コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

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TURN 02 ~ 逆襲の処刑台(前編) ~

 皇帝とライ、二人の声が黄昏の間に響く。

 二人は互いに顔を会わせる事無く言葉を交わしていた。ただ遥か雲海の先より差し込む夕日をその身に受けながら。

 

 「そうか、ゼロが……」

 

 皇帝が独り言のように言葉を零すと、ライは、あぁ、と軽く相槌を打った。

 

 「御主はどう見る?」

 「まだ何とも言えないな。状況証拠がルルーシュを否定している。だが……」

 「申してみよ」

 

 珍しく言葉に詰まるライを尻目に皇帝が僅かに笑みを含んだ声色で告げると、ライは自身の想いを告げた。

 

 「ルルーシュは目覚めた。いや、これは違うな。私は望んでいるのだ。そうであって欲しい、と」

 

 ライはルルーシュが目覚める事を、ゼロの復活を心の片隅で望んでいた。端的に言えば、戦ってみたかったのだ。

 それは、C.C.を捕らえるにあたり最大の障害に成りうる、本来であれば絶対に避けるべき事項である。

 しかし、ライは報告書で知ったゼロの、ルルーシュのカリスマ性。それに惹かれていた。

 欧州では一度(くつわ)を共にするも、己の力のみで立つことを良しとせず、権威を笠に着て尊大に振る舞う姿など見るに耐えないものでしかないばかりか、唾棄すべき姿でしかなかったのだから。

 一方でそれを聞いた皇帝はただ一言、そうか、と告げるのみ。

 暫しの間、沈黙が辺りを支配する。

 やがて、ライは今後の方針を告げた。

 

 「騎士団の残党の件だが、今は総領事館に逃げ込んでいる。なに、直接占拠に乗り出せば炙り出す事は容易い」

 「中華連邦との対立は、現時点では避けよ」

 

 予想だにしていなかったのか、皇帝の言葉にライは僅かに片眉を上げた。

 が、そんなライを余所に皇帝は更に続ける。

 

 「あの国とは、シュナイゼルが話を進めておるのでな」

 「……シュナイゼルか、鼠の親玉だったな」

 

 ライの瞳に鋭さが宿る。

 この一年の間、シュナイゼルは再三に渡り機情に密偵を送り込んでいた。

 正確にはシュナイゼルの命を受けたカノンが送ったのだが、王の力の前ではどれ程優れた密偵であろうとも無力だった。

 

 「煩わしい連中だった。ギアスを使えば駆除は容易かったが……そういえば最近は無くなったな。咎めたのか?」

 「何も言ってはおらぬ。何れにせよ、再び挑んで来た時は好きにせよ」

 

 表向きは宰相という皇帝の右腕たりえる地位を以て、その辣腕振りを発揮しつつも裏では密かに暗躍する。

 シュナイゼルのその姿に、嘗ての王宮に蔓延っていた唾棄すべき存在を思い出したライは心底不愉快そうな顔になる。

 

 「ブリタニアらしいな。いや、王族らしいと言うべきか? 私の居た頃と何も変わらない」

 

 だが、それも一瞬の事。

 直に普段の冷めた表情に戻したライは話題を変える。

 

 「ゼロはどうする?」

 「未だ真偽が定かでないのであれば、今はC.C.捜索を優先せよ」

 「無茶を言ってくれるな。相変わらず何処に居るのか分からないのだが?」

 

 言葉に不快感を滲ませるライに対して、皇帝は助言を与えた。

 

 「C.C.は必ずやゼロの近くに居る」

 

 だが、それを聞いたライは今度こそ顔貌を顰めた。

 

 「そう仮定するなら確率が一番高いのは総領事館になるが、お前は対立を避けろという。無理難題を押し付けるな」

 「出来ぬと申すか?」

 

 皇帝の口元が弧を描く。

 その挑発ともいえる笑みを横目に捉えたライは暫しの間押し黙るも、やがて独り言のように呟いた。

 

 「C.C.はゼロの傍に居る、か。では、ゼロを引き摺り出す方法は任せてもらおうか」

 

 一転して笑いを含んだその口調に、怪訝な表情の皇帝が問い掛ける。

 

 「何を考えておる?」

 「簡単な事だ。今度はゼロが好みそうな餌を使う。だが、お前はどうせ私が指揮を取る事は許さないのだろう? そうなると実際に取る者次第だが、奪われる可能性がある」

 「C.C.が何処に居るか。今はそれだけでも分かれば良い」

 「では、良いのだな?」

 「委細任せる」

 

 最後にライが釘を刺すと、簡潔な答えが返って来た。

 

  「分かった」

 

 ライが満足げな笑みを浮かべてその場を後にしようと踵を返した時、不意に皇帝が呼び止めた。

 

 「これを渡しておく」

 

 そう言って皇帝は外套の下に隠していた二対の武器を取り出した。一方は刀。そしてもう一方は剣。

 ライの瞳が見開かれる。

 

 「お前が持っていたのか」 

 

 彼は些か驚いた様子で答えながらも受け取ると視線を落とす。

 刀は白鞘に収まっており鍔には見事なまでの装飾が施されている。

 もう一方の剣は紅鞘に包まれているが華美な装飾は一切無い。

 対照的なそれらを暫しの間無言で見続けたライは、やがて慣れた手つきで刀を鞘より抜き出した。

 夕日に照らされて目映く輝くその刀身には美しい刃文が浮かび、そこには一切の錆も見受けられない。

 それを認めた皇帝は珍しく感嘆の吐息を溢す。

 

 「見事なものよ」

 

 その言葉にライはまんざらでも無いといった様子で答えた。

 

 「あぁ、母が私に与えてくれたのだ。何でも、母の国で作られた剣…刀と言うらしい」

 「形見、か……」

 

 その問い掛けとも取れる呟きに、ライは僅かに眉を顰めた。

 しかし、それも一瞬の事。

 直ぐに表情を改めると、彼は暫しの間、感慨深げにその刀身を眺めていた。

 そこには普段の鋭さを秘めた瞳は無かった。

 嬉しそうでもあり、しかし何処か悲しみを湛えた横顔。

 それは、年相応とも言える一人の青年の姿だった。

 やがてライは刀を鞘へと収め腰に据えると、次に剣を鞘より引き抜いた。

 その剣の刀身は鞘と同じく血のように紅く、また先程の刀と同じく一切の錆も見受けられない。

 が、造形美は一目瞭然。明らかに刀より劣るものだった。

 

 「何の意匠も感じられぬな」

 

 そう言って笑う皇帝を余所に、ライは特に気分を害した様子無く淡々とした口調で答える。

 

 「剣は所詮人殺しの道具。装飾など無意味だ」

 「ほぅ、では先程の刀はどう説明する?」

 

 その問い掛けに、ライは臆面も無く言い放った。

 

 「あれは宝だ。そもそも、母より頂いた物を敵の血で汚せというのか?」

 「では、その剣は?」

 「これか。これはV.V.からだ」

 「V.V.……」

 

 その言葉を聞いたシャルルの瞳が光る。

 

 「ある日突然現れて、王位に就いた祝いだと言ってこれを寄越した。しかし、見た目とは裏腹に切れ味だけは見事なものだぞ? 他国を攻める際には大層世話になった。どれ程の敵を切り殺そうと刃毀れ一つしないのだからな」

 「そうか、それをV.V.が……」

 

 皇帝が何やら考え込む素振りを見せると、ライは悪戯っぽく笑った。

 

 「何なら試してみるか?」

 「いや、遠慮しておこう」

 

 一切動じる事の無い皇帝。

 ライはつまらなそうな表情を浮かべた。

 

 「(くだん)の件だが、取り急ぎ行動を起こすがよい」

 「言われずともそうさせてもらう」

 

 ライは剣を鞘に仕舞い込むと手にしたまま再び踵を返す。

 

 「これは有り難く貰って行く」

 

 最後に振り返る事なくそう告げると、今度こそ場を後にした。

 ライが立ち去るのを確認すると、一人残った皇帝は独り言のように呟いた。

 

 「聞いていましたか? 兄さん。……ええ、その様に……」

 

 短く言い終わると、皇帝は暫しの間、思慮に耽るかの様に瞳を閉じた。

 

 「……フフフッ」

 

 やがて、我慢出来なくなったのか愉悦を含んだ笑いが口元から溢れると、皇帝はゆっくりと双眸を開く。

 そして、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 「やはり間違いない。あれこそが(まこと)(つるぎ)

 

 皇帝に言わせれば、この世に存在する剣は所詮、人間が作ったもの。偽りの剣でしかない。

 故に、ライの契約者が贈ったあの剣こそ、人が作りし物。本当の意味での剣と言えるからだ。

 真実(本当)の剣。

 それはあらゆるモノを打ち砕く剣。

 神を殺し、世界の嘘を破壊する。

 そのシャルルの望みを叶える上で、必要なモノ。

 ライと同じく無くてはならない鍵の一つ。

 

 「神よ! 待っているがいいっ!」

 

 皇帝は心底嬉しそうな、それでいて残忍な笑みを浮かべると、両手を広げ天に向かって高らかに吼えた。

 

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 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ TURN02 逆襲の処刑台(前編)~

 

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 エリア11、その中心地でもあるトウキョウ租界。 

 その政庁は過日に起きたゼロ復活という事態に、蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。

 

 「中華連邦は何と言ってる!?」

 「沈黙しています。領事の独断の可能性も……」

 「初めから話しがついていたと言うのか?」

 「クソッ!情報が少な過ぎるっ!」

 

 指揮所では兵士達が慌ただしく動き回っている。

 その場所でコーネリアの騎士、ギルバート・G・P・ギルフォードはモニターに映る総領事館を眺めながら呟いた。

 

 「ゼロが甦ったとは……」 

 

 その呟きを聞いたグラストンナイツの一人、クラウディオ・S・ダールトンは他の兄弟を代表するかのように問い掛ける。

 

 「ギルフォード卿、あれは本当にゼロでしょうか? 騙っているだけでは?」

 「あの手際の良さ。それが出来る存在が二人もいるとは思えない。間違いなくゼロだ。私には分かる」

 

 ギルフォードが断定するかのように言い切ると、背後に控えていた他のグラストンナイツの面々は思い思いの言葉を口にする。

 

 「だとしても……」

 「ああ、厄介な場所に逃げ込まれた」

 「袋の鼠だ。父上の仇を――」

 「馬鹿、どうやって誘き出すつもりだ?」

 

 そう、ゼロが逃げ込んだ先は中華連邦総領事館。そこは中華連邦の領地と同位なのだ。

 仮に武力を以て制圧しようものなら外交問題は必死。

 ユーロピア連合が押しに押され弱体化の一途を辿っているとはいえ、未だブリタニアとは砲火を交えている。

 ここで現場の独断で下手に中華連邦を刺激する事は避けねばならなかった。

 

 「頭が痛いな」

 

 思わず眉間に皺を寄せるギルフォード。

 彼自身、ゼロを総領事館から誘き出す手立てが全く思い付けないでいた。

 それ即ち、主であるコーネリアの仇が討てないという事。

 ギルフォードは何も出来ない自分に歯痒さを覚えていた。

 その頃、彼等の直ぐ近くで慌ただしく作業をしていた兵士の一人が、見慣れないチャンネルからの通信を拾った。

 気になった兵士は、報告する前にそれとなく発信元をトレースしてみるも、不明。

 気になりもう一度試すと、それは隣の端末から発信されていた。

 不思議に思った兵士が三度(みたび)試すと今度は帝都から。

 発信元が目粉(めまぐる)しく変わりどこが正しいのか皆目検討がつかない。

 

 「何だ、これ」

 

 その時、同僚の戸惑いに気付いたのか隣に座っていた兵士が問い掛ける。

 

 「どうしたんだ?」

 「いや、見たこと無い周波数から通信が入ってるんだが」

 「どれどれ?……何だ、帝都からじゃないか」

 「いや、さっきはお前の端末からだったんだが……」

 

 そんな兵士達のやり取りに気付いたギルフォードが咎める。

 

 「どうした? 私語は慎め!」

 「も、申し訳ありません! ですが、ギルフォード卿。見慣れない通信が入っております」

 「見慣れない通信? 出してみろ」

 

 ギルフォードが怪訝な表情のまま命じると、暫しの間を置いて彼等の眼前にその者は現れた。

 

 「「「なっ!!」」」

 

 巨大なモニターに映るその姿を見た彼等は、驚きのあまり言葉を失った。

 先程の喧騒さも何処へやら。指揮所が静寂に包まれた時、モニターに映る者が声を発した。

 

 『オ初ニオ目ニ掛カル、ギルバート・G・P・ギルフォード』

 「何だ……お前は……」

 

 それは無知の成せる技と言えた。

 だが、その者はギルフォードを咎める事無く答える。

 

 『私カ? 私ハ"カリグラ"』

 

 その名はその場に居た全員に聞き覚えがあった。

 

 ―― 機密情報局長官カリグラ。それはライのもう一つの顔 ――

 

 しかし、その姿はつい先日甦ったゼロを前にしては不謹慎以外の何物でもない。

 ギルフォードが思わず怒りを孕んだ口調で問う。

 

 「機情の長が、一体何の用ですか?」

 『"ゼロ"ガ現レテ喜ンデイルカト思エバ怒ッテイルノカ』

 

 察したカリグラは肩を揺する。

 だが、それはギルフォードにとってはまるでゼロに笑われているような錯覚を覚えさせるには十分なもの。

 

 「貴卿のその姿が不愉快なのです」

 『私ニ対シテ臆面無ク言ウカ。噂ニ違ワヌ正直者ダナ』

 「一体何の用でしょうか?」

 『ソウ突ッ掛カルナ。コノ姿ハ陛下ノ命ダ』

 

 予想だにしていなかったカリグラの答えに、ギルフォードは思わず眉を顰める。

 同時に彼の後ろに控えるグラストンナイツは訝しむような眼差しでカリグラを見やる。

 が、カリグラの仮面の下、ライはそんな彼等の様子を特に気にした様子も無い。

 

 『ソレヨリモ"ゼロ"ニ対シテ大層思慮シテイル様ダナ?』

 「お心遣い感謝します。ですが、これは我々の問題です」

 『ソレハ違ウナ。帝国ノ問題ダ。ソコデ一ツ、提案ガアルノダガ?』

 「提案、とは?」

 『"ゼロ"ヲ、アソコカラ引キ摺リ出シタクハ無イカ?』

 「方法がある、と?」

 

 ギルフォードの問い掛けにカリグラは無言で返すと、それを肯定と受け取ったギルフォードは更に問う。

 

 「お聞かせ願えますか?」

 『特収ニ居ル囚人共ヲ殺セ』

 

 特収。それは、特別収容施設の事だ。そして、そこに居る囚人達と言えば、彼に思い当たる節など一つしか無い。

 

 「……今、なんと?」

 

 ギルフォードは聞き間違いかと思い反芻した。だが、そうではなかった。

 

 『公衆ノ面前デ、アノ者達ヲ処刑シロ』

 

 返って来た言葉は、明確な使い道。

 俄にざわめき出す指揮所内。 

 しかし、ギルフォードは一人冷静さを失わないでいた。

 

 「ゼロが見捨てる可能性は?」

 『無イナ。"ゼロ"デ無クトモ、指揮官デアレバアノ者達ハ喉カラ手ガ出ル程欲シガルダロウ。ソレニ、仮ニ見捨テタ場合ハソノ地(エリア11)デノ"求心力"ヲ失イ、遠カラズ瓦解スル』

 「しかし、処刑とは……」

 

 ギルフォードは思わず口籠もるが、カリグラはお構いなしに語り続ける。

 

 『何レニシテモ"ゼロ"ガ復活シタ今、アノ者達ノ利用価値ハソノ程度ダ。仮ニ現レナケレバ良イ機会ダ。処分スレバイイ。ダガ……』

 

 そこでカリグラが敢えてひと呼吸置くと、続きが気になった者達は固唾を呑んで待つ。

 指揮所内が再び静寂に包まれる。

 それをモニター越しに認めると、仮面の下でライは内心で嘲笑いながらギルフォードに狙いを定め囁くように告げた。

 

 『"ゼロ"ガ出テクレバ決着ヲ着ケラレルゾ? 主ノ汚名ヲ濯グ又ト無イ機会デハ?』

 

 それは彼にとって甘い誘惑だった。

 ブラックリベリオンにおいて、コーネリアは黒の騎士団を退けた。

 その事に対して、当初、本国の貴族達はコーネリアを手放しで賞賛していた。

 が、彼女はゼロによって手痛い手傷を負う。

 そして、その傷が癒えると同時に雲隠れするや否や、貴族達は掌を返して陰口を叩くようになっていた。

 曰く、戦う事が恐ろしくなった臆病者だ、と。

 彼女の性格を誰よりも知っている彼がそれを聞いて我慢出来る筈も無い。

 しかし、コーネリアが行方を眩ませている事は紛れもない事実である。

 そして、ここに来てのゼロ復活。情報は瞬く間に世界中に広がった。

 今頃本国では一体どんな噂が流れているのか。ギルフォードにとっては想像する事さえも腹立たしい事。

 最も好ましいのは、コーネリア自身が今度こそゼロを討つという事だが、前述の通りそれは叶わない。しかし、騎士はその者の鏡とも言う。

 正に、今この場でゼロを討つ事が出来るのは己しかいないのだ。

 しかし、それでも彼は踏ん切りが着かないでいた。

 一方、ギルフォードの傍で事の成り行きを見守っていたグラストンナイツは違っていた。

 彼等にとっては、父と慕ったダールトンの仇を打てる又と無い機会なのだ。

 まだ若く、血気盛んな彼等にとってこれ以上の言葉は要らなかった。

 しかし、愚直なまでに騎士道に殉ずるギルフォードはあくまでも撥ね除けようとする。

 

 「ですが、やはり不可能です。陛下は今まであの者達の処刑だけはお認めにならなかった」

 

 そう言って撥ね除けようとしたのだが、続けざまに紡がれた言葉は更に甘美なものだった。

 

 『特務総督府ヲ通ジテ、既ニ御裁下ハ得テイル。ダカラコソ、コウシテ提案シテイルノダ。シカシ、決メルノハ貴卿ダ。サテ、ドウスル?』

 

 その言葉を聞いた時、ギルフォードは確かに見た。

 銀色の仮面が怪しく光るのを。

 それがまるで笑っているかのように感じ取れたギルフォードは念を押す。

 

 「誠、でしょうね?」

 『私ガ嘘ヲ言ッテイルト?』

 「その容姿で言われれば、誰でもそう思うと思いますが?」

 

 挑発にも似たその言葉に、仮面の下でライは密かに笑った。

 

 『書面ガ必要ナラ、一両日中ニハ届クダロウ。ソレスラモ疑ウノデアレバ、真偽ノ程ハ貴卿ニ任セル。ダガ、私ガ機情ノ長トシテ話シテイル事ダケハ、心ニ留メテオクガイイ』

 

 その言葉と共に通信が切られると、指揮所内は再びざわめき出す。

 ギルフォードは未だ半信半疑。

 だが、皇帝直属である機密情報局。

 その長が語った言葉ならば事実なのだろうという事は十二分に考えられた。

 機情の長が嘘を吐くという事は、それ即ち皇帝が嘘を吐くという事になる。皇帝の名を汚すような、そんな存在が付ける地位では無いという考えからだ。

 

 「ギルフォード卿!!」

 

 突然背後から呼び掛けられ、我に返ると振り向いたギルフォードが見たのは、決意の眼差しを宿したグラストンナイツの面々。

 その瞳を見ても分かるように、彼等はギルフォードとは打って変わって冷静さを失っていた。余りにも若過ぎたのだ。

 しかし、そんな彼等を見たギルフォードは若さに当てられたのか、自分の心が大きく揺れ動いた事に気付く。

 が、依然としてカリグラより告げられた策は軍人として到底認める事が出来ないもの。

 ギルフォードは、藤堂に対して優れた武人だと一定の評価を下していた。

 そんな彼を戦場では無く、よりにもよって道具として使うのだ。

 それは余りにも卑怯と言う他無い。

 自身が仮にそうされた場合は、一体どれ程の屈辱だろうかと。

 しかし、一方でゼロを誘い出せる可能性が有る事も否めないでいた。

 それでもなお、こんな方法が認められるのか?と、彼の軍人としての尊厳がその甘言を必死に阻もうとする。

 だが、そこで思い留まる。

 ギルフォードは確かに軍人である。しかし、それ以前に彼はコーネリアの騎士。

 そして主の汚名を濯ぐにこれは又と無い機会。

 そう思った瞬間、ギルフォードは生まれて初めて誘惑に負けた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 今後の事をC.C.達に任せたルルーシュは学園に戻っていた。

 しかし、そんな彼を待ち受けていたのはイベント好きで有名な学園の首魁たるミレイ・アッシュフォードの企み。

 それは名目上テロ事件より無事に生還したルルーシュとロロを祝う記念パーティーだった。

 本来なら主賓である筈のルルーシュは、何故かその準備や片付けに追われゆっくりと今後の事を考える暇もなかった。

 そして、やっとの思いでそれらのイベントから解放されたルルーシュは、クラブハウス内の自室で一人ロロについての考察とナナリーの安否について思慮に耽っていた。

 結果として分かった事はそう多くない。

 ナナリーが偽りの弟にすり替わっている事。

 そして、生徒会のメンバーからナナリーの記憶が無くなっている事。

 それらを考慮した結果、導き出された答えはブリタニア皇帝がナナリーを握っている可能性が高いという事だった。

 しかし、そこでルルーシュの脳裏に一つの疑問が浮かんだ。

 

 「ナナリーだけではなく、何故ライの記憶までも?」

 

 そう、生徒会メンバーはナナリーの事だけでは無くライについての記憶までも奪われていたのだ。

 ナナリーに関する記憶を奪った理由について、ルルーシュは直に理解した。

 だが、ライの事まで何故消す必要があったのか。

 当初、ルルーシュにはそれが全く理解出来なかった。

 しかしある仮説を元に考えた時、それは実にあっけなく解消された。

 

 「まさかとは思うが……」

 

 その可能性に気付いた時、ルルーシュの足は自然とある場所へ向けて歩き出していた。

 やがて目的の部屋の前まで来ると、ルルーシュは軽く扉をノックする。しかし、反応は無い。

 分かっていた反応ではあったが、それはルルーシュの心を物悲しくさせるには十分なもの。

 暫しの沈黙。

 やがて、意を決したルルーシュは僅かに震える手でドアノブを掴むとゆっくりと扉を開けた。

 その部屋の中は薄暗く、閉め切られたカーテンからは夕日が僅かに差し込んでいた。

 ルルーシュは埃っぽい匂いを感じながらも足を進めて行く。

 そこは、嘗てライが間借りしていた部屋。

 今は、生徒会のイベントで使われた数々の小道具がその部屋の主となっており、生活感の全くない倉庫となっていた。

 部屋の真ん中まで歩みを進めたルルーシュは、ふと立ち止まると確かめるかのような言葉を発する。

 

 「ここに、ライが居た」

 

 そう、確かに居たのだ。一年前まで。

 その時の光景を思い出した時、ルルーシュの胸に去来したのは悲しみ。

 それに心が蹂躙されながらも、じっとそれに耐える。

 すると、突然背後から声を掛けられた。

 

 「あれ? ルル、倉庫に何か用でもあるの?」

 

 声をかけたのはシャーリー・フェネット。ルルーシュに恋心を抱く女性だ。

 しかし、声を掛けても想い人からの返事は無い。

 その事を少々不満に思ったシャーリーは、先程より幾許か大きめの声で問い掛ける。

 

 「おーい、ルルってばっ!」

 「あ、ああ。シャーリーか」

 

 その事が功を奏したのか、ようやっと振り向いたルルーシュ。しかし、その表情は芳しく無い。

 それが少し引っ掛かったシャーリーだったが、呼んでも直に振り向いてくれなかった事への不満から少し拗ねた様子で重ねて問い掛ける。

 

 「もう、ルル大丈夫?」

 「ん? 何がだい?」

 

 だが、返って来たのは先程とは打って変わってあっけらかんとした様子でいるルルーシュだった。

 その事に少し安堵したシャーリーだったが、続けざまに問われた言葉に不安になる。

 

 「それよりも、シャーリー。ここは倉庫だよな?」

 「何言ってるの? ここはずっとそうだったでしょ。ねえ、ルル。本当に大丈夫?」

 

 シャーリーが心配するのも当然だった。

 彼女の記憶の中でもこの部屋は倉庫以外の何物でも無く、それはルルーシュも承知している筈だったのだから。

 そして、更に言えばタイミングが悪かった。

 シャーリーはルルーシュがテロから無事に生還したとはいえ、何処かで頭でも打ったのかと不安になったのだ。

 それが想い人であれば尚更だろう。

 しかし、朴念仁であるルルーシュがそんなシャーリーの気持ちに気付く筈も無い。

 

 「ああ、済まない。少し疲れてるのかもな」

 

 そう言ってルルーシュはわざとらしく額に手をやる。

 

 「ちょ、ちょっとルル。大丈夫?」

 

 その仕草にシャーリーは心底驚いたようで、慌てて駆け寄ると心配そうにルルーシュの肩に手を置いた。

 

 「大丈夫だ。暫く部屋で横になるから」

 「それなら……いいけど」

 

 不承不承といった様子で承知したシャーリー。ルルーシュはそんな彼女に対して、静かに微笑みながら感謝の言葉を口にする。

 

 「ありがとう、シャーリー」

 「ど、どういたしまして!」

 

 それを間近で見てしまったシャーリーは、頬が紅潮するのが分かり思わず顔を背けた。

 しかし、果たしてその行為で誤魔化せるかといえば、答えは否だ。既に耳まで真っ赤なのだから。

 普通の男なら女性のこういった反応に何かしらの結論を出しても良いものなのだが、朴念仁たるルルーシュが気付く筈も無い。

 それどころか、ルルーシュは全く別の結論を導き出していた。

 ライは生きている、と。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ルルーシュとシャーリーが端から見れば青春そのものであった時。

 学園地下に設置された機情の一室では、先日現れたゼロとルルーシュの関係性についての考察が行われていた。

 しかし、学園内に配置された監視員からの報告はルルーシュがゼロであるという可能性を明確に否定している。

 その為、他の隊員達はあのゼロはルルーシュでは無いだろうと結論を出していたが、隊長であるヴィレッタだけは未だに怪しんでいた。

 機情の中でロロを除いてたった一人、ギアスの恐ろしさを身を以て知っているヴィレッタが慎重になるのも無理は無い。

 片や、それを知らない隊員達はヴィレッタの慎重さを訝しみつつ、今後の方針について会議を続けていた。

 すると、そんな彼等を余所に突然それまでの話を聞き流していたロロが口を開く。

 

 「結局、C.C.は何処に居るんです?」

 

 辟易した口調で問われた事に対して、隊員達はロロを睨み付ける。

 ヴィレッタも思わず眉を顰めるが、ギアスユーザーである上に命令系統の違うロロとやり合う気は更々無い。

 

 「ルルーシュと接触していないのなら、総領事館に居る可能性は低いだろう」

 「つまり、事件前と一緒という事ですね。何処に居るか分からない」

 

 感想のように告げるロロ。

 ヴィレッタは暗に批判されている事を感じ取ったが、あくまでも眉を顰めるのみに停める。

 その時、短い着信音と共にパネルを操作していた隊員の一人が口を開いた。

 

 「ヴィレッタ隊長。定時報告の時間です」

 「出せ」

 

 ヴィレッタは表情を引き締めると立ち上がる。

 同じく他の隊員もそれに習うが、ロロだけは一人ソファーに腰掛けたまま。

 モニターに銀色の仮面が映ると、隊員達は一斉に頭を垂れた。

 それを受けてカリグラの仮面を被る男、ライは開口一番問い掛ける。

 

 『報告書ハ読ンダ。デ、"ルルーシュ"ノ状況ニ変化ハ?』

 「いえ、今の所は。何か不備でもございましたか?」

 

 バベルタワーの一件を報告書に纏めて提出したヴィレッタは内心気が気でない。

 だが、それは杞憂に終わる。

 

 『イヤ、ソウデハ無イ。聞キタイ事ガ出来タノダ』

 

 カリグラはそこまで言うと、我関せずといった様子でソファに座っているロロに視線を移す。

 

 『"ロロ"、何故"ルルーシュ"ノ傍ヲ離レタ?』

 

 皆の視線がロロに集まる。

 

 「不測の事態が起きたんです」

 

 ロロはそれを一身に受けながらも平然とした様子で答えるが、その言葉で納得するカリグラ、もといライではない。

 

 『ソノ一言デ片付ケルツモリカ? 貴様ノ役目ハ何ダ?』

 「僕はあなたの部下じゃありませんから」

 

 そう、ロロはモニターに映る銀色の仮面、その下に隠された素顔の持ち主が自分に名を与えてくれた存在、ライだという事を知らないのだ。

 

 「答える必要を認めません」

 

 そう言うと、ロロは冷めた視線を向ける。

 事の経過を直立不動で見守っていたヴィレッタ達は、それを見た瞬間まるでこの世の終わりだと言わんばかりに顔を青くする。

 一方でロロの口撃を予想だにしていなかったライは、仮面の下で思わず柳眉を逆立てた。

 しかし、ロロの反応は嘗てライが命じた言葉。

 

 ―― 機情と連携を取る必要は無い ――

 

 この通りである。従ってこの反応は自業自得といっても仕方無い。

 仕方無いのだが、こうも平然と言われて我慢出来るライでも無い。

 ライの心に青白い炎が灯ると、モニター越しにそれを感じ取った隊員達はそれ見た事かと思わず顔を強ばらせた。

 しかし、ここでライに仮面を取るという選択肢がある筈も無く。

 

 『……良イダロウ』

 

 僅かな沈黙の後、ライは憎々しく思いながらもそう告げると、胸を撫で下ろしている隊員達に命じた。

 

 『オ前達ハ引キ続キ餌ノ監視ヲ継続セヨ』

 「「「Yes, My Lord!」」」

 

 ヴィレッタを筆頭に隊員達が答えると通信は切られた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 学園に夜の帳が落ちた。ここはロロの部屋。

 時計の秒針がその時刻を告げた時、ロロの携帯が震える。

 すると、ロロは待ち望んでいたかのように素早く携帯を手に取ると通話ボタンに手を掛ける。

 今日はゼロが現れた。

 一年前、ゼロ捕縛の一報を聞いたライは自ら帝都に出向いた程。

 そのライのゼロに対する関心の高さを知っていたロロは思う。

 どんな返答があるだろうか。少なくとも今までの事務的な会話などではないかもしれないと、頬を僅かに緩ませ淡い期待に胸踊らせながら電話に出る。

 しかし、そんなロロの表情はライの声を聞いた瞬間凍りついた。

 電話口から聞こえてきたのは、今まで聞いた事もないような憤怒の声だったからだ。

 

 『機情から報告を聞いた。ロロ、お前はあの時ルルーシュの傍を離れていたな?何故言わなかった!!』

 「そ、それは……」

 

 開口一番に告げられたのは叱責。

 ロロはそれ以上何も言えなかった。

 あの時、ライが問い掛けた際に正直に言っておけば良かったと後悔したが、もう後の祭。

 

 『ロロ、お前はルルーシュを見失っただけでは無く、私に嘘を吐いた事になる……お前には失望した』

 「っ!?ま、待って」

 

 慌てて携帯を両手で掴んだロロが懇願する。

 だが、全ては遅すぎた。怒りに身を任せてしまったライを止める事など誰にも出来ないのだから。

 聞く耳持たぬと言わんばかりに通話は切られてしまい、それ以降ロロの携帯が鳴る事は無かった。

 

 「僕は…僕はどうすれば…」

 

 ガクリと床に両膝をつき、瞳に涙を浮かべながら哀しみに打ち震えるロロは絞り出すかのような声でそう呟いたが、その答えが返ってくる筈も無かった。

 

 ◇

 

 ライが通信を切った時、それまで呆然と二人のやり取りを聞いていた子供達は我に返ると囁き出す。

 

 「ロロお兄ちゃん可哀想……」

 「だよね」

 「シッ。滅多な事言うんじゃないの」

 「でも……」

 

 そんな子供達の声が聞こえたライは苛立ちを隠すこと無く告げる。

 

 「子供は寝る時間だ」

 「「「は、は~い。お休みなさ~い」」」

 

 慌てた様子で立ち上がると、手を振って立ち去る子供達に対してライは軽あしらうように2、3度手を振り返す。

 やがて、その姿が施設の奥に消えて行くと、それを認めたライは側に居たV.V.に視線を移す。

 

 「僕は子供じゃないよ」

 「そうだったな」

 

 気勢を制される形となったが、ライは特に異に介した様子も見せず正面に向き直るとそれ以上口を開く素振りを見せ無かった。

 そんなライの様子に真意を計り兼ねたV.V.が問い掛ける。

 

 「ねぇ、あの子達が言ってる通り今回の処分は僕も厳し過ぎると思うけど?」

 

 しかし、ライは何も答えない。ただ思慮するかのような瞳で相変わらず真正面を見据えるのみ。

 だが、そんな態度にV.V.が納得出来る筈も無い。

 

 「ロロは君に依存してる。それが分からない程君は鈍感なの?」

 

 すると、遂に聞き流すのも億劫になったのかライが口を開く。

 

 「知っている。そう仕向けたのは私だからな」

 「なら、尚更ロロを切るのは早いと思うけど?一体何を――」

 「切った訳では無い」

 

 ライが言葉を遮ると、V.V.は目で続きを促した。

 それを尻目にライは玉座に深く身を委ねる。

 余談だが、V.V.は最近になって知ったライの癖がある。

 思い通りに事が運ばなかった場合や長考する際、ライは決まってある仕草を取るのだ。

 それは、俯きがちに視線を落とすと純白の手袋の上から何かを触る行為。

 初めてその仕草を見た時、V.V.はライが何に触れているのか分からなかった。

 尋ねてみるべきかと迷ったが、ライは自分のその行為を意識的にしているとも思えなかった。

 何に触れているのか。

 やがて、それを理解したV.V.は心の底から後悔した。

 今もまた、足を組み膝の上に両手を重ねてその仕草を取りながらライは静かに語り出す。

 

 「ああでも言っておけば、二度とルルーシュの傍を離れたりはしないだろう。次に控えている作戦の事もあるからな。……確かに、少し言い過ぎた感は否めないが、信賞必罰は任務に於いて必要不可欠。そこに下らん私情を挟む余地など無い」

 

 最後に珍しく後悔した様子を見せたライだったが、だからと言って撤回するという選択肢は端から無い。

 

 「ライ、君はロロの事をどう思ってるの?」

 

 突飛な質問だったが、ライは特に驚いた様子も見せずに向き直ると口元に三日月を浮かべた。

 

 「お前と同じだ、V.V.」

 

 何を言いたいのか分からないといった様子で不思議そうな表情を浮かべるV.V.に対して、ライの三日月が鋭さを増す。

 

 「只の駒だ」

 

 それを受けたV.V.は一瞬呆けたような表情を浮かべたが、次には同じように三日月を浮かべた。

 

 ――ライ、君も僕の駒に過ぎないんだよ?

 ――V.V.。私を利用するならすればいい。ただし、私もお前を利用させて貰うぞ?

 

 両者が互いの心の内を知る由も無い。しかし、考えている事は全く同じ。

 二人の視線が交差する。

 

 「フフフッ」

 「ハハハッ」

 

 やがてどちらとも無く笑い始めると、それは徐々に大きくなり施設内に木霊する。

 

 「「ハハハハハッ!!」」

 

 二匹の悪魔が其処に居た。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 隊員達が領事館に立て籠ってから早三日。

 当初以降、ルルーシュからの指示は完全に途絶えていた。

 脱出の際のゴタゴタで、ルルーシュの連絡先を聞く事が出来なかったカレンは連絡手段を持っていない。

 その事に一日経って気付いたカレンは慌ててC.C.に訪ねたのだが、彼女がそんな気の利いた事をしている筈も無い。

 逆にC.C.は、連絡先を聞くのは男の義務だ、とまで言い放つ始末。

 風呂場から上がったカレンは、これからどうするべきか一人考える。しかし、どれだけ考えてもこれといった手段が見つからない。

 活路が見出せない事に歯噛みしながらもカレンは自身の左手の薬指、そこに有る指輪に向かって問い掛ける。

 

 「ライ、ルルーシュは一体どうしたと思う? 彼は、ゼロなのに……」

 

 指輪が応える筈も無い。

 しかし、カレンにはこれで十分だった。

 

 ―― ライから貰った指輪 ――

 

 それを見るだけで、今でもライは一緒に居てくれていると思えるのだから。

 先程までの焦りが夢散していくのを感じたカレンは、着替えに手を伸ばす。

 すると、脱衣籠に入ったそれを見て思わず手を止めた。

 

 「あっ! そっか…」

 

 先程までの憂鬱な表情も何処へやら。

 何かを思い出したのか素っ頓狂な声を上げたカレンは、自身の今の身形の事も忘れてすっ飛んで行った。

 

 ◇

 

 所変わってここは総領事館の一室。

 そこでは中華連邦と黒の騎士団、現時点での互いの代表者が膝を付き合わせていた。

 中華側からはここの主、総領事たる高亥(ガオハイ)と彼に着き従うかのように佇む長髪の武官、黎星刻(リー・シンクー)

 対する黒の騎士団からはC.C.と卜部。

 

 「ブリタニアからの引渡し交渉は遅延させております。一週間程度は保つかと」

 「ゼロに伝えておく」

 

 高亥の言葉にさして興味無く答えるC.C.。それを認めた星刻が僅かに表情を曇らせる。

 

 「いや、大変助かる」

 

 C.Cに代わって律儀な卜部が礼を言った時、慌ただしい足音と共にカレンが飛び込んで来た。

 

 「ちょっとC.C.! 考えてみたらあんたがバニーやった方が話し早かったんじゃないの!?」

 「紅月…お前って奴は…」

 

 突然飛び込んで来たカレン。

 バスタオル一枚という乙女とは思えぬその身形に、卜部は思わず顔を背けた。

 

 「えっ? キャアッ!」

 

 卜部の指摘にここに来て漸く自分の身形を理解したカレンは、慌てて衝立の後ろに身を隠す。

 だが、衝立は透けておりその姿が余計に艶めかしく見える事に気付いていない。

 それを見てしまった卜部が、服を着て来いと口を開きかけた時、高亥の言葉がそれを遮った。

 

 「ゼロは…女…?」

 「そうだ」

 「お、おいC.C.」

 「違いますっ!!」

 

 間髪入れずに同意したC.C.に、二人は抗議の声を上げる。が、魔女に効果がある筈も無い。

 

 「バラすのが早過ぎる。全く、遊び心の無い奴等め」

 

 二人の抗議は至極まともだ。しかし、何故か批難怒られた。その理不尽さに卜部は呆れるのみであったが、対照的にカレンは食って掛かる。

 

 「ゼロで遊ばないで!」

 「はぁ……」

 

 二人の口論が始まった事に、卜部は溜め息しか出ない。

 

 「どうでもいいがカレン、見えるぞ?」

 「へっ? キャアッ!」

 

 C.C.に指摘され、再び身を隠すカレン。勝敗が決した時、それまで一言も言葉を発する事が無かった星刻が口を開く。

 

 「初めまして。紅月カレンさんですね?」

 「えっ? どうして?」

 

 突然自分の名を告げられた事に驚きを隠せないでいるカレンを余所に、星刻は柔和な表情のまま告げる。

 

 「お噂は予々(かねがね)お聞きしていました。黒の騎士団のエースにして紅蓮二式のパイロット。そして、双壁の一人」

 

 その呼び名を聞いた3人、卜部は表情を曇らせC.C.は僅かに眉を顰める。しかし、カレンだけは一人抗議の声を上げた。

 

 「その呼び名は止めて」

 

 何故?といった様子でいる星刻に対しカレンは俯きがちに答えた。

 

 「私がそう呼ばれたのは、彼が居たからよ」

 「ええ、知っています。ゼロの左腕。何でも、相当に頭の切れる方だとか。その方とも是非一度お会いして――」

 「星刻殿、だったか? 済まないがあいつの話はやめてもらえないだろうか」

 

 そう言って卜部は星刻の言葉を遮ると、カレンが後に続いた。

 

 「彼は、その……」

 「これは失礼した」

 

 カレンの悲痛な声から全てを理解した星刻が謝罪の言葉を述べた時、血相を変えた一人の隊員が飛び込んできた。

 

 「大変です!扇さん達がっ!!」

 

 ◇

 

 「聞こえるか、ゼロよ! 私はコーネリア・リ・ブリタニア皇女が騎士、ギルバート・G・P・ギルフォードである。明日15時より国家反逆罪を犯した特一級犯罪者、256名の処刑を行う。ゼロよ! 貴様が部下の命を惜しむなら、この私と正々堂々と勝負をせよ!」

 

 総領事館に向けて高らかに宣言するギルフォード。

 

 「みんな……」

 「中佐っ! クソッ!」

 

 対して、遠方より囚われの仲間達の姿を認めたカレンと卜部は悔しさを滲ませる。

 他の隊員達も同じように、何も出来ない事に歯痒さを抱いていた。

 一方、生徒会室でその映像を見ていたルルーシュは、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

 

 「その手で来たか! やってくれたな! ギルフォード!」

 

 だが、そんな彼等とは対照的にエリア11より遠く離れた地では、二人の人物がその映像を見ながら嗤っていた。

 

 「まさか本当にやるなんてね。これも君の謀った通り?」

 

 薄暗い嚮団の地下施設で、嚮主たるV.V.は嬉しそうに言った。

 片や問われたライは、例の仕草を取りながら悠々と答える。

 

 「愚問だな。あの男は愚直なまでに忠誠心が強い。故に、甘い言葉を囁けばあの通りだ。しかし、ゼロに勝負を挑むとは」

 「当てが外れた?」

 「いや、こうも思惑通りに進むとはな。ギルフォードでは、あのゼロがルルーシュだった場合は勝てないだろうに」

 「奪われる可能性があるって事?」

 「寧ろそうなった方が楽しみが増える」

 「遊びじゃないんだよ?」

 「ゼロが甦った今、私にとっては遊びとなった」

 

 不満げな様子でいるV.V.に対して、ライは事も無げに言い放ってみせた。

 これでゼロが嘗ての力を取り戻し、再びブリタニアに抗うだけの力を得れば、それはライにとっては願ったり叶ったり。

 嘗てのライにとって戦いは決して負けてはならないものだった。二人の為にも。

 だが最早護るべき存在は居ないのだ。

 

 「ゼロを甘く見ない方がいい。下手をすれば殺されるよ?」

 

 そう忠告しつつも、V.V.だけは知っていた。彼の持つコードが告げていたのだ。

 映像に映ったゼロの中身がC.C.である事を。

 当初は告げる事も考えたが、そうすれば彼のもう一つの目的、ルルーシュ殺害を果たす前にC.C.捕縛が成されてしまう事を危惧したため、弟にさえも告げずにこの事実をひた隠しにしていた。

 当然、知る事も無いライは狂気に染まった瞳でモニターを見続ける。

 

 「これはテストだ。囚人達を助け出して初めて、ゼロは私のいる場所に立つ力を得る」

 「で、そこから先は互いの命を賭けた戦いが始まるって訳? 負けたらどうするのさ」

 「勝ち負け等どうでも良い。純粋に戦ってみたいだけだ」

 

 ライは未だC.C.捕縛という使命を忘れた訳では無い。

 しかし、甦ったゼロを前にしてはその優先順位は同列に近いものになっていた。

 これからは熾烈な情報戦となる。

 ゼロはライの目をかいくぐり、ライはゼロの真贋を見極める。

 彼は思う。どれ程楽しいだろうか、と。

 

 「ゆっくりとあの仮面を剥いでやろう。その下にある素顔が誰のものか。考えただけで身震いするとは思わないか?」

 

 三日月を浮かべ、狂相に顔貌を歪めると心底楽しそうに語るライに対して、V.V.が心底不機嫌そうな表情を崩す事は無かった。

 それを横目に認めたライが感慨深げに問う。

 

 「成る程、お前は余程ゼロが嫌いなのだな」

 

 が、V.V.からの返答は無い。

 

 「それともルルーシュが?」

 「どうでもいいじゃない」

 

 やっと口を開いたV.V.だったが、これ以上話す気はないとの明らかな拒絶を示した。

 

 「そういう事にしておこうか」

 

 ライはこの辺りが限界だと悟ると、この事についてはこれ以上問い掛ける事は無かった。

 その後、二人はたわいもない会話を交わして暇を潰していたが、その日ゼロが現れる事は終ぞ無かった。




ストックが減ってきた・・・。
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