本来は日曜日の投稿を目指していたのですが、諸般の事情で遅れました。
それと、間幕が思い付かなかったので、今回は無しです。
ただ、思い付いたら何処かで書きたいとも思っています。
薄暗い嚮団の地下施設。
ライは黒衣の男を先導に悠々と歩みを進めていた。
道すがら出会った研究者達は、ライを視認した瞬間、皆一様に驚愕の面持ちを浮かべると、次には触らぬ神に祟り無しとでも言わんばかりに身体を縮こまらせた。
そうして道を譲り頭を垂れる一方で、ライはそれを当然のものとして無視する。
やがて区画の端にまで至った時、その歩みが止まる。
二人の正面には巨大な壁が立ちはだかっていた。
ライが、行き止まりか? と首を傾げていると、男は壁に手を添えた。
すると、そこに掌程の凹みが出来る。
同時に、短いスイッチ音が鳴ると目の前の壁がゆっくりと観音開きの様相を呈する。
その仕掛けを目の当たりした時、嚮団を隅々まで歩き回り全ての施設を把握したと自負していたライは、一年近くも気付けなかった事に、内心舌打ちしつつも歩みを進めた。
部屋の中には、V.V.を筆頭に此所までライを案内して来た男とは別に4人の黒衣の男達が、ストレッチャーに横たわる大柄な男を取り囲むように居た。
また、彼等の奥にはその部屋よりも遙かに大きなガラス張りの空間が有り、そこには今までライが見た事も無い重武装と重装甲が施された巨大なナイトメアらしき機体が、その部屋の主よろしく鎮座している。
ライはまだ知る由も無いが、その機体の名はジークフリートと言う。一年前、C.C.の乗るガウェイン諸共海底に沈んだ筈の機体だ。
二人が部屋に入ると男達は皆驚いたようで一斉に視線を向けるが、ライが目を細めるとこれまた一斉に視線を逸らした。
そんな中、たった一人視線を逸らさなかったV.V.は残念そうに呟いた。
「あ~あ。見つかっちゃた」
しかし、ライが我関せずといった様子で周囲を観察していると、V.V.は彼を連れてきた男を見据え瞳に批難の色を滲ませた。
「言いつけを守れないなんて悪い子だね」
「も、申し訳ございません」
咎められた男が畏縮しながら謝罪の言葉を口にする。
V.V.は軽く溜息を吐いた。
「まぁいいよ。どうせ脅されたんでしょ? それに、
そう言ってV.V.は再びライに向き直る。
「それで、ここに来た要件は? ひょっとして……」
「推察通りだ。C.C.を確認した」
「…やっぱり総領事館に居たんだね」
目元を緩ませるV.V.を尻目に、ライは軽く相槌を打った。
「あぁ」
「それなら――」
「残念だが、これ以上は無理だ」
言葉の続きを予測したライが口を挟むと、V.V.は一転して怪訝な表情を浮かべた。
「どうして?」
「皇帝が禁じている」
「…そう、だったね」
僅かな間をおいて、V.V.が心底残念そうに呟くとそれを認めたライが問う。
「あの男は本当に目的を果たす気があるのか?」
「彼を疑うの?」
V.V.は再び瞳に批難の色を滲ませるが、相変わらずライは気にもしない。
「私は当初、総領事館の直接占拠を提案したが、あの男はそれを拒否した。揉め事は避けろと言ってな」
「でも、彼が契約を蔑ろにする事は無いよ」
「何故そう言い切れる?」
「彼とは長い付き合いだからね」
「長い付き合い、か……だが、人の心は移ろい易い。心変わりをしたとしても不思議では無いのでは?」
―― 心変わり ――
その言葉を聞いたV.V.の表情に僅かに曇る。それを見逃すライでは無い。
「どうやら思い当たる節があるようだな?」
ライの問いは当たっていた。
だが、V.V.は答える事無くライから視線を逸らすと一人思慮に耽る。以前はどうしたか、と。
そして、直ぐにその結論に至ると徐に口を開いた。
「仮にそうだったとしても、それならそれで彼の心を変えた理由。それを消せばいいだけだよ。でも、やっぱり杞憂だよ」
V.V.はそう前置きした後、今度はどこか懐かしむかのような瞳を虚空に向けた。
「あの日、僕達は地獄で誓ったんだ。僕達だけは絶対に裏切らないって」
本来、その言葉の後には続きがあるのだが、V.V.がそこまで語る事は無かった。既に一度破ってしまっているからだ。
「随分と親密だな?」
「まぁね。ここに至るまで色んな連中に裏切られてきたから。ライ、君も裏切らないと誓ってくれない?」
疑念の眼差しを受けつつも、流麗に返して見せるV.V.。
同時に、これまで抱いていた不安を払拭する良い機会と考えた彼は誓いを立てさせようと画策した。しかし。
「断る」
ライは一考に値しないとでも言いたげに、明確な拒絶の意思を示した。
その態度にV.V.は僅かに顔を顰める。
しかし、後に続いた言葉は彼の不安を半ばまで氷解させるものだった。
「そもそも、私には心変わりする理由やお前達を裏切るべき理由が無いだろう?」
この一年、ライを見続けて来たV.V.にとって、確かにその言葉は一定の説得力が有るには有ったからだ。
今はゼロに並々ならぬ関心を懐いているとはいえ、それが元でライが裏切るという要素は垣間見えない。
だが、それでも不安は半ば残った。唯一の気掛かりといっても良い事が払拭されていなかったからだ。
それは、ライの左手の手袋の下。その薬指に填められている指輪。その贈り主。
それが誰であったかと言う事。
V.V.も当初は様々な仮説を立てた。
まず、母親や妹が送ったものかと推察するも、指輪が填められた位置とそれが意味する事実からして直ぐ様否定した。
次に、可能性があるものとして第三者、婚約者や伴侶といった人物を想定するも、過去のライを記した書物にはその手の記載は一切無い。
そうして最後に残ったのは、目覚めて以降に出会った者とそのような間柄になった結果、その者から贈られたという、V.V.が想定する中でも最悪の答え。
しかし、それを彼が確かめる術は既に無い。
何故なら、学園メンバーはライとカレンの関係性はスザクを除いて薄々は察していたものの、結納まで至っている事など知る筈も無かった事。
故に、その事実を知るのは騎士団メンバーとなるのだが、後に捕虜とした団員達はライがカリグラと成る前に、特務総督府管轄の元、一時、機情の長官を代行したベアトリスの手で初期に尋問を終わらせており、その報告には彼女の性分が色濃く反映されたのか、プライベートな記載は一切無く、だからと言って改めて尋問しようにも団員達は既にゼロが手中に収めていたからだ。
であれば、素直に尋ねれば良いのだろうがV.V.は躊躇していた。
問うた結果、万が一にも書物に記されていないだけで、過去にそういった存在が居たとなったら目も当てられない。
皇帝のギアスによって自分を契約者だと信じているライに、何故知らない? と問われかねないと考えていたからだ。
その時、言葉を濁す事は可能であっても問うたが最後、ライの鋭すぎる洞察力がV.V.にあらゆる嫌疑を掛けて来る事は想像に難く無い。
さすれば、ライは契約を果たす事。それ即ち母親と妹の仇に繋がると言った自分達の言葉さえも疑い出すこと請け合い。既に弟との間でほぼ間違いないとの確証を得ていたとはいえ、持ち得る証拠だけでは今少しの説得力に欠けるとの結論から、未だに明確な証明提示を先送りにせざるを得ないが為に。
そうなったが最後、今まで契約によって縛ってきたこの狂える王。その強大な牙を約束の時まで抑えきる事は自分であっても不可能だと、下手をすれば弟にまで危害が及ぶ可能性があるとV.V.は懸念してたのだ。
ライが呆れた口調で答えた時、V.V.には見えた事だろう。
今にも引き千切られそうな程に、か細い鎖がライの首に巻き付いているのが。
だが、そこは年の功とでも言うべきなのだろうか。
V.V.は直ぐに気を取り直すと、心情を気取られぬよう嬉しそうに笑みを浮かべてみせた。
「それもそうだね」
流石にその笑みの裏にそんな想いが隠されているとまでは露知らず、ライはV.V.の真横まで歩み寄る。
因みにV.V.も一つ、夢にも思っていない事がある。
自分がライに見張られているという事。
そして、それを頼んだのが他ならぬ弟、皇帝シャルルだと言う事を。
しかし、この場合それを裏切りと言えるかと言えば答えは否だ。
V.V.が約束を違えなければ良いだけの話なのだから。
ライは、ストレッチャーに横たわっている男。
顔半分を仮面に覆われ固く両目を閉じている大柄な男に視線を落とす。
「この者は死んでいるのか?」
「眠ってるだけだよ」
先程の笑みそのままに答えるV.V.を見て、ライは再び疑問を口にする。
「新しい駒か?」
「似たようなものかな。彼は僕の騎士にしようと思ってね」
ライは再び視線を落とすと思考を巡らせる。
男が身につけている装束は確かに騎士と呼ぶに相応しい物だった。
が、一箇所だけどうにも解せない所があった事から、次に神妙な面持ちで呟いた。
「妙な男だな。これでは仮面の意味が無い」
「其処に突っ込むの?」
真剣な眼差しとは裏腹に、何とも間の抜けた事を言ってのけるライ。
最も本人にその自覚は全く無く、ごく自然な感想を口にしたつもりだったのだが、それが余程可笑しかったのか。V.V.は愉快げに笑った。
その態度が
「使えるのだろうな?」
「さぁ? まだ何とも言えないよ」
自身の眼光に全く臆する事無く、相も変わらずヒラリと受け流すV.V.を見てこれ以上は無駄だと悟ったライは、続いて奥にあるガラス張りの空間を指差しながら問うた。
「あれはナイトメアか?」
「正しくは、ナイトギガフォートレスって言うんだけどね」
「何だ、それは……」
怪訝な表情を浮かべるライに対して、V.V.はそれまで二人の会話の邪魔にならないよう無言で佇んでいた黒衣の男達に命じた。
「説明してあげて」
「畏まりました」
男達は優雅に腰を折ると口々に説明を行った。
やがて、彼等から一通り機体の設計思想を聞かされたライは、顎に手を当てると僅かばかりの思考の後、確認のため口を開いた。
「その神経電位接続という技術。例えばだが、車椅子を余儀無くされている者に施せば、ナイトメアを自在に操れるようになるか?」
「可能でございます。しかし、操縦する為でしたらサイバネティック技術で足を代用する事で十分ですが?」
「あれは反応速度がやや劣る上に、精密操作には不向きだろう?」
問題点を鋭く指摘する彼に向けて、今度はV.V.が怪訝な瞳を向ける。
「施したい相手でも居るのかな?」
「一人、優秀な騎士……いや、アレは狩人だな。燻り続けている者を知っている。しかし、スペックを最大限に発揮するためにはその施術が必要。私には無理と言う事か」
「ねぇ、ひょっとしてナイトメアが欲しいの?」
ライの呟きを聞いたV.V.が不思議そうな表情で問うと、彼は思わず心情を吐露した。
「私は一日の大半をこの薄暗い地下施設で過ごしているのだぞ? それ以外は黄昏の間だが、彼処には何故か常にといって良い程
珍しいライの愚痴を聞いたV.V.は顎に手を置くと暫しの間考え込む素振りを見せるが、やがて何かを思いついたらしく徐に口を開いた。
「分かったよ。じゃあ、僕がプレゼントしてあげる」
「何だと?」
予想外の言葉だったのか、瞳を見開くと驚いた様子でいるライを余所にV.V.は更に語る。
「そうなると、君のデータを取らないといけないね。丁度此所にはシュミレーターもあるし、今から乗ってみる?」
「それを早く言え」
ニンマリと笑みを浮かべるV.V.に対して棘のある口調で言ったライだったが、目元は僅かに緩んでいた。
そんなライを横目で捉えながらV.V.が男達に視線を送ると、主の意図を察した彼等は恭しく頭を垂れる。
「では、陛下。こちらへ……」
「じゃあ、僕は彼の調整を見てくるよ。終わったら言ってね」
V.V.はそう言ってストレッチャーを押す2人の男を従えると、隣の部屋に消えて行く。
ライもまた、残る男達に促されるままその部屋を後にした。
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コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ TURN03 ナイトオブラウンズ(前編)~
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V.V.は、両腕を後ろに回すとベッドに横たわり無数の管に繋がれている半面の男を物思いに耽った表情で眺めていた。
その背後にある扉が開くと、彼は振り返る事無く問い掛ける。
「どうだった?」
だが、返事は無い。
不思議に思ったV.V.が向き直ると、そこには怪訝な表情を浮かべたライの姿があった。
「妙な体験だった。ナイトメアなど乗った覚えが無い筈なのだが、不思議と操縦方法が分かるうえに自然と体が動いた」
「ああ、それかぁ……」
「V.V.。お前まさか――」
納得した様子でいるV.V.を見たライの表情が強張る。
「寝ている間に私の体に何かしたのか!?」
「まぁ、それもあるかな」
「貴様っ!!」
「僕じゃ無いよ」
激昂しかけたライを右手を突き出し制したV.V.は陰惨な笑みを浮かべる。
「でも、そのお陰で君はいとも簡単にナイトメアを乗りこなしたんでしょ? 寧ろ感謝するべきなんじゃない?」
「私の体は母が与えてくれたものだ! それを――」
「そんな大事な体にギアスを宿したのは何処の誰?」
「っ!!…それは……」
ライは珍しく口籠もった。
V.V.の問いは正に正鵠を得ていたからだ。
―― ギアスの力は王の力 ――
聴覚を媒介にあらゆる者を従わせる事が出来るライのギアス。正に王の力と呼ぶに相応しく、それについては彼も異論は無い。
だが、それが表向きの表現なのだと言う事を彼はあの日、嫌という程思い知った。
ギアスは彼にとって全てとも言える二人の命をいとも簡単に奪い去ったのだから。
誰かが言った。表があれば裏がある、と。
V.V.が言った言葉は、正にその裏の意味を暗に示していたのだ。
呪われた力を宿したクセに何を言っているの? と。
契約の際にそれを知らせなかったとは言え、ライにV.V.を責める事は出来なかった。
押し付けられた力では無く、自ら望んで手にした力。
暴走が予定されていたものとはいえ、それを御する事が出来なかったのは他ならぬ自分自身なのだ。
何よりも己の力不足を他者に擦り付ける等、彼のプライドが許さなかった。まぁ、そもそもV.V.はライの契約者でも何でもないのだが。
「……二度と、するな……」
ライは眉間に皺を寄せると、これまた彼にしては珍しく辿々しい口調で呟いた。
その時、V.V.には見えた。
か細い鎖とは別に、遙かに太く強靱な二本の鎖がライの体に巻き付いているのを。
その瞬間、V.V.は理解した。ライは絶対に裏切れない、と。
先程の憂いが消えていくのを感じたV.V.が今度こそ心よりの笑みを浮かべていると、再び扉が開き黒衣の男が入って来た。
「陛下、こちらに記入を」
男はそう言って手に持ったバインダーを差し出した。
受け取ったライは、綴られた数枚の用紙を捲りながら首を傾げる。
「これは何だ?」
「はい。どういったタイプの機体をご所望されるか――」
「タイプは指揮官機でいい。だが、個別戦闘にも遅れを取る事が無いようにしろ」
ライはバインダーを突き返してサラリと言ってのけると、受け取った男は恭しく頭を垂れた。
「畏まりました……後は、カラーリングですが――」
「不要だ」
「さ、左様で……」
男が少々驚きを隠せない様子でいると、ライは持論を展開した。
「どれだけ着飾ろうとナイトメアも所詮は戦いの道具。私は武器を下手に着飾るのはどうしても好きになれない」
「では、機体保護の為の塗装は施すとして、それ以外は行わないとなりますと機体カラーは銀色になりますが?」
「それでいい」
「畏まりました。では」
男は腰を折ると踵を返して部屋を後にした。
やがて、二人の会話が終わったのを見計らったV.V.が再び問い掛ける。
「彼への報告はもう済んだ?」
「そう言えば、まだだったな」
「なら、先に行っててよ。僕も直ぐに行くからさ」
「全く――」
「小間使いのような事をさせてごめんね」
ライの言葉を予測したV.V.が三日月を浮かべて言葉だけの謝罪を口にすると、虚を突かれる形となったライは思わず目を見張る。
だが、直ぐに剣呑な表情を貼り付けると事も無げに言い放った。
「……今後の方針を決める必要がある。さっさと来る事だな」
そう言って、ライは立ち去るべく扉に向けて歩き出す。
すると、入れ違いに今度は二人の黒衣の男達が入って来た。見た目からは判断し辛いが、一人は先程部屋を後にした筈の男だ。
鉢合わせになった事に驚いた男達は、慌てて道を譲ると頭を垂れる。
が、ライは当然とも言いたげに彼等の脇をまるで無視するかのように通り過ぎて行った。
やがて、扉が閉まるのを確認するした男達は、しどろもどろといった様子で口を開く。
「嚮主V.V.。一つ申し上げにくい事が……」
「どうしたの?」
「はい、先程の陛下のシュミレーター結果なのですが。その、何と申し上げたら良いか………」
「報告は簡潔にね」
煮え切らない態度でいる男達を見て、V.V.は内心首を傾げながらも目敏く指摘すると、咎められた男達は簡潔に思いを述べる。
「はっきり申し上げて異常です。我々の手では、陛下に満足して頂ける性能を持ったナイトメアは……」
「造れない?」
「お、畏れながら……」
「それを聞いたら彼は怒るだろうね」
V.V.の呟きにライの怒れる様をありありと脳裏に描いてしまったのか、二人の顔がみるみる蒼褪めていく。
他の男達も、哀れむかのような瞳で同僚達の身に起こった不幸を嘆いていた。
すると、V.V.は余りにも不憫に思ったのだろうか?いや、違う。プレゼントすると言ったのはV.V.自身だ。
それが無理になるという事は怒りの矛先はまず自分に向くと考えた彼は、果たして誰に向けて言ったのか、助け船を出した。
「仕方ないね。僕からシャルルに頼んでおくよ」
「も、申し訳ありません」
「有り難うございます」
男達は頭を垂れて口々に感謝の意を述べた後、再び口を開く。
「ですが、このような数値。果たして肉体改造だけで出せるものなのでしょうか?」
「お前達にそこまで言わせるなんて、相当な数値なんだね。
「お、お待ちを! 嚮主V.V.。陛下は弱体化しておられるのですか?」
「これで、弱体化?」
「肉体改造を施した結果、弱くなられたと?」
男達は一斉に瞳を見開くと口々に疑問を呈する。
一方、その見当外れな疑問を聞いたV.V.は僅かに鼻を鳴らした。
「そうだよ? 言って無かったかな? バトレーが肉体改造なんてしたばっかりに、彼が眠りに付く以前まで持っていた肉体の性能は既に失われてる。見た目と身体検査の結果だけで、ナイトメアを駆るには筋肉の付き方が不十分とでも判断したんだろうけど。でも、彼がどういう存在なのか知らければ、研究者としてみたら無理も無いかな。試しに知識だけ与えて乗せてみたらよかったのにね。直ぐに適応して、その数値以上のものを叩き出しただろうさ……まぁ、そのお陰であの時は何とか取り押さえる事が出来たから、僕にとっては結果的に良かったんだけどね」
V.V.の言葉を聞いた男達は、再び手に持ったシュミレーター結果に視線を落と背筋に薄ら寒いものを感じつつも囁きあう。
そこに記された数値は本来であれば異常の一言に尽きるもの。
比較対象に上げるとすれば、ラウンズのデータとなるだろうか。しかし、それと見比べても何ら遜色は無い。
いや、知らない者ならラウンズの物だと勘違いを犯しても可笑しくない程のものだったからだ。
対するV.V.は、そんな男達から視線を移すと、再びストレッチャーの主に向き直った。
「で、こっちの彼の調整は?」
「は、はい! 既に8割方終了しております」
「ここまで来るのに1年近く掛かったけど、あと少しか。早く見たいよね」
「全力を尽くす所存です」
主の要請に対して、襟を正した男達が一斉に頭を垂れる。
V.V.はそんな彼等を尻目に、ストレッチャーの上で未だ眠り続けている男に対して陰惨な笑みを向けた。
「光栄に思うといいよ。君は今まで誰も持ち得なかった力を得るんだから。ねぇ? ジェレミア・ゴットバルト」
嘗てゼロによって全てを失った男、ジェレミア・ゴットバルト。
彼の存在はルルーシュのみならずライの運命さえも大きく揺さぶる事となる。正に分水嶺とも言える立ち位置に居るのだが、当の本人は未だ深い眠りの中。
だが、目覚めの時は近い。
そして、目覚めた後に取る彼の行動。
それが
◇ ◇ ◇ ◇
救出劇より数時間後。
囚われの仲間達を奪い返したルルーシュは、総領事館の一室に居を構え、その素顔を晒していた。
部屋の中には、彼の他にC.C.とカレン。そして新たに知る事となった卜部の姿が見受けられる。
4人の中で最初に声を発したのはカレンだった。
「例のゼロを助けたパイロットは? 一度、会っておきたいんだけど」
「一歩遅かったな。既に星刻の持つルートで外に出した」
端的に返すC.C.。
すると、その聞き慣れない名前にルルーシュが反応する。
「星刻?」
「中華連邦の人。今の此処の責任者よ」
「ブリタニアに見張られていないか?」
「安心しろ。クリーニング済みだ」
「そうか。では、俺も使わせて貰おう」
カレンとC.C.が交互に答え、ルルーシュが納得した面持ちを浮かべたその時、これまで無言を貫いていた卜部が動いた。
「少し良いか? ゼロ」
「何だ?」
ルルーシュはある決意を胸に懐きながら卜部に視線を向ける。
自分の正体について納得が出来ないのなら、他の者達に打ち明ける気なら、残念だが使うしか無い、と。
彼としては、これまで騎士団を存続させたばかりか、自身を目覚めさせる作戦を成功させた功績と、何よりもライが大切に想った仲間の一人でもある事から、卜部に対して出来る事なら使う事は極力避けたかったからだ。
注意深く探るかのような瞳で見つめるルルーシュ。
対して、卜部もまた普段よりも些か真剣な眼差しを差し向ける。
「改めて見ると…本当に若いな。それに、まさか学生とはな」
「不満かな?」
ルルーシュが不敵に笑うと卜部は首を横に振った。
「いや、驚いているだけだ」
「卜部さん。この事は――」
「分かっている。話す気はない」
「藤堂達にもだぞ?」
「っ!……あぁ。俺はゼロ、君に懸けたんだ」
不安げな瞳のカレンには力強く答えたが、C.C.の舌鋒には少々口籠もった。
だが、それでも卜部の決意は堅いようで、その瞳に宿る強い光を認めたルルーシュは、懸念が徒労に終わった事に安堵しつつ、又しても不敵に笑った。
「フッ。では、今後とも宜しく頼む」
「あぁ、こちらこそ」
力強く首肯する卜部を見て、カレンは内心胸を撫で下ろすと話を振り出しに戻す。
「それで、あのパイロットの事は? まさか秘密にする気?」
「お前達とアイツの間には、バベルタワーでの一件があるからな」
「やっぱり、同一人物なのね」
「やはり、か」
納得した様子でいるカレンと、寡黙な態度を崩さないでいる卜部。
C.C.はそんな二人を交互に眺めた後、ルルーシュに視線を移すと僅かに口元を緩めた。
「会わせても良いだろうに。知れば殴りに行くからか?」
「ちょっと! 失礼な事言わないでよ!」
「それ位は弁えている」
二人は口々に非難の声を上げるも、案の定というべきか。魔女に効果は無い。
逆に冷やかな視線を浴びせられる事となり、それを見透かされていると勘違いしたカレンはばつが悪そうな顔で言うのだが、その言葉は魔女にとっては恰好の餌だった。
「その…少しとっちめるぐらいよ」
「おい、紅月?」
「そんな所だと思ったよ。しかし、それぐらいで済むのか?」
得意気に語るC.C.。
その時になって誘導された事に気付いたカレンは、お返しとばかりに冷やかな視線を送る。
「騙したわね。それに、一体どういう意味かしら?」
「加減を知らない女だろう?」
「アンタねぇ……」
一触即発の空気が辺りを漂い始めると、卜部は思わず肩を落とした。こうなってしまってはどうしようも無いからだ。
律義な彼は当初何とか止めようと割って入ったが、その結果一度語るも恐ろしい程酷い目にあっており、経験から学んでいた。
それに、彼女達は数日も立てば何事も無かったかのように普段通りの仲に戻るのだから。
しかし、今回ばかりは少し勝手が違った。
卜部が触らぬ神に祟りなしとでも言わんばかりに無関心を決め込んでいると、突如としてルルーシュが割って入ったのだ。
「二人ともそれぐらいにしておけ」
「でもっ!」
「カレン。今は言い争いをしている場合では無い」
「それは…そうだけど……」
「C.C.お前もだ。あまりカレンで遊んでやるな」
「……分かったよ、坊や」
ルルーシュが窘めると、口論は一応の集結をみた。互いに不承不承といった様子ではあったが。
一方で、卜部は先程の無関心さも何処へやら。一転して安堵したかのような表情を浮かべると、それを不思議に思ったルルーシュが問う。
「どうした?」
「……いや、君が戻って来てくれて本当に肩の荷が降りたと思っただけだ」
「その様子だと苦労したようだな」
同情するかのような視線を送られた卜部は、珍しく愚痴を溢そうとする。
理由は簡単だ。
一年もの逃亡生活の中で、これまで騎士団には彼の上に当たる人物や同僚は居なかった。
かといって部下に愚痴を溢すなど彼の美学が許さない。そういった事を言える相手が居なかったのだ。
「ああ、それはもう……」
そこまで言って、卜部は自身に浴びせられる強烈な怒気と冷気に気付くと、はたりと言葉に詰まる。
彼は恐る恐るといった様子でそれらが漂って来る方向に視線を向けると、そこには案の定、カレンとC.C.の姿があった。
卜部は慌てて話題を変える。
「と、兎に角。俺はこれからも君の事はゼロと呼ばせてもらう」
「そうしてくれると助かる」
「ああ、それじゃあ俺は中佐の所に行っている」
卜部はそう言うと足早に部屋を後にする。
そんな彼の後ろ姿に容赦無く視線を浴びせ続ける二人。
「逃げたな」
「逃げたわね」
すると、互いの意見が一致した事に驚いたのか。視線を交わらせた彼女達は、今度は一転して微笑を浮かべあった。
ルルーシュはそんな二人の様子を見ながら思う。仲が良いのか悪いのか良く分からないな、と。
どうやら彼の明晰な頭脳を以てしても答えは出なかったらしい。いや、そもそもルルーシュに女心が分かるのか甚だ疑問だ。
やがて、卜部が部屋から逃げ去ったのを確認したカレンは、徐にルルーシュの真向かいに歩み寄ると手に持った小型のレコーダーを机に置いた。
「ルルーシュ。約束の物よ」
告げた言葉はたったそれだけ。しかし、ルルーシュには十分だった。
レコーダーを手に取ったルルーシュが僅かに瞳を細めるのを余所に、二人はそんな彼の様子を無言で見守っている。
が、次の瞬間、彼は二人にとって予想だにしない行動に出た。
「必要無くなった」
そう言うとあろう事かカレンに突き返してみせたのだ。
突き返されたカレンは驚きに瞳を見開くと、怒りを孕んだ口調で問う。
「どういう意味?」
「言葉の通りだ」
カレンが怒っている事など容易に理解出来る筈だったが、ルルーシュは敢えて短く返した。当然、それは火に油を注ぐ結果となる。
「何よそれ! 死んだ人間に用は無いって言いたいのっ!?」
激昂したカレンが机に身を乗り出すが、ルルーシュに動じた様子は見られない。それどころか、彼は彼女達にとって信じられない言葉を言ってのけた。
「生きている」
「えっ?」
「ライは生きている」
自身に言い聞かせるかのように反芻するルルーシュを見て、カレンのみならずC.C.さえも呆気に取られる。
依然としてC.C.が口を挟む事は無かったが、ライの事でカレンが黙っている筈も無い。
カレンは、なまじ先程の怒りに染まっていた方がまだ優しい。そう思わせるに十分な冷え切った瞳を向けながら両拳を握り締める。
「本気で…言ってるの?」
「愚問だな」
「気休めは止めてよっ! ルルーシュ、あなたはこの一年私達がどれだけ探したか分かってない!!」
「気休めじゃない。俺には確信がある」
「何よそれ!」
「まだ言えない。だが、生きていると信じている」
息をする事さえも忘れて矢継ぎ早に言葉を紡ぐカレンだったが、ルルーシュは真っ向から受けて立って見せた。
そんな彼の態度に、本当に信じているのだと理解したカレンはゆっくりと落ち着きを取り戻して行った。
やがて、完全に落ち着いたカレンは顔を伏せると肩を震わせる。
「……本当、に?」
「あぁ」
短くも力強いルルーシュの言葉にカレンは思わず顔を上げると、彼女の瞳に飛び込んで来たのは何処までも真っ直ぐなルルーシュの瞳。
それを見たカレンは、再び拳を固く握り締めると机の上にあるレコーダーとルルーシュ。双方に視線を行き来させる。
やがて、意を決した彼女は左腕を高々と掲げると次の瞬間、あらん限りの力で降り下ろした。
机が割れたかのような音とともに砕け散るレコーダー。
ルルーシュのみならずC.C.までもが呆気に取られていると、カレンは再び顔を伏せて辿々しい口調で語り始めた。
「これで、もうライの声は聞けない。私がこれをずっと持っていたのは、これがライの最後の声だったから。でも――」
「聞かせてやる」
遮るかのように告げられたルルーシュの言葉に、カレンが再び肩を震わせると彼は今一度告げた。
「聞かせてやるさ」
「……なら、お願い。ライを、探し…て……」
普段の彼女を知る者達からすれば信じられないだろう。
蚊の鳴くようなか細い声で願うカレンに向けて、ルルーシュは優しげな声で応じた。
「その願い聞き届けた。だからカレン。君も二度とライが死んだ等と思うな。必ず、必ず見つけてやる」
カレンは顔を伏せたままルルーシュに背を向けると、先程より幾何か明るい声で答えた。
「ありがとう、ルルーシュ」
突然の感謝の言葉にルルーシュは一瞬目を見張る。が、彼は直ぐに申し訳なさそうに唇を噛み締めると謝辞を述べた。
「いや、礼を言うのはこっちの方だ。信じてくれて感謝する。だが、こうなってしまったのは元はと言えば俺のせいなんだからな。カレン、済まなかった」
「あの時は貴方なりの理由があったんでしょ? それに、あなたがライの事で嘘を吐かないって事だけは信じてるから」
「そうか…」
ルルーシュはバベルタワーで自身が言った言葉を思い出すと、少々気恥ずかしそうに呟いた。
それが可笑しかったのか、カレンは天井を見上げると一転して明るい口調になる。
「皆の所に行ってるわ」
そう告げるとカレンは幾分か軽い足取りで部屋を後にした。
◇
カレンも部屋を去り、一人残された形となったC.C.。
「全く、あの女は」
彼女は微苦笑を唇に湛えながらカレンを見送った後、ルルーシュに向き直ると今度は一転して少々棘のある口調で問い正す。
「で? どういうつもりだ?」
しかして、ルルーシュはあっけらかんとした口調で問い返す。
「何がだ?」
「ライが生きているということさ。一体、何を根拠に――」
「無いんだ」
「なに?」
C.C.が疑問の声を上げると、ルルーシュは机に両肘を付き手を組む。そしてその手に額を押し当てると俯いた。
「生徒会の皆から、ナナリーとライ。二人の記憶が……」
その仕草から彼の表情を伺い知る事は出来ない。
だが、C.C.は察していたのだろう。彼女は何も言わずにただ無言で続きを促すと、ルルーシュは自身の考えを告げた。
「ナナリーに関する記憶を奪ったという事は理解出来る。だが、ライはどうだ? 本当に死んだのなら何故奪った? 必要無いだろう?」
「ルルーシュ。あいつはギアスを、王の力を持っているんだぞ?」
C.C.の指摘にルルーシュは面を上げる。彼女の予想通りだったのか定かでは無いが、彼の顔は憎しみに歪んでいた。
「そう、ギアスだ。だからこそ皇帝がライを押さえている可能性は十分にある。相手は実の子供でさえも道具として使う男だ。ライの存在は……大層魅力的に映るだろうな!」
そこまで言うと遂に耐えきれなくなったのかルルーシュは拳を机に叩き付けた。そんな彼を余所にC.C.は諭すかのように続ける。
「なぁ、ルルーシュ。私はギアスと繋がりのある者の事なら分かる」
その言葉にルルーシュはC.C.の瞳を無言で見据えた。
「お前が生きていると分かったのもそのお陰だ。ギアスユーザーが持つ特有の波長…とでも言うか。それを感じ取れていたからなんだぞ? だが、この一年ライの波長は一度も感じていない」
だが、相変わらずルルーシュは
「魔女のレーダーも錆びたな。それとも、何処からECMでも出ているんじゃないか?」
ルルーシュの軽口にC.C.が眉を曇らせると、それを批難と受け取ったルルーシュは鼻を鳴らすとソッポを向いた。
C.C.は内心、ガキめ、と小馬鹿にしながらも再び問う。
「本気で信じているんだな?」
「ああ」
「まさか、信じたくないという想いからでは無いだろうな?」
「くどいぞ」
話は終わりだとでも言わんばかりに吐き捨てたルルーシュは、今一度決意を述べる。
「ナナリーもライも必ず見つけてやる」
「分かったよ。私も、もう一度探りを入れておく」
最早、何を言っても無駄だと悟ったC.C.は溜息混じりに答えるとルルーシュは驚いた様子で振り向いた。
「まさか、心当たりがあるのか!?」
「お前の妹については分からないが――」
「ライについてならあるんだな?」
ルルーシュが射抜かんばかりの視線を向けると、C.C.は観念したのか小さく頷いた。
「手掛かりは、取り戻せなかったお前の欠落した記憶だ」
「俺の記憶、だと?」
予期していなかったのか、怪しむと同時に、即座にバベルタワーでの出来事を思い出したルルーシュが呟く。
「そういえば、あの時確かにお前は言っていたな。まだ全てを取り戻せた訳では無いと。
「私にはギアスが効かないだけで、掛けられたギアスを解除出来るような力までは持っていないさ。一つ、面白モノを見せてやるよ」
そう前置きしたC.C.は、パソコンを操作すると壁に据え付けられていたモニターの一つが起動した。
「何をするつもりだ?」
「まぁ、黙って見ていろ。
「船長? お前は一体何を――」
『我々は、世界解放戦線、方舟の船団である!!』
「……は?」
突如としてモニターに映った謎の人物。それが発した第一声に、ルルーシュは耳を疑った。
しかし、その間にもその人物は尊大な口調で語り続ける。
『愚かしきユーロピア共和国の市民共よ! 我が――』
「止めろ! C.C.!!」
画面に映る素顔は逆光のため判然とはしないものの、その聞き慣れた声色と大仰な仕草に、思い当たる節があり過ぎるルルーシュは、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。
対してC.C.はその美貌を妖艶に染めると、平然と嘯いて見せた。
「どうかしたのか? 船長さん? これからが良いところ――」
「もう分かった! お前が言っている取り戻せない記憶とはこれか!」
「無いだろう?」
「あぁ、身に覚えが無い」
忌々しげにその端正な顔貌を歪めるルルーシュ。
C.C.は表情を改めると告げた。
「お前の気配はこの一年、ずっと感じていた。一時、欧州方面に行った事も。だが、その時の記憶はCの世界の何処にも無かった」
「詳しく話せ」
ルルーシュは椅子に座り直すと、腕を組み背もたれにその身を委ねる。
対するC.C.はパソコンを操作しモニターを消すと語り始めた。
ブラックリベリオンの際、ジェレミアを引き付ける為、別れ際に行った
Cの世界は人間の記憶が集まる場所でもあり、後に作戦前にその世界に出向き、自身が持つルルーシュの記憶の波長を頼りに、接触以降の彼の記憶を探り出し、繋ぎ会わせて再構築した事を。
だが、そこまで聞いたルルーシュの口から出たのは当然の疑問。
「では、この時の記憶は何処にいった?」
「それが分かれば苦労はしない」
「皇帝にとって、取り戻されると不味い記憶という事か?」
「あの男のギアスは強力だが、流石にCの世界にある記憶にまで干渉出来るほどの力は無いさ。あの世界にあるものに手を加える事なんて、
「おい。その言い方だと、可能な者が居るようにも聞こえるぞ?」
「……さぁな」
まだその時では無いと判断したC.C.はそっぽを向いた。
その態度に、ルルーシュはいつもの事だと割り切ると押し黙り思慮に耽る。
そんな彼に向き直ったC.C.が釘を指す。
「だから、当てにはするな。それと、ルルーシュ。これだけは頭に入れておけよ?」
C.C.はそう前置きした後、紫色の瞳に疑問の色を浮かべているルルーシュに向けて何時になく真剣な眼差しで告げた。
「生きているのなら、皇帝がライを従えているのなら、間違いなくライは敵になっているぞ。それも、最悪の敵にな」
彼女が何を言わんとしているか瞬時に理解したルルーシュは、剣呑な瞳を浮かべながら口を開く。
帝国成立時にリカルドが掲げ、現皇帝シャルルが体現せしめている不変の理。力こそ絶対との国是。
その源となった存在。伝説に謳われた古の王の名を。
「ライゼル、か……」
C.C.は静かに頷く。だが、ルルーシュはその薄紫の瞳に一層の決意を露わにした。
「良いだろう。俺はこれから世界を手にしようと言うんだ。親友一人取り戻せずして何が世界だ!! ナナリーもライも絶対に取り返してみせる!」
何者にも負けぬ強い信念を宿したその言葉に、同時にルルーシュの決意が揺るぎないものであると再認識したC.C.ではあったが、彼女の不安は依然として拭えない。
本当にライが生きているとして、ライゼルに戻ってしまっていた場合、ルルーシュは果たして勝てるのか?と。
何よりも、仮に本当に生きていて取り返せたとしてもライに対してはルルーシュのように記憶を取り戻す術は無いのだ。
何故なら、学園で初めて会った時からC.C.は知っていたからだ。
ライの記憶は最初からCの世界の何処にも無かったという事を。
試しにC.C.はルルーシュと同じ方法を取る事を考えてはみたが、直ぐに却下した。
あれは前述の通り、彼女が持つルルーシュの記憶を流し込んだだけであり、ライにしようものならルルーシュの記憶を持ったライが誕生しかねない。
いや、下手をするとこれまでの記憶と反発し合い、最悪、廃人になる可能性も捨て切れない。
よって、そこまで考えた時、C.C.は考えるのを止めた。
そして、これ以降、彼女は密かに自身の懸念が事実で無い事を祈るようになった。
しかし、残念ながらその祈りは長くは続かない。
ライを想う者達の中で、彼の生存とその変貌。それらを真っ先に知るのは彼女となるのだから。
◇ ◇ ◇ ◇
「おぉっ! 懐かしの団員服!」
「やっぱりこれじゃないとなぁ。拘束服なんて二度とごめんだぜ」
総領事館の中庭では、一年ぶりの団員服に袖を通すと肌触りを懐かしむ面々の姿があった。
だが、そんな彼等とは一線を画すかのように相も変わらず剣呑な表情を浮かべる一団の姿も見受けられる。藤堂達だ。
「そうか、桐原翁は……」
「はい、キョウト六家の方々は神楽耶様を除き皆様……」
藤堂の呟きに卜部が無念を噛み締めると、そこに仙波が割って入る。
「その神楽耶様は?」
「ラクシャータ達と共に中華連邦へ難を逃れられたと」
「一先ずは安心という事か」
日本を象徴する皇家の血脈は未だ健在と言う事実に、仙波は場違いとは承知しつつも、腕を組むと安堵の溜め息を溢す。
一方で、今後の事を思案していた藤堂は思わず愚痴る。
「何れにしても、これからの戦いは更に厳しいものになるな」
それを聞いた二人は一様に口を噤んだ。
それもその筈。嘗てのような、キョウト六家の支援はもう望めないのだ。
周囲を敵に囲まれた、まさに陸の孤島とも言えるこの総領事館から再び全てを始めなければならないのだから。
ナリタでの雌伏を思い出したのか。
三人は皆一様に渋い顔を浮かべるとそれっきり押し黙ってしまった。
所変わって少し離れた場所では、そんな壮年の男達の姿を心此処に有らずといった様子で見つめる千葉の姿が。
すると、不意に彼女の側に居た朝比奈が悪戯っぽい笑みを浮かべながら背中を押す。
「告白しちゃえばいいのに…」
「な、何を告白しろとっ!」
慌てて否定する千葉。そんな時、周囲に声が響いた。
「ゼロだ!」
団員の誰かが言った言葉に二人の目付きが鋭くなる。
千葉は我先にとゼロの元へ集まる隊員達へ向けて、牽制の言葉を発した。
「待て待て! ゼロ、助けてくれた事には感謝しよう。だが、お前の裏切りがなければ私達は捕まっていない」
「一言あってもいいんじゃない?」
遅れ馳せながら朝比奈も援護射撃を行う。
だが、ゼロには彼等の口撃は予測済みだった。
『全ては、ブリタニアに勝つ為だ』
ゼロが切って返すと、言葉の続きが気になる団員達を代表して玉城が尋ねる。
「だよな! それで?」
『それだけだ』
何の謝罪も無かったゼロの言葉に団員達の間でどよめきが起きると、千葉は更に食って掛かる。
「そんな言葉で死んでいった者達が納得するとでも?」
『その者達には心より哀悼の意を表する。だが、戦いに犠牲はつきものだ』
「戦場から真っ先に逃げ出したお前が何を言う!」
燐とした千葉の声が辺りに響くと団員達はただ無言でゼロの言葉を待つが、ゼロは何も答えない。彼女の怒りが増す。
「見下げ果てた奴だ! お前より彼の方が余程リーダーに相応しかった!」
『彼?』
「惚ける気か!? ライの事だ! お前は知らないだろうから教えてやる! 彼は…彼は仲間を護ろうと、その身を犠牲にしてでも最後まで戦った!!!」
その言葉に殆どの団員達は顔を伏せた。
そんな彼等の仕草を見たカレンは、今でもライを想ってくれてる仲間がこんなにも居るのだ、と左手を胸に懐き想いを馳せる。
一方で、そんなカレンの様子を苦しんでいると勘違いした扇が慌てて口を開こうとしたが、それはゼロに遮られる事となった。
『生憎、ライについては詫びる気は無い』
「……何だと?」
俄にざわめき出す団員達。
すると、呆れて物も言えないといった様子でいる千葉の代わりに朝比奈が噛み付いた。
「どういう意味だい? 場合によってはゼロ。君はここに居る全員を敵に回す事になるよ?」
だが、半ば脅しに近い台詞にも関わらずゼロは事も無げに言い放つ。
『簡単だ。ライは生きているからな』
「はぁっ!?」
朝比奈が素っ頓狂な声を上げると隊員達は俄然騒ぎ出した。
「マジかよ……」
「でも、幹部の人達は生きてる筈が無いって……」
「いや、ゼロが言ってるんだし……」
「でもっ!……」
各々、混乱しつつも思い思いの言葉を口にする。
そんな中、いち早く立ち直った朝比奈はゼロを睨み付けた。
「君はあの爆発を見ていないからそんな事が言えるんだよ! 良いかい!? あの爆発の中で――」
「やめろっっっっ!!」
「っ!!…藤堂…さん?」
「中佐?」
突然声を荒げた藤堂に驚いた様子でいる二人を余所に、彼は一人壇上に上がる。
「ゼロ、彼は生きているんだな?」
『私はライの事で嘘は吐かないと誓っている』
それを聞いた朝比奈の瞳が鋭さを増す。
「何それ。俺達には吐くって言ってるような物だよね?」
『敵を騙すには、まず味方からという言葉もある』
「そんな言葉――」
「朝比奈っ!」
二度目の叱責。
朝比奈は、怒りに染まっていたとはいえ藤堂が話している最中に割って入ってしまった事を恥じたようで押し黙った。
「もう一つ聞きたい。あの時も勝つための策を練ろうとしたんだな?」
『私は常に結果を目指す』
「分かった」
短く答えた後、振り向いた藤堂は眼下に居並ぶ隊員達に向けて言った。
「作戦内容は伏せねばならない時もある。それに今は争いごとをしている場合では無い。我々には彼の力が必要だ。私は、彼以上の才覚を――」
そこまで言った時、藤堂の脳裏にライの姿が過った。
藤堂は、一瞬だけゼロに視線を移すと直ぐに向き直る。そして、軽く咳払いをした後、言った。
「彼以上の才覚を持つ者はこの場には居ないだろう!」
隊員達は互いに顔を見合わせる。そんな最中、後に続くように壇上に上った扇は一人気を吐く。
「そうだ、みんな! ゼロを信じよう!」
だが、以前のような盲信は危険だと思った南が苦言を呈する。
「でも、ゼロはお前を駒扱いして……」
それでも、めげなかった扇は一人の旧友に狙いを定めた。
「彼の他に誰が出来る? ブリタニアと戦争するなんて中華連邦でも無理だ。ユーロピア連合もシュナイゼル皇子の前に負け続けてるらしいじゃないか。俺達は全ての植民エリアにとって希望なんだ。独立戦争に勝つ為にも、俺達のリーダーはゼロしか居ない!」
「そうだぁ! ゼロッ! ゼロッ! ゼロッ!」
狙い通りに玉城が音頭を取ると疎らながらも半数近くの隊員達が後に続いた。響き渡るゼロコール。
そんな中、壇上より降りた藤堂は未だ納得出来ない様子でいる二人の元へ歩み寄る。
「千葉…」
「中佐の仰る事は分かります。ですが、ゼロは彼の事を山車に使っているように思えてなりません」
申し訳なさそうに答える千葉。藤堂は視線を移す。
「朝比奈」
「俺の居場所は藤堂さんの側であって、ゼロの側じゃありませんから。その考えを変えるつもりはありません」
朝比奈は強い決意を秘めた瞳を藤堂に向けた後、再びゼロに向けて言い放った。
「ゼロ! 俺が従うのは藤堂さんだけだ。俺は君の事を信じた訳じゃない。特に彼の事についてはね。この中にも俺と同じ気持ちでいる人間は多いよ。皆を信じさせたいなら――」
『ライを捜し出せばいいんだな?』
千葉と朝比奈。二人のゼロに対する不信感は、さも簡単に言ってのけるゼロを見て更に深まって行く。
が、そんな事はお構いなしとでも言いたげにゼロは言葉を続ける。
『アイツを大切に想うのは私も同じだ。ライは私の大切な左腕だからな』
「協力は出来ないよ?」
『構わない』
ゼロが言い切ると、朝比奈は、見つけれるなら見つけてみろ、とでも言いたげな視線を送った後、踵を返すとその場を後にした。
そんな朝比奈の後ろ姿を見送りながら、渋い表情を浮かべていた仙波が藤堂に歩み寄る。
「難しいですな」
「あぁ、今は団結せねばならないというのに溝は深いようだ」
「朝比奈は戦闘隊長殿の事を評価しておりましたからな。居なくなってしまった今、それが下がる事は無いでしょう」
そう、生きている筈が無いと結論を出した朝比奈にとって、ライの評価が下がる事は無い。いや、むしろ上昇して行くだろう。思い出とは美化されるものなのだから。
一方、朝比奈と同じスタンスでいたがその場を立ち去るまでには至らなかった千葉は思わず尋ねた。
「中佐はゼロの言葉を信じるのですか?」
「信じると言うよりは、信じたい、だな。卜部、お前もそうでは無いか?」
「……はい」
藤堂は、いつの間にか背後に控えていた卜部に向けて振り返る事無く問い掛けると、彼は短く頷いた。
そして、藤堂は未だ熱心にゼロコールを送る隊員達とそうでない隊員達に交互に視線を向ける。
「何れにしても、今の我々は彼の捜索にさえ人員を割けないのが現状だ。ライ君の事はゼロに任せて吉報を待つしかない」
「「「はい」」」
三人は力強く頷いた。
一方、藤堂が彼等と会話していた頃、壇上では別の会話が行われていた。
「ゼロ、信じていいんだな?」
扇の縋るかのような視線をその身に浴びながらも、ゼロはハッキリと言い切る。
『結構だ』
頼もしい言葉を聞いた扇は、思わず呟いた。
「変わった…よな…」
『変わった? 私が?』
意外な言葉にゼロが思わず反芻すると、扇は気恥ずかしそうに言った。
「ライの事だけじゃ無い。救出の時もそうだ。俺達を……同胞と呼んでくれた」
『覚えていないな』
ゼロは夜空に浮かぶ月を眺めながら惚けてみせた。だが、ゼロが自身の言った事を忘れるような男では無い事を承知していた扇は、その仕草を見て微苦笑を浮かべると次に疑問を口にした。
「分かった。けど、何故そこまでライの事を?」
そう尋ねつつも、扇としては嬉しかった。自分にとっても仲間にとっても。
何よりもカレンにとってライが生きているという言葉は他ならぬゼロが言った言葉だ。
扇は彼が何の根拠も無しに言うとは思えず、それは希望が持てる言葉だった。
だが、一方で千葉や朝比奈のような感情を抱く者も中には居るという事を、扇は囚われの身であった時に重々承知していた。
『アイツは……いや、止めておこう』
一瞬、扇の前で「親友だ」と言いかけたゼロは、咄嗟に思い留まった。これ以上の特別扱いは出来なかったのだ。
「お、おい。ゼロ?」
扇の言葉を聞き流し、未だ鳴り止まぬゼロコールの中、必ず見つけるという決意を胸に一人その場を後にするゼロ。
だが、彼にはそれ以前に対峙しなければならない存在が居る。
嘗ての親友、スザク。
ゼロを、ルルーシュを未だ憎む彼がこの地に舞い戻っている事を彼が知るのは3日後の事だった。
◇ ◇ ◇ ◇
その3日後の事。
何の前触れも無く突然学園に復学して来たスザク。
彼は素知らぬ顔でルルーシュに笑みを送りながら手を差し延べた。
その時のルルーシュの怒りは如何程のものであっただろうか。今更推し量る必要も無いだろう。
だが、それを顔に出す程ルルーシュは愚かでは無い。
彼もまたスザクと同じように何食わぬ顔で再開の握手に応じた。
丁度その頃、何処とも知れぬ場所ではルルーシュとは対照的に一人の青年が怒りを顕にしていた。
「お前は一体何を考えているっ!?」
黄昏の間にライの怒号が響く。
「何故あの男、枢木を日本に送った!?」
しかして、怒りの矢面に立たされている皇帝、シャルルは臆面無く言い放つ。
「新しい総督の警護の為に一足早くエリア11入りさせたまで。枢木の件はその者たっての願いでもある」
「願いだと? 実の息子を餌にするような輩が、何時からそれ程寛容になった?」
「不服か?」
「当たり前だ! 枢木は仮にもラウンズ。機情と対極の存在だ。あの男の事だ。必ず駒共に協力を命じるだろう。そうなれば、あの者達は立場上断る事が出来ない。このままでは、命令系統が二つ存在する事になるだろうが!」
「ならば、互いに協力せよ」
譲る気は無いとでも言いたげに不遜な態度を崩さぬ皇帝に、ライは軽い目眩を覚えた。
「あの男がルルーシュを憎んでいるのは知っているだろう? 引っ掻き回されるのは目に見えている」
ライは溜め息を一つ吐くと、声のトーンを幾分か落として懇切丁寧に説明したが、結果としてそれが仇となった。
「引っ掻き回す?
「……何の事だ?」
意味深な発言にライは風向きが変わったのを肌で感じ取ると思わず眉を曇らせる。が、皇帝は尚も語る。
「御主はゼロに要らぬ力を与えたではないか」
「奪われる可能性があるとは言った筈だが?」
言わんとしている事を明瞭に理解したライは、せめてもの抵抗か。
咄嗟に嘯いて見せたが、一方で無駄な足掻きである事も理解していた。
「奪われる事が分かっておったであろう? いや、御主はあの者達の忠誠心を利用した。ゼロが奪い易いよう仕向けた。違うか?」
「………………やれやれ、V.V.か」
ライはたっぷりと間を置くと、やがて観念したかのように呟いたが、同時にその左手は左腰に据えた剣、その柄尻を弄り始めていた。
それを見咎めた皇帝は咄嗟に話題を反らす。
「そもそも、儂はこうも伝えた筈。ルルーシュを殺させるな、と。忘れたとは言わせぬぞ? 一歩間違えれば、ゼロは死んでおったであろう?」
「委細任せると言っただろうに。しかし、お前こそ忘れているのか? あの時点でゼロがルルーシュである確証には至れていなかった事を。それと、少しはルルーシュの実力を評価してやれ。ゼロがルルーシュであれば、ギルフォード如きに敗れる筈が無い。敗れたとしたら興醒めだ。いや、私に興味を抱かせておいての体たらく。寧ろ死ね。万死に値する」
そこまで語ったライは遂に抜剣した。
同時に、背後から光が溢れるのを見た皇帝は押さえに掛かる。
「あの者は不死である事を忘れたか?」
だが、今のライに効く筈も無い。
「分かっている。だが、首と胴が泣き別れになったら、どのように生き続けるのか。興味が湧かないか?」
陰惨な笑みを浮かべるライに、これ以上は危ういと判断した皇帝が再び口を開こうとした時、二人の背後より疑問の声が浴びせられた。
「何に興味があるって?」
「来たな。告げ口魔め」
ライは待ち侘びたかのような声色で呟き蒼い炎をその身に纏うと、白い外套を翻しながらゆっくりと振り向いた。
背後より差し込む夕陽のせいでV.V.はライの表情を伺い知る事は出来ない。
だが、一年近くも行動を共にしたのだ。ライがどのような表情をしているのか十分理解していたV.V.。その瞳に剣呑の色が揺蕩う。
「同志に牙を向けるの?」
V.V.は自分達の関係を再認識させるべく問うたが、同じく無駄だった。
「必要とあらばな」
ライは依然として陰惨な笑みを崩す事無く瞳を見開き凍えるような声で応じると、V.V.は不意に感慨深げに呟いた。
「君は、壊れてるね」
しかし、そんな皮肉めいた言葉も今のライには意味を成さない。
「そうだろうな、私はあの日に壊れてしまった」
ライは少し自嘲気味に笑った後、柄を握り締めると剣先を差し向ける。が、結果としてそれが振るわれる事は無かった。
「止めよ!!! 奪われた事を責めてはおらぬ。結果としてC.C.の居場所を突き止めた。その功績に免じてな。だが、斬り伏せた所であの者に対する命を撤回する気は無い!」
怒号にも似たシャルルの言葉。
そこに含まれる並々ならぬ決意にライの纏う炎が陰ると、それは徐々に小さくなってゆき遂には消え失せた。
そうして次に慣れた所作で剣を鞘に納めると、未練がましく柄より剥がすかのように手を離したライはシャルルに向き直る。
「どうしても連携を取れというか……」
「如何にも」
「断る。私の邪魔をするのなら、例えラウンズであっても許しはしない」
検討するに値しない、とライはシャルルの言葉を切り捨てた。
だが、皇帝も簡単に引き下がるような男では無い。
「あの者達の生殺与奪は儂が握っておる」
「なら、精々肝に命じさせておけ」
シャルルの再びの忠告に、ライは苛立ちを隠さず吐き捨てると会話は途切れた。
身の安全を確認したV.V.がその小柄な体を利用して二人の間に割って入ると、シャルルのみが僅かに間を譲った。
すると、その時なってやっとV.V.は柔和な笑みを浮かべた。
シャルルもまた口元を僅かに緩めた後、再びライに視線を向ける。
「希望は確信へと変わったか?」
その問いにライはやや苦笑した。
「当日は私の駒がルルーシュに付いていたからな。現状維持だ。ルルーシュの素晴らしい所は、私でも思い至れない発想力と、僅かな戦力で最大効率を図れる戦略構成の妙技にある。今回は、一度使われた手口を踏襲しただけだからな」
「思い違いであるか」
「その結論に至ってしまうのは簡単だ。しかし、それでは楽しみが減る」
―― 楽しみ ――
先程の会話から、遂にシャルルにも自身の思惑を把握された事を知ったライが遂に心情を吐露すると、呆れた様子でV.V.が忠告する。
「精々ゼロに足元を救われないようにね」
「分かっている。ところで、先程言った新しい総督の件だが、その者は皇族か?」
「何故そう思う?」
予期せぬ言葉だったのかシャルルは眉間に皺を寄せ、V.V.もやや驚いた様子で瞳を見開くと二人の様子を見たライは鼻で笑った。
「当たりだな」
「何故分かったの? 僕もさっき聞いたばかりでまだ教えて無い筈だけど?」
一人納得しているライを余所に未だ驚いたままのV.V.が問うと、ライは自身の考え。その根拠を告げた。
「ラウンズの警護を上奏し、それを認めさせた。とてもでは無いが、矮小な貴族共に出来る事とは思えなかっただけだ。まぁ、ただの推測だったがな」
「君には本当に畏れ入るね」
たったそれだけの理由で見事に正解を言い当てたライをV.V.は賞賛した。
しかし、ライが予測出来たのはそこまで。当然と言えば当然だが、新総督の名前までは言い当てる事が出来なかった。
「一体誰を送る気だ?」
今のエリア11、ライに言わせれば母親の祖国、日本だがそこは再び甦った魔人、ゼロが巣食う地。
例え皇族であろうとも余程のやり手でなければ、ライはカラレスの末路を辿るだけだという認識でいた。
問われたシャルルは端的に答える。
「ナナリーを送る」
「ナナリー?」
シュナイゼル辺りを予想していたライにとって、その名は全くの想定外だったようで彼は思わず反芻した。
だが、直ぐに誰であるかを思い出したライは驚愕の表情そのままに叫んだ。
「ルルーシュの妹か!!」
「如何にも」
微笑を湛えるシャルルを見て、ライは冷静さを取り戻した。
「成る程、お前はお前でルルーシュがゼロか見極めるつもりか。しかし……悪趣味だな」
そう言って愉快げに唇を歪ませた瞬間、ライの脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
「そう言えば、何故ナナリーはこちら側に居る? 報告書には――」
顔を上げたライはシャルルに向けて問うたが、意外にもその答えは下から聞こえた。
「僕が連れて来たんだよ」
ライが足下に視線を落とすと、そこにはV.V.の笑みがあった。
「拐ったのか?」
「人聞きの悪い事言わないでよ。まぁ、そうなんだけどね」
ほんの少し口をへの字に曲げて抗議するV.V.。すると、シャルルが口を開く。
「出立は一週間後。事前に会っておくか?」
「良い子だよ、ナナリーは」
「興味が湧かない」
二人に断りを入れたライは踵を返してその場を後にしようと歩き始める。すると、V.V.は突然思い出したかのように尋ねた。
「そう言えば、もうすぐ"あの日"だよね?」
ライは脚を止めると些かゲンナリした様子で独り言のように呟いた。
「"あの日"か……」
「それでね、今回僕はちょっと行けないんだ」
「何だと?」
慌ててライが振り向くと、シャルルはV.V.に向かって心底残念そうに呟いた。
「それは残念ですな」
「ごめんね、シャルル。この埋め合わせはするからさ」
緩やかな雰囲気で会話する二人。
その様子をライが両腕を組んで憮然とした態度で眺めていると、V.V.は再びライに視線を向けた。
「という訳で、よろしくね。ライ」
「断るという選択肢は?」
「無いよ」
先程のお返しとばかりに満面の笑みで答えるV.V.。
「だろうな」
我ながら馬鹿げた事を聞いたと思ったライは、そう呟くと足早にその場を後にし、やがて光と共に消えた。
僅な間を置いて、シャルルが視線を落とすとライの気配が空間より完全に消え去ったのを認識したV.V.は小さく頷いた。
それを認めたシャルルは口を開く。
「兄さん。余り挑発はなさらぬ様にして下さい」
「心配性だね、シャルルは」
V.V.は破顔したが、シャルルが険しい表情を崩す事は無かった。
それを不思議に思ったV.V.が首を傾げると、彼は言葉を続ける。
「あの者の持つ剣。あれで斬られれば例え兄さんであっても――」
「あらゆるモノを打ち砕く剣、かぁ」
V.V.は瞳を細める。
「コードを持った人形を破壊したように、僕の定めも破壊出来る。C.C.が聞いたら喜ぶかな?」
「どうでしょうな。しかし、そうなるとコードの回収が不可能になります」
微笑を浮かべ軽口を叩くV.V.とは異なり、シャルルは眉間に皺を寄せると懸念を露わにした。
そんな弟の態度にV.V.の瞳が鋭く光る。
「シャルル、彼の気性は知ってるよね? 何故そんな危険な物を与えたの? 僕にはこっちの方が驚きだよ」
「お忘れですか? 兄さん。あの剣は元々あの者の所有物です」
「あぁ、そうだった。年は取るものじゃないね」
瞳から鋭さを消したV.V.が気恥かしそうに頬を軽く掻くと、シャルルはその容姿と仕草。そして言葉のギャップに少々苦笑しながらも言葉を続けた。
「与えたのでは無く返したのですよ。あの者を確実に取り込む為には刀のみを返せば良かったのでしょうが、それでは、剣はどうした? と言い出しかねないので。それに、確認の為と保険の意味合いも兼ねての事です」
「保険? 確認の為って言うのは分かるよ。本当にライの契約者が与えた物かどうかを探る為だね?」
「ええ。当初は剣と刀。果たしてどちらが…と悩みましたが、年代測定を行った結果、
そこまで話してシャルルは一旦言葉を区切るも、V.V.は瞳に興味の色を揺蕩わせると続きを促す。
「それで?」
「刀については作られた年代は特定出来ました。ですが、剣については――」
「何も出なかった?」
「それどころか、何で作られているのかと言う事さえも……」
一般的に剣の構成物質ならば鉄である筈。
だが、そうでは無いどころか、帝国の科学技術を以てしても解析不能という答えにV.V.は内心で驚嘆すると同時に、ある意味理解出来たのか。次には納得した面持ちで頷いた。
「その時点で予想は出来たけど、最後に彼に見せる事で確実性を得ようとしたって訳だね?」
「えぇ」
小さく頷くシャルル。
だが、それを聞いたV.V.の胸中には、当初より燻り続けていた疑問の焔が燃え広がった。
そのため、剣呑な表情を浮かべると黄昏の間を満たす夕陽を見つめながら暫しの間、無言となる。が、やがてゆっくりと口を開いた。
「…シャルル。前から思ってたけど、君はライの事で僕に話していない事は無い? 幾ら昔憧れたとは言っても、彼の存在理由に最初に辿り着いたのは君だよ? 少し執着し過ぎてないかな? 確かに、魅力的である事は認めるけどさ」
その追求にシャルルは僅かに頬を緩めると、同じく夕陽に視線を向けた彼は、次にあっさりと認めた。
「何時からそう思われておられましたか?」
「記憶を僅かな改竄だけで済ました時から、かな?」
V.V.の答えは、殆ど最初からと言えた。
が、シャルルは何も言わずにただ無言で兄の言葉を待つ。
「あそこまで強烈な自我を残す必要があったの? もう少し扱い易くしてくれたら、僕としては助かったんだけれど」
「当初は、全ての記憶を入れ替えて従順な存在にする事も考えましたが、あの者の身体に神が罠を仕掛けていないとは限りません。ですので、先にルルーシュで試した結果を見て判断しました。行うべきでは無い、と」
「分からないなぁ。ジュリアスの人格を否定したルルーシュのように、精神退行してくれた方が扱い易いのに」
視線はそのままに、非道な言葉を平然と使うV.V.。しかし、シャルルは慎重な姿勢を崩さない。
「リスクが高過ぎます。書物の記録と、あの者と直接会話して知り得た情報から考えて、やはり二人の記憶だけは決して触れてはなりません」
「二人? 母親と妹の記憶だね?」
「えぇ、二人はあの者にとって唯一と言って良いほど大切な存在であると同時に
その言葉に、つい先日、まさにそれを幻視していたV.V.は小さく呟いた。
「鎖……」
「はい、あの者をライゼル・S・ブリタニアとしてこの世界に留める為の」
「因みに、その鎖を取り払ったらどうなるのかな?」
「大狼が目覚めるでしょうな。神の剣、ライゼルが」
夕陽を睨み付けながら告げられたシャルルの一言に、V.V.は瞳を見開くと咄嗟に弟を見上げた。
「待って、シャルル。彼はライゼルだよね?」
「正確に申せば違います。今のあの者は、ライゼル・S・ブリタニア。神の剣とは似ても似つかぬ
同意を求めるかのようなその口振りに、V.V.は小さく首肯すると新たな疑問を口にする。
「鎖を取り払ったら大狼が目覚める、か。でも、それだと妙じゃない?」
その言葉を受けて、シャルルもまた向き直った。
「何がですかな?」
「ライは記憶を失っていたって、彼を最初に見つけたバトレーの記録にはあった筈だよ?」
「それは表面上の問題です。深い部分では有していたのでしょう」
「成る程ね。じゃあ、精々、オーディンにはならないように注意しなきゃ」
軽口を叩くと同時に、V.V.は納得した面持ちを浮かべた。
「今の説明で、保険の意味も分かったよ。もし、万が一の事態が発生しても、あの剣を持たせておけば――」
「剣の性質上、ライゼルには成り得ません。真実の剣の前では、如何にライゼルと言えども勝てませんからな」
「彼は思いも寄らないだろうね。敵を殺す為に使っていた武器が、実は封印装置だったなんて。でも、そこまでして封じておくなんて、神の意図するところは何なのかな?」
「神の思惑は分かりませんが、我等にとっては好機です。あの者から剣を奪う事が出来る者など、そうは居りませんから」
三日月を浮かべるシャルルに釣られたのか。V.V.の口元も怪しく歪む。
「だからこそ、自らの意思で動いてもらう必要があったんだね?」
「えぇ。一度目覚めて以降のあの者は今とは別人。優しさと仲間を思いやる気持ちが強い者であったとか。さすれば、今後は折を見て己の存在理由も知らせてやる事で、何かの切っ掛けで記憶が戻ったとしても、最早逃げられません」
「優しいライなら、確かに自分の存在理由を聞けば耐えられないだろうね。でも、シャルル。一つ忘れてないかな?」
それは予期せぬ問い掛けだったのか。シャルルは瞳に珍しく困惑の色を見せる。
「何をでしょうか?」
「機情の長として、彼がどれだけの血に染まっているかって事さ。彼は殺し過ぎた。そして、この前の作戦じゃ、間接的とは言え遂にその大切な嘗ての仲間達までも手に掛けようとしたんだもの。その事実だけでも、此方側に引き留める材料としては十分だと思わない?」
そう告げると壮絶な笑みを張り付けるV.V.に対して、シャルルは鉄面皮で応じた。
「保険は掛けておくに越した事はありませんよ」
「それもそうか……でも、これ以上、彼についての隠し事は無しだよ? 僕達は、この世界でたった二人の兄弟なんだからさ」
遂に完全に納得したのか。
兄の屈託の無い笑顔に、弟は今度こそ微笑を浮かべた。
「勿論ですとも、兄さん」
【キャラクター補足】
ライ → 強い意思に優しい性格。大切に思う人の為なら身の危険をも顧みない。敵対者には強く当たるが命まで奪うのは極力避ける。ちょっと天然。
ライゼル・S・ブリタニア → 強い意思に苛烈な性格。母親と妹の二人だけが己の世界の全て。敵対者は全て死ね。ちょっと天然。
ライゼル → ヤバい。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
(……一話あたりの文字数が増え続けてるよう)