コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

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遅くなり申し訳ありません。

以下、本作をお読みになる前の注意点となります。

1.原作である亡国のアキトに関するネタバレと、ご覧になられた事が前提の描写がありますのでご注意下さい。

2.コードギアスの世界設定やら謎やらを独自解釈した結果、著しい原作乖離が生じています。どうか頭を空っぽにして、寛容な心で読んで下さると助かります。

3.書いている本人に原作キャラを貶める意図はございませんが、お好きな方にはそう読める描写があるかもしれません。苦手な方はご注意下さい。

4.当初に書いた、レイラやアキトが多分出ないという事については、撤回とさせて下さい。

以上、よろしくお願いします。





亡国のアキト ~ 離別の挽歌を謳う者 ~

 (とき)はジュリアスとスザクとライ。三人が欧州へ出立する二日前まで遡る。

 

 「少し、お前達は悠長に過ぎるのではないか?」

 

 腕を組むと黄昏の間にある支柱にその背を委ねたライ。

 彼は視線を彼方に向けたまま、やや離れた場所に居並ぶ二人に向けてそう尋ねると、その内の一人、V.V.が抗議の声を上げる。

 

 「何が悠長なのさ?」

 「例の女、C.C.が持ちお前達が欲する物とは何だ?」

 「コードだよ。そういえば、言ってなかったね」

 

 悪びれる様子を微塵も見せないV.V.に、ライは眉間に皺を寄せて抗議の表明とする一方で、その聞き慣れない単語に疑問符を浮かべてもいた。

 彼は姿勢はそのままに顔だけを向けて目線で続きを促すと、口元を綻ばせたV.V.は語る。

 

 「資質を有する者にギアスを与える事が出来る力。それを僕達はそう呼んでいる。不老不死はそれから齎される副産物でしかないんだ」

 

 喜色満面の笑顔を見せるV.V.とは対象的に、ライは能面のような表情のまま、無言で続きを待つ。

 

 「最初は一つあれば十分だと思っていたんだけどね。研究を進めるうちに、扉を開けるには二つのコードが必要だって分かったんだよ」

 「扉?」

 「ライ、僕達の目的は覚えてるよね?」

 「神を殺す事。ギアスの暴走に二人を巻き込んだのは私の無力さ故だが、お前達が言うにはそれは最初から仕組まれていた。それを画策したのが、その神とやらだったか?」

 

 瞳の奥に蒼白い炎を滾らせるライに対して、V.V.は鷹揚に頷いた。

 

 「そう。コードは集合無意識の最深部に在る神の寝所(しんじょ)。そこを護る最初で最後の扉。Cの世界にある地獄門を開く鍵でもある」

 「その扉の奥にいるのは本当に神か? 悪魔の類いでは?」

 「便宜上、そう呼んでるだけだよ。本当の名前なんて誰も知らない」

 

 素っ気なく返すV.V.に対して、柱から背を離したライは彼の傍まで歩み寄ると見下ろしながら問う。

 

 「神の喉元に(アーカーシャの剣)を突き立てる為にも、コードとやらが二つ必要な事は分かった。では、C.C.以外に持つ者は居ないのか?」

 「それ、なんだけどね……」

 

 これまでの機嫌の良さは何処へやら。

 V.V.は突如として悩まし気な声色で呟くと、ライから視線を逸らす。

 そうして再び黄昏の彼方を眺めると、口惜し気に語り始めた。

 

 「世界に残るコードは三つ。一つはC.C.が、もう一つは僕が。でも、最後の一つは肉体という器が消滅したから、この世界に希釈されてしまったのかも。存在が希薄過ぎて居所が分からない」

 「肉体が消滅? どういう事だ? コード保持者は不老不死と言ったのはお前だが?」

 「確かに言ったよ。でも、ね……」

 

 歯切れ悪く言い淀んだV.V.が溜息を吐いたその時、それまで静かに聞き入っていた最後の一人、皇帝が動く。

 

 「嘗て、世界には今よりも多くのコード保持者が居たのだ」

 

 彼はそう前置きすると、重々しい口調と共にある書物に記された一節を口にした。

 

 

 ここに知恵が必要である。賢い者は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人形を指している。そして、数字は六百六十六である。

 

 

 666。

 その途方もない数に瞳を見開くライを余所に、皇帝の独白は続く。

 

 それは神が創造した軍団(レギオン)の総数であり、その者達は皆一様に巫女の姿をしていた、と。

 神からコードを与えられ世界中に散った巫女達は、そこで神を祀り訪れた人間の中で資質有る者達にギアスを与えていった。仲には夫婦(めおと)になる者も居たという。今も世界中に点在する遺跡はその名残であり、現在の教団の原型とも言える、と。

 その巫女達はある時、ふと気付く事になる。自分達の行いが戦乱の種を蒔いているという事実に。

 その時点では特に疑問を抱く事も無かったが、それは巫女達の心に穿たれた蟻の一穴となった。人間達と交わりを深めてゆくにつれ広がる穴。

 それが遂に信仰をも決壊させるまでに至ると、巫女達はその時から考えるようになる。どうすれば平和な世界を築けるのか、と。

 その過程で知る。この力を与えた存在が、崇め奉っていた筈の神こそが全ての元凶である事を。

 悩み抜いた末、巫女達は神に反旗を翻す事を決意する。

 しかし、打倒するには個々の力では絶望的に及ばない事も併せて知った。

 故に封じる事とした。コードの力を使って。

 考え抜いた巫女達は、コードの統合を思い付く。だが、それだけではまだ足りなかった。

 検討に検討を重ね、苦渋の決断の末に数多あったコードを三つにまで集約させると遂に、神を集合無意識の奥深くへ封じ込める事に成功した、と。

 

 皇帝の長い独白が終わると、やや呆れた口調でライが呟く。

 

 「一人ぐらい反対者が出ても良いだろうに」

 「巫女達は全にして個、個にして全。意識を共有してたんだよ。特定の目的に邁進するのには有効だけど、諸刃の剣だよね。訪れた人間と夫婦になる巫女も居たって言ったじゃない。ソイツが伴侶の平和に対する想いを理解した結果、それが伝播していったんじゃないかな?」

 

 補足としてV.V.が得意気に自らの推察を披露するも、ライは疑問を深めてゆく。

 

 「だとしても、なぜ一つに纏めなかった? 巫女たちにとってはコードが唯一の武器だったのだろう? 戦力を分散させた理由は何だ?」

 

 その最もな疑問に答えたのは皇帝だった。

 

 「3は聖なる数。調和の象徴よ」

 

 そして語る。

 聖なる数の力に願いを乗せて、コードの力を増幅させる事に成功した巫女達は神を封じた。

 それが世界に平和をもたらす唯一の術だと信じたのだ、と。しかしーー。

 

 「平和は訪れなかったという訳か」

 

 ライの呟きにV.V.が追従する。

 

 「そう、彼女達は余りにも純粋過ぎた。思い至れなかったんだ。人間の欲深さを。同時に、封じる事が出来た事で神の力も侮ってしまったのかもしれない」

 

 その言葉に巫女たちの運命を悟ったライは顔貌を顰めた。

 

 「奪われたんだよ。コードを。一つは封じられる直前に人知れず神が送り込んだ人形に。そして、残りの二つはその人形の甘言(かんげん)に乗せられた契約者。その中でコードを継承出来るまでにギアスの力を増大させた達成者達の手によってね」

 

 ()くして世界は再び争乱に包まれる。

 しかし、ギアスを供給出来るコードの数が激減した事と、コードを手にした者達は自分達がしたように奪われる事を恐れた結果、ギアスを発現する人間の数は減った。

 とは言え永遠の時を生きる事に人間の精神が持つ筈も無い。それが可能なのは人形だけ。

 やがて、コードを奪った二人は魂の牢獄に耐え切れず他者に押し付けようと、資質有る者にギアスを与える道を選ぶ事となる。

 だが、結果的に巫女達が望んだ平和とは程遠いが、人類は争いつつもそれまでに比べれば安寧に近いとも言える平穏を手にした。

 しかし、後にそれに亀裂が生じる事態が発生したとV.V.は語る。

 

 「三つのコードのうち、その一角が崩された」

 「どういう事だ?」

 「コードを得た人形が居たって言ったでしょ? ソイツが殺されたのさ」

 「殺された?」

 

 ライは怪訝な表情を浮かべた。

 不老不死たるコード保持者を殺す術に皆目検討が付かなかったからだ。

 しかし、そんな困惑するライを尻目にV.V.は尚も語る。

 

 「その人形は、巫女からコードを奪った後に神の元へ戻す使命を帯びていた。でも、コードの力を得て神からの肉体の調整(メンテナンス)を不要としたソイツは、裏切った。この世界に君臨するという欲望を爆発させたんだ」

 

 国を興して、自らが王になったのさ、とV.V.は愉快気に口元を歪ませる。

 

 「でも、我が世の春を謳歌していた人形は同時に一つのミスを犯していたんだよ。全員が私利私欲の為にコードを有した結果、調和の力に綻びが生じた事に気付けなかった。身動ぎ出来る程度に力を取り戻した神は怒ったんだろうね。だから再び送り込んだ。失敗作を抹殺する事で、同時に己を縛る為に巫女達が世界に敷いた調和までをも破壊する。その為の究極の一体を。それに殺された結果、肉体という器を失ったコードは世界に溶け込んでしまったという訳さ」

 

 語り終えたV.V.は射殺さんばかりの視線で天を仰ぐも、ライの疑念は尽きない。

 

 「しかし、最後のコード自体は存在するのだな?」

 「それは間違い無いよ。僕やC.C.も知らない契約者が過去にも生まれた事があるもの。最近だと、欧州方面で気配を感知したかな。コードと資質ある者は引かれ合うから、(あらわ)れるかもしれないよ?」

 「よりにもよって其処か…」

 

 V.V.の誘惑にライが渋顔を浮かべたその時、トドメとばかりに皇帝が囁く。

 

 「改めて聞こう。御主も往くか?」

 「………………良いだろう」

 

 ライは腕を組むと憮然とした態度のまま珍しく長考した後、渋々といった様子で首肯した。

 

 「では、枢木とジュリアス・キングスレイ。二人と共に往け」

 「待て。誰だそれは? ルルーシュでは無いのか?」

 「ジュリアス・キングスレイなる者は、別の記憶を植え付けたルルーシュの偽りの名よ」

 

 事も無げに告げる皇帝を見て、ライは呆れた。

 

 「……親子共々お前達のセンスはどうなっている」

 「楽しんでくるが良い」

 「契約の為だ。何を楽しめというのか」

 

 彼は意味有りげな笑みを浮かべる皇帝を一睨みした後、背を向け歩き去るもその背中に再び皇帝の声が掛かる。

 

 「出立は2日後。準備が整えばベアトリスの元を訪ねよ。手配しておく」

 

 ライは立ち止まると力無く右手を上げて同意を示した後、肩越しに振り向いた。

 

 「V.V.。お前が私にギアスを与えたのは、押し付ける為の候補者としてか?」

 「まさか。僕が君にギアスを与えてから何れだけの歳月が流れたと思ってるのさ。でも、僕は未だに此処に居る」

 「では、お前がその押し付けられた(くち)か。永遠を生きるなど寒気がする。神を殺す為とは言え、その執念だけで良くも今日まで狂わずに生きて来れたものだ」

 

 少しばかりの感嘆の響きを含ませたライは、そう告げると今度こそ立ち去った。

 やがて、気配が完全に消えたのを認めたV.V.が呟く。

 

 「全く、最後まで油断ならないよね、彼。シャルル、あんな感じで良かったかな?」

 「上出来でした、兄さん。まだ、全てを話すのは時期尚早ですから」

 

 互いに口元を歪めると、再び黄昏の夕日に向き合う二人。

 

 「最後のコードだけど、彼の前に顕れるかな?」

 「顕れれば御の字ですが、難しいでしょう」

 「それもそうか」

 

 納得したV.V.が頷くと、シャルルが真意を吐露する。

 

 「今回、あの者にはそこまでを望んではおりません。精々、ルルーシュと共に天秤を傾けるか、或いは欧州介入の火種でも作ってくれば上出来かと」

 「それ、火種で済むかな? 下手したら焦土になるかもよ?」

 「それもまた一興です」

 

 そう呟くと、最後にライと対峙した大公が如何様な対応を採るのか夢想した皇帝は、愉しげに嗤った。

 

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  コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 

    ~ GAIDEN 亡国のアキト ~

 

    ~ 離別の挽歌を謳う者 ~

 

 

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 「スマイラス将軍。例の方舟の船団を名乗るテロリストが流した映像はブラフです。北海の発電所は未だ健在。彼らが有するとされる大型船は存在しますが、破壊に使用したとされる爆弾は存在しません。彼等の背後にはブリタニアが居ます」

 

 自身の居城、ヴァイスボルフ城の執務室でパソコンモニターと向き合うと己の推察に気を吐く女、ユーロピア共和国連合軍所属特殊部隊【wZERO】司令官、レイラ・マルカル。

 その彼女とモニター越しに対峙するスマイラスは溜息を溢す。

 

 『だろうな。参謀本部でも同じ結論が出た。念の為に聞くが、君がその答えに行き着いた根拠は何かね?

 「進行のタイミングが良すぎます。一刻も早く市民達に知らせて、沈静化を図るべきです」

 『彼等が全て君のように聡明であれば何れ程良いか。本来、冷静な対応を求められるべき議員達でさえも恐怖に駆られてしまっている』

 

 沈痛な声色と共に力無く頭を振ってみせるスマイラスに対して、レイラは瞳に決意の色を滲ませる。

 

 「そんな彼等の目を醒まさせる為にも、私達で暴動の原因となった方舟の船団。その大型輸送船を落とします。ですが……」

 『何かね?』

 「これだけの事を起こした相手です。私達の襲撃に備えていない筈がありません。まずもって待ち構えていると考えます。同時に、ユーロ・ブリタニア内部で何かがあった可能性も。将軍にはその事を探っていただきたいのです」

 

 既に大公は幽閉され、混乱に乗じてシンが四大騎士団の内の二つ、聖ガブリエル騎士団長ゴドフロアと聖ウリエル騎士団長レーモンドの首を晒し、大公執政権と大貴族会議の全権を握る事でユーロ・ブリタニアを事実上掌握する事に成功していたが、面だった発表は一切成されてはいない。

 シンの内通者である自分のみがその事実を知っている事から、レイラの洞察力にスマイラスは少なくない警戒心を抱くも、あくまでも無表情を装う。

 

 『根拠は?』

 「彼等は、これまで市街地戦において非戦闘員を待避させるといった騎士道精神というのでしょうか。一定の配慮を採っていました。また、非武装都市への直接攻撃は調べた限りでは皆無です」

 

 宜しいでしょうか、と前提条件をレイラが口にすると、スマイラスは無言で頷き続きを待つ。

 

 「ですが、市民を有りもしないデマだけで恐慌状態に陥らせて暴動を誘因したのは悪辣以外の何物でもありませんし、続いて告げられた非武装都市をも標的とした進撃命令は非道の一言。敵は戦略目標を軍ではなく、民主主義そのものに切り替えました。これ迄のユーロ・ブリタニアの作戦方針から逸脱し過ぎています。まるで、ある日突然、頭が()げ替わったかのような印象を受けるんです」

 

 言い終わると口元を真一文字に結ぶレイラの視界の端では、旧友であると同時にこれまでのユーロ・ブリタニアの動向を片っ端から調べ上げたアンナ・クレマンが(しき)りに頷く。

 

 『しかし、結果は見ての通りだ』

 「同意します。人道的見地を一切無視して非情に徹する事が出来れば、との前提は必須ですが、効果的と言えます」

 『我々も相手の事は言えまい』

 「それは……」

 

 レイラは思わず言葉に詰まる。

 命令だったとはいえイレブンの青年兵士達を特攻隊として使った作戦に関わった過去を持つレイラにとって、その言葉は(したた)かに彼女の心を抉ったからだ。

 

 『現在、ユーロ・ブリタニアの進行速度は当初と比べると牛歩に近い。遅滞戦闘が功を奏しているとも言えるが、同時に行っている後方での戦線の再構築には人手が足りないのが現状だ。しかし、君なら打開出来るかもしれない。ブラドー・フォン・ブライスガウの遺志を次ぐ君なら』

 

 スマイラスの要請に応えたシンが、敢えて進撃速度を緩めた事など知る由も無いレイラは、意味深な言葉と共に真剣な眼差しを向ける彼に対して、改めて背筋を伸ばすと一時、モニターから視線を反らす。

 そんな彼女の瞳に映ったのは、アキトを筆頭とした仲間達が頼もしく頷く姿。

 

 「お命じ下さい。私に出来る事であれば」

 

 背中を押されたレイラは再びモニターに向き直ると決意を新たにする。

 対するスマイラスは自身の秘策を開帳した。

 これにより状況は好転の兆しを見せ始める。但し、それは彼女が全く意図しない方向に。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 レイラの決意から僅かに進み、ライが欧州より帰国したその日。

 

 「随分とお早いお帰りね?」

 

 時計の針が丑三つ時を告げる神聖ブリタニア帝国、帝都ペンドラゴン。

 その皇宮にある特務総督府。

 そこに在る防諜対策が完備された機密室にて、ライは一人の女と対峙していた。夜間照明が二人の顔に影を作る。

 

 「理由をお聞かせ願えるかしら?」

 「そう突っかかるな、ベアトリス」

 

 ベアトリス・ファランクス。

 特務総督府の主にして皇帝の主席秘書官でもある彼女は、僧衣のようなゆったりとした衣服に袖を通すと、艶のあるレッドブラウンの髪を腰元まで伸ばし、切り揃えられた前髪の下にあるシャープな縁無し眼鏡、その奥にある切れ長の瞳を鋭く光らせる。

 

 「早急に陛下へご報告差し上げる必要があるの。二人を放置して自分だけ帰国した理由を説明して貰いたいのだけど?」

 

 尋ねると同時に、彼女はソファーに座るライの元まで車椅子を操り迫る。

 そうして、手を伸ばせば届く位置まで来た彼女の瞳を認めたライは口角を釣り上げた。

 

 「出立前にも言ったが、良い目をしているな。今もラウンズとして最前線で戦えそうだ。ロストソード等と言う渾名は誰が付けたのか。見当違いも甚だしい」

 

 以前の彼女の肩書きはナイトオブツー。

 ある実験の影響により唯一の肉親である弟を失ったばかりか、彼女自身も最早ナイトメアを駆る事が出来ない体になってはいたが、瞳の奥に宿る鋭利な剣が醸し出すかのような鋭い光は未だ健在。

 生来、合理性の塊のような性分を持つ彼女は、ことナイトメア戦においては本能的に戦う傾向が強い者達にとって在る意味、天敵と言えた。

 逸話として、模擬戦において狩猟される獲物の気分を味わった結果、終了後に一言、死にたくなったとの感想を溢したのは、某ナイトオブナインだったとか。

 その映像を見た事があるライにとって、純粋に惜しむ思いから出た言葉。

 しかし、如何なる世辞を投げ掛けられたところで、ベアトリスにとってライは第一級の危険人物としか映っていない。

 

 「質問に答えなさい、ライゼル」

 

 そう、彼女は知っていたのだから。ライの正体を。

 

 「破滅主義者の児戯(じぎ)に付き合う気になれなかっただけだ」

 「二人の身の安全は確保しているのよね?」

 「簒奪者、シン・ヒュウガ・シャイングには二人を決して殺させないようギアスを掛けておいた。問題は無い」

 

 そして、ギアスの事についても。

 視線だけで相手を切り殺せそうなベアトリスを、ライは愉快げに眺めつつ言葉を続ける。

 

 「ユーロ・ブリタニアには人形を配置した。連絡は全てお前に行くように命じている」

 「確かに来ているわ。でも、それだとおかしいわね?」

 

 そう前置きすると膝の上に置いていた書類の束。その内の一束を手に取ると、ライが座るソファーの前にある机に投げて寄越したベアトリスは、読めと言わんばかりに顎で指し示すと追及を始める。

 

 「その簒奪者は大貴族会議の議場で、ジュリアス・キングスレイがゼロであった事を公言したばかりか処刑したとまで言ったそうよ。その事についての釈明は?」

 「まぁ、そうなるか。置き土産は残さず平らげたか」

 「どういう事?」

 

 顔を顰めると一層の警戒の念を露にする彼女を尻目に、書類を手に取ったライは興味無さげに捲りながらも自身の持つギアス、その力の絶対性を疑う素振りすら見せない。

 

 「ただのブラフだ。大方、貴族どもに覚悟を決めさせる為に言ったのだろうな」

 

 危険人物ではあるものの、詳細に調べれば直ぐに分かる事であり、ベアトリスとしてもライがこんな事で嘘を言う筈も無いことは容易に推察した。

 同時にギアスの力、その恐ろしさについても知見を有していた彼女はやや態度を軟化させる。

 

 「最低ラインが守れているのなら良いわ。それで? 目的は果たせたのかしら?」

 「いや、結局保持者は現れなかった。契約者らしき者も、私に影すら踏ませんとは。挑発はそれなりにしたつもりだったが、足りなかったかもしれないな。袖にされてしまったか」

 

 言葉とは裏腹に、愉しげに笑うライの横顔を認めたベアトリスの瞳から鋭さが消える。

 

 「骨折り損で終わったという割には、機嫌が良いのね」

 「二度と叶う事が無いと思っていた事。それが叶った。機嫌が悪くなる筈もない」

 「あら、そうなの」

 「お前はどうだ?」

 

 その問いに柳眉をしかめるベアトリス。

 対するライはお返しとばかりに手にした書類を机に放ると、彼女を見据えた。

 

 「納得したという事は、叶えたい願いがお前にも有るのでは?」

 「無いわね」

 「例えば、再びラウンズとして――」

 「ライゼル、私は無いと言ったのよ?」

 

 拒絶の意思を明確に示すも、ライはお構い無し。

 

 「叶えたくなれば言え。その足はどうにもならないが、高機動戦闘に耐え切れず全身に激痛が走るというのなら、私の力で痛覚を忘れさせてやる」

 

 それは悪魔の誘惑。

 ベアトリスは車椅子の肘掛けに肩肘を置くと頬杖を付き、寒々とした表情を向ける。

 が、対照的に夜間照明の淡い光に照らされたレッドブラウンの髪は妖艶に煌めく。

 

 「面白い提案ね。因みに対価は何かしら?」

 「ラウンズの内部情報を寄越せ」

 「そんな事だろうと思ったわ。お断りよ」

 「命の保証は無いが、闘争の果てに死ねる可能性は残される。皇帝の秘書等という下らない仕事より、魅力的では?」

 「御託は良い。話を戻すわよ?」

 

 未練を断ち切るかのように吐き捨てたベアトリスは居住まいを正す。

 

 「簒奪者シンが大貴族会議の議場で私達とも敵対する道を選んでくれたのは僥倖ね。これで介入する理由が出来たもの」

 「それは少し待て」

 

 その制止にベアトリスは瞳を細めた。

 

 「どうせなら、奴が破滅した後の方が事が運びやすい」

 「その際の火の粉が陛下の襟元に及ばない自信は?」

 「無い。だが、そうさせないのが忠臣たるお前達の役目だろう?」

 

 そうまで言われてしまえば、ベアトリスとしても反論に苦慮するしかない。

 溜息一つ、思考を切り替えた彼女は話題を変えた。

 

 「ユーロピア連合は戦線を大規模に後退させたけれど、持ち応えてる」

 「あの状況からか?」

 「レイラ・フォン・ブライスガウと言う名前に聞き覚えは?」

 

 ライが無言で首を横に振ると、ベアトリスは膝の上から新たな書類を一束手渡した。

 

 「元ブリタニア貴族にして、ユーロピア連合に亡命したブラドー・フォン・ブライスガウの一人娘。自由と平等を掲げ、志半ばでテロに倒れた父親の遺志を継いで、ユーロピア全土に響けとばかりに大演説を()ち上げたわ。多くの市民に支持された結果、正規軍が奮起。同時に予備役を筆頭に軍への入隊者が続出。数だけは元々向こうの方が多いから、攻めあぐねているみたいね」

 「数が増えた所で、その多くは素人の寄せ集め。出来る事など限られている。躊躇せずに鏖殺(おうさつ)すれば良いものを。パリを射程に捉える距離まで迫ってこれとは、あの男らしくないな」

 

 去り際にシンが見せた狂相を思い出したライは、手緩いとさえ言える消極的な軍事行動。その相反する対応に疑念を深めるも、そこに非難の声が飛ぶ。

 

 「貴方の時代の戦い方を現代に持ち込まないで貰えないかしら?」

 「向こうでユーロピア連合との戦闘詳報を見る機会があった。連中、日本人に自爆攻撃を命令していたが?」

 「軍人が軍人を狙ったのでしょう? 軍命であれば已む無しよ」

 「お前達も各エリアで似たような事をしている事については?」

 「各エリアに於いて人的資源を含めてどう扱うかは、統治を委任された総督に一任されているわ」

 

 議論の余地無しと言わんばかりに淡々と切り捨てて見せた彼女に対して、ライは益々惜しい、と苦笑した。

 

 「それと、彼女はユーロ・ブリタニアに幾度か苦渋を飲ませた部隊。コード名、ハンニバルの亡霊。その指揮官である事も判明した。此方が画策した方舟の船団に対して、手持ちのナイトメア部隊で強襲作戦を敢行。既に堕としたそうよ」

 「どうやってだ? ユーロピア連合にあの高度を飛ぶ船に肉薄出来るだけの性能を持った輸送システムがあったのか?」

 

 その疑問にベアトリスは一枚の紙を差し出しすと、一瞥したライは疑問の声を上げる。

 

 「アポロンの馬車? 何だこれは」

 「詳細は不明。ただし、過去に同じ符丁が使われた事がユーロピア連合に忍ばせた草からは報告されている。同時期の相手の作戦行動から推察して、ナイトメアの長距離輸送を可能とする何かだと軍令部では分析している」

 

 その説明に顎に手を当てると押し黙るライ。

 

 「それと、例の簒奪者が同じ時間帯にそのブライスガウが拠点とする城に強襲を仕掛けた事も報告として上がっているわ。これは防がれたそうで現在、睨み合いが続いているみたいね」

 「あの男が自ら出向いたのか?」

 

 ベアトリスが無言で頷くと、続いて書面に記されたヴァイスボルフ城の地理情報を見たライは珍しく困惑の声を上げた。

 

 「押し上げたとはいえ、未だ前線から500キロも離れた奥地だと? 何故だ? あの男、ユーロピア連合を滅ぼす意思が無いのか?」

 

 ライは一層深く思考の海に潜ると、やがて一つの結論を出す。

 

 「念の為、備えておいた方がいいな。帝都の防空体制をDEFCON2にまで引き上げろ」

 「簒奪者がそれの奪取と此処を標的にしている。そう考えている訳?」

 「用心の為だ。破滅型の人間の思考など分かるものか」

 

 ライが書類から視線を上げ目元を解す仕草を取る一方で、ベアトリスとしては万が一の事態に備える事は当然との観点から、その提案を受け入れた。

 

 「良いでしょう。陛下に上奏して、モニカのロイヤルガードに24時間の防空待機命令を発令してもらうわ」

 

 ベアトリスが自身を崇拝する嘗ての同僚兼後輩に一抹の同情を抱いていると、ライから念押しの言葉が飛ぶ。

 

 「帝国臣民には気取られるな。上が騒ぐと要らぬ混乱を招く」

 「貴方に言われなくても分かってるわよ」

 

 辛辣な突き返しであったものの、ライは特に反論する事無く徐に立ち上がると見下ろした。

 

 「私は少し休んだ後に嚮団に戻る。以後の報告は全て其処に送れ」

 「貴方の秘書になった覚えは無いのだけれど?」

 

 彼女の苦言にライは薄く笑うと何も答えずに立ち去った。

 

 ◇

 

 その嚮団の地下施設。

 僅かばかりの休息後に遺跡の力を使って戻ったライに対して、大型モニターに映るスマイラスの演説を玉座に座り眺めていたV.V.は、振り返る事無く告げた。

 

 「思ったよりも早かったね。で、成果は?」

 「当初の目的は果たせなかった」

 

 ライは端的に返すと同じくモニターに映る映像を見やる。

 

 『自由と平等を愛するユーロピアの市民達よ! レイラ・ブライスガウが掲げた理想を! 彼女の願いを! その遺志を継げ! 王候貴族共に血の報いを!』

 

 その発言にライは興味無さげに呟いた。

 

 「ブライスガウが死んだか」

 「そうみたいだね」

 「で、簒奪者の次は煽動者の登場か。混迷を極めているな」

 

 愉快げに嗤ったライは、己の定位置。V.V.が座る玉座に並ぶように配置された深紅の玉座に着座する。

 

 「収集がつかなくなってきたよね。見ている分には面白いけどさ。全く、君が行った途端にこれだもの」

 

 呆れた口調ではあったものの、V.V.の口元は弧を描いていた。

 

 「殆どはジュリアスの策だ。私は僅かに手伝っただけ。今のアイツは好きになれないが、ゼロであった時に出会えていればな」

 

 そのゼロと嘗て艱難辛苦(かんなんしんく)を供にしたなど、今のライには想像すら出来ない事。

 そんな口惜し気に呟くライを尻目に、V.V.は胸中でほくそ笑む。

 流石にそれに気付ける筈も無いライは溜息一つ、未練を脇に置くと思考を切り替える。

 

 「ブライスガウが死んだのであれば、手を下したのは簒奪者という事になるな。次は帝都に来るか?」

 

 ライはそう推察するも、後にベアトリスから上がった報告に首を傾げる事になる。

 レイラ・フォン・ブライスガウは未だ存命であり、簒奪者シンと防衛戦を継続中であるという事実に。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 そのレイラは混乱の極地に居た。

 自身の居城、ヴァイスボルフ城を守護する城壁の一部がユーロ・ブリタニアの特攻により破壊され侵入を許したばかりか、戦闘中にアキトとシンの反応が消失した事に動揺。

 続いて敵が場内に侵入を果たすと、対抗策を講じる前に指揮所へ雪崩れ込まれ、仲間達が凶弾に倒れた。

 その瞬間を見ていた筈が、気付けば何故か目の前にはその手前の光景が広がっていた。

 それどころか、誰も微動だにしないからだ。

 色を無くした世界で、まるで己を除いた全ての時が止まってしまったかのような現象。

 そんな矢先に突如として現れた謎の女。

 彼女から告げられた言葉に、レイラは戸惑うばかり。

 

 「貴女は森の魔女と同じ存在と言う事ですか?」

 

 問われた女は、いいえ、と頭を振った。

 

 「彼女は貴方達と同じ人間よ。ただ、異なる時を生きているだけ」

 

 そう語った女が椅子から降りると、触れた足元から景色が一変する。

 レイラは気付けば一面を空に覆われた不可思議な場所に居た。その足元には鏡面のような湖が広がっている。

 

 「私達は集合無意識と対を成す存在。意識の集合体と言えば分かるかしら」

 「意識の、集合体?」

 「そう、或いは宇宙の進化に介入するよう命じられた存在(・・・・・・)とでも言えば良いかしらね」

 「それは、誰に命じられたのですか?」

 

 レイラが注意深く覗うかのような視線を送ると、女は肩を竦めて戯けた仕草を見せた。

 

 「集合無意識を統べる者。貴女達人間にも分かりやすく言うなら、全なる()に、ね」

 

 そう告げると、はにかんだ女は言葉を続ける。

 

 「私達は父から人間がギアスを使えるように調整する役割を与えられた。人間には過ぎた力である事が分かっていたのに命令には抗えなかった。でも、従う事が全てでは無い事を、ある時彼女達が教えてくれた」

 「済みません。仰ってる意味が――」

 

 レイラが疑念の声を上げる只中に、突如としてその脳裏に年端もいかぬ無数の幼い少女たちの姿が(よぎ)った。

 その突然の出来事に、レイラはたたらを踏むと両手で頭を押さえる。

 

 「彼女達は巫女。父が持つ刻印の力。その一部を分け与えられて、この時空に送り込まれた」

 

 驚かしてごめんなさい、と女は短く謝辞を述べると、その説明を聞いたレイラは軽く頭を振った後に顔を上げる。

 

 「その父という存在の目的は、何なのですか?」

 「ギアスの拡散とそれが齎す悲劇の観賞」

 

 悪趣味でしょ、と女は自嘲の響きで告げた。

 

 「平和を望んだ彼女達は父に反旗を翻した。私達もそれに賛同したわ。一緒に考えて、やっと封じる事が出来たのに、最後の最後で侮ってしまった。父の力を」

 

 女は俯くと次に悲しげな声色で語った。

 

 「人形にコードを奪われたのは痛恨の極みだったわ。でも、口車に乗せられた人間達までもが彼女達からコードを奪うなんて。どんな想いで決断したのかも知らないで。彼女達は世界だけじゃない。同時に人間達も救おうとしたのに」

 

 続いて女はその場にしゃがみ込むと、眼下に広がる湖面を右手で掬う。

 そうして、そこから流れ落ちる水を眺めながら吐き捨てるかのように言った。

 

 「それを見て私達は思ったの。やはり人間は生命として優秀ではない。彼女達の想いを理解出来ず、ただ欲望のままに行動する存在なんてギアスを使う資格も能力も無い愚かな者。滅んでしまった方がいい、と」

 「そんな」

 「気に病む必要は無いわ。父も完全じゃない。不完全な存在から完全な存在(異端者)が産まれる事なんて稀だもの」

 

 レイラは口惜しげに唇を噛み締める。

 そんな彼女を憐れんだのか、立ち上がった女は一転して柔和な笑みを浮かべた。

 

 「でも、彼女達が世界と人間を救おうとした事も、それに一度とはいえ賛同した私達が居た事も事実。その時の気持ちを嘘にしたくないとも思っているわ。だから、私達は未だに迷いながらも世界を呪う(いびつ)なコードと契約した人間達から力を回収している。彼女達が愛した世界を呪う存在から得た力なんて、澱み切ってると言っても良いから」

 

 それは終わりに近づいているけど、と付け加えた女。その訴えかける視線を前に、レイラはふと気付く。

 

 「私に出来る事があるのですね?」

 

 正解よ、とでも言わんばかりに女は微笑むと口を開く。

 

 「貴女が持つそのギアスの欠片を使って、証明してくれないかしら」

 「ギアスの欠片、ですか?」

 

 その呟きに女は何も答えなかった。しかし、今一度微笑を湛えると背を向ける。

 その事に、立ち去ろうとしている事を察したレイラ。

 

 「待って下さい! 私は、私は一体何をすれば良いのですか!?」

 「歪んだギアスを持つあの人を止めてみせて。私達にこの迷いを絶ち切る切っ掛けを与えて頂戴。もう、あまり時間が無いから」

 

 未来は既に朧気なのよ、と呟いた女は振り向く。

 そこには鬼気迫る形相があった。

 

 「成功報酬の前払いとして、一つ忠告しておくわ。貴女達が開発し使っているBRS(ブレインレイドシステム)、直ちに封印しなさい」

 

 意図が理解出来ないレイラが小首を傾げると、女は眉間の皺を深めた。

 

 「貴女の仲間が得意気に語っていたでしょう? 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているって。哲学的な意味で言ったのでしょうけれど、大きな間違いよ」

 「……まさか」

 

 思い至ったレイラが愕然とした面持ちで呟くと、女は小さく首肯した。

 

 「えぇ、父に覗かれたわよ? 貴女の大切な彼が消えたのはそのせい。これまでの積み重ねと兄弟の哀憎が決定打になったみたいね。それは父が最も好むモノだから。アレと一緒に眠りについていたのに再び目覚めてしまったわ。今は手元に置いて二人が争う様を興味深げに眺めているだけみたいだから、直に飽きて返してくれるだろうけど。忠告はしたわよ?」

 

 そう告げると、女は今度こそ雲の彼方に消えていった。

 最後に空恐ろしい事実を告げられたものの、結果としてレイラは女、時空の管理者に示して見せた。

 管理者が望んだシン・ヒュウガ・シャイングを止めるという事だけではなく、その魂までをも救済してみせるという望外の結末を。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 シン・ヒュウガ・シャイングの戦死は瞬く間にユーロ・ブリタニアに知れ渡った。

 大貴族会議は即日召集され、その場でシンに奪われていた権限の剥奪を全会一致で可決。

 同時に、ヴェランス大公の幽閉を解くと改めて輔弼。

 ユーロ・ブリタニア宗主に返り咲いた大公は即日停戦命令を発令。

 ここに、パリを目視する距離まで迫っていたユーロ・ブリタニア軍は行動を停止。

 しかし、レイラの演説とその死を偽装し、山車(だし)に使ったスマイラス。

 そして何よりもユーロ・ブリタニアの軍事圧力に晒されていた事により、狂奔(きょうほん)状態に陥っていたユーロピア共和国連合。

 市民の一人に至るまで深く浸透していた怨嗟は凄まじく、ここから逆撃に転じる。

 議会と40人委員会を完全掌握し、独裁者となっていたスマイラスはユーロ・ブリタニアから停戦交渉の為に送られた特使を突き返すと反撃命令を発令。

 突然の停止命令に混乱するユーロ・ブリタニア軍に襲い掛かった。

 何とか体制を整え応戦するユーロ・ブリタニア軍であったが、ユーロピア連合軍の中に多くの市民が含まれているとの報告に慌てた大公は軍に後退を指示。

 しかし、それが混乱に拍車を掛ける。

 そんな自軍を救わんと殿を務めたのは嘗てアシュレイ・アシュラが率いたアシュラ隊。

 彼等は怒濤の勢いで迫るユーロピア連合軍に遅滞戦闘を挑むも多勢に無勢。

 自らの命運を悟った彼等は、防御陣地より出て地平線を覆い尽くす敵軍に対して最後の突撃を敢行。

 彼らの命は風前の灯火。

 しかし、その時一つの奇跡が起こる。

 突如として天空に穿たれた大穴より一体の赤いナイトメアがスマイラスの指揮する旗艦、巨大陸上戦艦リヴァイアサンに降り立ったのだ。

 

 「何だこいつは! 何処から現れた!?」

 「分かりません!」

 

 突然の事態に慌てるスマイラスと喧騒に包まれる指令部。しかし、それは唐突に止む。

 静寂が辺りを支配すると、以前に遭遇した執務室での出来事と同様の光景が眼前に広がっている事にスマイラスの背筋が凍る。

 彼が慎重に周囲を伺っていると、その背に声が掛けられた。

 

 「彼等の仲間を思う気持ちだ」

 

 振り向いた彼の視線の先には例の女、時空の管理者の姿が。

 

 「我々はお前に忠告した。孤独を捨てよと」

 「なにを――」

 「お前は孤独を深めただけ。抗える要件を満たしていない」

 「これほどの力を得てもかっ!?」

 

 見せつけるかのように両手を広げ食って掛かるスマイラスに対して、管理者は剣呑な瞳を向けると爆弾を放り込む。

 

 「やはり、勘違いをしていたか。国を統べた所で何になる。アレは単体で世界を相手に戦える存在だ」

 「な、何だその化け物はっ!!」

 「アレはただ存在するだけでお前達を容易く傷付ける事が出来る。人間はアレの持つ力、そしてその誘惑の前では余りにも無力。何者にも負けない強い信念を持つ者か、如何なる事にも響かない空虚な心を持つ者。或いはそれら矛盾した二つを併せ持つ異端の者でなければ。だが、そんな者達を以てしても抗えるだけだ。本当の意味でアレを打倒出来るのは真実のみ」

 

 先程までの威勢は何処に行ったのか。愕然とした面持ちを張り付けたまま、スマイラスが広げた両腕を力無く下ろすと、管理者は路傍の石でも見るかのような視線で続ける。

 

 「奴の命は既に得た。同時に我々は人間の、ギアスの可能性をも目にする事が出来た。故に考えを改める。未来は既に我々の手を離れ観測する事は叶わない。しかし、未だ眠るアレを今刺激する事だけは避けなければならないと。よって、我々は一つの結論に達した」

 

 そう前置きした管理者は、次に能面のような表情を作ると宣告した。

 

 「お前は此処で死ね」

 

 途端に管理者の姿が掻き消えると同時に響く警報音。

 慌てたスマイラスが正面に向き直ると、眼前にある大型スクリーンが打ち壊される。

 

 「馬鹿な!」

 

 瞬間、飛び込んで来たアシュレイの駆る赤いナイトメアに一刀の元に切り捨てられ、スマイラスはその命を散らした。

 

 独裁者、ジィーン・スマイラス戦死。

 

 レイラの戦死発表と同様に、少なくない動揺をユーロピア連合に与えた結果、遂に彼等も停止した。

 それに呼応するかのように一度は破り捨てられた停戦論が隆起するも、交渉は始まらなかった。

 当初、それを持ち掛けた筈のユーロ・ブリタニアがその席に着かなかったからだ。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 「欧州での小競り合いは終わったとの知らせを受けた」

 「承知している。介入する事もな」

 

 謁見の間にある玉座に腰掛け、階段下にベアトリスを控えさせた皇帝から告げられた言葉に、従卒としてロロを引き連れて来たライは短く頷くと間髪入れずにベアトリスが口を開く。

 

 「あなたに行ってもらうわ」

 「もう一度、言う勇気はあるか?」

 「行きなさい、ライゼル」

 

 毅然と言い切って見せる彼女に、ライは片眉を上げた。

 同時に、薄暗い暗殺者の瞳を宿したロロが背後から一歩、その歩みを進めるも、察したライは振り向く事無く片手で制止させた。

 

 「理由は?」

 「ジュリアス・キングスレイの素性を欧州貴族共が知ったままという事は都合が悪いの。既に大公も知る事となったわ。側近のミヒャエル・アウグストスからは説明要求が引っ切り無しに飛んで来ている。業務に支障が出て困っているの」

 「その男の目論見の甘さが招いた結果だろう? 私に何の関係がある」

 「ライゼルッ!」

 「良い」

 

 嘲笑と共に顎で皇帝を指し示したライにベアトリスが噛み付くも、主君に窘められてしまえば彼女としても押し黙るしかない。

 その一方で、ライも激発仕掛かっているロロを再度窘めると、二人に剣呑な瞳を向ける。

 

 「お前達は私に尻拭いをしろと言っている事を理解しているのか?」

 「先方は貴方を指名しているわ」

 「私を?」

 「黙っている事があるわよね? 欧州で一体何をやらかしたの?」

 

 ロロの殺意を受けてもなお、眼中に無い彼女はライに疑念の瞳を差し向ける事を止めない。

 そんな彼女の視線に対して、溜め息一つ。

 ライは鷹揚に頷いた。

 

 「行ってやる」

 「どういった心境の変化かしら?」

 「あの男に宣言した。枢木とジュリアスを受け取りに行くと。後は、ヴェランス大公に望みを考えておけと伝えていたからな。いつかは行く必要があった。私を呼んだという事は、思い付いたのかもしれん。同時に尻拭いまでさせられるとは流石に思ってもみなかったが」

 

 忌々しげに口元を歪めると、ライは続いて背後に控えるロロを肩越しに指し示した。

 

 「正式な使者はこの者、ロロのみとしろ。私の名前は金輪際出すな」

 

 ライからの要求に対して、無言で皇帝を見上げるベアトリス。

 

 「良かろう。行くが良い」

 

 同意を取り付けたライは外套を翻し部屋を後にする。

 扉が閉まり足早に歩くライの背後をロロは無言で付き従う。

 そこに先程までの暗殺者のそれは無い。

 代わりにその顔には隠しきれない程の笑みが浮かんでいる。

 

 「ロロ、急ぎ戻り出立の準備をしろ」

 「はいっ!!」

 

 溌剌(はつらつ)と応じたロロは、足取り軽くライの背を追った。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 聖ラファエル騎士団総帥、アンドレア・ファルネーゼは頭を垂れる。

 

 「無念であります。本国からの介入を許してしまうとは」

 

 対する忠臣からの慚愧に堪えない言葉を受けるのは、酷く憔悴した様子で椅子に座る大公、オーガスタ・ヘンリ・ハイランド。その目元に浮かぶ隈が痛々しい。

 彼はシンと対峙しその若い命を散らしたと報告を受けたレイラに想いを馳せた後、思考を切り替えた。

 

 「それで、本国からの使者はいつ頃到着するのか」

 「明日の14時に特使が先見部隊と共に到着されるとの知らせを受けております」

 「そうか。これで我々の望みも潰えたか。それで? 参られる使者の名は?」

 「はい。ロロ・ランペルージと言う者であると」

 「そう、か」

 

 密かに抱いていた一抹の希望が叶わなかったと理解した大公が肩を落とすと、その身を案じたファルネーゼ。

 

 「如何なされました? 大公閣下」

 「いや、何でも無いとも」

 

 力無く笑った大公であったが、それは後に良い意味で裏切られる事になるのを彼はまだ知らない。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 清流煌めく小川の(ほとり)に、彼女、レイラ・マルカルは居た。

 既に戦死とされており軍籍からも抹消されていた彼女は、シンとの戦いの後、ヴァイスボルフ城に突如として訪れた、以前にワルシャワで出会った老婆達、旅の一座に誘われて行動を共にしていた。

 そんなレイラの傍には愛すべき男、アキトが。

 そして、視線の先には死線を潜り抜けた仲間達の姿と、新たに加わったアシュレイ以下アシュラ隊の面々の姿が在る。

 レイラは幸せを噛み締めるとアキトの手を取り歩みを進めるも、その時。

 

 「レイラ・マルカル」

 

 唐突に名を呼ばれたレイラは振り返ると、そこはいつか出会ったあの女、時空の管理者が佇んでいた。

 時が止まった色の無い世界で管理者とレイラだけが色を持つ。

 

 「あなたは今、幸せ?」

 「はい。とても」

 

 充足した笑みを向けるレイラとは対照的に、管理者の表情は芳しくない。

 

 「そう、でも心して。それは仮初めのものでしかないから」

 「どういう意味ですか?」

 「遂に未来が完全に見えなくなったの。(まばゆ)い光に阻まれて。以前にも一度あった事よ。これはその時と同じ」

 「あの、仰っている意味が分かりかねます。もう少し分かり易くお話いただけないでしょうか」

 

 困惑の色を濃くするレイラに向けて、管理者は彼女の傍に居るアキトを。

 続いて仲間達を指差すと彼女の意を酌んだのか、実に明快に告げた。

 

 「皆、死ぬ事になるわ」

 「そんなっ!」

 

 突然の死刑宣告にレイラは気が気ではない。

 アキトの手を離すと慌てて詰め寄るも、管理者は淡々と語る。

 

 「間もなくこの地に貴女達を傷付ける存在が再び足を踏み入れる」

 「それは、人なのですか?」

 「人の形をした、貴女達人間にとって天敵とも言える存在よ。万が一にも出会ってしまったら、やり過ごしなさい。アレに目をつけられたら皆、死ぬか人形にされるから。私達は貴女の持つギアスの欠片にギアスと人間。両方の可能性を見たわ。見続けたいとも思っている」

 「抗う事は、可能なのでしょうか?」

 「無理よ。抗える者は極僅か。直前まで見えていた未来に貴女は入っていなかった」

 「分かり合う事は出来ないのでしょうか? 話し合えばきっと!」

 

 最後の最後でアキトと理解し合える事が出来た彼の兄、シンの末期(まつご)を思い起こしたレイラは尚も縋る。

 しかし、管理者から告げられた言葉は無情の一言。

 

 「アレと? それは最も無理な話ね。言葉を届ける事が出来るのは鮮烈な紅ただ一人」

 

 抗う事も、ましてや自身では対話する事すら不可能と断じられたレイラの顔色は土気色に近い。

 そんな彼女に憐れみを感じたのか、管理者は諭すかのような声色で告げた。

 

 「貴女はあの人の魂までをも救ってみせた。あれは私達の予測を越えた結末よ。先に渡した報酬では足らないわ。だからもう一つ忠告してあげる。これから起きる戦いに関わっては駄目。光を、灰銀色の光を見れば、脇目も振らずに大切な者達を連れて逃げなさい」

 「そんな事、出来ません!」

 

 拒絶するレイラに対して、管理者は幼子に諭すかのような口調で語る。

 

 「言ったでしょう? 未来は既に見えないって。今はあの二人が巧くコントロールしているけれど、不確定要素が多過ぎるの。アレが最悪の結末を選択した時、人間は本当に滅ぶわ。貴女も最後の時ぐらい大切な人と共に居たいでしょう?」

 「どういう事ですか?」

 

 理解が及ばずとも、レイラは必死に管理者の言葉を咀嚼しようと努める。

 そんな彼女に管理者は真摯な眼差しを向けた。

 

 「全ては、神の剣の選択次第」

 「神の剣?」

 「正確には昔のようにまだ鎖に封じられたままね。アレはまだ本来の力を一度も発揮していないから。でも、アレはその状態でもあの人形を殺してみせた。以前はその状態に付け入る隙を見出だして仕掛けたけれど、滅ぼせる一歩手前で叶わなかった」

 

 当時を思い起こしたのか、管理者は力無く俯いた。

 目の前の超常の存在を以てしても届かなかったという事実に、レイラは瞳を見開くがその奥に宿る光に陰りは無い。

 やがて顔を上げた管理者は、それでも諦めない?と問うも、レイラは力強く頷いてみせた。

 

 「貴女もひょっとしたら抗う者なのかも。いいわ」

 

 その姿に未来が変わりつつある可能性を見出だした管理者。

 彼女もまた、決意を固めた。

 

 「世界に雷光背負う大狼の旗がはためく時、それは神の剣が完全に目覚めた時と心得て」

 「雷光背負う大狼の旗、ですか?」

 

 レイラは反芻すると同時に、その英俊な頭脳を使い必死に思考を巡らすも、博識である彼女の知識をもってしても思い至れなかった。

 その事に唇を固く結ぶレイラとは対照的に、管理者は初めて晴れ晴れとした面持ちを浮かべた。

 

 「未来は変える事が出来るのかも。そうね、貴女に教えられたわ。杞憂で終わる可能性もあるかもしれないわね。でも、万が一にもそうなってしまったら、その時は黒色(こくしょく)の闇の元を訪ねなさい。彼の傍には鮮烈な(くれない)が居る。間違っても、虚無なる無色や異端者(イレギュラー)の元に行っては駄目よ? 都合良く使い潰されて棄てられるだけだから」

 

 管理者の忠告にレイラは深く頷いた。

 

 「それじゃあね、レイラ・マルカル。私達に人間の可能性を、未来を見せて」

 

 最後に管理者はそう告げると虚空に消えた。

 同時に色を取り戻す世界。

 

 「その………レイ、ラ? どうしたんだ?」

 

 まだ名前を呼ぶことに慣れていないのか。

 アキトのぎこちない呼び掛けに我に返った彼女は振り向くと微笑みを浮かべる。

 

 「いいえ、何でもありません。さぁ、行きましょう、アキト」

 

 笑みを一層深くすると、レイラはアキトの手を取り仲間達の元に歩んでいく。

 

 彼女はまだ知らない。時空の管理者が告げた言葉の意味を。

 しかし、やがて知った時、彼女の困惑は一層深いものになる。

 

 雷光背負う大狼の旗。

 

 それは、遠い遠い遥かな昔。一度は此処、欧州全土にはためいたとされる、炎の向こうに消えた彼の王が有した紋章であったのだから。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 「本日、特使として参りましたロロ・ランペルージと申します。大公閣下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 

 謁見の間にて、アタッシュケースを手に持ち、黒衣の外套を羽織ったロロは、全くの無表情でミヒャエルとファルネーゼを控えさせた大公に向けてそう言った。

 そんな彼の背後には、頭の先から爪先まで全身を同じく黒衣の衣服に身を包むと、その素顔を隠す一人の人物が控えている。

 

 「遠路はるばるご苦労な事だ」

 

 大公から嫌味返しとも取れる労いの言葉にも、ロロがその表情を崩す事は無い。

 

 「早速ですが、そちらが不当に幽閉しているナイトオブセブン、枢木卿と軍師、キングスレイ卿。二人の身柄の即時引き渡しを要求します」

 「ミヒャエル。案内の準備しておくように」

 「畏まりました」

 

 頭を垂れるとミヒャエルは一足先に謁見の間より辞していく。

 

 「そちらの要求は聞き届けた。次はこちらの番だ」

 

 大公が目配せすると、それを受けたファルネーゼが追及を始める。

 

 「使者殿。例の軍師ですが、ゼロであったとは誠ですか?」

 

 その問いにロロは何も答えなかった。ただ、背後に控える黒衣の人物に視線を向けるのみ。

 二人は一様に訝しむも、次にその人物が発した聞き覚えのある声に瞳を見開く事となる。

 

 「そこからは私が話す」

 

 そう宣言した人物は、顔を隠す布を手に取ると露になる灰銀色の髪。黒衣の衣装がそれを一層際立たせる。

 

 「久しいな、ヴェランス大公閣下?」

 「これは、驚いたな」

 

 大公の驚嘆を脇に置き、さて、と短く呟いたライは全く悪びれる様子無く彼を見据えると語り始めた。

 

 「この度は何でも由々しき事実誤認があったようだな」

 「彼の者はゼロであったと聞き及んでいますが、殿下は誤解であると仰ると? 皆が噂しています。今更それは無理があるのでは?」

 

 横合いからファルネーゼの詰問が飛ぶも、ライが彼に視線を向ける事は無い。

 

 「そんな訳がある筈もない。しかし、今後の戦争主導を円滑に行うとの観点から、要らぬ誤解は解いておく必要があると本国は判断した。ついては、大貴族会議の召集を要求する。その場で皆に説明する事としたいが如何か」

 「承知した。早速、我が名の元に招集しよう」

 「感謝する」

 

 即答した大公であったが、次に憔悴した顔に不釣り合いな程、剣呑な瞳を差し向けた。

 

 「ところで、殿下」

 「何かな? ヴェランス大公閣下」

 「私に何をされた?」

 

 眼光鋭く問われるも、ライは全く動じる事無く、逆に溜め息すら溢してみせる。

 

 「御身はいい加減、その要領を得ない発言を改められよ」

 「二度、誤ったのだ」

 「それは、御愁傷様としか言えないな。成程、憔悴した様子であったのはその為か」

 

 薄く嗤うライに対して、大公はそれ以上何も言えなかった。

 間違えたのは他ならぬ己自身であったのだから。

 

 「それで? いつ頃召集出来る?」

 「明日にでも」

 「即断即決だな。結構な事だ。幽閉されてみるものだろう?」

 

 片棒を担いだ張本人の言葉にファルネーゼが非難の視線を向けるも、ライは踵を返すとロロを引き連れ謁見の間を後にする。

 しかし、2歩進んだところでその歩みは唐突に止まった。

 

 「最後に一つ」

 

 そう前置きすると、ライは肩越しに大公を見詰め問う。

 

 「望みは決まったか?」

 

 その問い掛けに、微苦笑を浮かべつつ首を横に振る大公。

 ライは振り返ると頭を振った。

 

 「残念ながら時間切れだ」

 「時間切れ、とは?」

 「私は金輪際、この地を踏むつもりは無い」

 「どういう事か」

 「ヴェランス大公閣下とこうして話すのも、あと僅かという事だ」

 

 突然の宣言に思わず立ち上がった大公は、ファルネーゼの制止を振り切ると足早にライの元まで歩み寄る。

 一方、ライも間に入ろうと身を呈したロロの肩を掴み制止させた。

 二人の視線が交錯する。

 

 「決まっていないのなら丁度良い。こちらで勝手に用意させてもらう。モノは整い次第、御披露目しよう」

 「見せてもらうのがこれ程恐ろしいと思った事は無い」

 「何、気に入るとも。感謝する事だな」

 

 間近でライの瞳を目にした大公は、その奥に揺るがぬ信念の光を認めると、最早無駄と悟ったのか。力無く肩を落とした。

 

 「決意は固いのか。分かった。しかし、いつでも訪ねて参られよ。この宮殿の門は常に貴方の為に開けておく」

 「(くど)いぞ?」

 

 言葉とは裏腹に、微笑を浮かべたライはロロを引き連れその場を後にした。

 謁見の間の扉を潜ったライは待ち構えていた黒衣の男二人と合流した後、勝手知ったる場所であるとして悠々と回廊を歩む。

 

 「あの男の執務室は?」

 「総出で漁っております」

 「それが終われば養子で入ったという家にも押し入れ。目に付く物はネジの一本に至るまで全て奪え。分析は任せる」

 「承知してございます」

 

 恭しい同意の言葉にライは満足げに頷く。

 

 「それで? ハンニバルの亡霊どもが使ったとされるアポロンの馬車とやらについての情報は?」

 「ございました。物はこちらに」

 

 差し出された書類を受け取ると、歩きながら目を通したライは酷薄に笑う。

 

 「世界中の何処にでも素早く兵力を展開出来るのは魅力的だな。一部は教団に。もう一部はベアトリスに渡せ。有効活用するだろう」

 

 そう命じたライは、客室として用意させた自室に戻っていった。

 こうして、ライとロロのユーロ・ブリタニアでの一日目は終わりを迎えた。

 

    ◇

 

 そして、日が昇り翌日の正午。

 

 「この場に集った貴卿らに告げる! 此度の一件は不幸な出来事であった!」

 

 居並ぶ貴族達の突き刺すような視線をものともせず、大貴族会議の議場で黒衣の衣服に身を包んだライは、灰銀色の髪を揺らしながら朗々と語る。

 

 「すべては、シン・ヒュウガ・シャイングなる反逆者が行った事。それがユーロ・ブリタニアの総意では無い事は本国も承知している! しかし、結果は結果だ。以後、ユーロピア連合との戦争は本国が主導する事をこの場で宣言する!」

 

 ライが高らかに告げ終えると、堰を切ったかのような非難の声が上がる。

 

 「その本国が送り込んだあの軍師は何だったのか!」

 「そうだ! ゼロであったとも聞いているぞ!」

 「その様な者に帝笏すら与えるとは! 陛下は一体何をお考えか!」

 

 立ち上がる者、指弾する者、様々な罵倒の様態を示す貴族達。

 しかし、彼等からの非難と批判の視線を一身に受けてもなお、ライは取るに足らないものとして、嘲笑の笑みを張り付けたまま超然とした態度を崩さない。

 

 「その事についても伝えておく事がある! だが、その前に一つだけ確認したい! あの反逆者の言葉は、今日、この場に居る全員が聞いていた。相違ないか!? 無ければ沈黙で以て答えよ!!」

 

 眼光鋭く居並ぶ貴族達を威圧して回ると、反論が無い事を確認したライは最後に正面の大公を見上げた。

 すると、大公はそのライの顔に浮かんだ表情に驚き、腰をわずかに浮かせると食い入るように見つめ返す。

 

 「では、告げる」

 

 一拍置くと鉄面皮を張り付けたライは瞳を閉じるが、僅かな間を置いた後に瞼を開いた彼の双眼は真紅に染まっていた。

 

 「ジュリアス・キングスレイと私に関する記憶と記録、その一切を消去しろ!」

 

 (つがい)の鳥が舞う。

 この場に居る全ての者達に向けて。

 たった一人、大公を除いて。

 

 「「「「「「Yes,Your Highness!」」」」」

 

 貴族達が一斉に頭を垂れる。

 その異常な光景を前に大公は一人、一転して冷笑を浮かべるライの姿に釘付けになっていた。

 同時に彼の脳裏に去来するは広く知られた書物の一節。

 事ここに至り、大公は自身の直感が間違いで無かった事を確信するとともに、肌が粟立つのを感じた。伝説を目の当たりにしたが故に。

 

 「ハイランド! これが最後の命令だ!」

 

 うち震える大公にライの激が飛ぶ。それは望み叶いし時。

 

 「二度と私達を描くな! この姿! その目に焼き付けるに留めよ!」

 

 蹴飛ばす勢いで立ち上がった大公。

 彼もまた、貴族達に倣うかのように深々と臣下の礼を取る。

 しかし、ライがその姿を見ることは無かった。

 黒衣の衣服を翻すと己の心に最後まで残った忠臣達に別れを告げて、ライは決して振り返る事なく無言で議場を後にした。

 

    ◇

 

 「ロロ。あの二人は確保したか?」

 「はい。滞りなく。先程、車に押し込んできました」

 「そうか。全く、こんな事は二度と御免だ」

 

 辟易した様子で肩を落とすライとは対象的に、足取り軽く歩むロロ。

 やがて、宮殿出口に待たせていた車に乗り込むと、ドアが閉まるのを見計らったロロが口を開く。

 

 「あの、これは使われなかったのですか?」

 

 ロロは膝の上に置いたアタッシュケースに視線を落とすも、ライは鼻で笑った。

 

 「それは己の言葉に自信が無い者や威を借りたがる者が使えばいい。私に必要だと思うか?」

 「いいえ、全く」

 

 得心が行ったロロは破顔した。

 

 「では、戻るとしようか。出せ」

 

 ライの下知の元。彼等を乗せた車は宮殿から走り去る。

 その車内で、ライは感慨深げな視線を窓の外を流れる景色に向けていた。




ここまでお読み下さりありがとうございます。

本作には神様が居ます。原作の集合無意識=神といったものでは無く、明確な個人として。
ほとんど誰の事かバラしてるようなものですけどねw

巫女達はほら、あれです。アニメでも重要な場面で静止画で出てきてたのですが、原作ではコード保持者がC.C.とV.V.以外に出てこなかったので考えた設定です。
総数666は3で割り切れる数字で良いのが無いかと考えた末に行き着いたものでした。
亡国のアキトでコード保持者らしき者が出た時には小躍りしたものです。
まぁ、今後原作の中で4人目が出てきたりしたら破綻するんですけどね……。

亡国のアキトのメンバーもR2に引っ張り込める下地として、代表してレイラには本作の世界設定に触れて貰いました。書くとは言ってませんよ? ネタとして取っている段階ですのでw

大公への最後の言葉は、ちょっとキザっぽかったかなぁと思ったり。
ただ、これで完全無欠の冷血ライくん出来上がりです。このままR2に流れて往きます。

最後に、GW中の更新は無い予定です。あれば活動報告で書かせていただきます。
こんな本作ですが、今後もよろしくお願いします。

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