コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

24 / 25
活動報告でもお知らせしました間幕回となります。何とか今週中の投稿は守れた……かな?

以下、注意点となります。

1.劇場版、復活のルルーシュのネタバレを含みます。苦手な方はご注意下さい。

2.亡国のアキトのネタバレも含みます。苦手な方はご注意下さい。

3.相変わらずの捏造と自己解釈に塗れてます。苦手な方は(以下同文。

4.場面転換が上手くいっておらず、読み辛いかもしれません。苦手(以下同文。

5.キャラの口調がイメージと違うかもしれません。

以上を念頭のうえ、お読み下さい。


TURN 03.34 ~ 交渉の裏に(うごめ)くモノ ~

 シャルルとライが晩餐を共にしていた丁度その頃。

 嚮団の地下都市。

 その中心部でもあるギアスの紋章が刻まれた身の丈20mを越さんとする扉を背にして、据え付けられた一対の玉座。

 そこに深々と身を委ねるのは嚮主V.V.。

 彼が帝都でのそれをキャンセルした理由は唯一つ。これから始まる交渉の為。

 彼は手にした書類に目を通しながらその時を待っていた。

 そんな(あるじ)とやや距離を置いた階段下では、(しもべ)たる黒衣の男達が静かに控えている。

 やがて、時計の針がその時刻を間近に捉えたところで一人、集団の中から歩み出た男は階段を登る。

 そうして玉座の傍まで歩み寄った彼は、腰を曲げると主の耳元で短く報じた。

 

 「嚮主V.V.、間も無く繋がります」

 

 顔を上げたV.V.は、手に持つそれを投げて寄越すと相手も心得たもの。

 両手で受け取ると何事も無かったかのように頭を垂れた男は、静々と元居た場所へと下がってゆく。

 それを視界の端に捉えつつ、V.V.は男達の頭上に設置されている巨大モニターへと視線を注ぐ。

 長針が定刻を告げると、淡い光を発する液晶画面。

 そこに砂嵐が生じた後、映し出されたのは白くゆったりとした衣服を身に纏うと、波打つ艶やかな金髪に強い意志を感じさせる瞳を持つ一人の女の上半身。

 V.V.は、久し振りだね、とフランクに問い掛けたが、女は自国の流儀に倣い最大限の敬意を示すべく、顔の半面を左手で覆い隠す。

 

 『直々にお声掛け下さるなんて光栄ですわ。嚮主V.V.』

 「その所作(しょさ)は不要だよ。それとも、やっと僕の配下に加わってくれる決心でも付いたのかな?」

 『誤解無きように。只の社交辞令ですので』

 「紛らわしいね」

 

 V.V.が唇を尖らせると、女は微苦笑と共に手を下ろす。

 溜め息一つ、気を取り直したV.V.は問い掛ける。

 

 「そっちの情勢は常々聞いているよ。商いは順調らしいね」

 『えぇ、お陰様で。最後にお会いしたのは、正式に嚮主をお継ぎになられて以来でしたか? そちらはお変わりの無いご様子(・・・・・・・・・・・・・・)。羨ましい限りですこと』

 「知っている癖に良く言うよ。それとも、皮肉のつもりかな?」

 『いいえ。滅相も無い』

 

 白眼視を向けられた女は、困ったような笑みを浮かべると話題を変えた。

 

 『この度は如何様(いかよう)なご用向きかしら』

 「ちょっとお願いしたい事があってね」

 『あら、珍しい』

 

 口元に手を当て瞳を見開く女。そんな驚きを露わにする彼女を余所に、V.V.は口火を切る。

 

 「君の処の兵士を貸して欲しい。頼めるかな?」

 『構いませんとも。派遣先はそちらかしら?』

 

 唐突な要請だったであろうに、僅かな戸惑いも垣間見せず、また、深くその理由を尋ねる事無く二つ返事で承諾する女の従順さ。

 それを心地良く思ったのか。

 屈託無く笑うV.V.であったが、同時に訂正の言葉を忘れない。

 

 「違うよ。エリア11に送って欲しいんだ」

 

 すると、どうした事か。発送先を聞いた女は僅かに顔を顰めた。

 

 『約定はご存知の筈では?』

 「敵対する事は有り得ないから安心して」

 『何を為さるおつもりかお聞きしても?』

 「ちょっとした作戦を展開中なんだけど、彼処(あそこ)の現状は知ってるだろう? イザという時の為の実働部隊が欲しくてね」

 『ブリタニアと共同歩調を採るご予定はお有りかしら?』

 「その時になってみないと分からないけれど、可能性としては」

 

 矢継ぎ早に問う女と、流麗に返すV.V.。

 両者の瞳が細まる。

 先程までの従順な女の態度に陰りが見え始めるが、その原因を薄々ながら察していたV.V.は、敢えて咎める事をしなかった。

 すると、遂にその仮面を脱ぎ去った女は瞳に有り有りと嫌悪感を滲ませた。

 

 『でしたら、何も我が国の兵士を使う必要は無いのではないかしら? 嚮主様であれば、駐留している帝国軍から引き抜く事など容易いのでは?』

 「込み入った事情があってね。今回に限って言えば、彼の手を借りる事は出来ない案件なんだ。でも、どうしたの?」

 『何がでしょう?』

 「僕には君が嫌がっているように見えるけど?」

 

 女の言葉尻から確信を得ていたV.V.は口元を僅かに歪ませた。

 対する女は観念したのか。短く溜息を一つ吐くと心情を吐露する。

 

 『敢えてお尋ねします。過去、我々とあの男…いえ、失礼。今では嚮主様の同盟者でしたか。彼と我が国との間で生じた確執。お忘れではございませんよね?』

 「勿論さ」

 『その上でのご用命なのね…』

 

 女の声色は柔和なまま。

 が、嫌悪の光は今にも瞳から溢れんばかり。

 しかし、V.V.の態度は変わらない。

 いや、寧ろお構い無しとばかりに彼は頬杖をついてみせた。

 

 「執念深い女は嫌われるよ? それに、あの件は僕が間に入って執り成したじゃないか」

 

 そっちこそ忘れて無いよね? と言外に匂わせつつ、恩着せがましく(のたま)うV.V.。

 対する女は眉間に皺を刻む。今となっては忘れる事など出来る筈が無かったからだ。

 

 

――――――――――――――――――――――

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ TURN 03.34 交渉の裏に(うごめ)くモノ ~

――――――――――――――――――――――

 

 

 事の発端は20年近くまで遡る。

 嘗て、ブリタニアはシャルル登極後に間を置かず発生したクーデター(血の紋章事件)の鎮圧後、例え同じ皇族であろうとも、僅かでも計画を聞き齧った者や、勧誘されたが態度を最後まで保留したような日和見(ひよりみ)主義に走った者達に対してまでも、主犯格に連座するとして粛清の対象とした。その数、実に2500人。

 后妃すら巻き込んだそれは、一時的に政治・軍事併せて機能不全に陥りかけても構わないとでも言わんばかりの苛烈さだった。

 だが、流石は神聖ブリタニア帝国とでも呼ぶべきか。

 屋台骨が揺らぐも元より有する国力は強大。

 併せて旧態依然としていた人間達の多くが刑場の露と消えた事により、それまで彼等から不遇の扱いを受けていた新進気鋭な者達が陽の目を見る結果となる。

 その様相は、さながら焼け野原に芽吹く新芽の如く。

 5年という歳月を経て、彼等を新体制に組み込む事で新生した帝国。

 一方、見出(みい)だされた者達は、捲土重来を期するべく血気に逸っていた。

 その只中に、シャルルは勅令を投げ込む。

 これまでとは一線を画すそれ。全世界に向けての大規模な侵攻命令を。

 リカルド以来、脈々と受け継がれてきた国是。

 シャルルのその姿勢に体現者たり得んとする気概を垣間見た帝国の世論は沸騰する。

 いや、誰も彼もが知らないのだ。

 幼き日の誓いを胸に、名実共に帝国の光と闇を背負った兄弟が秘かに掲げる最終目標(神殺し)

 それを達成する為に必要と見込まれる、世界各地に点在する巫女達が残した遺跡群の掌握こそが、勅令の裏に隠された真の目的であった事など。

 恙無(つつがな)く戦時体制に移行すると、皆が皆、嬉々としてその身を戦火に投じてゆく。

 ある者は更なる栄達を求めて。また、ある者は大いなる野心のために。

 一部の戦線では稀に敗北を喫する事もあったが、所詮は局所的なものであり帝国優勢の大局は変わらず。

 最も、難敵と目されていた欧州方面には、過去の約定通りユーロ・ブリタニアに引き続き担わせた事から、帝国本体が初期に策定した侵攻ルート上に在った国々の多くは、どちらかと言えば第三世界のヒエラルキーに属する国家群ばかり。

 国力差は元より純軍事的な観点から見ても、端から勝負にならなかった。

 そんな帝国の破竹の勢いを目の当たりにした臣民達は、屈服させた国々から吸い上げられた富により、日を追う毎に向上してゆく生活環境の変化も相まって、それを(もたら)したシャルルに対する尊崇の念を深めてゆく。

 また、臣民達以上にその恩恵に(あやか)っていた貴族階級に於けるそれは、神格化の域に至らんとするほど。

 結果として、皇帝の権威たるや何人たりとも侵さざるべからずといった具合に、至上の頂へと昇華されるまでに然程の時間は掛からなかった。

 そう、全ては(シャルル)の権力基盤を二度と揺るがす事態が起こり得ない為にも、と策謀を巡らせた(V.V.)の計略通りに。

 その兄はというと、彼は彼で征服した国に在る遺跡へ随時、嚮団の研究者を送り込むと事に当たらせていた。

 やがて、初期に策定した侵攻ルートの踏破が間近に迫ると、V.V.は新たな目標を絞り込むべく議論を開始する。

 

 これはそんなある日の事。

 

 嚮団内の一室では、10人が掛けても尚余りあるテーブルを、端から端まで目一杯使って広げた世界地図。その上には、目算で10枚以上であろうか。

 どれも年季を感じさせるA4用紙程の羊皮紙に、手書きで描かれた遺跡の位置図が点在している。

 そんな即席の分布図を己の近習である黒衣の男達と、白衣を纏った研究員達と共に彼は議論を交わす。次はどの国を滅ぼそうか、と。

 そんな矢先、彼等は耳を疑う知らせを受ける事となる。

 告げたのはその日、たまたま嚮団を訪れていた嚮主C.C.だった。

 彼女はその時点で兄弟の共犯者でもあったが、普段は一切干渉する事無く、また、嚮主ではあったものの実質的にはV.V.に嚮団運営を一任(丸投げ)していた事から、日頃はアリエス宮に居る自身の契約者と怠惰な暮らしを送っていた。因みに、当時の彼女の主な日課は、契約者が産んだ兄妹達の観賞だったとか。

 故に、その日は本当に偶然だった。

 侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を続ける彼等の輪の中に興味本意で首を突っ込んだ彼女は、分布図を一瞥するなりこう言ったのだ。

 

 なんだ、あの国の門は調査しないのか、と。  

 

 それは予期せぬ問い掛け。

 居合わせた者達は皆が皆、怪訝な視線を彼女に送る。

 だが、当の本人は何処吹く風。

 そんな彼女にV.V.が場所を示すよう頼むと、煩わしげな瞳と共に指し示されたのは空白地帯。

 一同は今度こそ懐疑的な視線を向ける。

 其処は歴史的に考えてもギアスとは縁も所縁も無いと思われていた、とある王国。

 何故、嚮団がその長きに渡って調べ上げた遺跡群の中に記録されていないのか。

 皆を代表してそう問うた彼に彼女はこう返す。

 

 他の遺跡と違って、あれは遺跡と呼ぶ程には古くない。あの国にある門は、三百年程前に造られたものだからな、と。

 

 彼女にしてみれば、それは極々当たり前な根拠の提示のつもり。

 しかし、居合わせた者達にとっては寝耳に水も良いところ。

 現代科学の元、遺跡の運用に生涯を捧げていた彼等は、その過程で大凡(おおよそ)の建築年次は把握していた。

 しかし、一番新しい遺跡であっても、その年代は今を遡ること数千年前を下らない代物であると分析していたからだ。

 呆気にとられるV.V.を筆頭とした黒衣の男達。

 一方で研究員達は互いに顔を見合わせる。製作が可能なものなのか? と。

 それもその筈。

 彼等は、運用は出来てもCの世界にアクセス出来る構造物を一から造る事は不可能である事を、この時、既に規定のものとしていたからだ。

 だからこそ、後の反応は激烈だった。

 事の詳細を! と、半ば懇願に近い形で問う研究員達。

 しかし、眉を顰めたC.C.は面倒だと言わんばかりに無言で踵を返すと、さっさとその場を後にしようとする。

 が、一歩目を踏み出したところで衣服の端をV.V.に掴まれ、全て話すまで帰さないと宣言されると同時に周囲を取り囲む黒衣の男達。

 彼等とすったもんだあった結果、遂に根負けしたC.C.はV.V.に向き直ると、渋顔のまま語り始める。

 

 「門は、私が前任者から(嚮主)の地位を継いで暫くした後に(わか)たれた一派が造ったものだ」

 「その連中は何故、離反したの?」

 「離反じゃないぞ? 確かに円満に(たもと)を別ったとは言い難いが。最後は全員で見送ったからな」

 「お涙頂戴の話を聞きたいんじゃないよ。僕が知りたいのは、君が知っている事実だけさ」

 「相変わらずつまらん奴だな」

 

 呆れた口調で呟くと、C.C.は再び空白地帯を見つめる。

 

 「そもそもの原因は、私が来る前から嚮団内部で燻っていた意見の相違が根底に有った」

 「意見の相違?」

 「自前でCの世界に通じる事が出来る構造物。それが造れるか造れないかといった……まぁ、割りとどうでも良い対立だ」

 「それってかなり重要な議題だと思うけど……いいや。続けて?」

 「私が来た頃にはそれが表面化していた。失敗続きの肯定派に対して、否定派は事ある(ごと)(なじ)ったものさ。やれ、資金の無駄だとか資材の浪費だとか言ってな。それでも諦めきれなかったのだろうよ。ある日、連中は私に対して離別の赦しを願い出て来た」

 「君がそれを認めた理由は?」

 「おい、一応は私も翻意(ほんい)を促したぞ? それに、私より付き合いの長かった前任者も必死になって止めようとしたが、連中の決意は固かったらしい。これ以上、無駄に(ろく)()むのは申し訳無いとか何とか言ってな」

 「台所事情は厳しかったの?」

 「前任者の手腕はお前も知っているだろう?」

 

 あの伯爵だぞ? と彼女が念押しすると、V.V.は無言で頷く。己の前任者でもあった男の詐欺師めいた商才を熟知していたからだ。

 C.C.は続ける。

 

 「今ほどじゃないが、当時もアイツのお陰で全員を満足に養うだけの蓄えは十分に有ったさ」

 「なら、事は彼等の矜持の問題かな? 周囲の目に耐えられなくなったとか?」

 

 推察を披露するV.V.に対して、いいや、とC.C.は(かぶり)を振った。

 

 「最初は誰もがそう思っていた。だが、どうやら遺跡に対する造詣(ぞうけい)は肯定派の方が深かったようだ」

 「根拠は?」

 「連中は去り際に、それまで蓄積していた知識を全て置いていったのさ。そこには、否定派がまだ解明に至れていない物も幾つかあったらしい。因みに、お前達が完成に近づけている思考エレベーター(アーカーシャの剣)にも、その知識が使われている」

 

 その言葉に、二人の会話を邪魔立てしないよう沈黙を守っていた研究者達は、先人達から受け継いできた知識の裏に隠されていた事実に驚く。

 一方、得難い者達であった事を知ったV.V.は苦言を呈した。

 

 「その時に手を取り合ってれば、今の僕達の苦労も少なくて済んだかもしれないのに」

 「連中は遠い昔、前任者に誘われて嚮団に移り住んだ錬金術師達の末裔だ」

 

 恨みがましい視線を向けるV.V.を一瞥したC.C.は、次にテーブルの向こうに居る研究者達に視線を移した。

 

 「近代科学を信奉する否定派とは、相容れない思想が多かったんだろう。遅かれ早かれ、同じ結末を辿っただろうさ」

 「だとしても、どうしてあの国に行ったの? 新しいパトロンでも見つけたのかな?」

 「そう言えば、妙な事を言っていたな」

 「妙な事?」

 「あぁ、ヘルメス様の御導きに従うとか何とか」

 

 錬金術師の末裔にヘルメス。

 一瞬、頭に疑問符を浮かべたV.V.であったが、直ぐ様とある伝説上の人物の名を思い起こした。

 

 「ひょっとして、ヘルメス・トリスメギストスの事?」

 「誰だそれは?」

 「……知らないなら良いんだ」

 

 C.C.が呆けた表情を浮かべると、肩を落としたV.V.は続きを促す。

 

 「何者なのかは置いておくとして、仮にソイツが連中を(かどわ)かしたとしたら、何故、あの地に導いたのかな?」

 「いや、実際にそんな存在が居たのかどうかも怪しいぞ。連中があの場所に居着くようになったのは偶然だからな」

 「どうしてそう言い切れるのさ」

 

 ジト目で尋ねるV.V.に向けて、彼女は新たな根拠を提示する。

 嚮団を離れた後の肯定派の行動には計画性が見えなかった事。流浪の民となり、行く先々で苦労している事は風の噂で聞いていた等々。

 

 「ひょっとして、君が手助けしてあげたりした?」

 「頼まれたのさ。前任者に」

 「君ってそんなに慈愛深かったっけ?」

 

 C.C.の性格を良く知っていた彼は意外そうに呟いた。

 対する彼女は、心外だと言わんばかりに睨み付ける。一抹の心残りがあったからだ。

 それは、前任者が何とか穏便に収めてきた対立が、己が嚮主を継ぐと瞬く間に先鋭化してしまった事に起因する。

 しかし、そんな事を口にする彼女では無い。

 

 「タイミングが合っただけだ。当時、連中は一帯を支配していた遊牧民のテリトリーに無断で入ったと言う理由で虜囚の身となっていたからな」

 「そのピンチを君が助けてあげたの?」

 「私が過去にギアスを与えた男が、その遊牧民の長となっていた。その(つて)で連中の持つ技術を対価に庇護を頼んだのさ。あの国は、彼等が後に協力して興したものだ。その際、連中からは一度、完成したばかりの門の起動を頼まれた事があった」

 

 長い前口上だったと胸中で感想を述べると思考を切り替えたV.V.は、逸る気持ちを抑えながら核心へと迫らんとす。

 

 「それで? 接続出来たの? Cの世界に」

 「普通にな。あれには私も驚いた」

 「ぶっつけ本番で? 妙だと思わなかった?」

 「特には」

 

 C.C.はあっけらかんと言い切った。

 実は彼女も疑問に思わなかった訳ではないのだが、思うよりも先に事前に起動を手伝う見返りとして約束されていた饗応の方に意識が向いてしまっていた。

 故に、彼女がそれを抱いたのは帰路の途中。送迎のために用意された荷馬車に揺られ微睡(まどろ)んでいた時の事。

 当然の事ながら、これも言えたものでは無い。

 一方、彼女が何かを隠している事は薄々察していたV.V.であったが、今は続きを優先する事とした。

 

 「何故それが今日まで共有されてなかったのさ? 否定派の連中には話さなかったのかい?」

 「自分達が散々馬鹿にしていた連中が、先に本懐を遂げた事を知ったら、お前ならどんな感情を抱く?」

 

 問い返されたV.V.は、客観的に考えた。

 己であれば、嫉妬に狂うか、業績を引っ提げて舞い戻られれでもすれば、今度は自分が追い出されかねない事を危惧する。であれば、そうならないように先手を打とうとするだろう、と。

 

 「興味深い話をどうも。でも、もっと早くに聞きたかったよ」

 「聞かれなかったからな」

 

 いけしゃあしゃあと述べる彼女を無視して、再び空白地帯を見やると瞳に暗い光を宿したV.V.は最終確認を行う。

 

 「因みに、君は連中の子孫に対しても、何か特別な感情を持っていたりする?」

 

 V.V.が何を言わんとしているか察した彼女は、哀愁の瞳を虚空に向ける。

 

 「……責務は既に果たした。それに、連中は私と別れた後に程無くして全員死んだ」

 「殺されたの?」

 「分からん。(おさ)からは、風土病だったとの報告は受けたがな」

 「……良く分かったよ」

 

 ここに方針は決定した。

 次の標的を見定めたV.V.は、事の経緯をシャルルに告げる。

 対するシャルルは侵攻か融和か。

 何れの指針を方策とするか検討するも、真の目的が露見しかねない事態は僅かでも避けるべきだ、とのV.V.の諫言により、従来通りの方策(武力侵攻)を前提とした検討を行うよう関係各所に指示。

 しかし、それは後に宰相府が主体となり設けられた御前会議の場に於いて、看過出来ない問題が有ると身内(財務部局)より提起された事から紛糾する。

 代表者の男(局長)の言い分はこうだ。

 あの国の国土の9割は、剥き出しの砂漠と荒野である事。

 これまでの国々とは違い、資源にも乏しい事が資源調査庁の内偵結果からも判明しており、征服した後に獲られるモノなど皆無に等しいという事。

 それでもメリットを上げろと言われれば、あの国が掲げる皆兵(かいへい)制度の元、鍛え上げる事で輸出品目として唯一誇れる人的資源(屈強な戦士達)程度である事。

 その資源にしても、これまで植民地化する際に各地で問題となっていた敗残兵を主体とした反帝国集団によるテロ行為。

 それを押さえる為の確固たる占領政策が未だ打ち出せていない以上、それがあの国でも起こり()る危険性は火を見るより明らかである事。

 いや、何せ国民全てが兵士の国だ。その場合の損失は損益分岐点を容易に飛び越えるであろうという事。

 以上を総合的に考慮検討した結果、リターンは一切見込めないばかりか、将来に渡って天文学的な損失を被るとの結論を、皇帝を筆頭として居並ぶ軍部の高級将校達の前で言い放ってみせた。

 正にグウの音も出ない程の正論である。

 しかし、これに軍部を代表して異を唱えたのは、血の紋章事件における功績により、新たに帝国最強の騎士(ナイトオブワン)に叙されたビスマルク・ヴァルトシュタインだった。

 彼は努めて平静に。しかし、片瞳にありありと激怒の光を宿すと、恰幅の良い体格に能面顔を張り付けた局長を詰問する。

 

 「事は陛下が望まれた事。貴卿はそれに異を唱えるのか?」

 「私は身命を賭してこの場に臨んでおります」

 「なに?」

 

 文官風情が、と蔑む軍部の面々。

 しかし、その視線を一身に受けても尚、局長の考えは揺るがない。

 

 「閉職に追いやられていた我々を見出して下さったのは他ならぬ陛下御自身。これが御心に反する行いである以上、覚悟は出来ております」

 

 全て承知した上での諫言である、と言外に言い切ってみせた局長が宿す決意の瞳に、思わず片瞳を大きく見開くビスマルク。

 そんな彼を余所に、局長は玉座に腰掛ける皇帝に向けて深々と臣下の礼を取った。

 

 「我々と致しましては、熟考の末に導き出した結論を申し上げたまでの事です。それでもなお、あの国を攻める事を望まれるのであれば、陛下。あの地に住まう者達全ての殲滅を」

 

 彼の王に倣い、と進言する局長に堪り兼ねたビスマルクは声を荒らげる。

 

 「いつの時代の事を言っている! 出来ない事を言うな!」

 

 彼にしてみれば、皇帝の御前で自制心を制御出来ぬ等、愚の骨頂である。

 しかし、如何に帝国と言えども、戦時国際法を完全に無視する事は難しく、破った場合の非難の矛先は自らの主に向けられる事が、第一の忠臣を自負する彼には耐えられなかった。

 だからこその怒りの発露であり、言葉だけを捉まえれば、それもまた正論であった。

 

 最も、官僚の中の官僚を自負する文官たる局長にとっては釈迦に説法も良いところ。

 

 「承知しておりますが、法律解釈や国際世論など、どうとでも致しましょう。ですが、攻めた揚げ句が借金まみれでは、帝国内部から陛下のご威光に要らぬ陰りを生じさせる動きが出ないとも限りません。その様な事だけは(もっ)ての他ではありませんか? 先程の言葉は陛下御自身が何処までご認識いただいているのかをお尋ねしたかったのです。帝国の財布を預かる者以前に一人の臣下として、あの国に侵攻するという事は、どちらを採っても一定の覚悟を要する事である、と」

 「貴卿は……そうか……」

 

 二度目の諫言を言ってのける局長に、軍部の面々も遂には言葉を失う。

 そんな中、目の前の男を文官と認識していたビスマルクは、この時、知らず知らずの内に見た目で判断していた己の愚かさを恥じた。

 主に向き直ったビスマルクは言う。

 

 「陛下、軍部と致しましては、侵攻をお望みとあれば粉骨砕身、必ずや落としてみせます。しかし、その暁には僭越ながら私が持つ特権の行使。それを使う事のお赦しを頂戴したく」

 

 彼が頭を垂れると、それまで無言で配下の舌戦に耳を傾けていたシャルルの瞳にこの時初めて興味の色が揺蕩う。

 

 「ほぅ? ビスマルク。あれを使うと申すか」

 「はい。この者は文官の身形(みなり)なれど、一角(ひとかど)の騎士でありました。それを見抜けなかったのは私の不明の致すところ」

 

 剣を持つ者だけが騎士では無い。

 それを教えられた思いでいたビスマルクは、全てを背負う覚悟で勅裁を望むが皇帝は態度を保留した。

 

 「暫し待つがいい。この場は一時、儂が預かる」

 

 良いな? と眼光鋭く配下の者達を卑下するも、問われた彼等に元より否やはない。

 

 「「「「「Yes,Your Majesty!」」」」」

 

 一斉に席を立ち臣下の礼を取ると、その一言でもって御前会議は散会となる。

 その後、シャルルから事の顛末を聞いたV.V.は頭を抱えた。

 これまで通り武力による征服を為そうにも、表だった利益が示せないばかりか損失だけが膨らむともなれば、財務側が述べた通りに弟の支持基盤である貴族達から、何故攻めるのか? といった疑念と難色を示されるのは、彼が最も嫌う事。

 しかし、門は是が非でも調査したい。

 苦悩と葛藤の果てにV.V.は一計を案じる。あの国の唯一の産業に目を付けたのだ。

 そうして手駒を使うと可及的速やかに調査を開始した彼は、程無くして望み通りの事案が各エリアで散見されている事を知ると、それをシャルルに提示した。

 再び開かれる御前会議。その場でシャルルは聖断(侵攻)を下す。

 誰も疑問を懐かずに、唯唯諾諾(いいだくだく)と周囲を従わせる為だけにV.V.が創出した大義名分。

 あの国はテロリストに対しても傭兵を派遣している、との理由を元に。

 所謂(いわゆる)、テロ支援国家としての烙印を彼の国に押したのだ。

 しかし、それでも財務側は難色を示すが、以前のように声高に反論する事は出来なかった。

 損得勘定以前に純然たる事実を突き付けられた事もあったが、対抗するために、あの国は各エリアに派遣している兵士を引き揚げざるを得なくなるであろうという事。

 そうする事で一時的とはいえ、各エリアでのテロ活動を小康状態にした上で、その中核の兵士達を彼等の祖国に集めて国(もろ)とも踏み潰す算段であるとの皇帝の決意に思い至ったからだ。

 加えて、トドメとばかりにビスマルクがナイトオブワンとしての特権を行使する事を、征服後にその国を己の領地とする事を改めて願い出た事も大きかった。

 赤字を(こと)(ほか)嫌う職務柄、借金まみれになる事も辞さない彼の決意にとうとう財務側も折れる。

 そうしてシャルルがビスマルクの望みを聞き届けた事により御前会議は閉幕。

 僅かな準備期間の後、侵攻を開始するブリタニア軍。

 しかし、シャルルとV.V.はここで一つの挫折を味わう事となる。

 戦力差7倍以上であったにも関わらず、彼らはその国を征服する事が出来なかったのだ。

 数多の兵士の命と国王の死という多大な犠牲を払いながらも、ビスマルクを筆頭としたブリタニアの度重なる猛攻を凌いだ彼の国は、(つい)にはその矛を納めさせるまでに至る。

 国の名はジルクスタン王国(戦士の国)

 そこに君臨する者こそ、今回のV.V.との交渉相手でもある女王にして国教を統べる神官長としての要職も兼ねている女、シャムナだった。

 最も、当時はまだ正式に王位を継いでおらず、王女兼次期神官長としての立場でしか無かったが、ブリタニア侵攻を迎え撃った最初の会戦で国王が戦場に倒れて以降、最高責任者として己に宿った(ギアス)を使い、寡兵でもってブリタニアの大軍を退ける事に成功する。

 一方、敵側に使い手が居る事など予期していなかった二人は、旗印(国王)を切り捨てるも、最終的には逆擊に会い攻勢が頓挫したとの報告をビスマルクより受けた時点では、まだ眉をしかめる程度だった。

 が、遂に五度にも及ぶ波状攻勢の全てが徒労に終わった段階で、ようやっとその仮説に思い至るようになる。

 改めて協議の場を設けた二人は、この時、方針を転換させる。

 融和策に舵を切ったのだ。

 だが、仕掛けた側から手打ちを持ち掛ける。それ即ち皇帝の権威の失墜を意味する。

 当然、表だって交渉を行う事は憚られた。

 必然、それを担う者として嚮団に白羽の矢が立つ。

 嚮団は、帝国と全く関係が無い呈を装うと、嘗ての仲間が建国に関わった国が滅びるのは耐えられないとの最もらしい理由を引っ提げて、両者の場を執り成すとの名目で事に当たる。

 その特使として乗り込んだのはV.V.だった。

 理由は三つ。

 一つはギアスユーザーが関わっている可能性を探るため。

 もう一つは、嚮団でも製作不可能と結審されていた門を、自身の目で見てみたいとの純粋な好奇心から。

 最後は、当初に己が否定した弟からの提案を、今になって採用する事になった兄としての不明を詫びるとの意味合いも兼ねて。

 対するジルクスタン側で交渉に当たったのはシャムナだった。

 秘かに招かれた王宮区画にある離宮の一室。

 初顔合わせのその席で、彼女を一目見たV.V.は察した。

 やはり、ギアスユーザーが居たか、と。

 同時に、それを与えたであろうホウレンソウのホの字も知らぬ怠け者に対して、あれだけ問い質したのに、と心の内で悪態を吐く。

 最も、それはこの交渉の中で、後に全くの誤解である事が判明するのだが。

 気を取り直した彼は、優雅に会釈すると己が何者であるのかということ。

 そして、今となっては怪しいが、事前にマリアンヌにも助力を願うと、逆さに振る勢いで怠け者から得た情報片手に、ジルクスタンの成り立ちに関わった一派が嘗て嚮団に属していた事実を(つまび)らかに語る。

 シャムナは終始無言でそれに耳を傾けた。

 

 「という訳さ。こちらとしては、嘗て志を共にした同士が残した国が、このままブリタニアに飲み込まれて消えてしまうのは忍びないんだ。幸い、僕達は彼等とも縁がある。どうかな? 帝国に矛を納めるように耳打ちしてあげてもいいけど」

 

 V.V.からの提案を時間をかけて咀嚼すると、少女から女へと変貌する只中に居る彼女は、あどけなさの残る顔立ちに宿る意思の強い瞳で問う。

 

 「先程述べられたように、貴方の肩書きはその嚮団とやら(・・・・・・・)の嚮主代行で宜しかったかしら?」

 

 王族という一応の格は有れども、手練れの外交官でもなければ年端もいかぬ少女でしか無いシャムナからの歯に衣着せぬ物言いを受けたV.V.としては、内心面白くない。

 だが、それはジルクスタン側から見れば同じ事。

 その為、お互い様だと無理矢理己を納得させたV.V.は、無言のまま鷹揚に頷いてみせる。

 

 「貴方の言葉は嚮主()のご意志でもある。そう理解して良いのね?」

 

 しかし、相手が敬称()を付けた事。

 そこに、不知に徹しきれていない彼女生来の生真面目な性格を見出だしたV.V.。

 彼は、気丈に振る舞っていても、己とは違ってやはり年相応の少女である事を悟ると同時に微笑ましく思うも、年の功とでも呼ぶべきか。

 それを(おくび)にも出さない彼は再び頷いた。

 

 「では、一つだけ確認させてもらうわ」

 「いいよ、何かな?」

 「今の嚮主様のお姿を語って下さらない?」

 

 だが、その言葉の意図するところまでは計り兼ねた彼は、思慮の瞳を向けつつ要請に応える。

 嚮主の名はC.C.。緑髪に金色の瞳を持つ女である、と。

 

 それを聞いたシャムナが静かに席を立つと、決裂か? と片眉を上げるV.V.。

 しかし、それは杞憂に終わる。

 左手で顔の半面を隠した彼女は、彼に対して僅かに頭を垂れるとこう言ったのだ。

 

 「これまでの非礼の数々。平に御容赦願います」

 「どういう事?」

 

 態度が急変した事に驚くV.V.を余所に、姿勢を正したシャムナは淡々と語る。

 

 「我が王家には代々、口伝により子孫達に伝えるよう取り決められた(ことわり)がございます」

 「取り決め?」

 「はい。王国を興した初代が有したとされる超常の力と、それを与えた嚮団の主。緑髪の女性との逸話を」

 

 シャムナの言葉は、既に彼女の演技を見抜いていたV.V.にしてみれば新鮮さの欠片も無い。

 だが、同時にC.C.を知らないような口振りであった事だけは看過出来ない。

 胸中に新たな仮説が鎌首を(もた)げると、V.V.は努めて平静に問い掛ける。

 

 「成程ね。他に君は何を知ってるのかな?」

 「後は嚮主様の御身体の秘密(不老不死)くらいでしょうか。最も、これらは国の中枢でも極限られた者達だけが知る事ですが」

 「嘗ての同士の血脈は、途絶えて久しいって聞いていたけど?」

 「仰る通り。ですが、全ての記録が失われた訳ではございません」

 

 左手はそのままに、直立不動で答えるシャムナにV.V.が座るように手配せすると、今度こそ深々と頭を垂れた彼女は、椅子に浅く腰掛けると背筋を正した。

 

 「ブリタニアとの仲介は我が国としても望むところ。是非ともお願いします」

 

 シャムナはそう言って胸襟を開くが、逆にV.V.は順風満帆に過ぎると訝しむ。

 道中で目にした兵士達のブリタニアに対する戦意の高さに比べて、王族であるシャムナの声色に焦りの色を見ていた彼は、両者のその意識の隔たりに疑問を持ったからだ。

 故に問う。何をそれほど焦っているのか、との意味を込めて。

 

 「イヤにあっさりと受け入れるんだね。来る途中で見た兵士達の剣幕とは対照的だけど?」

 

 するとシャムナは観念したのか。肩を落とすと語り始めた。

 

 「仰るように、我が国の兵士は意気軒昂。命じれば最後の一人まで戦い抜く事でしょう。ですが、元より彼我の物量差は隔絶しています。それに、既に十分過ぎるほど我が国の力は世界に示せましたわ。この辺りが落とし処かと」

 

 シャムナは、如何に己の力を以てしても、何れは破綻を迎える事を事前に知らされていた。

 また、それ以外にものっぴきならない事情を抱えていた彼女は、嚮団からの橋渡しの提案を聞いた瞬間、藁にも縋る思いで飛び付いたのだ。

 しかし、決してそれを顔貌に表す事無く嘯く彼女に対して、微笑を浮かべたV.V.が詰問する。

 

 「配下は納得するのかな?」

 「させますわ」

 

 積極果断な回答であった。

 その姿勢にV.V.は満足げな笑みを浮かべると、対戦相手(交渉相手)としての及第点を彼女に与えた。

 

 「了解。じゃあ、早速始めようか。そっちの望みは?

 

 開戦の火蓋が切って落とされると、彼女が述べたのは定石の一手。

 

 「戦闘の停止と開戦前まで有していた我が国の領土からの速やかな撤退を」

 「無難だね。でも、それだけかな?」

 「後は、発端となった我が国の国家事業について、二度と侵攻の口実に使われない事の確約と、以後、敵対する勢力の元に派遣した結果、生じた出来事の一切についても、その場限りのものとしてお互い不問にする事への同意を求めます」

 

 恐れを知らぬは子供の特権とばかりに、堂々と要求を述べるシャムナであったが、そこに大人(V.V.)からの鋭い追及が飛ぶ。

 

 「それ、敵対を続けるって意味にも取れるけど?」

 「我が国としては、死活問題ですので。ただ、ご懸念はごもっともな事ですわ。では、こうしましょう。帝国統治下への派遣は控える」

 

 愉快げな面持ちで指摘するV.V.と、真剣な眼差しで答えるシャムナ。

 それは端から見れば異常な光景だ。

 年端もいかぬ少年少女が国家の行く末を決めようとしているのだから。

 

 「如何かしら?」

 

 返答を迫るシャムナを、V.V.は微笑ましげに見つめる。

 彼にしてみても、悪い申し出では無かった。

 しかし、最大の争点になるであろう議題が示されなかった事から、老婆心だろうか。珍しく助け船を出す。

 

 「賠償は求めないのかい? そっちは王様が戦死してるのに」

 

 だが、対する彼女の返答は彼の上を行った。

 

 「民は王のために、王は民のために」

 「それは?」

 「国を統べる者としての心構えであり、同時に我が国が敷く憲法の序文でもあります。父が自ら前線に赴いたのもそのため」

 

 V.V.は、思わず立ち上がると喝采を送りたくなる衝動を抑え込むのに躍起になるが、その間にも彼女は語る。

 

 「これ以上は虫が良すぎるというもの。確かに賠償金を得れば国は()むでしょう。ですが、それはあくまでも一時的なものに過ぎません。結局のところ、国を存続させる為には唯一の産業(傭兵派遣)を継続する事しか……この国は、余りにも貧しいので」

 「確かに、それは建国以来続くこの国の生命線だものね。でも、これを機会に帝国の庇護を受ける道もあるんじゃないかな?」

 「その場合、王家に連なる者達は皆、過去から流されてきた血に対して、その命でもって詫びなければなりません」

 

 悲壮な覚悟を示すも、その気高き瞳は揺るがない。

 この時、V.V.は相手にとって不足無しとの合格点をシャムナに与えた。

 コイツは既に女王なのだ、と。

 

 「君の矜持を汚すつもりは無かったんだ……分かったよ、それで進めよう」

 「帝国が呑むと?」

 「呑ませるよ。その為に僕は来たんだから」

 

 お返しとばかりに力強く請け負うV.V.だったが、シャムナは怪訝な視線を向けた。

 それを拾った彼が問う。

 

 「どうしたの?」

 「いえ、此度の一件で、そちらには一体何の益があるのかと思ったので」

 「最初に言ったじゃないか。嘗ての同士が――」

 「失礼ですが、嚮主代行は嘘がお上手では無いご様子。いえ、わざとですね?」

 

 V.V.は嗤った。それに気付くか、と。

 

 「あるのでしょう? 仲介する事で得ようとされている何かが。我が国に」

 「どうしてそう思うのかな?」

 「属国への道を提示されたからです。勿体ぶらずに仰って下さいな。確約は出来かねますが、出来うる限りの事は致しますわ」

 「まだ若いのに対したものだね。君が聡明な人物で助かるよ」

 「あら? それを言うなら、私とそれほど変わらない貴方も同じではなくて? その若さで嚮主代行を任されてるんですもの」

 

 その言葉に、彼女が決定的な思い違いをしている事を察したV.V.であったが、後の材料として使うべく敢えて聞き流すと本題を告げた。

 

 「この国に在る遺跡の調査をさせて欲しい」

 「遺跡、ですか?」

 「在る筈だよ。嚮主様(・・・)から聞いているから」

 

 シャムナは見当が付かないと言った様子で、顎に手を当てると視線を落として押し黙る。

 ややあって、思い至った彼女は独り言のように呟いた。

 

 「それは、ひょっとしてアラムの門の事かしら?」

 「アラムの門?」

 

 期待を込めた眼差しで問い返したV.V.に、顔を上げたシャムナは小さく頷いた。

 

 「えぇ。王国建国時と同時期に作られたとされる遺構。当時は何かしらの用途があったのでしょうけれど、今となっては……」

 「記録は失われていないんじゃなかった?」

 「全ての、と申した筈ですよ?」

 「場所は?」

 「確か……」

 

 そうして彼女は語る。

 遺跡は迷路のように地下深くまで達しており、現在、その大部分は犯罪者を収容するための施設として供されているという事を。

 

 「門は最新部の区画に手付かずのまま放置されていた筈ですわ」

 「聞いた限りじゃ要塞に使えそうだよね、そこ。下手したら問答無用で砲撃の対象にされたかも。埋まってしまったら堪ったものじゃないから助かったよ」

 「ブリタニアとの繋がりはお強いのでしょう? 控えるように頼めば宜しかったのでは?」

 「末端まで行き渡るとは思えないよ。それに、門がある場所まではこっちも特定出来て無かったからね」

 「嚮主様は覚えておいででなかったと?」

 「あの性格だもの。全く、その後の饗宴の献立は詳しく覚えている癖に、困ったものさ」

 

 V.V.が肩を竦めてみせると、シャムナの素朴な疑問が口元から溢れる。

 

 「今もお元気でおらるのでしょうか……」

 「元気は元気だよ。相変わらず怠惰に暮らしてるけど」

 「まぁ、伝え聞く通りのご様子なのね。お会いしてみたいものだわ」

 

 シャムナはこれまでの張り詰めた雰囲気を脱ぎ払うと、年頃の少女の笑みを見せた。

 それは、この交渉が始まってから初めて見せる彼女の隙。

 そう、彼女はV.V.の持つもう一つの狙いに気付けていない。

 必然、彼がそれを見逃す筈も無い。

 

 「少し、奇妙じゃないかな?」

 「何がでしょうか」

 「君はギアスを持ってるよね?」

 

 予期せぬ一撃を受けたシャムナの表情が露骨に強張ると、胸中で怠け者(C.C.)に詫びを入れたV.V.は問いを重ねる。

 

 「誰と(・・)契約したんだい?」

 「……何を……仰っておられるのか……」

 

 未だ衝撃から立ち直れないのか。

 震える声で白を切ろうとする彼女に対して、V.V.は追及の手を緩めない。

 

 「隠しても無駄さ。僕も彼女と同類だもの」

 「……同類ですって?」

 「見せた方が早いかな」

 

 困惑と焦燥が混じった瞳を浮かべるシャムナを余所に、立ち上がったV.V.は身に纏う衣服に手を掛ける。

 そうして外套と上着を脱いで上半身を晒した彼は背を向けると、次に長い髪を首元から掻き分けた。

 露になる小さな背中。

 そこに浮かぶ紋章を目にしたシャムナは小さく喉を鳴らした。

 その動揺を背に感じたV.V.は、三日月を浮かべる。

 やがて、じっくりと見せ付けた後に服を着直すと身形を正した彼は彼女に向き直った。

 

 「名乗りから、僕を彼女の後継者候補だとでも思ってた? 残念、ハズレさ。ギアスは僕達コードを持つ者と契約しない限り、発現する事は無い。なのに、君は彼女と一度も会った事が無いみたいだ」

 

 笑みを浮かべるV.V.の顔貌に、(おの)が凶相を見出(みい)だしたシャムナの頬に汗が伝う。

 

 「(だんま)りかい? 先程までの弁舌は何処にいったのさ」

 

 幼子の顔立ちに似つかわしくない狂笑を張り付けると、向かい合う机を迂回して己に迫らんとするV.V.に対して、意を決したシャムナは右手を上げた。

 刹那、部屋の四方にある扉からは、一斉に槍を手にした女官達が飛び出した。

 瞬く間に取り囲まれるV.V.に、席を立ったシャムナの剣呑な視線が注がれる。

 だが、それ以上の決断は無駄である事を悟っていた為か。口惜しげに唇を歪めるのみ。

 そんな彼女に向けて、不老不死の怪物からの問いは続く。

 

 「もう一度聞くよ? 君にギアスを与えたのは何処の誰?」

 

 槍袋に囲まれているというのに、彼は超然とした態度を崩さない。

 シャムナは、血が滲むのもお構い無しに唇を噛み締めた。

 

 「……貴方の行動が視えなかったのは……その為?」

 「あぁ、そういった力か。さしずめ、未来観測の類いかな? ブリタニアが攻め(あぐ)ねる訳だ」

 「ッ!! 答えなさいっ!」

 

 不注意とはいえ、たったそれだけで己の持つ力を看破された事に苛立ったシャムナは声を荒げる。

 が、愉快な見世物としてしか認識していないV.V.は、当たりか、と呟くと三日月を浮かべた。

 

 「推察の通りさ。僕にギアスは通じないよ」

 

 これは失われた記録だったのかな? と彼は嘲笑う。

 

 「…………抜かったわ」

 

 口惜しげに呟くと、女官達に武器を下ろすように指示した彼女は白旗を上げた。

 

 「それを語るのは……御容赦願います」

 「この場をご破算にした上で、無理矢理聞き出すという手もあるんだけど?」

 「であれば、私達は最後の一人まで戦い抜く所存……」

 「勇ましいね。全滅も辞さないなんて。でも、為政者としては失格だよ?」

 「……置き土産に例の門でも壊して差し上げましょうか?」

 

 それは劣勢に立たされた彼女の最後の悪足掻き。

 しかし、同時にV.V.の逆鱗を強かに撫でるには十分なものでもあった。

 三日月を消すと射殺さんばかりの視線を向けるV.V.に、手応えを感じたシャムナは真っ向から受けて立つ。

 子供の喧嘩と侮るなかれ。

 二人の醸し出す空気に、女官達は踏鞴(たたら)を踏むとその場より後退る。

 睨み合う両者。

 先に折れたのはV.V.だった。

 

 「僕の負けだよ。でも、君に力を授けた存在についてだけは、どうしても知っておきたい」

 「何故、とお聞きしても?」

 「その力は危険なんだ。過去、嚮団が管理・隠匿に努める事で、世界は地獄の淵の一歩手前で踏み留まってる。想像してご覧よ。誰彼構わず撒き散らされたその果てにあるものを」

 

  立て板に水の如く、V.V.が嘘と真実を()い交ぜにして語ると、肩を落としたシャムナは重々しく口を開いた。

 

 「……ブリタニアが、最後通牒を突き付けてきたその日の夜……唐突に夢枕に立たれました。ギアスは……その時に……」

 「どんな奴だった?」

 「それは……」

 

 彼女はやや口籠りながら告げた。

 すると、その風貌にV.V.の眉が危険な角度を描く。

 

 「そんな身形になってもまだ生きているなんて、驚異的だね。でも、助かったよ。アレの正確な姿を知れた事と、まだこの世界に存在している確証を得られた事は僥倖さ」

 

 思わぬ収穫に喜びを隠し切れないのか。

 V.V.は軽やかな足取りでシャムナの元まで歩み寄ると、褒美を与えるべく口を開く。

 

 「タダというのも悪いよね。やっぱり、賠償金は受け取っておきなよ」

 「施しは――」

 「開戦前まで(とき)を戻すだけさ。失われた命までは流石に無理だけど、せめて使った戦費くらいは取り戻しておいたら?」

 「ですが……」

 

 尚も逡巡する彼女に向けて、呆れ顔で彼が問う。

 

 「頑固だね。なら、賠償金は不可侵条約のオマケというのはどう?」

 「不可侵条約ですって!?」

 

 驚きの声を上げるシャムナに対して、V.V.は滔々(とうとう)と語る。

 

 「僕達でも、ソイツを今直ぐどうにか出来るだけの手段を持ち合わせてはいないんだ。それに、この国に顕れたという事は、何か目的があるのかもしれない。気を付けてね? 相手は蛇だから」

 「……蛇、ですか?」

 「そう、人間を拐かした蛇さ。最も、ソイツが後に興した国ではためいたのは、世界を喰らわんとする黄金色の蛇の紋章旗だったそうだよ。だから、僕はソイツの事をこう呼んでる……ヨルムンガンド(世界蛇)ってね」

 

 呆気に取られたのか二の句が告げないシャムナに、V.V.は喜悦の笑みを向ける。

 

 「君達には、万が一の事態に備えておいて欲しいのさ。国内の動きに目を光らせてもらう為にも、煩わしい不安材料(外圧)は取り除いておいてあげるよ。最も、ブリタニアも表立って結ぶのは難色を示すだろうから、秘密裏になるけど」

 

 どう? と問われるも、破格の待遇を持ち出されてしまった以上、既に勝敗は決したも同然。

 

 「……よろしくお願いします」

 

 抗弁する術を持ち得なかったシャムナは、恭しく頭を垂れた。

 こうして、ブリタニアとジルクスタンの和議は成った。

 それから4日後。

 ジルクスタン側が正式に外交ルートを通じて申し入れを行うと、事前に元々旨味の無い土地であるとの調査結果が幸いした。

 財務局や貴族達は諸手を上げて賛意を示すと、受けるべきとの上奏を連名で提出。

 それを受けたシャルルが聖断を下すと、V.V.が手を回した新聞各社の紙面には英断である旨の文字が踊る。

 それが深く民草に染み渡った事により、柔軟な思考を持つ皇帝陛下との誤解のもと、当初にV.V.が懸念していた事態(権威の失墜)は起こり得なかった。

 だが、その一方で割りを喰ったのは、堕とすと豪語した軍部だ。

 しかし、シャルルは彼等の、主にビスマルクからの請願を一蹴する。

 その際、借金まみれのナイトオブワンなど不要だと言ったとか言わなかったとか。

 

 ◇

 

 時は戻って現在。

 

 「手打ちは済んでいる筈だけど?」

 『国としては』

 

 小さく首肯しつつも、女王の仮面を外したシャムナはこの時、姉としての心情を垣間見せる。

 

 『ですが、あの戦いに(国王)と共に出向いた弟は痛く傷付きました。私個人としては、そう易々と水に流す事は出来ませんので』

 「その弟君は元気にしてる?」

 『その事については、改めて感謝申し上げます。神経電位接続、でしたか? あの子がナイトメアに乗る事が出来るようになるなんて』

 「それは良かった。弟は、家族は大切にしないとね」

 

 心の底から同意すると、屈託無い笑みを浮かべるV.V.に毒気を抜かれたシャムナは、脱線しかけた話題に立ち返る。

 

 『我が国の兵士をお求めでしたわね』

 「頼めるかな? 相応の対価は用意するよ?」

 『まぁ! 驚きました。てっきりお立場を用いてのご用命だとばかり』

 

 再び口元に手を当てて瞳を見開いたシャムナは、仰々しく驚いて見せる。

 そんな予想通りの反応が現れた事に気を良くしたV.V.は、いたずらっ子の笑みを浮かべた。そこに隠れた本当の意味に気付く事無く。

 それもその筈。

 (わだかま)りがあるとは言え、過去、祖国の設立に一役買ったC.C.や、窮地を救った自分に対して、彼女の性格上、恩義を感じざるを得ないだろうV.V.は判断していた。

 そんな彼女であれば、タダ働きになると半ば諦めにも似た胸中のもと、この場に臨んでいるとの前提条件があったからだ。

 だからこその見逃しであり、そもそも彼女が冒頭に使った言葉の真意にも気付けない。

 彼女は言っていた。そちら()相変わらずお変わりの無いご様子だと。

 変わっていないのは己だけで、今の彼女に当時の経緯(侵攻の真意)を全て把握されているとも知らずにV.V.は嘯いてみせる

 

 「僕としては、そうしても良かったんだけどね」

 

 シャムナがいつの間にか道化の仮面を被っている事に気付けないV.V.は、此度の交渉、その発端となった人物から語られた言葉を口にする。

 

 「釘を刺されたのさ。傭兵派遣を生業にしている以上、連中は商人だ。一抹のプライド程度は持ち合わせているだろう。そんな連中に曲がりなりにも要請するのなら誠意(対価)程度は示してやれ。タダ程高いものは無い。役立たずを送り込まれるのは我慢ならないって」

 

 そう、本件はライからの要請でもあった。

 バベルタワーにおけるカルタゴ隊の壊滅に伴い、機情は現在、独自の実働舞台を有しておらず早急な人員の補充が必要であった。

 通常であれば、正規軍から引き抜くなり何なりすれば良いのだろうが、ライはそれを嫌った。

 軍からの補充ともなれば、派閥や内通者を疑わなければならない。

 これ以上、何処の誰とも知れぬ手垢の付いた兵士よりも、金で動く者達の方が扱い易い。

 端的に言えば、面倒だったのだ。

 

 『どなたか存じませんが、商いを良く分かっていらっしゃるわ』

 「ホント、妙なところで律儀なんだよね、彼」

 『是非、一度お会いしたいものです。きっと良いお得意様になって貰えるでしょうから』

 「あぁ、それは止めておいた方がいいかな」

 『あら? 何故でしょう?』

 

 仮面はそのままに、小首を傾げるシャムナだったが続く言葉は予期せぬ反撃。

 

 「どうしてもと言うなら機会は設けてあげてもいいけど、その時は国も民も、弟さえも。文字通り全てを奪われる覚悟で会う事だね」

 『……こちらは何か怒りを買ったのでしょうか?』

 

 衝撃によりひび割れを起こしたところにV.V.の鋭利な笑みが突き刺さると砕け散る仮面。

 一方で、当の本人にそのつもりは微塵も無い。

 先程と同じく唖然とする彼女が余程愉快だったのか。まさか、とV.V.は嗤った。

 

 「出会えば彼は君の有能さを直ぐに理解するからさ」

 『仰る意味が良く分かりませんが……そういう事でしたらお会いしない方が懸命なのでしょうね』

 

 再び仮面を被り直したシャムナは、不承不承といった様子で頷くと議題に戻る。

 

 『お望みの兵士はすぐにでもリストアップさせましょう。ただ、多くは派遣先との契約期間が満了しておりませんの。少しお時間を頂戴しても?』

 「出来るだけ急がせて欲しいんだけど」

 「善処致しますわ。では、先に人数だけでもお聞きかせ下さる?』

 「一先(ひとま)ずは30名程度を希望するよ」

 『一個小隊規模、ですわね』

 「うん。それと、内10名程度はナイトメアの操縦に優れてる人間を入れてくれると有難いかな」

 『では、価格帯としては……』

 

 そう前置きした彼女はV.V.から視線を外す。

 ややあって、手ずから見積書を作成し終えると、データを転送した彼女は一言。ご確認下さいな、と言った。

 その言葉と同時に、モニター下で交渉を見守っていた黒衣の男達の傍にある機器が小さな駆動音を響かせる。

 そうしてプリントアウトされた一枚の紙を手にした男は、階段を昇ると玉座に座るV.V.に差し出したが、受け取った彼は顔を顰めた。

 

 「ちょっと高くない?」

 『あら、他ならぬ嚮主様からのご依頼ですもの。これでも安く見積もっておりますが? ただし、個々が持つ技量によってはそれ以上となりますので、今お示ししているのは最低価格として留め置き下さいな』

 「う~ん」

 

 腕を組み悩ましげな声を上げるV.V.の仕草は一見、子供のそれ。

 しかし、実態は己よりも遥かに老成した化け物である事を理解しているシャムナは、姿勢を正すと静かに返答を待つ。

 

 「分かったよ。これで進めて」

 『承知しました』

 「でも、正式提示の際には勉強してくれると助かるんだけど」

 

 商いには価格交渉が付き纏うのは世の常だ。

 V.V.が当然のように値下げを要求すると、それを奇貨としたシャムナが動く。

 

 『それでしたら、一つご提案が』

 「何だい?」

 『ナイトメア開発に長けた者を我が国に招聘(しょうへい)したいのです。嚮主様のお力添えをお願い出来ませんこと?』

 「へぇ? 遂に君たちも独自のナイトメアを持つのかな?」

 『えぇ。ですが、付き合いのある方々にお頼みしても色好い返事がいただけなくて』

 

 困っておりましたの、と彼女は妖艶に笑った。

 戦士の国が独自にナイトメア生産のノウハウを持つという事は、目下のところブリタニアの軍事圧力が世界を席巻しているとはいえ、兵士の質を知っている取引先の国々にとって潜在的な脅威度は同じである。

 しかし、逆にそれを面白いと思ったV.V.は膝を叩いた。

 それを承諾と捉えたシャムナは、駄目元で一歩踏み込むと要求の確度を上げる。

 

 『出来れば、弟の体に最も合ったナイトメアを贈りたいのですが……』

 「神経電位接続を用いたナイトメア。それに知見を有する者を、だね? 良いよ。それならこちらの研究者を送ろうか」

 「まぁ、嚮団から派遣いただけるなんて、国賓待遇でお出迎えしなければなりませんね」

 

 気を良くしたシャムナは、微笑とともに冗談混じりの軽口を叩く。

 それを苦笑しつつも受け流したV.V.は、この話は次回に持ち越しと言わんばかりに別方向へと舵を切った。

 

 「話は変わるんだけど、君にギアスを与えた例の存在。最近そっちに顕れたりしていない?」

 『いいえ。あの時(最後通牒)以来、姿を顕した事はございません。ですが、何故?』

 

 道化の仮面に能面顔を張り付けたシャムナは首を傾げるも、V.V.がそれに気付く事は(つい)ぞ無かった。

 

 「いや、顕れて無いんだったらいいんだ。それじゃ、宜しく」

 『ラム・ジャラ・ラタック』

 

 シャムナは再び反面を左手で覆うと同意の言葉を紡ぐ。

 そんな彼女を見たV.V.は、苦笑しながら通信を切った。

 

 ◇

 

 交渉終了後、肩の力を抜いたシャムナは椅子の背凭れにその身を委ねる。

 同時に、肺の空気を全て絞り出すかのような深い深い溜息を吐くと瞳を閉じた。

 ここは王宮にある神官長が祈りを捧げる神殿区画。

 普段、彼女の身の回りの世話をする侍従達は、交渉に際して退去させている。

 故に、今、此処は彼女以外で一切の人間の気配を感じさせない空間と相成っている。

 だというのに、彼女は言葉を発した。

 

 「これでよかったかしら?」

 

 独り言にしては過剰とも取れる声量が静謐を乱すと、壮年を感じさせる男の声が返ってきた。

 

 「上々だ、女」

 

 彼女は瞳を閉じたまま、苛立ち交じりに問いを重ねる。

 

 「言われた通りにナイトメア開発の見通しは立てたわよ? でも、いい加減決別する時期を見定めておくべきでは無いかしら? この国に厄災を持ち込んだV.V.。未だに良いように使われるのは業腹(ごうはら)だわ」

 「今の小僧(・・)を見るのは愉快では無かったか?」

 

 声の主からの指摘にシャムナは腕を組むと押し黙った。

 道化を嗤う者は、その実、嗤わされている事に気付く事は無い。

 自らそれを演じる事で、過去、受けた屈辱に一矢報いた彼女は渋々ながらも同意する。

 

 「確かに、憂さ晴らしにはなったわね。でも、完全に拭える程では無いわ。それで……どうなの?」

 「以前であれば、それも選択肢の一つではあった。しかし、状況は変わった。決別すれば、次の戦争は避けられん」

 「あの時のように私達を助けてはくれないの?」

 

 そう呟くと、シャムナは嘗ての窮地に思いを馳せる。

 侵攻するブリタニア軍の取る戦術や作戦目標。

 それら全てを自身のギアスにより看破していたものの、それまで次代の神官長としての研鑽しか積んでいなかった為、軍事とは無縁といって良い程の立場に居た彼女が対処の知見を有している筈も無い。

 将軍としてボルボナ・フォーグナーという一角の人物や、比較的指揮能力に秀でた者達も居るには居たが、多くは自己の持ち場で才覚を発揮する類の、所謂、現場主義者が大半を占めており、広大な戦域全てを見渡せる指揮官といった存在は、当時、父親(国王)を除けば彼女の国には居なかった。

 だが、その父親は初戦でビスマルクに切り殺された。

 その報せを受けて動揺するシャムナに対して、最短で軍を建て直す方策や運用方法。果ては以降に執り得るべき最適かつ効果的な戦術や戦略を明示し続けて見せた者こそ、この声の持ち主だった。

 故に、出来うるならば今回も、と目論んでいたシャムナであったが、続く言葉にそれは早くも瓦解する。

 

 「物事には限度というものがある」

 「自信が無いのかしら?」

 「試すな。その手の挑発には乗らん。それに、あの小僧とその弟(・・・)の目的が果たされる事。それはお前にとっても別段悪い話では無いのでは?」

 

 その指摘に、同意するよりも先に屈辱を思い起した彼女は怒りによるものだろうか。脳髄が焼けるかのような錯覚に陥る。

 嚮団からの使いとして出向いて来たV.V.と交渉に臨む間際、声の主は彼女に一切の事前情報を持たせなかった。

 唯一告げた事といえば、己の事を問われた際には出会いの時だけを語れ。それ以外は(しら)を切り通せ。ただそれだけ。

 そんな彼女が全てを知らされたのは、交渉が妥結し、帰路に着いたV.V.が地平線の彼方に消えた後の事。

 再び顕れた声の主から、今次のブリタニアの侵攻の裏に隠された真意と、伝手(つて)どころの話では無いV.V.(教団)シャルル(帝国)の関係性を知らされた彼女は愕然の面持ちで問うた。

 何故、最初に話しておいてくれなかったのか、と。

 対する返答は至って明瞭。

 曰く、知らなければ、無理に仮面を被る必要も無い。お前はまだそれ(仮面)を完全に使いこなすには余りにも幼い。

 聞いた瞬間、彼女の脳裏に過ったのは、己よりも幼い身形であるにも関わらず、姉を護るとの決意のもと、無理を通して父親に従軍したがため、その父親を目の前で切り伏せられる光景を見せつけられると、後退の最中にブリタニア側から放たれた砲撃による至近弾の破片を全身に浴びた結果、床に伏せると予断を許さない状況に置かれていたこの世で唯一残った肉親でもあり彼女が親愛を注ぐ弟、シャリオ。

 破片による視力の著しい低下と、二度と自力で歩く事が出来ないと診断されたその無残な姿に、初めて臨む交渉事に一抹の望みを繋ぐと、震える身体を必死に押さえて藁にも縋る思いで飛び付いた。

 にも関わらず、蓋を開けてみれば徹頭徹尾、主導権をV.V.に握られ続けたばかりか、何とか勝ち得たと思っていた成果でさえも、実際は相手が敷いたレール(既定路線)の範囲内を歩かされると、用意された椅子に収まっただけであったという事実も相まって。

 シャムナはその日、産まれて初めて我を忘れる程に激発した。

 その怒りの炎は凄まじく、翌日に予定していた正式な和議の申し入れが4日後にズレ込むほど。

 

 「貴方が最初から全てを話してくれてさえいれば……あの時、この手でV.V.を引き裂いてやれたのに」

 

 不老不死のコード保持者にそれを行う事に何の意味があるのかと問われれば、それは彼女も承知のうえ。

 同時に、声の主の判断が正しかった事も今となっては理解出来るまでに成長している。

 だが、理解と納得は別物だ。

 奥歯を噛み締めると、恨み節を口にしたシャムナ。

 一方で声の主は嗤う。執念深い女だな、と。

 舌打ち一つ、遊ばれている事を察したシャムナは深呼吸とともに怒りを深く抑え込むと話題を変える。

 

 「嘘、では無いわよね? 本当に出来るものなの? 神殺しが……」

 

 その問いに返す声は無い。

 だが、特に気にした素振りを見せずにシャムナは更問いを続ける。

 

 「貴方の見立てでは、成算は如何ほど?」

 「……五分五分といったところか」

 「あの二人が力を合わせても?」

 

 五割がやっとなの? と、シャムナは今更ながらに二人が挑まんとする相手の強大さ。

 それを認識したところに根拠が告げられる。

 

 「既に神は目覚めているが、それをあの二人はまだ知らぬ」

 「あら、それは大変」

 

 言葉とは裏腹に、シャムナはいい気味だわ、とでも言いたげに口元を歪めた。

 

 「今のところ、神が妨害に乗り出す気は無いようだ。最も、兄弟の思惑すら神の掌の上である可能性は否定出来ん……同時に、我々が傍観する事さえ見越している(おそれ)もな」   

 

 声の主が僅かに剣呑な響きを醸し出す一方でシャムナは思考する。

 二人の計画が上手く運ぶのであればそれも良し。

 だが、どちらかと言えば、あわよくば共倒れにでもなればいいとの思いの方が強かった彼女は、胸中で呪いの言葉をV.V.に手向けると議題を変える。

 

 「兎に角、顧客(V.V.)からの要望には応えてあげないといけないわ……クジャパットでも送ろうかしら」

 

 彼女は戯れに一番の腕利きである暗殺部隊を率いる男の名前を口にした。

 しかし――。

 

 「死にたいのであれば、止めはせん」

 「何ですって!?」

 

 突然の死刑宣告にシャムナが思わず瞳を見開くと、視線の先には中空に浮かぶ一首(ひとくび)の髑髏の姿が在った。その額に煌々と紅く輝くはギアスの紋章。

 男の声で髑髏は語る。

 

 「アレはそういった素性を持つ者には過敏に反応する。まず、間違いなく露見するな。その場合、最早如何なる弁解もアレには届かん。敵対の意志有りと断じるだろう」

 「分からないわね。貴方程の存在が何を恐れているのか……その口振りからしてV.V.では無いのよね?」

 

 初めて聞く保持者の焦りにも似た声色に当てられたのか。

 シャムナの瞳にも焦りの色が滲むが、問われた髑髏はこれまた初めて言葉を濁した。

 

 「知らぬが仏だ、女。だが、これだけは確定している。アレが活動を再開した今、小僧と敵対すれば待っているのは滅びのみ」

 「だから何を――」

 「小僧も言っていただろう? 会いたければ全てを奪われる覚悟で会え、と……」

 

 その言葉に、今回あのV.V.が直々に動いている事を思い返した彼女は思考を回す。

 自らが戯れ程度に述べた言葉を真剣に受け止めると、珍しく慮るかのように窘めたV.V.と、目の前の髑髏が恐れるほどの存在とは何者なのか、と。 

 

 「……V.V.はとんでもない化け物でも飼っているのかしら?」

 

 探るかのような瞳で問うシャムナに嘲笑の声が浴びせられる。

 

 「飼うだと? アレを? 愚かな。人間風情が囲える存在では無い。あの兄弟であっても、現状はアレを縛る鎖に頼るしか術が無いからな」

 「鎖? その化け物は縛られているの?」

 「目には見えぬ鎖にな。それは兄弟の生命線だ」

 「絶ち切れないかしら?」

 「一考に(あたい)せん」

 

 きっと愉快な事になると考えた彼女であったが、告げられた言葉は肩透かしも良いところ。

 しかし、続いた言葉は不穏な響きを持っていた。

 

 「切ればそれこそ飛び出すぞ? 世界を喰らう大狼(フェンリル)が」

 「まぁ、怖い」

 

 V.V.の影に潜む存在の大きさを再認識したシャムナは、敵対しなければ良いのだろうと無理矢理己を納得させると思考を停止する。

 しかし、知った風な口を、と言わんばかりに髑髏は再び嘲笑の声色を滲ませた。

 

 「アレの真の恐ろしさは、(じか)に対峙した者でなければ分からん。それでも会いたい(死にたい)のであれば止めはせん。但し、会いたい(生きたい)のであれば、助言する」

 「一応、聞いておくわ」

 

 髑髏の言葉は金科玉条である事は骨身に染みていた彼女が居住まいを正すと、それを認めた髑髏は謳う。

 

 「(ひざまず)き、全てを曝け出して慈悲を乞え」

 「……聞く耳を持っているとは思えないのだけれど?」

 

 予想外の言葉に、髑髏が持つ落ち込んだ窪みをシャムナは冷めた瞳で見つめるが、其処にあるは奈落の闇。

 当然の事ながら、何も窺い知る事は出来ない。

 

 「過去に実証済みだ。しかし、今も有しているかは不明だな……いや、望み薄か……」

 

 髑髏は愉快気に嗤う。

 聞き届けた(情けを掛けた)結果、引き起こされた戦いと、それが齎した結末を見知る者だけの特権として。

 

 「やめておくわ。そういう事は苦手だもの」

 

 シャムナは面倒臭そうに呟くとそっぽを向く。

 その態度に、髑髏は再び顎を鳴らすと、最後に空間に溶け込ませるかのようにして、その姿を霧散させていった。




ここまでお読み下さりありがとうございました。

今回のメインは髑髏くん。その登場回でした。
設定考えるのは楽しいですが、原作の細部まで詰めるのはやっぱり難しい。
辻褄合わせの説明文みたいになってしまったような気もするし、自分の頭の中では設定整理出来てるのですが、お読みいただいた方々にどこまで伝わったやら……。
多少、敢えてボカシてもいますので。


次回も頑張ります。(また、間幕になるかも……)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。