コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

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今話は、ゼロ復活に伴うお話です。

御読みになる前の注意点ですが、
マリーベルがお好きな方、扱いがあまりよろしくありません。
ご注意下さい。

アキト×レイラが苦手な方はご注意下さい。

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以下、修正しています。
※危機感の下りの文章の見直し。
本国ブリタニアの位置を島の南東→南西
それに伴いドゥムノニアの位置を最西→最東
レイラとアキトの候補者考察の会話の修正


TURN 01.52 ~ 英雄と亡霊達 ~

 エリア24(ツーフォー)の中心地たる政庁。

 その長大な廊下を肩で風を切りながら、我が物顔で闊歩するのは黒ずくめの集団。

 それを押さえようと、挟み込む形で並走するのは二人の青年騎士。 

 

 「お待ち下さい! 幾ら勅使の方々とはいえ、余りにも横暴ではありませんか!」 

 「我々がお呼び致します。ですから、どうか――」

 

 線の細い優男といった風貌を持つレオンハルト・シュタイナーが叫ぶもまるで眼中に無いのか、全くの無反応。

 次に大柄な体格に左顎からその頬にまで至る傷を持つも、その厳めしさとは対照的に普段は温和でマイペースな性格である筈のティンク・ロックハートまでもが両手を広げて押し止めようと試みる。

 しかし、集団は止まらない。

 左右に分かたれたかと思うとティンクの両脇をすり抜け、再び一個に纏まると歩み続ける。

 やがて、行き止まりにある扉。

 それに向かい合う形で背中を向けて仁王立ちしている青年の元まで至った集団は、ようやっとその足を止めると同時に、その中から一人の男が歩み出た。

 

 「マリーベル皇女殿下はその奥か?」 

 

 集団の頭目と(おぼ)しき男の問いに、この時初めて反応を示した青年は肩越しに振り向く。

 

 「騒々しいな」

 「済まない」

 「お引き留めようとしたんだけれど……」

 

 同僚二人からの謝罪と陳謝を受けた青年は、そこでやっと振り返る。

 その青年、金色の稲穂のような髪を持ち仮面で目元を隠すと、ごく最近になってその地位を拝命した筆頭騎士のライアーは、抜き身の刀身と見紛(みまが)わんばかりの気配を滾らせる。

 そうして彼は腕を組むと最後の砦よろしく一歩も引かぬ態度で臨んだ。

 

 「皇女殿下は礼拝の最中だ。要件なら後にしろ」

 

 肩を並べるように立つ同僚二人も、それが自分達に向けられたものでは無い事は十二分に理解していたものの、僅かに緊張の面持ちを浮かべると剣呑な瞳で集団を牽制する。

 しかし、対峙する男を筆頭とした彼等には微塵の動揺も表れない。

 傍目には驚嘆に値する胆力の持ち主達だと映るだろう。

 事実、皇帝の使いを名乗った男達のその宗教めいた出で立ちから、命の遣り取りに疎い者としてやや下に見ていた二人が己の認識不足を恥じる一方で、ライアーもその身に纏う警戒の色を濃くしたのだから。

 だが、実際は違う。

 何の事はない。事実を知る者がいれば、ただ御愁傷様と集団を憐れむだろう。

 男達は一年近くライアー以上の覇気を持つ存在から、平時に於いても幾度となくそれを浴びせられていたが為に、危機意識が麻痺してしまっていたのだから。

 

 「番犬が()えるな。其処を退け」

 

 己の警告を異に介さないどころか、その態度を改めようともせず。

 口を開くと一層の侮蔑の言葉を響かせる男。

 対するライアーも一切躊躇せず、その腰に下げたホルスターに手を掛けると、次の瞬間、速打ちよろしくその銃口を差し向けた。

 

 「(くど)い! 何人(なんびと)たりとも此処から先へは通さん! 大人しく待つか出直すか。さぁ、選べっ!」

 「貴様ァッ! 我々は勅使だぞ!」

 

 咎める口調とは裏腹に、流石にその対応には危機感を抱いたのか。

 男達は一斉にたじろぎ身構える。

 同時に張り詰めた空気が辺りに漂うが、そこまで。血の雨が降る事態には至らなかった。

 両者にとって幸運だった事が二つ有る。

 一つ。

 ライアーが仮面で素顔を隠していた事から、嘗て嚮団から脱走した子供達のうちの一人、オルフェウス・ジヴォンだという事が男達には分からず、また、彼等の主、V.V.も今後の計画のため敢えてそれを語らなかった事。

 一つ。

 ライアーは先の闘い(龍門石窟)に於いて死の間際に最後の力を振り絞ったトトから彼女の持つ忘却のギアス。

 それを幼少の頃に引き離された為にお互いの素性と立場を知る事無く、今や敵として対立していた妹、オルドリン・ジヴォン共々受けた結果、お互いに記憶を無くした所を彼はマリーベルに拾われ、以降の事しか覚えていなかった事だろうか。

 もし、両者の内のどちらか一方でもそれを知っていれば、この場で惨劇が幕を上げるのは必然であっただろうから。

 余談ではあるが、ライアーの前任としてそれまで筆頭騎士の地位に居た者こそ妹のオルドリンであり、今は兄と同じくそれまでの記憶を失い、一学生としてこのエリア24で暮らしていたりする。

 

 「分かった。銃口を下ろせ。礼拝が終わるまでこの場で待たせてもらう」

 

 自分達の主の命令は絶対であるが為、尻尾を撒いて引き下がるという事を選択出来る筈もない。

 不承不承といった様子で、やや態度を軟化させた男は一歩後退るとその時を待った。

 

――――――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ TURN 01.52 英雄と亡霊達 ~

 

――――――――――――――――――――

 

 扉の向こうで繰り広げられる喧騒が僅かに漏れ聞こえてくるも、決して振り向く事無く。

 部屋の中では波打つ桃色の髪を持つ女性、マリーベル・メル・ブリタニアが片膝を付き頭を垂れ胸元で両掌を組むと、瞳を閉じて真摯な面持ちで祈りを捧げていた。

 そんな彼女の前方上部の壁には、正三角形に配置された三つの旗が掲げられている。

 頂点に君臨するのは、(エスカッシャン)の上に金獅子と蛇が絡み合う意匠(チャージ)を持つ彼女の祖国でもある神聖ブリタニア帝国の国章旗。

 その向かって左下には、マントをまるで翼のように華麗に広げ、鋼鉄の箒に乗った魔女が剣を構える姿(チャージ)をあしらった、彼女が心血を注いで結成し、昨今、エリア24総督に任じられると同時に構成メンバーを新たにした大グリンダ騎士団。その真紅の騎士団旗。

 だが、最後の旗は同列に並ぶそれと見比べると華やかさの欠片も無いどころか、些か古めかしい印象を見るものに抱かせるだろう。

 大海を彷彿とさせる蒼に染め上げられたフィールド(布地)に、天より降り注ぐ雷を模した無数の金地線が地を穿つ。

 その大地は鮮血の赤に染まり、そこには剣や槍、はたまた斧や矢といった具合に、今では使われる事が少なくなった多種多様な武器が、まるで草花のようにその刃を大地に食い込ませる形で乱立している。

 そんな意匠の中心にあるのは、王冠が除かれた国章と同形の盾。

 しかし、その上に描かれ、まるでそれら全てを従えるかのようにその存在を誇示するのは、獅子とは違う灰色の体躯。その左側面を晒しつつ、天に向かって高らかに吠える一頭の狼の姿。

 紋章に精通した者が見れば、一笑の元に紋章学から著しく逸脱しているとして紋章記述(ブレイゾン)を放棄するだろうが、それは無理も無い事。

 今日の紋章の構成要素。

 その基本原則が確立されたのは、これが猛威を振るった時代よりも遥か(のち)の事なのだから。

 

 年代記曰く、皇祖アルウィン一世の下知の元、当初は守勢の地として。

 島の南西に位置する本国ブリタニアを護るための絶対防衛地として、その最東の辺境地に定められると、それから数えて数百年。

 島が七王国時代と呼ばれる戦乱期に突入しても、近隣諸国の度重なる侵攻の矢面に立つとその殆どを跳ね返す。

 なお、前述の通り全てを跳ね除けられた訳では無く、その血みどろの歴史の中では幾度かの失地も経験している。

 だが、その都度奪い返すと高らかに存在を誇示し続けた。

 それだけでも賞賛に値するというのに、ある時を境に状況は一変する。

 これまで愚直に徹してきた守勢から狂ったような大攻勢に転じて以降、この旗が一度でも戦場に翻れば一切の敗北が無いとされた。

 しかし、それだけでは無い。

 遂には一度、島の全てを呑み欲したばかりか欧州大陸さえも貪り尽くしてみせた獅子の先駆け、大狼の旗。

 敵国には拭いきれぬ恐怖と深い怨嗟を植え付け、身内からは畏敬と畏怖。

 それら相反する情念を抱かれると同時に、本国を差し置いて栄華を極めた事から、他の領地の王達からは(ほぞ)を噛む程の激しき嫉妬を受け続けた結果、最後は彼の王と共に炎の中に消えたブリタニア属州ドゥムノニアの紋章旗であった。

 

 今や殆どの人々の記憶より忘れ去られ、この意匠を知る者は神聖ブリタニア帝国とユーロ・ブリタニア。その二ヶ国を足しても片手の内に収まるほど極僅か。

 それを何故、彼女が有しているかと言えば、これは彼女がこれまでの功績を認められエリア24の総督に任じられた就任式典の翌日。

 珍しくもそれを寿(ことほ)いだ彼女の父、皇帝シャルル・ジ・ブリタニアより彼の私室。その部屋の片隅に在りて、今日まで決して陽の目を見る事が無かった代物。

 ただ、その存在だけは小耳に挟んだ事があった彼女は、そこに招かれると皇帝より直接手渡されたが、恐れ多い事として一度は断った。

 しかし、皇帝からは新しきものが有るとの言葉と共に、半ば強引に下賜(かし)された代物でもある。

 因みに、皇帝はそう言いながらも代わりとして飾ったのは朽ちかけた状態の物であり、それを不思議に思った彼女が問うと薄く笑いこう告げたという。

 

 御主に与えたのは複製品。オリジナルが手に入った以上は不要である、と。

 

 それは、遺跡より発掘されたライが眠っていた石棺の上に敷かれていた物であり、クロヴィス暗殺という混乱の渦中に皇帝の要請を受けたV.V.が手駒(プルートーン)を使い密かにライに関する資料の一切合切をバトレーの元から収奪した際に含まれていた物なのだが、そんな事を彼女が知る筈も無い。

 祈りを終えたマリーベルが顔を上げると、血腥く猛々しい意匠のそれがその瞳に飛び込んだ。

 今日のブリタニアの国是、その源となったとも言える王が掲げたそれを無言で見上げ続けるマリーベル。

 彼女は近年、急速にその戦力を拡充しているが、未だ現状に満足しておらず更なる充実を図っている。

 その事は、些か性急過ぎるとして異母兄たるシュナイゼルを筆頭に、他の皇族達からも若干危険視されつつある程。

 しかし、そんな力の渇望者である筈の彼女の瞳には、如何なる感慨も認められない。

 それもその筈。

 彼女には王に対する傾倒は微塵も無いのだ。

 幼き過去、テロにより母親と妹を同時に失った哀しみと、その首謀者を捜索しようともしなかったばかりか、二人を弱者であると切って捨てた父親に対する憤りから抜剣するも、その咎を問われた彼女は一度、皇位継承権を失っている。

 しかし、それでも生来の意思の強さが陰る事は無く、友人として心通わせたオルドリンの支えもあって、再び返り咲いてみせたほど。

 そんな半生を背景(バックボーン)に持つ彼女からしてみれば、今日(こんにち)の己を至らしめているのは他ならぬ自身の努力と実力。

 そして、傍目には可憐な容姿であるものの、その内面に宿したおよそ似つかわしくないまでの鋼の矜持に裏打ちされたものである事に絶対の自負を有していたが為。

 では、何故に彼女は祈りを捧げていたかと言えば、昨今のエリア24(ベンタスゲットー)で抵抗を続けるテロリスト集団【マドリードの星】の掃討作戦中に、突如としてエリア11に現れたテロリズムの権化とも言えるゼロ。その復活。

 それを目の当たりにした彼女は、以前に視察として出向いた未だブラックリベリオンの爪痕が生々しく残るその地で、黒の騎士団の残党を名乗る勢力と、それに呼応した民衆により拉致・監禁されかけた時以来、久しく忘れていた弱き筈の者達をこうも容易く暴力へと(いざな)うテロリズムへの恐怖に再び心を蝕まれた。

 しかし、同時に(きた)るべき闘いが迫る事を予感したのか。

 狂気と炎に彩られたその短くも苛烈な生涯に於いて、只一度の敗北も無かったとされた逸話。

 それに対して張り合ってみせるという意味合いと、テロを撲滅する事を誓った自身の決意を再確認するという意味で久方振りに引っ張り出すと、こうして自身に祈り聞かせていたに過ぎない。

 しかし、それも終わりを告げる。

 扉向こうの喧騒が静まるのと時を同じくして、立ち上がった彼女はドレスの端を優雅に翻し部屋を辞する。

 彼女が扉を潜ったところで、周囲を黒衣の男達が取り囲むと、頭目の男が勅書を手に高らかに宣言した。

 

 「勅命である! マリーベル皇女殿下、御同行願う」

 

 その男達の出で立ちに、本当は誰が己を呼んでいるのか理解したマリーベルは、自身を中心に三方に布陣し周囲を牽制する忠臣達。

 彼等に労いの言葉を送ると同時に自制を促す。

 

 「貴方達の忠節、嬉しく思います。ですが、此度は不要です」

 

 凛とした声色に強い意思を感じた彼等は、流石に肩の力を抜かざるを得なかったが、レオンハルトとティンクは不安げな視線を送る。

 ライアーでさえも、本当に良いのか?とでも言いたげに振り向くとその首を僅かに傾かせる。

 マリーベルはそんな彼等の無言の問いに頷きで答えると、守護を解かせた彼女は次に燃えるような瞳で勅書を持つ男を見据え、たじろがせながらその前まで歩み出ると、それを奪い素早く目を通す。

 

 「分かりました。皇帝陛下の御言葉であると言うのであれば(・・・・・・・)(いなや)などあろう筈も無い事です。案内しなさい」

 

 読み終え顔を上げたマリーベルは、意志の強い瞳と共に有無を言わさぬ口調で命じた。

 その言葉に気付かれている事を察した頭目の男は、目出しの部分に覗く眉を僅かに(ひそ)めるも、次には何事も無かったかのように手を横に薙ぐ。

 それを合図に包囲を解いた集団は一斉に踵を返す。

 対する彼女は忠臣達へ微笑みを送ると胸を張る。

 そうして彼女は歩みを進める。己を待つV.V.の元へ。

 しかし、まだ彼女は知らない。

 この世界に隠された(ことわり)

 ギアスという超常の力の存在を知り、それを与えられた(・・・・)時以上の衝撃。

 彼女にとって更なる恐怖との遭遇が待ち構えているという事を。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 『日本人よ! 私は帰って来た!』

 

 それは最早何度目となるのか。

 旅の一座の所有する荷馬車の中。

 その天井より吊るされた大型スクリーンに映るのは、両腕を雄々しく広げた漆黒の仮面を被る存在、ゼロの姿。

 レイラは腕を組むと直立したまま、微動だにせずその演説を繰り返し見続けている。

 一方、彼女の背後では五人の男女が思い思いの心情を囁き合っていた。

 

 「飽きないよね、ほんと」

 「気になるんだろうね」

 

 椅子に逆向きに座ると背凭れに両腕を乗せ、その上に顎を置く少女、香坂アヤノ。

 それに追従したのは、床に胡座をかくとその周囲を電子機器に囲まれた少年、成瀬ユキヤ。

 

 「やっぱよ、戦場に戻りたいのか?」

 「だとすれば、俺も行く」

 「アキト、抜け駆けは無しだぜ?」

 

 立ったまま腕を組むと唸る青年、佐山リョウに直立不動の姿勢を崩さない日向アキトが決意を語ると、最後にそんな彼の左肩に右手を置いたアシュレイ・アシュラが獰猛な笑みを浮かべる。

 

 「そんなつもりはありません。ですが、少し気になるんです」

 

 映像を静止画にしたレイラは振り返る。

 その瞳には憂いの眼差しがあった。

 悩んでいたのだ。

 時空の管理者が語ったこれから起きると予言した闘いの事と、その先触れのように復活したゼロの容姿が抗える者として挙がった三人の内の一人、黒色の闇を連想させたがため。

 同時に、人類を絶滅させうる可能性を有しているとされる存在として、未だ彼女の中でも答えに行き着けていない例の旗の持ち主の事について。

 

 「ユキヤ。以前にお願いした件ですが」

 「なんだい? 司令」

 「司令は止めて下さい」

 「司令は司令さ。そんな顔で言われたらね」

 

 いつの間にか指揮官の顔に戻っていた事を暗に指摘されたレイラは、気恥ずかしそうに笑うと表情を崩す。

 

 「で? 何さ?」 

 「雷光背負う大狼の旗について。何か分かったでしょうか?」 

 「タイロウってなに?」

 「狼の事だろ?」

 

 二人のやり取りに疑問の声をあげたアヤノに対して、育てられた事があるアシュレイが反応すると、レイラは小さく頷いた。

 

 「それなら丁度、今朝終わったばかりだよ」

 

 そう前置きすると、ユキヤは足元に置いていたキーボードを素早く操作。

 モニターに映るゼロの姿が消えると、代わりとして現れたのは両手で数える程度の色とりどりの紋章旗。

 しかし、予想に反していたのかレイラは思わず呟いた。

 

 「これだけ、ですか?」

 「それでも多いぐらいさ。狼を旗や紋章のモチーフに使うのは珍しいから。現存している貴族で使ってるのはそれぐらい。国に至っては確認出来なかったね」

 「確かに狼ですが、どれも雷光のようなものは背負っていませんね」

 

 レイラは顎に手を当てると思考を回しながら続けて問う。

 

 「過去に存在した国や、既に途絶えてしまった貴族の系譜ではどうでしょうか?」

 「当然調査済みさ。でも、表の範囲で漁った限りじゃ無かったよ」

 「……そうですか」

 

 肩を落とすと落胆の声色を滲ませるレイラは、背後で楽しげに見つめるユキヤの視線に気付けない。

 見かねたアキトが助け船を出した。

 

 「なら、裏には有ったんだな?」

 

 それに対してユキヤは、流石だね、とでも言いたげな笑みを浮かべた。

 

 「まぁね、少し潜ったら有るには有った」

 「有ったのですか!?」 

 

 彼女は瞳を見開くと勢い良く振り返る。

 ニヤリと笑ったユキヤは無言のまま、再度キーボードを叩く。

 そうして映像が切り替わると、映し出されたそれにレイラは視線を奪われた。

 其処には、マリーベルが祈りを捧げていたものと同じ紋章旗が。

 暫しの沈黙の後、レイラは納得した面持ちを浮かべた。

 

 「確かに、雷光を模しているように見えます」

 

 そんな彼女を尻目に、アキトがやや棘の有る口調で見下ろしながら尋ねる。

 

 「ユキヤ、お前はこれを何処から手に入れた?」

 「ちょっとばかりユーロ・ブリタニアの紋章院。そこにある機密データベースに、こんにちは、って感じでね」

 「何処に潜ってるのよ! 滅茶苦茶危ないじゃん!」

 

 アヤノの抗議も何処吹く風。

 いたずらっ子の笑みを浮かべるユキヤ。

 

 「お、おいおい……」

 「なぁ、不味くねぇか?」

 「ごめんなさい。危険な真似をさせてしまって」

 

 リョウとアシュレイは揃って口許を引き攣らせ、レイラが深く謝辞を述べるのを尻目に、唯一この場で全く動じず超然とした態度を崩さないアキトが問う。

 

 「足跡は残していないな?」

 「大丈夫。そんなヘマはしてないよ。それに、貴族の紋章や旗なんかを最も有しているのなんて、今やあの国を除いたら帝国ぐらいなもんだろ? 危険なのは百も承知だよ。でも、お陰でこうして手に入れる事が出来た訳だし。必要経費さ、必要経費」

 

 レイラを不安にさせたのを彼なりに反省したのか。

 大事な事なので二度言いましたとでも言わんばかりに、おどけて見せるユキヤに対して、アヤノが疑問の声を上げる。

 

 「だったら、何で最初からコレを見せなかったの?」

 「古過ぎるんだよね」

 

 人を食ったような笑みのまま、ユキヤはモニターを指し示すと事も無げに告げた。

 

 「コレ、今から千年以上も昔のものだから」

 「千年ッ!?」

 

 一同の驚きを代表して、アヤノが素っ頓狂な声を上げると、それが殊更(ことさら)愉快だったのか。

 笑みを深くしたユキヤは更に語る。

 

 「ついでに言えば、今やコレに代わって獅子の旗が世界の三分の一を支配してるって事かな」

 

 その意味深な発言にはアシュレイが食い付いた。

 

 「やっぱ、帝国とも関係あんだな?」

 「正解。まだブリタニアが島国、今でいうところのイギリスにあった時代、その属州だった領地で使われてたみたいだね。データベースにはそう書かれてた」

 「アシュレイは知っていますか?」

 「こんなの今まで一度も見たこと無ェ」

 

 この中で唯一、ユーロ・ブリタニアに籍を置いていたアシュレイに対してレイラは咄嗟に尋ねるも、問われた彼は皆目見当がつかないといった様子で頭を振った。

 それを認めた彼女は矛先を戻すと、逸る気持ちを抑え切れないのか。矢継ぎ早に問う。

 

 「その領地の名は? 治めていた人物の名前は? 歴代の領主の中で名が知られた人物は居ましたか?」 

 「一人、他の連中が霞んじゃうくらいのビッグネームが居たよ」

 「誰だ?」

 

 ニマニマと笑うユキヤに対して、アキトも急かすように尋ねると、彼は簡潔に爆弾を寄越してみせた。

 

 「ライゼル」

 「おい、今、なんつった?」 

 

 驚きから口元に手を当てるレイラと、瞳を細めるアキトを余所に、唐突にそれまでの浮わついた雰囲気を一変させたアシュレイ。

 彼はアキトの肩に置いた右手を下ろすと剣呑な瞳を浮かべてみせた。

 

 「こいつはブリタニア属州ドゥムノニアの紋章旗さ」

 「あの王が掲げた旗かよっ!!」

 

 次に大声を発したかと思うと、まるで幼子のように瞳を輝かせたアシュレイは足早にスクリーンまで迫る。

 慌てたレイラがその場を譲ると、彼は端から端まで食い入るように見つめ始めた。

 一方、この中で唯一理解に至っていないリョウとアヤノがそんな彼の後ろ姿に怪訝な視線を送る。

 気付いた彼は振り向き様に頬を掻くと照れ臭そうに笑った。

 

 「いや、俺もユーロ・ブリタニア育ちだからよ」

 

 その要領を得ない発言にリョウが食い付く。

 

 「何だよ、分かるように説明しろって」

 「まぁその、何だ。俺は学が無いからよ。スゲェ王サマだったって事以外、詳しくは……」

 

 面目無いといった様子で肩を竦めるその態度に、業を煮やしたリョウが二人に問い掛ける。

 

 「その様子じゃあ、レイラやアキトも知ってるのか?」

 「え、えぇ。ですが、大学で少し習った程度ですし、入隊した後は、ユーロ・ブリタニアの成り立ちや思想を理解する上で何度か見る事があったぐらいで、そこまで重要視してはいませんでした」

 「俺も同じだ。覚えているのは名前と所業ぐらいだ」

 「有名人なの?」

 

 二人揃って思案顔を浮かべるのを不思議に思ったアヤノが小首を傾げると、潜った際にデータベースを流し見たユキヤが補足する。

 

 「嘘みたいな荒唐無稽な逸話が多過ぎるからね。でも、学校行ってれば一度は習うんじゃない?」

 「何それ? 覚えてないんだけど?」

 「真面目に行ってなくて悪かったな」

 

 頭上に疑問符を浮かべるアヤノと、不貞腐れたリョウがそっぽを向いた瞬間、それまで悩み顔でいたアシュレイが唐突に声を上げた。 

 

 「そうだ! シモンなら詳しいぜ!」

 「何でアイツなんだ?」

 「アイツの親父がマニアだったんだよ。ガキの頃から散々教え込まれたらしくてよ。俺も何度か聞いた事があった。ちょっと待ってろ!」

 

 リョウの疑問に堪えるや否や。

 壁際にある荷馬車の窓まで小走りで駆け寄ると、鍵を外して窓を開け顔を覗かせたアシュレイは、視線の先に老婆達に顎で使われ額に汗を流すシモン・メリクールの姿を認めた。

 

 「シモン! ちょっと来い!」 

 

 呼ばれた彼は老婆達に頭を下げて断りを入れると、安堵の吐息を溢し足早にアシュレイの元に向かう。

 荷馬車の扉を潜った彼は、額に浮かんだ汗を拭うと次に朗らかな面持ちを浮かべた。

 

 「お呼びですか? アシュレイ様」

 「ライゼルについて語ってやってくれ」

 「ア、アシュレイ様ッ! その名を口にしては――」

 「構うもんかよ。俺もお前も今やブリタニアの人間じゃねぇんだ」

 

 慌てふためくシモンに向けて、アシュレイは快活に笑った。

 彼は嘗ての(あるじ)、シンとの戦いの後、スマイラスの首級(しゅきゅう)を挙げた功績により、一度はヴェランス大公から直々に男爵位の叙勲を打診されるも、簒奪者とされたシンの元部下と言う事もあり、一部の貴族達がそれに対して声高に反対を表明。

 大公としては敵に合力したとはいえ、主に剣を向けてでも諌めようとしたばかりか、己の短慮から招いた自軍の危機をも救った彼を正当に評価したいと思う反面、本国介入に反発した貴族の中では既に水面下では少なく無い離反者も出ていた事から、これ以上の内部分裂は避けたいとの思いの中で対応に苦慮する事となる。

 そこに追い討ちを掛けるかのように発生した例の壁画と椅子の焼失事件。

 憔悴し切った大公の姿に、思うところがあったのか。

 結果、彼は自らそれを辞するとアキト達の後を追うべく、その軍籍はおろか国籍までをも消去する事を報酬に望みユーロ・ブリタニアを去った。

 部下であったシモン達もそれに続こうとするが、去り際にアシュレイから再三に渡り再考を促され、一度は立ち止まる。

 だが、彼等の意思は固く、結局のところ自らの主と共に生きる道を選択し今に至る。

 シモンにしてみれば、彼の指摘は全くの正論であり抗弁する術を持ち得ないものだった。

 

 「ねぇ? どういう事?」

 

 一方で、常日頃から物静かな雰囲気を崩さないシモンが珍しく取り乱した事を不思議に思ったアヤノが問うと、我に返ったのか。幾分か冷静さを取り戻した彼は姿勢を正す。

 

 「普段、本国の皇族方であってもその名を呼ぶ事は禁止されています。ユーロ・ブリタニアに於いては、ヴェランス大公であっても口にする事は許されていません。それが出来るのは皇帝ただ一人です」

 「へぇ~。偉いんだね、そのライゼルって人」

 「え、偉いとかそういう次元の御方では――」

 「どうでも良いから早く話してくれ。仲間外れにされてるみたいでいい気分じゃねぇんだ」

 「ど、どうでも良い?」

 

 国籍を返上してから一年近く経つとはいえ、長年に渡り教え込まれ染み付いた慣習というものは早々に忘れ去れるものでは無い。

 目を白黒させるシモンに対して、そうは言いつつも瞳に並々ならぬ興味の色を滲ませる二人。

 咳払いをした彼は、宜しいですか?と主に問い掛けた。

 

 「おう、やってくれ。俺も久々に聞きたいしな」

 「分かりました。では、搔い摘まんで王に纏わる逸話とその偉業をお話します」

 

 そう前置きすると滔々(とうとう)と語り始めた。

 ややあって、概ね語り終えたシモンの眼前には、視界の端で喜色満面の笑みを浮かべるアシュレイとは対照的に、先程までの興味の色は何処に行ったのか。

 白けた表情を浮かべるリョウとアヤノの姿があった。

 

 「嘘くさ~い!」

 「全くだ。何だぁ? その、声だけで臣従させるってのはよ」

 「私に言われても困ります。列王記にそう記されているとしか答えようがありません」

 「まぁ、そう言ってやるなって。俺も今じゃ有り得ない逸話だって事ぐらい理解してる」

 

 二人の抗議に幾許(いくばく)か気分を害したのか。

 憮然とした態度で答えるシモンに対してアシュレイがフォローに回るのを余所に、ユキヤは一人、裏付けを取らんとキーボードに指を走らせる。

 しかし、そんな彼等と一線を画すかのように佇むレイラとアキト。二人の表情は芳しくない。

 特に、レイラに至っては完全に血の気が引いていた。

 

 「ですが、アシュレイ様。有り得ないと言えば彼女の力も有り得ませんよ?」

 

 シモンがそう言ってレイラを指差すと、彼女の肩が僅かに震える。

 あの時、自分達の窮地を救ったアシュレイの摩訶不思議な現れ方に、後になって事の顛末を聞いたが未だに納得出来ない彼は、ここぞとばかりに問い正そうとしたのだが、それはリョウとアヤノに咎められる結果となった。

 

 「馬っ鹿野郎! その事はどうでもいいんだよ!」

 「不思議な力を持ってても、レイラはレイラだよっ! それで良いじゃん!」

 「そうそう、結果的にお前等は助かったんだしな」

 「それは、そうですが……」

 

 未だに納得出来てはいない様子ではあったが、己を守る為に二人を宥めたアシュレイの体面を(おもんばか)ったシモンが渋々受け入れると、話題を変えようとアヤノが動いた。

 

 「それにしてもさ。血腥い逸話ばっかりじゃん」

 

 よくそんな王に憧れたよね、と呆れる彼女に対して、弁解するかのようにアシュレイが語る。

 

 「でもよ、王は戦場では常に先陣を切ったんだぜ? 今みたいにナイトメアっつう堅牢な鎧と比べれば、身を守るのは馬鹿らしくなるぐらいに薄い鎧と自分の技量のみでよ。弓矢が降り注ぎ、槍衾(やりぶすま)で待ち構える敵軍に向かって、突撃命令下すと一番最初に突っ込んで行ったんだ。今みたいに司令室で偉そうにふんぞり返ってるだけの貴族サマとは訳が違うじゃねぇか」

 「流石に大陸侵攻の際には、今でいうところの分進合撃に近い戦術を繰り返されたらしく、生涯を通じて全ての戦場で先陣を切られた訳ではないそうですよ?」

 「だとしてもだ。男としちゃあ、憧れるだろ?」 

 「(いくさ)バカ」

 「勇ましいのは認めるけどな」

 「まるでアキトみたいだよね」

 

 アヤノが再度呆れた様子で呟くも、思うところがあったのか。

 不承不承といった様子でリョウが賛意を示すと、最後に調べた情報と齟齬が無い事を確認したユキヤが苦笑した。

 

 「何だよ、つれねぇなぁ」

 

 三者三様の反応にアシュレイが口を尖らす一方で、スクリーンに向き直っていたレイラ。その傍にはいつの間にかアキトの姿が。

 彼女はそれを頼もしく思いながらもある言葉を呟いた。

 

 「神の剣……」

 「失礼ですが、間違われていませんか?」

 

 それを拾ったのはシモンだった。

 振り返った二人に対して、彼は補足を口にする。 

 

 「普段、名を呼ぶ事が禁じられている代わりに、王を呼称する称号はその良し悪しは置いておくとして多岐に渡ります。有名なところでは【英雄】が最も多く使われていますが、貴女がいま間違われた言葉に近いもので私が思い当たるのは一つだけ。【英雄】と比肩する称号【ブリタニアの剣】ですね」

 「ブリタニアの…剣……」

 「はい。お隠れになられた後、その剣を失ったブリタニアはそれまでの権勢を急速に痩せ細らせると、遂には一度歴史から消えたほど。当時に於いても絶対的な力の象徴だったのでしょう。それは、今日の帝国が掲げる国是の礎として脈々と引き継がれています」

 

 それは純然たる事実であった。

 今でも血気盛んな騎士達の間では、我こそがブリタニアの剣と成らんとの合言葉と共に戦場を駆ける者が枚挙に(いとま)がない程であったが、帝国の長い戦史において、一番最初に正式な称号として島の平定を成したライゼルにそれは贈られた。

 

 「ところで、アシュレイ様?」

 「あん? 何だ?」

 「先程から気になっていたのですが、映っているアレは、まさか……」

 

 スクリーンを指し示し、興味の色を瞳から溢れさせる彼に対して、アシュレイは破顔した。

 

 「おぅ! ライゼルの紋章旗だとよ」

 「やはりそうでしたか。しかし、一体何処から? 現代まで伝わっている事なんて私も知りませんでしたが」

 

 首を傾げるシモンに向けて、呆れた面持ちのままアヤノが口を開く。

 

 「ユキヤがユーロ・ブリタニアの機密データから盗んできたの」

 「…………はい?」

 「いやぁ、それほどでもあるかな」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったかのような面持ちを浮かべるシモンを余所に、ユキヤが照れ臭そうに笑うと、場は一転して蜂の巣をつついたかの様な様相を呈する。

 

 「誉めてな~い!」

 「ユキヤ、ちょっとは自重しろ!」

 「いや、良くやったと思うぜ? こんな事でも無いと一生拝む事なんて叶わなかっただろうからよ」

 「そこ、何拝んでんの! 狂人の旗よ、それ!」

 「き、狂人とは何ですかっ!」

 「狂人じゃん! 何もかも焼き尽くして最後は自分も焼いちゃったんでしょ!? 話に救いが無いよ! 独りぼっちの王子様みたいに、ちょっとでもそんなのが有れば良かったのに!」

 「あぁ、貴女はあれがお好きなのですか」

 「悪い?」

 

 暗に、子供が読む童話ですよ? と馬鹿にされたと誤解したアヤノが白眼視を向けるが、シモンはお返しとばかりに柔和な笑みでそれを正す。

 

 「いえ。であれば(なお)の事。悪し様に語られるのは如何なものかと思いますね」

 「何よそれ?」

 「あれのモデルがその王ですよ?」

 「…………私の子供の頃の涙を返せぇ~!」

 

 ギャアギャアと(かしがま)しく言い争いを続ける彼等。

 しかし、二人はそれが落ち着くまでその環の中に入る事は出来なかった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 「その後、ギアスの調子はどうかな? マリーベル?」

 

 黄昏の間にある神殿。その階段の中階層。

 そこを我が物顔で独占するV.V. から告げられた言葉に、階段下では黒ずくめの集団に逃げ場を塞ぐかのような形で背後を押さえられたマリーベル。

 彼女はギアスの紋章を宿した左目と共に眼光鋭くV.V.を睨み上げる。

 

 「本題をお願いします。暇ではありませんので」

 「ゼロが復活したよね?」

 

 お返しとばかりに三日月を浮かべたV.V.は嗜虐的に笑う。

 マリーベルの表情が僅かに強張ると、彼はその笑みを深めてゆく。

 

 「怖いだろう? 恐ろしいだろう? 君は骨身に染みて知っているものね、テロリズムの恐怖を。武力を得た今でも落ち着かない筈さ。幼少期のトラウマというものは、そう簡単に克服出来るものじゃないからね」

 

 それを植え付けた張本人であると言うのに、V.V.はまるで他人事のように振る舞う。

 

 「だから考えたんだよ。そして思い付いたんだ。テロという恐怖から君を解放してあげるには、それ以上の恐怖で上書きしてあげればいいんじゃないかって」

 「それが、貴方という存在とギアスという訳ですか? 御生憎様ですね。ギアスについては有効に活用──」

 「君に紹介したい人が居るんだよ」

 「どういう事ですか?」

 

 穏当でないやり取りから、一転して人物紹介の話にシフトした事に肩透かしを受けた彼女は思わずそれまでの剣呑な表情を崩した。

 

 「まぁ、本音で言えば君に勝手に動かれて彼の機嫌を損ねないよう、釘を差すためなんだけどね」

 

 既に本国の親類縁者から危険視されつつある事を理解していたマリーベルは、V.V.の言葉の裏に己以外でギアスユーザーの可能性がある、と警戒していた皇帝やシュナイゼルが絡んでいるのかと、探るかのような視線を向ける。

 

 「貴方が配慮を怠れないような人物が居ると?」

 

 だが、その疑念を口にした瞬間、唐突に彼女の背後から光が差し込むと、V.V.の瞳が喜悦に染まる。その幼い顔立ちに浮かぶは邪悪な三日月。

 

 「さぁ、来たよ。最狂にして最恐な彼が」

 

 咄嗟に振り返ったマリーベルであったが、溢れ出る光の奔流。その余りの眩しさに思わず瞼を閉じる。

 そんな折、突如として声が響いた。

 

 「不必要な念話は止めろと言った筈だぞ? V.V.」

 

 それに導かれるかのようにマリーベルは瞼を開く。

 何時の間にか光は消え失せ、彼女の瞳に映ったのは道を譲ると左右に分かたれ頭を垂れる黒ずくめの集団と、そんな彼等を従えるかのように右腰に手を当てると顔を(しか)めるライの姿。

 が、本国で行われた皇族顔合わせの場に招かれていなかった彼女からしてみれば、当然の事ながら誰だか分かる筈も無い。

 しかし、この場に現れただけでは無く、己が最も警戒するギアスの導き手たるV.V.を前にしても泰然自若とした態度を崩さない事から、只者では無いとの認識の元、彼女は警戒ラインを一気に押し上げると果断なくライを睨み付ける。

 だが、対する彼はまるで興味が無いのか。

 マリーベルを一瞥したライは、彼女の脇を無視して通り過ぎる。

 そうして己を見下ろすV.V.の元まで階段を昇り、その袂まで至ると凍えるような瞳で彼を見下ろした。

 

 「あの女は何だ?」

 「新しいギアスユーザーさ。紹介しておくよ。皇位継承権第88位にして、昨年、若干17歳の若さでエリア24の総督に就任したマリーベル・メル・ブリタニア」

 「あぁ、例の英雄皇女か」

 

 少しばかり興味が沸いたのか。

 ライは思い出したかのように呟くと、ようやっと彼女を見定める。

 拮抗する二人の視線。

 

 「貴方は誰? 身形(みなり)からして、貴族のようですが……」

 

 マリーベルが疑念を口にするも、ライは口許を怪しく歪ませるのみ。

 代わりに答えたのはV.V.だった。

 

 「彼も皇族だよ」

 「記憶に在りません」

 「だろうね。皇籍を与えられて間もないから」

 「馬鹿を言うな。望んでもいないものをお前達が勝手に寄越しただけではないか」

 

 ライが抗議の声を上げるも、V.V.は颯爽と聞き流す。

 

 「因みに、継承権は無いから安心して」

 「継承権が無い?」

 

 彼女は思わず反芻した。

 皇族であれば産まれた瞬間から与えられて(しか)()きもの。

 一度は失うも再び附与された彼女にしてみれば、それは俄には信じられない話だった。

 

 「お名前は?」 

 「下女に名乗る名前は無いな」

 

 柳眉を逆立てるマリーベルに向けて、鼻を鳴らしたライは蔑むかのような視線に切り替える。

 

 「V.V.にこうして見下ろされるのを良しとしている時点で、貴様の気位など程度が知れる」 

 「気を付けた方が良いよ。彼も君と同じギアスユーザーだから」

 「やはり……」

 「どういうつもりだ? V.V.」

 

 ライの辛辣な言葉に苦笑するも、彼を睨み付ける彼女の瞳にギアスの紋章が浮かぶのを認めたV.V.。

 彼は若干の怒気を孕んだライからの言葉をまるで無視して語り続ける。

 

 「彼の名前は、ライ・S・ブリタニア」

 「その名でしたら聞き覚えがあります。そう、貴方がオデュッセウス兄様が仰っていた――」

 「でも、それは仮の名前」

 「……仮の名前?」

 

 一瞬、困惑の色を覗かせた彼女の瞳は次の瞬間、盛大に見開かれる事となる。

 

 「本当の名前はライゼル。ライゼル・S・ブリタニア。君の遠い遠いご先祖様さ」

 

 息を呑む彼女に、こっちの方が有名だよね、とV.V.は嗤う。

 

 「……有り……得ません」

 「マリーベル。君はギアスという超常の力を知ったばかりか、それを宿してさえいる。それでも有り得ないって?」

 

 そう前置きしたV.V.は、沈黙するマリーベルと顳顬(こめかみ)に青筋を浮かべるライに向けて、事も無げに両者の秘事を開帳し続ける。

 

 「君のギアス。絶対服従は強力だけど、発動に手順が必要だから難点が残るよね。でも、彼のギアスにはそんなもの無いから即効性では上だよ? 殺傷力に至っては比較するのも烏滸がましいぐらいさ。下手に仕掛けない方が身の為だよ?」

 「声、ですね」

 「優秀だね」

 

 破顔するV.V.と、己の秘密をこうも朗々と語る事にライの眉が遂に危険な角度に迫るのを余所に、マリーベルは語る。

 

 「逸話を元に考えれば容易に辿り着けます。種を明かせば簡単なものです。声さえ聞かなければ良いだけなのですから」

 「それがどれだけ難しい事か分かってるくせに。そうそう、まだ使われてはいないから安心していいよ」

 

 V.V.が嗤うと、遂に苛立ちが頂点に達したライが動く。

 

 「で? 私の素性を下女如きに語ったからには、何かしらの理由があるのだろうな?」

 「彼女はテロリズムを憎んでいるんだよ」

 

 ね? と首を傾げるV.V.と、侮蔑の様相を崩さないライ。

 二人に向けて再び射貫かんばかりの視線を向けるマリーベルに対して、その一言だけで全てを理解したライはそれまでの不機嫌さを消し去ると、この時、初めて眼光を光らせる。

 

 「成る程。私の獲物(ゼロ)に勝手気儘に噛み付く可能性があるという訳か」

 

 再び視線がぶつかるも、先程とは異なり拮抗する余地すら与えられず、彼女のそれは一瞬で押し切られる形となった。

 戦慄が体を突き抜ける。

 殺意を向けられたマリーベルは、同時に己の背骨が全て氷柱にすげ替えられたかのような錯覚を味わう。

 何処までも真っ直ぐな混じり気なしの殺意というものにこの時、産まれて始めて全身を貫かれた彼女は理解が追い付かない。

 それもその筈。

 そこには敵意や憎しみといった、(およ)そこれまで彼女が敵から受けてきた殺意に含まれた情念といったものが微塵も無かったからだ。

 何処までも純粋に。

 砂粒一つのそれも無く、ただ息をするかのように。

 平然とそれを向ける事が出来る存在、ライゼル・S・ブリタニア。

 その有り様を前に、絶対の自負を誇った筈の彼女の鋼の矜持までもが恐怖に錆び付いてゆく。

 それに抗う術を用意出来ない彼女は奥歯を鳴らしつつ、ただ耐え考える事しか出来ない。

 一体、どのような境遇に身を置けば、人間はここまで純粋な殺意を向ける事が出来るようになるのか、と。

 一方、彼女の瞳から先程までの苛烈な意思を宿した光が消えた事を認めたライは、薄く笑ったかと思うと次には床を蹴っていた。

 そして、階段を一足飛びに越えてマリーベルの眼前に着地した彼は、悠然と立ち上がると今度は嗤った。

 

 「そこを退くがいい」

 

 有無を言わさぬ口振りに、言の葉でも押し負けた彼女は視線を床に向けると道を譲った。

 しかし、その態度にライは瞳を僅かに細める。

 

 「恐らく、最早二度と会う事は無いだろうな。拝謁の栄に浴せた事を誇りにでも思え。マリーベル皇女殿下(・・・・・・・・・)

 

 この時、彼女はライの興味対象から外れた。

 だが、彼が通り過ぎた所で彼女は振り返ると顔を上げる。

 

 「……貴方が、本当に……」

 「口外無用だ。そして心に留めておけ。お前がそれを守るという事は、同時に私の誓いを守る事にも繋がると言う事を」

 「……貴方の誓い?」

 「二度と欧州の地を踏む事は無いと、私が自らに課した誓約だ。しかし、もしお前が破れば……その時はお前の持つ全てを奪いに行く事になる。良いか? 私に誓いを破らせるな」

 「珍しいね。ギアスを使わないの?」

 

 そのやり取りを階段に腰掛け、両膝の上に両肘を乗せ両手で顔を支えて眺めていたV.V.が疑問の言葉を口にすると、振り返ったライの顔は表情が抜け落ちていた。

 

 「コレは私に言われるがまま道を譲った。奴隷皇女(・・・・)如きに使う価値は無い」

 

 不名誉極まりない新たな呼び名を与えられても、恐怖に蝕まれた彼女は抗弁する事が出来ない。

 一方、立ちはだかればそれはそれで彼女にとって悲惨な事になっていただろう、と容易に推察したV.V.は思わず苦笑した。

 

 「エリア24のレジスタンスとでも遊んでいろ。アレは私の獲物だ」

 

 最後に、分かったな?との一言と共に、マリーベルは至近距離から再びあの殺意を向けられる。

 今度は全身に鋭利な刃を突き立てられたかのような錯覚に陥った彼女は微動だに出来ない。

 その態度と瞳に浮かぶ恐怖の色から手応えを得たライは今度こそ踵を返す。

 そうして、黒衣の男達が再び頭を垂れるのを他所にその場から立ち去っていった。

 ライが光の向こうに消えると、その場に足元から崩れ落ちた彼女に向けて声が降り注ぐ。

 

 「どうだった?」 

 

 愉快げに尋ねるV.V.に対して、未だに立ち上がる事が出来ない彼女は上半身のみを振り返らせると再び睨み上げる。

 

 「アレは……アレは何ですか! あんなものまで甦らせて、貴方は何をしようとしているのっ!?」

 「神を殺すためさ」

 

 壮絶な笑みの元、V.V.は顔面を蒼白にした彼女に向けて諭すかのように語る。

 

 「これで君は知った。この世界にはテロよりも恐ろしい存在が居るって事を。どう? 君の心に染み付いたテロリズムへの恐怖は薄れたかな?」

 

 薄れたどころの話では無いのだが、錆び付いたとは言え彼女の鋼の矜持は弱音を吐く事を拒絶した。

 しかし、反発の言葉を発する事までは出来ないようで。

 血色を失った唇を固く結ぶと、悔しげに顔を歪める事しか出来ない彼女に向けて、予想以上の効果があったと認めたV.V.は駄目押しとばかりに動く。

 

 「テロリストを殺したいなら幾らでも殺せばいい。でも、ゼロだけは駄目。マリーベル、これは優しい僕からの忠告さ。言い付けが守れなかったら、彼は本当に現れるよ? 君から今度こそ(・・・・)全てを奪う為に」

 

 その際の君の顔を見てみたいとも思うけどね、と微笑んでみせるV.V.に対して、彼女はただ見上げ続ける事しか出来なかった。

 

 だが、この出会いが彼女、マリーベル・メル・ブリタニアの在り様を変える一因になったのは事実。

 暫く後の事であるが、闇夜に紛れてマドリードの星が政庁を襲撃した際、数多のレジスタンスから怨嗟の言葉を浴びせられ、ナイトメアからは至近距離で大口径の銃口を向けられても、彼女の心には恐怖どころか一切の漣すら起きる事なく、むしろその逆。

 稚児が見せる怒り程度のものとしか感じられなかったマリーベルは平然とそれを受け止めたばかりか、まるで花に触れるかのように銃口にその手を添えて見せると、次には哀れみの言葉と共に自身のギアスの支配下に置いた部隊を使い、躊躇無く彼等を殲滅してみせたのだから。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 処変わって此処はユーロピア。

 満月の光が差し込む森の中で、倒木に腰を下ろした二人の男女が肩を寄せ合っている。

 

 「レイラ?」

 

 昼間の荷馬車での一件以来、夕食時にも口数が少なかった彼女の態度が気になったアキトが問うと、彼女は伏せた顔を上げ彼の青い瞳を見つめた。

 

 「アキトも信じられない? 私には彼女が嘘を言うとは思えないの」

 「いや、レイラが信じるなら、俺もその女の言葉を信じる」

 

 やや離れた森ので出口で、仲間達の宴に興じる賑やかな声が聞こえてくる。

 アキトのアルカイク・スマイルを目にしたレイラも静かに微笑む。

 初めて身体を重ねたその日の夜に、レイラはアキトに語っていた。

 幼き頃、森の魔女から与えられた自身に宿る(ギアスの欠片)の事と、悲しい定めを背負わされた巫女達と協力関係にあった自らを人間の意識の集合体と名乗った彼女(時空の管理者)の事。

 そして、その彼女の創造主であり対立関係にある神と、彼女をして滅ぼす事が叶わなかったと言わしめさせた神の剣と称される存在。

 それに抗う事が可能とされた人物達と、唯一、言葉を届ける事が出来るとされる存在の事を。

 それは、あの場では決して語る事など出来ない事柄。

 

 「彼女はこうも言っていたの。間もなくこの地に私達を傷付ける存在が再び足を踏み入れる、と。間も無くというのが何時(いつ)の事なのか分からない。彼女の時間軸は私達とは違うのかもしれないから。正にあの時の事だったのか、これからの事を指しているのか。ただ、収穫はあったわ。再びと言うからには、一度はこの地を踏んだ事になるから」

 「ユキヤに感謝だな」

 「本当に」

  

 微苦笑を見せるレイラであったが、彼女の想定は当然の事ながら僅かばかり外れている。

 あの時の彼は自身の宣言を守る為と、大公との約定を果たす為に出向いたに過ぎないのだから。

 

 「ライゼル・S・ブリタニア。遥か昔にこの地に攻め入ると、全てを灰塵に帰した狂気の王。彼女が言っていた神の剣は、きっとその王の事を指しているんだわ」

 

 最後は自領もろとも敵を滅ぼすと、炎の向こうに消えたとの逸話を口にしたアキト。

 

 「彼女が仕掛けたのよ、きっと。でも、それでも討てなかった。その王が、既にこの世界の何処かで動き始めている可能性があるという事。それに、あの逸話……」

 「レイラが言っていたギアス、だな?」

 「えぇ、余りにも危険な力。声だけで人々を意のままに操れるなんて。でも、それだけじゃ無い」

 

 頭を振るレイラをアキトは不思議そうに見つめる。

 

 「彼女は言っていた。まだ完全に目覚めていない。そして、今まで本来の力を一度も使っていないって」

 「そいつが持つ力はギアスだけじゃない?」 

 「分からない。でも、目覚めていない状態なら、まだ勝機はあるのかも。でも、目覚めてしまったとしたら世界は……あの帝国でさえ、世界の三分の一を支配するまでに10年以上、準備期間を含めれば遥かに長い時間を掛けて今に至ってる。いえ、もしかしたら新大陸で帝国として新生(しんせい)した時から。それを……」

 「即位から僅か4年足らずで欧州まで征服した、か」

 

 えぇ、とレイラは頷いた。

 

 「科学技術は日進月歩。戦術も同じ。当時と比べれば容易に制圧する事は叶わない筈。それでも、当時の技術とギアスだけで4年足らずの欧州征服。早過ぎるのよ」

 「それだけ強力なギアスという事なんだろうな」

 「戦場でその声を聞いた敵兵は、全て軍門に下ったと言う逸話が残るくらいは」

 

 警戒感を滲ませる硬質なアキトの声。

 それに努めて平静に返すレイラであったが、その事実は指揮官の立場であった彼女にしてみれば、怖気(おぞけ)を禁じ得ない逸話だった。

 ライゼルにしてみれば、向かってくる敵は敵などでは無く、むしろ徴兵対象程度にしか見えていなかったのではないかという考察から来るものだ。

 しかし、それよりも猶更(なおさら)気になるのは次の事項。

 

 「もし、完全に目覚めたライゼルがギアスと近代兵器。そしてこれまで人類が積み上げてきた戦術と、その秘した力を併せて使ったとしたら」

 

 止めようがないのかも、とレイラは俯いた。

 彼女の懸念は既に一部で現実のものとなっている。

 バトレーによる人体改造により、あらゆる知識を刷り込まれた彼は、その時点で既に彼女と比べても何ら遜色無いまでの軍事知識を有していたのだから。

 なお、あらゆる知識を刷り込まれたとはいえ、チェスに関してのみ、基本ルールを刷り込むに留められていた。

 それは、幼き頃に年下のルルーシュに完膚無きまでに叩きのめされた事でチェスにあまり良い思い出が無いクロヴィスに対して、ライをやがては専任騎士として仕えさせようと画策していたバトレーなりの主君への配慮であったのだが、その基本ルールしか知らないにも関わらず、ルルーシュとの勝負の中で成長し、互角に近い程の棋力を有するに至れるほど、元より怜悧な頭脳の持ち主でもある。

 そればかりか、今も尚、日々進歩を続ける帝国の軍事技術をベアトリスから提供され続けており、現時点において航空戦力を主眼に置いた戦術に関して言えば、彼女を凌駕していると言っても過言では無い。

 ただし、彼にも弱点はある。

 それは、突飛な発想や意表を突いた戦術というものに対しても、己の持つ絶対的な力による粉砕に主眼を置く傾向が強く、ある意味で慢心しているとも言える。

 また、一度決めた事は余程不可能と判断しない限りは、何がなんでも押し通そうとする彼のプライドの高さ。

 彼女が付け入る隙を見出だせるとすれば、目下のところ、そこしか無い。

 

 「黒色の闇。レイラはそれがゼロの事だと?」

 「えぇ。現時点で私が挙げられる候補者は三人。黒色の闇で一人。鮮烈な紅で二人」

 「二人? 理由は?」

 「ゼロの復活は偶然とは思えないの。何よりも、黒色の闇の側に居るとされる鮮烈な紅」

 「紅蓮二式、紅月カレン」

 

 その呟きに静かに頷くレイラ。

 同時にアキトは従軍時代に何度か見る機会があった黒の騎士団の手配写真。それに写っていた姿を脳裏に描く。

 

 「確かに鮮やかな紅髪の女だった……最後の一人は?」

 「……マリーベル・メル・ブリタニア」

 「真紅の戦姫、か……」

 

 昨今、同じ欧州にあってエリア24として帝国の統治下に置かれた旧国名、スペイン。

 アキトは、そこに同じ17歳でありながら総督として着任すると、その苛烈な意思の元、反抗の芽をしらみ潰しに鎮圧して回っている英雄皇女に代わり近年、定着の兆しを見せ始めているその呼び名を口にすると、レイラは同意の首肯を示すも次には否定した。

 

 「けれど、目下のところ彼女の傍には黒色の闇を連想させる人物の姿は見受けられません。あくまでも候補者として、です」

 「ゼロと紅月カレンが本命か」

 「それはまだ時期尚早ですよ? アキト」

 

 早くも目標を定めようとする彼に、レイラは微笑みつつも慎重な姿勢を崩さない。

 流石と言うべきか。

 戦いから離れ微睡みにも似た幸せを謳歌しているとはいえ、彼女の指揮官として培われたその俊英な頭脳は未だ健在である事が幸いしたとも言える。

 

 「彼女は鮮烈な紅だけが言葉を届ける事が出来ると言っていたもの。ある意味、黒色の闇よりも重要な存在よ」

 「マリーベルと紅月カレン。二人はライゼルと何か関係があるのか?」

 

 その問いに、この時、小さな不満が溢れたレイラは沈黙した。

 アキト本人からしてみれば、既に自身が胸に抱いた想いに突き動かされているためであり全く悪気が無いのだが、レイラからすれば、これまでの一連の流れは何処か質問攻めに遭っているかのように思えていたからだ。

 しかし、アキトはそれに気付けない。

 

 「レイラ? どうし――」

 「もうっ! さっきから聞いてばかりですよ。少しは一緒に考えて下さい!」

 「す、済まない」

 「駄目です。許しません」

 

 不貞腐れるとその背を向けたレイラに対して、アキトは困ったなと肩を竦めるも、次に意を決した彼は自身が胸に抱いた想いと共に、背後からその華奢な身体を抱き締めた。

 直前の不穏な空気は霧散し、幸せな時間が二人の間を満たしてゆく。

 最も、二人にとっては思いもしない事であると同時に預かり知らぬ事であろう。

 自分達と同じ恋人であるばかりか、カレンはその将来を誓い合う迄の関係性である事と、まさにこの時、マリーベルもまた関係を持った(存在を知った)という事など。

 彼女を決して苦しませないよう、優しくその両腕に力を込めてアキトは語る。

 

 「何であれ俺の気持ちは変わらない。BRS(ブレインレイドシステム)が無くてもアレクサンダは動かせる。レイラが行きたいと願うなら、俺は何処までも連れて行く。レイラが進むなら、その道を切り開くのは俺の役目だ。その先に何があったとしても、俺は最後まで共に居る」

 

 アキトの先ほどまでの態度、その原因を察したレイラは、その頼もしい言葉も相まって微笑みを浮かべる。

 

 なお、BRSはレイラが管理者から受けた忠告の元に、決戦後にソフィ・ランドル博士と、長い昏睡状態から目覚めた彼女の夫、タケルの二人に別れを告げる際、半ば命令に近い形で懇願した事により、現在は全て取り外されていた。

 最もソフィにしてみれば、自身が技術を提唱し、夫が実験台になりながらも完成に近付きつつあったもの。

 言うなれば、我が子同然の技術である。

 当然の如く、猛烈な反対を表明されたが、何故か(・・・)それをタケルが執り成すことで何とか和解に至っていた。

 

 「ありがとう、アキト」

 

 レイラは胸元にあるアキトの腕にそっと両手を添え、彼の体に撓垂れ掛かるとその青い瞳を仰ぎ見る。

 やがて、どちらとも無く顔を近づけると、二人は口づけを交わした。




亡国サイドは書いていて楽しいなぁ。
久々に甘い話が掛けた! と思う!

シモンのキャラや、アシュレイ達がアキト達と行動を共にしてるのも勝手に設定作ってます。大公閣下は便利キャラ。

レイラとアキトが二人だけで話す際の口調にちょっと自信が無いです。
でも、原作のレイラってアキトにも丁寧語が多かった印象で、それで最初は書いてましたが、原作最終話の砕けた感じと、恋人になっても丁寧語が多いのはそれはそれで違和感があったので……大丈夫ですかね?


という訳で、ゼロ復活に伴う残りの主要になりそうなメンバーの近況報告と、ライくんのフラグ建築話でした。

ただし、本作はタグにもあるとおり、徹頭徹尾ライカレものです。

お間違えの無いよう、ご注意下さい。

御読み下さりありがとございました。

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