結納の準備が始まった。
しかし、結納と言ってもそれほど大掛かりな事は行われない。
黒の騎士団は目下、ブリタニアと戦争中なのだから。
親族同士の顔合わせをした後、その後は全員で騒ぐだけ。これだけである。
しかし、この親族が主役である二人にとって悩みの種でもある訳で。
カレンの場合は少し複雑だった。
その為、カレンは父親役兼兄代わりと言える扇と、自身が姉のように慕っている井上に同席を依頼した。
頼まれた二人は喜色満面。二つ返事で引き受ける。
そうすると残る問題はライとなる。
ライは記憶の一部を思い出している。大切な母と妹の事を。
その二人はもうこの世には居ない。どれだけライが望んでも会う事は叶わない。
しかし、今の彼には騎士団のメンバーに親友のルルーシュ。そして彼にとって一番大切な女性、カレンがいる。
ライは此処に一つの決意を胸に秘める。
今度こそ、今度こそ大切な人達を守ってみせる。例えこの身に代えても、と。
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コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ 前日譚 紅と蒼の契り(中編)~
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「どうしようか」
ライはアジトのリビングにあるソファーに身を委ねると、天井を眺めながら知らずのうちにそう呟いていた。
そもそもの原因は例の如く親族同士の顔合わせにある。
流石にライ一人で臨むという訳にもいかず、おまけにカレン側は扇と井上という、父親代わりに姉代わりといった二人が出席するのだから。
悩み抜いたライは、この時代で唯一の血縁者でもある神楽耶に出席を依頼。
二つ返事で引き受けてくれた事に安堵しつつも最後の一人。父親役が勤まりそうな人物が決まらない。
ライは頭の中で団員の顔を思い浮かべ、ようやっと適役と思える人物に思い至ると足早に向かう。
目的の人物である藤堂を見つけた時、彼は千葉と当日の警備について話し合っているところだった。
「藤堂さん、少し時間を貰えませんか」
「ああ、構わないが、何か用かな?」
「実は──」
ライは事情を話し頭を垂れる。
しかし、藤堂は少し困ったような顔をすると考え込んでしまった。
すると、それまで傍でライの言葉を聞いていた千葉が怪訝な表情を浮かべる。
「父親役だと? お前はそれを本気で言っているのか?」
「はい、そうですけど?」
ライが何かおかしな事を言ったのだろうか、と首を傾げる一方で、千葉の眉が危険な角度を描く。
「お前という奴は──」
「お、お邪魔しました! 藤堂さん、忘れて下さい!!」
不意に身の危険を感じ取ったライは、踵を返すと足早にその場を後にした。
◇ ◇ ◇
再びリビングに戻ったライは、先ほどの出来事を思い返しながら再び候補者を探す。
最早、父親役に拘っている場合ではないと考えた時、一人の人物が脳裏に浮かんだ。
彼なら引き受けてくれるかもしれないと思ったライは、一人ある場所に向かった。
「ゼロ、僕だ。入ってもいいか?」
『ああ、ライか。待っていろ、今開ける』
ライが扉をノックすると、その声と共にドアが開いた。
「相変わらずのチーズの匂いだな」
『全部こいつのせいだ』
ゼロはそう言って仮面を取ると、ベッドに寝そべって雑誌を読みながらピザを食べているC.C.に目をやる。
「これはやらんぞ」
「要らん」
いつものやり取りが始まりそうになるが、ルルーシュはそれ以上の言葉を発する事無くライへ向き直る。
「それで? 一体どうしたんだ。結納の準備なら順調なはずだが」
ライはやや上ずった声で尋ねるルルーシュを不思議に思いつつも、頼み事を伝えるべく口を開いた。
「実は、その事で一つ問題が発生した。結納の際に行う親族――」
「成程、分かった。引き受けよう」
言い終わる前の承諾。
呆気にとられているライを余所に、口許に笑みを浮かべたルルーシュは得意げに話し始める。
「親族顔合わせの件だろう? それについては、カレンがどう対処したかは既に聞いている。お前も神楽耶を確保したのは知っているが、カレン側は2人だ。対するお前はまだ一人だからな。これでは釣り合いが取れない。お前がその事で俺を頼ってくる可能性が有る事は分かっていた。あらゆる可能性を考慮した結果、2番目に高い数値だったからな」
「凄いな。因みに僕が1番に頼ると思ったのは誰なんだ?」
「藤堂だ。だがその時、傍に千葉が居る場合はその数値は限りなくゼロに落ちる」
「ルルーシュ、君はやっぱり凄いな。改めてそう思う」
「当たり前だ。俺はゼロだからな」
そう言うとルルーシュはニヤリと笑った。その様子を見てライはふと思う。
「ついでに一つ質問させて欲しい。何故婚約を認めてくれたんだ?」
その疑問にルルーシュはあっけらかんとした口調で答える。
「何だそんな事か。そうだな、理由は三つある。一つは神根島・キュウシュウと連戦が続いたからな。その事で若干ではあるが一部の隊員に士気の低下が見られるとC.C.に言われた。少し癪ではあるが。そんな訳だから、お前達の婚約はそういった連中の保養と士気を上げるのに丁度良いと思ったんだ」
「あの時C.C.に耳打ちされてたのはその事だったのか。全く抜け目がないな。でも、そんな言葉をカレンが聞いたら、多分臍を曲げるぞ?」
「分かってる。だから言うなよ?」
そう言うと、ルルーシュはニヤリと笑った。
「二つ目は、凡庸な男だと思っていた扇が俺に対してあれ程ハッキリと意見した事に対する褒美だよ」
「そんな言葉を扇さんが聞いたら、多分落ち込むぞ?」
「分かってる。だから言うなよ?」
そう言うと、ルルーシュはまたニヤリと笑った。
「三つ目は、まぁ、その……お前の願いだからな」
やや照れ臭そうに頬を掻くルルーシュ。その言葉を聞いた瞬間、ライは目頭が熱くなるのを感じた。
「そんな言葉を聞いたら……」
「ああ、泣いても構わないぞ?」
「……ルルーシュ」
「何だ?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
そう言うとルルーシュは照れくさそうに笑った。釣られてライも笑顔になる。しかし――。
「お前達は本当に面白いな」
C.C.の台詞で我に返った二人。
ルルーシュは話題を変えた。
「そ、そう言えば、昨日あの場所に居なかった二人にはちゃんと伝えたのか?」
ライはすぐにルルーシュの言う二人に思い至った。ディートハルトとラクシャータの事を。
「あ、あぁ。それなら今日ここに来る途中にカレンと二人で格納庫に寄って、ラクシャータさんには伝えた」
すると、突然C.C.が割って入った。
「ほう、何と言っていた?」
その事にライは疑問を抱きつつも短く答える。
「何って……凄く喜んでくれたが」
「それだけか?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら追求してくるC.C.。
その様子に、何処かで見られていた事を察したライは観念したのか口を開いた。
〇 〇 〇
「へぇ~。あんた達、結婚するんだぁ~」
「婚約ですっ!!」
カレンが正すがラクシャータはそんな事はお構いなしに続ける。
「いいじゃないの、どっちも似たようなもんなんだしぃ。それよりもあんた達にお願いがあるんだけど?」
「お願いですか?」
「何でしょう?」
ライとカレンはお互い顔を見合わせると何事かと思う。
そんな二人に向けてラクシャータは平然と爆弾を放り込んでみせた。
「子供は産めるだけ産んでねぇ~」
「なぁっ!! ななな何て事言うんですか!!!」
「あら、良いじゃないの。カレンちゃんは安産型だし、最低でも3人は余裕でしょ? 坊やも頑張りなさいよ?」
鳩が豆鉄砲を食らったかの様子でいるライとは対照的に、カレンはもうそれこそ顔から炎を吹き出さんばかりに咎めるが、ラクシャータは妖艶な笑みを浮かべるのみ。
それでもカレンは負けじと食い下がる。
「何で子供の話になるんですかっ!!」
「だってさぁ、あんた達は私の作ったナイトメアを完璧に乗りこなせる数少ないパイロットなんだもの。言わば最高のサラブレットよぅ。その二人の間に出来た子供となったら、興味持って当然でしょ~?」
「と、兎に角! その話は私達にはまだ早いですっ!! 結納の事は伝えましたから参加して下さいねっ!」
一方的に告げたカレンは、ライの左手を引っ張って格納庫を後にしようとする。
が、去り際にラクシャータは空いていたライの右手を掴んである物を手渡した。
「ほら、行くわよライ」
「あの、失礼します」
カレンはその様子に気付いていないのか。
ライは渡されたものを確認する間もなくカレンに引っ張ってられていく。
「頑張んなさいよぉ~」
格納庫から立ち去る二人の背中に、ラクシャータの声が響いた。
格納庫を出た後、ライはカレンに気づかれないようにそっと右手を開く。そこにあったのは知識にあったが初めて見る物。
思わず固まってしまうライを余所に、カレンが肩越しに覗き込む。
「何見てるの?」
「な、何でもない!」
振り返ったライは慌てて右手を背中に回すと、カレンは口元に手を当てて笑った。
「ライ、その様子は何でもないようには見ないわよ?」
「い、いや。本当に何でもない」
「まあ、いいわ。そういう事にしといてあげる」
「あ、ありがとう。じゃあ、僕はこれから別の用事があるから」
しどろもどろになりつつも、何とか言葉を紡いだライに向かって、カレンは「行ってらっしゃい」と手を振り見送った。
〇 〇 〇
「と言う事があったんだ」
ライはラクシャータから貰った物が何かまでは敢えて伏せながら話した。話しても笑われるだけだと思ったからだ。
しかし話が終わると、ルルーシュは明後日の方を向いて肩を震わせていた。
「ルルーシュ、こっちは笑い事じゃ無かったんだが」
「いや、済まない。しかしラクシャータにも困ったものだな。もし仮にそんな事になってカレンに抜けられでもしたら、大幅な戦力低下は必死だ」
ライが何だか上手くはぐらかされた様な気分でいると、急に神妙な面持ちをしたC.C.が話しかける。
「おい。ラクシャータから渡された物を見せてみろ」
「い、いや、けれど………」
突然の要求にライが慌てていると、彼女はその態度から察したようだった。
「その様子だとやはりアレか。いいから渡せ、恥ずかしがっている場合では無いぞ?」
「ライ、いいから渡してやれ」
ルルーシュも同調した事で、二人とも気付いているようだ、と察したライは白旗を上げた。
「………分かった」
ライは渋々といった様子でポケットに入っていた物を手渡した。
すると、C.C.は受け取るなりそれを包んでいる袋を破り、中の物を取り出すといきなり膨らまし始めた。
「な、何をしてるんだC.C.!!」
「おい、悪ふざけが過ぎるぞ!!」
二人が慌てて止めようとするが、C.C.はお構いなしといった様子で膨らまし続ける。やがて――。
「こんなものか」
短く呟いたC.C.は、膨らますのを止めて口元を縛ったかと思うと、風船のように膨らんだそれをまるで二人に見ろとでも言わんばかりに突きつけた。
「二人とも、特別価格だ。礼はピザ一枚ずつでいいぞ」
「お前いい加減に……」
頭を抱えたルルーシュは言葉を続けようとしたが、目の前のそれを見て言葉を失った。それはライも同じこと。
何故なら先程まで風船のように膨らんでいたはずのそれが、段々と絞んでいったのだから。
導き出される結論に同時に思い至ったルルーシュとライ。
二人は互いに顔を見合わせるが言葉も出ない。
先に復帰したのはルルーシュだった。
「……まあいい。確かに最悪の事態は未然に防げたからな。しかし、ラクシャータには後で俺の方からも言っておこう。話を戻すぞ。ラクシャータに話したとなると後は……ディートハルトか」
その指摘にライは短く首肯する。
「あの人にはまだ会えてない。多分もう知っていると思うけど」
「その通りだ。あいつはもう知っている。だが、こういった事はやはり直接本人に会って言うべき事柄だ。そういえば、そろそろ報告に来る時間だな」
「なら丁度良い。僕から伝える。ここだけの話、カレンは彼に対してあまり良いイメージを持っていないから」
「しかしだ、あいつはそもそも今回の話自体、あまり好意的に受け止めていないぞ?」
「その点については僕に考えがある。後は君の許可さえ貰えれば」
「どういう事だ?」
首を傾げるルルーシュに対して、ライは己の計画を打ち明けた。
「本気か?」
「この方法は誰も傷付かないと思うけど」
「………」
暫し考え込むルルーシュ。ライは黙って答えを待つ。
そうこうしているうちに、突然ドアをノックする音と共に声が響いた。
「ゼロ。報告に参りました」
ディートハルトだ。
ルルーシュは素早く仮面を被り、ライに向かって小声で告げた。
『仕方がない。今回に限り許す』
そうして、扉に向かって一言「入れ」と言うとロックを解除した。
「ゼロ、以前頼まれていた報告書が出来上がり――あぁ、あなた方も居られたのですか」
ディートハルトは先客がいたことにやや驚いた様子でいたが、それがライとC.C.だと視認すると急に残念そうな声になった。
ライは、本当に自分を偽らない人だなと思いながらも軽く会釈する。
が、ディートハルトは一瞬ライに視線をやった後、何事も無かったかのようにゼロに向かって話し始めた。
「以前頼まれていた調査報告をお持ちしました」
『ご苦労だった、ディートハルト』
そう言ってゼロは書類を受け取るとページを捲る。そうして一通り目を通した後に労いの言葉を掛けた。
『やはり君は素晴らしいな。よく纏められている』
「あ、ありがとうございます!」
その言葉を聞いたディートハルトは、やや興奮した面持ちで答えた後、頭を垂れると用は終わりとばかりに踵を返す。
「では、私はこれで」
『待て、ディートハルト。君の事だ。もう知っているだろうが、ライから話がある』
ゼロに引き留められた結果、ディートハルトは口元を固く結ぶと向き直る。
それを確認したゼロは一瞬顔をライの方に向けると、後はお前の番だと言わんばかりに報告書へと視線を落とした。
「ディートハルトさん、実は僕とカレンは――」
「知っています。ですが、私は賛成出来ません」
そう言って立ち去ろうとするが、それは再び止められる。
『ライの話も最後まで聞いてやれ。とりあえずそこに座れ』
ゼロにそこまで言われてしまえば、彼としては従うしかない。
渋々といった様子でソファーに腰掛けた。それを見てゼロが疑問を口にする。
『念の為に聞くが、何が不満だ?』
ディートハルトは視線を一瞬だけライに向けると、それに気付いたライが短く頷く。
「構いません。思われてる事を言って下さい」
すると、ディートハルトはゆっくりとした口調で話し始めた。
「最初に断っておきますが、私は別にお二人の関係を認めていない訳ではありません。いえ、寧ろ良いニュースだと思います。ゼロの為に時には剣となり盾となる、勇猛果敢な二人の若きエース、ゼロの双壁。その二人が将来を誓い合うのですから。これほど、他の隊員や支持者達にウケる絵はそうそう描けるものでは有りません。問題は別にあります」
それっきり押し黙るディートハルトに対して、ゼロが続きを促す。
その一方で、ライは彼が反対する理由について大方の予想をつけていたが、今は敢えて聞き役に徹した。
『問題とは何だ? 言ってみろ』
「何でも聞くところによると、彼はキョウト六家の代表、皇神楽耶様から直々に家督を継いで欲しい、と言われたそうではないですか」
それはライの予想通りの言葉だった。
自身の血筋について分かった時も、ディートハルトだけは警戒の念を抱いていたのを覚えていたからだ。
それはゼロも予想していた事であり、彼は先程まで手にしていた報告書を机に置くと、足を組み膝の上に手を置き押し黙る。
そんな最中、それまで彼らの会話を雑誌を読みながらつまらなそうに聞いていたC.C.が動いた。
「あの女は成りは小さいが、かなりのやり手だろうな。でなければキョウトの代表など務まらんだろう」
「だから問題なのです。現在、結納に向かってキョウト六家は総力を上げて動いてます。今更無かった事にしてくれ等とは、口が裂けても言えません。彼等は、黒の騎士団にとって重要なスポンサーであり、今後の関係に亀裂が生じる事は何としても避けるべきですから」
『私は君の腕を見込んで、当日は撮影班の指揮を執ってもらいたかったのだが』
「幾らゼロの申し出でも、こればかりは受ける事は出来ません」
ディートハルトから返ってきたのは、明確な否定の言葉だった。
それを最後にゼロも押し黙ると、終了の合図と見做したディートハルトは席を立つ。
「最後に一言だけ。皇家の事がなければ、私としてもこんな事は申し上げません。失礼だとは承知していますが、当日は欠席させて頂きます」
言うべきこと言ったのか。
踵を返したディートハルトは出口に向かう。
ライはそんな彼の後ろ姿を見つめながら、何だかんだ言っても自分たちの事を少しは認めてくれていたという事実に感謝する。
しかし、ライが計画を止める理由としては少し足らない。
ライはゼロに目配せすると、気付いたゼロは仕方ないといった様子で頷いた。
「ディートハルトさん」
「何ですか? まだ何か――」
「ライが命ずる! ディートハルト! お前は結納に対して全力で撮影に挑めっ!」
ライは、ウンザリした様子で向き直るディートハルトに向けてそう命じた。
紅い鳥が舞う。
次の瞬間、ディートハルトはその場に崩れ落ちた。
だが続く光景にライとゼロ。二人は唖然とする事となる。
「嫌、嫌だ、私が……追い求めるのは……ゼロの姿だけ……ゼロ、ゼロォォォォ!!」
頭を抱え蹲るディートハルト。驚くべきことに、彼はギアスに抗おうとしたのだ。
焦燥に駆られたライは剣呑な表情を浮かべると声を荒げた。
「私に従えっ!! ディートハルト!」
ライの怒声にディートハルトは体を震わせたが、遂に屈したのか。ゆっくりと立ち上がった。
「分かりました。当日は全力で撮影に挑みます。視聴者の求める最高の絵を撮って御覧にいれましょう!」
命令を受け入れたディートハルトは、最後にそう言い残すと今度こそ部屋を後にした。
ディートハルトを見送った後、振り向いたライ。
視線の先にはゼロが立っていた。
背後には彼が直前まで座っていた椅子が倒れており、勢い良く立ち上がった事が伺える。
ライはそんなゼロの姿を見て、自分と同じ気持ちだったのかと思うと軽い罪悪感に苛まれた。
「凄いものを見た。まさかギアスに対してあれほどまでに抵抗するなんて思わなかった。悪いことをしたかな……」
そんなライに対して、平静さを取り戻したのか。ゼロは小さく息を吐いた。
『あぁ…………しかし、お前も無茶をするな……』
「モテモテだな、ゼロ」
『黙れ魔女。だが……これで結納に向けて全ての問題がクリアされた訳だ』
「申し訳ない気持ちが残ったけど」
『当日を過ぎればギアスの効果は消える。問題は無いだろう』
「それもそうか。じゃあ、僕もそろそろ行く事にする。ルルーシュ、C.C.。先に帰ってるよ」
ライは二人にそう告げると部屋を後にした。
ライが去ったあと、部屋の中ではさも楽しそうに語るC.C.の姿があった。
「良かったな、ルルーシュ。お前の計画通りにライが頼みに来てくれたぞ?」
その言葉を聞いたルルーシュは、仮面を脱ぐと倒れた椅子を起こし再び背を預ける。
「ライとは遠縁ではあるが親族だからな。俺が出るのは寧ろ当然の事だ」
「しかし、ワザと千葉と藤堂を一緒の準備に割り振るなど、手が込んでるな。全くご苦労な事だ」
「何とでも言え。ところで、俺の袴はどうなってる?」
C.C.は呆れた口調で言うが、ルルーシュに付き合う気は無いようで、その事に若干の不満を覚えながらもC.C.は口を開く。
「順調に仕上がっている。当日を楽しみにしておけ」
その回答にルルーシュは、そうか、とだけ呟くと腕を組み思考を切り替える。
急遽発生した目下の所、喫緊の課題となったある事柄を。
「……たしに……か……」
「どうした?」
余程気になる事だったせいか。ルルーシュは知らずのうちに呟いていた。
そんな彼の呟きが聞こえたC.C.が訝し気に問うたが、対するルルーシュは目線を合わせる事なく、先程から心に引っ掛かっている事を話し始めた。
「一つ気になる事が出来た。ディートハルトにギアスをかけた時のライの様子だ」
「何だ、袴の事では無いのか。あぁ、あの時のライの驚いた顔は中々面白かっ――」
「そんな事を言ってるんじゃない!」
苛立ちを隠そうともせずにルルーシュは言い放ったが、C.C.は平然と嘯く。
「相変わらず冗談の通じない奴だな、お前は。気になっているのは、先程見せたライの言葉使いと雰囲気だろう?」
それを聞いたルルーシュは、端正な顔に苦悩の色を滲ませる。
「あの時ライは、私に従え、と言った。だが、俺はライのあんな言葉使いは初めて聞いた。それとあの時一瞬だけ見せた凍てつくような雰囲気。どれも俺の記憶にはない。一瞬だったが、ライが別人に見えたほどだ」
そう言うとルルーシュはC.C.に視線を向ける。
だがC.C.はルルーシュの言葉を傾聴するだけで一言も発しようとしない。
その様子を妙だと感じたルルーシュが問い掛ける。
「お前は何か知っているんじゃないか?」
「断っておくが私は何も知らないぞ? あの日、アイツの話を聞いた後で、お前が色々と調べていたのは知っているがな。恐らく、ライに関する事はお前の方が詳しいだろうさ。だからまずお前が話せ。私も、聞いているうちに何か思い当たる節が出てくるやも知れん」
およそ普段の彼女を知るルルーシュにしてみれば、信じられないような言葉だった。その為、不審感を瞳に浮かべると問う。
「何を企んでいる?」
「何も。強いて言うなら、私もお前と同じでライの事はそれなりに気に入っているからな。それに、あいつに何かあればカレンを悲しませる事になる」
その言葉には、流石のルルーシュもやや面食らった面持ちになる。
「意外だな。お前がライだけでは無くカレンまでも気にかけているとは」
「当たり前だ、落ち込んでいるあの女を弄っても、何も面白くはないからな」
愉快気に尋ねるルルーシュを余所に、C.C.は普段と変わらぬ素振りで返すと、それを見たルルーシュは半ば諦めたのか。
「まあいい。だが、まだ確証に至ってはいない。まるで夢物語のような話だからな。もう少し調査が必要だ。しかし、お前も何か思い当たる事があれば話せ」
そう前置きすると、ルルーシュは机の引き出しから数枚のレポートを取り出した。
◇ ◇ ◇
クラブハウスに帰る為にアジトの出口へ向かって歩いていたライ。
視線の先には両手で鞄を持ち、出口前の壁にその背を委ねるカレンの姿があった。
「ライ、今日はもう帰るの?」
「今日やる事は全部済ませたから。ディートハルトさんにも伝えておいた。出席してくれるそうだ」
「ありがとう。でもごめんなさい。私、アレ以来あの人の事がどうしても苦手で」
そう言うと、カレンは申し訳なさそうに謝った。
カレンが言うアレとは、スザクの事だ。
彼女は以前、ディートハルトの話術に誘導されてスザクの命を狙った事がある。
結果的には事なきを得たが、その後カレンはゼロから厳重注意を受けて以来、苦手意識を持ってしまっていた。
ライもその事はゼロから聞かされていた。
だからこそ、ライもギアスを使うのに多少の抵抗感はあったものの、ディートハルトへの貸しの方が大きかった事から結果的に今回の作戦に踏み切った訳だ。
「気にしないでくれ」
微笑を浮かべるライに、カレンはもう一度「ありがとう」と言うと、次に「一緒に帰ろう」と誘った。
ライは笑顔で応じる。
「じゃあ、まだ明るいし、もし良かったら部屋に寄って行かないか?」
「だ、駄目よ! もうっ! 幾らラクシャータさんに貰ったからってその日に使おうとする!?」
顔を真っ赤にしながら批難するカレンを見て、見られていた事を察したライは咄嗟に口にしてしまった。
「あ、あれはもう無い! あれはC.C.に――」
「C.C.ですって?」
そう、この流れの中でライは絶対に言ってはいけない言葉を口にしてしまった。
「ぬぁんでそこでC.C.が出て来るのかしらぁ?」
空恐ろしい程の怒気を孕んだ口調でカレンが迫る。
「落ち着いてくれ! 誤解だ!」
ライは必死に宥めようとするが、その声はすでにカレンには届いていない。
カレンは紅蓮よろしく右腕を突き出すと一瞬で距離を詰める。
この右腕に掴まるのは拙いと思ったライは、咄嗟に後ろに下がろうとしたが左足が動かない。
慌てて視線を移すと、その足はカレンの右足に縫い付けられていた。
「こぉんの、浮気者ぉぉぉぉ!!」
遂に捕まったライ。
カレンはライの胸倉を掴むと、次の瞬間、力任せに投げ飛ばした。
ライは背中に激しい痛みを感じると共に、壁に叩き付けられる。
「ライのバカッ!!」
カレンは床を踏み砕かんばかりの足音を響かせて去って行く。
ライはそれを全身で感じつつ意識を失った。
数分後、冷たいアジトの床でノビていたところを偶々通りかかった団員の一人が見つけるまで、ライは意識を失ったままだった。
その後、ライは毎日必死に説明し続けたがカレンに中々聞き入れてもらえず、やっと誤解が解けたのは結納の日の二日前の事だった。