コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

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お、遅れて申し訳ありません。
ストーリー忘れられてるかもしれない後編になります。



TURN 03 ~ ナイトオブラウンズ(後編)~

 小気味良い足音を響かせながら、一体の着ぐるみが学園中を闊歩していた。

 その中で、額に汗を垂らしながら紅月カレンは一人愚痴る。

 

 「もうちょっとマシな変装するんだった……暑苦しいったらありゃしないわ」

 

 そうして額から流れる汗の感触に、カレンは不愉快そうに顔をしかめた。

 事の発端は、今朝の事。

 

 「C.C.。あんた何時まで寝てるのよ」

 

 領事館内にあるC.C.の部屋にノックせずに入ったカレン。が、部屋の中は(もぬけ)の殻だった。

 

 「……何処に行ったのかしら?」

 

 カレンは辺りを見渡すと、机の上に一枚の紙が目に留まる。

 どうやら書き置きらしいと判断したカレンは手に取り読み始めるも、直ぐにその顔から血の気が引いていった。

 

 ―― アレを取りに学園に行って来る ――

 

 「……何よ…これ……」

 

 カレンは何かの間違いだろうと目を擦る

 先日、藤堂と扇から地下階層が獅子の口である事を知らされると、居ても立っても居られず自ら地下鉄跡の探索班に志願したカレンからしてみれば、その安全性が確認されたとはいえ、使うには慎重を期する必要があると仲間達の間で認識を共有した筈で、その場にC.C.も居たからなのだが、文字が形を変える事は無かった。

 

 「何考えてんのよ!!」

 

 思わず紙に向かって怒鳴りつけると部屋を飛び出したカレンは頼りになりそうな存在、藤堂達の元に一目散に駆け出した。

 その藤堂はというと、自ら規範となるべく部屋で四聖剣と非常に慎ましやかな朝食をとっていた。因みに卜部は不在だ。

 部屋に駆け込んだカレンは手に持った紙を渡すと開口一番問う。

 

 「どうしましょう?」

 「どう、と言われてもな。連れ戻す以外に方法は無いだろう」

 

 やや困惑した面持ちのまま、藤堂は朝比奈が入れたコーヒーを一口含むと、口元を真一文字に結んで渋い顔をする。

 それを思慮してくれていると思うカレン。

 だが、藤堂の右隣に腰掛けた朝比奈は「どうです?」とでも言いたげな笑みを浮かべている。

 藤堂が手に持つカップから漂うコーヒーとは別の香り(醤油の香り)に、同僚の真向かいに座る千葉が抗議の視線を送ると、朝比奈の左隣に腰掛けていた仙波が独り言のように言う。

 

 「ですが、大勢で押し掛ける訳にもいきませんな」

 

 その言葉に反応した千葉と朝比奈は、無言でカレンに視線を移した。

 

 「わ、私ですか?」

 

 二人の視線に気付いたカレンが素っ頓狂な声を上げるが、千葉は燐とした声で諭すかのように言う。

 

 「学園の地理に詳しいのはお前しか居ないだろう?」

 

 至極最もな言。

 だが、それでも彼女の動揺は治まらなかった。

 

 「どうやって潜入すれば……」

 「変装するしか無いんじゃない?」

 

 朝比奈が苦笑と共に提案すると、カレンは思わず眉を顰めた。

 

 「変装…ですか?」

 「そう、変装」

 「で、でも学園には知り合いが居るし、ちょっとやそっとの変装じゃ……」

 「今日は学園祭なんでしょ? 部外者も多いだろうし潜り込むには丁度いいんじゃない?」

 「な、何で知ってるんですか!?」

 

 カレンは昨晩C.C.から聞いたばかりの話がもう知れ渡っている事に驚く。

 朝比奈は再び苦笑した。 

 

 「昨日の晩、ニイガタに向かう前に卜部さんが言ってたんだよ。ついでに、C.C.は何か良からぬ事を考えている。気を付けろ、ともね。まさか昨日の今日で行動に起こすなんて思ってもいなかったから、気を付ける時間なんて無かったけどさ」

 「はぁ……」

 

 朝比奈の説明を聞いたカレンが短く呟いた時、カップを置いた藤堂が唐突に口を開いた。

 

 「ところで、紅月君。彼女は一体何を取りに行ったんだ?」

 「えっ!?」

 

 思わぬ問いにカレンは瞳を見開いた。

 彼女からしてみれば、C.C.が学園に縁があるのは当然と言える。以前より、何度か姿を見掛けた事があったからだ。

 最も、ゼロの正体を知った今となっては言わずもがな。

 しかし、藤堂達からしてみれば理解出来ない事。

 良い言い訳が思いつけなかったカレンが言葉に詰まっていると、不意に仙波が指口を挟む。

 

 「いえ、中佐。この場合、彼女が学園と接点を持っていた事の方が重要ではないですかな?」

 

 それを聞いた千葉と朝比奈。二人は思いついたように席を立った。

 

 「そういえば……」

 「ねぇ、ひょっとしてゼロの正体って………………学生?」

 

 朝比奈の問い掛けにカレンは心臓が飛び跳ねるのを感じた。

 一時期、C.C.はゼロの愛人では無いかと騎士団内で話題になった事がある。そして、今現在ゼロは此処には居ない。

 朝比奈の問いはそれらを念頭に推理した結果、導き出されたものであったのだが、それは見事に当たっていた。

 一方、事実とはいえカレンが肯定出来る筈も無い。

 

 「そ、そそそんな訳無いじゃないですかっ!!!」

 「紅月、声が上擦っているぞ?」

 「う~ん。違うとしたら、何故彼女は学園なんかに行ったのかなぁ?」

 

 ジリジリと詰め寄る二人から逃れるように後退りながら、カレンはチラリと藤堂達に視線を移す。

 しかし、こういった時窘めてくれる筈の二人は興味深げな視線を向けるのみ。

 次いでに言えば、自分達以外で唯一ゼロの素顔を知る卜部は今は遠くニイガタの地。救いの手は望めるべくも無い。

 言葉に窮するカレン。

 

 「そ、それは……」

 「「それは?」」

 

 逃がすまいと見事にハモって見せる千葉と朝比奈。

 遂に壁際にまで追い詰められたカレンは、一人でどうにかするべきだったと悔やんだが後の祭り。

 だが、今は後悔している場合では無かった。

 何とかこの場を乗り切るべく冷や汗をかきながら模索した結果、カレンは心の底より詫びながら言葉を紡いだ。

 

 「その……C.C.はライの部屋に……」

 「「ライの部屋!?」」

 

 驚愕に瞳を見開くと再びハモる二人。

 それを好機と捉えたカレンは捲し立てるかのように言う。

 

 「そ、そうです! C.C.ったら騎士団のアジトだけじゃ飽きるからって、ライの部屋に何度か遊びに……」

 

 当の本人からすれば、苦し紛れの一言だと認識していたが、彼等には効果覿面だった。

 

 「成る程、戦闘隊長殿は彼女とも仲がよろしかったですな」

 「そういう事か。それならば彼女が学園に縁があるのも頷けるな」

 

 仙波と藤堂は互いに顔を見合わせて納得していた。

 

 「済まなかったな、変に勘繰ってしまって……」

 「ごめんね……」

 

 千葉と朝比奈もライ絡みとなればカレンに対してこれ以上の追求等出来る筈も無い。

 しかし、それはそれで良いのか?と思いつつも、当の本人が許しているのなら何も言うまい、と大人の対応を見せた二人はバツの悪そうな顔で謝罪した。

 

 「い、いえ! 誤解が解けたみたいで良かったです」

 

 そんな彼等に向けてカレンはぎこちない笑みを浮かべるが。

 

 ――C.C.。怨むわよ。

 

 こんな事でライを引き合いに出したく無かった事もあり、内心穏やかでは無い。

 その後、擦った揉んだあった結果、朝比奈が何処からか見つけて来た巨大なラッコ、タバタッチの中に入ると開拓したばかりの地下鉄跡を通って学園に潜入を果たしたカレン。

 彼女は今、クラブハウス内を彷徨っている最中だった。

 何故クラブハウスなのかと言うと彼女には確信があったからだ。

 

 ――やはりあれでないと駄目だな。坊やの部屋に置きっぱなしにしたのは不味かった――

 

 それは過去、逃亡の最中に寝床で膝を抱えたC.C.が幾度となく言っていた言葉だった。

 

 「全く、覚えときなさいよね。あの女……」

 

 ぶつくさと文句を言いながらもカレンはルルーシュの部屋に向かう。だがその途中で不意に彼女の足が止まった。

 カレンの左手には見慣れた扉があったのだ。そう、彼女は知っていた。それが誰の部屋だったかという事を。

 カレンは物を掴むようには出来ていないタバタッチの手を必死に操って、何とかドアノブを回すと部屋の中に足を進める。

 途中、入口で着ぐるみが詰まったりしたが無理矢理押し入った。

 

 「すっかり…変わっちゃったわね……」

 

 部屋の中を見たカレンの第一声がそれだった。

 今日の学園祭に使う為に運び出したのだろう。倉庫となっていたその部屋の中は散乱していた。

 カーテンは開いており、そこから差し込む日光が部屋の中を明るく照らしている。

 そこは嘗てライが居た部屋であり、彼女にとって思い出が詰まった部屋だった。

 この部屋でカレンはライとたわいもない会話をし、時には愛を語ったのだから。

 だが、今は当時の面影は微塵も無い。

 戸棚も無ければそこに在った紅と蒼のお揃いのカップも、一緒に写っている写真立ても無い。

 ライが居たという物証は全てが幻であったかのように消え失せていた。

 だが、例えこの部屋に無くともライが居たという証拠は確かに有るのだ。彼女の心と左手に。

 しかし、分かっているとは言えそれでも一時、彼女は目に映った現実に悲しんだ。

 

 「生きてるなら……何で……」

 

 自分の元に戻って来てくれないのか。

 カレンは今すぐにでも着ぐるみを脱ぎ捨てて叫びたかった。

 だが、それが出来ない事を知っていた彼女は覚束無い足取りでフラフラと歩む。

 そして、窓際に至ると徐に窓の外へと視線を向けた。

 そこから見える景色は多少変わってしまってはいたものの、彼女にとっては一年ぶりに見る景色だった。

 不意に、カレンの脳裏に結納前日この部屋でライと交わした言葉が過ぎる。

 

 ――カレン、外なんて眺めて…何を黄昏てるんだ?

 ――そんなんじゃないわ。

 ――じゃあ、どうしたんだ?

 ――えっとね……明日、ライと一緒になれるんだって考えるとね……。

 ――考えると?

 ――し、幸せだなって思ってただけ!

 ――なら、僕も窓の外を見ないといけないな。僕も……幸せだと思ってるから。

 

 「ライ…今の私は幸せじゃないわ……」

 

 彼女は沈痛な面持ちで項垂れ視線を落とす。

 すると、その瞳に飛び込んで来たのはクラブハウス裏に駐車されたトマトマークがペイントされた巨大なコンテナ車と、その上で何やら会話をしている二人(お尋ね者)の姿。

 

 「見付けた!! しかもルルーシュまで!」

 

 言うや否や、カレンは着ぐるみを勢い良く反転させると扉に向かって一目散に駆け出した。

 途中、再び詰まるが同じく力任せに通り抜けると、最後に名残惜しそうに一瞬だけ、閉まりかけの扉から覗く部屋の景色に視線を送る。

 が、それを打ち消すかのように勢い良く首を左右に振った彼女は、C.C.を捕まえるべく再び駆け出していった。

 

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 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ TURN03 ナイトオブラウンズ(後編)~

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 学園でスザクの復学祝いが始まっていた頃。

 世界の三分の一を支配する超大国、新生ブリタニア帝国本国には夜の帳が落ちていた。

 その帝都、ペンドラゴン。

 そこは各地のエリアより吸い上げられた富が集まる場所でもあり、帝都では常日頃より至る所で貴族達の晩餐会が開かれている。

 ブリタニアを憎む者が訪れれば、さながら貴族達の見本市だと皮肉めいた言葉の一つでも吐き捨てる事だろう。

 そんな帝都の中に在って訪れる来賓の品位が別格とも言える場所がある。

 各地の領主や貴族達が皇帝に謁見を求める為に訪れる皇宮だ。

 来賓もさることながらその警備も並々ならぬものがあり、皇宮は普段から人の往来が途絶える事はまず無い。

 だが、一年程前のある日の事。

 皇帝シャルルの命により月に一度だけ、皇宮はごく限られた者以外一切の人の往来を拒むようになった。

 当初、その勅命に貴族達は大層訝しんだが、それを皇帝に問う事が出来るような勇気ある輩は一人として居なかった。

 皇帝もまた明確にその理由を説明する事無く、やがて貴族達はその日を【月の日】と密かに揶揄するようになる。

 今日が正にその日だった。

 静まり返った皇宮の一室では、長大な机を挟んで二人の人物が食事をしていた。

 一人は老いに片足を突っ込んだかのような白髪。

 だが、その容姿と相反して男の持つ薄紫色の瞳は一切の老齢を感じさせぬ程の若々しさに満ち溢れている。

 男の名はシャルル・ジ・ブリタニア。

 この皇宮の主であり、世界の3分の1を支配する帝国の主である。

 そんな男と相対するのは灰銀色の髪に蒼い瞳をして、端正な顔立ちをしたうら若き青年、ライの姿だった。

 二人の間に会話は無い。

 各々、全くの無言で食事を口元に運ぶ作業を繰り返していた。

 部屋の中には二人以外にも数名の人影が映える。だが、人間かと問われれば怪しいものだ。

 ライが座る椅子の右斜め後ろに控える銀色の仮面、カリグラは直立不動のまま一切の言葉を語る素振りを見せない。

 また、壁伝いに控えている女中達もまた、人形のように一切の言葉を発する事無く、各自の役割を果たす為、ただそれだけの為に控えていた。

 これは実質シャルルとライ、二人だけの晩餐会と言えた。

 だが、皇帝が催したにしては日頃帝都の各所で催されている貴族達のそれと比べると余りにも質素と言える。

 しかし、この光景を目の当たりにすれば貴族達は大層驚くとともに羨望の眼差しをライに送る事だろう。

 かの皇帝と晩餐を共にする事を許されているのだから。

 やがて、食事も一通り終わったライは口元を軽く拭いた後、口を開く。

 

 「ナナリーの出立は明後日だったか?」

 

 問われた皇帝は杯の中身に口を付けた後、応じた。

 

 「それがどうした?」

 「……いや、何でもない……」

 

 この異様に静まりかえった状況を打開すべくライは口を開いたのだが、続く言葉を思い付けなかった。

 普段は決まってV.V.が二人に話を振るのだが、生憎今日は参加していない。

 ライはたわいもない世間話は苦手だった。特に目の前に居る男、シャルルに対しては。

 黄昏の間で饒舌に話しているのは、話題があるからなのだ。

 

 ――これ程、彼奴に居て欲しいと思った事も無いな……。

 

 ライが心中でV.V.の有用性を実感していると、今度は皇帝が口を開いた。

 

 「時に、御主はナイトメアを所望したと聞いたが?」

 

 向こうから話を振って来た事にライは内心安堵しつつ、杯を手に取る。

 

 「あぁ、それがどうかしたか?」

 「丁度、その頃には完成するとの報せを受けておる」

 「何故お前がそれを言う? 嚮団の技術者どもが造っているのでは?」

 

 ライが眉を寄せると、皇帝は口元を僅かに綻ばせた。

 

 「手に余るそうでな。今はキャメロットに作製させておる」

 「…確か、枢木の機体を造ったところだったか……」

 

 キャメロット。旧称を特別派遣嚮導技術部という。

 嘗て、そこが造り上げた一機のナイトメア。

 現在、敵国よりブリタニアの白い死神と恐れられている機体、ランスロット。

 カエサル宮殿で見せた戦闘機動と、そのカタログスペックを思い起こしたライは、楽しみだ、と続けた後、杯の中身を飲み干した。

 すると、壁伝いに控えていた女中の一人が歩み出て注ぐ。

 注ぎ終わった女中は、一礼するとまた元の位置に下がっていった。

 ライは満たされたばかりの杯を遊ばせて、その中で揺れる紅い液体を眺めながら話題が出来た事に口元を緩める。

 因みに、杯の中身は酒精ゼロの葡萄酒だ。

 

 「確か、その者達もナナリーと共に日本に向かう予定だったな?」

 

 皇帝はライの意図に気付いたのか、眉を顰めると続きを待った。

 

 「受け取るついでに私も同行する事としよう」

 「御主がエリア11に降り立つ事を認めた覚えは無い」

 

 予想通りだったのか。皇帝は、委細認めぬ、といった口振りで断じたが、ライは愉快そうに返す。

 

 「分かっている。途中で引き返せば問題は無いだろう?」

 

 彼は再び杯を口元に運ぶ。

 その様子を皇帝が鋭い瞳で見つめていると、杯を置いた彼は続けざまに机に置いた書類の束を軽く叩くと理由を告げた。

 

 「詳細は此処に記載しているが、今より五時間程前、黒の騎士団の一部隊が地下階層を通った。C.C.の姿は確認出来なかった故、見逃して追跡させたが、二時間後、見失ったとの報告を受けている。駒の追跡を振り切れる事からして、連中の練度は相当な物だ。本隊脱出の為の先見部隊である可能性が高い。新総督着任に合わせて脱出を図る算段か、あるいは着任前に奇襲を仕掛けるか……」

 「新総督の名、露見したと申すか?」

 「いや、目下のところ情報漏洩は確認されていない。しかし、お前が危惧するようにゼロがルルーシュであったなら、ナナリーを警備が厳重な政庁に入られる前に奪いに動くだろうな」

 「現れれば確定となる、か……」

 

 どこか感慨深げな表情を浮かべる皇帝。だが、ライは同意しなかった。

 

 「どうかな? ゼロの力を再び内外に誇示する為に先手を打つ為とも考えられる。若しくは、再び活発化しつつある他のテロ組織に対する鼓舞か……」

 

 そこまで語ると、ライは一息入れるかのように背もたれにその身を委ねた。

 

 「何れにしても、私は二度もゼロに祝儀(総督殺害)をくれてやるつもりは無い。しかし、悩ましい事に今はあの仮面を剥ぐ以外にゼロがルルーシュであるかどうかを確認する手立ては無いのが現状だ。最も、私が確信出来うるだけの状況証拠でもあれば別だがな」

 「今は疑惑を積み重ねておる最中という訳か……その為に、増員も控えたのだな?」

 「お前が下らん取り決めを撤回すれば、簡単に終わるのだが?」

 

 非難の視線を差し向けつつ、ライは更に語る。

 

 「だが、そもそもルルーシュにはギアスが有る。既に目覚めていると仮定すればの話だが、増員は相手の手駒を増やす事に成り兼ねない……いや、ロロのギアスの前では杞憂か」

 

 愉快そうに口元を歪めるライを見て、皇帝は咎めるかのように問う。が、その口元も同じく歪んでいた。

 

 「楽しんでおるな?」

 「駄目か?」

 「いや、良い」

 

 愉悦を含んだ口調で告げた皇帝は一拍置くと再び口を開く。

 

 「良かろう。乗艦許可の件、ナイトメアと併せて手配しておこう」

 

 ライの望みが聞き届けられた時、扉をノックする音の後に扉越しに渋い男の声が響いた。

 

 「皇帝陛下。御迎えに上がりました」

 「入れ」

 

 声の主を認めた皇帝が許すと重厚な響きと共に扉が開く。

 扉の向こうには、騎士の出で立ちをして白い外套を身に纏った一人の男と、車椅子に僧衣の装いをした一人の女の姿があった。

 静かな足取りで入って来た男の姿を振り向き認めたライ。

 やがて、己が座る椅子の傍まで来た男を見上げたライは、微笑を浮かべると彼なりの労いの言葉を掛ける。

 しかし、その瞳は笑ってはいなかった。

 

 「毎度の事ながらご苦労な事だな、ビスマルク」

 「ライゼル……」

 

 ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタイン。

 名実共に帝国最強の騎士として君臨する彼は、その挑発めいた響きを含んだ言葉に剣呑な表情を貼り付ける。

 だが、ライは愉快そうに目元を緩ませた。

 

 「そうだ、時と場所を(わきま)えて使え」

 

 ―― ライゼル・S・ブリタニア ――

 

 その名は帝国にとって神聖なものであり、普段は皇族であっても口にする事は許されない。

 では、何故ビスマルクは敢えてその名を呼んだのかと言えば答えは簡単だ。

 ライという呼び名は嘗て彼が心許した者にのみ呼ぶ事を許した名。最も、嘗てその名を呼べたのはたった2人だけだったが。

 だが、普段その名で呼んでいる皇帝とV.V.に対しても、ライは完全に心を許した訳では無い。

 なし崩し的に認めざる負えない状況になった結果、大層不満ではあったが許可したに過ぎない。

 一方で、ビスマルクに関しては公の場で呼ぶ事を除けばライは二人のように許可してはいなかった。

 ライとビスマルク。

 あの日以来、二人の仲はお世辞にも芳しいとは言えなかった。

 ライがルキアーノを危うく殺しかけ、ビスマルクがそれを間一髪といった所で止めたあの日だ。

 あの後、ビスマルクは厳重に注意したのだが、この尊大な王が聞く筈もなかった。

 二人は暫しの間互いに無言で視線をぶつけ合う。

 すると、不意にビスマルクの表情が曇った。

 ライの座る椅子に立て掛けてある白鞘に収まった刀と、カリグラの仮面を被る者が腰に据えている深紅の剣を見たからだ。

 ビスマルクの瞳が鋭さを増す。

 自身が崇拝して止まない皇帝の前で帯刀する事が許せなかったからなのだ。

 が、ここに持ち込んでいるという事は皇帝もそれを許可しているという証左でもある。

 咎める事等出来る筈も無かったビスマルクは、瞳に批難の色を浮かべるに留めた。

 しかし、ビスマルクはライを批難する為に入室した訳では無い。

 何時までも睨み合っている訳にもいかなかった彼は、視線を逸らすと皇帝へ向けて頭を垂れる。

 

 「直に定例報告が始まります」

 「相分かった」

 

 皇帝は短く答えて席を立つ。

 すると、ライも机に置かれた書類の束を手に取り、次に椅子に立て掛けてあった批難の元を腰に据えると後に続いた。

 

 「では、私も準備をするとしよう。行くぞ、カリグラ」

 『Yes, Your Highness』

 

 己の命に機械的に返すカリグラを従えたライは、ビスマルクの脇を通り過ぎる。

 しかし、車椅子に座る女、ベアトリスの脇まで歩んだ所で脚を止めると手にしていた書類の束を手渡した。

 

 「本日の状況報告だ」

 「ご苦労様」

 

 冷めた瞳で受け取ると流し読むベアトリス。

 しかし、その手がある項目(神経電位接続)に差し掛かったところで唐突に止まる。

 

 「これは、一体何のつもりかしら?」

 

 睨み上げると剣呑な口調で問う彼女に対して、ライは晴れ晴れとした笑みを浮かべた。

 

 「望みを叶えたくなれば何時でも言え」

 

 それだけ告げるとライは歩みを再開した。

 しかし、扉を開いたところでその歩みを止めた。

 

 「宵のうちに空港へ向かう。(くだん)の件、忘れるな」

 

 無言を貫く皇帝と、睨み付けるビスマルク。

 そして、じっと書類を読み耽るベアトリスを余所に振り向く事無く念を押した彼は、今度こそ扉の向こうに消えていった。 

 

 ◇

 

 人気の無い皇宮の廊下を騎士の装いをした三人の人物が歩いていた。各々の色に染め上げられた外套を翻しながら。

 その中央を歩む者が口を開く。

 

 「全く、こうも静かだと不気味だな」

 「聞き飽きたぞ、ノネット」

 

 ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラム。

 ラウンズの女性メンバーの中では最古参に当たる彼女は、普段、猫のように自由奔放な振る舞いが目立つも、その反面、面倒見の良い性格も持ち合わせており、軍内部や他のラウンズからも慕われている。

 だが、今はその普段の性格が面に出ていた。

 彼女は同僚の苦言をあっけらかんとした口調で右から左に聞き流したのだ。

 

 「そりゃ済まなかったなぁ、ドロテア」

 

 ナイトオブフォー、ドロテア・エルンスト。

 ノネットとは士官学校の同期に当たるが、ラウンズへの就任は遅かった。

 その為、拝命当初は同期であるノネットにも敬語で接していたが、ある日、同じラウンズとして肩を並べているんだ。昔のように気楽にいこう! と提案される事となる。

 その際、規律を重んじる性格の彼女はその提案に大層悩むも、止めないなら、あの事バラそうか? ん? と満面の笑みで問われて以降、使う事は無くなった。

 相も変わらず自身の忠告などまるで意に返さないノネットを見て軽く溜息を吐くドロテアの横で、最後の一人が憂鬱な表情のまま呆れたように呟いた。

 

 「貴女は気楽でいいわよね」

 「どうしたんだモニカ? 随分とご機嫌斜めなようだが……あの日か?」

 

 ナイトオブトゥエルブ、モニカ・クルシェフスキー。

 3人の中では一番年下に当たる彼女だが、今就いている要職の影響か。精神年齢は案外一番上かもしれない。

 彼女も拝命当初ノネットに同じ事を言われたのだが、ドロテアと違い明瞭闊達な性格故か、二つ返事で承諾し今に至る。

 

 「オヤジみたいな事言わないでくれない?」

 

 モニカは大層気分を害したようで、ムッとした表情で一蹴したが、直ぐに表情を改めると手に持った分厚い書類に視線を落とした。

 一方、ドロテアは自身の手にある数枚の書類と彼女のソレを見比べると苦笑する。

 

 「モニカはロイヤルガードの責任者だからな。報告する事も一番多い。良くやっていると思う」

 「毎回してるじゃないか」

 

 感服するドロテアとは対照的に、砕けた調子で語るノネット。

 モニカは深い溜息を吐いた。

 

 「何度やっても緊張はするのよ」

 「そういうものか?」

 「そういうものなのっ!」

 

 断言されたノネットは、肩を竦めて戯けた仕草を見せると相手を変えた。

 

 「ドロテアは?」

 「今回は衛星エリアの視察だったからな。特に問題も無かった事だし、30分もあれば報告は終われるさ」

 

 短くて30分。モニカは一体何時間話す羽目になるのだろうか。

 終わったとしても、その後はビスマルクとベアトリスを相手とした二対一の協議が待っているのだ。

 モニカの憂鬱さも納得出来るというものだろう。

 彼女の髪型からも分かるように、尊崇の念を抱くベアトリス相手であれば兎も角、厳つい上司の表情を思い起こしたモニカが本日何度目かの溜息を吐くと、ドロテアは一瞬だけ羨ましがるかのような視線を送った後、隣で悠々と歩む同僚に視線を向けた。

 

 「ノネット、そういうお前こそどうなんだ?」

 「ん? あぁ、私か? そうだな……今回はユーロピア戦線に少し顔を出したが、張り合いの無い連中ばかりだ。報告する事は何も無いなぁ。ルキアーノは楽しんでいた様だが」

 「そんな事を言って。またコーネリア殿下を探しに行ったのだろう?」

 「ハハッ! バレたか。あぁ、そのついでだ。殿下は何処に行かれたのだろうな……」

 「足取りは依然として掴めないか」

 「一人、何か知ってそうな奴なら居るんだがなぁ。何度聞いても梨の礫だ」

 「それは誰だ?」

 

 ドロテアの問いにノネットは、ベアトリス、と呟いた。

 

 「ファランクス卿が?」

 「あの方を疑ってるの?」

 

 驚くドロテアを余所に、髪型を真似る程に敬愛する相手を疑うのかと、モニカはノネットに厳しい視線を向ける。

 しかし、ノネットは意に介さない。

 

 「疑うというか、入院中の殿下が行方を眩まされる前、最後に面会していたのがアイツだからな」

 

 ノネットが物思いに耽るかのような瞳で虚空を見やる。

 ドロテアが、ヤレヤレといった様子で頭を振ると、話は終わりとばかりにモニカが話題を変えた。

 

 「そういえば、ルキアーノはまだユーロピアに?」

 「あぁ、彼奴は報告書を作成するような柄じゃ無いしな。私もだが」

 

 所在無さげに両手を軽く振って見せるノネットを見て、ドロテアは思わず苦言を呈する。

 

 「ノネット。そういった所を直しさえすれば、お前の実力ならもっと上の――」

 「私はナインの称号が気に入ってるんだ」

 

 遮るかのように言うノネットに向けて、ドロテアは心底呆れた様子で言った。

 

 「名前と同じだからだろう?」

 「当たりだ」

 「全く……モニカからも何か言ってやれ」

 

 破顔するノネットに対して、ドロテアはほとほと困り果てた様子で助けを求めたが返答は無かった。

 

 「どうした?」

 

 気になったドロテアが彼女を見ると、モニカは少し緊張した面持ちで正面を見据えていた。

 続いてドロテアは、直ぐ傍を歩くノネットにも視線を向ける。すると、そこには先程までとは打って変わって剣呑な表情を貼り付けたノネットの横顔が。

 そんな二人に釣られるかのようにドロテアも正面を向くと、遥か前方より向かって来る二人の人物の姿が見えた。

 彼女達とその者達は、互いに歩みを止める事無く歩み寄る。

 やがて、互いに相手の姿が視認出来る距離まで近づいた時、彼女達は歩みを止めた。

 向かって来る人物の正体は、豪奢な皇族の衣服に身を包み純白の外套を翻しながら歩むライと、銀色の外套を翻して彼の背後を付き従うかのように歩む仮面の男、カリグラだった。

 誰からという訳でも無く、彼女達は廊下の端に寄ると軽く頭を垂れる。

 期せずして道を譲られた格好となったライ達ではあったが、見向きもせずに傍を通り過ぎると廊下の奥に消えて行った。

 姿が見えなくなったのを確認した彼女達は再び歩き始める。

 すると、不意にノネットが言った。

 

 「いつ見ても思うが、珍しい組み合わせだな」

 「あぁ……」

 「どうしたの?」

 

 ドロテアの生返事が気になったモニカが問うと、問われた彼女は渋い顔を作る。

 

 「少し……やり過ぎだとは思わないか?」

 「カリグラの事?」

 

 ドロテアが首肯すると、ノネットは仕方ないなぁといった様子で彼女の頑固さを微笑ましく思いつつも口を挟む。

 

 「まだ気にしているのか? 随分と悪どい事をしてたんだから仕方ないさ。情状酌量の余地は無いだろ」

 「そうよ。よりにもよって麻薬を密売するなんて、貴族の風上にも置けない連中よ」

 「だが、裁判を受けさせる事もしないとは……」

 

 彼女達が話しているのは、カリグラの所業についてだった。

 機情の長として噂が流れ始めた当初、カリグラはモニカが言ったように裏でその取引を仕切っていた貴族を粛清したのだ。

 粛清と言うだけあって、それはアッシュフォード家が今現在味わっているような没落では無く、家そのものの消滅だった。

 これは内容が内容だけに今もなお箝口令が敷かれており、一部の者達を除いて一般市民には知らされていない。

 当然、ラウンズとして帝国中枢に席を置く彼女達は知っていた。

 序でに言うと、摘発から刑の執行、その後の情報操作までの一切を取り仕切ったのが機情だという事も。

 しかも、ドロテアが言ったように裁判等の法的手続きを一切取らず、主犯格とされた当主は逮捕された3日後に処刑台の露と消えた。

 ドロテアとしても、儲ける為に麻薬を蔓延させようとした貴族の罪は赦されるものでは無いとの考えでいる。

 だが、彼女はラウンズの中でも堅物な性格で有名だった。それは、ノネットから女ビスマルクとまで揶揄される程に。

 尤も、当の本人は表向きは畏れ多い事だと言いつつも、裏では密かにそれを気に入っていたりするのだが。

 彼女の心中には、せめて公正な裁きの場で然るべき処罰を下すべきでは無かったのか、との思いが未だに燻っていた。

 それを察したのか。ノネットはドロテアの肩に軽く手を添えると宥めるかのように問う。

 

 「しかしだ、裁判をすっ飛ばした結果、同じように手を染めていた連中は手を引いたぞ? その証拠に各エリアの治安状態も向上してるだろ?」

 「それは、そうだが……」

 

 一部、未だにその甘い汁が忘れられずに続けている連中も居るには居たが、以前と比べると出回る量は格段に落ちていた。

 奇しくもノネットに指摘される形となってしまったドロテアは、不承不承といった様子で頷く。

 彼女も良く分かっていたのだ。

 モニカにラウンズ以外にロイヤルガードの責任者という職務があるように、ドロテアにもそれがあった。

 彼女の職務は、各エリアの治安状況並びに軍事拠点を視察する査察官。

 他にも各地のエリアを治める総督達に軍事的観点からの助言や指導を行ったり、軍部の規律が乱れていないか。乱れていた場合は律するといった職責も背負っている。

 当然、エリアを訪れる回数もラウンズの中では突出していたし、件の件以降、各エリアの規律が正されつつある事は彼女自身その目で見て十分に理解していた。

 視線を落としたドロテアが心の内で葛藤していると再びノネットが口を開く。

 

 「私はお前の行動は正しかったと思う」

 「私もよ」

 「えっ!?」

 

 慌てて顔を上げたドロテアの目に飛び込んで来たのは、微笑を浮かべる二人の姿。

 ドロテアは機情が動く前から幾度か現場を摘発しており、最初に尻尾を掴んだのは彼女だった。

 ある時、摘発した者の中に軍関係者が数名含まれていた事を知ったドロテアは憤慨した。

 だが、取り調べを行った結果もたらされた情報には、流石の彼女も怒りを忘れてただただ唖然とするばかり。

 関係者の一人がとある公爵家の関与を示唆する供述を始めたからだ。

 当初、背後に居るのはマフィア辺りだろうと推察していた彼女にとって、これは予想の範囲外。

 判断しかねた彼女が皇帝に報告すると、皇帝は機情に調査を命じた。

 その後の事は、ドロテア達も詳しくは知らない。

 知っている事と言えば、機情が名前の挙がった公爵に参考人と称して事情聴取を行った結果、相手が全面的に罪を認めた事と、異例のスピードで刑が執行されたといった事ぐらいだ。

 それを思い出しのかノネットが呟く。

 

 「しかし、あれだな。よくもまぁ簡単に罪を認めたな」

 「罪の意識に苛まれてたんじゃないの?」

 

 モニカは自身の考えを告げたが、対するノネットは、あの公爵に限ってそれは無い、と断言してみせる。

 すると、ドロテアは不意に一時囁かれた噂話を思い出した。

 

 「確か、機情は自白剤でも使ったのでは無いかと噂になったな」

 「それは私も聞いたわ。でも、特務総督府が薬物検査を実施しても反応は出なかったらしいじゃない」

 「そうだったな」

 

 否定されたドロテアは、噂話を気に掛けるなど自分らしく無いと思ったのか、小さく苦笑すると同意した。

 当初、公爵側は当主に掛けられた嫌疑を全くの濡れ衣であるとして強く抗議した。

 対する機情はというと、取り調べの様子を映したテープを証拠として開示したが、公爵側はそこに映っていた淡々と罪を語る当主の姿に今度は自白剤の使用を疑い出す始末。 

 帝国法においても、自国民に対して薬物等を用いた自白の強要は重罪であった事から、公爵側は宰相府を筆頭に、方々へ手を回すと皇帝に刑の執行を取り止めるよう嘆願させた。

 これを受けて皇帝は立場上公正を期す為か、特務総督府に薬物検査の実施を指示。だが、2日後に出た結果は全くの白。

 それは当然の帰結と言える。機情が使った自白剤は薬物などでは無いのだから。

 同日、報告を聞いた皇帝の、如何に力有る貴族、公爵であろうとも帝国に汚れた力は不要、との言葉の元、刑は執行された。

 ここまでならドロテアも納得しろと言われれば出来ない事では無かった。

 だが、その後の展開だけは例え上司であるビスマルクに言われても、そう簡単に譲るつもりは無かった。

 

 「その後の機情の一連の行動。あれだけはどうしても腑に落ちない」

 

 ドロテアが瞳を細めて断言すると、二人は渋々ではあったが同意した。

 

 「まぁ、あれはな……」

 「確かに、あなたの言うようにやり過ぎかもね」

 

 ドロテアの言う機情の行動は、結果として公爵家の取り潰しと取り巻きであった数人の貴族の失踪という事件にまで発展した。

 が、彼女達はその原因がカリグラたるライの私情によるものだったとは知らない。

 最終的に公爵の刑の執行は執り行われたが、途中、検査結果が出るまでの間ストップしたのは事実でこれがライの怒りを買っていた。

 元々、ライは興味が無い事や契約に関する事以外で動く気はなかったのだが、麻薬密売という台詞を聞いた瞬間、何故かやらなければとの半ば使命感めいた感情に突き動かされていた。

 言うなれば、公爵家の行動はライの行動を阻害したに他ならない。

 邪魔をした相手にライがどのような行為に出るかは、ルキアーノの一件で証明済みである。

 怒り狂ったライは公爵家を焼き払おうとしたが、理由無しには認めぬ、との皇帝の言葉に止められた。

 その為、ライは機情を使って20年以上前に起きたシャルルに対するクーデター。俗に言う血の紋章事件の関与をでっち上げたのだ。

 無論、そんな事実は無い。

 だが、シャルルはそれを認めた。V.V.の、認めないとライの怒りは静まりそうにも無いよね、との言葉も影響したのだろう。

 しかし、抜け目は無かった。

 皇帝は認めるにあたって、ライに対して他の皇族に紹介する場に出席する事を条件とした。

 これも紆余曲折あったが、最終的にライがこれに同意した事で公爵家は取り潰された。

 と、本来ならここまでで済む話だったのだが、その後の公爵家の取り巻きたる貴族達の行動も拙かった。

 全く躊躇する事無く公爵を死刑台に送っただけでは無く、皇帝に公爵家そのものを取り潰させた機情の長。その発言力に並々ならぬ興味を懐いた貴族達。

 彼等の中の数家がその長を引き込むべく動いた。あろう事か機情の長、カリグラの素性を探ろうとしたのだ。

 だが、それは直ぐに中止となった。

 彼等が手配した密偵は2日と経たないうちに消息を絶ち、更にその3日後には当主達が相次いで失踪したからだ。

 時を同じくして、静観者を気取っていた者達の手元には差出人不明の分厚いファイルが数冊届けらた。

 その中身を見た貴族達は震え上がったという。

 そこには、それまで彼等が失踪した当主達と共に荷担した犯罪行為が、数多の証拠と共に示されていたからだ。

 誰が送って来たのか考えるまでも無かった。

 そしてその意図が明確に伝わった事により、貴族達は機密情報局。その長たるカリグラに畏怖の念と怨嗟を向けた。

 最も当の本人、ライは全く気にしていなかった。

 貴族からの恨み辛みなど彼は当の昔に経験済みであり、来るなら来いとでも言わんばかりに悠然と受けて立つ程の心構えで事に当たっていたのだから。

 

 「オデュッセウス殿下も東奔西走されたそうだが、これに関しては陛下も一切取り合われなかったな」

 「帝国の影の暴君、か」

 

 彼女達が押し黙ると、重苦しい雰囲気が周囲を覆った。彼女達は暫しの間、無言で歩みを進める。

 だが次の瞬間、ノネットは一人、カリグラ以上に気になっている存在の名前を呟いた。

 

 「ライ殿下、か……」

 「殿下がどうかしたか?」

 

 突然の呟きを不思議に思ったドロテアが問うと、ノネットは先程まで決して見せる事の無かった剣呑な表情を浮かべながら口を開いた。

 

 「いや、あの方は普段は一体何処に居られるのかと思ってな」

 

 その台詞に首を傾げるドロテア。

 一方で、ノネットの言わんとしている事に気付いたモニカは思い出したかのように語る。

 

 「そういえば、お姿を拝見するのは決まってこの日だけよね」

 「普段は御住まいの離宮に籠って居られるんだろ?」

 

 相変わらず首を傾げたままのドロテアを見たノネット。その表情が僅かに緩む。

 

 「引き籠もりの皇族に仕えたくは無いなぁ。それに忘れたか? ドロテア。殿下はルキアーノを組伏せる程の膂力をお持ちの方だぞ?」

 「その事だが、未だに私達を騙してるんじゃないか?」

 

 ドロテアは露骨に訝しんでみせた。

 ナイトオブテン、ルキアーノ・ブラッドリー。

 ブリタニアの吸血鬼とまで言われる程の異名を持つ彼は、性格はさておきラウンズの一角を担うだけあって確かな実力を持っている。それはドロテアも十分知っていた。

 しかし、そんな異名を持つ程の戦闘狂が、皇族とは言え何の武勲も持ち得ず、突然現れた華奢な青年に組み伏せられた等、ドロテアは普段ノネットに遊ばれている事も相まって俄に信じられないでいた。

 モニカも同じく追従するかのように小さく頷くが、ノネットは特に気にした素振りは見せなかった。

 

 「一体何者なのかな……」

 「そんなに気になるの?」

 

 普段とは打って変わって、慎重な態度を崩さないノネットを不思議に思ったモニカが問うが、ノネットは逆に問い返す。

 

 「……私達が殿下の歳の頃は何をしていた?」

 

 その問いに二人は少し思慮する為に間を置いた後、徐に口を開いた。

 

 「丁度、士官学校を卒業した辺り…そういえば、教官連中にはこっぴどく扱かれたな。だが、今ではその教官達も部下だが」

 「士官学校の話は止めてよ。あまり良い思い出は無いんだから」

 

 ドロテアはここまで上り詰めた自分が誇らしいのか胸を張る。が、余程嫌な事を思い出してしまったのか、モニカは首を振って忘れようとする。

 そんな二人の様子に、ノネットは自身の意図している事が伝わっていないと理解した。

 

 「以前一度見せられたあの雰囲気を思い出せ。私達があれを纏えるようになったのはいつからだ? 戦場に出るようになってからだ。しかし、殿下はあの歳で既にそれをお持ちになっている。それも、一度も戦場に出る事無く、だ。不思議じゃないか?」

 

 ノネットの指摘を聞いて、ハッとなった二人は重々しい口調で呟く。

 

 「……確かに」

 「それも…そうね」

 

 そんな声を聞きながら、ノネットは徐に腕を組むと思いを語る。

 

 「シュナイゼル殿下とは違ったタイプの御方だが、何れにしても初めてだよ。私が関わり合いになりたく無いと思うなんてな……」

 「待て待て、何故ここで宰相閣下の名が出て来るんだ?」

 

 ドロテアは突然シュナイゼルの名が出てきた事に驚いた。すると、彼女の表情を見たノネットは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 「分からないのか?」

 「あ、あぁ……」

 「本当に?」

 

 焦らすかのように問うノネットに、痺れを切らしたドロテアは抗議の声を上げた。

 

 「勿体振るのはよせ。一体何なんだ?」

 

 ノネットは口をへの字に曲げる同僚に満足げな視線を送った後、告げた。

 

 「ライ殿下にシュナイゼル殿下。奇しくもお二人は共に同じ王の名をその身に刻んでおられる」

 「それって……」

 

 ノネットの指摘に、傍で二人のやり取りを無言で聞いてたモニカは瞳を見開いた。一方でドロテアは声も出ない。

 そんな二人の驚きが余程愉快だったのか、ノネットは先程の笑みを更に深くした。

 

 「あぁ、ライゼル王だ」

 「お、おい! 口には出すな。王の御名が汚れる」

 

 普段、皇族であっても口にする事は許されないその名を簡単に言ってのけるノネットに、ドロテアは周囲を見回すと狼狽した様子で咎めるかのように言った。

 が、ノネットはそんなドロテアの態度が愉快だったようだ。

 

 「失礼な奴だな。私は汚くは無いぞ?」

 「そういう意味じゃない!!」

 「分かってるさ。迷信だよ」

 

 ドロテアの反応が予想通りだったのか、ノネットはそう言うと快活に笑った。

 そんな漫才のようなやり取りをしている二人の横で、モニカは一人懐かしむかのように語る。

 

 「子供の頃、枕元で幾度となく母から聞いたわ」

 「独りぼっちの王子様、か……」

 「偉大な御方だ」

 

 彼女の呟きが聞こえたのかノネットはポツリと呟く。

 方やドロテアの口調は何処か憧れにも似た響きを持っていたが、それを聞いたノネットは釘を刺す。

 

 「ブリタニアに住む者にとってはな」

 

 その言葉を聞いた二人は、英雄以外に何と呼ぶのかとでも言いたげに再び首を傾げると、ノネットはゆっくりと語り始めた。

 

 ※

 

 ライゼル・S・ブリタニア

 

 かの王はブリタニア皇位継承権第2位を有する父王を筆頭に、異母兄二人と同母妹の間に生まれた。

 当初、ライゼルとその妹は皇位継承権を有してはいなかったという。

 理由は今もって不明だが、王妃の名が現代まで伝わっていない事を根拠に、母方の血筋に何某かの事情があったのではないか、との仮説が過去、多くの歴史学者から支持を受けている。

 そんなライゼルの運命が激変したのは、彼が齢13を数えた頃。父と異母兄二人が相次いで急死した事に端を発する。

 ライゼルの父王は守勢に長けていた事も相まって、当時の皇帝より国境争いを繰り返す地、ドゥムノニアに封地されていた。

 その王が急死した事により、ブリタニア本国は混乱。

 それを奇貨として、それまで小競り合いを続けていた隣国が攻め寄せた。

 仰ぐべき王を失った中で、侵攻を食い止める事となったドゥムノニア軍。

 しかし、この時が全ての始まりであった。

 時に皇歴502年。

 唯一人残った王の遺児、ライゼルが立ったのだ。

 彼は、これは一時的なものに過ぎない事。決して皇位継承権を得んが為の行動では無いと宣言すると防衛線の指揮を執り、見事な采配で本国からの救援を待たずに撃退に成功する。

 その功績を認められ、新たな王が決まるまでの間という条件付きで正式に防衛の任を拝命。

 しかし、再侵攻の際にはこれまでの守勢を捨ててあろう事か単身、敵軍に対して突撃を敢行。

 その戦いで指揮官の首を取る武勲を挙げた彼は、敗走する敵を情け容赦なく追撃すると、何とそれまで数十年に及び戦火を交えていた隣国にまで攻め入り、城下の盟を強いるに至る。

 そんなライゼルの功績に報いるべく、時の皇帝は正式にブリタニア王の一人としてドゥムノニアを封地とすると彼を皇位継承、その末席に加えた。

 正式な王となったライゼル。

 彼は勢いそのままに、比較的友好関係にあった近隣諸国に対して進軍を開始した。

 何故そんな国々があったかと言うと、時のローマ皇帝アウグストゥスが後にブリタニアの始祖となるアルウィンⅠ世に領土として認めたその島は、当初、様々な民族が住まう島であり、領地と言うよりはやっかみ払いの為に与えた封土のような位置付けだった。

 そして、ライゼルが即位した当時ローマは既に力無く、島は多様な民族が各々建国し覇を競い合う時代だった。

 当初、何年も掛かると思われた進軍であったが、驚くべき事にライゼルは1年もしないうちに島の大部分を平定し時の皇帝に領地として献上したという。

 当時としてもそれは異常な速度だったとある。どのような策を駆使したのか。年代記の中にはこう示されていた。

 

 王は先の蛮族との戦勝祝いにおいて、当時対立関係にあった諸国の王達を招いた。

 その席で王の高説に心打たれた諸国の王達は、次々と頭を垂れると忠誠を誓った、と。

 

 何カ国かは出席を拒んだが、彼等が宴での出来事を知った時には既に島のパワーバランスは崩壊していた。

 圧倒的な軍事力を支配下に置いたライゼルは、時の皇帝に対して島の平定に乗り出すべきと上奏したという。

 流石にそこからは残った諸国も連合を組むとこれに対抗。

 その首魁として君臨し、最後まで残ったのは不死の象徴を持つ黄金色の蛇の紋章を掲げた当時、不死王と近隣諸国に恐れられた男だった。

 が、ライゼルの勢い凄まじく、12回にも及ぶ大会戦の全てに敗北した不死王は、最後、小高い丘の上でその首をライゼルに撥ね飛ばされ事切れた。

 やがて、あらかた島を平定し終えたライゼルは、次にその牙を大陸に向けた。

 これについては、何故かと言う事までは伝わってはいない。

 ある歴史学者が言うには、本国への更なる忠誠の証だったとか、当時の皇帝が味を占めて大陸を強く望んだからだとか憶測は様々だった。

 一方で、ある軍事評論家はこう語る。

 

 当時のブリタニアは島国であったとは言え、大陸との間にあるのは海と呼ぶには余りに狭い海峡であり、当時の帆船技術を用いても攻め入る事は十分に出来た。

 引くも攻めるも容易であった事から、防衛面では島国特有のアドバンテージは無いに等しい。

 更には、僅か1年足らずで島の大部分を手中に収めた当時のブリタニアの姿は、大陸の者達には異常な存在に映った事だろう。

 当時、大陸側でも同じように国家が乱立し小競り合いをしていたが、そんな最中に海峡を挟んで直ぐの位置に突如として強大な軍事力を誇る国が現れたとしたらどうだろうか?

 畏怖の念を抱くには十分。何よりも、恐怖とは伝染するものだ。

 恐れを懐いた国々が対抗する為に仮に共同戦線を張った場合、先手必勝とばかりに攻め入って来る事は十分想像出来る。いや、指導者であれば想定しておかなければならない。

 当然、この王がその可能性を考えていなかったとは思えない。

 だからこそ、そう簡単に攻め入られないよう大陸沿岸を支配下に置く為に先手を打とうとしたのでは無いか、と。

 

 ――その評論家の仮定は限りなく事実に近かった。当時のライは、既に自身の領土内で不穏な動きをする者は粛清し終わっていたが、それでも母親と妹を護るという強い決意を背負った彼の不安は消えなかったのだ――

 

 結果、時の皇帝に文を送りながら水面下で沿岸部を統治していた貴族。

 彼等を表向きは貿易と称して幾度か自領に招いていたライゼルは、皇帝の許可を得ると直ぐさま海峡を越えた。

 その侵攻の矢面に立ったのが、当時、海峡を挟んで島の南側に位置していた国、後のフランスだった。

 当初、ライゼルと共に海峡を渡った兵士達や本国で知らせを待つ皇帝でさえも、それなりの抵抗を受けるだろうと予想していた。

 が、実際は何の抵抗も起きなかった事に驚いたばかりか、その場に居合わせた兵士達は目に映る光景に唖然とした。

 沿岸を警備する敵国の貴族は、予め話が付いていたかの如く一切の抵抗を見せなかったからだ。

 こうして、苦せずして大陸沿岸部を支配下に置いたライゼルは、次に内地への進軍を決めた。

 最も、そこからは流石に相手も抵抗したが長くは続かなかった。何故か?

 進軍を進めるライゼルに対して幾度と無く戦端を開いたが、戦場でライゼルの声を聞いた兵士達は皆が皆、掌を返したかのように忠誠を誓ったのだ。

 軍を送ればその全てが相手の力となり自らに跳ね返って来るのだ。

 得体の知れない異様な力、悪魔が乗り移ったかのような力を見せつけたライゼルに、敵兵達が恐怖した事も一因だった。

 結果、指揮系統は乱れに乱れた。

 そうなってしまえば最早勝敗は決したも同然。

 ライゼルに蹂躙され尽くした国は縋る思いで近隣諸国に援軍を求めたが、それも大した成果を上げられる事無く僅か二ヶ月足らずで陥落した。

 その後は凄惨の一言に尽きる。

 ライゼルは敵国に与したという理由で、近隣諸国にまで戦火を拡大した。

 一切の使者からの弁明も、助命の懇願さえも嘲笑うと、ライゼルは大陸を灰燼に帰した。

 全てが終わったある時、皇帝が彼を呼び戻した。

 呼び戻されたライゼルは本国に向かう前に一時自分の領地に帰還したのだが、その時、突然蛮族の再侵攻が始まったのだ。

 これ程までに軍略に長けた王が何故、蛮族全てを討ち滅ぼさなかったのか。これは歴史家達の間でも度々議論になっている事だった。

 情けを掛けたと言う者もいれば、当時の皇帝に窘められたのだと言う者も居る。が、明確な答えは年代記の何処にも記述は無い。

 だが、結末だけは明確に記されていた。

 攻め入って来た蛮族に対して、僅かに引き連れた供回りの兵士達のみならず、領民までも戦いに駆り出して迎え撃ったライゼルは、全てを焼き尽くすと自らも炎の中に消えた、と。

 以後、ライゼルという絶対の剣(ブリタニアの剣)を失った本国の国力には陰りが見え始める。

 だが、それだけでは済まなかった。

 次期皇帝の最右翼と目されたライゼルの死去。

 これが本国での皇位継承争いに拍車を掛けたため、それに乗じて各地で再び民族が蜂起した結果、島は再び数多の国々が覇を競い合う時代に逆戻りしてしまった。

 焦った皇帝は、これを鎮圧するべく大陸に残ったライゼルが率いた軍団のブリタニア本国への帰還命令を発するも、その大多数が離反してしまう。

 武力を失った本国はこの後、その戦いにも敗れ、ブリタニアという国は一度歴史から消える事になるのだが、年代記は語る。

 ライゼルの残した爪痕は深かった、と。

 後にブリタニアに代わって島を平定した国が国号をイングランドと変えた後、離反した軍団の子孫達が島の支配者としての正当性に異を唱えた結果、100年戦争や薔薇戦争といった戦火をまみえる火種として燻り続ける事になるのだから。

 しかし、それはまた別の話。

 年代記は更に語る。

 唯一残った嘗ての国の名を冠した小さな領地を護り続けた先祖達は、皇歴1807年。

 エディンバラにおいて当時のブリタニア領主、リカルドがエリザベスⅢ世の窮地を救う事で再び歴史の表舞台に舞い戻った、と。

 

 ※

 

 ノネットはそこまで一気に語ると少々疲れたのか一呼吸置いた後、言った。

 

 「当時の…侵略された側にとっては忌むべき名だ。行ってみて思ったが、ユーロピアでは未だにそれが根強い。フランス辺りじゃ、北の海から来た悪魔とまで言うそうだぞ?」

 

 長々としたノネットの語りを無言で聞いていたドロテアは顎に手を当ててポツリと呟いた。

 

 「英雄にして狂気の王、か……」

 「明けの明星にして狂える暴狂星とも言うな。だが、さっき言った話はお伽噺みたいなもんだ。年代記自体には他にも色々と齟齬する箇所があるからな。何よりも、声だけで他人を従わせられる力なんて有る訳ない。まぁ、王が実在したって事だけは事実みたいだが……」

 「王の力については同意するが、それは当時の皇族の神秘性を表したかったのかもしれないだろう?」

 「それにしては、歴代の皇帝に関してそういった記述が一切無いのは何故だ? まるで、かの王だけが別格のような扱いだ」

 

 これにはドロテアも反論出来なかった。

 その言葉を最後に、二人が互いに思慮するかのような表情を浮かべていると、不意にモニカがこれ以上聞いていられないといった様子で口を開いた。

 

 「ねぇ二人とも……さっきから不敬とも取れる発言を連発してるって分かってるの? 同じラウンズとしても見過ごせないんだけど?」

 「冗談に決まってるじゃないか。なぁ? ドロテア?」

 「えぇっ!?冗談だったのか!?」

 

 ジト目で追求するモニカに対して、ノネットはしれっと言い放つ。だが、ドロテアが彼女のような態度を取れる筈もない。

 相変わらずの反応に苦笑するノネットに対して、ドロテアは額に汗を浮かた。

 

 「残念ね、報告する事が増えちゃったわ。あぁ、可哀想なドロテア。でも、私は帝国の為にも敢えて心を鬼にするわ」

 

 モニカは天を仰ぐと仰々しいまで台詞を浴びせたが、その口元には微笑が浮かんでいた。

 ノネットは直ぐに悪ノリしていると気付いたのだが、真に受けてしまったドロテアは真っ青な表情を浮かべていた。

 すると、これ以上は流石に可哀想だと思ったのかノネットが割って入った。

 

 「まぁ、待て待て。なぁ、モニカ。最近帝都に出来た人気の店。知ってるか?」

 「……奢りかしら?」

 

 その会話を聞いたドロテアは、買収する気か?とも思ったが、ノネットが救いの手を差し伸べてくれた事に内心で感謝した。

 が、残念ながらノネットにその気は更々無かった。

 

 「勿論! ドロテアの奢りで」

 「んなっ!? ま、待て、ノネット!私だけ――」

 「無理ならモニカはお前を告発するぞ?」

 

 そう言ってノネットが再びモニカに視線を移すと、モニカもモニカで再び天を仰ぐ仕草を見せる。

 すると、ドロテアは半泣きに近い表情で縋るかのように指摘した。

 

 「うっ!……モニカ!大体お前も名家の出じゃないか! 奢って貰う必要なんて無いだろう?」

 「あら、知らないの? 経験上、人に奢ってもらうのって美味しさ3割増しなのよねぇ」

 

 開いた口が塞がらないとは正にこの事なのだろう。

 モニカの経験談を聞いたドロテアが呆然としていると、ノネットが更に詰め寄った。

 

 「で、どうするのかな?ド・ロ・テ・ア?」

 

 ハッと我に返ったドロテアは困ったような、それでいて何処か気恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

 「いや……今月はちょっと色々と出費が嵩んで……厳しいというか何と言うか……」

 「だから?」

 「割り勘にしてくれ……」

 

 諸手を挙げて降伏したドロテア。すると、そんな彼女の背中を楽しそうに叩きながらノネットは告げた。

 

 「まぁまぁ。安心しろ。元からお前一人に奢らす気は無いさ。アーニャなら甘やかすのは駄目とでも言うだろうがな」

 

 すると、ドロテアは若干咳き込んだ後、今この場には居ない同僚に思いを馳せる。

 

 「あいつは、こういう事には容赦無いからな……そういえば、今はエリア11か」

 「今一番厄介なエリアだな」

 

 そう言ってノネットは急に真顔になると、モニカも後に続いた。

 

 「そうね、もしエリア11が墜ちるような事にでもなれば今後の展開如何では――」

 「全エリアで蜂起が起きる可能性も有る、か……」

 

 再び呟くノネット。すると、彼女の憂いを帯びた瞳が気になったドロテアが問う。

 

 「その為に陛下もラウンズを三人も遣わしたのだろう?」 

 「それは分かるんだけどなぁ……あの3人だぞ?」

 「ノネットが行くよりは遙かに真っ当な人選だ」

 

 思わぬドロテアの反撃に、一転して瞳を丸くしたノネットがモニカを見やると――。

 

 「異議無し」

 「ハハハッ!酷い言われようだ」

 

 モニカにあっさりと肯定されたノネットだったが、彼女は実に楽しそうに笑った。

 その後、彼女達は雑談をしながら廊下の奥に消えていった。

 

 ◇

 

 皇宮の外に待たせてあった車に乗り込んだライは、カリグラと共に一路離宮を目指していた。

 ライは窓の外で煌びやかに光る帝都の町並みを全くの無感動といった表情で眺めていた。

 そんな彼等の後を一定の距離を空けて一台の車が追う。

 すると、直ぐさま尾行されている事に気付いたライだったが珍しく何もしなかった。

 

 「シュナイゼルも余程人員不足と見える。優秀であれば貰ってやってもいいが……不要だな」

 

 追跡者の力量を推し計ったライは冷笑を浮かべた。

 一方、期せずして難を逃れた追跡者達。その車内では助手席に座っていた男が指揮所と連絡を取っていた。

 

 「対象は想定ルートを通って北上中。目的地はやはり離宮かと」

 『例の皇子も一緒か?』

 「はい」

 『分かった。尾行を継続せよ』

 「Yes, My Lord」

 

 追跡者達は気取られている事も知らずに、一定の距離を取りながら追跡し続ける。

 やがて、ライとカリグラ。二人を乗せた車がある通りに差し掛かると彼等は追跡を止めた。

 

 「対象はセントダーウィン通りに入りました。これ以上の追跡は不可能」

 

 セントダーウィン通り。

 そこはつい100年程前までは皇族専用の私道だった。今でも許可を得た車両しか走る事は許されていない。

 知らせを聞いた揮官は苛立ちを隠す事無く告げた。

 

 「これまでと全く同じか……分かった。お前達はその場で待機しろ」

 『Yes, My Lord』

 

 了承の言葉を聞いた指揮官は、背もたれに身を委ねると腕を組み瞳を閉じた。

 一方、離宮に到着したライはカリグラを従えたまま脇目も振らずに自室に向かう。

 途中、宮仕えしている従者達とすれ違ったが、彼等はライ達の姿を見ても無言で道を譲ると恭しく頭を垂れるのみ。

 やがて、自室に辿り着いたライは扉を開けると部屋の中へ歩みを進めた。

 その部屋は皇族が住まう離宮にしては少々殺風景と言えた。入って右手には巨大な黒塗りの机と座り心地の良さそうな黒皮の椅子と、正面の壁には巨大なモニターが埋め込まれており、部屋の隅に小さなクローゼットがあるだけ。

 ライは扉をロックすると、ここまで全くの無言で付き従っていたカリグラに向き直る。

 

 「お前は着替えて本来の仕事に戻れ」

 『Yes, Your Highness』

 

 ライの命に短く答えるとカリグラは仮面を外す。

 その下から現れたのはライに近い歳をして背格好も同じ程の青年。

 この離宮に従者見習いとして使えていた彼は、人形のような表情そのままに着替え始める。

 やがて、普段の服装に戻った青年はライに一礼した後、部屋を後にした。

 

 「全く、面倒な事だな」

 

 青年が去った後、ライは溜息を一つ吐くと同じように着替え始めた。

 最後に仮面を被り終えると、机に埋め込んであるコンソールパネルに視線を落とす。

 そこでは、紅く光るボタンが規則的なリズムを刻んでいた。

 気付いたライは、椅子に腰掛けると頬杖をつく。

 続いて、もう片方の手でパネルを操作するとモニターは低い起動音を室内に響かせるながら光を宿らせる。

 対照的に、部屋の照明はその光度をゆっくりと落としていった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 時は少しだけ遡る。

 ライが離宮の門を潜った丁度その頃。

 

 「ナイトオブスリーも無茶をなさる……」

 

 学園内の機情の地下施設では一人ボヤきながら、コンソールパネルを操作するヴィレッタの姿があった。

 彼女は、学園で何かあった場合は直ぐに一報を入れるようにとの上司の命令通りに行動していた。

 今、彼女が報告している事項は、先程の消火装置の誤作動の件だった。

 ボヤくぐらいならば他の者に任せれば良いのだろうが、これは彼女のみに許された…もとい、彼女に課せられた義務のようなもの。

 やがて、入力し終わったヴィレッタは椅子に座り上司からのコールを待っていると、突然横に人の気配を感じた。

 驚いて立ち上がったヴィレッタが視線を向けると、そこには一人の少年、ロロの姿があった。

 扉を開いた音も聞こえなかった事から、彼女は咄嗟にロロはギアスを使ったのだろうと理解したが、何故使う必要があったのかまでは理解出来なかった。

 

 「ど、どうした?」

 

 不思議に思ったヴィレッタが問うが、ロロは何も答えない。

 代わりに、彼の手に持った銃が全てを告げていた。

 自身に照準を合わせているその銃口を見た時、ヴィレッタは全てを理解した。

 

 「まさか……お前……」

 

 だが、ロロは相変わらず何も答えない。薄暗い光を秘めた瞳で見つめるのみ。

 

 「ロロが……裏切った……」

 

 信じられないといった様子で呟くヴィレッタに対して、ロロが冷え切った表情を崩す事は無かった。

 だが、続け様に呟いたヴィレッタの言葉には少々眉を曇らせる。

 

 「予測が現実になるとは……」

 「何ですって?」

 

 ロロの口から疑問が零れた時、不意に扉が開き片手に手提げ袋を持ったルルーシュが入って来た。

 入って来るや否や、ルルーシュは雄弁に語る。

 

 「ヴィレッタ・ヌウ。ゼロの正体を突き止めた功績を認められ、男爵位を得た女。だが、裏では黒の騎士団と通じていた」

 「そのような背信を――」

 「扇要」

 

 咄嗟に否定しようと口を開くが、ルルーシュが告げたその名前にヴィレッタの表情が強ばる。

 

 「彼との関係を知られれば、折角得た爵位を失う事になる。新しいあなたに生まれ変わりませんか?これシャーリーから預かってたんですが丁度良かった」

 そう言うとルルーシュは手提げ袋を机の上に置いた。

 が、ヴィレッタは尚も抵抗して見せる。

 

 「私はあんな男の事など知らんっ!!」

 「あんな男?」

 

 白々しい様子でルルーシュが反芻する。その時になってヴィレッタは、しまった、といった表情を浮かべるが、もう後の祭り。口元に三日月を浮かべたルルーシュが問う。

 

 「どうやら詳しくご存知のようですね。どんな男なのか教えて貰えますか?」

 

 ヴィレッタは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべると、最後の抵抗か。黙りを決め込んだ。

 だが、彼女が陥落寸前である事は目に見えていたルルーシュは、C.C.のアドバイスだという事に若干納得出来ない点はあったものの、笑みを浮かべた。

 そんな時。それまで黙っていたロロが口を開く。 

 

 「ヴィレッタ。さっきの言葉はどういう意味です?」

 

 薄々は感じ取ってはいたものの、ロロは尋ねずにはいられなかったのだ。そして、その勘は正解だった。

 

 「あの方は、お前が裏切っている可能性も考慮しておられた」

 「まさか……」

 

 感じ取ってはいたものの、ロロの心に動揺が走る。

 ロロは機情の情報は自分に名を与えてくれた王にも知らされている事は理解していた。バベルタワーの一件で、その日のうちに叱責されたのだから。

 当然、今回の考えも王に伝えられている可能性は十分にある、と思った。よもや機情の長が当の本人だという事は夢にも思ってはいなかったが……。

 ロロの額にうっすらと汗が滲むが、それを拭う事も忘れてただ呆然と立ち尽くすロロ。

 一方で、一人置いてけぼりを食らっていたルルーシュが不愉快そうに問う。

 

 「一体何の話だ?」

 

 そんな彼の問い答えたのはヴィレッタだった。

 

 「先程の学園での騒ぎは既に報告済みだ。直に連絡が――」

 

 言うや否や、突如として部屋に短い着信音が鳴り響くと、ヴィレッタは瞳に絶望の色を浮かべながら呟いた。

 

 「もう……終わりだよ……お前達も私も……」

 

 ヴィレタがスイッチに手を伸ばした時、不意に銃声が響いた。

 その事に、ルルーシュもヴィレッタも思わず動きを止めると音がした方向に視線を移す。

 そんな二人が見たのは、銃口を天井に向けたロロの姿だった。驚いたルルーシュが問う。

 

 「ロロッ!?お前いきなり――」

 「兄さんは隠れてて!!」

 「何を言って――」

 「大丈夫だよ。上手くやるから!」

 

 ルルーシュを説得するロロを尻目に、ヴィレッタは再びスイッチを押そうと手を動かすが、それを見咎めたロロは咄嗟にギアスを発動させた。

 訪れる王の時間。

 ロロは動きの止まったヴィレッタに歩み寄るとその背中に銃口を押し付けた。時は再び動き出す。

 

 「ヴィレッタ……少しでも妙な真似をすれば……」

 

 恫喝されたヴィレッタは背中に感じる冷たい感触も相まって、スイッチを押す一歩手前といった所で動きを止めた。

 

 「騙し通す事が…………出来ると思っているのか?」

 「やらなければ、死ぬだけです。あなたは死にたいんですか?」

 「うっ………」

 「助かりたかったら、僕の言う通りにシラを切るしか方法は無いんですよ」

 

 ヴィレッタは躊躇したが依然として背中に感じる冷たい感触に押し黙らされてしまう。

 対して、深く深呼吸して意を決したロロ。

 彼は不承不承といった様子でいながらも、ルルーシュが願い通りにカメラの死角に身を潜めたのを確認すると、冥界へと続くスイッチを押した。

 

 『ドウシタ?』

 

 モニターには、スザクの時と同じように頬杖を付くと心底苛ついた様子でいる銀色の仮面が現れた。

 その姿を部屋の隅より見たルルーシュは、驚愕に瞳を見開いた。

 その瞳に映るのは、ゼロである時の自分に瓜二つの存在。同時に思い出す。

 

 ――こいつかっ!!

 

 この男こそ以前ロロが言った男、カリグラ。機情のトップに君臨する男なのだという事を。

 だが、不意に部屋の温度下がったような錯覚に陥ったルルーシュは僅かに身震いした。 

 それはヴィレッタ達も感じていた。だが、二人の場合はそれがカリグラからもたらされているものだという事を良く知っていた。

 

 「さ、先程報告致しました通り、学園で騒ぎがありました」

 『内容ハ?』

 

 相変わらずな態度でカリグラが問う。

 すると、モニターから漂って来る覇気に気圧されたヴィレッタ。その口から真実が零れ落ちそうになる。

 

 「そ、それが……」

 

 だが、それを察知したのか。ロロが即座に銃口を彼女の背中に強く押し当てた結果、ヴィレッタは言葉を呑み込んだ。

 

 「っ!……消火装置の……誤作動だったようです」

 『ソレニ至ッタ原因ハ?』

 「目下調査中ですが、本来、枢木卿が乗る予定だったナイトメアに……ヴァインベルグ卿が乗った事も一因かと……」

 

 ヴィレッタは、部下から知らされたばかりの報告を頭をフル回転させて繋ぎ合わせるともっともらしい言葉を紡いだ。

 一見すると見事な芸当だが、彼女は元来優秀だ。

 そうでなければ、一年近くカリグラに仕える事など不可能。

 カリグラは使えぬ者は早々に切り捨てる。そんな性格の持ち主だったのだから。話を戻そう。

 兎に角、それが功を奏した。ヴィレッタ達の失態では無い事を知ったカリグラは、やや態度を軟化させた。

 

 『"ヴァインベルグ"……"ナイトオブスリー"カ』

 「は、はい」

 先程までの覇気が消えた事にヴィレッタが内心胸を撫で下ろしつつ短くもハッキリとした口調で返すと、姿勢を正したカリグラは愚痴めいた言葉を発した。

 

 『不快ナ連中ダナ。イッソ居ナイ方ガ清々スル。ソウ思ワナイカ?』

 「私は、何も申し上げる事は……」

 

 これにはヴィレッタは何と答えるべきか分からず、困惑した様子で返す事しか出来なかった。

 だが、それは正解だった。カリグラは元から彼女に同意を求める為に問うたのでは無いのだから。

 

 『下ラナイ事ヲ聞イタ。デ、"ルルーシュ"ニ変化ハアッタカ?』

 「いえ」

 『依然トシテ変化無シカ。……ソノ"ルルーシュ"ハ今何処ニ居ル?』

 「そ、それは……」

 

 予期していた質問とはいえ、問われた瞬間ヴィレッタは戦慄した。

 この問いに困惑で返せば待っているのはカリグラからの叱責だからだ。

 だが、この部屋に居るなど言える筈もなかった。

 言うたが最後。暴君より報奨を賜る前に、背後に取りついた死神から死をもたらされるのだから。

 この場合、ヴィレッタは先程のように何とか上手い理由を告げなければならないのだが、これについては部下からの報告も無く、ましてや暴君と死神に板挟みにされたような状況でまともな思考が出来る筈もない。

 一方、死角で息を殺して事の成り行きを伺っているルルーシュも気が気では無かった。

 だが、遂にヴィレッタは何も言えなくなってしまった。

 その事を仮面の奥で目敏く認めたライが瞳を細めて追及するべく口を開く。

 が、その前に流石に限界が来たと悟ったロロがフォローに入った。

 

 「今は生徒会室で先程の騒動の事後処理に追われてますよ」

 『……事後処理ダト?』

 「ええ、消化装置の誤作動だと言ったでしょう?そこらじゅう泡だらけだったんで」

 『……成ル程ナ』

 

 出鼻を挫かれた形となり、ライとしては面白く無い。だが、淡々として一切の感情を面に出さずに告げたロロ。

 普段と全く変わらないその態度は、ライのヴィレッタに対して懐いた疑念を払拭させるには十分なものであった。

 一方、納得している様子でいるカリグラを見たロロはこれ幸いとばかりに問う。

 

 「貴方は未だに疑ってるんですか?」

 『藪カラ棒ニドウシタ?』

 

 突然のロロの問いに、カリグラは少々拍子抜けしたかのように首を傾げるが、ロロは、尋ねるには今しか無いとの思いを胸に再び口を開いた。

 

 「枢木卿も疑ってました。でも、あの人は今までの僕達の活動を知らないから――」

 『知ッテイル筈ノ私ガ何故疑ウノカ。ソレヲ聞キタイトイウ事カ?』

 「えぇ」

 

 これ程までに疑うからには何かしらの理由がある筈。それが分かればルルーシュに注意するように言う事が出来る。

 即ちルルーシュの役に立つ事が出来る。

 少々危険な行動ではあったものの、ロロはリスクを背負わなければカリグラからは何も聞き出せないとの結論に至っていた。

 一方、仮面の下で瞳を細めたライはロロの意図を探ろうとする。が、珍しく予測出来なかった。

 結果、これぐらい告げても問題は無いだろうとの結論に至ったライは、要望に応えてやる事にした。

 

 『良イダロウ……"ヴィレッタ"』

 「は、はい!」

 『"ルルーシュ"ノコレマデノ"スケジュール"ハ手元ニアルカ?』

 「御座いますが……」

 『デハ、"ナイトオブセブン"復学ノ日付デイイ。読ミ上ゲロ』

 

 その言葉を死角で聞いていたルルーシュは、何か気取られる態度など見せただろうか?と自身の行動を振り返るが、彼の頭脳を以てしても皆目見当がつかなかった。

 同じく、カリグラの意図不明の発言にロロは眉をしかめると抗議の声を上げる。

 

 「どういう事です?」

 

 が、こういった場合のカリグラは鰾膠(にべ)も無い。

 

 『黙ッテ聞クガイイ』

 

 ロロの抗議があっさりと切り捨てられると、それを合図とするかのようにヴィレッタが読み上げ始める。

 起床時間から朝食に至り、やがて学園での授業態度に差し掛かった時、カリグラは再び口を開いた。

 

 『ソコダ』

 「は?」

 

 ヴィレッタは思わず素っ頓狂な声を上げ、ロロも首を傾げる。だが、部屋の隅ではルルーシュが一人戦慄していた。

 

 『随分ト真面目ニ授業ニ出ルヨウニナッタナ?』

 「それが何か?」

 

 理解出来ないといった様子でヴィレッタが問うと、カリグラは静かに語り始めた。

 

 『ソノ日ダケデハ無イガ、普段授業ヲ"サボリ"ガチダッタ"ルルーシュ"ガ急ニ真面目ニナッタ。遡ッテ行クトソレハ"バベルタワー"ノ一件以来、顕著ニナッテイル。私ハソレガ少シ引ッ掛カル』

 

 ――こいつっ!!

 

 想像通りの言葉にルルーシュが冷や汗をかきながら柳眉を逆立てていると、ロロが再びフォローに動く。

 

 「それは、危険を感じたからでは?」

 『何ダト?』

 

 これには、カリグラはロロの言わんとしている事が理解出来ず疑問の声を上げた。それを受けてロロは尚も語る。

 

 「つまり、バベルタワーでの一件はルルーシュにとって今までの生活を改めさせる、それ程の大事件だったのでは無いかという事です」

 

 ロロの言葉を聞いた瞬間、カリグラは似たような事例を思い出した。

 

 『死刑囚ノ心理ニ近イナ。ダガ、一理アル……』

 

 カリグラが肯定するとロロはここぞとばかりに畳み掛ける。

 

 「何よりも、あの日以来ルルーシュにはずっと僕が付いてます。領事館の時も一緒でした」

 『オ前ハ目覚メテイナイト自信ヲ持ッテイル。ソウ言イタイノダナ?』

 「何なら、命も賭けましょうか?」

 

 冷えきった瞳で告げるロロを見て、ルルーシュに対する疑念が氷解していくのを感じたライ。しかし、彼の心中には新たな疑念が沸き始めていた。

 だが、それはライにとっては有り得ない事であり、彼は心中でそれを一蹴しながらも口にした。ロロに対する皮肉を込めて。

 

 『デハ、最後ニヒトツ』

 「何ですか?」

 『今日ハ随分ト饒舌ダナ、"ロロ"?』

 「は?」

 『何ガアッタ? 学園祭トヤラガ余程新鮮ダッタカ?』

 

 カリグラの問いに一瞬度肝を抜かれたロロ。

 だが、続いて問われた言葉に遊ばれているのだと受け取った彼は、カリグラを睨み付けると吐き捨てるかのように言った。

 

 「あなたには関係の無い事です」

 

 その行為もまた、正解だった。

 

 ――フッ。やはり思い過ごしか。

 

 普段と何ら変わらぬロロの態度を見て、心中で結論を出したライは再び告げる。

 

 『良イダロウ。ダガ、忘レルナ。学園ハアクマデモC.C.ヲ招ク為ノ狩場ダ』

 

 すると、堪らずヴィレッタが問う。

 

 「その事ですが、C.C.が現れなければ学園はこのままなのでしょうか? その……私の任務も……」

 『現レナケレバナ。シカシ、目覚メタ場合、ソノ前提ハ覆ル。ソノ場合、最早ソノ学園ニ用ハ無イ。"ルルーシュ"ヲ捕ラエタ後ニ消去スル』

 「消す? この学園を?」

 

 カリグラが平然と告げた言葉に、ここに来て初めてロロは瞳を見開いた。

 一方で、ヴィレッタは剣呑な表情を張り付ける。

 

 「生徒達は如何なさるおつもりですか?」

 『サァ?』

 

 カリグラがおどけた様子で首を傾げると、ロロが食い付いた。

 

 「殺す気ですね……」

 「なっ!?幾ら何でもそれは!!」

 

 ロロの言葉を聞いても否定しなかったカリグラの態度にヴィレッタは慌てた。

 すると、カリグラは再び首を傾げると問うた。

 

 『ドウシタ"ヴィレッタ"、情デモ移ッタノカ?』

 「そ、そういう訳では……」

 

 ヴィレッタが言葉を濁すと、カリグラは呆れたように溜息を一つ吐いた後、言った。

 

 『アレハコノ世デ一番無駄ナ感情ダ。覚エテオケ』

 「それは……経験から来るものでしょうか?」

 『……私ノ過去ガ知リタイノカ?』

 

 値踏みするかのようなカリグラの問いに、ヴィレッタは一瞬聞いてみた衝動に駆られた。誰も知らない仮面の奥底に一体どんな過去があるのか、と。だが、直に思い直した。

 触れてはいけない。聞いてはいけない。人には分相応な生き方がある。とてもでは無いがカリグラの過去に踏み込める程の器は自分には無い、と彼女は直感的に悟ったのだ。

 

 「い、いえ。ですが、一般の生徒達には何卒寛大な処置をお願いします」

 『クハハッ! ソウダナ。オ前ノソノ謙虚サニ免ジテ考エテオコウ』

 

 ヴィレッタの申し出を聞いたカリグラはそう言って肩を揺らした後、話題を変えた。

 

 『トコロデ、近々新総督ガ着任スル。当日ニ至ッテハ、"ルルーシュ"ノ監視ニ機情ノ戦力、ソノ全テヲ傾注シロ』

 「どういう事です?」

 

 スザクに対しては、増員はしないと宣言していたカリグラが急に方針転換した事を不思議に思ったロロが問うたが、カリグラは言葉を濁した。

 

 『何レ分カル。目覚メテイレバ、コノ総督着任ヲ見過ゴス事ハ決シテ出来ナイ』

 「まだそんな事を――」

 『疑念ハ払拭サレテイル。コレガ最後ノ"テスト"ダ』

 

 カリグラは普段と同じようにロロの言葉を遮ると通信を切った。

 ロロが銃口を下ろすと緊張が一気に解けたのか。ヴィレッタは肩で息をしていた。

 そんな彼女を尻目にロロは振り返ると部屋の角に居たルルーシュに声を掛ける。

 

 「もう大丈夫だよ、兄さん」

 

 すると、ロロに促されるかのように現れたルルーシュが現れた。だが、その額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

 

 「何なんだ…彼奴は……」

 「あれがカリグラ。枢木スザクよりも厄介な……僕達の敵」

 

 手提げ袋の紐を力強く握り締めたルルーシュは、先程のカリグラの発言を思い起こして再び震えた。

 極力目立つ行動は控えるようにしていたルルーシュは、授業にも真面目に出るようになっていた。まともに受けてはいなかったが。

 実際、ヴィレッタはルルーシュが真面目に授業に出るようになった事について、特に疑問には思わなかった。

 だが、カリグラはそんな些細な変化さえも逆に不自然だと思ったのだ。

 

 「危険過ぎる……」

 

 その異様な洞察力に危機感を抱いたルルーシュが呟くと、励ますかのようにロロが言う。

 

 「でも、やるしか無いんだよ」

 

 ロロの言葉を聞いたルルーシュは、一度大きく息を吸い込むと次には意を決したかのように言った。

 

 「そう……だな。ロロ、お前の言う通りだ。やるしかない。それに、頼もしい仲間も増えた事だしな」

 

 ルルーシュは手に持った袋を再び机の上に置くと、ヴィレッタに視線を向けた。

 気付いたヴィレッタは思わず声を荒げた。

 

 「ま、待て!私は――」

 「ヴィレッタ、今更何を言うつもりです?あなたはあの男に嘘を吐いたんですよ?」 

 

 が、ロロの指摘にカリグラの性格を良く知っていた彼女はもう何も言えなかった。

 仲間という言葉を嘲り笑い、部下を駒のように使い捨て、情さえも不要と吐き捨てる。冷徹非情な存在、カリグラ。

 そんな男に向けて脅されていたとはいえヴィレッタは嘘を吐いた。一時的なものだったとしてもルルーシュ達の片棒を担いでしまったのだ。

 ヴィレッタは、後で正直に告げて庇護を求めるべきか? と悩んだが、直ぐに諦めた。

 正直に話したところで、許しを得られるというイメージが一切浮かばなかったのだ。

 

 「ヴィレッタ先生」

 「な、何だ……?」

 

 ルルーシュの言葉にヴィレッタは我に返る。

 その時、彼女の瞳に映ったのは包装されたリボンを引きながら、薄紫の瞳に冷たい色を浮かべる魔人の姿。

 

 「Happy birth day」

 

 この日より、魔人と暴君に板挟みにされる事となるヴィレッタ。彼女の苦悩の日々が始まった。




毎日暑いですね。
皆様、お体にはお気をつけ下さい。
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