バベルの塔。
その呼称は、ある書物では【混乱】を意味する【バラル】と関係付けられている。
それが正しい解釈であるかどうかは定かでは無い。
しかし、現代においてその名を冠したビル、バベルタワーは今まさに混乱の極みの只中に在った。
至る箇所から黒煙を噴き上げているそれは人為的に起こされた災害によるものだ。
そして、その中で敵対する者達がぶつかり合えば引き起こされるのは悲劇のみ。
然らば、その先に待っているものは崩壊以外有り得ない。
災害、悲劇、そして崩壊。
運命の悪戯か、それらはタロットに描かれている塔そのままの意味だった。
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コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ TURN01 魔神が目覚める日(後編)~
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深紅の玉座に腰掛けたライは、嚮団のメインホールでV.V.と共にモニターに映し出されている映像を眺めていた。階段下には子供達の姿も見受けられる。
子供達はモニターに映る映像を見て、それが映画の世界ではなく現実に起きている出来事なのだと知らされると、やや興奮した面持ちで見入っていた。
既に最初の変化が起きてから数十分経つが、ライは一向に飽きる事なくモニターを見続けていた。
表情にこそ出さなかったが、ルルーシュの身辺に明確な動きが出た事に内心喜んでいたからだ。
そんな彼等を余所に、一人眺め続けるのに少し飽きていたV.V.は暇つぶしにとでも思ったのだろうか、ライに問い掛けた。
「そういえばさ、彼への報告は?」
だが、ライは視線を移す事無く淡々とした口調で答える。
「機情を通じてベアトリスから上がっているだろうな」
「なんだ、君がしたんじゃなかったんだね」
V.V.の言葉は少し呆れた色を含んでいた。
その為、少し引っ掛かったライが問い掛ける。が、相変わらず視線はモニターに釘付けのままだ。
「問題があるのか?」
「うぅん、何でも。ただ、寂しがってるんじゃないかと思ってね」
「寂しがる? あの男が? 馬鹿な」
この時、ライはようやっとそれまでモニターに向けていた視線をV.V.に移すと、少し驚いた様子で問い掛けたが最後は鼻で笑っていた。
すると、V.V.は得意げな表情を浮かべたまま話しを続ける。
「ライは知らないだろうけど、彼は君の事を凄く気に入ってるんだよ? 話したがってると思うけどね」
だが、その表情を見たライはV.V.がまた自分をからかっているのだと思った。
「いつもこちらが一方的に話して終わりなのだが?」
そう尋ねると訝しむ視線を投げ掛けるが、V.V.は意にも返さない。
「決めた! 報告に行ってきてよ」
「それは命令か? 下らない事を――」
「これはお願いだよ。扉を潜るだけじゃない。でも、断るなら断るで構わないけどね」
自身の中で勝手に結論を出したV.V.をライは咎めたが、その態度に何か引っ掛かるものを感じたようだ。
「お前がそう簡単に引き下がるとはな、嫌な予感がする。続きを言え」
「もし断るなら、これから毎日君とはアレで話そうと思っただけだよ」
それを聞いたライは心底嫌そうに渋顔を浮かべた。
V.V.が言ったアレとは念話の事だ。
当初、V.V.はライの姿が見えない時は決まってそれを飛ばして来た。
ライもライで、初めの頃はその物珍しさと便利さから特に気にしてはいなかった。
その結果、それはエスカレートする事となる。
やがてV.V.は、ライが食事をしていようと風呂に入っていようとも、姿が見えないというだけでお構い無しに飛ばして来たのだ。
末期には就寝中にライはそれで叩き起こされた事もある。
寝ている最中に頭の中で声がするのだ。それはどんな目覚ましよりも強力だった。ただし、目覚めは
その為、ライはその事に文句を言うと共にV.V.の傍を離れる時は、必ず一言付け加えてから離れるようにしていた。
そのお陰か使用頻度も最近では殆ど無くなっていたのだが、アレがまた始まる事を想像して酷く憂鬱な気分になったライは遂に折れた。
「分かった。その代わり今まで通り緊急時以外は決して使わないと約束出来るか?」
V.V.は笑顔で頷いたが、次にライから小指を差し向けられると首を傾げた。
「それはなに?」
「母から教わった。いいから同じ様にしろ」
V.V.は相変わらず首を傾げたままだったが、ライに言われるがまま自身の小指を差し出す。
すると、ライは素早くV.V.の小指に自身の小指を絡まると、早口で捲し立てた。
そうして事が終わると素早くその指を解く。
そんなライが独り言のように語った言葉を目を白黒させて聞いていたV.V.は納得した面持ちを作ると言った。
「あぁ、針を千本も呑まされたくなかったら守れっていう事かぁ。面白いね」
だが、ライはそれに答える事無く静かに席を立つと紅いギアスの紋章が彫られた扉に向けて歩き出す。
が、その足が不意に止まる。
「何か動きがあった場合は使う事を許す。それと約束は守れ。お前は先程冗談のように捉えていたが、私はそのつもりで使ってはいないからな」
「ライ、君は意地悪だね」
V.V.は口をへの字にして抗議の声を上げた。
それもその筈。
如何に不死だと言っても痛みぐらいは感じるのだ。
そんな身体に針を千本も呑まされたら苦痛にのたうちまわる事請け合い。堪ったものでは無い。
普通なら、そんな事は拷問以外の何物でもなく行う人間は限られる。
だが、ライはやると言ったら本当にやる存在だと言う事をV.V.もまた、一年間彼と行動を共にした経験から十分に理解していた。
一方で、V.V.の抗議の声を聞いたライは満足げな表情を浮かべると、振り返る事無く扉に向けて歩いていった。
◇ ◇ ◇ ◇
機密情報局が有する実働部隊、カルタゴ隊。
その指揮官たる男爵は、ナイトメアのコックピットから乗り出したその身を歓喜の言葉とともに震わせる。
「やった! やり遂げたぞ! これで私はっ!」
胸に沸き起こる万感の想いに最後は思わず言葉に詰まる程、彼は得意の絶頂にいた。
それは部下達も同じ。
頷き合う者、肩を叩き合う者や硬い握手を交わす者。
皆が皆、思い思いの所作でその喜びを共有し合う。
無理もない。
そんな部下達の喜びを傍目に、機体の足元で同じく喜びに頬を緩める副官に向けて彼は問う。
「一報は入れたか?」
「申し訳ありません。地下階層である事と連中がチャフを使用した為に電波状態が悪く……」
「やむを得んか」
喜びに水を差す返答にやや気分を害されたものの、舌打ち一つ。
彼は致し方無いと即座に割り切ると、次に呆然と座り込み、その腕に
「その死体を持って此方に来て貰おうか」
「こ、断る!」
狼狽するルルーシュに対して、男爵は柔和な笑みを浮かべた。
「安心したまえ。我々は君にまで危害を加えるつもりは無いのだよ、ルルーシュ・ランペルージ君?」
「俺を……知っている?」
「勿論だとも。君はその魔女を誘き寄せるエサなのだから。さぁ、来たまえ。君の身の安全は私の名の元に保障するとも」
「信じられるか!」
「弱ったな。そうまで我儘を言われてしまうと……」
言葉を区切ると、彼は怯えて身を竦めているルルーシュから視線を外すと部下達に目配せする。
それだけで己の為すべき事を理解した彼らは迅速に動く。
皆が皆、手に持った武器を構える。
その中で火炎放射器を手にした一人が周囲に倒れ伏す人々に向けてその牙を向いた。
「やめろっ! まだ――」
ルルーシュのその言葉は、生きながらにしてその身を焼かれる断末魔に掻き消される。
「……生きて……いたじゃないか」
「こうはなりたくないだろう? さて、理解したなら此方に来たまえ」
おぞましい光景を見せつけられ、ルルーシュは己の無力さに絶望した。
何故、自分はこれ程までに無力なのか。力が欲しい。力さえあれば、と。
その時、彼の頬にそっと触れるものがあった。
それは彼女、C.C. の自血に濡れた掌。
気付いた男爵は咄嗟に叫ぶ。
「バカな! 生きているだと!? 心臓を撃ち抜いたんだぞ!?」
動揺は部下達にも伝播し、慌てるカルタゴ隊。
同じく驚きに瞳を見開くルルーシュ。
その瞳をしかと見据えたC.C.は、彼の首にその細腕を巻き付けると唇を重ねた。
魔女の接吻。
その意味する事に思い至れる筈も無い彼等が混乱の色を濃くさせたまさにその時。
周囲の炎が一際高く燃え上がった。
それは目覚めの知らせか。はたまた生きながらにして焼かれた彼等の仇討ちを願う怨嗟の雄叫びだったのか。
「……行く事は……出来ないな」
顔を伏せたまま幽鬼のようにフラりと立ち上がったルルーシュと、同じく立ち上がるとその右後ろに控える魔女、C.C.。
ルルーシュの持つ雰囲気が先程までのそれとは様変わりした事に、男爵は背筋に冷たいものを感じるも、努めて平静を装う。
「そうかね、死にたいと言うのであれば仕方がない」
上司からの命を忘れた訳では無かったが、男爵はこの時、事故死に見せかける事で乗り切ろうと画策した。
「構えろ!」
部下達に命じると、自らもその手に持つ拳銃。その銃口を二人に向ける。
だが、それら殺意を前にしてもルルーシュには微塵の動揺も浮かばない。
「何故なら、
顔を上げたルルーシュの左目。そこに宿るは真紅の鳥。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる」
そうして彼は言葉を紡いだ。男爵達に死を告げるそれを。
「「「「Yes,Your Highness!!!」」」
笑みすら浮かべ、手に持った武器で自らの命を断つ彼等を全くの無感動で見届けたルルーシュは、次に天を仰ぎ見ると徐にその瞼を閉じる。
同時に固く結んだ口元が歪むと、そこから嗤い声が漏れ聞こえ始めた。
「フ……フ……フフ……フフフ…………」
最初は小さかったそれは、次第に声量を増してゆき。
「フハハハハハッ!!!」
遂には大きく開かれたその口から、聞く者全てを震え上がらせるかのような哄笑が轟いた。
「やってくれたな! よくも……よくもこの俺をっ! スザァァァクッ!!」
炎に彩られた廊下で魔神は再び目覚めた。
激情に駆られたルルーシュは、怨嗟の響きで嘗ての友の名を口にする。
そんな彼の背に、幼子をあやすかのような柔和な声が届く。
「おはよう、ルルーシュ」
「…………C.C.か」
深く深呼吸をした後、ルルーシュはゆっくりと振り返る。
「まだ、あまり無理はするな。お前の記憶は全て取り戻せてはいない。それに、今は記憶の混濁が――」
「ナナリーは何処だ?」
彼女の配慮を遮って、目覚めたゼロ、ルルーシュが最初に問い掛けたのは最愛の存在の行方。
だが問われた魔女、C.C.は言葉を濁す。
「探そうにも黒の騎士団は壊滅状態。今の戦力では無理だ」
「どういう事だ?」
ルルーシュは反射的に尋ねていた。それは彼にとっては聞き捨てならない台詞だったからだ。
しかし、その反応はC.C.には折り込み済み。
更には次に何と言うだろうかという事さえも。
そしてその言葉に耐えるために、気付かれぬようそっと奥歯を噛んだ瞬間。
「ライはどうした?」
予想通りの言葉がC.C.の心を抉った。
「アイツが居れば建て直しなど幾らでも……どういう事だ?」
怪訝な表情でルルーシュが問う。それは何故か。
C.C.が言ったように、彼は未だ全ての記憶を取り戻した訳では無いからだ。
それはある理由により彼女でさえも復元する事が
彼がジュリアス・キングスレイとしてライと共に出向いた欧州での出来事、その一切が含まれていた。
もし、この時に彼がその事も含めて取り戻せていれば、その後の対応は変わったかもしれない。
しかし、それ程に重要な記憶である事など、当の本人ばかりかC.C.でさえも預かり知らぬ事。話を戻そう。
記憶を失っている間の出来事をルルーシュは覚えていた。
当然、租界中に貼られた騎士団の手配写真と、ニュースで度々目にする事があった収監中の団員達が置かれた状況の事も。
だが、何度思い返してもその中にライの姿が無かった事から、未だ素性を隠し
一方のC.C.は即答を控えた。
彼女にとって、本来であればこれは誰か他人に押し付けたい事だった。
もし、その誰かが引換にピザを奢れと言ってきたとしてもだ。
だが、それは出来ない。いや、絶対にしてはならない事だった。
それはC.C.がルルーシュの共犯者だからという理由だけでは無い。
ルルーシュとライ。
共に王の力を持つ二人を誰よりも近くで見続けてきたC.C.にとって、これを他人に任せてしまえば、もう彼女は魔女以下の存在にまで堕ちてしまうのだから。
彼女は暫しの間押し黙ったが、遂に意を決した。
「……あいつは、死んだ」
だが、決死の想いを胸に秘めて告げたC.C.の言葉を、あろう事かルルーシュは鼻で笑った。
「お前はいきなり何を言い出すんだ?」
それは完全に小馬鹿にした口調だった。
だが、C.C.は何も答えないばかりか顔色一つ変える事は無い。
その頑なな態度にルルーシュの顔色が変わる。
本来このような口の聞き方をされれば黙っていない筈のC.C.が何も言わないのだから。
「……死んだ、だと……馬鹿な……」
それが事実だと悟ったルルーシュだったが、それでも認めたくなかったのか。
最後に笑うも悲しいかなそれに力は無い。
ルルーシュの視線が虚空をさ迷う。
そしてそれまで気にも止めなかった死体に目が行くと、思わず目を背けてしまう。ライの姿と重なったからだ。
瞬間、ルルーシュは事切れたかのようにその場に膝をつくと俯いてしまった。
そんな彼を無言で見つめていたC.C.が激を飛ばす。
ルルーシュにはゼロとして一刻も早く指揮を取ってもらわなければならないのだから。
「今すぐ受け止めろとは言わん。だが、これは――」
「黙れっ!!」
彼女の言葉は最後まで聞かれる事は無かった。
「頼む……それ以上は、言わないでくれ……」
臓腑から絞り出すかのような苦渋の声。彼女は表情を曇らせる。
それは遮られたからでは無い。
ユーフェミアの時と同じ悲痛な声だったからだ。
だが、今はあの時のようにしている暇は無かった。
先程から、少し離れた場所でナイトメアの駆動音が聞こえている。
そして、それは確実に近付いて来ていたのだから。
しかし、それはルルーシュにも届いていたのだろう。
「今は感傷に浸る時間は無い」
「分かって……いる」
ルルーシュが先程よりは幾分かマシな口調でそう告げた時、暗闇の奥から一騎のナイトメアが現れると、C.C.は静かに柱の影に身を隠した。
『此処で何をしているっ!?』
スピーカーから響くのはルルーシュ後ろ姿と、その背後に倒れ伏せる無数の死体の中に、機情の部隊章を持つ者達の姿を視認した事に訝し気な声を上げる男の声。
それに対して顔を上げ振り向いたルルーシュは、その涙に濡れた頬を見せつけた。
「軍人さん……ですか? 良かった。助けて下さい!」
それは男に何故学生がこのような所に居るのか。
また、機情に籍を置く者達が何故此処に居たのかという疑念を吹き飛ばさせるには十分な威力を持っていた。
男は安心させる為にハッチを開いて地面に降り立つと、その姿をルルーシュの眼前に晒した。いや、晒してしまった。
しかし、それは無理からぬ事と言える。
先程のルルーシュは、傍目に見ても突然テロに遭いどうして良いか分からずに泣いている無力な学生にしか見えなかったからだ。
そんな存在に涙ながらに助命を乞われてしまえば、軍人である男が、いや、その前に一介の騎士を自負する一人の男でもある。
自国民とおぼしき青年からの逼迫した嘆願を無視出来る筈も無い。
だが、男は知らない。知る筈も無い。
このテロがたった一人の存在を甦らせる為に引き起こされたという事実を。
そして、目の前に居る学生服姿のひ弱な青年こそがそれであり、更には祖国にとって最悪の敵、漆黒の魔神であるなど。
男が安心させるために声を掛けようとした時、紅い鳥が羽ばたいた。
その様子を柱の影で見ていたC.C.は苦笑する。
「全く、大した演技だな。使えるものなら自分でさえも使うか」
それは全うな感想だ。
だが、果たしてそれは本当に演技だったのだろうか。
ひょっとしたら、先程の言葉はライを失った事の喪失感から来たルルーシュの魂の叫びだったのかもしれない。
だが、それは誰にも分からない。当の本人でさえも……。
◇ ◇ ◇ ◇
黄昏の間に二つの影が伸びていた。
その内の一つ。
突如として目の前に現れた神殿。その摩訶不思議な光景に理解が及ばなかったスザクは最もな感想を口にする。
「ここは、一体……」
その問い掛けにもう一つの影の持ち主、皇帝は振り返る事無く厳かに答えた。
これは神を殺す為の武器、アーカーシャの剣である、と。
皇帝の答えはスザクを更に混乱させるものだった。
だが、皇帝からそれ以上の説明が返って来る事は無く、代わりに聞こえたのはスザク以外の誰かに向けられた声。
「ここに居て
皇帝の背後でその言葉を聞いたスザクは、一瞬怪訝に思うもそれは直ぐに払拭される事となる。
「V.V.に脅された」
その声色が響いた瞬間、スザクは無礼とは知りつつも皇帝の背後から覗き見た。
そこに居たのはスザクの予想通りの人物。
腕を組むと神殿の柱に背を委ね、夕日に照らされ灰銀色の髪を目映く輝かせるライの姿だった。
「戯れ言を申すな。御主に脅しが通じる筈もあるまい」
皇帝はそう咎めるも、口元は愉快げな弧を描いていた。
柱から背を離したライが歩み寄る。
「私にとって切実な問題が一つあった。それを解決する為に来たのだ。ところで、お前の方こそ何故その男をここに招いた?」
「この者はゼロの正体とギアスを知る者。知らせておいても問題はあるまい」
皇帝はそうまで告げると、静かにその場を立ち退いた。
久方ぶりに相対するライとスザク。二人の視線が交差すると、スザクは恭しく頭を垂れた。
「お久し振りです」
「壮健そうだな、枢木。何でも部下を持ったとか? 尻拭いに苦労している様だな?」
愉快気に尋ねるライに対して、スザクは視線を下げ続けるが、特に気にせず彼は言葉を続ける。
「お前の武勇は聞き及んでいる。それと……あぁ、あの男。ブラッドリー卿と言ったか? あれと共に白ロシア戦線では大層な活躍を見せているそうではないか。欧州戦線の面目躍如といったところか?」
そう、白ロシア戦線でスザクはそれまでナンバーズを卑下して来た者達を一掃する程の目覚ましい活躍を見せていた。
そして、同じくルキアーノもその異名を更に轟かせている。
だが、それがあの日ライから受けた屈辱による怒りから来る憂さ晴らしの意味合いが強いという事は、あの場に居た者達しか知らない。
当時を思い起こし、最後に苦笑して見せたライに対して、ようやっとスザクは頭を上げた。
「ブラッドリー卿はあの時殿下から――」
「この場でその呼び方は止せ。お前は私がこの男の息子などでは無い事など、当の昔に承知しているだろう?」
ライはスザクの言葉をそう遮ると、突如として剣呑な表情を貼付けた。
「最も、お前は以前の私とやらをも知っている節がある」
そう告げるとスザクより視線を移したライが皇帝を見やる。すると、皇帝はうすら笑いを浮かべたまま静かに頷く。
同意を得たと解したライは口元を僅かにつり上げた。
「丁度良い。欧州では機会が無かったからな。話してみろ」
その言葉に今度はスザクが驚いた様子で皇帝に振り向くと、彼はライの時と同じ様に頷くのみ。
欧州へ出向く際に勅命として与えられた事項が解除されたと理解したスザクは、辿々しい口調で話し始めた。
「あな、たは――」
「待て。以前のように、だ」
その口調に気付いたライが素早く咎めた瞬間、スザクは思わず叫んでいた。
「君とは……友達だった!!」
だが、その悲痛とも言える言葉は今のライには届かない。
「友、か。生憎と全く覚えていないな。それに、そのような者は今の私には必要無いものだ」
「君とはずっと友達でいたかったんだ!! 友達……で……」
それはスザクの本心だったが、変わり果てたライを目にして最後はもう言葉になっていなかった。
だが、ライは怪訝な表情を浮かべると疑念を口にする。
「お前はその言葉に随分と拘るが、何故だ? ルルーシュはお前にとってその友とやらでは無かったのか?」
「それは……」
「それを売り飛ばした男が今更私に何を言うつもりだ?」
「許せなかったんだ。彼はずっと俺に嘘を吐いてた。それにユフィにもギアスを――」
「ユーフェミアの件は置いておくとして、嘘を吐いていたのはお前も同じでは?」
突然の問いに何を指しているのか分からず、困惑の瞳を浮かべるスザクを余所に、ライは愉快げに笑う。
「色々と調べさせてもらった。お前はランスロットのパイロットでありながら、戦場に出る事は無いと周囲に嘘を吐いていたな?」
「それは……余計な心配を……」
正鵠を射られた事にスザクが言葉を濁していると、ライはそれまでの剣呑とした表情から一転、笑いを堪えるように囁いた。
「ルルーシュも同じだったかもな。いや、テロリストである以上、向こうのほうが切実か」
スザクは最早何も言い返せない。だが、ライは今度は慰めるかのように柔らかい口調で語り出した。
「何れにしても、大切な存在を殺されたというお前の憎しみだけは私にも理解出来る。その下手人が心許した友という存在であれば、尚更だろうな」
その声を聞いたスザクの脳裏に嘗てのライの姿が過った。
だが、それは間違いだ。目の前に居るのはスザクの知る心優しきライなどでは無いのだから。
「やはり友など持つものでは無いな。煩わしい事この上ない」
柔らかい口調そのままに残酷な言葉を平然と使ったライに、これ以上聞く事に耐え切れなくなったスザクが言葉を発しようとしたが、ライはそれを左手で制した。
そして、瞳を閉じたが直に開いた彼は皇帝に視線を向ける。
「所用が出来た。私は戻らせてもらう」
「よかろう」
ライは皇帝から許可を取り付けると、再びスザクを見据えた。
「話せて良かった。お前の話を聞いても私の心は揺るがない。つまりはその程度の記憶だったという事だ」
未だ呆然としているスザクを余所に、最後にライは晴れ晴れとした面持ちに微笑すら浮かべてみせると立ち去っていった。
ライが立ち去ると、皇帝はスザクに対して告げた。
「あれがあの者の本性よ。あの者にとって他人という存在は利用出来る者か敵か。その二つしか無い。いや、友という概念自体理解出来ねばする気も無いのであろうな」
それを聞いたスザクは我に返る。
だが、皇帝の言葉通り嘗ての、優しく何よりも仲間を大切に思ったライの姿は何処にも無かった。
残酷な現実を噛み締めながらも、スザクはこれまで抱いていた懸念を問うべく口を開く。
「皇帝陛下。無礼を承知でお尋ねしたい事がございます」
その請願を皇帝が無言で以て良とすると、それを認めたスザクは不敬とは理解しつつも剣呑な視線を押さえる事が出来ない。
「陛下はルルーシュを
その問いを皇帝は鼻で笑った。
「有り得ぬ。仮にルルーシュと同じ様に、従順な存在としてあの者の有り様そのものを改変する事も可能ではあったがな」
「では、何故?」
それを為されなかったのかとの問いに、皇帝は珍しく安堵にも似た吐息を溢した。
「ルルーシュでさえも、儂のギアスに精神を退行させてまで抗って見せたのは覚えておるであろう?」
「お待ち下さい……何を、一体陛下は何を仰っているのですか?」
そう尋ねつつも、皇帝が何を言わんとしているのか、朧気ながらも察したスザクが唇を震わせるが、お構い無しに皇帝は語る。
「その結果がある以上、それをあやつに施すのは悪手に成りかねん」
「陛下はルルーシュを実験台にされたのですか!?」
「必要な事であった!」
堪まらず声を荒げたスザクに対して、皇帝はそれ以上の大喝で以て抑え込んだ。
最愛の存在を奪ったルルーシュに対する憎しみの
しかし、嘗ての友が受けた仕打ちに一抹の憐れみを感じたスザクは項垂れた。
「それが、実の親がなさる事ですか?」
「ルルーシュの件に関しては重ねて告げる。必要な事であったのだ」
そう前置きした皇帝は一瞬、その薄紫の瞳を僅かばかりに細めたが、すぐに消し去ると視線をスザクに戻した。
「あの者に対してそれを行った結果、精神退行
「……陛下は恐れておられる?」
無意識のうちに口から飛び出した自身の言葉に気付いたスザクは、瞬時に馬鹿な事だと内心で否定した。
世界の三分の一を支配する超大国、神聖ブリタニア帝国。その頂点に君臨する男が、たった一人の
だが、皇帝はその問いにだけは答える事をしなかった。
「あの者に関しては、昔の姿に戻っているものと理解せよ」
「では、あれが彼の、ライの本来の姿だと……」
その問い掛けに皇帝は厳かな口調で答える。
「よかろう。話すとしよう」
そして語り出した。
ライ、いや、ライゼルの血と狂気にまみれたおぞましくも哀しい伝説を。
◇ ◇ ◇ ◇
モニターからは敵部隊の反応が次々と消えてゆく。
ルルーシュはそれを満足げな表情で見つめながらも指示を飛ばしていた。
そんな最中、突然背後に気配を感じた彼が振り返るとそこにはバニーガールの衣装に身を包んだ紅髪の女が居た。
「カレン? どうした? 君には21階に向かえと――」
「質問があるの、ルルーシュ」
言葉を遮ると同時に、カレンは手にした銃口をルルーシュに向ける。
向けられた瞬間、いや、彼女がこの部屋に来た時点で彼には分かっていた。
ルルーシュにとって最愛の存在がナナリーであるように、カレンにとってのそれはライだ。
あの後、卜部と目の前に居るカレンが迎えに来たため、結局、ルルーシュはC.C.からライの最後までは聞けていなかった。
その為、ルルーシュはライの身に何があったのかまでは知らない。
だが、間違いなく責任の一端は自分にあると理解していた。
ナナリーを救う為とはいえ、大切な戦いの最中に戦線を離脱したのだから。
しかし、そんなルルーシュの思いを余所に、カレンが最初に尋ねたのはライの事では無かった。
「ルルーシュ、貴方は私にギアスを使ったのかしら? 都合の良い駒として従わせるために……」
ルルーシュは迷った。
確かにカレンにギアスを掛けたのは事実だったが、従わせるような事は言っていないのだ。
どう答えれば良いか悩んだ結果、直接告げる事は避けた。
「神根島でゼロを見捨てた君がそれを言うとはな」
「確かにそうね。従わせていたのなら見捨てる事は出来ないでしょうから」
ルルーシュは自分の伝えたい思いが伝わった事に安堵する。
「カレン。他ならぬ君が自分の意志で決めたんだ。ゼロを、この俺を……」
次に諭すかのようにそう告げると、ルルーシュはゆっくりとした足取りでカレンの元に歩み寄った。
だが、カレンはそれを許さなかった。
まるで拒絶するかのように、突然その額に銃口を突き付けたのだ。
ルルーシュの表情が一気に強張る。
その時、彼は悟った。まだ終わってはいないのだ、と。
「これが最後の質問よ。貴方はライにギアスを使ったの?」
その質問には、先程のような小細工は一切通用しない。
カレンの瞳は雄弁に物語っていた。それを行えば、引金を引く、と。
ルルーシュもそれには直に気付いたが、だからといって正直に告げて助かるかと言えば、彼女の瞳はそこまで教えていない。
本来のルルーシュであれば、このような状況でも何か策を考え付くものなのだが、この時、彼は驚くべき事に考えるのを止めた。
「あぁ、使った」
平然と言い放ったルルーシュの言葉を聞いたカレンの瞳が動揺に見開かれる。
「随分と……正直になったのね」
「俺は、ライの事で嘘は吐きたくない」
それはまごうこと無きルルーシュの本心。
しかし、ずっと欺かれてきたカレンにしてみれば、納得出来る筈も無い言葉。
「ライを無理矢理従わせたの?」
「使わなければ、あの時のアイツは止められなかった」
その言葉に彼女が強い意思を宿した瞳で続きを促すと、ルルーシュは小さく頷いた。
「式典会場でライが意識を失ったと言っただろう? あの後直ぐにアイツは目覚めた。そして、フラフラの状態であろうことか月下に乗ると言い出した。止めるには……ギアスしかなかった」
「騎士団に入隊したのは?」
「あいつの意思だ。多少強引だった事は認めるがな」
ルルーシュは最初から最後まで、徹頭徹尾カレンから目を背けなかった。
「信じていいのね?」
「あいつの事で嘘は吐かないと言っただろう?」
「それはゼロとして? それともルルーシュとしての誓約かしら?」
それは答え合わせを続けていたカレンにとって本当の意味での最後の問いだった。
彼女はやはりどうしても最後の最後でルルーシュを信じ切れないでいたのだ。
しかし、同時にこうも思っていた。
ルルーシュとして言ったのなら殴り飛ばした後で考える。だが、ゼロとしてなら信じよう、と。
だが、それは良い意味で裏切られる事となる。
「どちらでもない。ライと二人で居る時は、仮面の男ゼロでもなければ優等生ぶったルルーシュ・ランペルージでも無い。本当の意味での自分になれた。だからこれは、あいつを想う一人の友達としての誓いだ」
本当の自分。
それを聞いた時、カレンにはルルーシュの気持ちが痛い程理解できた。
彼女もまた、ライと二人で居る時は病弱なお嬢様、カレン・シュタットフェルトでは無く黒の騎士団のエース、紅月カレンでも無い、一人の女になれたのだから。
「合格よ。ルルーシュ」
拳銃を下ろしたカレンは、軽く息を吐くと微笑を浮べた。
その事に、理解が及ばないルルーシュが問う。
「どういう意味だ?」
「先にC.C.から貴方がライにいつどこでギアスを使っていたのか、全部聞いていたのよ。一言一句、同じだったから信じてあげるわ」
「アイツを信じて無かったのか?」
瞳を見開くと完全にしてやられた事を理解したルルーシュが問うと、彼女はジト目で仕方がないじゃないとでも言いたげに、言い訳めいた言葉を口にする。
「彼女、貴方の共犯者なんでしょう? この一年、散々煙に巻くような言葉も聞かされていたもの。完全に信じきれた訳じゃなかったわ」
「それを知ったら怒るだろうな」
「その時は、ピザでも奢って黙らせるわよ」
悪びれる素振りも見せず、そう吐き捨てたカレンは踵を返す。
「21階に向かうわ」
そう告げると胸を張って出口に向かい歩き出す。
この一年、彼女がルルーシュに対して抱いていた
だが、ルルーシュの言葉がそれを留めた。
「カレン、教えてくれ。ライは……本当に……」
ルルーシュはそれ以上言う事が出来なかった。
どうしても言いたく無かったのだ。その最後の言葉を。
だが、それはカレンも同じ事。
同時に、そこまで問われてしまえば何を聞きたいのか容易に理解出来るというもの。
静かに振り向いた彼女は哀愁の瞳を向けた。
「この一年皆も、C.C.でさえ必死になって探してくれたわ。でも、何も見つからなかった。ライが最後に残してくれた物はこれだけよ」
カレンはそう告げると左手にはめた指輪を見せる。
「……そうか」
明らかに落胆した様子でいるルルーシュ。
だが、カレンはそんな彼に言葉を掛ける事なく、再び出口に向かって歩き出す。
そしてそこまで来た時、彼女は足を止めると言うべきか言わざるべきか少し躊躇する。
それはC.C.が嘗ての自分に使った手口であり、内心、卑怯だと思っていたからだ。
一方でルルーシュを奮起させるにはこれしか無いとも思えたカレン。
胸内でライに深く詫びると意を決した彼女は振り返る事無く告げた。
「ここから無事に出れたら聞かせてあげるわ、ライの最後の声を。だから……皆を助けて」
その言葉は十分にそれ足り得るものだった。
ルルーシュは瞳に決意の光を宿すと力強く応じる。
「ああ、約束しよう」
カレンはその言葉を背に受けると感極まったのか。
少し瞳を潤ませながらも扉が開いた次の瞬間、身に付けている衣装も相まって、まるで脱兎の勢いで駆け出した。
◇ ◇ ◇ ◇
その頃、そんな事があったなど露知らず。
嚮団に戻ったライは、黄昏の間での出来事によってここ最近抱えていた悩みが払拭された事に内心喜びながらも、努めて冷静に問い掛ける。
「変化があったそうだな」
「うん。見てよ」
V.V.に促されるまま、ライはモニターに視線を移した。
そこに映っていたのはブリタニアの航空部隊と、そこから降下したサザーランドがビルの外壁にハーケンを食い込ませて銃撃を加えている映像だった。
「カラレス、か……」
ライが眉間に皺を寄せるとV.V.が同調する。
「どうやら正規軍が出張ってきたみたいだね」
「大人しく無意味な会食を楽しんでいればいいものを」
「でも、どうするの? 彼等が出て来るのは想定に入って無いんじゃないの?」
「いや、予想はしていた。まぁ、無能者のお手並み拝見といこうか」
そう言うとライは玉座に腰を下ろす。
すると、それを待っていたかのように、それまで辺りに散っていた子供達が再び階段下に集まると、その中の一人が紅茶を運んで来た。
子供は覚束無い足取りで階段を上り、ライの傍まで来ると恭しくトレイを差し出した。
彼はその上に乗っている紅茶を無言で受け取ると口元に運び静かに香りを確かめる。
その紅茶は彼の好みに合わせてブレンドされており、一口飲むと僅かに口元を緩ませる。
それを見た子供は笑顔と共に御辞儀をすると、階段下に座り込んでいる他の仲間の元に戻りヒソヒソと話し始めた。
「次は私の番よね?」
「違うよ、僕の番だよ」
「さっき約束したのに。針呑ませるよ?」
「……ごめん」
どうやら先程の二人のやり取りを見ていたようで、早速使ったのだろう。子供達は言い争いを始めた。
しかし、それはあくまでもライ達の邪魔にならないようにと囁き程度の声。
その様子を眺めていたV.V.は、不意に独り言のように呟いた。
「ロロは大丈夫かな?」
だが、ライはそれをバッサリと切り捨てる。
「アイツのギアスは知ってるだろう? 問題は無い」
「そうは言っても不安じゃないの?」
「…………」
その指摘に、ライは見透かされていると内心歯噛みした。
彼はロロに全幅の信頼を寄せている訳では無い。
いや、そもそも彼は
過去、僅かに信じるに値すると評価した者達も居るには居たが、先の欧州での一件でそれらは全て切り捨ててしまっている。
しかし、だからといって自ら手塩に掛けたロロを疑っていると告げてしまう事は、突然の計画修正があったとは言え及第点を与えて送り出した以上、彼の沽券に関わること。
だが、続けざまに告げられた言葉はライにとって甘い響きを持っていた。
「ならさ、連絡取ってみたら?」
「作戦中だぞ?」
「ロロのギアスは知ってるでしょ? はい」
V.V.は鸚鵡返しに答えると通信機器を手渡す。
それをライは渋々といった様子で受け取るも、未だ決めかねていた彼はそれから一時の間、通信機を握り締めたまま、モニターに映る映像を眺めていた。
◇ ◇ ◇ ◇
金色のヴィンセントが隔壁を破壊してバベルタワーの中階にあるエントランスに乗り込んだ時、操縦者であるロロの目には一騎のサザーランドとそれを護るように控える二騎のナイトメアが映った。
そして、その中の一騎が禍々しいまでの異形の右腕を持つ紅いナイトメア、紅蓮二式である事を認めると思わず呟く。
「見つけた。恐らくあれが……」
あのサザーランドこそ指揮官が乗る機体だと判断した。同時に、このテロリスト達が黒の騎士団だという事も。
ならばこそ、C.C.という可能性も捨てきれない。
ロロにとって、ライから与えられた二つの至上命題。
C.C.捕縛はその内の一つであったが為、ここで見逃す事は有り得ない。
しかし、もう一つの命令。
ルルーシュの身の安全の確保については、彼を見失ってから幾分時間が経ち過ぎていた事と、この混乱したビルの中で一人の人間を発見するのにはかなりの困難が予想されるのもまた事実。
その為、未だ指揮官が誰であるか確証は持てなかったものの、ロロはC.C.捕縛というライとV.V.、二人の共通した命にこそ今は重きを置くべきと判断した。
「直にそこから引き摺り出してやる」
酷く陰惨な笑みを浮かべると、ロロはそのサザーランドに向けてペダルを踏み込む。
だが、当然の如く目の前には二騎のナイトメアが立ち塞がった。
ロロも事前の情報や機情に配置されて以降、シミュレーターによる訓練は積んでおり、その事からあの二騎、いや、紅蓮二式とまともにやりあえば勝つことはまず不可能だと理解していた。
しかしロロにはギアスがある。
凄まじい速度で突進してくる二騎に対してロロはギアスを発動させた。訪れる王の時間。
如何に時を止める事が出来るとは言え、物体の動きまでも止められるものでは無いが、サザーランドまで対象範囲に含めたそれに体感時間を止められた卜部やカレン、そしてルルーシュ。
ロロは迫る紅蓮二式と卜部の駈る月下をまるで嘲笑うかのように躱すと、サザーランドの傍まで迫ったところで彼等の時は再び刻まれる。
「馬鹿なっ!」
「嘘っ!! 消えた?」
敵が突然目の前から消えた事に卜部とカレンは驚愕の声を発す。
慌てて振り返ると、卜部の視線の先にはあったのはルルーシュの乗るサザーランドに切り掛からんとする先程まで目にしていた金色のナイトメアの姿。
その光景を前に卜部は無意識下の行動か。あらんかぎりの力でペダルを踏んだ。
床に黒い
そんな己の行動に遅ればせながら気付いた時、卜部は笑った。
卜部巧雪
彼はライと最後に会話した男だった。
卜部のこの1年を一文字で現すなら【悔】これに全て集約される。
彼はずっと悔やみ続けてきたのだ。何故あの時、ライを止める事が出来なかったのか、と。
だが、その答えはあっけない程に簡単で、それは卜部も十分骨身に染みている事。
何の事は無い。ほんの少し恐れたのだ。
それに気付いてからというもの、彼はその事を後悔した日は一日として無かった。
故に、彼はもう二度と恐れる訳にはいかなかった。
だからこそ、身体では無く心が彼を突き動かしたと言える。
卜部は咄嗟に二機の間に割って入ると、サザーランドを押し退けてヴィンセントのMVSを受け止める。
「ゼロには指一本触れさせんっ!」
「このっ! 邪魔をっ!」
再び邪魔をされた事に苛立ちを露にするロロ。
そんな二騎の攻防を目の当たりしたカレンが叫ぶ。
「卜部さんっ!」
咄嗟に割り込んだ事もあって卜部の体勢はカレンの目から見ても明らかに分が悪い。
だが、卜部から返って来たのは予想だにしない言葉。
『紅月すまん。彼を死なせたのは俺のせいだ』
「えっ?」
唐突に告げられた謝罪の言葉。
カレンは慌てて問い返そうとしたが卜部は無視するかのように続ける。
『俺は止めようと思えば出来た筈だった。だが、身体が動かなかった』
「そんな事――」
『俺は彼に救われた。本来なら俺はあの時に散っていてもおかしくなかった! いや、違う! そうするべきだったんだ!』
その言葉から卜部の決意に気付いた二人が叫ぶ。
「卜部、お前まさかっ!」
「待って!」
カレンは紅蓮のペダルを深く踏み込む。
一方、ロロは卜部の月下を鬱陶しいと思いつつも、背後を晒している姿を見て陰惨な笑みを浮かべた。
このままコックピットを狙えば脱出の間も与えずにその身ごと串刺しに出来るからだ。
「さようなら」
そう告げてコックピットに狙いをつけたその時、ロロは凄まじい唸り声を響かせて突進してくる紅蓮を視界に捉えた。
「本当にしつこい連中ですね」
そう呟くと一気に片をつけようとギアスを発動させた。が、その瞬間ロロの携帯が鳴った。
慌てたロロは、咄嗟に卜部や突進してくるカレンから距離を取る。
発動中は負担が掛かるが、連絡には何があろうとも応じるようにとライから命じられている。ロロに拒否権は無かったのだ。
『私だ。C.C.はルルーシュに接触して来たか?』
携帯口から聞こえるライの声は明らかに怒気を孕んでいた。
「その……」
『作戦中だろう? 手短に話せ』
「まだ…です」
『分かった。引き続きルルーシュの傍を離れるな』
それだけ告げると通信は切られた。それをもって王の時間も終わりを告げる。
「またかっ!!」
突然背後から敵が消えた事に対して、決意を挫かれた形となった卜部は思わず吐き捨てる。
だが、それと時を同じくして卜部の傍に紅蓮が戻ると、二騎は再びゼロの前に陣取った。
『……卜部さん、何を……しようとしたんですか?』
低く、奈落の底から響いてくるような声でカレンが問い掛けると、卜部はやや言葉に詰まりながらも答える。
「俺の命で……ゼロを救えるのなら」
だが、その言葉を聞いたカレンは遂に切れた。
「ふざけんなっ!!ライが一体どんな気持ちで皆を助けようとしたか分かんないのっ!? 簡単に死のうとしないで!!」
『カレン。少し落ち着け』
「黙ってて!!」
ゼロとして命じたルルーシュであったが、今のカレンには効果が無い。
だが、それでも卜部は食い下がる。
「しかし、そうでもしなければっ!!」
悔しさを滲ませる卜部。
が、そんな3人の会話に突如としてC.C.が割り込んだ。
『お前たちの作る新しい主従関係には興味があるが、済まない。準備が完了してしまった』
「そうか。卜部! お前はライに救われたと言ったな? ならば、あいつの分も生きて見せろ!」
C.C.からの報告を待ち望んで意いたルルーシュは、力強く告げると起爆スイッチを押した。
◇ ◇ ◇ ◇
私立アッシュフォード学園。その地下に機情の監視施設はあった。
そこでは褐色の肌をした女軍人が、先程行った上司への一報の返答を待つ傍ら、両肘を机につけて手を組むとモニター越しに今しがた倒壊したバベルタワーを注視している。
その一室に通信を知らせる音が鳴ると、発信者を確認した彼女の部下が緊張した面持ちでその名を告げた。
「ヴィレッタ卿!! カリグラ卿より通信です」
「出せ」
ヴィレッタと呼ばれた女軍人は、そう短く指示を飛ばすと椅子より立ち上がる。
程なくして、モニターには銀色の仮面が映し出された。
『ドウシタ? 現在ノ状況ハ此方デモ確認シテイルゾ?』
銀色の仮面、カリグラは部下を労う事もせず単刀直入に用件を告げた。
『マァ良イイダロウ。報告シロ』
しかし、その態度に周囲の部下達は既に慣れていた為何も言う事は無い。
それはヴィレッタも同じ事。
彼女は特に気にした様子も見せる事無く答える。
「はい、現在カルタゴ隊とは通信が途絶しています。ロロについても同様です」
『"アノ者"ノ事ハ良イ。時ニ"カルタゴ隊"ガ通信途絶ト言ッタナ?』
カリグラが問い掛けた時、冷え切った何かがモニターより伝わって来るのを感じたヴィレッタはやや萎縮した。
「は、はい」
『ソウカ』
そう言って珍しく軽く息を吐くと、やや落胆したかのような雰囲気を見せたカリグラに対して、部隊の壊滅を嘆いているのかと解釈したヴィレッタは静かに否定する。
「まだ、そうと決まった訳ではありません」
事実だった。
通信が途絶しているのもタワー崩壊の際に混線しているからだという可能性もあったからだ。
だが、ヴィレッタは思い違いをしていた。
カリグラは落胆などしていなければ、部隊の壊滅を嘆いてもいなかったのだから。
『命ヲ掛ケテモ成果無シトハナ。随分ト軽イ命ダッタヨウダ』
「それは余りにも!!」
吐き捨てるかのように告げられたその言葉に耐え切れなくなったのか。
隊員の一人があろうことかそう言ってカリグラの言葉を咎めようとした。
だが、それさえも心に響かないのか。カリグラは平然とした態度で返す。
『事実ヲ言ッタマデダ。賭ケ事ノ"チップ"ニモ為ラン命ナド、冥府ノ底ニクレテヤル』
遂に我慢出来なくなった隊員は、身を乗り出すとカリグラに食って掛かろうとする。
が、咄嗟にヴィレッタに肩を掴まれた事で何とか留まった。
そして、ヴィレッタは部下が耐えた事に内心胸を撫で下ろしながらも努めて冷静に指示を請う。
「この後は如何致しますか?」
『ソウダナ。"アノ者"ガ付イテイレバ問題ハ無イダロウガ、念ノ為ダ。現場ニ出向キ"ルルーシュ"ノ生死モ含メテ状況ヲ確認シロ』
カリグラがそこまで告げた時、銀色の仮面を映し出していたモニターの隣に突如として漆黒の仮面が映し出された。
そして、その仮面を被った者は開口一番雄々しく告げた。帝国にとって忌むべきその名を。
『私は……ゼロ!!』
「「「「なっ!?」」」
瞬間、その場に居た誰もが唖然とした。だが、ゼロを名乗った漆黒の仮面は尚も語り続ける。
すると、たった一人動じる事無くその名乗りを聞いていたカリグラは、未だ唖然とした様子で聞き入っている部下に対して指示を飛ばす。
『発信元ヲ探レ』
「「「Yes, My Lord!」」」
カリグラの指示の元、我に返った隊員達はコンソールパネルに指を走らせる。
だが、その間にもゼロの演説は続く。
そうして、合衆国日本の建国を再び宣言したまさにその時。
世界中を駆け巡ったそれは、エリア11より遠く離れたユーロピアの大地。
そこに居る
「テロリスト風情が、国を創るだと?」
ヴィレッタが憎々し気に吐き捨てると、同時にトレースを終えた隊員が報告する。発信元は中華連邦大使館だと。
「ふざけるな! どうやってそんな所から!?」
有り得ない場所から発信されている事にヴィレッタは声を荒げるが、カリグラは瞬時に全てを理解していた。
『……ソウイウ事カ』
短く呟いた後、カリグラは尚も続くゼロの
このゼロが本物かどうかまではカリグラも現時点では分かってはいない。
しかし、カラレスの殺害とバベルタワーを道に見立てての脱出劇。それらを同時にやってのけたその手腕。
その鮮やかとも言える手際の良さは、カリグラに報告書の中に記載されていた嘗てのゼロの姿を彷彿とさせた。
ならばこそ、現時点でこのゼロはルルーシュ以外には有り得ないと結論付ける事も可能であったが、次の部下の一言でそれは保留となる。
「ヴィレッタ隊長。学園内の監視員より対象が戻ったとの報告が」
その報せにカリグラは耳を疑った。
だが、敢えて言葉にする事はせずに部下の会話に耳を傾ける。
すると、それはヴィレッタも同様であったようで慌てた様子で問い正した。
「何だと!? ロロからの報告はどうした?」
「いえ、あの……ロロは確認出来ていません」
付いているべき筈のロロが居ないという報告にヴィレッタは思わず首を傾げたが、それはカリグラも同じ事。
だが、彼はヴィレッタに深く考える猶予を与える事は無かった。
『ヴィレッタ。直ニ"ルルーシュ"ノ元ヘ向カエ。詳細ハ次ノ定時報告ノ際二聞ク』
彼は最後にそう告げると、彼女からの応答の言葉を待たずに一方的に通信を切った。
◇ ◇ ◇ ◇
通信を切ったカリグラは再びモニターを見やるが、既にそこに漆黒の仮面の姿は無い。
だが、未だに見えているかのようにそこから視線を逸らそうとしなかった。
ややあって、すぐ傍に居た者が声を掛ける。
「ねぇ? 何だか君が嬉しそうに見えるのは僕の気のせいかな?」
だが、カリグラが言葉を発する事は無かった。
彼は無言のまま、徐に銀色の仮面に手を掛ける。
短い圧縮空気の抜ける音と共にゆっくりとした動作で仮面を外してゆく。
その下から現れたのは銀色の仮面よりもややくすんだ灰銀色の髪と、白磁器の様に白い肌に端正な顔立ち。
しかし、そこにあったのは愉悦と狂気を綯交ぜにした光を宿した蒼い双眸。
「面白くなりそうだ」
今回はこれで以上です。
卜部生存√入りましたが、もともと昔、某掲示板に投下していた時からどう使おうか悩みながら生存させたのですが、未だに悩んでいたりして・・・。
しかし、難産でした。
ルルーシュの記憶の設定をどうしようか。欧州での一件をなぜ思い出せなかったのかとのご指摘が来る前に強引に改変しています。理由はちゃんと考えたつもりです。
この後の話の何処かで入れる予定ですのでご容赦を。
次回はTURN 02 ~逆襲の処刑台(前編)~
と言いたいところですが、間幕としてピクチャードラマよろしくTURN 01.52 ~英雄と亡霊~ をお送りします。
亡国のアキトと双貌のオズ。両者が出ます。マリーベルの扱いはちょっとファンの方からすればよろしくないですが、乏しめる意図は全くございません。話の流れでそうしなければならなかったので、ご理解下さい。
相変わらず好き勝手やってますが、今後ともよろしくお願いします。