コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

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やっと本編。
ストックが減ってきました……。

※多重投稿してたので修正しました。すいません。



TURN 04 ~ 太平洋奇襲作戦【Part 1】 ~

 夜の帳が落ちたエリア11。

 その闇夜にはライトアップされた政庁が浮かんでいる。

 ルルーシュは学園の屋上でその光景をただ無言で見つめていた。

 そんな彼の背後にはスザクが居た。

 しかし、ルルーシュはスザクと向き合おうとしない。いや、今向き合う事は出来ないと言う方が正しいだろう。

 彼の顔貌には隠しきれない程の苦悶と憎悪の色が浮かんでいたのだから。

 ルルーシュは手摺に凭れ掛かり視線を落とす。

 そして、今度は心此所に有らずといった様子で中庭で行われている舞踏会を眺め始めた。

 一方、スザクはそんなルルーシュの背中に視線を送りながら、通話口から聞こえる声に耳を傾ける。

 

 『すいません。スザクさん』

 「こっちこそごめん、ナナリー。変な期待させちゃったみたいで……」

 

 ナナリーという単語にあらん限りの力で手摺を握りしめるルルーシュ。だが、背中が死角となりスザクがそれに気付く事は無い。

 

 『いえ、雰囲気が似ていたので驚いてしまって……あの……』

 「何だい?」

 

 言葉に詰まるナナリーに向けて、スザクは柔和な声色で問うた。だが……。

 

 『学園の皆さんはお元気ですか?』

 「っ!!」

 

 返って来た問いにスザクは絶句した。

 すると、返答が無い事が余程不安だったのか。通話口から響くのは、泣き出しそうに切実な震える声。

 

 『スザク……さん?』

 「……あぁ……うん……元気だよ……」

 『そうですか。よかった……よかった……』

 

 依然としてナナリーの声は震えたまま。

 しかし、そこに先程までの不安の色は無い。

 スザクは唇を噛み締めた。

 

 『それでは……来週エリア11で』

 「うん」

 『お会い出来る日を楽しみにしていますね』

 

 最後は待ち遠しさを隠しきれない様子で、やや高陽した口調を取り戻したナナリー。

 通話を終えたスザクは携帯を制服のポケットに仕舞い込んだ。

 一方、漸く悪夢が終わりを告げた事に安堵したルルーシュは、気取られぬよう軽く一息吐くと振り向いた。

 その顔に先程までの色は無い。

 仮面を貼り付けたルルーシュが問う。

 

 「終わったか? スザク」

 「終わったよ。ルルーシュ」

 

 スザクはルルーシュの傍らまで歩み寄る。

 彼は近づいて来るスザクに向けて極自然な笑みを浮かべてみせた。

 

 「それじゃあ、行こうか。主賓が居ないままだと会長がふて腐れるぞ?」

 「そうかな? 結構楽しんでるみたいだけど」

 

 スザクが手摺より少し身を乗り出し中庭を見やると、男子生徒と愉しげにダンスに興じるミレイと、それをやや離れた場所で血涙を流すリヴァルの姿が見えた。

 スザクが苦笑しルルーシュもそれに倣う。その時、二人の視線が交差した。

 目が合った彼等は互いに釣られるかのようにどちらとも無く気恥ずかしそうな笑みを浮かべると、やがて肩を並べ歩き出した。

 傍目に見れば、その光景は如何にも仲の良い友人同士に映るだろう。

 だが、彼等の間にはお互い一年前には想像も出来なかったような、深い深い谷が広がっていた。

 

 ◇

 

 一見、庭園かと見紛うばかりに花が咲き乱れる一室。

 ここエリア11新総督の護衛艦隊旗艦であるログレス級浮遊航空艦、通称【重アヴァロン】に設けられた部屋の中央に彼女、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは居た。

 その表情は芳しくない。

 彼女には3つの懸案事項があったからだ。

 一つは言わずもがな、兄であるルルーシュの行方。そしてもう一つは学園メンバーの安否だった。

 皇族として復帰したナナリーは、それらを調べる術を持ち得なかった。

 ブラックリベリオン以降、父である皇帝シャルルに彼女は学園との接触、その一切を禁じられていたからだ。

 それでも気になったナナリーは皇族への復帰もそこそこに、訪ねて来たシュナイゼルへ真っ先に相談したが、逆にルルーシュの捜索はアッシュフォード家の立場を危うくするとの指摘を受けてしまう。

 そのような事を言われてしまえば心優しい彼女が動ける筈も無い。

 ナナリーはこの一年ただひたすらに兄や学園の仲間の安否を気遣う事しか出来なかった。

 だが、ここに来てルルーシュの無事はナナリー本人によって確認された。

 本来なら彼女にとって何よりも喜ばしい事の筈。が、ナナリーの表情は優れない。

 それは(ひとえ)にルルーシュから告げられた頼み事の真意と、その後のスザクの態度に起因する。

 それらが新たな懸案事項として燻る事となったからだ。

 

 ――お兄様……スザクさんは嘘を吐いてるのかしら?

 

 ナナリーは一人思考の海に沈むが、兄の真意は分からず仕舞い。

 出口の見えない迷宮に迷い込みそうになったナナリーは、ひとまず残りの懸案事項へと思考を切り替える。

 

 ――学園の皆さんは元気……良かった。本当に……。

 

 スザクから告げられた言葉を胸の内で反芻したナナリーは、やっと自然と表情を和らげることが出来た。

 同時に、最後の懸案事項も霧散していった。

 最後の懸案事項。

 それは、突如として現れた新しい異母兄、ライ皇子に関する事だった。

 学園での記憶を奪われたライは一年近く前、皇族としてオデュッセウスを始めとする他の皇族達と顔合わせをしていた。

 だが、復帰したばかりのナナリーはその場には呼ばれなかった。

 結果として、その事を彼女に知らせたのはオデュッセウスだった。

 当初、その名を聞いたナナリーは大層困惑し執拗に問うたが、オデュッセウスが知っているのは容姿程度で詳しい事は一切知らされていなかった。

 それでも食い下がるナナリーに困り果てたオデュッセウスは、何れ会う機会もあるだろうからその際に尋ねてみるといいよ、と窘めるとその場を後にしてしまう。

 困ったナナリーはシュナイゼルにも同じ事を問うたのだが、シュナイゼルに至っては、彼の事は放っておこう、との一点張りでライに関する情報は一切引き出せなかった。 

 久方ぶりとは言え、ナナリーは記憶に無いシュナイゼルの頑な態度を若干不思議に思う。

 また、オデュッセウスやシュナイゼルは快く迎え入れたが、ギネヴィアやカリーヌといった他の皇族達は二人と異なりナナリーを疎ましく思う傾向が強く、会話らしい会話を交わしていない。

 特にカリーヌは殊の外ナナリーを毛嫌いしており、久方ぶりの再会であるというのに陰湿な言葉を浴びせた程だ。

 そのため、ナナリーが次にそれを尋ねたのは警護担当として赴任してきたアーニャだった。

 が、アーニャの答えはオデュッセウスのものとそう大差が無かった。

 その為、最後にナナリーは藁にも縋る思いでアーニャと同じくその場に居たというスザクに尋ねた。

 だが、スザクは、殿下は彼とは別人だ、と断言してしまう。

 スザクの発言は嘘と言えば嘘になるが、聞きようによっては真実とも言える。

 ナナリーはその時のスザクの悲しそうな口振りが気になりつつも、一抹の安堵を覚える。

 そうして、やっぱり有り得ない事だった、同名の別人なのだとの結論に至った。

 至ったのだがそれでも妙な胸騒ぎが消える事は無く、それは彼女の心で燻り続ける。

 その結果、近いうちに会って自分自身で確認すればいいと己に言い聞かせたのだが、彼女の思惑とは別に二人は今日この日まで出会う事は(つい)ぞ無かった。

 ナナリーは先程のスザクの言葉を今一度胸中で反芻する。

 そして、その中には当然ライも入っているのだと思った。

 いや、思い込んでしまった結果、ナナリーの懸案事項は一つとなった。

 但し、その事で彼女の気が楽になる事は無い。

 彼女にとっては、兄であるルルーシュの真意が分からない事は何よりも心苦しい事なのだから。

 しかし、今はそれに比肩し兼ねない事態が進行していることを彼女はまだ知らない。

 暴君と化したライが今まさにこの時、カリフォルニア基地を騒がせていたという事を。

 

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 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ TURN 04 太平洋奇襲作戦【Part 1】 ~

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 機情の長を出迎えるべく、左右に分かれた兵士達が居並ぶ皇族専用のターミナル。

 当初、そこに現れたカリグラの姿を見た兵士達は、ゼロを彷彿とさせるその容姿に慌て蓋めいた。

 が、幸いにも到着前に特務総督府より連絡が入っていた為、警戒こそすれカリグラを拘束しようという動きは無い。

 尤も、彼に対してそのような行為に及べばこの場に居る者達全員、良くて人形、悪ければ屍に成り果てるだけだが。

 ざわめく兵士達を余所に悠々と歩みを進めるカリグラ。そんな彼の視線の先には二人の男女が居た。

 その二人の傍まで歩み寄ると仮面の奥でライはその内の一人、眼鏡を掛けた男を見定める。

 

 『出迎エ御苦労。オ前ガ"ロイド・アスプルンド"カ?』

 「そうだよ。そういう君がカリグラ卿だね?」

 

 ロイドが場違いな程に飄々とした口調で返すと、傍に居た女が慌てた様子で咎める。

 

 「ちょっとロイドさん!……も、申し遅れました。セシル・クルーミーです」

 

 カリグラの容姿をこの日初めて見たセシルは、努めて平静に対応しようとしたが、全く物怖じしないロイドの態度に気が気でない。

 しかし、カリグラは特に気にも止めずにセシルの名乗りに小さく首肯して返すとロイドに向き直る。

 

 『早速ダガ、私ノ軍馬ヲ見タイ』

 「軍馬? 面白い表現をするね。まぁいいや、どうぞどうぞ~」

 

 足取り軽く案内役を買って出たロイドの後ろをカリグラは無言で続く。

 喧噪醒めやらぬメインターミナルが視界に入っていないのか。

 まるで無視するかのようにその場を後にする二人の姿に、皆の奇特な視線が痛いセシルは一人肩を竦めながら後に続いた。

 メインターミナルを抜けた三人は連絡通路を進む。

 通路のガラス窓の向こうには、滑走路と無数の巨大な浮遊航空艦が離陸前の点検整備を受けている光景が広がっている。

 カリグラは歩きながらその光景を眺めていた。 

 隣には相変わらずの態度で楽しげに語るロイドの姿。

 その後方を歩むセシルは憮然とした表情を見せるも、最早咎める気も起きないのか。無言を貫いている。

 

 「いやぁ、君の騎乗データが送られて来た時は本当に驚いたよ?」

 『………』

 「何せ久々だったからねぇ。スザク君クラスのデータを見るのはさ」

 

 反応が無い事などまるでお構いなしといった様子で嬉しそうに語り続けるロイドであったが、その固有名詞が出た段になって、ようやっと相手は反応を示した。

 

 『"ナイトオブセブン"……』

 「そうそう。君の反応速度は彼には及ばないみたいだけど。でも、状況判断能力や行動予測の正確性では彼を大きく上回ってる。よく似た身体能力なのに、タイプは全く違うよねぇ。ンフフ」

 

 脳裏で二人のデータを思い浮かべているのか、ロイドは恍惚の笑みを浮かべていた。

 そんなロイドの台詞に背後からセシルが追従する。

 

 「そうですね。スザク君は例えるなら一騎当千の騎士ですけど、カリグラ卿はまるで戦場を支配する――」

 『(おだ)テタトコロデ何モ出ナイガ?』

 「い、いえ。そんなつもりでは」

 「もしかして照れてたりするのかなぁ〜?」

 『……馬鹿馬鹿シイ』

 

 吐き捨てたカリグラは、付き合い切れないと言わんばかりに歩速を上げるとロイドの横を通り過ぎる。

 すると、ロイドは追い越される瞬間、意外だとでも言いたげな口調で呟いた。

 

 「ふ〜ん。思ったより人間味があるんだね、キミ」

 

 カリグラは一瞬だけ立ち止まるも、次には何事も無かったかのように歩みを再開する。

 ロイドはそんな彼に肩を並べた。

 

 「噂は色々と聞いてるよ? 機密情報局長官、カリグラ。公爵さえも粛清する男。一部の人達は君を帝国の影の暴君だって言って畏れてる」

 

 公爵・粛清。

 それら二つの単語を聞いたセシルは瞳を見開いた。

 

 「えっ!? あの事件って……」

 「そう、彼の仕事だよ」

 

 ロイドから告げられた事実にセシルは目の前を歩む男、カリグラの背中に僅かな怯えを孕んだ眼差しを送った。

 一方、ロイドは、ねぇ? とでも言いたげにカリグラを見やるが、仮面は相変わらず窓の外に向いたまま。

 

 『ヨク知ッテイルナ』

 「貴族社会は狭いからねぇ――っと、着いたよ」

 

 特に気にした様子を見せず、やがて目的地前の扉に付いた三人。

 そうしてロイドは壁に埋め込まれたパネルに指を走らせるとアヴァロンへと続く扉を開いた。

 

 ◇

 

 そのアヴァロン内部にあるKMF(ナイトメアフレーム)の格納庫。

 そこには新型のヴィンセント指揮官機を初めとする複数機のKMFが鎮座しており、周囲を慌ただしく動き回る技術者が多数見受けられる。

 だが、そこには明らかに技術者では無いと分かる四人の男達が居た。

 その内の二人は親衛隊の衣服を身に纏うギルフォードとデヴィッド。

 彼らは、まだあどけない少年の面影をした枢木スザクの親衛隊(コノエナイツ)に所属する金髪の青年、シュネー・へクセンと褐色肌の青年、レド・オフェン。二人と言葉を交わしていた。

 

 「では、ギルフォード卿。僕達は予定通り第3航路(ダミールート)からエリア11に向かいます」

 

 シュネーが事務的に告げると、ギルフォードは鷹揚に頷く。

 

 「宜しく頼む。だが、もし万が一の事態に遭遇した場合は、無理をせず我々の到着を待つんだ」

 「「Yes, My Lord」」

 

 答礼の後、踵を返すと立ち去ってゆく二人を見送ったギルフォードは、傍に控えていたデヴィッドに視線を移す。

 眼前に佇む一機のKMFを見上げていた彼は、徐に疑問を口にした。

 

 「この機体は何なのでしょうか? ギルフォード卿……」

 

 ギルフォードもまた、デヴィッドと同じくその機体を下から上に観察する。

 

 「枢木卿のランスロットに似ているが……頭部が全く違う。それに、あれはフロートユニットか? 初めて見る形だ……」

 「ですが、それだと少々小さ過ぎませんか? この大きさの機体を飛ばせる程の出力があるのでしょうか?」

 「……見た目だけでは判断出来ないな」

 

 二人は互いに言葉を交わしながら、眼前に佇むKMFについて考察していた。

 ギルフォードが言ったようにそのKMFは傍にある彼等の機体、ヴィンセント量産型や指揮官機とは明らかに違っていた。

 外殻はランスロットを基調としているが、そのカラーリングが白と金であるのに対して、この機体は銀と黒。

 加えて頭部には雄弁に存在を主張する1本角と、深い海のような蒼い双眸が宿る。

 しかし、最も特筆すべきはその大きさ。隣に控えるヴィンセント指揮官機より頭二つ程抜け出ていた。

 

 「枢木卿専用の新型でしょうか?」

 「それは無いだろう。先程ロイド博士はコンクエスターの整備に手間取った、と仰っていたからな」

 

 ギルフォードは格納庫の中央に主の如く佇むKMFに視線を移す。

 その足元では、レドとシュネーが技術者達に指示を出している姿も見受けられる。

 

 「あれがコンクエスターだろう」

 「では、これは?」

 「分からない。しかし……」

 

 再度の問いにギルフォードが言葉に詰まったその時、ロイドの弾んだ声が格納庫に響いた。

 二人はほぼ同時に背後を振り向く。

 すると、ロイドの隣を歩む仮面の男が視界に入ったデヴィッドは思わず吐き捨てるかのように言った。

 

 「彼奴は……」

 「やめておけ」

 「……はい」

 

 咎められた彼は渋々といった様子で口を噤む。

 

 「お久しぶりです。カリグラ卿」

 

 ギルフォードが軍隊式の敬礼で出迎えると流石のデヴィッドも無言で後に続く。

 すると、カリグラが応じる前にロイドが口を開いた。

 

 「あれぇ? 知り合いだったの?」

 「えぇ、ですが――」

 『実際、コウシテ直ニ会ウノハ初メテダガ……久シイナ、"ギルフォード卿"。アノ作戦以来カ』

 「その節は……申し訳無い」

 

 ギルフォードは若干表情を強張らせつつ謝罪した。

 しかし、カリグラたるライとしてはほぼ思惑通りに動いた彼を咎めるような気は起きなかった。では、褒めるのかと言えばそれこそ有り得ない。

 

 『謝罪ハ不要。結果デ示セ。ソウダナ……案外近イウチニ訪レルヤモシレナイナ』

 「近いうちに?……まさか……」

 『可能性ハ有ル』

 

 短く頷くカリグラを見たギルフォードの瞳が光る。

 

 「そう思うに至る情報を掴んでいると?」

 『タダノ勘……イヤ、コレハ願望ダナ。ダガ、貴卿ハ何モ思ワナイノカ?』

 

 直ぐ傍で二人の会話を憮然とした態度で聞いていたデヴィッドは、その何とも曖昧な返答を聞いた瞬間、露骨に訝しんだ。

 だが、ギルフォードは違った。彼は一言断りを入れると自身の思いを吐露した。

 

 「いえ……ゼロは油断ならない男です。アプソン将軍にもご忠告申し上げたのですが、聞き入れては下されず……護衛も不要とまで言い出される始末で……」

 

 『危機管理能力ノ欠如。アレハ所詮ソノ程度ノ男ダ。デハ、共ニ行クカ』

 

 その場に居た一同はカリグラの提案に心底驚いた様子で一斉に瞳を丸くした。

 やがて皆を代表するかのようにセシルが問う。

 

 「あ、あの……やはりカリグラ卿もご乗艦を?」

 『アァ、陛下ヨリ承認ハ得テイル』

 

 カリグラは懐から一通の封筒を取り出した。

 それに帝国の紋章が押された封蝋印(ふうろういん)を認めたセシルは、拝礼すると両手で恭しく受け取った後、慎重な手つきで取り出したそれに目を通し始める。

 そこには、彼女のこれまでの軍隊生活の中でも数えるほどしかお目に掛かった事が無い皇帝直筆の署名があった。

 しかし、その署名の下段に添えられた文字の羅列を見た瞬間、セシルは声を失った。

 

 

 

   この者の要請に対する拒否権は無いと心得よ  

              特務総督府 主席秘書官 Beatrice Phalanx

 

 

 

 「うッわァ~、これは凄いねぇ」

 「た、確かに確認しました」

 

 硬直したセシルの横から許可証を覗き見たロイドが感嘆の声を上げると、我に返った彼女が発した言葉に小さく頷いたカリグラは指示を下す。

 

 『護送艦隊ノ"レーダー網"ヲ避ケルタメ二モ艦隊ノ後方ヲ飛ベ。"アプソン"ニ気取ラレルノハ面倒ダ』

 「こちらの方が先に進発する予定ですが……」

 

 セシルは胸騒ぎを感じながら事実を口にした。

 既に管制塔には飛行計画を提出済みであり、作成したのは彼女だったからだ。

 だが、そういった予感めいたものというのは往々にして当たるもの。

 

 『修正スレバ良イ』

 

 セシルは溜らずロイドに、パワハラでは? との視線を向けたが――。

 

 「従うしか無いんじゃない?」

 「……他人事ですね」

 

 裏切られた格好となってしまったセシルであったが、同時に己に拒否権が無いことは重々承知。

 故に彼女が出来ることと言えば、薄情者の上司に向かって抗議の眼差しを向ける程度。

 一方、ロイドはそんな寒々しいまでの視線を受けても、雑務は任せてるからねぇ、と何とも軽いノリで流すのみ。

 カリグラに至っては、既に見向きもしていない。

 そんな中で唯一焦った素振りを見せたのはギルフォードだった。

 

 「で、では、我々はこれで。皇女殿下へのご挨拶に伺いますので……」

 

 セシルの不機嫌さを肌で感じ取っていたギルフォードは、デヴィッドを引き連れるとそそくさとその場を後にした。

 ロイドはヒラヒラと手を振り彼等を見送った後、カリグラの前方に歩み出る。

 そうして振り向くと両手を広げた彼は嬉々とした笑みで告げた。 

 

 「おめでとぉ~。これが君の機体だよ」

 

 しかし、対するカリグラは何のリアクションを見せる事無く、腕を組むと眼前に佇む機体を無言で見上げていた。

 ロイドもまた、それ以上語る事無く機体に視線を移す。

 暫しの沈黙が流れる。

 やがて、未だ眺め続ける二人の傍を気を取り直したセシルが通り過ぎる。

 そうして彼女は機体の足下にある機器類にまで至ると、書類を手に取り説明を始めた。

 

 「多少違う箇所もありますが、外郭はランスロットを基調としています」

 

 仮面の下でライは機体に宿る蒼色の双眸を見つめつつ、セシルの解説に耳を傾ける。

 

 「全高は5.25m。全備重量は9,327kg。装備目録はこちらになります」

 

 セシルは機器類の上に置いてあった厚手のファイルをカリグラに手渡すと、やや誇らしげな面持ちで概要を語り始めた。

 

 「指揮官機をご希望との事でしたので、各種の情報処理能力とデータリンク。他にはECCM及び索敵能力の強化に努めました。結果として、何れも隣にあるヴィンセント指揮官機より上のスペックとなっています」

 「何しろ予算は潤沢だったから」

 

 セシルの解説にロイドが合いの手を入れた。余談ではあるが、ロイドはその資金を幾らかランスロットに回していたりする。

 二人の説明を聞きつつ、カリグラは手にした書類に視線を落とすと読み進める。

 

 『麾下(きか)ノKMF及ビ艦船ノ発射管制サエモ統治下ニ置ケル、カ……』

 「はい。この機体に搭載されている指揮命令権限を上書き出来るのは皇族方の直接命令のみです。ただし、ラウンズ専用機には元より拒否権限が付与されています」

 『ソレラヲ除ケバ、概ネ絶対遵守ノ命令トナル訳カ』

 

 カリグラが独り言のように呟くと、首肯したセシルは説明を続ける。

 

 「他の兵装は現行のランスロット・コンクエスターと概ね同じですが、ハドロンブラスターは取り除いています。その代わりと言っては何ですが、遠距離用装備として強化型ヴァリスを採用しています」

 『理由ハ?』

 「ハドロンブラスターは、発射時に姿勢制御を必要とするので機動性に難点が残ります。その点、この機体は現行のKMFの機動性能を限界まで追求していますから」

 『ソレニシテハ、ヤヤ大型ノ機体ダガ?』

 「後述しますが、その為に新型のフロートユニット、エナジーウィングを搭載しました………プロトタイプですけど」

 『………プロトタイプ?』

 

 彼は顔を上げると鸚鵡返しに問うた。

 それに対する答えはロイドから発せられた。

 

 「理論は彼女が完成させてるんだけど、なにぶん飛行データが不十分でね。いきなり僕のランスロットに装備する訳にはいかなかったからさぁ」

 『私ノ"データ"ヲ使ウ気カ?』

 「そうだけど?」

 

 相手の意図する所を察知したカリグラは二人を交互に見据えた。視線が合った気がしたセシルは自然と後退る。

 しかし、ロイドはあっさり白状すると特に悪びれる様子も無く笑った。

 そんな無邪気な子供のような笑みを向けるロイドを見て、カリグラは少し拍子抜けしたのか、咎める事無く疑問を口にする。

 

 『飛ブノダロウナ?』

 「それは流石にテスト済みだよ。ただ、もう少しデータが欲しいんだよね」

 『ソウシテ得タ"データ"ヲ元ニ、完成型ガ"ランスロット"ニ搭載サレルノダロウ? ナラバ――』

 「今何かと忙しいんだよね、彼。でも、そこに君が現れた。ランスロットとの適合率89%っていう君がね」

 『………』

 「シュミレート値を当て嵌めただけだから誤差はあるけど、それを差し引いてもこの数値は十分優秀だよ」

 

 ロイドの視線を受けて、モルモットにされるのは我慢ならないと思った彼であったが、言葉にはしなかった。

 取り外させるには書類に記載されているスペックは余りにも魅力的に映ったからだ。

 カリグラは手に持った書類に再び視線を落とす。

 

 『型式番号Z-01/X――』

 「機体名はトライデント。皇帝ちゃん直属の機密情報局、そのトップが乗る機体としてはいい名前だと思うけど?」

 「ちょ、ちょっとロイドさんっ!!」

 

 ニヤリと口元を緩めるロイドを見たセシルが慌てて止めに入るが、カリグラは僅かに肩を揺らした。

 それを見たロイドも、眼鏡の奥の瞳を細め口元の笑みを深くする。

 そんな二人を見て、セシルはただただ唖然とするばかり。

 

 『シカシ、何処ガ"トライデント"ダ? アレデハ"ランス"ダガ……』

 

 顎で機体を指し示すと率直な感想を述べるカリグラ。

 すると、ロイドは、待ってました、とでも言わんばかりに破顔した。

 

 「セシル君。見せてあげて」

 「はぁ……分かりました」

 

 二人のやり取りに付いて行けなくなりつつあったセシルは、切り替えるかのように溜息を一つ吐くと声を張り上げる。

 

 「総員傾聴ッッ!!」

 

 格納庫内に響く声。

 それまで彼等を横目に黙々と作業をしていた技術者達の手足が一斉に止まる。

 彼等彼女等の視線を一身に受け、セシルは再び口を開く。

 

 「今から起動させます。データのバックアップを取るように!」

 

 技術者達は再び慌ただしく動き始めた。それを不思議に思ったカリグラはロイドに問う。 

 

 『ドウイウ事ダ?』

 「この機体は起動時に大規模な電波障害を発生させるんだよ。内蔵してる高出力のレーダーとコアルミナスが過干渉を起こすからなんだけどね。一度、作業中に起動させちゃってデータが吹き飛んだ事もあったからさ」

 『電磁波ノ類カ? 身体ニ悪ソウダナ……』

 「ほんの2~3分の事だし。まぁ、大丈夫でしょ」

 

 根拠無き言葉を発したロイドに対しても、逸る気持ちが勝ったのか。

 仮面の下でライは顔を顰めるに留めた。

 やがて全技術者からのバックアップ完了の知らせを受けたセシルが、機体の足下に設置してあるコンソールパネルに指を走らせると、機体より発せられた小気味良い電子音が格納庫内に響き渡る。

 

 「起動しました。続いて、指揮形態に移行します」

 

 次の瞬間、硬質な金属音が発せられた。

 発生源はトライデントの頭部に有る一本角。それが勢い良く三叉に分かたれた為だ。

 

 『成ル程、コレガ……』

 

 それを仮面越しに認めたライは納得した様子で呟いたが、次の瞬間、彼は思わず目を見張る。

 トライデントの双眸が蒼から紅に変わったからだ。

 

 「データリンク完了。システム異常無し。トライデント、形態移行完了しました」

 「今は、このアヴァロンのメインシステムとデータリンクしてる」

 

 補足説明を行うロイドを横目に、彼は紅く変化した双眸を見つめながら問う。

 

 『……当然、理由ガ有ルノダロウナ?』

 

 その最もな問いにロイドは、まぁね、と前置きした後、再び口を開く。

 

 「君が望んでる複数の大部隊への指揮を一度に処理出来るような演算能力。それを可能とするのは一つだけ。ドルイドシステムっていうんだけど。君にはそれを扱えるだけの適性(ドルイド適性)がある。まぁ、それだけなら機体に積めないこともないんだけどねぇ」

 『デハ、何故ダ?』

 

 ガウェインという前例を思い起こしながら、ロイドは滔々と語る。

 

 「予算の関係で、小型化にはまだ至っていないんだよ。だから、そのまま積むには機体の大型化は避けて通れない。序でに言うと円滑な作戦遂行の為には、情報処理と操縦を分けておいた方がいい。つまり、その場合の理想は複座式。でも、君の要求は単座式でしょ? だから、これには新たに開発されたウァテスシステムを積んでる。でも、それだと要求スペックには届かない。だから――」

 『不足スル情報処理能力ヲ艦船ノ"システム"ニ並列処理サセルト言ウ訳カ』

 「そういう事。併せる事でドルイドシステム並みの処理能力の実現に成功したってわけ」

 

 ニヒルな笑みのままロイドは短く首肯したが、急に神妙な面持ちになると言葉を紡いだ。

 

 「そこで一つ。胸部部分への被弾には注意してね。この機体の心臓部とも言えるウァテスシステムに長距離識別レーダ(SPYレーダー)とESMを内蔵させてるから。ここが損傷したら指揮どころじゃ無くなるよ?」

 『分カッタ。ソレデ? ソノ"レーダー"ノ有効範囲ハ?』

 「最大で約250kmですが、艦船のシステムと組み合わせる事でそれ以上の索敵能力を発揮出来ますし、有効範囲を10kmまで狭めれば兵士の顔まで識別可能な精度を確保出来ます」

 『確カニ最重要部位ダナ』

 「システムが複雑過ぎて、完全に扱える人間が居るのか疑問だけどねぇ」

 

 セシルとロイドからの説明を受けたカリグラは質問を変えた。

 

 『個別戦闘ニ関シテハ?』

 「コンセプトは指揮官機なんだけどねぇ……」

 

 ロイドはやや肩を竦めた後、告げた。

 

 「まぁ、いいや。遅れは取らないね。でも、指揮形態のまま近接戦闘は行わないでね」

 『何故ダ?』

 「併用した場合のエナジー消費量が尋常じゃないんだよ。10分も戦えば空っぽになる」

 

 カリグラは腕を組むと思慮に耽る。

 やがて、彼はとんでもない事を言いだした。

 

 『"ブレイズ・ルミナス"ハ取リ外セルカ?」

 「はっ?」

 「本気?」

 

 唖然とするセシルと瞳を細めるロイド。

 

 『ドウダ?』

 「拒否するよ」

 『……要請シテモ良イガ?』

 「ますます嫌になったよ」

 

 剣呑な空気を醸し出す二人を前に、セシルは狼狽する事しか出来ない。

 すると、ロイドはそんな彼女に意味深な視線を向けると言った。

 

 「セシル君、装備換装まで3日以内に終われるかなぁ?」

 「いえ……無理です。再調整も必要ですから1週間は掛かります」

 「だってさ」

 『阿吽ノ呼吸ダナ。分カッタ。兵装ハコノママデ良イ』

 

 カリグラは愉快気に双肩を揺らした。

 勘づかれていることを察したセシルであったが、不問とされたことにホッと胸を撫で下ろすと、ロイドも普段の面持ちに戻る。

 

 『シカシ、胸部ノ件トイイ急所ガ多イナ』

 「それは君の理想が高過ぎるんだよ」

 「ロ、ロイドさん!」

 「ん? 何か間違った事言った?」

 

 一件すれば非難とも取れるロイドの発言に意趣返しかとセシルは慌てた。

 しかし、当の本人は皆目検討がつかないといった素振りのまま。

 ロイドは呆れる彼女を余所にカリグラへと向き直る。

 

 「指揮能力や索敵能力を特化する為に性能の大部分をそこに持って行ってるんだよ? 同時に個別戦闘でも圧倒しろってのがそもそも無茶な話だもの」

 『ダガ、オ前ハ遅レハ取ラナイト保証シタ。ソレヲ可能ニシテイル絡繰リハ?』

 「君の実力も理由の一つだけど、コアルミナスと機体各所に使用しているサクラダイトの含有量。その比率は現行のKMFの中では最も多いからね。つまり、現存する機体の中では最高の出力を誇ってる。勿論、多ければ良いってもんじゃないよ。そこは――」

 『製作者ノ腕ガ物ヲ言ウ?』

 

 ロイドの言葉を遮ったカリグラは値踏みするかのように仮面を向ける。対するロイドは口角をやや吊り上げて見せた。

 

 「そういう事。えぇと、他には――」

 「私のエナジーウィングですねッ!」

 

 喜色満面。セシルの声が周囲に響いた。

 

 「はいはい、そうですね」

 

 ロイドが少々拗ねた様で口を尖らせると、それまで一歩引いていたセシルが胸を張って前に出る。

 すると、不承不承といった様子でロイドは語り始めた。

 

 「エナジーウィングの機動性能は既存のフロートユニットとは一線を画す程。絶対の制空権を与えられてると言ってもいいね」

 『シカシ、実戦投入ガ成サレタ事ハ一度モ無イデハ無イカ。机上ノ空論デハ?』

 

 ロイドの賞賛混じった説明を誇らしげな笑みを浮かべながら聞いていたセシルに冷や水を浴びせ掛けるカリグラに対しても、彼女が笑みを崩す事は無かった。

 が、その顳顬(こめかみ)にはうっすらと青筋が浮かんでいた。

 それを横目に見たロイドは表情を強ばらせると咄嗟にフォローに回る。

 

 「い、今はね。でも、間違い無いと言ってもいいよ」

 『マァ良イ。乗レバ分カル事ダ……』

 

 ロイドの狼狽を余所に、再び眼前の機体を見上げたカリグラはポツリと呟いた。

 

 『短期間デ良ク造ッタモノダ』

 「あれぇ? 褒めてるの?」

 『単ナル感想ダ』

 

 ニヒルな笑みを浮かべるロイドを軽くあしらうも、当の本人は表情を改める事無くカリグラと同じように機体を見上げた。

 

 「マリーベル皇女殿下のところに納めた新型を造ったラインがまだ使えたからねぇ。それに、そもそも開発計画は昔から有ったから」

 

 ロイドの言葉にカリグラは僅かに首を傾げて続きを促すと、その役目をセシルが買って出た。

 

 「以前より指揮官機を含む次世代機の開発計画は進められて来ました。トライデントはその初期に考案されたものです。ただ……」

 「スペックを最大限発揮出来る適正(オールS)を持つパイロットは当時に於いては皆無。製造コストも浮遊航空艦二隻造った方がマシって理由で計画は頓挫。その後に僕のランスロットが注目された。当然だけど」

 「最終的にはシュナイゼル殿下の後押しもあり、ランスロットをベースにした今の次世代機の量産が始まりました」

 

 彼等のパトロンとも呼べる男。

 シュナイゼルの名前が出た瞬間、仮面の下でライは柳眉を僅かに逆立たせた。

 が、それに留めると、紅く変化した双眸を見つめながら言葉を紡ぐ。

 

 『幻ノ機体ト言ウ訳カ、世代ハ?』

 「計画された当時は第5世代が主流だったけど、性能としては第9世代寄りかな。当時としても、規格外の怪物だね」

 『シカシ、ソノ怪物デサエ至ラナイ……第9世代トハ一体ドレ程ノ物ニナルノダロウナ』

 「ンフフ、興味有る? だったら、その為にもエナジーウィングのデバイサーを頑張って貰わないとねぇ」

 『………………』

 

 ロイドの要望にカリグラが沈黙でもって答えると、訪れる静寂。

 やがて、徐にカリグラが口を開いた。

 

 『角モソウダガ、瞳ノ色ガ変ワル……面白イ趣向ダナ』

 「あぁ、それ? 皇帝ちゃんの指示だったんだよね」

 

 あっけらかんと告げられた言葉に、思わず瞳を見開いたライは慌てて仮面を向けた。

 

 『何ダト?』

 「あれ? 聞いてなかった? これの開発資金を出したのは――」

 「皇帝陛下自らお出しになられました」

 「頼めば幾らでも予算が下りて来るんだもん。オマケに人員も選り取り緑の使い放題。ホント、潤沢過ぎて逆に怖いくらいだったよ」

 『………………』

 「あの……カリグラ卿?」

 

 微動だにしないカリグラを不思議に思ったセシルは恐る恐るといった様子で尋ねると――。

 

 『クハハハッ!』

 

 突如として格納庫に哄笑が響き渡る。

 やがて、呼吸を整えたカリグラは双肩をやや震わせながら言った。

 

 『陛下ノゴ期待ニ沿ワネバナ』

 

 そうして再び機体を見上げ、仮面の下で射抜かんばかりの視線を機体に浴びせていると、その右肩にロイドが手を置いた。

 

 「ところでさ。出発が延びた訳だし、暫く手持ち無沙汰じゃない?」

 『ソレガ?』

 

 それを不快そうに手で払うも、ロイドは全く気にしていないのか、喜悦の笑みを浮かべると言った。 

 

 「ちょっとシミュレーションして行かない? こっちとしては、データも欲しいしさ」

 『……良イ考エダナ』

 

 一瞬の思考。

 しかし、シュミレート事態は嫌いでは無かったライは、暇潰しにはなるか、と思ったのだろう。

 次の瞬間には同調していた。

 

 「決まりだね。じゃあ、セシル君。準備よろしく~」

 「はい」

 

 その後、次から次へと敵機が湧き出て来るシュミレーションに、心身ともに疲れ果てたライは自身の決断を心底後悔する事となった。

 しかし、その対価として彼は新たな戦術を見出す。

 後にロイドが【フィンブルロアー】と命名する最悪の戦術を。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 枢木スザクの復学祝いより翌日の夜。私立アッシュフォード学園。

 人気の無い機情の地下施設には、背もたれに身を預けると頬杖をつきながら剣呑な表情を浮かべるルルーシュの姿があった。

 彼は、もう片方の手に持ったチェスの駒の角で机の上に置いた盤上を一定のリズムで打ち鳴らしている。

 彼の正面には真新しいモニターがあり、そこには緑髪の女、C.C.が映っていた。

 

 『卜部から報告があった。ニイガタでの物資受け取りは上手くいったらしい』

 「そうか……」

 

 作戦が無事に終了したというのにも関わらず、ルルーシュはさして喜ぶ素振りを見せなかった。

 一方、その理由を百も承知であったC.C.は咎める事を控えているのか、相変わらずの態度で問う。

 

 『しかし、この総領事館に戻る方法が無いが?』

 「だろうな。だが、それについては問題無い。既にラクシャータ達が中華連邦を発った。卜部達には、ニイガタ沖で合流するように伝えておけ。座標は後で送る」

 『分かった』

 

 端的に返したC.C.は、学園での戦利品でもある黄色い人形を抱き締める。

 

 『それで? この後の予定は決まっているのか?』

 「ナナリーを取り返す以外に何がある。このまま手を打たなければ、昔の様にまたナナリーが政治の道具に……」

 『歩けず、目も不自由な少女。駒として使い捨てるつもりかな?』

 

 C.C.の歯に衣着せぬ発言に、ルルーシュは激昂すると手に持った黒のキングを握り潰さんばかりに力を込める。

 

 「そうさせない為に俺は行動を起こした! その為の黒の騎士団だ! ナナリーの為のゼロなんだ!」

 『それがお前の生きる理由である事は知っている。しかし――』

 「俺はナナリーが幸せに過ごせる世界を創る! その為にもブリタ二アを破壊する!!」

 

 怒気を孕んだ口調で断言したルルーシュは、黒のキングを盤上に叩き付けるとモニターを睨み付ける。

 

 「ナナリーを攫ったのはV.V.とかいう奴だと言ったな。居場所は分からないのか!」

 『アイツは嚮団の嚮主だ。居るとすればそこだろうさ。しかし、嚮団は一定の周期で拠点を変えることを常としているからな。今は何処を拠点にしているのかは不明だ』

 「嚮団?」

 

 初めて聞く単語にルルーシュは怪訝な表情を浮かべた。

 

 『ギアスの能力者を生み出し研究している組織さ。しかし、同時にV.V.はお前の父、ブリタ二ア皇帝シャルルの最初の同志でもある』

 「同志?」

 『嘗て、二人は誓った。神を殺し、世界の嘘を壊そう、と……』

 「それは何かの比喩か?」

 『……さぁな』

 

 答えるまでの僅かな間をルルーシュは見逃さなかった。

 それはC.C.が何かを知っている時に見せる反応だという事も薄々ながら理解していた。

 尤も、問うた所でまともに答える事が無いという事も重々承知しており、問い詰めるだけ無駄だと悟ったルルーシュは話題を切り替えた。

 

 「V.V.にはいずれ報いを受けさせてやる。だが……まずはナナリーだ」

 『奪還は確定事項という訳か』

 「あぁ、航行ルートも既に手に入れている」

 

 さも当然の如く鼻を鳴らすルルーシュに対して、C.C.は僅かに身を乗り出すと詮索するかのような眼差しを向けた。

 

 『機情の長とやらはどうするつもりだ?』

 「ロロやヴィレッタから必要な情報は得ている。例えば、奴はこちらから報告を上げない限り、定時以外に連絡して来る事は無い、とかな」

 

 不敵な笑みを浮かべるルルーシュ。だが、C.C.が表情を崩す事は無かった。

 

 『そんなに単純な存在か?』

 「万一に備えて当日はヴィレッタをここに張り付かせる。連絡が有ったとしても問題は無い。条件はクリアされている」

 

 ルルーシュは、抜かりは無いと言わんばかりに胸を張ってみせた。

 対するC.C.は、そうか、とだけ言うと、短く息を吐きその身をソファーに沈める。

 ルルーシュはそんな彼女の仕草が少々気になった。

 

 「何か言いたそうだな?」

 

 その問いに、C.C.は黄色い人形を抱いた腕に悟られぬ程度の力を込めると問う。

 

 『以前、お前は言っただろう? 気になる存在だ、と。それで? 見た感想は?』

 「気になるのか? 魔女らしく無いな」

 『ルルーシュ、はぐらかすな。どうだった?』

 

 問い掛けるC.C.の瞳は笑っていた。

 心中を見透かされているように思えたルルーシュは、歯噛みしながらも口を開く。

 

 「…………ライである筈が、無い……」

 

 そんなルルーシュの様相を見たC.C.は、不意に形の良いその唇に微苦笑を湛えた。

 

 『まるで願い事のように聞こえるぞ? 魔王らしく無いな』

 

 C.C.の鸚鵡返しを不愉快に思いながら、ルルーシュは拳を握り締める。

 

 「確かに、機情に長官ポストが新設されたのはあの戦いより後だ。ライの消息が途絶えた時期と近いものがある」

 『なら、尚更だ。そいつの素顔が分からない以上、疑ってかかるべきでは?』

 

 C.C.の指摘はもっともだったが、ルルーシュは一瞬苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた後、俯きがちに言う。

 

 「……予想以上だった」

 『何?』

 「以前、ライが見せた雰囲気とは比べものにもならない程の威圧感。それに、あの冷酷過ぎる性格……」

 『お前の予想を超えていたという訳か……だが、そうでなくては狂気の王とは呼べまい?』

 「あいつの悪口は止せ!!」

 

 顔を上げたルルーシュは再びC.C.を睨み付ける。が、批難の視線も何のその。

 C.C.は普段の捉え所のない表情に切り替えると言った。

 

 『悪口では無い。歴史的な評価だ。お前が教えてくれたんだぞ? 尤も、ブリタ二アでは英雄だったな』

 「機情の本部があるのはそのブリタニア本国だ。今はまだ彼奴がライかどうか確かめる……その術が無い」

 『だから今はこのままで良いと? それは只の逃げだ。ルルーシュ、お前の目的にはブリタニアの破壊も入っているんだろう? このままでは、何れは否が応にも対峙するハメになるぞ?』

 「っ!!」

 

 ルルーシュは言葉に詰まるが、C.C.はお構いなしとばかりに捲し立てる。

 

 『その時に確かめれば良いなどと考えているのなら、愚鈍にも程がある』

 「…………」

 『その上で聞くが、もし、仮にそうだった場合はどうする? 戦えるのか?』

 「……ライは友達だ……」

 

 C.C.の執拗な問いに、ルルーシュは遂に本心を吐露した。しかし、それでもC.C.は追求の手を緩めなかった。

 

 『甘いな。その甘さが命取りになった事を忘れたのか?』

 

 そう前置きすると、C.C.は嘲笑の気配を漂わせながら思い出したかのように語る。

 

 『白兜のパイロットがスザクだと分かってからも、機会など幾らでもあったというのにお前はギアスを使わなかった。いや、そういえば随分と遠回しに説得はしていたな。無駄に終わったが……』

 「お前という奴はっ!!」

 

 ルルーシュはバンッ!と両手を机に叩き付けると立ち上がる。対するC.C.はしたり顔。

 

 『だが、結果はどうだ? 嘗ての友はお前を売り……今やナイトオブラウンズだ』

 「そんな事は分かっている!!」

 『いいや、お前は何も分かっていない。もし、その仮面の男がライだったとしたら? 冷酷非情と伝えられる頃の性格に戻っていたらどうする? そんな気構えでは確実に殺されるぞ? 私はお前に死なれるのだけは困る。それを忘れるな』

 「…………」

 

 C.C.はルルーシュの言葉を待つかのように口を噤む。

 暫しの沈黙の後、ルルーシュは口を開いた。瞳に並々ならぬ決意の色を滲ませて。

 

 「戦おう」

 『討つのか?』

 

 よもやこれ程早く決断するとは思っていなかったC.C.は瞳を丸くする。

 が、ルルーシュは鼻を鳴らすと否定した。

 

 「有り得ないな」

 『……そうか、捕縛する気か』

 

 ルルーシュの意図に気付いたC.C.は、納得しつつも剣呑な表情を浮かべると問う。

 

 『その任に当たる者達は、一歩間違えれば全員死ぬ事になるな』

 「ギアス、か……」

 『お前の時のように忘れさせられている可能性もあるがな』

 

 自身の懸念する所を告げたC.C.に対して、ルルーシュは頭を振ると意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

 「手駒とするなら忘れさせるメリットが無い……あの男ならそう考える。だが、お前にギアスは効かないだろう?」

 

 その問いには、流石のC.C.も苦笑した。

 

 『やはりそう来たか。だが、私一人では無理だ』

 「10秒程度動きを止めてやれば、お前でも可能だろう?」

 『ほぅ。どうやって?』 

 

 ルルーシュはその問いに対しては何も答えなかった。ただ、口元を釣り上げるのみ。

 一方、その仕草にどうやら策はあるようだと判断したC.C.は、それ以上の追求を控えた。

 

 『まぁ、いい。それで? 万事上手くいったとして、その後はどうする?』

 「今更だな。記憶を取り戻す以外に何をすると思ったんだ?」

 

 ルルーシュが、さも当然とでも言わんばかりに胸を反らすと、C.C.は逆に哀れむかのような視線を送った。

 

 『ほぅ、どのように取り戻す?』

 「待て……俺の時のような事は出来ないのか?」

 『さて? それはどのような事だ?』

 「お、お前っ!!」

 

 ルルーシュは狼狽した。

 そんな彼を尻目にC.C.は妖艶な笑みを浮かべてみせる。

 

 『フッ。何をそんなに焦っている? これだから童貞坊やは――』

 「黙れ、魔女!! それよりも……どうなんだ?」

 

 ルルーシュは一喝するが、その後に続いた言葉は何処か縋るかのような響きを含んでいた。

 C.C.は暫し黙り込んだ後、視線を逸らすと言った。

 

 『あれは私が持っていたお前の記憶を流し込んだに過ぎない』

 「ライの記憶は?」

 『あいつとはああいった接触は行っていないからな』

 

 そこまで告げると遂に意を決したのか。C.C.はルルーシュに向き直ると――。 

 

 『持っていない』

 

 何時になく真剣な眼差しで告げた。

 自身の目論みが瓦解する音を聞いたルルーシュは呆然とする。

 

 「ライを取り戻しても……記憶は取り戻せない?」

 『私の方でも引き続き方法は考える。だが……』

 「覚悟は必要だと?」

 『………………』

 

 今度はC.C.が何も答えなかった。ルルーシュは唇を噛み締める。

 静寂。

 しかし、それを打破したのはルルーシュだった。

 

 「そこにカレンは居るか?」

 『隣の部屋で待機している』

 「呼んでくれ」

 

 その頼みに、C.C.は思わず剣呑な表情を浮かべた。

 

 『告げる気か?』

 「詳細は控えるが、カレンには知る権利がある」

 『………………』

 

 見つめ合う二人。先に口を開いたのはC.C.だった。

 

 『……分かった』

 

 諦めたのか納得したのかは定かでは無いが、C.C.は了承の言葉を紡ぐと人形をソファーに残し席を立つ。

 暫しの間が空き、スピーカーが遠くの方で何事か話し合う二人の声を拾う。

 それからまた間が空き、ルルーシュが黄色い人形に見飽きた頃、モニターには背後にカレンを従えたC.C.の姿が映った。

 C.C.は画面の左端に座ると再び黄色い人形を抱き締める。

 カレンは先程までC.C.が座っていた場所に腰掛けると、画面に映るルルーシュを見据えた。

 

 『話は終わったの?』

 「あぁ」

 『用件は? 私も貴方に聞きたい事があるから手短にお願い』

 「ライに関する事だろう? こちらの用件もそれだ」

 『見つけたの!?』

 

 カレンは身を乗り出すとモニターに詰め寄った。

 その逼迫した表情にルルーシュは及び腰になる。

 

 「い、いや。まだだ……」

 『……そう』

 

 肩を落としたカレンはソファに座り直すと俯いた。

 

 「済まない……」

 『うぅん、私こそごめんなさい。探してくれてるのにね』

 

 顔を上げたカレンは精一杯の笑みを浮かべた。

 

 『感謝してるわ……ありがとう』

 

 ルルーシュは、予想だにしなかった言葉に困惑しながらも胸を痛めた。最も、それを面に出すような事はしなかったが。

 しかし、そのせいで話すべき事を失念してしまう。

 ルルーシュが必死に思い起こそうとしていると――。

 

 『私には何も無いのか?』

 

 憮然とした表情のC.C.が口を開いた。

 時間稼ぎなのか本心なのか分からないが、カレンの意識はC.C.に向く。

 

 『あんたにも感謝してるわ、C.C.。ありがとう』

 

 驚くべき事に、カレンはC.C.にも礼を述べた。

 が、ルルーシュと同じく予想していなかったのか。C.C.はそれまでの態度を忘れてしまったのか瞳を丸くした。

 しかし、その態度には流石にカレンの表情も曇る。

 

 『何よ、その顔』

 『……なに、意外だったのでな』

 『前言撤回した方がいいかしら?』

 『いや、感謝されるのは気分がいい』

 

 C.C.はそう答えると僅かに口元を綻ばせた。

 呆れたカレンが口を開こうとすると――。

 

 「そろそろ良いか?」

 

 考えが纏まったルルーシュが口を開いた。

 ハッとなったカレンはモニターに向き直ると、ルルーシュの真剣な眼差しが彼女を出迎えた。

 

 「ライに繋がる情報は、未だ見つかっていないのは事実だが………」

 『言って、ルルーシュ。どんな些細な事でもいいの』

 「ブリタニアに一人、妙な男が居る」

 

 ルルーシュの発言を聞いたC.C.は気取られぬ程度に一人眉を顰める。 

 一方で、カレンは露骨に顔を顰めると問う。

 

 『妙な男?』

 「銀色の仮面を被った男だ」

 『ゼロにそっくりだそうだ』

 

 C.C.の補足にカレンは瞳を瞬かせた。

 

 『名前は?』

 「カリグラ……機密情報局長官、カリグラ。最も、名前かどうかは疑わしいが」

 『カリグラ……』

 

 視線を落とすと自身に言い聞かせるかのようにその名を呟くカレンの姿にルルーシュは胸騒ぎを覚えた。

 

 「そいつが居るのはブリタニア本国だが。いいか、カレン。これだけは言っておくぞ?」

 

 そうして一旦会話を区切ると、ルルーシュは剣呑な表情を浮かべる。

 

 『な、何よ?』

 

 困惑するカレンに向けてルルーシュは釘を刺す。

 

 「絶対に独断専行するな」

 

 しかし、カレンは一瞬呆気にとられた後、微苦笑を浮かべた。

 

 『その男が居るのはブリタニア本国なんでしょ? 手が出せる訳――』

 「カレン。約束してくれ」

 

 言葉を遮ると何時に無く真剣な眼差しを向けるルルーシュ。

 カレンは少々気圧されつつも、そんなルルーシュの態度が気になったのか。

 

 『わ、分かったわよ。でも、どうして?』

 

 カレンが問うと、彼女の疑問に答えたのはC.C.だった。

 

 『こいつは心配しているのさ』

 『心配?』

 『何でも、相当に凶暴な奴らしい。こいつが密かにライでは無い事を祈る程だからな』

 「C.C.!!」

 『何だ? 事実だろう?』

 「お前という奴は……」

 

 ルルーシュは眉間に手を当て苦言を呈した。

 その後、二人は普段と同じように犬も食わない口論を始めた。

 そんな二人の言い争いを聞き流しながら、カレンはルルーシュより告げられた男の名を今度は胸の内で反芻する。

 

 ――カリグラ……機密情報局の……。

 

 ライとのファーストコンタクトまで……後3日。




ここまでお読み下さりありがとうございました!
次も頑張ります!
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