前回からとんでもなく空いてしまい、今もお待ち下さっていた方々、いらっしゃれば誠に申し訳ありません。
例の如く、本編進まず間幕になりますがよろしければ。
本作はライカレものです。
苦手な方はご注意下さい。
エリア11、中華連邦総領事館。
その敷地の一角には、切妻屋根の形をした一棟の建物がある。
平時は物資を保管する倉庫としての機能を有していたが、今は見る影もない。
整然と並んでいた棚は全て撤去され、床は養生する時間すら惜しまれたのか。
最低限の固定器具だけを施された複数本のケーブルが、壁際に並んで鎮座する巨人達に向かって這うように伸びている。
この場所は、黒の騎士団の
そこにある1台のシミュレーターの傍らには、10名程の団員達の姿が見受けられる。
彼等が所属するのは零番隊。
だからであろうか。
皆、激戦を生き抜いてきた古強者の面相を持つ者達ばかり。
しかし、そんな彼等と一人対面しているのは額に汗を浮かべた小柄な少女。
「あ、
肩を強張らせながらも、せめて挨拶だけはしっかりと。意気込み発したその声を、居並ぶ彼等は拍手でもって受け入れる。
やがてそれが鳴りやむと、隊長であるカレンが前に出た。
「急に呼び出してごめんなさい。こちらこそ宜しくね。歓迎するわ」
「は、はい!」
自分の命を救ってくれた存在に声を掛けられた事が余程嬉しかったのか。ベニオは頬を淡く上気させた。
すると、そこに褐色肌に眼鏡を掛けた黒髪黒目の女が歩み寄る。
ラクシャータと入れ替わる形でエリア11に残った黒の騎士団のKMF。
その整備の責任者を任された
「カレンさん。宜しいでしょうか?」
「えぇ、お願い」
許しを得た彼女は、状況を飲み込めず首を傾げるベニオに対して、両手に抱えたバインダーを素っ気なく手渡すと説明を始めた。
「貴女には今からシミュレーターに乗って貰います」
「あの、やっぱりやり過ぎでしたか? すいません……」
ベニオは居心地が悪そうに肩を狭めると反省の弁を口にした。
彼女がそう思うのも無理は無い。
過日に於いて、新規入団者達を集めると唐突に始まった実機を用いての模擬戦では、対峙する同期を蹴散らすと、最後は自称ゼロの親友にして黒の騎士団幹部でもある玉城を相手に怯む事無く何度も挑んだ結果、相討ちに近い形で彼に土を付けることが出来たものの、その際、周囲に少なくない被害を出していたからだ。
しかし、それはあくまでも素人目から見た評価でしかなく、サヴィトリは彼女の推察をあっさりと否定する。
「いいえ。あれくらいの物損は元から想定していたのでお気になさらず。今から行うのはヘリの操縦訓練です。流石にこれは実機を飛ばす訳にはいきませんから」
「ヘリコプター、ですか? あの……それを覚えてどうするんでしょうか?」
「まだ情報解禁の許可は出ていません。今言えるのは、必要な事、とだけ」
「分かりました!」
咎められている訳では無い事を理解したベニオは心機一転、血気に逸るのか。
バインダーを胸に搔き抱くと意気込んでみせた。
そんな表情を二転三転させるベニオを微笑ましげに見つめていたカレンが声を掛ける。
「頑張ってね」
「はい! 頑張ります!」
未だ慣れない敬礼を済ませたベニオがシミュレータに駆け寄るとその体を潜り込ませると、サヴィトリは傍に据えられた機器類の前で世話しなくパネルを操作し始める。
やがて、それが駆動音を響かせ始めると、壁に設置された大型モニターがヘリのフライト画面を映し出す。
すると、頃合いを見計らっていたのか。
胸元で腕を組むとじっとそれを見つめるカレンの元に、零番隊の次席に座る男、木下が歩み出た。
木下はカレンの右横まで来るも、
「紅月隊長。時間は良いんですか?」
「えぇ、大丈夫」
「彼女が心配ですか?」
「心配というか、ちょっと、ね……」
カレンの視線は相も変わらず正面を向いたまま。
そんな奥歯に物が挟まったかのような物言いに、木下は疑問符を浮かべるも黙って続きを待つ。
「玉城との模擬戦は見たでしょう?」
「あぁ、その事ですか……」
カレンと同様、その場に立ち会っていた木下は納得の面持ちを浮かべた。
「センスは有る。覚悟も熱意も感じた。でも、同時にこうも思ったわ。危ういって……」
カレンは危惧するところを口にした。
それは木下の予想通りの言葉。
彼もまた、同じ思いを抱いていたからだ。
「自分の命を顧みないような戦い方だった」
「確かに、あれではこの先生き残るのは難しいかもしれません」
「知ってる? 両親は式典会場であの子を庇って亡くなったそうよ。自分も殺される一歩手前だったって」
「……いえ、初耳です」
模擬戦の後、医務室で目覚めたベニオから告げられた入団理由を思い起こしながらカレンは続ける。
「あの子は心の何処かで自分の命を軽く見てるのかもしれない……似てるわよね、彼に……」
「隊長、それは……」
それまで凛としていたカレンの横顔が僅かに曇る。
木下は咄嗟に声を発するも、続く言葉を思い付けなかった。
「だから気になるのかもね。彼も、ライもそうだったから。全く、当の本人はそれで満足なのかもしれないけれど、残される身にもなって欲しいわ」
哀愁漂うカレンの横顔。
しかし、そこに嘗て見せた絶望の色は無い。
「戦闘隊長は生きているとゼロが……」
「えぇ、私はそれを信じるわ」
「……そう……ですね。私も信じます」
「ありがとう」
木下の賛意をカレンは柔和な笑みで返した。
一方、そんな二人のやり取りを背後から聞きつつ準備を進めていたサヴィトリは、会話が一段落したの見計らって声を掛ける。
「カレンさん。準備が終わりました」
「始めて」
「はい」
ヘッドセットを被ると、マイクのスイッチをONにした彼女は訓練の開始を宣言する。
始まるシミュレーション。
要所要所の局面で告げられるサヴィトリからの懇切丁寧な指導に黙々と従うベニオと、二人のやり取りの邪魔にならぬよう無言で見守るカレン達。
時間はあっという間に過ぎ去っていった。
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コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ TURN 03.81 目指すべき背中【表】 ~
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「それまで! 本日のプログラムは以上で終了します」
手にしたバインダーに挟まれた書類の最終項目にチェックを入れたサヴィトリが宣言すると、大型モニターに映るベニオの一挙手一投足を注視していたカレンは感想を口にした。
「やるじゃない、彼女。やっぱりセンスがあるわね」
「基本はナイトメアの操縦方法とそう変わりません。それに、ド素人でも操縦出来るようにプログラムは組んでいますから。これくらい出来て貰わないと困ります」
マイクのスイッチを切ると、振り向きざまに
「カレンさん。後片付けはこちらでしておきます」
「そう? 助かるわ。私はこれからC.C.の所に顔を出すから、後の事は宜しくね」
「はい」
立ち去ってゆくカレンの背中に凛とした敬礼を送ると、やがてその姿が見えなくなったのを確認した彼女は手を下ろしシミュレーターに向き直る。
しかし、一向に姿を表さないベニオを疑問に思ったのか。
再びマイクのスイッチを入れると怪訝な表情のまま問う。
「どうしたんですか? 朱城さん。訓練は終わりですよ?」
『あ、あの! このままナイトメアの操縦訓練をする事は出来ませんか?』
「朱城さん。貴女、何を――」
『カレンさんの役に立ちたいんです!』
唐突に想いを吐露するベニオ。
サヴィトリは眉を顰めた。
『私はあの式典会場でカレンさんに助けられました。だから少しでも恩返しがしたい! あの人の役に立ちたい! 一緒に戦いたいんです!』
「カレンさんの傍に……立ちたい?」
『私じゃまだ力不足だっていう事は分かってます。でも、それでも!』
「力不足なんて物じゃないですね。今の貴女は気持ちだけが空回りしています。少しばかりKMFを上手く扱えたからといって、次はあの人の傍で戦いたいだなんて。少し増長しているんじゃありませんか?」
『それは……そうかもしれません……でも、私は……』
淡々とした口調で語る彼女に気圧されたベニオは言葉に詰まる。
対するサヴィトリがここまで冷たく当たるのには理由があった。
彼女は元々インド軍区の生まれだが、その幼少期は決して幸せに満ち足りたものでは無かった。
両親がインド人の父親と日本人の母親をルーツに持っていた事から、周囲の大人達からは奇異の目で見られ、母親の祖国がブリタニアに侵略されて以降、同年代の子供達からは嘲笑の対象にされた。
しかし、悔しさを糧に勉学に取り組んだ結果、幼いながらも俊英な頭脳を有するようになると、12歳の頃より父親が勤めるラクシャータと関係のあるラボで働くようになる。
それは一重に彼女の努力の結果。しかし、周囲の目が変わる事は無かった。
そんな彼女が正式に黒の騎士団に志願したのは、あの行政特区日本の設立式典に端を発したブラックリベリオンの後。
敗北し潜伏生活を続ける彼等の元にナイトメア関連の技術者を送る必要が生じたが、面が割れているラクシャータ達を再度送るのは危ぶまれた事から次善策として彼女に白羽の矢が立つ。
周囲の態度に嫌気が差し、半ば腐りかけていた彼女にとってみれば渡りに船だったのだろう。
窘める両親の手を振りほどくと単身、エリア11への潜入を果たして以降、彼女は今日までカレン達と行動を共にしていた。
よって、カレンとの関係も古参に比べると浅い。
しかし、苦しい逃避行の日々の多くを共に過ごしてきた彼女は、己と同じ出自であっても決して腐らぬ気高さと、その意思の強さを目の当たりにした事によりベニオ以上に憧れを抱くようになっていた。
故に我慢ならなかったのだ。僅かな期間でカレンに気に入られた彼女に。
胸に秘めた少しばかりの嫉妬を零さぬように、小さく溜め息を吐いたサヴィトリは折れる様子を見せないベニオの心根を試すべく動く。
「分かりました。カレンさんと肩を並べたいというのなら、目標があった方が良いでしょうね」
『目標、ですか?』
「えぇ、見せてあげます。そして身をもって体感しなさい。あの人が立つ頂きがどんなものかを」
そう告げると再度、シミュレーター脇の機器類まで歩み寄った彼女がキーボードを叩くと、それまで大型モニターに映っていたヘリのシミュレート画面は倒壊したビル群を映し出した。
まるで荒廃したゲットーを彷彿とさせる風景。
それを背にするのは一騎の蒼いKMF。
「おい、あれ……」
「あぁ……」
瞬間、周囲の団員達に動揺が走る。
一方のベニオは、てっきりブリタニアの主力機体であるサザーランドかグロースター辺りが現れると思い込んでいたからか、それを困惑の面持ちで見つめていた。
機体が月下をベースにしている事は彼女でも理解出来た。
が、その左腕が異質に過ぎた事。
また、憧れのカレンの愛機でもある紅蓮弍式の右腕にそこはかとなく似ていた事が彼女の混乱をより一層深いものにする。
対するその機体は静かに始まりの時を待っていた。
『加苅さん、これって……』
何時まで経っても何の説明も無い事にベニオは戸惑いの声を上げた。
しかし、サヴィトリからの返事は無い。
シミュレーターの外では事の成り行きを見守っていた団員達が
「ねぇ、無茶じゃない?」
「だよな。何分持つと思う?」
「いや、ラッキーガールの事だ。ひょっとするかもしれないぞ」
「静かにしないか!」
因みに、ラッキーガールとは朱城ベニオに古参の彼等が付けた渾名だ。
由来は昨今のブリタニアが敷いた包囲網を脱する事が出来る可能性を孕んだルート。それを偶然にも知らせる切っ掛けを作った事に起因する。
そう、彼女、朱城ベニオこそが過日の地下鉄跡地を通ってきた新人であり、その事が無ければ今の自分達はどうなっていたのかということを、血相を変えた扇より聞かされた彼等が感謝と親しみを込めて送ったもの。
「加苅くん。君は一体何を考えているんだ?」
尻尾を丸めて押し黙った団員達を尻目に、木下はやや肩を怒らせると威圧的に詰め寄った。
が、それでもサヴィトリは頑なな態度を崩さない。
「この際、彼女には知っておいてもらいます。マグレは何度も続かない、気持ちだけではどうにもならない事があるって」
「だからといって、これは相手が悪過ぎる!」
「だからこそです」
抗議の声も何のその。
木下と真っ向から向き合うと、彼女は一歩も引かぬ態度で臨む。
「生半可なプログラムであれば、彼女はおそらく勝つでしょう。模擬戦の時のように玉砕覚悟で突っ込んで。木下さんは彼女があのままのスタイルで戦場に立つ事を良しとされるおつもりですか?」
それは正に先程自分達が危惧していた事。
痛い所を突かれた木下が言葉を詰まらせると、サヴィトリは話は終わりとばかりにヘッドセットに手を添えた。
「お待たせしました、朱城さん。カウントゼロでスタートです。いいですか?」
『は、はい!』
ベニオは力強く操縦管を握り締めると、モニターに浮かび上がった数字が時を刻み始める。
5…4…3………0。
先制とばかりに彼女が取った行動はライフルの一斉射。しかし――。
『あ、あれ?』
銃弾は蒼いNMFにしかと吸い込まれていった。が、同時に生じる筈の被弾エフェクトは絶無。
『な、何でっ!?』
驚く彼女を他所に、次はこちらの番だとも言わんばかりにランドスピナーから土煙を撒き散らした蒼い機体が間合いを詰めるべく突進を開始。
その異常な速力に圧されたのか。ベニオは堪らず後退を選択。同時にハーケンを2発射出するも、迎え撃つ蒼の行動はハンドガンの2斉射のみ。
しかし、寸分の狂いも無く撃ち落とされてしまう。
動揺したベニオは、近付けまいと再度右腕に持ったライフルを構える。が、時既に遅し。
異形の左腕がその所作を許さない。
弾かれる彼女の右腕。
そうして懐に飛び込まれたベニオが最後に見たのは、画面より迫る廻転刃刀の切っ先。
「うわっ!!!」
瞬間、頭部に刃を突き立てられた事によりシミュレーターが疑似衝撃を演出。
それが治まると、モニターに映るのは敗北の二文字。
呆然とするベニオ。
そこにスピーカーを通じて容赦ない声が浴びせられる。
『二戦目、開始』
我に返ったベニオは次に初手から全力後退を選択すると同時に近付けまいと銃弾をばらまく。
しかし、蒼は無人の荒野を行くかの如く真っ直ぐに突っ込んで来る。
矢張というべきか、そこに被弾エフェクトは生じない。
「か、加苅さん! 判定がおかしいよっ!」
『それが正常です』
「そんなっ…うわぁっ!」
堪らず抗議の声を上げるも、一蹴されたベニオの眼前に今度は異形の左腕が迫る。
回避行動を取るも間に合わず、成す統べなくそれに頭部を掴まれると、余勢を駆る勢いそのままにビルの壁面に叩きつけられてしまう。
再び生じる疑似衝撃。間を置かず迸る赤い光。同時に腹の底に響く重低音は彼女が聞いた最後の音。
「ウソッ! これって輻射波動ッ!?」
瞬間、カレンの愛機、紅蓮弍式が持つ必殺の一撃を受けた事を理解した彼女であったが、眼前のモニターは無情にも先程と同じリピートを映し出す。
『三戦目、開始』
再び告げられる死刑宣告。
その後の結末は言わずもがな。何度挑もうとも結果は同じ。
ベニオは遂に一太刀どころか一発の銃弾すら当てる事が出来なかった。
前髪を額に張り付かせ、大粒の汗を流しながらベニオがシミュレーターから這い出るかのように現れると、冷めた視線のサヴィトリが仁王立ちで出迎えた。
「少しは体感出来ましたか?」
「た、倒せる訳が無いじゃないですか!」
「カレンさんの傍に立ちたいとシミュレーターを希望されたのは貴女です」
「うっ」
「遮二無二になって挑むのは止めなさい。特に、最後の体当たりは何ですか? 特攻覚悟で挑んでも躱されてしまえばお仕舞でしょう?」
「……はい」
端から見れば教師と生徒のようなその構図に、周囲に居た団員達は微笑ましげな視線を送っている。
ベニオは項垂れつつもポツリと呟いた。
「でも、このシミュレーションに意味はあるんでしょうか?」
「貴方……」
サヴィトリの瞳が細間ると、慌てて立ち上がったベニオは弁解の言葉を口にする。
「ち、違いますよ? 無駄とかそういうんじゃなくて、何だか機械的過ぎたっていうか、もっと実機に近い動きだった方が……」
「経験を積める、とでも?」
「……はい」
顔色を伺うかのように、ベニオがやや上目遣いのまま頷くと、溜め息を吐き普段の表情に戻したサヴィトリは言った。
「残念ですが、あの機体の動きは実際に搭乗されていたパイロットの戦闘データを元に作成しているので悪しからず」
「はい?」
「あの動きをするパイロットは実在すると言ったんです」
「でも……銃弾が当たりませんでしたよ?」
「当たり判定なら設定されています」
小首を傾げるベニオに対して、モニターに向き直ったサヴィトリは傍にあるコンソールパネルを操作する。
と、蒼の機体の胸部部分に正四角形の縁取りが現れる。
そこを指し示しながらサヴィトリは絡繰りを開帳した。
「当たったように見えるだけで、実際の搭乗者は最小限の動きで躱しますから。それを再現するために設定した当たり判定はここ。胸部を中心に1m四方。そこを正確に狙い撃てば――」
「あ、あんな速度で動く相手にですか!? 無茶苦茶です!」
「それがカレンさんが居る世界です」
彼女の抗議の声を一蹴したサヴィトリは言葉を続ける。
「私は先程言いましたよね? カレンさんの立つ頂きがどんなものか、身を以て体感しなさいって」
「……あれが、カレンさんが居る世界?」
「えぇ、因みに貴女達日本人の裏切り者。枢木スザクが駈るランスロットはあれ以上の機動力を誇ります。貴女がカレンさんの傍で戦うというのなら絶対に避けては通れない相手。それでも貴女はあの人の傍で戦う事を望みますか?」
覚悟を問う言葉。
ベニオは、自分とは見ている世界が違い過ぎる、と今更ながらに思い知る。
しかし、それでも彼女はめげなかった。
決意の炎を瞳に宿した彼女は深々と頭を下げると言った。
「加苅さん! ありがとうございました!」
「……まぁ、折れなかった事だけは誉めてあげます」
渋々ながらも及第点を与えたサヴィトリは、周囲の団員達に改めて撤収を指示。同時に自身も作業に取り掛かると、ベニオもその傍で手伝いを始める。
その最中、機材を手にしたままのベニオが質問を口にした。
「その、あの機体のパイロットの人は此処に居るんでしょうか?」
「……気になるんですか?」
「はい! その人にも一度お会いしてお礼が言いたいんです。出来れば……」
瞳を輝かせながら口を開くも、語るにつれ
「……その……直接指南して貰いたいなって……」
最後はやや尻すぼみ気味に希望を述べた彼女が見たのは、作業の手を止め己を見詰める団員達の姿。
その表情に陰が差しているのを認めた事から、ベニオは、自分は何か不味い事を言っているのだろうか、と思い口を噤む。
訪れる沈黙。
困惑のまま団員達を見回すと、皆が皆、露骨に視線を避け始めたことから、焦ったベニオは助けを乞うかのようにサヴィトリへ視線を送った。
「あの……」
それを見流したサヴィトリは、無言のまま木下に目配せする。
頷く木下。
露骨に溜め息を吐いたサヴィトリは、手にした書類を手近なストレッチャーに置くと口を開いた。
「ブラックリベリオン以降、行方不明と聞いています」
「それって……」
「彼の事を口にするのは控えた方がいいですよ。特に、カレンさんの前では」
「何故ですか?」
「あの人にとって大切な人だからです」
「それって、家族……」
「婚約者だった、と聞いています」
私もお会いしたことはありませんが、とサヴィトリが付け足すと、それで全てを察したベニオは申し訳なさそうに頭を垂れた。
「もう片付けは良いので貴女はシャワーでも浴びて来て下さい……少し臭いますよ?」
「は、はい!」
居たたまれない空気の中、サヴィトリが彼女なりの配慮を見せると顔を上げたベニオは、他の団員達にお辞儀をして回った後、駆け足でその場を去ってゆく。
そうして扉の向こうに彼女が消えると、歩み寄った木下が言葉を掛けた。
「彼女は強いな」
「あれは諦めが悪いというんです」
相変わらずの態度を見せるサヴィトリ。木下は苦笑した。
「しかし、よりにもよって戦闘隊長のデータとぶつけるとはな。大人気なかったんじゃないか?」
「その批評は承服しかねます。カレンさんの傍に立ちたいのなら、せめてあの人が信頼して背中を預けた人の実力は知っておくべきです。イザという時、足手纏いになって欲しくはないので」
「紅月隊長に代わって礼を言わせて欲しい。彼女に立ち止まる切っ掛けを与えてくれた」
「それは戦闘隊長のデータにでも言って下さい」
素っ気ない態度を崩さないサヴィトリだったが、それは彼女なりの照れ隠しなのだということを知っていた木下は笑いを押し殺すと話題を変える。
「しかし、戦闘隊長のシミュレートデータなんて初めて見たが、一体どうやって?」
「紅蓮弍式から抽出しました。不足分はラクシャータ女史からデータの提供を」
「ゼロの双璧。その一翼、か。改めて見たが、凄まじいな」
「えぇ、ですが……」
そこまで言ったところで彼女は言葉を濁した。
先程ベニオが口にした、機械的で人間味の薄い機動との評価は正鵠を得ていたからだ。
何故ならば、彼女がプログラムを書く際には、まず、対象とするパイロットの操縦テレメトリーを複数用意する。
しかし、それをそのまま当て嵌めただけでは、プログラムは正常に作動しない。
必ずどこかに不具合が生じる事から、その都度、見直しを行い個人特有の癖を出来るだけ残したプログラムを書き上げることを常としていた彼女にとって、何ら手を加えることなく正常に作動したプログラムにこそ異常を感じたがため。
故に、いかに憧れのカレンの想い人であったとしても、その人間離れした能力を頼もしく思う反面、不気味にも思っていた。
しかし、そんな言葉をこの場で言える筈もない。
「何かな?」
「いえ、何でもありません」
困惑する木下の問い掛けを受け流したサヴィトリは、それ以上語る事なく後片付けに戻っていった。
御読み下さりありがとうございました。次も間幕、次は本編に入れると思います。
遅筆ですが、頑張って続けていきたいと思いますので、差し支えなければこれからもよろしくお願いします。