳朶を震わせた。
ジュリアスが声の主に顔を向けると、喧騒から離れた場所に今回、特別に用意された椅子に座り右後ろにスザクを従え脚を組むと瞼を閉じ、頬杖を付きながらこれまでの遣り取りを聞き入っていたライが動く。
「大公は私に意見を求められた」
ライは瞼を開きゆったりとした動作で立ち上がると、不遜な視線そのままのジュリアスが迎え撃つ。
「私は皇帝陛下の名代として此処に居る。君の意見など求めてはいない」
「それを枕詞にしなければ、何も言えない貴様が私に意見するのか?」
「なに?」
「殿下!」
最早スザクの制止も意味を為さない。
口許を僅かに引き攣らせ、屈辱から来る怒りにその端正な顔貌を歪ませるジュリアスに向かって、蒼炎を身に纏ったライは歩みを進める。
「限界だ。此処に来てからというもの、事ある毎に陛下、陛下と。雛鳥のようによく
唐突に始まった二人の対立に、ユーロ・ブリタニアの面々は毒気を抜かれたのか、呆気に取られるばかり。
一方、スザクは嘗ての二人からは想像も出来ないその姿に一人、瞳に暗い影を落とす。
「私のみならず陛下に対してまで。不埒千万な皇子も居たものだ。私は――」
「陛下の名代である私に歯向かう事は許さぬ、とでも言いたいのか? 随分と矮小な存在に成り果てたものだな、下郎」
「この後に及んでよくぞ言った! 継承権すら与えられん忌み子風情がっ!」
「そんなモノに興味は無い!」
罵倒を受けてもなお、嘲笑の笑みを崩さずに。
ライは一喝すると遂に激発するジュリアスの眼前まで迫る。
睨み合う両者。
ライはジュリアスの瞳から目を逸らさず、ジュリアスもライの瞳を迎え撃つ。
混沌の体現者と狂気の具現者の対峙。
一触即発の空気が指令部を支配する。
二人に共通するのは尊大な自尊心。故に、互いに引ける筈もなければ引く気もない。
先に動いたのはライだった。
薄紫色の瞳を見据えつつ、彼は口を開く。
「質問に答えよう、大公。統治者であれば、誰に問うでもなく一人。孤独の中で決断を下さなければならない時がある事ぐらい理解されているだろう? 私が言えるのは、今がその時。それだけだ」
「それは分かる。だが……」
「未だ悩むか。そこにはやはりどうしても皇帝の意思が必要か? であるのなら業腹だが言ってやろう。この者の言葉は皇帝の意思、だそうだ」
言葉の最後に侮蔑の響きを含ませて、嘲笑うライに怒りの沸点が越えたジュリアスもまた、笑った。
だが、実際のところライの真意は別にある。
ライは己の言葉を言い訳に使えるように、大層不快ではあったが壁画の
しかし、大公は動揺を禁じ得ない。
秘蔵する壁画に描かれた王と瓜二つの存在が、ブリタニア皇帝を是とするかのような言葉を紡いだが故に。
だからこそ、彼は決断出来ない。
「……残念だ。
沈黙する大公を見限ったライは頭を振ると興味が失せたのか。
薄紫の瞳から視線を逸らすと、愕然としている大公を筆頭としたユーロ・ブリタニアの面々に向き直った。
「邪魔をしたな、ジュリアス。此処に居るのはお前の言うように惰弱な者共らしい。後は好きにしろ」
「元よりそのつもりだ。だが、凱歌が奏でられた暁には、お前にも謳ってもらうぞ。苦痛と悲鳴でな」
ライの横顔に辛辣な台詞を浴びせたジュリアスは、鼻を鳴らすと深謀遠慮の瞳で大公を射抜いた。
「大公閣下。ここまでの言動から察するに、閣下は陛下の御意志を軽く見ておられるようだ。それは最早、反逆の意志ありとすら認められる程に」
指摘すると同時に、大公の顔に浮かんだ動揺を見咎めたジュリアスは薄く笑った後、手にした帝笏を差し向け裁定を下した。
「貴公を幽閉する。罪状は皇帝反逆罪である!」
「くっ……」
呻く大公。
その時、怒りを圧し殺し主の側に控えていたミヒャエルはジュリアスとライ。二人の顔に浮かぶ嘲笑と侮蔑。それを見た瞬間、誤解した。
「二人して我々を
「貴様等ァッ!!」
その言葉に激発した聖ガブリエル騎士団総帥、ゴドフロアが迫る。
彼は肩を怒らせて大股で迫ると二人の胸ぐらを掴もうと腕を伸ばす。
が、それは寸前の所で地を蹴ると一瞬で二人の元に至ったスザクに顎を強かに蹴りつけられた事で未遂に終わる。
たたらを踏むも堪らず尻餅を着いたゴドフロアに対して、音もなく着地したスザクは路傍の石でも見るかのような瞳で見下ろした。
「キングスレイ卿と殿下に手を出す事は許されない。それは陛下に対する逆心も同じと心得よ」
「おのれぇぇっ!!」
憤怒の表情でゴドフロアが睨み上げるも、逆に三者三様の視線に射竦められ、彼はそれ以上の言葉を発する事が出来なかった。それはこの場に集う他の者達も同じ。
僅か三人。
されどこの三人にユーロ・ブリタニアの面々は完全に呑まれていた。たった一人、シンを除いて。
再び視線をジュリアスに向けたライは語る。
「ヴェランス大公閣下におかれては、反逆罪を告げられてもなお、一切弁明せず。事ここに至っても進撃命令を下すことで無辜の民とやらが戦禍に曝される事を良しとしない。それはそれで譲れぬ信念を持っているようだ。その気概だけは評価出来るが?」
「随分と前時代的な思想だがな」
「言ってやるな。仮にもユーロ・ブリタニアの宗主だぞ?」
「その思想が
本人を目の前にして平然と査定を始めた二人。
ライは憮然とする大公を一瞥すると視線を戻し、愉快げな声色で語る。
「一つ、妥協案がある」
「言ってみろ」
「ユーロピア全土に進撃の先触れを出せ」
一瞬呆気に取られるも、それが齎すであろう更なる混沌に思い至ったジュリアスは酷薄に嗤う。
対象的に思い至れない騎士団長達は異議を唱えた。
「攻める事を宣言すると!?」
「バカな! わざわざ知らせる事に何の意味があるのか!」
「我が軍の優位性が損なわれるだけじゃ」
しかし、それをあっさりと聞き流したライは、大公達に背を向けると争乱を映し出している指令部の巨大モニターを指し示した。
「混乱の
「思った程の愚物では無いようだな。良い提案だ。しかし、補足として一つ」
ジュリアスの言葉に腕を下ろしたライは、向き直ると目で続きを促した。
「敵軍が後退を始めた後に出す」
「良い案だ」
「では、そうしよう」
「異論は無い」
脚本の修正を余儀なくされた事と、既にシンを通じてユーロピア側に渡りを付けており、内通者との関係に配慮が必要ではあったものの、ジュリアスとしては災禍の拡大を図れるのであれば、そこに憤りはあれども不満は無い。
一方のライはというと、嘗て騎士団長から上奏された策を踏襲したまでの事。
ただし、今の時代に用いた際、その結末はジュリアスが推察したものと大差無い。
いや、ライに言わせれば過去より遥かに酷い事になる予測もしてはいたが、そうなればそれまでと割り切っていた。
互いに頷き合う二人。
次にジュリアスは執行猶予を告げた。
「大公閣下。最後に一仕事お願いする事としよう。幽閉はその後だ」
苦し気に呻く大公の姿と、その判決に態勢が決した事を悟ったのか。唯一、着座の姿勢を変えなかったシンがここにきて席を立つ。
「閣下。ここはキングスレイ卿とライ殿下。お二人の言葉に従われませ」
「しかし…」
「これは大公閣下の為でもあります。ご決断を」
「……分かった」
大公は力なく椅子に沈んだ。
遂に陥落したその姿に、二人は再度視線を交錯させる。
ジュリアスは酷笑を。ライは冷笑を。
先程までのアレが嘘のように二人は嗤い合う。
スザクは二人の後ろに控えると、そんな彼らの姿を拳を握り締めると無言で見つめていた。
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コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ GAIDEN 亡国のアキト ~
~ 追憶を胸に抱く者 ~
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その後、大公はジュリアスとライ、そして警護のスザクに連れられ幽閉前の一仕事、進撃命令時の演説を撮影させられる事となった。
だが、ジュリアスは大公の演説に幾度となくリテイクを求め、数分で済むところを実に一時間近い時間を掛けて撮影。
ようやっと解放された大公は手近な椅子に腰かけると、ミヒャエルの介抱を受けていた。
その少し離れた場所では、スザクを右後ろに従えたジュリアスが、ライと向き合うと立ち話に興じていた。
「お前の完璧主義は病的だな」
「何を言う。この一戦が戦局を決定付ける事になる。その時に、あんな陳腐で覇気の欠片も無い演説をされてみろ。将兵の士気に関わる」
「それには同意する。演技指導がアレでなければな」
「どういう意味だ?」
疑念の瞳を向けるジュリアスに対して、ライは呆れたように問うた。
「皇帝のそれに良く似ていたのはどういう事だ?」
「何だ、そんな事か。陛下の演説は力強く覇気に溢れておられる。お力をお借りしたまでの事」
予想した答えとはいえ、ライは思わず右手で顔を覆うと天を仰いだ。
「何だ、その態度は」
ジュリアスは瞳を据えると色を損ずるもライからの返答は無い。
舌打ち一つ、ジュリアスは帝笏を突き出すとライと奥に座る大公を指し示した。
「私はもう行く。戦局を注視する必要があるからな。君には大公が居室に入るまでを見届けてもらう」
最早、口を開くのも億劫になっていたライは早く行けと言わんばかりに横を向くと手を払う。
ジュリアスは高笑いと共に部屋を後にした。
扉が閉まると溜息一つ、ライは大公の元まで歩み寄る。
「災難だったな」
ライとしては珍しく哀れに思ったから出た心の底からの言葉であったが、憔悴した主の姿にミヒャエルにとってみれば片棒を担いだ相手でしかなく、我慢できる筈もない。
片膝を付くと大公に水を差し出していた彼は思わずといった様子で立ち上がるもそれは制止させられる事となる。
「控えよ」
「しかし、閣下……」
「良い」
顔を上げた大公にライの視線が降り注ぐ。
「これより大公閣下を幽閉する。居室まで歩かれるか? 無理なら何か手配させるが」
「無論、歩くとも」
「良い心懸けだ」
大公はゆっくり立ち上がるとミヒャエルを引き連れて居室に向かう。
ライは口元を僅かに歪ませながら二人の後に続いた。
◇
「さて、私はもう行くが」
居室の扉の前まで至ったライは衛兵に指示を出した後、場を辞するため声を発するも、大公より待ったが掛かる。
「少し、話がしたい。時間を割いてはもらえないか」
「……ご随意に」
訝しむ視線を向けつつ、ライが小さく首肯すると、大公はミヒャエルに目配せする。
察した彼はライの意識を逸らすため、大公が居室に入り扉が閉まると同時に話題を振った。
「閣下をいつまでここに?」
「少なくともジュリアスの機嫌が治まるまでは無理ではないか?」
「期限不明ではないか!」
ライが抗議の声を上げるミヒャエルを鬱陶し気に眺めていると、再び扉が開く。
「ライ殿下。お待たせしたな。入られよ。ミヒャエル、下がって良い」
「ですが、閣下……」
「下がれ」
強い口調で咎められたミヒャエルは悲し気に顔を伏せると同時に腰を折る。
ライはそんな彼を一瞥すると、嘲笑の笑みのまま扉を潜った。
◇
暫くの後、二人は例の部屋に居た。
壁画を前にライが問う。
「で? ここに連れてきてどうする? まさか、この前で死にたいのか?」
「何を言っているのか分からないが」
白々しくシラを切る大公だったが、蒼い瞳は全てを見透かしていた。
「その懐に忍ばせているのは何だ? ナイフか? 拳銃か? それとも古式ゆかしく毒薬とでも洒落込むか?」
「……何故、分かった?」
「あの男の瞳に浮かんだ動揺と、その声色は僅かに緊張の響きを持っていた。そして最後に見せたあの表情。後は、敗残の王の辿る道など古今東西限られているからな」
嘗て、自身の前に立ち塞がった者達の最後の矜持として示した末路を思い出し、ライは酷薄な笑みを浮かべた。
「君は一体、どんな世界で生きてきたのか」
ため息混じりに呟く大公に対して、ライは事も無げに言い放つ。
「対峙する相手の些細な変化を見極めなければ、容易く命を刈り取られる世界に居たまでの事」
「それは、壮絶だな」
「貴族どもの世界と変わらないだろう?」
三日月を浮かべるライに対して、無言で頭を振った大公は、素早く懐からソレを取り出すとライに向け言った。
「
大公からそれ、銃口を向けられたライであったが、一転して冷めた瞳で見つめると忌々し気に悪態を吐く。
「よりにもよってそれを選ぶか。最も事後処理が面倒なものを」
「状況を理解されているのか?」
「それで自決するのだろう? 後始末をさせるのはあの男で良いか?」
一切の動揺を見せる事の無いライに対して、大公は今度はゆっくりと警戒を懐かせぬよう再び懐に手を伸ばすと、取り出したそれを彼に差し出した。
すると、ここにきて初めてライの瞳に疑念の色が浮かぶ。
「これは?」
「開祖の手記。その写本だ。原典は遺言に基づき保存処理を行わなかった結果、劣化が著しく最早開く事も叶わない」
しかし、眺めるだけで一向に受け取ろうとしないライに対して、大公は無理やり彼の胸に押し付けた。
「読みたまえ。君にはその権利がある」
「何に対する権利なのか皆目検討がつかないが、それが今生の願いであるのなら読ませてもらう。少し時間が掛かるが」
「構わないとも。私に時間は有り余る程ある」
「何とも羨ましい」
皮肉めいた大公の言葉に薄く笑ったライは受けとると表紙を開くも、続く薄紙を捲るのに手袋が邪魔だったのか、口を使って右手袋を外し吐き捨てるとページを捲ったところで注文を付けた。
「立ったままというのも何だ、椅子は無いか?」
「暫し待たれよ」
大公はそう告げると部屋を後にする。
暫くして、粗末な木製の椅子を大事そうに両手で抱えて戻ると、ライは置かれたそれに腰掛けた。同時に、再び銃口を構える大公。
しかし、ライはそれを無視して手記を捲りつつ、皮肉げに口元を歪める。
「閉じ込める好機だったというのに、律儀な男だ」
「聞くべき事が聞けていない。最も、君も私がそれをする気が無い事ぐらい察していたのでは? ところで、座り心地はどうかな?」
「別に? 何処にでもある椅子だろう?」
一旦手記から視線を外すと座ったまま椅子を見回し、どうという事も無い感想を述べるライを尻目に、大公は諦めたのか。銃口を下げると苦笑する。
「それも家宝に属するものなのだがな。保存処理が間に合っていて良かった。今でも実用に耐えるようだな」
「これが? 言っては何だが、随分とみすぼらしいが」
「
意図が掴めず首を傾げるライに向かって、大公は瞳を僅かに細めた。
「しかし、由来までは記載されていない。聞きたいかな?」
「話したいのだろう?」
呆れた視線を向けるライに対して、大公は口元を僅かに歪めた後、口を開いた。
「大陸侵攻時、最初に橋頭堡とした砦で彼の王が座られたと伝え聞く。我が一族はそこから始まったと言っても過言ではない」
その言葉にライは犬歯を剥いて笑うも、立ち上がる事無く直ぐに表情を戻すと、手記に視線を落としページを捲り始める。
しかし、その動きは読んでいるとは思えない速さだった。
「速読が出来るのか?」
「ん? あぁ、出来るようだ」
「ようだ、とは?」
その大公の疑問に答える事は無く、ライは手を動かし続ける。
その後、読み終えたライは手記をパタリと閉じると立ち上がった。
「感想は?」
「美辞麗句が多いな。ただ、書いた男が王に心酔し過ぎていた事は良く分かった。で? これを私に読ませて大公閣下は一体何を聞かれたいのか」
「先日、この絵の前で君が語った言葉について。この壁画を見て何故…王を連想出来た?」
「なに?」
「王の時代からどれ程の月日が流れたのか。君は確かにそう言った」
「私が言った?」
「覚えていないのか?」
問われて初めてライは思い出すとともに、己の失態に心中で舌打ちをする。
だが、それは無理もない事。
壁画とは言え、そこに描かれていたのは紛れもない在りし日の二人の姿。
如何にライであっても、突然現れた二人の前で仮面を被り続ける事は不可能なのだから。
しかし、今のライにそれは無い。
彼は胸中で二人に深く詫びると仮面を被る。
その間にも大公は疑念を深めてゆく。
「この壁画は題名も無ければ、目録にも記載されていない。にも関わらず、君はこの絵を見て何の躊躇いも無く王であるとの結論を出した。その理由は?」
「大公閣下が彼の王に使えた騎士団長。その男を開祖としている事など、周知の事実では? そんな貴家が厳重に保管している壁画だ。作者もその男の名前。繋がりがあると考え――」
「この絵の何処に広く知られた書物に記されるような残虐性がある!? 母親と妹をどこまでも慈しむ、騎士見習いの少年の姿にしか見えないだろう! 事実、私の妻が最初にこの絵を見た感想もそれだった!」
動じる素振りを一切見せないライに対して、痺れを切らした大公は思いの丈をぶつけるも、最後の一文は余計だった事に思い至れない。
ライの胸中に青い炎の
ライは、最早一刻の猶予も無いとの決意を胸に口を開く。
「大公閣下、落ち着かれよ。まだ話の途中だ」
じっと見据え、大公が落ち着きを取り戻したのを確認してライは語る。
「言い方が悪かったな。大公閣下は最初にこう言ったではないか。本国の人間が見るのは私で三人目だと。一人目はリカルドだったか? それと先ほど述べた騎士団長の件、それらを併せて推察すれば――」
「後の一人は?」
その問いにライは一瞬言葉に詰まる。見当が付かなかったからだ。
しかし、その時ライは出立前に愉快げに口元を緩めた皇帝の姿を思い出し、博打を打つ事にした。違っていれば、早々にこの場から立ち去った後、彼に然るべき処置を施すとの決意を秘めて。
「現皇帝だ」
「合っているが違う。確かにリカルドが此処に来た事は公式に記録されている。だが、シャルル・ジ・ブリタニアへの展覧はあの男が次期皇帝に内定した後、一切を秘されて行われた。よって、それは如何なる記録にも記されてはいない!」
正解ではあったものの、告げられた事実にライは思わず目眩を覚えそうになった。
その間にも大公は距離を詰める。
「あの男が壁画を前にした時、何と言ったか知っているか? この姿は誠か、と我が父に尋ねたそうだ。あの皇帝が、国是の信奉者たるあの男でさえ疑ったのだ! リカルドの場合はもっと酷い。当時の当主の胸ぐらを掴み、こう言ったそうだ。私を謀る気か、と! しかし、君は二人とは違った。何の疑問も抱かずに
本人だからだ、等言える筈もない。
ライはリカルドのみならず、状況説明を一切行わなかった皇帝に対しても胸の内で悪態を吐きつつ努めて平静を装う。
「何にそれほど憤慨されるのか。皇帝から聞かされていたとは思わないのか?」
「陛下!」
焦燥に駆られた大公。
そんな彼から飛び出した言葉を、しかしてライは一蹴する。
「私を陛下などと。大公閣下。御身は酷くお疲れのご様子だ。ジュリアスには私から伝えておこう。幽閉の際には腹心を側に置けるように手心を加えよ、と」
「はぐらかさないでもらいたい!」
拉致が明かないとはこの事だった。
内心辟易していたライは話題を反らす。
「何故、彼の王にそこまで拘る? あり得ない話だと分かるだろうに」
「確かにあり得ないとは思う。だが、同時にそれを強く否定出来ない私が居るのも事実」
その言葉に、血の為せる技か、と心中で悪態を吐くライ。
「ジュリアスも言っていただろう。この地を焼き尽くした男だと」
「確かに王は焼いた。立ち塞がるもの全てを炎にくべて」
「笑っていたとさえ手記にはあったが?」
大公は小さく頷いた。
その事に我が意を得たりとライは語る。
「それが真実だ。殺し尽くし、奪い尽くす。冷酷非情な男であったろうな。無辜の民とやらを慈しむ大公閣下の思想とは相容れない男では?」
「だが、立ち塞がる事無く逃げた者達、その背を追うことだけは、それだけは決してなされなかったともあっただろう!」
大公の魂の叫びが部屋に木霊した。
「それが無ければどうして我が先祖が後にこの地で繁栄出来ようか。住まう者達全てを滅ぼせば、誰も我々の庇護を求めなくなる。王は一線を引かれていたのだろう? 庇護すべき民、それあっての国だと!」
「黙れ!!!」
ライの大喝に強化ガラスが震える。
同時に彼の被る仮面にも亀裂が走ると、隠した素顔が僅かに覗く。
「貴様が後生大事に崇める王の最後は知っているだろう! その庇護すべき民どころか何よりも護りたかった二人までも巻き込んで、自領もろとも敵を焼き尽くした! そこに擁護すべき余地は一切無い! 書物にある通り、狂った王そのものだ!」
猛り狂ったライの体から吹き出した蒼炎に気圧された大公は、僅かに後退るも逆に幾分かの冷静さを取り戻した。
「では、妥協案として示されたあれは? あの時は気付かなかったが、今なら分かる。あれは手記に記された作戦そのままだった」
手記の存在を知っていれば、誰が提案などするものか、と思いつつ、苛立ち混じりにライは嘯く。
「偶然だ。あれは想定どおりに事が進めば地獄が現出する。あの策は民主主義とやらを信奉するユーロピア連合にとっては悪夢になるだろうな。ジュリアスもそれに思い至ったからこそ受け入れた。御身の配下は理解出来ていなかったようだが」
この場で力を使い終わらせてしまいたかったが、ライは決心出来ずにいた。
二人が見ている前で、二人の命を奪った力を使う事を激しく嫌悪したが故に。
幸か不幸か、期せずして救われている事に気付ける筈も無い大公は、遂に秘した胸の内を晒した。
「王は後悔されていないのだろうか」
「一体何に対してなのか。大公閣下は要領を得ない発言が多く返答に困る」
「憎んではいないだろうか。自らの運命を。同時に、強く引き留める事をしなかった我が祖の事を」
「本当に聞きたかったのはそれか」
事此処に至り、遂に大公の核心に思い至ったライは、彼を射殺さんばかりに睨み付ける。
「手記には自らの意志で帰国した事が読み取れたが?」
「その後の出来事を知った後、酷く悔やんでおられた事が書いてあっただろう? 本国における謀議の兆しを掴んでいながら、何故、首を跳ねられる覚悟でお諌めしなかったのか、と」
言い終わると視線を剃らした大公は、壁画を見つめて問い掛ける。
「君に聞きたい。王は何を思い炎の中に消えたのだろうか」
ややあって、ライも同じく向き直ると腕を組み呟いた。
「仮定の話にしかならないが?」
「構わない」
その時の情景を思い出し、ライは僅かに顔を歪めると言葉を紡いだ。
「私が仮に王の立場であったとしたら、まず、二人を巻き込んだ自責の念に苛まれるとともに、己自身の思慮の浅さを憎み、同時に己の無力さに絶望した事だろうな。だが、他人を憎んだり世界に絶望する事だけは決して無い。全ては身から出た錆。他に理由を求めるのは、これまで積み上げた功罪全てから逃げる事と同義だ」
ギアスを制御できなかった当時の己の力の無さ。そして二人を巻き込んでしまった事を思い出したライは、無力感に苛まれつつも再び仮面を被る。しかし、それは最早朽ちる寸前のものでしかない。
「大公閣下は手記を深く読み過ぎている。書いた男の感情に引きずられた結果、この絵と相まって理想の王を心の中で描いてしまってはいないか? その王の姿は幻想だ。王にとっては二人だけが特別な存在であり、配下は全て手駒としか見ていない。それは年代記や列王記、そしてこの手記とも共通する事柄だ」
ライはそう告げると、該当の箇所が書かれたページを開くと大公に手渡した。
そこにはこう書かれていた。
戦場で死んだものに哀悼の意を表する事も、ましてや落涙された事などは一度として無く、死者の亡骸を背にしても決して振り返られる事はなかった、と。
「弱さを見せまいとされたのではないか?」
「まだ言うか? 御身に当て嵌めて考えられよ。あの男、ミヒャエルが仮に死んだとして、大公閣下にそれと同じことが出来るか?」
己の行いを過度に美化し続ける大公を見て、ライはどうしようもない胸の痛みを感じた。
己は決して立派な王などでは無く、数多の命を数字として見ていたばかりか、駒として使い潰してきたことを理解していたが為に。
「振り向かないという事は、興味が無かったか、その時に切り捨てていったかのどちらかだろうな」
「仮に切り捨てられたとしたらその者達は幸せだ。少なくとも、その直前までは王の心の隅に居ることが許されたのだろうから」
「前向き過ぎるにも程がある」
項垂れるライを尻目に大公は尚も問う。
「では、我が祖はどうか?」
「なに?」
「王の心に残る事が出来ていたのだろうか?」
「私に聞くな」
「お答えいただきたい」
視線はそのままに、頑として譲らぬ大公の横顔を見たライの脳裏に過ったのは、最後まで力を使う事が無かった彼にとって唯一と言える、片手で足りる数の忠臣達の姿。
仮面が朽ち果てる。
ライは気取られぬように奥歯を噛み締めると、心の内で白旗を上げた。
「王の方が先に逝ったからな。小指の先程度は残ったのではないか?」
新たな決意を胸に秘め、ライは無意識に後ろ手に回した右手で左手を手袋越しに握り締めると、俯きがちに言った。
「もういいだろう? この部屋は、少し、冷える」
その言葉を最後通牒と捉えると、感慨深げに瞳を閉じた大公は静かに口を開いた。
「これまでの無礼を赦されよ。私の思い違いであった。ただ、幾ばくかの想いは晴れた。感謝する」
「なに、全て私の下らない戯れ言だ。私こそお耳汚しを謝罪する」
そうして会談を切り上げた二人は部屋を去る準備を始める。
ライが手袋を拾い上げる一方で、大公は椅子を持ち出そうと背凭れに手を掛けると、唐突にライはその手を掴み頭を振った。
「この椅子はそのままに」
何故?と問う大公に対して、ライは真摯な眼差しを向けた。
「彼の王が座ったものであれば、今しばらくはこの部屋に置かれよ」
「君がそう望むのなら」
短く頷いた大公は椅子から手を離すと踵を返す。ライもそれに続く。
扉を出た大公は閉錠作業のため、パネルを操作。
そこにライの声が飛ぶ。
「大公閣下はどれくらいの頻度でここに?」
その問いに、目線をパネルに向けたままの大公が応じる。
「週に一度、日曜の礼拝後に。それが何か?」
「いや、毎度そのセキュリティを御自らが解除していると思うと、ご苦労な事だと思ったまで。パスコードの入力程度、配下の者に任せれば良いのでは?」
それは出来ない、と大公は頭をふった。
「認証を二度間違えると部屋の中は炎が吹き荒れる事になる。これは私に課せられた責務だと自負している」
「あぁ、焼き捨てた後に自死する、だったか?」
「君は本当に色々と詳しいな」
大公は苦笑するも、その時、ライの口元に小さな三日月が浮かんだ事に、彼は気付く事が出来なかった。
扉が閉まると重々しい施錠音が響く。
責務から解放された事に軽く息を吐いた大公が手を下ろしたその時。
「ヴェランス大公閣下?」
「何かな?」
顔を向けた大公に紅い鳥が襲い掛かった。
「お前は次に来た際、二度認証を間違えろ」
「分かった」
短く返答すると暫しの間、呆然と立ち尽くす大公を余所に、ライは扉の前で片膝を着くと臣下の礼を取り瞳を閉じる。
時間にして僅か10秒にも満たないそれを終わらせると素早く立ち上がったライは、着衣の乱れを正すと次に何事も無かったかのように声を掛けた。
「大公閣下。そろそろ幽閉させてもらう」
「あ、あぁ。失礼した」
我に返った大公は頭を振ると出口に向かう。
その道すがら、ライは再び二人に出会えた事に対する純粋な感謝を胸に忍ばせて口を開いた。
「過分な物を二度も見せてもらった上に、由緒ある椅子にまで座らせてもらった。大公閣下の厚遇に何か報えることは出来ないだろうか」
「厚遇などと思ってもらう必要は無いとも。全ては私の思い違いだったのだから」
苦笑する大公を横目にライは首を降ると再度問う。
「事は私の沽券に関わる。望まれる事は無いか?」
すると、大公は不意に立ち止まり口を開く。
「では――」
「あぁ、幽閉を取り消せというのは無しだ」
「私の問いにただ頷いていただけないだろうか、ライゼル陛下?」
真摯な眼差しを受けたライは快活に笑った後、首を横に振った。
「その望みが決して叶わない事ぐらい理解しているだろう? それも却下だ」
「残念だ」
大公は再び苦笑した。
「なに、御身の時間は余る程あるのでは? ゆっくりと考えられよ」
そうして再び歩み始める二人。
最後にライはエレベーターの扉が開く前、一度だけ振り返った。
◇ ◇ ◇
ユーロピア連合本部は蜂の巣を突いたかのような争乱に見舞われていた。
方舟の船団なるテロ組織が引き起こした大規模事変。
それに伴う暴動と、自国で起きたそれに対処せんが為に一部の部隊が独断で戦線を後退させた瞬間。
待っていたかのようにヴェランス大公より告げられたユーロ・ブリタニア全軍を上げての進撃命令。
目標とする都市をワザワザ発表した上で行われたそれは、逃げ出そうとする民衆と過熱する暴動を押さえようとする軍部。三つ巴の様相を呈する事となる。
結果、ユーロピア連合軍は全てにおいて後手に回った。
標的とされた都市は暴動の鎮圧と市民の誘導に忙殺された結果、民主主義が仇となる。
戦線の都市に近い部隊はそこを地盤とする議員達の介入を受け持ち場を放棄。
避難が間に合わないと悟ると市民達を守る為、都市に籠城せざるを得ず包囲殲滅の憂き目に合う。一方、歯抜けとなった戦線ではユーロ・ブリタニア軍が浸透を開始。
横との連携を失ったユーロピア連合軍は各個撃破の対象とされ、溶けるようにその戦力を磨耗させていった。
近年無かったユーロ・ブリタニアによる大規模かつ悪魔的とも言える戦線の押し上げ。
ジィーン・スマイラスは執務室で苦悶の表情を浮かべていた。
ユーロ・ブリタニア側の内通相手であるシンから事前に聞かされていた作戦計画が変更された事を知らされると、然程の間を置かずにそれが発動された事に動揺し、刻一刻と戦況図に示された色が敵軍を示す赤に変わり、先程まで部下から決死の形相で決起の決断を迫られ板挟みとなっていたが為に。
「どうしろと言うのだ」
当初の相手方の作戦計画に呼応して、自身が心血を注いで練り上げたそれが果たして有効に機能するものかと悩む。
シンからは、向こう側も予期していなかったのか。
珍しく動揺を含んだ声色で、どうにかする、との言質を取り付けてはいたものの、モニターに映るユーロ・ブリタニアの進撃速度は異常の一言。
まるで伝え聞く古の侵略者に勝るとも劣らない速度で
しかし、そんな矢先。
不意に彼の執務室の照明が一つの例外も無く消えると同時に訪れる静寂。
不審に思ったスマイラスが顔を上げて周囲を見やると、先程まで戦況を示していたスクリーンには一人の女の姿が。
光度を失った室内で、その女の全身から発せられている淡い輝きにスマイラスの顔が映える。
「お、お前はっ!」
思わず椅子ごと後退ると、瞳にありありと動揺の色を浮かべる彼を余所に、女は口を開く。
「いつの時代も、死に急ぐのは若者だ」
「私は彼らの死を望んではいない!」
「そうだ、お前はそんな言葉は使わない。だが、己のために若者達を死地に導いているのは事実」
「何が言いたい!?」
心底を見透かされている事を察したスマイラスは、怒りの感情そのままに机を叩く。
しかし、女は事も無げに言い放つ。
「本題を告げる。お前は我々を一度、謀った。その事に対する償いを果たせ」
「償い、だと?」
スマイラスは過去の私情による行い。
その結末を思い起し顔を顰めるも、スクリーンから抜け出した女は机を挟んで彼の眼前まで迫ると指差し告げた。
「ギアスの名において要請する。我々はシン・ヒュウガ・シャイングの命を所望する」
「シャイング卿? 何故、あの男の事をっ!! 奴か! 奴がギアスを持っているのか!」
思わず立ち上がったスマイラスに対して、女は小さく首肯した。
「奴だけで良い。奴の命を早く私達に。それをお前の償いに充てる」
「待て、どういう意味だ? 他にもギアスを持つ者が居ると?」
疑念が渦を巻き、スマイラスの口から零れ落ちた。
女は再び頷くと、流麗に語りだす。
「奴は澱みと契約した。それは非正規の契約。結果、手にした力も歪んだもの。回収する必要がある。他の者達は支流との契約。これは正規の契約であり、機会を見て回収するに留めている。故に、今は時では無い。だが、アレの契約は本流。そもそも、アレに手を出す事は今の私達では力不足」
「一体何を言っているっ!!」
「我々としては、この世界でお前を含めた誰が王を目指そうと興味が無い。しかし、同情はする」
「憐れむのか? お前が?」
憐憫の眼差しを差し向ける女。
その初めて見る姿にスマイラスは動揺を深くするが、対する女に然したる変化はない。
「王を目指すという事は、即ち、アレを打倒しなければならないのだから」
「あれ? だからあれとは何の事だ!?」
「挑む気ならば止めておけ。挑めるのは
「私では勝負にならないと?」
「アレの心底に言の葉を響かせる事すら不可能だ。それが出来るのは鮮烈な
「分かっている! 約束は守る!」
臓腑から呻くように言葉を吐き出したスマイラスは、息苦しさを感じ首元を緩める。
その言葉に満足したのか。女はゆっくりと
「私達の望みは世界のバランスが保たれる事。それは巫女達の願いでもあった。だが、アレはそのバランスを破壊する者。打倒出来るのであれば好ましいが」
「世界の均衡を、壊す者、だと?」
スマイラスは目の前の女がどのような存在か知っている。
女は人間がギアスを使えるよう調整する役割を担う存在として、遥かな昔に
肉体は無く思念体であるが故に、彼女自身は人間に対して直接的な力を持ってはいないが、人間ではどうする事も出来ない存在である事に変わりはない。
スマイラスの一族はそんな女の目的、歪んだ力の回収を担っていた。
その女をして、この台詞。スマイラスの受けた衝撃は計り知れない。
「そうだ。アレのせいで澱みが生じた。巫女達の願いは儚くも踏み
スマイラスは初めて見る饒舌に語る女の姿に、この際聞けるだけ聞こうと黙して語らず。
それを肯定と判断した女は忠告めいた言葉を発した。
「ならば、孤独を捨てよ。孤独から得られる力だけで挑んだところで勝ち目は無い。アレの孤独はお前達の想像を絶する。アレに打ち勝てるのは真実だけ」
言い終えた女とスマイラスの視線が交錯する。
小さく頷いたスマイラスを認めた女は、その体をゆっくりとスクリーンに溶け込ましてゆく。
「では、契約を履行した後に挑むがいい」
そして最後に一言、意味深な言葉を置き土産にその姿は溶けて消えた。
「
との言葉と共に。
◇ ◇ ◇
「苛烈な歓迎だな」
カエサル宮殿にある客人の間。
大公を幽閉して二日目にあたるこの日。
作戦指令室にて、当初の速度よりも幾分か落ちてはいたものの、概ね順調に進撃を続ける自軍の姿に、作戦が順調に推移している事に満足げな笑みを浮かべた後、ジュリアスに今後の展望を確認するべく向かった先で、開け放たれた扉の奥に広がる光景を遠くに見たライの第一声がそれであった。
踏み潰され、砕かれた無数の死体と半壊したナイトメアが散らばる惨状。
その中央まで歩みを進めたライが最初に見たのは、右手側に己に背を向けるシンとその足元に仰向けに寝そべるジュリアスの姿。
一方、残る左手側の回廊の奥では、ランスロットと一体のナイトメアが剣劇の応酬を繰り広げている。
ライは、眼下に広がる其れを前に、己に背を向けているシンに狙いを定めると泰然と歩み始める。
「あぁ、殿下か」
背後から迫る気配に気付いたシンは、振り向きそう呟くも次には思わず瞳を細めた。
惨状を背に歩むライの姿を、違和感無く認識した事にこそ違和感を感じたが為に。
しかし、それも一瞬の事。
「こうして直に話すのは初めてになるかな?」
「言われてみれば、確かにそうだな。で? これについての釈明を聞かせて貰えるのだろうな。 シャイング卿?」
「釈明? それは殿下……いや、お前の口から聞きたいな」
片眉を上げるライに対して、シンは口元を妖しく歪めた。
「キングスレイ卿がゼロであっただけでなく、その正体が例の皇子だったとはね」
「あぁ、その事か」
「その口振り。知っていたな? まぁいい。軍師の身分を持つ者が実は皇子であったとは。では、皇子の身分を持つお前は一体何者なのかな?」
シンはライの全身を上から下まで値踏みするかのように視線を動かすも、対する彼は黙して語らず。
ライは状況判断を終わらせると対応策の検討に入る。
その間にも、喜悦の笑みでシンは語る。
「全く愉快な話だよ。事実は小説より奇なりとは良く言ったものだ。さて、残るお前は一体どんな事実を私に見せてくれるかな?」
「死、という事実はどうだ?」
「素晴らしいな。お前が私に与えてくれるのか?」
その時、ライの背後より響いていた戦闘音が止まる。
シンは視線の先に副官であるジャン・ロウを降し、ランスロットのコックピットから姿を現したスザクを見やる。
「私にはアイツの闇がよく見えるよ。私と奴は同類だ。人を憎み、世界に絶望している。しかし――」
そこまで語るとシンは再びライに向き直る。だが、その瞳は疑念の色に染まっていた。
「お前だけは何度考えても理解出来ない。私達と良く似た瞳を持っているというのに、宿す光は全く違う」
「貴様の仕分けの定義に興味は無い。私は全てを背負うと決め、己の足のみで立つ事を誓っただけだ」
その答えに訝しむシンではあったが、やがて考えに至った彼は信じられないものを見たといった様子で瞳を見開いた。
「そう、か。お前が憎み、絶望しているのは、人間にでもましてや世界に対してでも無い。お前自身に対してか」
得心がいったのか、シンは珍しく感嘆の吐息を溢す。
それで良く生きていられるな、との言葉とともに。
「我々の処遇について聞きたい」
「お前の
皆まで言わずとも分かるだろう?とでも言いたげに、シンは口元を怪しく歪めた。
その爛々と輝く瞳には狂気の色が揺蕩う。
「それがお前の素顔か、簒奪者。成る程な。ジュリアスの言葉は真理を得ていたという訳か。主が惰弱であれば国が腐るとは良く言ったものだ。貴様のような腐肉を漁る獅子心中の虫に入り込む余地を与えていたのだからな」
今だシンの背後で倒れたままのジュリアスを一瞥したライは、視線を移すと彼の目を見据え、言った。
「しかし、私としては今、二人に死なれるのは
「では、どうする? 奪い返すか?」
そう問うや否や、シンはこれまでジュリアスに向けていた銃口をライに向ける。
対するライが腕を組むと項垂れるかのように俯くと、その仕草にシンは嗜虐心が擽られるのを感じた。
そして、彼が笑みを一層深めたまさにその時、ライは顔を上げる。その双眼には紅い鳥が宿っていた。
「シン・ヒュウガ・シャイングに命じる。枢木スザクとジュリアス・キングスレイは決して殺すな」
二羽の狂鳥が舞った。
「分かった」
先程までの狂相は跡形もない。
ただ、短く返答した後に構えを解くと呆然と立ち尽くすシンを余所に、遠く背後に感じるスザクの気配に振り向く事無く声を張り上げる。
「枢木! 話は付いた! 投降しろ!」
「ヒュウガ様!」
同時に、ライの傍を一人の女が通り過ぎる。
その女に腕を捕まれた事で我に返ったシン。
「ご無事ですか!?」
「あぁ、ジャンか。彼らを拘束の後、幽閉しろ」
「始末なされないのですか?」
「枢木スザクとジュリアス・キングスレイを殺す事は許されない」
「は? い、いえ、分かりました。では、こいつは?」
「大公の元に送ってやれ」
シンの命を受けたジャンは頭を垂れると、生き延びた兵士に召集を掛ける。
「お前達はこの男を大公の元まで連行しろ!」
その言葉に、柱の影で事の推移を窺っていた兵士達が、一人また一人と姿を現す。
「シャイング卿。二人の身柄は一時、預ける。いずれ引き取りに行く。その際は五体満足で返却してもらうぞ?」
「減らず口を!」
ジャンが吠えるもライは意に返さない。
「女、お前は忠犬か? それとも走狗か?」
「なにを……」
「後者であれば、それで良い。だが、結末は得てして悲惨なものだが?」
「貴様っ!」
「お前の主は私に対して死を望んだ。だからこそ今は生かしてやる。だが、その思想を改めない限り、近い内に破滅する典型例だ。前者であれば、無駄に吠えずに主の命に粛々と従え。そうすれば、最後の時ぐらいは伴に居る事が許されるだろう。さぁ、お前はどちらだ?」
ライが冷笑を浮かべて詰め寄った矢先、部屋に銃声が響いた。
放たれた銃弾はライの側頭部を掠めると、彼の髪を僅かに奪う。
灰銀色の光が舞い、地に落ちる。
「死んだらどうする?」
全く気にした素振りも見せずに、ライは笑いながら発砲したシンをみやる。
「ヒュウガ様! お止めください!」
副官に窘められたシンは、射殺さんばかりの視線を向けつつ腕を下ろした。
同時に、集まった兵士達に連行される形で背を向けたライは、嘲笑いながらその場を後にした。
「ヒュウガ様。一体どうされたのですか?」
「煩い!」
直前にジュリアスに心底を見透かされた事と、ギアスによる記憶の混濁。そして、まるで己の最後を予言してみせたかのようなライの口振りが相まって、シンは腹立たしげに手に持った拳銃を床に叩き付けた。
◇
兵士達に5人に取り囲まれ連行されるライ。
暫く従っていた彼は唐突に足を止めた。
「おい! さっさと歩け!」
背後に居た兵士が、苛立ちから手に持った武器でライの背中を押すも、彼は足に根が生えたのか微動だにしない。
だが、今一度背中を押そうとした瞬間、ライは唐突に口を開いた。
「お前達にも言っておく事がある」
何を言うつもりかと、同僚達と疑念の視線を交える彼らを余所に、ライは短く命じた。
「私に従え」
「「「「「Yes,Your Highness!」」」」」
一瞬にして彼らを支配下に置いたライは、前を歩いていた二人の内の片方を指差し告げた。
「お前は今から車を調達し、一足早く宮殿出口で待機しろ。可及的速やかに、だ」
命じられた兵士は短く応答すると、一目散に走り去る。
「では、行こうか。宮殿出口まで案内せよ」
残った兵士達にそう告げると、ライは再び歩み始めた。
その道すがら、最早遠慮は無用と枷を外したライは出会った人間を手当たり次第に支配下に置くと、悠々と歩む。
彼が宮殿のメインホールに近づく頃には、30名近い人数にまで膨れ上がっていた。
そこで再びライは全員に待機を命じると、身形から文官とおぼしき数名を身繕い手招きすると密命を与えた。
「今後、この宮殿で起きる事態は本国のベアトリス・ファランクスに逐次報告せよ」
恭しく頭を垂れる彼らに向けて、本来の職務に戻るようライは命じた。
再び頭を垂れて立ち去ってゆく彼らを見届けたライは、踵を返すと出口に向かって足を進める。
しかし、そこで彼はふと思い出したかのように立ち止まった。
「帰る前に一つ、手土産でも置いていこうか」
ライは弾丸が掠めた箇所を摩ると、手袋に薄く付いた紅い色を見て嗜虐的に嗤った。
「残るお前達に命じる。シン・ヒュウガ・シャイングの命を狙え」
そう命じたものの、ライはこの程度でシンを討てるなど思ってはいない。
そもそも、己に立ち塞がったとはいえ、シンの末期がある程度見えていたライにとって、手を下すまでの価値を見出だしていなかった。
故に、これはライにとっては血の返礼以上の意味は無い。ただの嫌がらせ程度のもの。
最も、命じられた者にとっては悪夢以外の何物でもないのだが。
我先にと元来た道へ走り去る一団。
ライはこれから起きるちょっとした争乱を思い描くとともに、大公からの望みがまだ聞けていない事に対する僅かばかりの未練を胸に、最後に一度だけ振り返った後、出口で待つ車の元へ歩いていった。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
何を書いてるのか。戦記ものか?これは……。
コードギアスの筈です、うん。
こんな本作ですが、次回も頑張ります。
※4/10追記
誤字まみれでした。ちょこちょこ修正中。