結納当日、某所にて。
ライは今日に至るまでに起きた様々な出来事を思い浮かべながら、ふと鏡に写った自分の姿を眺めていた。
扇達には、よく似合ってると笑顔で言われたが、不意に玉城に言われた言葉を思い出す。
「おぉっ! 似合ってんじゃねーか! そういや毎年の成人式にはお前みたいな奴を良く見たよなぁ」
すると、近くで話を聞いていた振袖姿の井上が、コメカミに青筋を浮かべながら笑顔で玉城の耳を引っ張ると何処かに連れていってしまった。
ライはそんな先程の出来事に小さく笑うと、改めて鏡に写った自分の姿を見つめる。
袴というのを初めて着たというのに、何だか心が落ち着くような感じがしたのだ。
己の体に流れるもう半分の血、日本人としての血がそうさせているのだろうか。そう考えると、記憶を思い出した事も辛いことばかりじゃないなと、ライが感慨深げに眺めていると背後の扉が開いた。
「あぁ、こちらに居られたのですか」
振り返ったライの視線の先には、ビデオカメラを担いだディートハルトの姿があった。
今日はよろしくお願いします、と頭を下げるライ。
対するディートハルトは手を振ると、興奮した面持ちで語る。
「止してください。これは私の使命なのです。ゼロが歴史そのものならば、あなた方二人は言わば未来そのもの。そんなお二人の門出となる日を記録出来る。これほどの名誉は、ゼロの事を除けばまずありません」
しかし、ライはそんな彼の様子を見て僅かばかりの後悔と罪悪感に苛まれて顔を伏せる。
同時にちょっとした不安が胸中に湧く。
ディートハルトは、ギアスに掛かりながらもゼロの事は片時たりとも忘れていない。陶酔していると言っても過言ではない。彼にとってはゼロが全てであり、そのためならば何であろうと行うだろう、と。
だが、ライは既にギアスを掛けてしまった。
今の彼には、それが悪い方向に向かう事が無いように祈る事しか出来ない。
一方で顔を伏せたままのライを不思議に思ったのか、ディートハルトが問い掛ける。
「どうかされましたか?」
「いえ、何でもな――」
ライが顔をあげると、目の前には既にカメラを回しているディートハルトの姿があった。
「……何をしてるんですか?」
「何と言われましても、全力で撮影しているのですが、何か?」
心外だとでも言わんばかりのディートハルト。
ライは改めて問い掛ける。
「それは分かるんですが、まだ結納は始まっていないんじゃ」
「甘いですね。これは一種のshowなのですよ。あなたはミュージックビデオなどご覧になった事は無いのですか? 楽屋裏とか撮られてるでしょ?」
「いや、僕はミュージシャンでは無いんですが……って、まさか、ここに来てからずっと撮ってたんですか?」
「はい。皆さんの自然な姿が欲しかったので隠し撮りさせて頂きました。後々編集しますがね。いやはや、腕がなりますよ」
その言葉にライは思わず声を荒げた。
「待って下さい!! 隠し撮りですって?」
ライは何かの聞き間違いかと思い聞き直したが、返ってきたのは「はい」という実に簡潔な返事だった。
「お二人が会場に到着される前に、至る所にカメラを設置させて頂きました」
「至るところって、あの、もしかしてこの部屋にも?」
「当然です。人間、着替えの時こそ一番無防備になりますからね」
ディートハルトは特に悪びれる様子もなくそう告げると、似合わない笑顔を浮かべた。
ライの頭の中で、次から次へと恐ろしい考えが浮かぶ。
「待って下さい! もしかして、カレンの部屋にも?」
「当然でしょう? 今日はお二人の門出の日なのですから。あなた一人では意味が無い」
「なっ!?」
ライは絶句した。
それと同時に彼の脳裏には、右手を向けて憤怒の表情を浮かべながら歩み寄って来るカレンの姿が過ぎる。
ライは思わず体を震わせた。
しかし、ディートハルトはまるで意に返さず言葉続ける。
「ですがご安心下さい。彼女の部屋の様子については、編集作業は井上君とラクシャータ以下、女性隊員のみで行いますので」
「そういう問題ですか!? 隠し撮りなんて綺麗な言葉を使ってますけど、要は盗撮でしょう? 犯罪では!?」
全くフォローになっていないディートハルトの言葉を聞いたライは、沸き上がる頭痛と必死に戦いつつも彼の行動を咎めるが、まるで効果が無い。
それを証拠にディートハルトはやれやれといった様子で頭を振る。
「やめて下さい。メディアにいた時も視聴者からそういった苦情は散々受けましたから。いい加減耳にタコが出来ますよ。兎に角、私は妥協する気はありません。私の中の何かが命じるのですよ。この結納を全力で撮れ!と。では、私はこれから出席者の方々へ一言頂きに回りますので」
そう言い終わると、足取り軽くディートハルトは部屋を後にする。
茫然と見送ったライは扉が閉まる音と共に我に返ると、この時になってギアスを掛けた事を心の底から後悔した。
しかし、同時に止める手段を思いつけないでいた。
己から言っても、まるで効果が無かったからだ。
だが、彼が心酔するゼロであればどうか。
そう考えたライは、ゼロに頼むべく彼の部屋に向かった。
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コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ 前日譚 紅と蒼の契り(中編)~
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ゼロの控室の前に着いたライは扉を叩く。
「ゼロ、僕だ。ちょっと頼みたい事が――」
「何だこれは!?」
扉の奥からはゼロの驚嘆するような声が響き、ライは何事かと思い再度扉を強く叩く。
「どうしたんだ!? ゼロ!!」
「ああ、ライか!? 良い所に来てくれた! 今は一人か?」
「そうだ。何があったんだ?」
「待ってくれ、今開ける」
その声と共に扉が開く。
ライが部屋に入ると、仮面を取り眉間に皺を寄せたルルーシュが迎えた。
「これを見てくれ! C.C.に任せたらこのザマだ!」
怒り心頭といった様子で、ルルーシュがライに詰め寄る。
何事かと思ったライは、次の瞬間全てを理解した。
ルルーシュも己と同じく紋付き袴を着ていたが、問題は袴に付いている家紋だった。いや、最早それは家紋などでは無かった。
本来、家紋がある箇所にあったのは、愛くるしい寝顔を称えた黄色い顔だったからだ。
思わず顔を背けるライ。
「笑うなっ!」
不愉快だと言わんばかりの口調でルルーシュが咎めると、ライは「済まない」と詫びた後、改めてそれを見る。
「これは確かに酷いな」
「何を言っているんだ? 羨ましいぞ。坊やには勿体無いぐらいだ」
その言葉とともに、部屋の奥からは紺色に染め上げられて所々に桜の花柄が描かれている着物に、赤い帯を結んだ着物姿のC.C.が現れた。
C.C.の着物姿を初めて見たライではあったが、中々どうして良く似合ってるとの感想を抱く。
しかし、同時にライの脳裏には一つの疑問が浮かんだ。
「振袖じゃないのか?」
「振袖なぞ小娘の着るものだ」
あっけらかんと語るC.C.を余所に、先程会った井上の姿を思い出したライは、咄嗟にこれ以上の問い掛けは控えるべきと判断した。
一方で、ルルーシュにとってはC.C.の着物姿はこの問題の前ではどうでも良いらしく、問題の箇所を指差して咎めるような口調で迫る。
「羨ましいと思うのはお前ぐらいだ! 大体何なんだこれはっ!?」
「チーズ君だ」
「そんな事は知っている! よりにもよって何故これにしたのかと聞いているんだ!」
「何を今更。私はあの時言ったはずだぞ? 誰でも知ってる素晴らしい図だとな」
C.C.は、一体何が不満なのか分からないとでも言いたげに首を傾げるが、その仕草がルルーシュには我慢ならなかったのか、彼は珍しく言ってはいけない言葉を口にした。
「ふざけるなっ! こんな絵の何処が素晴らしいんだ!!」
「チーズ君を馬鹿にしてるのか?」
急に底冷えするような口調に変わったC.C.が問い掛けるが、今のルルーシュに効果は無い。
「こんな物! ゼロに相応しいとでも思っているのか!?」
二人の言い争いを眺めつつも、ライにはルルーシュがここまで怒る理由が良く分かっていた。
C.C.はピザを買う為にルルーシュの目を盗んではカードを使っていた。
目に見えて減っていく彼の預金残高。
何事にも計画的に行動するルルーシュにとって、それは耐えられるものではなかったのだろう。
ライは、ルルーシュがクラブハウスで通帳を見ながら、軽く溜め息をついているのを何度も目撃していた。
一方で、そんなルルーシュの心情を知ってか知らずか、C.C.はピザに付いていた応募券でチーズ君を手に入れていた。
ルルーシュにとってみれば、チーズ君はC.C.と同じく己の預金を減らした共犯者であり、忌むべき相手だったのだから。
しかし、そんなことはC.C.には全く関係の無い話だった。
余程気に入らなかったのか。一層の冷気を帯びた瞳を向けるC.C.。
その時になって、初めてルルーシュはマズいと思ったのか。
「ライ。お前からも何か言ってやれ」
「はっ!?」
突然話を振られたライ。
そんな彼に射殺しかねないような瞳が向けられる。
「ライ、お前もか?」
「い、いや。そうじゃない。確かにチーズ君は誰でも知ってる。君が言う事も分かる。けど、僕はてっきり騎士団のマークを使うとばかり思っていた。ルルーシュもそう思ってた様だ。そこにチーズ君となると流石にルルーシュに同情する」
「そうだ! これではゼロとして威厳の欠片も無いだろう!」
ライが諫め、ルルーシュが抗議の声を上げる。
すると、効果があったのか。C.C.は先程とは打って変わって呆れたような瞳を向けた。
「全くワガママな連中だな。それでいいだろう?」
「いい訳があるか!」
「ここは従った方が良いんじゃないか? このままルルーシュがふて腐れていたら食事会でピザが出なくなるかもしれない」
「む……仕方がない。ならこれを着ろ」
ライの言葉が止めになったのか。
C.C.は眉間に皺をよせながら残念そうに言うと、一旦、扉の奥に消えた。
しかし、すぐに表れるとその手に持っていたのは騎士団のマークが入った袴だった。
「あるなら最初から出せ」
ルルーシュは一言文句を言うとそれを受け取り念入りにチェックした後、更衣室に消えた。
暫くして着替え終わったルルーシュは、更衣室から出ると鏡の前に立ち自分の姿を確認する。
そんな彼の姿を見たライは率直な思いを述べる。
「良く似合ってる」
「ああ、当然だ。ところで、何か用事があったんじゃないのか?」
「それなんだけど……」
ライは先程知ったディートハルトの奇行について説明した。
「という訳で、止めさせて欲しい」
「無理だな。ギアスをかけた事に対する結果は受け入れろ。そして、その上で最善の行動を取れ」
「けど、下手したらこの部屋にもカメラがあるかもしれないんだ」
「それは無い。アイツが撮りたいのはゼロであって、中身の人間には興味が無いからな」
頼みの綱だったルルーシュにそう言われてしまい、ライが肩を落としていると不機嫌そうな口調でC.C.が呟いた。
「私は呼ばれていないぞ?」
「僕に聞かないでくれ」
言った後でライは少し冷たくしてしまったと少し反省したが、それはするだけ無駄というもの。
「しかし、面白そうだな。私も参加しよう」
口元をほんの少し歪めて宣言するC.C.を見て、ライは何を言っても無駄だと悟った。
「止めても無駄なのは分かっているが、くれぐれも変な編集はしないでくれ。カレンを必要以上に怒らせたくない」
「あぁ、任せておけ。他の連中が無茶をしないように監視してやるさ」
どちらかと言えばC.C.も無茶をする部類に振り分けられるのだが、ライは敢えて口を噤んだ。
すると、二人のやりとりを見ていたルルーシュがふと時計を見ると言った。
「頃合いだな。主賓が遅れる訳にはいかないからな。そろそろ行くぞ」
ゼロの仮面を手に取るルルーシュ。
「そうだね。行こうか」
ライも応じると仮面を被ったルルーシュと共に部屋を出るべく扉に向かう。
「私は先に会場に行っておくぞ」
「先に始めないでくれ」
「当たり前だ。そんな事はしない。お前達を見ながら食べるピザの方が美味しそうだからな」
その返しにライは苦笑を浮かべるとゼロと二人で結納が行われる部屋に向かった。
◇ ◇ ◇
廊下を歩いている途中、ライは横目でゼロを見る。
仮面を被り、袴を着た彼の姿はかなり奇抜だった。
ライが、皆が見たらどんな反応をするか、と思っていると、視線に気付いたゼロが尋ねる。
『何だ? どこか可笑しな箇所でもあるのか?』
「いや、何でもない」
『妙な奴だな』
ゼロの声は少し笑っていたが、全体的に可笑しいなどとは、ライは口が裂けても言えなかった。
それから暫く他愛もない話をしなが歩いていると、部屋の前に到着した。
『着いたぞ』
ゼロはそう言って扉を開けると、部屋の中には今回の結納を取取り仕切る桐原と、ライの親族として出席する神楽耶。
そして、盗撮男もといディートハルト麾下、バイザー姿の撮影班が居た。
部屋に入ってきた二人を見た彼らは様々な表情を浮かべる。
「おお、待って……」
それだけ言うと絶句する桐原。
「まあ、正装には違いないですわ」
笑顔を浮かべてすかさずフォローを入れる神楽耶。
「素晴らしい、ゼロは何を着ても似合います」
カメラを回しながら賞賛するディートハルト。
彼らの視線の先に居るのは紋付袴に仮面を被ったゼロの姿だけ。
今、この部屋は完全にゼロに支配されていた。
『あぁ、そうだろう』
褒められて得意気な口調で答えるゼロ。
ライはちょっとした疎外感を感じつつも言葉を紡ぐ。
「すみません。遅くなってしまいましたか?」
その言葉を聞いて我に返ったのか。桐原と神楽耶が笑みを浮かべる。
「いや、丁度良い時間じゃ。しかし、よく似合っておる。なんとも凛々しい姿よの」
「まぁ、ライ様。良く似合っておいでですわ」
そんな二人とは対照的に、ディートハルトは無言でカメラを回してゼロを撮っている。
ライが二人にお礼の言葉を言った後、暫しの間、談笑していると扉が開き陽気な声を響かせた井上が入ってきた。
「お待たせ~」
井上はライの肩に肘を当てて「ライ~。あんた幸せ者よ~」と小突く。
「幸せなのは十分実感してます」
ライが苦笑しながら答えると、続いて扇が入ってきた。
「遅れて済まない」
扇は謝罪の言葉を口にすると振り返る。
「さあ、カレン。足元に気を付けてな」
扇がそう言った後に入ってきたカレンの姿を目の当たりにしたライは、言葉を失った。
カレンは普段の勝気な髪を下ろして後ろ髪の部分を結いでいた。
着物は淡い肌色を基調として、そこには色とりどりの花が描かれており、着物は袖や裾に向かうに従って肌色からオレンジ色へ。
お嬢様を演じていた時の学生服姿や、騎士団で戦士として戦っている時の姿とも全く違うカレンの姿に、ライは暫し見惚れた。
「お、お待たせ。着慣れない物着たから時間掛かっちゃって」
そう言うとカレンは照れくさそうに笑った。
「カレン、凄く似合ってる」
「ありがとう。ライも似合ってるわよ」
二人はお互いに褒めあうと、気恥ずかしそうに笑った。
「では、主賓の二人も揃った。略式ではあるが、これより始めるとしようかの」
桐原の宣言により、結納が始まった。
それからそれから。
無事に結納を終えた一行は、仲間たちが待つ昼食会場へ赴くと団員達に割れんばかりの拍手で迎えられた。
ライとカレンはお互い気恥ずかしそうに俯き加減で其処かしこから発せられる祝いの言葉に頭を下げつつ進む。
二人が高砂の席に着くと、それを見計らってゼロが立ち上がる。
『さて、先程ここにいる二人。ライとカレンの結納の儀は無事に執り行われたっ!!』
ゼロは両手を広げて高らかに宣言すると、再び歓声が沸き起こる。
その姿を見たライとカレンはお互いに苦笑する。
『食事会を始める前に、主賓より一言挨拶がある。ライ、お前の番だ』
ゼロに促されたライは席から立ち上がると軽く咳払いをした後、思いを語る。
「皆さん、本日はトウキョウでの決戦の準備もある中、僕達二人の為に時間を割いて下さりありがとうございます。先程、無事に結納の儀を執り行う事が出来ました」
そこまで言い切った後、ライは軽く息を吐く。所々から指笛や祝いの言葉が飛ぶ。
その声を聞きながら、ライが隣に座るカレンに視線を向けると、カレンは微笑みながら頑張って、と口だけを動かして勇気づける。
ライは笑顔で返すと言葉を続けた。
「この場で皆さんに一言お話しておきたい事があります。知っている人も居るでしょうが、僕には記憶がありませんでした。自分が一体何者で、何処から来たのかさえも」
会場に漣が起こる。
それもその筈。
知っているのは騎士団の中でもごく一部の者達に限られていたのだから。
「ですが、先日の神根島の一件で、記憶を思い出しました。その事は既にゼロとカレン。二人には話しています。そして、二人ともそれを受け入れてくれました。でも、今はまだ二人以外には言えません。すいません。こんな事を言う僕を信じてくれとは言いません。でも、いつかきっと――」
そう言いった所で、最前列に陣取り既に半分出来上がった玉城が割って入った。
「関係ねぇよ。お前は何にも変わってねぇじゃねーか。少なくとも、そこの仮面被ってる奴よか、信用出来るって奴も多いんじゃねーの? まあ、俺はゼロの事も信じてるけどよぉ。ギャハハハハ!」
その言葉を皮切りに、あちらこちらから賛同の声が飛ぶ。
「ありがとう、玉城さん。皆さんも」
ライはこの時初めて彼を敬語で呼んだ。
すると、呼ばれた玉城は一瞬呆気にとられるが、すぐにいつもの調子に戻る。
「今更敬語使われるのも、妙な感じだぜ」
そう言うと玉城はまた笑った。
ライは更に続ける。
「僕はカレンを愛してます。そして彼女も僕を愛してくれています。僕は彼女を護りたい。けれど、同じように皆の事も護りたい。何故なら、僕とカレンにとって、ここに居る皆は大切な仲間だから」
ライがカレンを見ると、彼女は顔を赤くして微笑みながら静かに頷いた。
それを見て会場のそこかしこから黄色い悲鳴や指笛が鳴る。
ライは少し言い過ぎたかなと思いつつ、少し恥ずかしさを抱きながら最後の言葉を紡いだ。
「長々と話してすいませんでした。今日は楽しんで下さい。ありがとうございました」
言い終わると、会場からは割れんばかりの歓声が沸き起こった。
◇ ◇ ◇
ライの挨拶の後、団員達は日頃のストレスを解消するかのように騒ぎ出した。
ライは仲間たちから祝いの言葉をかけられたり、お酒を勧められたりした結果、飲むことだけは何とか控える事が出来たが、匂いに当てられたのか。
一時、会場の喧騒から離れて一人、青空の下に出ていた。すると――。
「こんな所に居たの?」
不意に後ろから声が響いた。
ライは破顔すると振り向く。
「やぁ、カレン。会場に居なくてもいいのか?」
「あなたも居ないくせに。それに、あの分だと多分居なくても分からないわよ」
そう言うと、カレンは静かに笑った。
「それもそうだ」
ライもつられて笑う。
カレンはライの隣に並び、空を見上げる。
そんな彼女を見て、今、渡しておこうかと思ったライは袖から小さな小箱を取り出した。
「カレン。これを受け取ってくれないか?」
カレンは、僅かに頬を染めながら受け取ると「開けてもいい?」と尋ねた。
ライが軽く頷くとカレンは小箱を開けた。
中に入っていたのは、紅い宝石が埋め込まれたシンプルな銀色の指輪。
「婚約指輪となると、本当はダイヤモンドになるそうだけど、その……今の僕には手が出なくて。ごめん」
「ううん、嬉しいわ。ありがとう」
カレンは頬を上気させつつ、暫しの間それを見つめた後、左手を差し出す。
「ねぇ、付けてくれる?」
「勿論だ」
ライはカレンの左手を取ると、その薬指に指輪を填めた。
カレンは嬉しそうに見つめた後、徐に口を開く。
「じゃあ、私からもお返しね」
そう言うと、手に提げた巾着袋の中から同じような小箱を取り出した。
「ほら、受け取って」
驚くライを余所に、カレンはそう言ってライの右手を掴むと、掌に小箱を乗せる。
「開けてくれる?」
ライが言われるがまま小箱を開けると、中に入っていたのは先ほどライがカレンに贈ったものと同じシンプルな銀色の指輪。
違っているのは埋め込まれた宝石の色。それは深い海の様な蒼い色をしていた。
「これって……」
「私はライから色んな物を貰ったわ。けど、貰ってばかりっていうのも、ちょっと悔しいじゃない? だから、ね?」
そう語ると、カレンはライの左手に指輪を填め気恥ずかしそうに笑う。
「でも、まさか色が違うだけで、同じような指輪貰えるな――」
カレンの言葉は最後まで発せられる事はなかった。ライに抱きしめられたからだ。
「ちょっ、ちょっと、ライ! どうしたの?」
それは無意識下の行動だった。
そのため、カレンの言葉も今のライには聞こえない。
カレンを強く抱きしめながら、ライは深く深く想う。
初めて出来た親友と呼べる友達、大切な仲間。
そして、家族以外で初めて出来た大切な女性。
皆の存在が無ければ、恐らく記憶を思い出した時、自分は壊れていただろう、と。
耐える事が出来たのは、皆の存在があったからこそ。
そして、カレンが学園で世話をしてくれたり騎士団に誘ってくれなければ、皆と出会う事もなく、ルルーシュとこれほどまでに分かり合える事も無かっただろう、と。
――僕の方こそ、カレンから色んな物を貰ったんだ。
ライはカレンに向き直る。
「カレン、愛してる」
「私もよ、ライ」
雲一つない澄み渡った青空の元、二人はキスを交わした。
◇
だが、この時二人はまだ気付いていなかった。互いの思いが擦れ違っている事に。
二人は一歩階段を上った。そこから見える景色は以前とは違うものだろう。その景色を見れば、人は違う思いを抱くもの。
口と口で愛を交し合いながら、二人は思いを巡らせる。
――ライ、私はあなたと一緒に、いつか日本を……。
女は、男と共に祖国の解放を望み。
――カレン。僕は、君とルルーシュ。そして君の大切な人達を守る。
男は、女と親友。そしてその大切な仲間を守ると誓う。
それが後に二人の間に悲劇を招く事になるとは、当人たちはまだ知る由も無かった。
◇
結納より数日後。
近くアッシュフォード学園祭が近いにも関わらず、生徒会メンバーでもあるルルーシュとライ。
二人はゼロの部屋で来るべき決戦に向けての事前協議を進めていた。
「情報局はディートハルト。軍の重要拠点は藤堂以下四聖剣。そのサポートに各部隊を付ける」
「零番隊はどうする?」
「俺と共に行動してもらう。紅蓮は白兜を押さえる為に必要だからな。スザクが狙って来るとしたら、間違いなく――」
「なら、僕もカレンと共にスザクの前に立つ」
「その時は頼む。さて、ここまでで何か質問は?」
ライは首を横に振る。
「では、続けるぞ。スザクも厄介だが、一番の問題はコーネリア率いる親衛隊だ。それに、相手との戦力差や政庁の防衛力の事もある。奴等に籠られた場合が厄介だ」
「そうなれば、相手の援軍が来るまで……時間との勝負になる」
「あぁ、だからこそ事前に敵戦力は削っておきたい。何か案は無いか?」
問われたライは腕を組むと考え込む。
自分ならではなく、コーネリアならばどうするか、と。
ややあって、思考の海から上がったライは一つの結論とそれを逆手に取る作戦を思いついた。
「コーネリアは最初から籠城するようなタイプの人間じゃない。僕達に対して正面から迎え撃つだろう。その場合、一番備え易いのは、僕達の進行方向に対して租界外縁に部隊を配置する事。そうすれば――」
「点では無く面での攻撃が可能となる、か。益々厄介だな」
「けれど、それが命取りになる」
「何?」
そう言うと、ライは一枚の見取り図を取り出すと机に広げた。
「租界外縁の構造を見て欲しい」
瞬間、ルルーシュはライの言わんとした事を理解した。
「これは……そうか。ライ、読めたぞお前の考えが」
しかし、薄く笑うルルーシュにライは釘をさす。
「でも、これは余り薦めたくない。一般人の避難が間に合わない場合は、彼らに多大な犠牲が出る。それに、どうやって――」
「ライ、忘れたか?」
ルルーシュはライの言葉を遮り、自分の左目を指差すて、それを見たライは少しだけ顔を歪めた。
「使う気か?」
「勿論だ。それに、敵戦力を早めに潰せばこちらの被害は最小限で済む。準備は俺がやる。だが、これは最後まで伏せておく。情報漏洩の危険性は出来るだけ避けたい。が、これだけは全員に伝えてくれ。コーネリアを発見した場合は必ず生け捕りにする事」
その言葉を聞いた時、ライに兼ねてより抱いていた疑問が再燃した。
「ルルーシュ、前から聞きたかったんだが、何故そこまでコーネリアに拘るんだ?」
「……今は言えない。だが、いつか話す」
そう言うとルルーシュは軽く顔を伏せて机上の図面に目を落とす。まるで、この話は終わりだと言わんばかりに。
「分かった。じゃあ次は――」
それを見たライが、諦めて話題を変えようとした時、不意にルルーシュの携帯が鳴った。
やれやれといった様子で、携帯の画面に目を落としたルルーシュは、一瞬だけ表情を曇らせる。
どうやら重要な相手みたいだと察したライ。
「ルルーシュ。今日はもう遅い。続きは明日にしよう」
そう言うとルルーシュが頷いたのを合図にライは部屋を後にした。
ライが部屋を去った後、ルルーシュは今だ鳴りやまぬ携帯。その画面に目をやる。
そこには Euphemia と表示されていた。
◇ ◇ ◇
夜の帳が降りたエリア11。
ライはカレンを送った後、学園の門をくぐるとクラブハウスの扉を開ける。
その先、玄関ホールには一人のメイドの姿があった。
「お帰りなさいませ、ライ様」
「ただいま、咲世子さん」
メイドの名前は篠崎咲世子。
アッシュフォード家に仕えるメイドであり、ナナリーの身のまわりの世話を行うことからルルーシュからの信任も厚い。
だか、その正体は黒の騎士団の準構成員でもあり、現在はディートハルト直属の諜報員としての顔も持っているのだが、その事をライは知らない。
「先にお風呂になさいますか? それともお食事を?」
「食事は外で済ましたので、お風呂でお願いします」
「畏まりました。それと、ルルーシュ様より言付かっております。お帰りになられたらナナリー様のお部屋まで来て欲しい、と」
「分かりました」
短く頷いたライは彼女の脇を通って螺旋階段に向かう。
通り過ぎる瞬間、咲世子は小さく囁いた。
「ご婚約、おめでとうございます」
驚いたライが顔を向けると、咲世子は微笑を浮かべていた。
「ひょっとして」
「お察しの通りです。楽しく編集させていただきました」
そんな咲世子に対して、ライは苦笑で返す事しか出来なかった。
そうして、何とも言えない気分を胸に、ライは階段を登りナナリーの部屋に向かう。
「ルルーシュ、ナナリー。僕だ」
「開いてるぞ」
部屋の中からはルルーシュの声が返ってきた。
扉を開けて部屋の中に入るライを、車椅子に乗った少女が出迎える。
「ライさん、お帰りなさい」
「ただいま、ナナリー。ルルーシュも」
「ほら、お兄様。やっぱりライさんだったでしょ?」
「何の事だ?」
ナナリーのやや興奮した声色が気になったライは首を傾げると、そんな妹の様子に微笑を浮かべたルルーシュが答える。
「なに、廊下を歩く音でナナリーがライが来たと言ったんだ」
「足音で分かるのかい?」
「何となくですけど」
「それは凄いな」
ライが感嘆の吐息を零すと、ナナリーは気恥ずかしそうに俯く。
「学園祭まで時間が無い。飾り付けとしてナナリーがまた折り紙を教えて欲しいそうだ」
「いいとも。それで? ナナリーは何が折りたいんだい?」
「実は――」
その後、三人はナナリーの就寝時間まで仲睦まじく折り紙に興じた。
◇ ◇ ◇
二日後。
アッシュフォード学園祭をカレンと共に堪能していたライは、お忍びで訪れていたユーフェミアにも驚いたが、それ以上に彼が驚いたのは、そのユーフェミアから語られた行政特区日本の設立宣言だった。
隣にいたカレンは、ライの手を握り締めると茫然自失の表情のまま問う。
「ライ、これってどういう事? ブリタニアが日本を認めるの?」
「表面上の意味で言えばそうなる。けれど、裏の意味で言えば、最も効果的な手法だ」
「裏の意味? 効果的な手法って?」
「限定的に認める事で、戦わずして日本を取り戻せるという幻想を持たせる事が出来るから。それは、僕達に対する支持を奪うにも繋がる。でも……」
その時、ライが抱いたのは、作戦が無駄になるかもしれないという憤りでも無く、誰も失わずに済むかもしれないという安らぎにも似た安堵感だった。
だが、それが叶う事は無い。
王の力は彼を孤独にするのだから。
本作はライカレ至上主義です。