舌戦回です。
スザクの扱いがちょっと厳しいので、スザクがお好きな方はご注意下さい。
歓声が沸き起こる格納庫。
スザクの駆るランスロットは、まるで割れ物でも扱うかのように優しく、そっとナナリーの乗る車椅子を甲板に降ろした。
続いてその瞳より光りが消え、コックピットからスザクが姿を現すと歓声は最高潮に達した。
しかし、四方より口々に浴びせられる賞賛の声を受けているにも関わらず、スザクの表情から険が消える事は無い。
それは、
昇降機を使い床に降り立ったスザクは、依然として表情を崩す事無くナナリーの元に歩み寄る。
だが、その足は直に止まる事となった。
車椅子の後ろには、いつの間にかアーニャが陣取っていたからだ。
スザクをその眠たげな瞳で一瞥したアーニャは、ナナリーに何事か耳打ちすると、困惑する彼女の返事も待たずに車椅子を押し始める。
「アーニャ、ナナリーは俺が――」
「駄目。私の役目」
慌てて駆け寄るスザクに対して、今の彼には任せられないと判断したアーニャはキッパリと断ると出口に向かって押し始めた。
立つ瀬の無くなったスザク。
そんな彼の背中に、これまたいつの間にか陣取っていたジノがやんわりと声を掛ける。
「まぁまぁ、アーニャの好きなようにさせてやれよ。それにさ、その表情はやめろって」
そう言って、ジノはスザクの背にもたれ掛かると固まった同僚の表情を崩そうと人差し指で彼の頬を軽く突つく。
普段と変わらぬジノの行為に幾分か平静を取り戻したのか、はたまた呆れたのか。スザクはようやっと表情を緩めた。
同僚の機微を察したジノは微笑を浮かべつつ、その背から離れる。そうして、軽く背伸びをしながら何気なく周囲を見渡した。
その時、ジノは自分達に歓声を送る整備員達の後方、入り口より一番離れた位置に鎮座する見慣れぬ銀色の機体を見た。
「何だあれ? なあスザク……っておい!」
ジノは意見を求めようと向き直るも、当の本人は既に二人を追って出口に向かって歩き始めている所だった。
「なんか、前にも似たような事があったよな……」
肩を竦めると一人呟いたジノだったが、直ぐさま頭を振ると足早にその後を追った。
――――――――――――――――――――――
コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ TURN04 太平洋奇襲作戦【Part 4】~
――――――――――――――――――――――
ブリッジへと続く扉が開く。
そこを
だが、それは決して歓迎していない事を意味しない。
ブリッジに詰めている者達の多くは生粋の軍人であり、彼等は皇族に対する歓待の仕方というものを軍律に則り行っていただけに過ぎない。
その証拠に、皆一様に頭を垂れていたのだから。
やがて、一人の女性がナナリーの袂に厳かに歩み出る。セシルだ。
ナナリーの正面に立った彼女は、片膝を折ると視線を落とし、その場にいる皆を代表するべく臣下の礼を取った。
「御乗艦、光栄に存じます。皇女殿下」
儀礼めいた言葉ではあったが、その端々には柔らかい安堵の色が滲む。
そんなセシルの背後では、ロイドが相変わらずの様子で、いらっしゃい、と軽く手を振ってみせた。
「はい。お世話になります」
ナナリーは、対照的な二人の台詞が可笑しかったようで頬を緩ませた。
一方で、無礼極まりない態度の上司へ肩越しにジト目を向けながら立ち上がったセシルは道を譲る。
アーニャは小さく頷くと、再び車椅子を推し進める。
だが、ブリッジに据え付けてある椅子の横まで進んだところで、アーニャは突如としてその歩みを止めたかと思えば、次の瞬間、彼女は椅子と車椅子の間にその華奢な身体を滑り込ませる。
そうして、突然の行動に戸惑うナナリーを庇いつつも険のある口調で問う。
「どうして、ここに居るの?」
遅れて入って来た同僚二人も、セシル達への挨拶もそこそこに只ならぬアーニャの口調に何事かと足早に歩み寄る。そして――。
「「っ!!」」
彼等の眼前に居たのは、悠然と足を組み長大な背もたれにその身を委ねる銀色の仮面の姿。
それを目の当たりにした二人は言葉を失う。
対するカリグラはゆっくりと首だけを動かす。
彼の視界にはアーニャを中心として左にジノ、右にスザクといった顔ぶれが映っていた。
銀色の仮面の奥でライは、豪華な城壁だな、と内心嘲笑しながらもその内の一つ、燃え滾る右壁に照準を合わせた。
『"ゼロ"ト会ッタカ?』
開口一番。
総督であるナナリーの存在。その一切を無視した問いに、あからさまな嫌悪の瞳を向けるスザク。
ジノやアーニャも顔を顰める。
一方で彼等の背後に護られるかのように居たナナリーは、突然響いた機械音声とスザク達の雰囲気が豹変した事に一瞬肩を震わせる。
そんなナナリーの怯えに気付いたセシルは、慌てて車椅子の背後に回ると小声で告げた。
「皇女殿下。こちらへ……」
すると、耳聡くもその言葉を聞いたアーニャ。
彼女は振り返る事無くセシルに向けてたった一言「お願い」とだけ告げると目の前の存在を注視している。
だが、そんなやり取りをまるで無視してカリグラは言葉を続ける。
『ドウシタ? 会ワナカッタノカ?』
「何故此所に居るんだ……」
問うた筈が無視された事に仮面の下でライは片眉を上げるが、幸運にも彼は今機嫌が良かった。
『陛下ヨリ承認ハ得テイル』
事実のみを簡潔に伝えると、スザクは驚き振り向いた。
視線が合ったロイドは締まりのない笑みを浮かべたまま首肯。
そこにジノが口を開いた。
「君が帝都から出てくるなんてな」
『問題デモアルノカ? "ナイトオブスリー"』
「あのさ、私にはジノ・ヴァインベルグって名前があるんだけど?」
『ソレガドウシタ? "ナイトオブスリー"』
一方でアーニャはと言うと、カリグラの動きを見逃すまいとジッと注視し続けている。
だが、ラウンズ三人からの視線を一身に受けているというのに、カリグラは気圧された様子など微塵も見せない。
『今一度問ウ。ゼロト会ッタカ?』
「……あぁ」
『デハ、何故捕ラエ無カッタ? 見逃シタノカ?』
再三の問いに対して漸くスザクが口を開くと、カリグラはここぞとばかりに捲し立てたのだが、これにはジノが批難の眼差しを向ける。
「そんな言い方は無いんじゃないか?」
『私ハコノ男ニ聞イテイル。答エロ。何故ダ?』
「…………」
再び問われたスザクは、今度こそ口を噤んだ。
分かっていたのだ。
ナナリーの救出を優先したとはいえ、あの時ゼロを捕らえる事が不可能と言い切れるまでの状況下では無かったという事が。
しかし、それでもスザクはそれを告白するのを嫌った。全てはカリグラがゼロに酷似し過ぎていたが為。
『沈黙ハ肯定ト受ケ取ルゾ?』
五度問うカリグラ。が、相変わらずスザクは沈黙を守り続けている。
流石にここまで無言を貫かれると、如何に機嫌が良いとは言え彼の我慢にも限界がある。
業を煮やしつつあったライは、仮面の下で最後通牒とばかりに口を開こうとする。が、その時――。
「あの、一言言わせて頂けませんか?」
少しおっかなびっくりといった声色がブリッジに響いた。ナナリーだ。
彼女は皇族であるのだから何も下手に出た物言いなどは必要無いのだが、性格というのはそうそう変わる物では無い。
仮面が動く。
だが、肝心のナナリーの姿はラウンズという名の城壁に阻まれていた。
しかし、彼は見えない事を特に気にした素振りも見せずに応対する。
『構ワナイガ?』
その物言いには、城壁のみならず周囲からも一斉に咎めるかのような視線が注がれる。
だが、今更それが増えた所で彼が態度を改める筈も無く、いっそ清々しく思える程に颯爽と無視し続ける。
ところが、当のナナリーも全く気にした素振りを見せなかった。
それどころか、彼女は何かを決意するかのように小さく息を吐くと、背後に居るセシルに向けて申し訳なさそうに言ったのだ。
「すいませんが、もう少し前へ……」
押し手を握るセシルの両手に力が籠る。
如何に皇女であるナナリーの願いとはいえ、セシルは果たしてこの年端も行かぬ少女をカリグラに近づかせても良いものか躊躇したのだ。
そんな時、不意にアーニャが踵を返した。
すると、間髪置かずに彼女の居た場所をジノとスザクが塞ぐ。
ナナリーの元まで歩み寄ったアーニャは、セシルに一言謝意を述べると自分の役目に戻る。
アーニャは車椅子を慎重に押し進め、カリグラまで2m程の距離まで近づいた所で歩みを止めた。
ジノとスザクが肩越しに振り返り目配せすると、アーニャが小さく頷くのを認めた二人はゆっくりと左右に分かたれる。
開かれる城門。
ブリッジより望む青空をその背に背負い、現れたナナリーの姿を目の当たりにしたライは仮面の下で瞳を細めた。
波打つ髪。儚げな容姿。
それらが一瞬、ほんの一瞬ではあったが今は亡き妹の姿と重なったからだ。
「初めまして。私はこの度、エリア11に新総督として派遣されます。ナナリー・ヴィ・ブリタニアです」
毅然とした態度で接するナナリーに対して、カリグラは相変わらず椅子より動こうとはしなかった。
しかし、流石に足を組む行為は見直したようで姿勢を正すと応じた。
『オ会イ出来タ事ヲ光栄ニ思ウ。私ハ"カリグラ"』
「カリグラ卿? ……っ!! 機密情報局の……」
『デ、御用件ハ? 皇女殿下?』
冷徹とも言える機械音声を間近で浴びせられる格好となったナナリーは、気取られぬよう秘かに膝の上の衣服を握り締める。
しかし、そんなナナリーの怯えを敏感に感じ取ったのか。背後より身を乗り出したアーニャが耳元で囁く。
「大丈夫。私達が護るから」
『聞コエテイルゾ、"ナイトオブシックス"』
愉快げに肩を揺らすカリグラ。
明らかに楽しんでいる事を察したアーニャは冷めた視線を送った。
それはブリッジで事の成り行きを見守っていた者達も同じ。
彼等もまた様々な感情を内包した視線を送る。
そこに好意的な意味合いは一切含まれていない。たった二人を除いては。
その一人であるロイドは、傍観者を気取っているのか。
一歩引いた場所から興味深げに一部始終を俯瞰するのみ。
そして最後の一人、当事者であるナナリーに至ってはカリグラの姿が見えていない。
だが、ブリッジの空気が一層の緊迫感を持った事を肌で感じ取ったナナリーは、皇宮で真しやかに囁かれていたカリグラの所業と、その抑揚の無い機械音声も相まって、何とも言えない不安な気持ちに襲われていた。
声と雰囲気で相手の感情を判断するしか術を持たない彼女にとって、カリグラは得体の知れない異様な存在に思えたのだ。
だが、それも一瞬の事。
意を決したナナリーは胸内に渦巻く不安な気持ちを払拭するかの如く、深く息を吸い込むと告げた。
「あなたが枢木卿に対してゼロを見逃したと批難するのであれば、その責任は寧ろ私にあります」
空気が変わった。
ブリッジに居た者達は皆一斉にナナリーを見やる。その表情は個人差こそあれ驚愕に染まっていた。
そんな最中、一際慌てた様子でスザクが口を開く。
「ナナリー!! 君の――」
「枢木卿は私の救助を最優先に考えて下さいました。その結果、ゼロを捕らえる機会を失ったのであれば同然だと思います」
ナナリーはスザクに向き直る事無く、同時に彼女にしては珍しく他者の言葉を遮ると自身の思いを口にした。
言い終えたナナリーはジッと正面を向く。まるで、カリグラを見据えるかのように。
対するカリグラたるライはというと、彼は何も答えなかった。
答えなかったのだが、内心ではスザクに対しても私情を挟まずに毅然とした態度で接し、更には「責任は自分にある」と仮初めとはいえ皇帝直属の地位に居る己に対して言ってのけた彼女の気構えに、一時、感嘆さえ覚えていた。
だが、ナナリーの発言は一歩間違えれば皇族としての自身の立場を危うくしかねないものだ。
その為、ライはナナリーの発言の真意を探るべく思考を回す。
何故、自分に対してこうも毅然とした態度で臨めるのか。皇族等所詮は貴族の上位存在。本質は貴族共とそう大差は無い筈なのだが、と。
思考を巡らす内にライは一つの事実に気付いた。
ナナリーには今の己よりも唯一勝っているものがあったのだ。そう、皇女という地位が。
結果、彼は一つの結論に至る。
―― 私を処罰出来ますか? ――
この場合、獅子の威を借る狐の如くとでも例えるべきか。
ライはナナリーの発言にそんな意味が込められているのだと、唐突に手にした皇女という権威を笠に着たものなのだと誤解した。
突然、先程とは一線を画す程の冷気がブリッジを支配した。
それを肌で感じ取った兵士達は一斉に後退ると、肌を突き刺すカリグラの殺気にナナリーの表情も曇る。
しかし、流石というべきか。
スザクとジノは、自身の体幹をカリグラに対してやや半身に近い角度とすると、腰を僅かに落として臨戦態勢に移行。
アーニャも車椅子の押し手を握る手に力を籠める。
しかし、そんな只中にあっても、それでもナナリーは決して顔を背けようとはしなかった。
歳もいかぬ皇女の毅然とした態度に、兵士達は己の不甲斐なさを恥じたのか。感嘆の吐息を零す。
それはそうだろう。
ナナリーは暗闇の中で、軍人である自分たちでさえも思わずたじろぐ程のカリグラの殺気に敢然と立ち向かって見せたのだから。
だが、彼等以上に驚いていたのは元凶たるライだった。
『クハハハハッ!』
突然、殺気が消えたかと思うとカリグラの哄笑がブリッジに響き渡った。
それを至近距離で浴びる形となったスザクとジノ。これには流石の二人も思わず一歩後退るがそこはラウンズ。直ぐに踏み止まる。
そんな二人を余所に、カリグラはお返しとばかりにナナリーを見据えると言った。
『
「不敬だ!!」
「構いません!」
カリグラの発言にスザクは思わず噛み付くが、ナナリーに強い口調で静止させられてしまえば彼は言葉を飲み込むしかない。
そんなナナリーの様子を仮面の奥でじっくりと観察したライは言葉を続ける。
『ヤハリ、噂ナド当テニハナラナイナ。私カラ顔ヲ背ケナイトハ……流石ハ陛下ノ御子。ソコイラノ貴族共ヨリ遙カニオ強イ』
「わ、私は強くなんて……今でも、その、護ってもらってばかりで……」
予期せぬ賞賛を受ける形となったナナリーは、気恥ずかしそうに俯いた。
その仕草を見て、無意識下の行動か。仮面の下でライは頬を緩めた。
『御主張ハ理解シタ。ドウカ安心ナサレルトイイ。如何ニ私ト言エドモ、皇女殿下ヲドウコウ出来ルマデノ権限ハ持チ合ワセテハイナイ』
「いいえ、私はそういった意味で申し上げたのではありません」
『……デハ、心カラノ言葉ダト?』
「はい」
『私相手ニソレヲ言ワレルカ。稀代ノ"胆力"ノ持チ主カ、或イハ……何レニシテモ、大シタ御方ダ』
淀み無く答えたナナリーに、仮面の下で口元を緩めたライは最大限の賛辞を送ると小さく頷いた。
『"ナイトオブセブン"ハ皇女殿下ヲ無事救出シタ。アノ場デ起キタ事実ハソレダケ。ソレデ宜シイカ?』
「は、はい!」
ナナリーはホッと胸を撫で下ろした。彼女はギリギリの所で戦っていたのだ。
その仕草に、仮面の下でライは笑みを深くしながらも更に問う。
『シカシ、私ガ陛下ニゴ報告差シ上ゲタ場合、ドウサレルオツモリダッタノカ』
「その時は、再度ありのままを申し上げるつもりでした」
『一歩間違エレバ、総督解任モ有リ得ルガ?』
そう問いつつも、ライは内心そんな事は有り得ない事だと理解していた。
ナナリーはルルーシュがゼロであるか否かを探る大事な道具なのだから。
故にこれは彼にとっては只の戯れ。
だが、対するナナリーの言葉は何処までも力に充ち満ちていた。
「いえ、それだけは絶対に困ります。ですが、私は他の誰かに責任を押し付ける事もしたくはありません」
『気丈ナ方ダ。シカシ、皇女殿下ハ最近皇族復帰ナサレタバカリノ筈。皇族トシテ、僅カナ期間デソコマデ毅然ト振ル舞エルヨウニナルニハ、何カシラノ信念無クシテハ不可能。ダガ、ソレガ一体何ナノカ。私ニハ皆目見当ガ付カナイ』
「それは……」
一転して口籠もるナナリー。すると、それを仮面越しに認めたライは瞳を細める。
『イヤ、結構。ドウヤラ並々ナラヌ何カガオ有リノヨウダ。ソレガ分カッタダケデモ良シトスル……シカシ、何レオ教エ頂キタイモノダ』
「はい、その時が来れば」
『感謝スル』
ここに来て初めてナナリーは笑みを見せた。
カリグラは短く礼を述べると会話は途切れた。
それを会談終了の合図と見なしたジノは、先程から疑問に思っていた質問をぶつけるべく口を開く。
「一段落したところでさっきの続きと行こうか。何で君は此所に居るんだい?」
『"ゼロ"ヲ見ル為ダ』
その答えには、誰よりも早くスザクが反応した。
「まさか、予見して――」
「来るの?」
しかし、そんなスザクの言葉を遮ったのはナナリーの背後から半眼の眼差しを送るアーニャだった。
仮面がアーニャを見据えると彼女は
「エリア11」
『イヤ、今回ソレハ含マレテイナイ』
「そう」
否定されるや否やアーニャは興味を失ったのか、普段の表情に戻った。
続いて仮面は未だ憎悪の瞳を向けているスザクを再び捉えると、愉快げに首を傾げた。
『何カ言イタソウダナ?』
「……後で聞く」
『面倒ダ。先ニ言ッテオク。今回、私ガ受ケタ報告ハ黒ノ騎士団ガ総領事館ヲ退去シタ事ダケダ』
「本当だろうな?」
一転して疑いの眼差しを向けるスザクに、仮面の下にあるライの瞳が危険な色を孕む。
『貴様ノ元ニモ報告ハ入ッテイナイダロウ?』
「君が止めている可能性もある」
『挑発ニシテハ実ニ捻リガ無イ……残念ダ』
疑いを緩めようとしないスザクの態度に呼応するかのように、ライの眉が好戦的な角度を描く。
そうして、さも当然のように立て掛けていた剣に手を伸ばそうとしたのだが――。
「ちょ、ちょっと待ちましょうね! 二人とも」
慌てて口を挟んだセシルによって、その行動は阻害させられてしまう。
『何ダ?』
憮然とした態度で問われたセシルは襟を正すと口を開いた。
「この場には皇女殿下がいらっしゃいます。そんな場所で貴方は一体何をしようとしているんですか?」
『モウ忘レタノカ?』
「絶対に駄目ですっ!!」
失望の色を滲ませるカリグラの態度をものともせずに、セシルはキッパリと断言した。
「すいませんでした。セシルさん」
片やスザクは、この場でこれ以上口論を続けるのは拙い、と判断すると短い謝罪と共に一方的に会話を切り上げる。
「後で俺の方でも確認させて貰う」
『……好キニシロ』
カリグラが吐き捨てると、険悪だった艦橋の雰囲気は一応の終結を見た。
その一方で、与り知らぬ二人の会話に首を傾げていたジノはここぞとばかりに問い掛ける。
「なぁ、スザク。一体何の話だい?」
「何でも無いよ、ジノ」
やんわりと窘められたジノは、胸に引っ掛かるものを感じつつもそれ以上の追求は控えた。
そんな時、一人の兵士がセシルに歩み寄ると申し訳なさそうに口を開く。
「あのぅ……」
「あら、どうしたの?」
「先程から救難信号が鳴りっぱなしなんですが……」
報告を聞いたセシルは一瞬小首を傾げたが、直ぐに「あぁっ!!」っと素っ頓狂な声を上げた。
同時に、その会話を小耳に挟んだジノも思い出したかのように呟いた。
「そっか、ギルフォード卿達は……」
「えぇ。海上に……」
セシルがバツの悪そうな表情を浮かべると、ナナリーはこれ以上無い程に顔を蒼褪めさせた。
「スザクさん!」
「大丈夫。これから救助に向かう」
「よろしくお願いします。それと、可能な限り他の皆さんの捜索も……」
下の名前で呼んでしまった事を訂正する余裕が無い程ナナリーは慌てていた。
しかし、直ぐに返って来たスザクの頼もしい声に彼女は安堵の吐息を零す。
が、そこにアーニャが割って入った。
「それは厳しい」
「えっ!?」
ナナリーは驚きと共に振り返るが、アーニャからそれ以上の説明は無い。
すると、困惑の色を一層濃くするナナリーを見兼ねたセシルが代わりとばかりに口を開いた。
「その……ギルフォード卿達はコックピットブロックごと脱出している為、救難信号が打てます。でも、そうでは無い……例えば、艦船の搭乗員だったような人達は……」
「で、ですが、このまま何もしないでいるなんて出来ません!!」
「捜索するにしても人員不足」
「……そんな」
ナナリーは眉を寄せると沈痛な面持ちで心中を吐露したが、再び指摘されると彼女は今度こそ項垂れた。
予め言っておくが、アーニャは何も悪気があってこうも短い言葉を言っているのでは無い。
ただ、物事を余りにも端的に説明する傾向が強いだけ。
しかし、アーニャの指摘が的を得ていたのも事実。
その証拠にジノでさえも口を開こうとはしなかったのだから。
静寂に包まれるブリッジ。
そこに、それまで挨拶以外では一切口を開かなかったロイドが飄々とした口調で問う。
「エリア11でも救助部隊の進発準備は進めているって言ってたよねぇ?」
「そうですけど、それでも到着までにはまだ1時間以上掛かるじゃないですか。救助は一分一秒を争います。特に負傷している人がいた場合は……」
ロイドの発言をセシルが補足すると、疑問符を浮かべたアーニャが割って入った。
「どういう事?」
「そ、それは……」
「私は此処に来る前に警戒レベルを上げるように指示した。到着まで1時間以上も掛かるとは思えない」
『アァ、オ前ガ
セシルに代わってアーニャの疑問に答えたカリグラは頬杖を付いたまま、先ほど受けたヴィレッタからの報告を淡々と語る。
『政庁ハ、現在
「救助部隊を編成するのに私達の判断を待つ必要は無い」
アーニャが反論するも、だが事実だ、と一蹴したカリグラは言葉を続ける。
『何故、全員デココニ来タ? 一人デモ残シテイレバ混乱ハ生ジナカッタダロウニ』
ヤレヤレといった素振りで頭を振るカリグラに対して、身を乗り出したジノが抗議の声を上げる。
「こっちに非があるって言いたいのかい?」
「言イタイノカ、デハナクソウ言ッテイルノダガ? 特ニ、KMFヲ持タナイ"ラウンズ"ガ、ワザワザ此処ニ来ル必要ガアッタノカ?」
ジノを撥ね退けると、スザクを見据えたカリグラは追及の手を緩めない。
「ソモソモ、貴様等ハドウヤッテ黒ノ騎士団ノ動向ヲ把握シタ?」
「……報告を受けたんだ」
「虚言ヲ弄スル気カ?」
「何だと?」
「黒ノ騎士団ノ退去ハ、本国ノ外交ルートヲ通ジテ今ヨリ20分前ニ政庁ニ入ッタバカリ。護衛艦隊カラノ救援要請モ同時刻。貴様ガアノ時刻ニコノ海域ニ到着スルニハ、ソレ以前ニ事態ヲ把握シテイナケレバ不可能ダ」
スザクは沈黙すると銀色の仮面を睨みつける。
ジノはそんな同僚の肩に手を置くとフォローに回る。
「総領事代行から直接聞いたんだよ。そいつが後になって外交ルートを通じて正式に連絡を入れたんだろうさ」
「ソノ者ノ名前ハ?」
「確か……」
「
そう名乗っていた、とアーニャが補足すると、カリグラは、成程、と呟いた。
「念ノタメ、確認ハサセテモラウゾ? ダガ、何故、連中ノ標的ガ新総督ダト思ッタ?」
「それは、スザクが」
ジノが視線を向けるも、スザクは何も答えない。
カリグラは彼を一瞥すると、その頑なな態度に鼻を鳴らした。
「情報ヲ求メハスルガ与エハシナイ。随分ト傲慢ナ男ダナ」
言われたスザクは顔を背ける。
一方でジノは お前がそれを言うか? とでも言いたげな視線を浴びせるが、それを最後にカリグラも沈黙した。
すると、舌戦が終わりを告げた事を理解したナナリーは、居ても立ってもいられず口を開こうとする。
だが、それよりも前にスザクの声が彼女の耳朶に触れた。
「……今は可能な限り捜索しよう」
「おいおいスザク。この広い洋上を私達だけで探し回るって言うのか?」
力強く宣言したスザクに対して、アーニャと同じく冷静に現状を分析していたジノは思わず苦言を呈したが、スザクはさも当然のように言い放つ
「レドとシュネーも呼ぶ。セシルさん」
「さっき連絡したわ。大至急向かうそうよ」
「これでいいかい、ジノ。アーニャも」
「まぁ、人数は多いほうがいいのは確かだけどさぁ」
ジノはやれやれといった様子で頭を掻いた。
「彼等と救援部隊が到着するまでは俺達で手分けして行おう。アヴァロンのレーダーも使って何とか……」
だが、その提案には致命的な問題点があった。
必然、アーニャはそこを鋭く指摘する。
「人命救助には向いてない。発見は困難」
「なら、ランスロットのレーダーを使って――」
「海上には浮遊物も多数有る。やるなら近接目視しか無い」
スザクは現時点で自身が考え得る最良の方法を提案したが、アーニャはその悉くを否定した。
しかし、彼はめげなかった。
「……それでも、やらなきゃいけない」
「まぁ、確かにそうなんだろうけどさ……」
ジノは頭の後ろで手を組みながらも、友人の決意表明に理解を示したが、同時にそれが恐ろしく困難な事だという事を十分承知していた。
しかし、救援部隊到着まで悠長に待てる筈も無いのも事実。
ジノは諦め混じりに溜息を零し周囲を見やると、目が会った者達は無言で賛同の意を示す。
しかし、そんな静寂を打ち破ったのは何とも恭しいセシルの一言だった。
「あのぅ……」
「何ですか? セシルさん」
スザクが尋ねるとセシルは端的に答えた。彼等にとって驚くべき言葉を。
「有るわよ」
「えっ?」
「だから、それが可能なレーダーなら有るわ」
「本当ですか!?」
救いの手とも言えるセシルの発言にスザクは目を見張る。
そんな彼を尻目に、ジノはもう一人の同僚に冷ややかな視線を向けた。
「何だ、有るんじゃん」
「初耳」
アーニャはジノの視線をさして気にした様子も無く、短く断りを入れるとセシルに半眼を差し向ける。
疑われている事を理解したセシルは慌ててフォローを入れた。
「い、いえ、確かにアールストレイム卿が仰ったように、このアヴァロンのレーダー"だけ"では無理です。でも……」
「セシルさん?」
珍しく歯切れの悪い彼女の態度を不思議に思ったスザクが問うと、彼女は助けを求めるかのようにロイドに視線を移した。
「確かに、トライデントなら可能だねぇ」
セシルの言わんとしている事を理解していたロイドが意地の悪い笑みを浮かべながら同意すると、ジノが疑問を呈する。
「何だい、それ?」
「僕の新作だよ。格納庫で見掛けなかった?」
「……あの銀色のヤツか」
春の新作を告げるかのようなロイドの口振りに、ジノは先程見た機体を思い起こすと納得した様子で小さく頷いた。
一方で、ロイドの言葉に流行る気持ちを抑え切れないでいたスザクは思わずと言った様子で詰め寄る。
「ロイドさん。その機体お借りしても――」
「残~念でしたぁ。持ち主はもう僕じゃ無いんだよねぇ」
「じゃあ、誰?」
アーニャが心底楽しげに断るロイドに尋ねると、当のロイドは意味深に目配せした。
彼等は皆一様にロイドが何処を見ているのか薄々勘付きながらも視線を追う。
案の定、その先に居たのは銀色の仮面。だが――。
『断ル』
カリグラは光速で拒絶した。
その様子に「やっぱりね」と苦笑するロイドと無言で項垂れるセシル。そして、呆気に取られるジノ達ナイトオブラウンズ。
そんな最中、ナナリーは一人声を荒げた。
「ど、どうしてですかっ!?」
『生憎ト、敗者ニ差シ伸ベル手ハ持チ合ワセテイナイ』
先程とは人が変わったかのような冷酷な言葉。
スザクは肩を震わせると両拳を握り締め、ジノも、そこまで言うか?と半ば呆れ気味の表情を覗かせる。
アーニャの瞳も危険な色を滲ませ、セシルに至っては先程までカリグラに懐いていた畏れも消え失せたのか、剣呑な表情を浮かべている。
ブリッジに居た兵士達も口にこそしなかったが、その表情は皆一様に険しい。
一方、ロイドだけは普段の表情を崩す事無く興味深げに事の成り行きを見守っている。
そんな静寂が支配するブリッジに響くのは、落胆したかのようなナナリーの声。
「そんなのって……」
『帝国ニ敗者ハ不要。救援部隊ガ来ルマデ生キ残レバ有ル意味勝者トシテ認メテモ良イ。奴等ハ今、篩イニ掛ケラレテイル最中。ガ、ソコマデ仰ルノデアレバ救エバイイノデハ? ダガ、私ガ協力スル気ガ無イ事ハコノ場デ宣言サセテ頂ク』
「ですが――」
『弱肉強食コソガ原初ノ真理。闘イニ敗レ敗者ニ身ヲ落トシタ存在ハ言ワズモガナ。ヨモヤ皇女殿下ハ陛下ノ御言葉ヲ否定ナサルト? ソウデアルナラバ、流石ニ立場上報告シナイ訳ニハイカナクナルガ?』
皇帝の演説。
その一説を引き合いに出されたナナリーは抗う言葉を持ち合わせておらず、両手を握り締めるとただ唇を噛み締める事しか出来なかった。
そんな、まるで己の無力さ呪うかのようなナナリーの姿を見たスザクは……遂に切れた。
「もう戦いは終わったんだ! 今海の上に居るのは救出を待つ人達だ!」
『ソレヲ敗者ト言ウ』
一笑のもとに突き放すカリグラ。
すると、今度はジノが援護射撃を試みる。
「救える命は救うべきじゃ無いかな?」
『実ニ献身的ナ発言ダ。デ? ソレハ奪ッテ来タ命ニ対スル贖罪ノツモリカ?』
「言って良い事と悪い事ってもんがあるぞ?」
『当タリカ? 止メテオケ。ソレハ贖罪デハ無ク只ノ自己満足ダ。奪ッタ事ヲ悔ヤム程度ノ覚悟シカ持チ合ワセテイナイノナラバ、端カラ奪ウベキデハ無イ』
「お前なぁ――」
「ジノ」
戦場においても滅多に見せる事の無い剣呑な表情を見せたジノに対して、皇女であるナナリーの御前という事もありアーニャは注意を促した。
そのおかげか。平静さを取り戻したジノは普段の面持ち、いや、それでも幾分か蔑みを含んだ視線をカリグラに向ける。
「君は少し……いや、かなり狂ってるな」
『コノ世界ニマトモナ人間ガ居ルノナラ此処二連レテ来イ』
ジノの評価を一蹴したカリグラは言葉を続ける。
『重ネテ言ウゾ? 救助シタイノナラ好キニシロ。但シ、私ノKMF抜キデヤレ』
再び告げられた拒絶の言葉にスザクの瞳が暗い色を帯びる。
「どうしても断るのか……」
『愚問ダナ』
相も変わらず一切思慮する素振りすら見せず、断言するカリグラに対してスザクは声高に宣言した。
「なら、徴用する」
『面白イ。ヤレルモノナラヤッテミロ』
「言われなくても――」
「スザク!」
「何故止めるんだ、ジノ! 君もこんな考えは間違ってると思うだろっ!?」
同僚からの突然の静止。
怒りに我を忘れ、その理由が分からなかったスザクが問い詰める。
が、その答えは別の所から発せられた。
「こんなのでも機情のトップ」
アーニャはカリグラを指差しながら告げるが、その言葉に内包された意味にスザクは直ぐに気付けなかった。
しかし、カリグラは頬杖を付くとアーニャの指摘に一人、愉快そうに肩を揺らす。
スザクが二人に対して怒りと困惑がない交ぜになった表情を向けていると、見かねたジノがフォローに入った。
「機密情報局は私達ラウンズと同じ、陛下の直属組織だろ?」
その言葉に今更ながら思い出したスザク。
対して、ジノは彼の肩にそっと手を添えると核心を告げた。
「私達に此奴の所有物を徴用できるまでの権限は無いんだよ……本っっっ当に残念だけどな」
スザクが思わず唇を噛み締めると、そこに更なる油が注がれる。
『理解出来タヨウダナ。サテ、早ク行ッタラドウダ?』
そう告げるカリグラは最早彼等さえも見ていなかった。
脚を組み悠然と背もたれにその身を委ね直すと、話は終わりと言わんばかりに教本を捲り始めたのだ。
しかし、彼等にはどうする事も出来ない。
そんな折り、再びナナリーが口を開いた。
「あの……カリグラ卿?」
『何カナ? 皇女殿下』
「どうしても、お願い出来ませんか?」
再願。
しかし、カリグラたるライの中では既に終わっている話。
彼はやれやれといった様子で教本を捲る手を止めるとナナリーへと向き直った。が、そこまで。
同意の言葉を発する事は終ぞ無かった。
そんな相手の纏う空質から、拒絶の意図を明確に感じ取ったナナリー。
しかし、それでも諦めきれない彼女は言葉を続ける。
「随分と勝手な事を言うとお思いでしょうね。分かっています。私はただ頼むだけで、実際に動かれるのはあなた方他の方達なのだと言う事は。ですが、私もこの足が動くなら……この目が見え……るなら……」
ナナリーの固く閉じられた瞳。その目尻から雫が溢れ出る。
セシルやブリッジに詰めている者達は慌てふためくが、皇女の会話の途中で割って入るような事が出来る筈も無く、口を噤むしかない。
一方で、それを見ている筈のカリグラは相変わらず何も言わなかった。普段の彼ならば、泣き落としか、と鼻で笑っても可笑しくは無いというのに。
いや、今度は言わなかったのでは無い。何も言えなかったのだ。
拒絶の空気は霧散し、先程の毒舌さえも完全に成りを潜め、無言でナナリーを見つめ続けている。
その態度は、さながらスザク達やブリッジに居る他の者達と同じように、ナナリーの言葉に無言で耳を傾けているかのよう。
「私には、ただお願いする事しか出来ません。でも、それでも!!……どうか、お願い……します……」
皇女という地位さえかなぐり捨てて、ただただ一人の少女として。
ナナリーが沈痛な面持ちで今一度願ったまさにその時。
―― にぃさま ――
瞬間、銀色の仮面が逸れた。ナナリーから逃れるかのように。
理由はたった一つ。
仮面の奥にあるライの瞳。その網膜に映るナナリーの姿が在りし日の、血に染まった妹の姿と重なったのだ。
己の原罪を引き摺り出される格好となったライは、それ以上ナナリーを直視する事が出来なかった。
仮面の下。ライは視線を床に落とすと、気取られぬように静かに拳を握り締める。
一方、カリグラの突然の行動にブリッジに居た者達は有り得ない、とでも言いたげにさざめいた。
無理も無い。
ラウンズ3人を相手にしても決して譲らぬ鋼鉄の意志を持つ男が、皇族とはいえ年端もいかぬ少女の言葉から顔を逸らしたのだから。
彼等の目にはカリグラが逃げたように見えた。そう、敗走したように映ったのだ。
誰も何も言わない。しかし、そんな沈黙を打破したのはカリグラたるライ本人。
彼は突然立ち上がったかと思えば、椅子に立て掛けてあった剣を手に取り腰に据えると無言でブリッジを後にしてしまった。
「待て!!」
「お、おい! スザク!」
一瞬、呆気に取らたスザクが慌てて後を追う。ジノはそんな友人を止めようと右腕を伸ばすもその手は虚しく空を掴むのみ。
扉が閉まると、ブリッジより去る二人を横目で追っていたアーニャは残された同僚に向き直る。
「ジノも準備して」
「は? 何の?」
突然の言葉に困惑しているジノに向けて、アーニャは短く告げる。
「捜索準備」
「あいつがやる気になったって事か?」
アーニャが小さく頷くと、ジノは面食らった様子で瞳を瞬かせる。
が、直ぐさま頭を振ると苦笑混じりに否定した。
「いやいや、それは無いだろ。でも、何でそう思うんだ?」
「アレは皇女殿下の頼みに何も答えずに立ち去った」
「自室にでも戻ったんだろ? まぁ、この場合、完っっっ全な敗走だけどさ」
出口を指し示すと辛辣なセリフを口にするアーニャに対して、少し胸がスッとしたのか。少々愉快げに語るジノ。
しかし、アーニャはお返しとばかりに頭を振った。
「沈黙は肯定と受け取る。彼が言った言葉」
「あっ……」
間の抜けた声と共に瞬時に理解したジノであったが、それでも額面通りに受け取る事が出来ないのか。眉間に皺を寄せると一人訝しむ。すると――。
「ンフフ。そうだとしたら素直じゃないんだね」
「少し……可愛らしい所もあるんですね」
ここに来て傍観者を気取っていたロイドが意地の悪い笑みを浮かべると、セシルも密かに追従した。
そんな二人を余所に、ジノは己の疑念を払拭するべくアーニャの意見を問う。
「もし違ったらどうする?」
「どうもしない。ただ、嘘を吐いた事になるだけ」
「……ラウンズである私達に、か?」
ジノが意味ありげな笑みを浮かべるが、アーニャは相も変わらず小さく頷くのみ。
その時、ロイドが動いた。
彼は通信機を手に取ると通話口に向かって何事か話し始めたのだ。
「あぁ、僕だけど……うん。補給は終わってる? え? あぁ、救助活動だってさ……そうそう、今から……うん。索敵兵装をメインに……じゃ、発艦準備よろしく」
言い終わると通信機を置いたロイドは振り返り告げた。
「OKだよ。何時でもどうぞ」
「助かるよ、ロイド伯爵」
ジノは礼を述べると足早に二人の後を追った。
扉が閉まりジノを見送ったアーニャは、普段より幾何か高陽した口調で宣言する。
「これから救助を開始する。フォローよろしく」
「「「「Yes, My Lord!!」」」」
兵士達からの力強い返答を受け、アーニャはナナリーに視線を落とす。
が、その時になってようやっとアーニャはナナリーの肩が小刻みに震えている事に気付いた。
「大丈夫、カリグラはもう居ない。皇女殿下の勝ち」
アーニャはそっと耳打ちしたがナナリーからの返事は無い。
不思議に思ったアーニャはナナリーの正面に回る。
すると、彼女の瞳に映ったのは顔を伏せ肩を震わせながら膝の上で両手を握り締めると、か細い声で何事か呟いているナナリーの姿だった。
「嘘、嘘です……嘘……違います……そんな筈……」
アーニャは彼女にしては珍しく、困惑と驚きを瞳に内包させながらも、ナナリーの言葉の真意を推し量ろうとする。
しかし、初めて見る尋常では無いナナリーの様子にそれどころでは無いと判断。
片膝を付くと落ち着かせるべく固く握られたナナリーの手にそっと触れた。
突然の出来事だったのだろう。
ナナリーは一瞬身体を強ばらせたが、人の体温を感じた為か徐々に落ち着きを取り戻していった。
やがて、震えが完全に落ち着いたのを見計らったアーニャは口を開く。
「大丈夫?」
「はい。有り難うございます。あの……アーニャさん?」
「何?」
「カリグラ卿の事……なんですが……」
「彼がどうかした?」
「……どんなお姿をされてますか?」
それはアーニャにとって予期せぬ問いであった。
その為、彼女は少々考え込む素振りを見せた後、言った。
「人の形をしたナニか」
「えっ?」
それはアーニャの感性が色濃く出た実に率直な言葉と言えた。しかし、在る意味でそれは真理を突いてもいる。
当然、分からないナナリーは戸惑う。
しかし、アーニャは言葉足らずだと重々承知していたのか。
戸惑いを払拭させるべく言葉を続けた。
「ゼロにそっくりな仮面を被ってる。色は銀色。外套の色も同じ。服装は軍師のそれ」
「………」
沈黙するナナリー。
アーニャはナナリーからの返答が無い事に、再び首を傾げながらも分かり辛かったのだろうかと少々反省した。
だが、これ以上の言いようを思いつけなかったのも事実で。
「他にも聞きたい事、ある?」
「お顔とか、その……年齢は……」
「分からない。誰も見た事が無いから。全てを知っているのは、たぶん陛下だけ」
「そう、ですか……」
ナナリーが少々落胆したかのように俯くと、アーニャは再び問う。
「どうしたの?」
「い、いえ。何でもありません」
「……そう、ならいい」
アーニャはナナリーの態度を不思議に思いながらも、それ以上追求する事は無かった。
「皇女殿下をお願い」
立ち上がったアーニャは傍に控えていたセシルに短く告げると、桃色の外套を翻して彼等の後を追った。
アーニャもブリッジを去った後、ナナリーは先程聞いた酷く懐かしい足音。
それが去っていった方向へ顔を向けると思慮に耽った。
勝者、ナナリー!!
14年越しの更新です。
御読み下さりありがとうございました!
ちょっとリアルが忙しいので、次回は1週間ほど間隔空きます。すいません。