コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

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地の文が多いです……。
例の如く原作設定大幅無視です。
割り切ってお読みいただけると有難いです。



TURN 03.81 ~ 目指すべき背中【裏Part 1】 ~

 部屋の中で、C.C.は一人手にした写真立てを見詰めていた。

 窓から差し込む陽光に照らされた彼女の髪がキラキラと輝いている。

 

 「やはり、此処には無いな」

 

 やや落胆した声色で呟くと顔を上げた彼女は周囲を見回す。

 部屋の中には机や椅子、ベッド等の調度品があり、その上には千差万別な額縁の写真立てが所狭しと並んでいた。

 また、壁には所々空白が見受けられるものの、そこには大小様々な絵画が均一の間隔で並べ掛けられている。

 それに部屋の主の几帳面な性格を見出したのか。

 彼女はクスリと笑むと、一際豪華な額縁に収められた一枚の絵画の傍まで歩み寄る。

 そこに描かれていたのは白い胴着に袴姿の少年と、柔らかな笑みを浮かべる車椅子に乗った少女。

 ふと足元に視線を落としてみれば、床には朽ちかけた額縁に納められた絵画が散乱している。

 そのどれもに白髪の厳めしい顔付きをした、壮年の男が描かれているのを認めた彼女は苦笑した。

 そう、部屋の主は彼女の契約者、ルルーシュ。

 そして、此処はCの世界にある彼の記憶の部屋。

 

 「残すところは……」

 

 最後まで呟く事無く、口許を固く結び手にした写真立てを元の位置に戻した彼女は出口に向かう。

 そうしてドアノブを回して出た先には、雲一つ無い青空と五階建て程の高さの建物群が彼女の視界一杯に広がっていた。

 建物は建築年代が異なるのか、その様式美に統一感は見られない。

 それらは、目測にして幅100mに迫らんとする大通りに面する形で建ち並んでいる。

 そこを絶え間無く行き交うのは大勢の人間たち。

 アジア、中東、欧州に果てはアフリカといった具合に多様な人種が入り交じっている。

 その流れを右から左に流し見た彼女の視線の先には、巨大な城が鎮座していた。

 もし、仮にこの地を俯瞰出来る者がいるとすれば、その城を中心に街路は放射線の様に伸び、外周は巨大な城壁が取り囲む、途轍もなく広大な城塞都市との感想を抱くことだろう。

 暫しの間、城を眺めていたC.C.であったが、やがてそれを背にすると人混みの中を進み始める。

 擦れ違う者達は皆、生を終えた人間の意識。その残滓。

 何故、総領事館に居る筈の彼女が此処に居るのかと言えば、以前にルルーシュと約束した情報収集の為である。

 また、どうやって此処に来たのかと問われれば、その方法は単純ながらも彼女の身体(不老不死の秘密)と密接に関係していた。

 人間は皆、Cの世界に自分の部屋(記憶の部屋)を持っている。

 現世で生を終えない限り、その部屋に行く方法は遺跡の力を使う以外では僅かな例外を除き存在しないが、その最たる例外がコード保持者だ。

 保持者の場合は部屋ではなく1街区ほどの領域を有しており、特権として意識だけであれば遺跡の力を使わずとも何時でも何処でもアクセス可能。

 その場所に自らの分体を複数体常備しており、現実世界で肉体が損傷するとそれと欠損箇所を入れ替えるため死なないのだ。

 故に、そこを経由してここまで辿り着く事など彼女にとっては朝飯前。

 また、探求に特化したコード(・・・・・・・・・・)を持つ彼女にしてみれば、契約者(ルルーシュ)の記憶の部屋を探り当てる事など造作もない。

 それは過去、ルルーシュの記憶集めの際に使った手段でもある。

 だが、この日は勝手が違った。

 人流を縫うように歩むC.C.。その表情は険しい。

 一際薄く、今にも消えてしまいそうな程にか弱い気配が街中を漂っていたからだ。

 ルルーシュの記憶が部屋以外の場所にある。

 その事実にC.C.は果断なく周囲に意識を配りながら歩む。

 すると、暫くしてその耳が前方から向かってくる3人の男女の語らいを拾った。

 

 「さぁ、お義兄様。もうすぐ目的のお店ですよ」

 「楽しみだ……どうしたのかな?」

 「その、お疲れではありませんか?」

 「そんなことは無いさ。なぁ、ジャンヌ?」

 「はい、ヒュウガ様」

 

 お義兄様(ヒュウガ)と呼ばれた長身の美男子は、己の腰元までの背丈をした少女の歩調に併せるかのようにゆっくりと歩いている。背後に赤毛の女性(ジャンヌ)を付き従えて。

 

 「あぁ良かった! でも、お馬に乗るお仕事は大変でしょう?」

 「いいや。ただ、ヨハネは苦労しているかな」

 「今日も居残りを命じられていました」

 「まぁ!」

 

 少女が驚きに瞳を見開くと、二人は柔和な笑みを浮かべた。

 そんな穏やかな会話をすれ違いざまに聞き流したC.C.は雑踏の中を歩き続ける。

 やがて、足を止めた彼女は思案顔を浮かべた。

 視線の先には、街路樹の幹に手綱を結ばれた二頭の馬が居た。

 彼女の上背を優に越える見事な体躯を誇る芦毛と鹿毛の馬達は、街路樹の根元に置かれた桶に顔を突っ込み忙しなく口元を動かしている。

 その二頭からやや離れた場所にはカフェのオープンテラスがあった。

 そこには貴族めいた衣服に立派な顎髭を蓄えた壮年の男と、庶民的な平服の上からでも分かるほど筋骨逞しい身体をした大男がテーブルを挟んで向かい合う形で談笑していた。

 周囲には彼等を警護するかのようにプレートアーマーを身に着けた3名の騎士達が直立不動のまま佇んでいる。

 男達は時折、一つ隣のテーブルに腰掛けた王公貴族と思しきドレス姿の美女と、純白の衣装に波打つ黒髪をした少女と言葉を交わしていた。

 美女は膝元まで伸ばした金色の髪を時折吹く風に靡かせながら、薄紫色の瞳を細めると口許に手を当て笑ったり、時には頬を赤らめ隣に座る大男の肩を軽く叩いてもいる。

 そんな穏やかで楽しげな時を過ごしている彼等を眺めていたC.C.であったが、やがてごく自然な足取りで街路樹の傍まで歩み寄ると、芦毛の馬の手綱をほどき、鐙に足を掛け慣れた動作で跨がったかと思えばその脇腹を軽く蹴った。

 馬は嘶くと同時に後ろ脚で立ち上がろうとする。

 しかし、彼女の手綱裁きに容易く押し止められると観念したのか。

 鼻腔を膨らませた馬は、仕方がない、とでも言いたげに鼻息を吹くと走り出す。

 それは彼女の予想を越える急加速。

 石畳の上を軽快な足音を響かせながら走り始めた馬とは対照的に、振り落とされないように手綱をしかと握り肢体に力を込めた彼女は、颯爽と目的地に向かって走り去る。

 その背に男達の罵声を浴びながら。

 

 ◇

 

 暫く走らせると城壁が見えてきた。

 そこにある門まで辿り着いた彼女は、ヒラリと馬から飛び降りるとその首を軽く撫でて(ろう)(ねぎら)う。

 撫でられた馬はガラス細工のように丸い黒瑠璃の瞳を細めて鼻を鳴らした後、彼女の肩に額を擦り付けると名残惜しそうにゆったりとした動作で元来た道を戻ってゆく。

 その背を見送った後、門に向き直った彼女は軽く息を吐いた。

 目的地まではまだ道半(みちなかば)。いや、寧ろこれからが本番なのだから。

 単身で門を潜るC.C.。またもや景色が一変する。

 そこには鬱蒼とした大森林が広がっていた。

 天高く聳え立つ木々の枝葉は複雑に絡み合う事で陽の光を遮っている。

 そんな宵闇に近い森の中を所々で僅かに差し込む光と漂ってくる気配を頼りに、彼女は木の根に躓かぬよう注意を払いながら獣道と見紛うほどの道を延々と進む。

 やがて前方から淡い光が差し込むと、遂に森を抜けた彼女の眼前には分厚い雲に覆われ灰色がかった鈍色の空と、拳ほどの岩が点在する荒涼とした大地が地平線の彼方まで広がっていた。

 そこを当てもなくさ迷う人影のような姿をした者達。

 それは生前に犯した罪の大きさ故に街に入る事が許されなかった亡者達だ。

 捕まれば酷い悪夢を見せられる事を経験から知っていたものの、動きは緩慢であり驚異足り得ない。

 しかし、それでもこの時、彼女は尻込まざるを得なかった。

 亡者達に、では無い。

 そう、知っているからだ。

 この大地の果てに何があるのかという事を。

 しかし、此処まで来て引き返すという選択肢は既に無い。

 彼女は剥き出しの大地に足を踏み入れた。

 

 ◇

 

 どれだけ歩いただろうか。

 背後に見えていた木々は地平線の彼方に消え、点在する岩はまるで彼女の行く手を阻むかのようにその大きさを増してゆく。

 やがて遥か前方。地平線の彼方に変化が生じた。

 黒く隆起した構造物と(おぼ)しき物が蜃気楼のように現れると、その歩みも自然と速まる。

 近付くにつれ明瞭となるその輪郭。

 併せてこれまで感じていたルルーシュの記憶、その気配が密度を増してゆく。

 やがて、遂にその構造物の元まで至った彼女はそれを仰ぎ見た。巨大な、全高30m、横幅は10mにも達しようかとする黒壇色の門を。

 表面には見事な彫刻が僅かな空白さえ許すまいと細部に至るまで施されている。

 

 

 ―― Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate(汝等ここに入るもの一切の望みを棄てよ) ――

 

 

 嘗て、とある男が綴った書物に記したその門の名は地獄の門。

 

 「……何故だ?」

 

 門の向こうから滲み出るルルーシュの気配。

 発生源が予想通りの場所からであったとはいえ、それでも理解に苦しんだ彼女は徐に手を伸ばす。

 そうして見た目は金属のように冷ややかなそれに触れた瞬間、彼女をして予想だにしていなかった出来事が起こった。

 門から木製品のような軋む音が発せられたかと思えば、僅かに内側へと開いたのだ。

 

 「なっ!?」

 

 彼女は慌てて手を引っ込めると飛び退いた。

 一方、門は開いた隙間から黒壇よりも更に深い闇色の光を揺らめかせている。

 突然の出来事に思考停止に陥ると、同時にその背筋を襲うのは言い様の無い悪寒。

 しかし、それも詮無き事。

 彼女は曾ての契約者から聞かされていたからだ。

 門を開けるには、己の持つコード以外に別種のコードが必要だという事を。

 手助けした記憶は当然無い。だからといって皇帝達が開けた訳でも無いのは明白だ。

 今も自分を捕らえようとして(コードを欲して)いるのだから。

 彼女の額に薄っすらと汗が浮かぶ。

 この事態を目の当たりにした上で導き出される解など一つだけ。

 そう、内側から開けられた(・・・・・・・・・)という事なのだから。

 

 「まさか、目覚めている?」

 

 この場に留まるのは不味いと悟った彼女は、門を注視したままジリジリと後退を始めた。

 しかし、それは続く変化に否が応にも足止めさせられる事となる。

 原因は単純明快。

 触れていない筈の門が見えない力に引かれるかのようにゆっくりとその口を開き始めたかと思えば、内包する闇が湖面のように揺らぐと、そこから一対の人影が浮かび上がってきたからだ。

 咄嗟に近くに転がっていた巨岩の裏に退避した彼女は、次に注意深く顔を覗かせると揺らぎの先を睨み付ける。

 それは粘性を有しているのか。

 人影は粘りつく闇から、まるで押し出されるかのようにゆっくりとその姿を現した。

 それはルルーシュと同年代を思わせる面持ちの青年達だった。

 一人は金色の瞳をダークブラウンの癖ッ毛の間から僅かに覗かせる青年。身に纒うその服飾は古代ギリシアを彷彿とさせる。

 残る短髪の赤髪に藍色の瞳を眠たげな瞼の下に持つ青年は、古代ローマに見られたトガにその身を包んでいた。

 そんな二人に共通するのは、何れも10人いれば全員が振り返る程の整った顔立ちだろうか。

 彼女がその姿を伺っていると、不意に青年達の背後にある闇が再び揺らぐ。そうして次に滲み出て来たのは道中で何度も見掛けた亡者が一体。

 二人の間を覚束無い足取りで通り抜けようとする亡者であったが、すれ違った瞬間、癖毛の青年に後頭部を掴まれ、間髪入れずに赤髪の青年に背後より手刀でもって胸部を貫かれると、僅かに痙攣したのを最後にその動きを止めた。

 癖毛の青年がその手を離す。

 糸の切れたマリオネットのような亡者を貫いたままの赤髪の青年は、まるでゴミを放るかのような仕草で腕を振り闇の中へ放り込んだ。

 次に二人は首だけをゆっくりと動かして周囲を見回し始める。

 慌てて首を引っ込めた彼女は、その背を岩に預けると、気付かれぬように小さく深く長く息を吐くと幾分か平静さを取り戻した結果、僅かな好奇心が勝ったのだろうか。再び岩影から顔を覗かせた。

 その時、彼女が見たのは、微動だにせぬまま己を見つめ返す青年達の姿。

 

 「ッッ!!」

 

 彼女は慌てて隠れるが、同時に無駄だとも察したのだろう。

 両手を上げゆっくりとした足取りで岩影から歩み出ると、現れたC.C.を認識した青年達は、互いに顔を向け合い小さく頷き合った後、視線を戻すと指差し告げた。

 

 「「(しるし)持つ者よ。(しゅ)に返上を望むか?」」

 

 凛とした唱和の声。

 その意味する所を理解したからこそ、C.C.は眉間に皺を寄せた。

 

 「何だと?」

 「望むのであれば此方(こちら)へ。」

 「我等、汝を主の御前へ導かん」

 「……これは、返せるものなのか?」

 「「然り」」

 

 淡々と語る青年達。

 それはC.C.にとって自身の願いを成就させるための必須条件。

 しかし、だからといって青年達の言葉を鵜呑みにする程、無垢な心を彼女は持ち合わせていない。

 

 「ほぅ、返した後はどうなるんだ?」

 「「主は寛大である」」

 「そうじゃない。返してしまえばお前達の(あるじ)は完全に自由を取り戻すんじゃないか? 次は何をする? 再びコードを細分化して世界にバラ蒔くつもりかな?」

 「「それは主がお決めになること」」

 

 食って掛かるも返ってきたのは何とも煮え切らない答え。

 C.C.は結論を固めた。

 

 「断る。生憎、私はそんな言葉を額面通りに受け取るほど信心深くは無いんでな」

 

 彼女は明確に拒絶した。

 その存在とそれがコードを世界に拡散した行為の裏に隠された悪趣味な理由。

 そして今置かれている現状を過去、シャルル達から聞かされていた彼女にとって、青年達の背後に居る者は信じるに値しない存在である事をとうの昔に結論付けていたからだ。

 話は終わりとばかりにC.C.は後退を再開する。

 対する青年達は一子乱れぬ所作で腕を下ろしたかと思えば、距離を詰めるかのようにこれまた揃って足を踏み出す。

 

 「「何処へ行く?」」

 

 答える事無くジリジリと後退し続けるC.C.と、送り狼の如く変わらぬ距離を保つ青年達。

 逃がすつもりはやはり無いか、と内心で舌打ちした彼女が最終手段を取ろうとした正にその時。

 

 「何だか面白い事になってるわねぇ?」

 

 背後から声が響いた。

 

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 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ TURN 03.81 目指すべき背中【裏Part 1】 ~

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「ハァイ、C.C.。こうして会うのは久しぶりね」

 

 弾かれるように振り向いたC.C.の視線の先、巨岩の上に立っていたのは見知った顔。

 それは曾ての契約者であり、ルルーシュとナナリーの母親でもあるマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアその人だった。

 呆気に取られるC.C.を余所に、優雅に着地したマリアンヌは気負う素振りなど微塵も見せず、寧ろ愉しげな笑みを浮かべながら唖然としたままの彼女の傍まで歩み寄る。

 そしてその背にC.C.を匿うかのように両者の間へ立ったマリアンヌは、薄茶色のドレスの端を摘まみ青年達に向かって優雅に会釈した後、事も無げに言い放った。

 

 「嫌がる女を追い掛けるのはお止めなさい。未練がましいったらありゃしないわ」

 

 露骨な挑発。

 青年達はそれまでの静謐さを保った面影を一変させた。

 

 「異端者(イレギュラー)よ。お前には問うていない」

 「早う()ね!」

 

 癖毛の青年が犬歯を剥き出しにして唸ると、赤髪の青年は瞳を見開き吐き捨てる。

 憤怒と殺意を撒き散らす青年達。

 その気迫に当てられたC.C.が思わず息を飲むも、しかしてマリアンヌだけは動じない。

 

 「へぇ、 貴方達(・・・)もそんな顔が出来るのねぇ……まるで人間みたいよ(人形風情が)

 

 嘲笑の眼差しのまま、何とも場違いな感想を述べたマリアンヌ。その纏う衣服が光に包まれる。

 それが治まると先程までのドレスから騎士の装いへ。

 嘗てのトレードカラーである赤の外套を羽織ると、両手に持った剣の切っ先を地面に向けた彼女は、一転して剣呑な眼差しを向けると腰を僅かに落とし臨戦態勢を形作った。

 まるで猫科の猛獣が今まさに獲物に飛び掛からんとするその姿は、C.C.に一つの事実を告げていた。

 血の紋章事件において、当時のラウンズ5人を同時に相手取ると、全員を苦も無く切り伏せたあのマリアンヌの全力であるという事。

 即ち、目の前に佇む一見して優男にしか見えなかった青年達は、やはりそうしなければならない程の難敵なのだという事を。

 

 「C.C.。さっさと逃げなさい」

 「お前はどうするんだ?」

 「あら? 心配してくれてるの? 大丈夫よ。死にはしないわ。半分死んでるようなものだし」

 

 警戒こそすれ、軽口を飛ばせる事からもまだ彼女には余裕がある。

 理解したC.C.は何時でも接続を切れるように頭の中でそのトリガーに指を掛けた。

 

 「さぁて、どうしてくれようかしら。全盛期の彼並み(・・・・・・・)なら、試すのに丁度良いのだけれど……」

 

 上唇を軽く舐めたマリアンヌは青年達を()め付けながら思考を回す。

 一方の青年達もまた同じ。

 拳を握り込む癖毛の青年と、再び手刀を構える赤髪の青年。

 二人は彼女の一挙手一投足を見逃すまいと(にら)み返す。

 無言の三人。張り詰めた緊迫感。

 一触即発の空気に蚊帳の外に置かれたC.C.が先に根を上げそうになったその時。

 不意に青年達が構えを解いた。

 一見すると無防備なその姿に、マリアンヌは、誘ってるつもり? と怪訝な表情を浮かべる。

 しかし、次いで青年達は互いに目配せ合ったかと思えば、踵を返すと門に向かって歩き始め、やがて闇の中へとゆっくりと吸い込まれていった。

 姿と気配が完全に消えたのを認めたマリアンヌは、その時になってようやっと構えを解く。

 そうして胸の内に溜め込んだ緊張を吐き出すかのように一息()いた彼女は肩越しにC.C.を見やると言った。

 

 「ねぇ、貴女何かした?」

 「私は何もしていないぞ」

 

 眉間に皺を寄せたC.C.が抗議の声を上げたその時、再び木製品が軋むかのような音が周囲に響いた。

 すぐさま音の出所に顔を向けたマリアンヌが見たのは、ゆっくりと閉じられてゆく黒檀色の門。

 そうして、重厚な音と共に閉まったそれが二度の施錠音を奏でたかと思えば。

 

 『アハはハハハはッ!!』

 

 最後に響いたのは、愉しげな少年と思しき者の高嗤い。

 ノイズ混じりではあったものの、その声色を聞いた瞬間、C.C.の額にある紋章が呼応するかのように紅く輝くと、C.C.は苦悶の表情を浮かべ額を押さえた。

 しかし、例の如くマリアンヌだけは動じない。

 二振りの剣を素早く腰に据えると、短く舌打ちをした彼女は憮然とした面持ちのまま、門の傍まで足早に歩み寄ったかと思えば強かに蹴り入れてさえみせた。

 その光景を眺めつつ、手を下したC.C.が彼女の傍まで歩み寄ると、振り返る事無くマリアンヌは悪態を吐く。

 

 「やられたわ。アイツは端からどっちでも良かったのね」

 「どういう事だ?」

 「貴女がコードを返すならそれで良し。返さないならそれもまた良しってな具合にね。強者の余裕ってヤツじゃない?」

 

 無愛想に返したマリアンヌの身体から再び光が迸る。

 そうしてドレス姿に戻った彼女は、両脚を肩幅まで開き腰に手を当てると、門の向こうにまで届けと言わんばかりに大見得を切った。

 

 「ねぇ! 聞いているんでしょう!? 私達は絶対に貴方を殺してあげる! 楽しみに待ってなさい!」

 

 しかし、返事は無い。

 だが、幾分か気が晴れたのか。

 再び向き直った彼女は朗らかに微笑むと言った。

 

 「さっ。帰りましょうか」

 「お前のその豪胆さは、分かっていても呆れるよ」

 

 苦笑したC.C.は彼女と肩を並べると元来た道を戻ってゆく。

 亡者を避けつつ荒野を抜けて、再び大森林へ入るとその闇の中を無言で歩む二人。

 やがて、前方に薄明かりが見えると、城門まであと少しの所まで来た時、C.C.は徐に問いを飛ばした。

 

 「私の後を()けてきたのか?」

 「えぇ、珍しく悩んでる様子の貴女を街で見掛けから、どうしたのかしらと思ってね。彼の馬を掻っ払ったのは流石に驚いたけど」

 「私の行き先が良く分かったな」

 「方向から目的地の検討は付いてたし、あれぐらいの速さなら追い掛けられるもの。でも、正解だったでしょう?」

 

 脚を止め振り返ったマリアンヌは、門のあった方角へ視線を向けると言った。

 

 「今回の事はシャルルにも伝えておくわ。計画を早める必要があるかもって。でも、問題はその後よねぇ……」

 

 そう言ってマリアンヌはC.C.に救いの手を求めるかのような視線を送る。

 しかし、C.C.にとってはどうでも良い事だった。

 その為、彼女は敢えて聞き流すが、マリアンヌは特に気にした素振りを見せない。

 

 「どう? これを機会にいい加減私達の元に戻って来る気は無いかしら? ルルーシュはシャルルに負けて記憶を封じられたんでしょう? ギアスもその使い方も覚えて無いのなら、これ以上、貴女があの子に拘る理由も無いじゃない。その点、シャルルなら今すぐにでも貴女の願いを叶えてくれるわよ?」

 「……アレは目覚めているのか?」

 

 マリアンヌがこれ幸いとばかりに一度は破綻した協力関係の修復を図ろうとするも、再度聞き流したC.C.は全く違う話題にシフトした。

 そんな彼女の態度にそれ以上の勧誘を諦めたのか。再び前を向くと歩みを再開したマリアンヌは、頑固ねぇ、と苦笑しつつも話に乗る。

 

 「開いていたんだからそうでしょうね」

 「門の向こうにルルーシュの記憶がある。何故、アイツはルルーシュの記憶を奪った? それも一部だけを……」

 「知らないわよ、そんなの。どうしても渡したくない記憶だったんじゃない? でも、一体どうしたの? 貴女がルルーシュに入れ込んでいるのは知ってるわ。母親としてそれは喜ばしい事だけれど」

 「……元を辿れば再三ルルーシュにギアスを与えろとせっついていたのはお前だった筈だが?」

 「そうだったかしら?」

 

 肩越しに振り向いたマリアンヌがおどけた笑みを見せると、C.C.は肩を落とした。

 

 「まだ乳飲み子だった頃のアイツに与えろと言った時は、流石にどうかしてると思ったぞ」

 「私は出来た母親じゃないから」

 

 暖簾に腕押しのような問答は懐かしくもあれ心地よくもある。

 しかし、それに浸っている余裕は今のC.C.には無い。

 

 「……マリアンヌ。質問に答えて欲しい」

 

 森の出口に差し掛かった所で足を止めたC.C.が何時になく真剣な眼差しで問うと、同じく歩みを止めたマリアンヌは振り向くと真顔で応じた。

 

 「いいわよ、何かしら? 以前に教えたコーネリアのその後の足跡(そくせき)? それともーー」

 「いや、ライという男についてだ」

 「……ライ?」

 

 首を傾げるマリアンヌを余所にC.C.は続ける。

 

 「以前に一度話しただろう? 学園に現れたギアスユーザーの事を」

 「あぁ、彼ね……確か記憶喪失者だったかしら?」

 「アイツの本当の名はライゼル……ライゼル・S・ブリタニア。嘗てのお前達が憧れた男だ」

 「…へぇ、彼があの王様だったの」

 「どうなんだ?」

 「こっちで見たことは無いわねぇ」

 「では、シャルルから何か聞いてはいないか?」

 「う~ん。何度か話す機会はあったけれど、あの人から王様の話題が出た事は無いわね」

 「そうか……」

 

 念押しとばかりに三人の中で特に傾倒が著しかったシャルルを引き合いに出すも望みの答えは返って来なかった。

 マリアンヌが困ったように笑うと、C.C.は視線を落とす。

 すると、マリアンヌは一転して底冷えするかのような瞳と共に問い掛ける。

 

 「貴女のコード(探求の力)を使っても見付からないの?」

 「私はアイツの契約者じゃないからな」

 

 そう言って顔を上げたC.C.にマリアンヌは微笑を向ける。そこに先程見せた凍てつく色は微塵も無い。

 

 「でも、接触はした。そういえば、その時に優先権も得たんじゃなかった?」

 「その筈だが、アイツは少し変わっていてな。学園に居る時、一度、この世界で記憶を探してみたが見つからなかった」

 

 マリアンヌが思い出したかのように問うと、やや困惑した様子で答えたC.C.は思慮に耽る。

 彼女が語った優先権。

 それは通常であれば保持者が契約した相手に対して付ける事ができるマーカーのようなものだ。

 ブラックリベリオン以降、表向きには処刑された事になっているゼロ(ルルーシュ)の生存と動向を彼女がいち速く把握出来たのはその為であり、また、Cの世界にある彼の記憶の部屋を夥しい数の建物の中から探し出す事も可能にしていた代物。

 一方、ライとの接触に於いて、彼にそれが無い事を察した彼女は、これ幸いとばかりに付けていた。

 ブラックリベリオン以前は彼が何処に居るのか、おおよその方角を把握する事は出来ていたが、今現在、それは全くもって機能していない。

 だからこその困惑であり、想定外の事態に彼女の判断能力も低下していた。

 

 「貴女ならそこから辿れるでしょ?」

 「それがどうも上手くいかない。何かに邪魔されているような感じはするが……」

 「心当たりは?」

 

 無い訳では、と断りを入れたC.C.は次に自身の推察を口にした。

 

 「V.V.の持つコードであれば……アイツの持つコードは妨害と隠遁に特化しているからな。そうだな。V.V.なら私のコード(探求)の力を阻害する事も可能かもしれない」

 

 検証した事は無いが、と独り言のように呟いたC.C.。

 一方のマリアンヌは露骨に顔を歪めると嫌悪感を露にした。

 

 「V.V.ねぇ……また、何か悪巧みでもしているのかしら?」

 「……済まない。お前を殺した相手の名前を……」

 

 C.C.は謝罪した。

 彼女にしては珍しく殊勝な態度であるがさもありなん。

 これまで二人が会話する際には、V.V.の話題は極力控えるといった半ば不文律のようなものが出来上がっていたからだ。

 すると、マリアンヌはこれまで伝える事を控えていた秘事を一つ開帳する。

 

 「いいわよ。それに、あれは分かってた事だから」

 「なに?」

 「あら? 言って無かった? 私があの日あぁなるって知ってたって事」

 「待て! 初耳だぞ!?」

 

 両面を見開き声を荒らげるC.C.に、小首を傾げてみせたマリアンヌは、そうだったかしら? と呟くと、次にあっけらかんとした面持ちのまま答えた。

 

 「教えて貰ったのよ。そんな力を持ってるギアスユーザーからね」

 「……そいつは誰だ?」

 「それはヒ・ミ・ツ」

 「何故、前もって相談してくれなかったんだ?」

 

 その最もな問いには、おどけた態度でいたマリアンヌも神妙な面持ちになり一言、ごめんなさいね、と短く詫びた。

 

 「あの日の夕方、V.V.から今晩人目を避けて会いたいって言われるまで、私は貴女の事も疑っていたから」

 「私が……お前を殺す?」

 「えぇ、私は貴女を殺す覚悟を持って契約を結んだつもりよ。なのに、私は貴女の期待に応えてあげる事が出来なかった。殺す覚悟を持つなら、殺される覚悟も持たないとフェアじゃないわ。だから、お払い箱かなぁ〜って」

 「馬鹿だよ、お前は……」

 

 呆れ顔のC.C.に対して、マリアンヌは弁解めいた言葉を口にする。

 

 「だって仕方がないじゃない。予言だなんて大層なこと言う癖に、その()ったら、肝心要の下手人の姿だけはどうしても見えないって言うんですもの」

 

 ギアスでも読み取れない相手など保持者以外有り得ない。

 また、その時同時に己の持つギアスの効力も知ることとなった彼女は、これ幸いとばかりに敢えて殺されてみせた。人身御供を用意して。

 

 「貴女の願いを叶えてあげられる可能性が出るし、私の思惑とも一致したわ。誤算は貴女が私達の元を去った事よ。ねぇ、C.C.。もしあのとき全てを話していたら、貴女は去らずにいてくれたかしら?」

 「……いや……無理だろうな。お前のギアスでは私の願いを叶える段階まで至れるとは思えない。だが、何故そんな危険な真似をしたんだ? 発現しない可能性も――」

 「あの娘の予言(ギアス)の正確性は実証済みよ。でも、ゼロとは言えなかったでしょうね」

 「なら――」

 「えぇ、賭けであったことは認めるわ。でも、勝算はあったし、何よりも必要な事だった。私の身体と精神はあの時がピークだったから」

 

 飄々と答えたマリアンヌは、傍にあった大木にそっと手を添えた。

 

 「どれだけ鍛えても私が人間である以上、衰える時は必ず来るわ。でも、計画の成就にはまだ時間が必要。だから、一番充実した状態の時に――」

 「敢えて殺された?」

 「そういう事」

 

 マリアンヌは得意げに頷いた。

 他者が聞けばイカれていると思うだろう。

 しかし、彼等が挑もうとしている相手の強大さ。

 それを知っているC.C.にしてみれば、完全な理解は難しくとも納得は出来てしまう。

 

 「この事をシャルルは知っているのか?」

 「事後報告になっちゃったけれどね。凄い剣幕で怒られちゃった。宥めるのに苦労したわ。その間、怒りの矛先があの子達に向いてしまったのは予想外だったけれど」

 「お前……」

 「でも、肉体があれば戻れる可能性があるから、その時まで大事に保存しておいてってお願いしたのと、計画の為でもあるって伝えたら最後は納得してくれたわ」

 

 あの時ほどあの人の愛を深く感じた事は無いわねぇ、と一人惚気るマリアンヌに呆れ顔のC.C.が尚も問う。

 

 「それでもシャルルには事前に言っておくべきだったんじゃないのか? そうしていれば――」

 「言えば絶対に反対してくれたでしょうね。あの人は優しいから。あなた達にも直接問い質すくらいのことはしてくれた筈よ」

 「だったら――」

 「それをしていれば、V.V.との関係性に亀裂が入ったわね」

 

 黙り込むC.C.を見たマリアンヌは苦笑した。

 

 「それに言ったでしょ? 計画の為でもあるって」

 

 そう前置きした彼女は次に天を仰いだ。

 

 「あなた達のどちらがそれをするのか、直前まで分からなかった以上、V.V.も疑っていることをあの人には言えなかった。だって、V.V.はシャルルとってたった一人の兄弟ですもの。言えば哀しむわ。私はそんな顔は絶対に見たく無かったし、計画を前に進めるにはV.V.の指導力はどうしても必要だった。どう転んでも不和が避けられないのなら、少しでも利点がある方を選ぶべきじゃない?」

 

 そう述べたマリアンヌであったが、彼女は既に察している。

 次にV.V.が裏切るような真似をすれば、その時、シャルルは決して彼を許さないと心に誓っているという事を。

 

 「それにね、C.C.。私はあの日に知ってしまったの。このまま歳を重ねれば、何時かきっとあの人を護れない日が来てしまうって」

 

 断言すると同時にドレスの右袖口に手を掛けたマリアンヌはそれを一気に肘まで捲し上げた。

 露になる白磁器のような柔肌に華奢な腕。その手首から肩口に向かって薄らと一直線に引かれた裂傷痕は斬擊によるものだ。

 それは彼女が受けた最後にして最大の負傷。

 

 「二度と遅れを取る訳にはいかないから」

 

 ブリタニアの医療技術を用いれば跡形も無く消す事が可能であったが、生前、戒めとして敢えて残したそれをジッと見つめながら決意を新たにするマリアンヌ。

 すると、それに釣られるかのようにC.C.もまた、その原因となった当時に思いを馳せる。

 今日においても帝国最大のクーデターと称される血の紋章事件の事を。

 その時、マリアンヌの前に最後に立ち塞がった相手。

 当代のナイトオブワンから彼女が激闘の果てに受けたものであり、その後に判明した彼の正体(・・・・)を聞かされた時の衝撃を思い起こしつつ口を開く。

 

 「未だにお前が生きている事を知らないのはV.V.だけか」

 「教える訳ないじゃない」

 

 マリアンヌは快活に笑った。

 

 「私が生きているなんて知ったら、腹いせに彼、今度はルルーシュやナナリーを人質に取りかねないもの。それはシャルルが一番危惧していた事なのも知ってるでしょ? だからこそ、こうして普段はこの世界に留まって、たまに様子を見に来るV.V.の目をやり過ごすようにしたんじゃない」

 

 Cの世界にアクセス出来るのはC.C.だけでは無い。

 V.V.からしてみれば、殺した筈の相手がこの世界に居ないともなれば何らかの手段を用いて生き延びていると勘繰るだろう。そうして、捕捉が叶わないとなれば次に取るべきは彼女が言った通りの手段。それは当時のC.C.も認識していた事だった。

 だからこそ、普段、マリアンヌは街中を悠々自適に散策し、C.C.や黄昏の間に居るシャルルと会話をする際には、己のギアスに掛かった宿主の記憶の部屋から意識を表層に上げる事でそれを可能にしていたりする。最も、街の散策は計画遂行に於ける副次的なものであり、真意は別にあるのだが。

 涙ぐましい母親の苦労を分かって欲しいわ、と自嘲気味に笑うマリアンヌ。彼女は明らかに歪んでいる。

 しかし、それは付き合いの長いC.C.にしてみれば今更の事。

 その為、あの時青年達が言った異端者とは案外的を得ているなと納得すると、次に思考を切り替えた彼女は溜息を一つ吐くと話題を戻す。

 

 「なら、此処に居ないという事は、ライは生きている可能性が高いか……」

 「果たしてそうかしら?」

 

 自分の探求のコードを妨害出来る存在として、V.V.がライを匿っている可能性に希望を見出だした彼女であったが、そこにマリアンヌが待ったを掛けた。

 それを怪訝に思ったC.C.が無言で続きを促すと、マリアンヌは憐憫の眼差しを向けた。 

 

 「ねぇ、C.C.。王様を探すのは諦めなさい」

 「……何故だ?」

 「アレは私達の計画における最大の障害になり得る存在だからよ」

 

 そう前置きしたマリアンヌは訝しむC.C.の傍まで歩み寄るとその耳元で囁いた。それは最大の秘事。

 

 「待て! ライが……あいつがそうなのか!?」

 「残念ながら、確定よ」

 

 唖然とする彼女を見るのが愉快だったのか。

 ニンマリとした面持ちとなったマリアンヌは続ける。

 

 「V.V.以外にも、貴女の力を阻害出来る相手は居るでしょう?」

 

 問われたC.C.は呆然とした面持ちのまま考える。

 以前に一度興味本位から本人を前にして探りを入れたにも関わらず、知り得たのは彼が持つギアスについてのみで、失われた過去や与えた相手に関する事柄は、彼女のコードをもってしても覗き見る事が叶わない程の強固な防壁に阻まれていた事を。

 また、人間であれば誰しもが持つ筈の記憶の部屋が街の何処にも見当たらなかった事についても。

 故に、彼女はごく自然な帰結へと至る。

 

 「神、か……」

 

 小さく呟いたC.C.の言葉を拾ったマリアンヌは鷹揚に頷いた。

 

 「えぇ。だからこそ死んでいれば街には居ない筈よ。アレは神のお気に入りだもの。今回の一件から見ても分かるようにアイツは既に目覚めたわ。だったら、最高のタイミングで切るカードとして今も手元で暖めている可能性の方が高いわね。私ならそうするもの。確かめるには、さっきが最後のチャンスだった」

 「何故、今まで話さなかった?」

 「貴女、私達の計画に賛同してくれてはいたけれど、全然手伝ってくれないし、詳しく聞こうともしなかったでしょう? それに私達の元を去った後の貴女はルルーシュに夢中だったみたいだし。別に何時でも良いかな~って」

 

 C.C.にルルーシュを押したのは己であるというのに、それをおくびにも出さず。

 逆に全く悪びれる様子を見せないマリアンヌに、振り回されっぱなしのC.C.が文句の一つでもいってやろうと口を開きかけた正にその時。

 

 「ッ!?」

 

 マリアンヌは唐突に彼女の口を掌で覆うと、勢いそのままに近くの大木の根元にあった(うろ)へと、彼女諸とも飛び込んだ。

 後頭部を強かに打ち付けたC.C.は抗議の眼差しを向けるが、マリアンヌは己の口許に人差し指を当てると沈黙を要請する。

 状況を飲み込めないC.C.であったが、渋々ながら頷くと、マリアンヌは人差し指を当てたままゆっくりと彼女の口から手を離した。

 その時、不意に複数の男達の声が彼女達の耳朶(じだ)を打った。

 

 「何も御自ら向かわれる必要は無いのではありませんか?」

 「門の確認であれば我々が……」

 

 逼迫した声色に複数の足音。

 街の方角から迫るそれに耳を傾ける彼女達は次に懐かしい声を拾う。

 

 「いいや。僕も行くよ」

 「しかし、危険ではありませんか? 嚮主V.V.」

 

 その名に息を飲むC.C.と眉間に縦皺を刻むマリアンヌ。

 次第に近づいて来るV.V.達の気配に二人は息を殺しながら耳をそばだてる。

 

 「危険は承知の上さ。でも、こればかりは直接確認しないと」

 

 表向き平静さを保っているV.V.だったが、声色は僅かに狼狽の色を見せている。

 

 「如何されたのですか」

 

 それを察した近習の一人が問うと、V.V.は不意に足を止めた。

 

 「……C.C.も向かったみたいだ」

 「誠ですか!?」

 「彼女のコードの残り香が漂ってる。上手く行けば鉢合わせ出来るかもしれない」

 

 急ぐよ、と告げると歩速を上げるV.V.。その後を男達が追う。

 

 「戻るよう説得致しますか」

 「どうかなぁ? 彼女の事だから会った瞬間接続を切る(逃げる)と思うけど、まぁ、一応試みてみようか。邪魔はしないでね」

 「承知しております」

 

 彼等は、二人が潜む洞とは反対側を通ったのか。

 次第に遠ざかる足音。

 やがて、それが完全に消えると顔を出したマリアンヌは周囲を注意深く見回す。

 そうして安全を確認した彼女が洞から這い出ると、その後をC.C.が続いた。

 マリアンヌは膝に付いた土を(はた)いているC.C.を見下ろしながら口を開く。

 

 「間一髪ってヤツね」

 「良く気付いたな」

 「そりゃあねぇ。何年もストーキングされてる身としては、彼の気配は覚えちゃったわよ」

 

 そう言うと口元に手を当てて苦笑したマリアンヌは瞳を細める。

 

 「でも、妙ね? 何か異変を感じ取ったのかしら?」

 「いや、私は特段何も感じなかったぞ」

 「まぁ、これでV.V.も相手が目覚めている事は把握するだろうし、あの人に報告する手間も省けるから、結果オーライね」

 

 マリアンヌがシャルルに知らせるのは簡単だ。

 しかし、その先。

 コードを持ち得ないシャルルがV.V.より先にどうやってそれを知ったのか。その情報源を秘匿したまま話すのは嘘を嫌うシャルルの性格上難しい。

 また、シャルルに嘘を吐かせるのは彼女も望んでいなかった事から、肩の荷が降りたのか。気を良くしたマリアンヌは口元を綻ばせるがそこに問いが飛ぶ。

 

 「V.V.が黙っておく可能性は無いか?」

 「無いわ。流石に標的の情報を伝えないなんて馬鹿な真似はしないでしょ。それに……もし隠したなら、その時は私からあの人に伝えるわ。残念だけどね」

 

 マリアンヌにしてみれば、愛するシャルルの兄を想う優しさに漬け込んだV.V.の一度目の嘘は、吐かれた本人が心に蓋をした以上、今更蒸し返すつもりは毛頭無い。

 しかし、標的の情報を秘匿するという事は、シャルルに対する二度目の裏切りにも等しい。

 一瞬だけ壮絶な笑みを浮かべたマリアンヌは、次に何事も無かったかのように踵を返すと森を出る。その後をC.C.が追う。

 そうして城門の傍まで至ったマリアンヌは押し開けようと手を伸ばす。

 が、そこで彼女は金縛りにあったかのように動きを止めた。

 

 「……あら?」

 「どうした?」

 

 怪訝に思ったC.C.が問うと、手を下ろしたマリアンヌはC.C.に向き直る。

 

 「此処で別れましょう。貴女は街に入らない方がいいわ。彼が怒ってる」

 「彼?」

 「貴女が拝借した馬の持ち主よ。かなり苛ついてるわね。間に入ってあげても良いけど、一悶着ありそうだから」

 「知り合いか?」

 「此処に来てからの、ね。怒った彼を宥めるのは骨が折れるのよ」

 

 心底面倒だと言わんばかりに肩を落とすその姿が珍しかったのか。

 

 「お前でも苦手な相手が居るんだな」

 

 C.C.が皮肉を混じえた感想を述べると、マリアンヌは苦笑した。

 

 「まぁね。純粋な技量は同格だし、膂力に至っては私より上だから」

 

 あのマリアンヌと同等。

 生前の彼女はラウンズ(同僚)は元より、今や帝国最強の名を欲しいままにしているあのビスマルクでさえも歯牙に掛けない程の実力を有していた。

 そんな彼女を知るC.C.にしてみれば、それは俄かには信じられない言葉。

 

 「……連中と同じ(人形)か?」

 「まさか。彼は正真正銘唯の人間よ。守護者の血脈である事を除けば、ね」

 「……成る程な」

 

 合点がいったのか。C.C.は納得の面持ちを浮かべた。

 マリアンヌが語った守護者。

 その由来は歴史上、ギアスを有するのに必要な因子、通称【王の血脈】が特に色濃い一族から産まれる事が多かった。

 彼等はギアスを宿す事が出来る因子を全く持ち得ない代わりに、一般的な人間を遥かに越える身体能力を有していた事からいつの頃からか。

 王の血脈を持つ者を守護する役目を担うようになっていった事に起因する。

 有名な所で言えば枢木スザクがそれに該当する。

 最も、彼の家系が守護すべき血筋は絶家となっていたがため、本来の役目を失って久しいが。

 因みに、マリアンヌの場合はそうでは無い。

 彼女の場合は、守護者と対等に渡り合える身体能力に、濃さは一般人より劣るもののギアスを宿せる因子まで持っている。

 それは世界の理から逸脱していると言っても良いだろう。

 暫く街には来ない方がいいわよ? と砕けた口調で語るマリアンヌに、C.C.は目敏く問う。

 

 「マリアンヌ、お前はこの世界で何をしている?」

 「あら、知りたいの?」

 「無理にとは言わないが……」

 

 この世界に居る人間の意識は生前、縁のあった者達以外と友誼を深めようとする事は稀だ。

 だというのに、彼女は面識の無い筈の彼等と知古の間柄だという。

 C.C.はそれがどうしても気になったのだ。

 すると、そんな彼女の心境をおもんばかったのか。

 マリアンヌは悪戯っ子の笑みを浮かべると言った。

 

 「軍団を編成しているの」

 「この世界の連中を集めてか?」

 「えぇ」

 「それも計画の一端なのか?」

 

 荒野を徘徊する亡者という存在は居るものの、概ね平和が保たれているといって良いこの世界に於いて、何とも物騒な単語を口にしたマリアンヌ。

 当然、その理由は彼女達の計画に関する物だろうと当たりを付けたC.C.に対して、彼女は笑みを絶やさぬまま問い返す。

 

 「C.C.。貴女は荒野を徘徊する亡者達が何処から来るのか知っているかしら?」

 「門から、だろう?」

 

 先程の光景を思い返したC.C.が答えると、マリアンヌは、正解、と笑った。

 

 「時折、隙間から滲み出るとああやって荒野をさ迷ってる。門の向こうは亡者達の巣窟だと見て間違い無いでしょうね」

 

 これに記された通りだわ、と言ってマリアンヌは不意に中空に手を伸ばしたかと思えば、次に何処からともなく一冊の本を取り出すと投げて寄越す。

 受け取ったC.C.は視線を落とした。

 Comedia(喜劇)と銘打たれたその本の表紙を捲ると、記された著者の名はダンテ・アリギエーリ(ギアスユーザー)

 それを流し見た後、C.C.は無言でページを捲り始める。

 

 「コードを使って門を開いても、待ち受けるのは怨嗟と憎悪にまみれた亡者達の群れ。それに、予想通り人形(青年)達も居たのが確認出来たわ。その只中を通り抜けるのはやっぱり危険よ」

 「だが、コイツはそれを為したんだろう?」

 

 ページを捲る手を止めたC.C.は人差し指で軽く叩いた。

 最もな言い分ではあったが、それはマリアンヌにとって反撃の糸口にしかなり得ない。

 

 「案内人(ウェルギリウス)は刺激しない方法を知っていたのかもね。全く、V.V.も貴女もコードを継承する際にその辺の方法を前任者から引き継いでおいて欲しかったわ。そもそもC.C.、貴女彼と三百年近くも一緒に居た癖に何も知らなかったなんて、怠惰過ぎるわよ」

 「仕方ないだろう? 私の場合はV.V.と違って無理やり押し付けられたんだ。それに、アイツが過去にそう名乗っていたなんて知らなかったんだからな」

 

 思わぬ口撃を受けたC.C.は抗議の声を上げた。

 遺品を整理していた時に偶々見つけた日記に書かれていたそれを知るまで、自分も彼を別の名前で呼んでいたのだ、と。

 

 「確か、その時の肩書きは……」

 「伯爵だ」

 

 その単語を聞いたマリアンヌは、あぁ、と感慨深げに呟くとその名を口にした

 V.V.の前任者にして嚮団の創設者でもあった男。今日においてもなお、ユーロピア史上最大の謎の人物と評される男の名を。

 

 「サンジェルマン(伯爵)だったわね」

 

 男が書き綴った日記には実に多くの事が書かれていた。

 この世界の真なる支配者の事。それが世界にコードをバラ蒔いた目的。その為に創った巫女達の事等々。

 世界の真理を記したその日記は彼女達の計画立案に大きく寄与した。

 しかし、同時にそのページの大半を占めたのは慚愧の言葉の数々。

 愛した(巫女)が姉妹に殺され、憎しみに駆られた自身の前に現れた人形()の甘言に乗り、残った姉妹を殺してコードを奪った事。

 再び現れた人形から嘲笑と共に聞かされた彼女達の悲壮なる決意と、その真意を推し測れなかったばかりか、全て掌の上で踊らされていたという事実。

 全てに絶望するも、既に死ぬ事が叶わなくなった我が身と浅慮を呪い悔いる日々。

 コードの呪縛からの解放を望み、多くの人間達に形振り構わずギアスを与えた結果、齎されたのは更なる悲劇の拡散。

 それは神を喜ばせただけ。

 

 「私達は安全に神を殺す為の武器、アーカーシャの剣を開発した。それを開いた門に差し込み最深部に潜む神の喉元に突き立てる事で、神から集合無意識の管理者権限を奪う。それが本計画の骨子よ。でも、その間、相手が座視している保証は何処にも無いわ」

 

 現に青年達をその目で見てしまっていたC.C.にしてみれば、マリアンヌの言葉には説得力しかない。

 

 「こっちに来てから、数は少ないけど亡者が街に侵入してきた事があったの。勿論、撃退したわよ。でも、気付くのが遅れて何体かは部屋にまで入られた」

 「どうなったんだ?」

 「中は酷い有様だった。嫌な予感がしたからシャルルにその部屋の持ち主を探してもらったけど……」

 「けど?」

 「とある国で大量殺人をやらかしてた。ある日突然、狂ったかのように家族や友人を手に掛けたそうよ。もし、最後の悪足掻きに亡者を解き放たれでもしたら。それが街に押し寄せようものなら」

 

 汚れた連中とまで一つになるのはご免だわ、とマリアンヌは笑った。 

 

 「その為の対策が、軍団の編成という訳か」

 

 大事(おおごと)だな、とC.C.は肩を竦めた。

 

 「えぇ。それを食い止める為に私はこの世界で賛同者を募ってるの。平和を乱す者達が居るって言ってね」

 「例の守護者とやらも、その内の一人という訳か」

 「軍団は歩兵と騎兵の混成軍よ。彼には歩兵を統括して貰ってるわ。相方には騎兵をね」

 

 C.C.はこれまで積極的に知ろうとしてこなかった事実を受けて、腹がくちくなったのか。

 

 「分かった。それじゃあな、マリアンヌ」

 

 頭を振り別れの挨拶をすると、相手もそれに倣う。 

 

 「えぇ、また会いましょう。そうそう。時が来たら迎えに行くから、その時は逃げないでね? C.C.」

 

 最後の言葉に苦笑しつつ、C.C.は接続を切った。

 

 ◇

 

 「ねぇ! ちょっとC.C.!?」

 「……何だカレン。お前か」

 

 目を覚ましたC.C.はソファーに寝そべる己の肩を揺さぶるカレンを見てそう呟いた。

 

 「何だじゃないわよ。こんな真っ昼間から寝てるなんて良いご身分ね」

 「もうそんな時間か……」

 

 ソファーに這い蹲ったまま猫のような背伸びをした後、起き上がったC.C.の鼻腔を嗅ぎ慣れた匂いが(くすぐ)る。

 

 「マルゲリータか」

 「正解」

 

 呆れた口調のカレンを無視すると、机の上にある皿に置かれたそれを手に取り口へと運ぶ。

 

 「よくもまぁ、起きてすぐ食べれるわね」

 

 そう言ったカレンであったが、C.C.の隣に腰掛けるとご相伴に預かり始める。

 しばし無言で食事を共にする二人。

 ややあって、C.C.が口を開いた。

 

 「カレン」

 「ん? なに?」

 「お前の大切な存在が、例えば……この世界にとって最悪の存在だったとしたらどうする?」

 

 その問いにカレンは手にしていたピザの切れ端を皿に戻し、指に付いた油を舐めると湖のような色した瞳に真摯な眼差しを乗せた。

 

 「そういう例えは冗談でも好きじゃないわ」

 「……そうだろうな」

 

 視線を落とし微苦笑を浮かべるC.C.を怪訝な表情で見つめるカレンであったが、不意に顔を上げ虚空を見やると呟くように言った。

 

 「……一緒に、世界から嫌われてあげるかな………」

 「カレン、お前……」

 

 瞳を丸くするC.C.の視線に気付いたカレンは白眼視を向けた。

 

 「何よ? 例え話なんでしょ?」

 「……あぁ……そうだ。くだらない例え話だとも」

 

 微苦笑と共にC.C.は皿へと手を伸ばす。

 

 「ちょっと! それ私の――」

 「早い者勝ちだ」

 

 カレンのディフェンスを掻い潜ったC.C.は、勝利宣言と共にそれを口に放り込んだ。

 




此処までお読み下さりありがとうございました。
もう一話だけ、間幕入れます。
今話で纏めると長すぎると思ったので。
今週中には投下します。
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