短いですが、切りが良いので。
「待てと言ってるだろッ!」
アヴァロンの通路にスザクの怒号が響く。
だが、カリグラは振り向く事も、ましてや歩みを止める事もせず。
『貴様ノ言葉ニ耳ヲ傾ケル義理ハ無イ』
相変わらずの態度のまま、吐き捨てるかのように言った彼は歩速を上げる。
「今、君を帰す訳には――」
『黙レ。ソレ以上口喧シク言エバ気ガ変ワルゾ』
「え?」
それはスザクにとって予期せぬ物言いだった。
自然、彼の勢いも下火となる。
「それって……」
『…………』
最早、駆け足に近い速度となったカリグラに併走しながら、スザクは自問自答めいた問いを発する。
「感謝するべき、なのか?」
『私ニ聞クナ。ソレニ、コレハ貴様ノ為デハ無イ』
「じゃあ、ナナ、皇女殿下の為?」
『ソレモ違ウ』
否定されたスザクはそれっきり押し黙る。
黙したままの二人は歩みを進め、やがて、格納庫の扉を潜った彼等を整備員達が出迎えた。
「整備は完了しています! いつでもどうぞ!!」
走り寄ってきた男は整備班長だった。
彼は短時間で仕事を終わらせた事が誇らしいのか胸を張る。
そんな彼に向けてスザクは立ち止まると「ありがとう」と謝意を述べたが、カリグラは案の定というべきか。
男を無視して素通りすると機体に走り寄る。
そうして昇降機を登ったところで、その背にスザクが声を掛けた。
「カリグラ! 協力感謝する!」
振り向きスザクを一瞥するも、カリグラは返答する事無く素早くコックピットブロックへと乗り込み、流れるような動作で起動準備を終了させると外部スピーカーのスイッチをONにした。
『先ニ出ル』
スザクは無言で頷くと、後に続けとばかりに愛機の元へと走ってゆく。
その姿をモニター越しに眺めつつ、仮面を脱ぎ捨てスイッチをOFFにしたライは、
「これでは……ナイトオブスリーを笑えん」
苦虫を嚙み潰したような面持ちのまま、ライは頭を振って乱れた髪を整えると、次に発艦場所まで機体を進ませブリッジからの離艦許可を待つ。
僅かな間が空いた後、スピーカーより響いたのはセシルの声。
『メインシステムとのデータリンク確認。ECMクリーニング完了。トライデント、発艦を許可します』
「…………」
『あの……カリグラ卿?』
応答が無い事に困惑の声色を濃くするセシルを無視して、機械音声のスイッチを入れたライは口を開く。
「皇女殿下」
『……は、はい!』
予期せぬ呼びかけだったのだろう。
スピーカーがナナリーの驚きの声を伝える一方で、ライは端的に告げる。
「発艦許可を」
『えっ?』
「この私に救助任務を要請されたのは皇女殿下では? 繰り返す。発艦許可を」
『皆さんをお願いします。発艦して下さい』
「……発艦する」
ペダルを踏み込むと、カタパルトより加速され射出される銀色の機体。
その加速から来るGをその身に受けつつ、ライは眼下に広がる大海原を見詰める。
慣性の法則に従いながら海面に向かうトライデント。
やがて開かれる雄大な翼と分かたれる角。
双眸も蒼から紅に変わると、アヴァロンのメインシステムから護衛艦隊の搭乗員の顔写真と身体データの抽出を済ませたライ。
「
宣誓と同時に彼はトライデントを海水面より5mの高さに固定すると、熱源探査とファクトスフィア、そしてレーダーを駆使して海面を走査し始める。
そうして得た詳細なデータを解析し、人か否かの一定の判断を下すはアヴァロンのメインシステムの役目。
程なくして、レーダー画面の所々に赤い光点がポツポツと浮かび上がった。
そのデータはスザク達にも送られていた。
彼等は真っ先に居場所が明らかとなっているギルフォード達を救出すると、それを元に手分けして搭乗員達の救助活動を開始した。
――――――――――――――――――――――
コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ TURN04 太平洋奇襲作戦【Part 5】~
――――――――――――――――――――――
「敵の新型だよ!」
潜水艦内の作戦室にて。
朝比奈は張り詰めた剣幕で目の前に居る白衣を着た褐色肌の女、ラクシャータに詰め寄った。
彼女の背後には、助手の男達二人の姿もある。
「だからさぁ。あれはラウンズの専用機だって言ってるじゃない」
「それ以外にも居たんですって。異常な狙撃能力を持った機体がさ。あれはかなり厄介だよ」
「ふぅん。まっ、データは回収出来てるから後でゆっくり調べるわ」
ラクシャータは半信半疑なのか。訝しげな瞳と共に朝比奈を軽くあしらうような態度を見せる。
そんな二人からやや離れた場所では、椅子から立ち上がった扇がせわしなく周囲を見回していた。
「あれ? 玉城のヤツ、何処に行ったんだ?」
「卜部も居りませんわね」
扇の直ぐ横の椅子に座っていた神楽耶がそう補足すると。
「卜部でしたら、紅月殿を迎えに行くと言って出ていきましたが……クッ」
「もうッ! 安静にしてください! 仙波さん!」
神楽耶と机を挟んで真向かいの椅子に座る仙波の傍で、救急箱を抱えて立っているベニオが苦言を呈した。
一方、床に片膝を付き仙波の右脇腹を触診していたサヴィトリへ、ラクシャータが問い掛ける。
「怪我の具合はどうかしら?」
「打撲……だとは思いますが、
顔を上げたサヴィトリがそう答えると、それを聞いた朝比奈は頭を掻いた。
「すいません。仙波さん」
「いやいや、これはその前の攻撃による負傷だ。お前が気に病む必要は無いぞ」
痛みを押し殺したような笑みを浮かべる仙波に頭を下げる朝比奈。
藤堂がそんな二人のやりとりを眺めていると、傍に千葉が歩み寄った。
「中佐。この作戦の意義をゼロから聞いてはいませんか?」
「どうした?」
「我々の虎の子とも言えるKMFは、残すところ紅月の紅蓮のみとなってしまいました。新総督を捕虜にする為とはいえ、果たしてここまでの損耗を覚悟してまで行う作戦だったのか、と……」
瞳にゼロに対する不信感を露わにする千葉を見て、藤堂は一瞬だけ口元を真一文字に結ぶと言った。
「ゼロには尋ねたが、彼からは、必要な事だ、としか聞いていない」
「では――」
「しかし、KMFを失ったのは我々の実力不足が招いた結果だ」
「それは、そうですが……」
モルドレッドに赤子の手をひねるかのようにあしらわれた事を思い起こしたのか。
千葉が悔し気に唇を噛むと、そこにラクシャータが待ったを掛ける。
「ちょっと~。KMFぐらい幾らでも造ってあげるわよ」
そう前置きするとキセルをふかしながら、藤堂達に歩み寄った彼女は言葉を続ける。
「それよりもさぁ、アンタ達が無事に帰ってきた事の方が、コッチとしては重要なワケ」
分かる? とラクシャータが手にしたキセルで藤堂を指し示すと、彼女の背後で触診を終え立ち上がったサヴィトリが追随するかのように首肯した。
そんな彼女達の言葉と態度に、藤堂が会釈でもって気持ちを示すと、千葉や朝比奈、仙波もそれに倣う。
そんな彼らの姿を遠巻きに見ていたベニオは、救急箱を抱える腕に力を込めた。
◇
「ゼロ、俺だ」
扉をノックした卜部はそう言って反応を待つ。
「卜部さん? 一人ですか?」
「あぁ」
扉の向こうから響いたカレンの声に卜部は短く答えた。
「待って下さい。今、開けます」
その声と共に扉が開くと、卜部は出迎えたカレンに問う。
「紅月、ゼロは無事か?」
「えぇ、今はC.C.が傍に……」
部屋の奥を一瞥したカレンは道を譲る。
卜部が部屋に入ると、扉をロックしたカレンは壁に背を預け腕を組んだ。
一方の卜部は、簡易ベッドに腰掛けると膝の上にゼロの仮面を置いたC.C.と、彼女の背後に横たわっているルルーシュの姿を認めた。
そこに、卜部を一瞥したC.C.からの問いが飛ぶ。
「どうした?」
「彼は……眠っているのか?」
「あぁ、緊張の糸が切れたのだろう」
「そうか」
負傷ではない事に卜部は安堵の吐息を零した後、ベッドの傍まで歩み寄るとジッとルルーシュの寝顔を無言で見詰めた。
「今回の作戦について、文句でも言いに来たのか?」
C.C.は、千葉や朝比奈のように未だゼロに不信感を持つ団員達が居ることは把握していた。
だからこその問いであったが。
「いや、俺は彼に賭けたんだ。今更、彼の立てた作戦に文句を言うつもりは無い」
「ほぅ?」
「確かに、団員達の中には本作戦の意義を疑問視している者達もいるが、そこは俺が説き伏せる」
決意の瞳を向ける卜部に片眉を上げたC.C.であったが、次に悪戯っ子の笑みを浮かべると再度問う。
「藤堂が相手であってもか?」
「…………善処する」
「50点」
「手厳しいな」
卜部は苦笑した。
「なに、こいつが起きたら今の話は伝えておいてやるさ」
C.C.は笑みを含んだ声色で請け負った。
「中佐のところに戻る」
そう言って踵を返した卜部は部屋を後にする。
その間際、扉の横に居るカレンに声を掛けた。
「紅月、ラクシャータが探していたぞ」
「分かりました。私も一緒に行きます……C.C.。後は頼んだわよ」
「あぁ」
そうして二人が部屋から去ると、C.C.はルルーシュに視線を移す。
そうして、彼の寝顔を眺めながら膝の上に置いたゼロの仮面を静かに撫でた。
◇
時を同じくして、ここは操舵室。
作戦室から抜け出したものの、手持ちぶさただったのか。
周りの団員達の制止を振り切ると、潜望鏡を覗き込んでいた玉城は見た。いや、見てしまった。
「何だ、ありゃ?」
ゆっくりとした速度で海面付近を旋回している、白銀色の翼を持つ銀色の機体の姿を。
しかし、当然の事ながら玉城はその機体こそが、作戦室で朝比奈が懸念を露わにしていた機体だと言う事を知らない。
「お~い! 妙な奴が飛んでんぞ」
あろう事か艦内放送を行なった。
それは当然作戦室にも響き、神楽耶との会話を中断した扇は椅子から立ち上がると旧友の言動に目尻を吊り上げる。
一方、「妙な奴」という言葉が引っ掛かったのか。
ラクシャータは玉城の行動に眉を顰めつつも、直ぐさまサヴィトリに対して映像を回すよう指示。
即応した彼女が作戦室の巨大モニターに潜望鏡からの映像を投影させると、そこに映った機体を見た瞬間、朝比奈は吠えた。
「こいつだよ!」
藤堂と千葉も続けざまに頷いてみせる。
すると、ここに来てラクシャータの瞳に初めて興味の色が揺蕩う。
「あれはセシルのエナジーウィング……完成させたっての?」
言葉を区切ったラクシャータは、ジッと観察するかのような視線を向ける。
「ふぅん、プリン伯爵の新型かぁ。それにしても……」
ラクシャータが言葉を続けようとしたその時。
右側面を晒して飛翔していたその機体は、不意に中空で停止した。
突然の行動に全員が一様に訝しむも、刹那。
その機体は速打ちかと見紛う程の速度で右脚に装着していた銃砲を抜き出した。
「っ!! 潜望鏡しまいな! 早くッ!」
『は?』
咄嗟の一声。
ラクシャータは血相を変えると通信機に向かって叫んだ。
だが、玉城が間の抜けた返答をしている間に放たれた一条の極大光は潜望鏡を呑み込んでいた。
直後に生じた凄まじい水蒸気爆発。
海面には、先程のカレンが放った輻射波動すら水遊びに思える程の巨大な水柱が上がり、同時に艦内は衝撃波に見舞われる。
「うわっ!」
「きゃぁっ!」
阿鼻叫喚。
海流は乱れに乱れ、潜水艦はさながら洗濯槽に放り込まれた木の葉の如く翻弄された。
やがて、衝撃が収まると冷たい床を転がされた団員達は、痛む身体をさすりながら立ち上がるとモニターに視線を移す。
が、そこは一面の砂嵐。
呆然自失の様相でそれを見つめる団員達。静まりかえる作戦室。
その静寂を切り裂いたのはラクシャータの声。
「あのさぁ、もうここに用は無いのよねぇ?」
「あ、あぁ……」
白衣に付いた埃を叩いている彼女に、扇が何とか反応を返した。
「なら、さっさとこの海域から離れた方がいいわよ~」
ラクシャータは、気だるさを感じさせる所作で腕を組むと、手にしたキセルでモニターを指し示した。
「私達、さっきの機体からは丸見えだったみたいだしぃ」
「「「っ!?」」」
「もう一度、同じ攻撃受けたら流石に拙いと思うんだけど?」
「各員持ち場につけ!! 操舵室! 急速潜行だ!」
「「「は、はい!」」」
藤堂の鶴の一声により、団員達は持ち場に着くべく次々と作戦室から飛び出して行った。
やがて、非戦闘員である神楽耶や、新人のベニオといった少人数を除いて人気が少なくなった作戦室。
直前の喧噪が嘘のように静かになったそこでは、ラクシャータが助手の男、ソンティとユスクの二人と共に検証を始めていた。
「ステルスは効いてるわよね?」
「はい、問題なく作動しています」
「ソノブイの投下は?」
「そのような兆候は無かったかと。それに、もしされていたとしてもここは表層ノイズの多い海面付近です。見つかる確率は低い筈なんですが……」
小太りの男ユスクと、細身の男ソンティは手にした端末を操りながら、ラクシャータの問いに答えていく。
そこにサヴィトリが割って入った。
「あの、潜望鏡が引っ掛かったという事は無いでしょうか」
その推察を聞いたラクシャータは、露骨に顔を顰めてみせる。
「浮遊物の中から?……だとしたら、どんな精度のレーダーよ、それ」
「いえ、一理あるかもしれません」
「確かに、目下のところそれ以外の理由は考えにくいかと」
「プリン伯爵の奴ッ!!」
ユスクとソンティが否定しきれずにいると、悔しげにキセルを咥えたラクシャータは紫煙を一吐き。
「さっきの映像、出せる?」
「はい」
程なくして映し出されたのは、機体の静止画像群。
その内の一つがラクシャータの目に留まる。
己に向けて銃口を構えている、機体を真正面から捉えた画像だ。
その頭部。
雄弁に存在を主張する三本の角を見咎めたラクシャータ。
「トリシューラ……」
彼女が不愉快さを滲ませた声色で呟くと、彼女とプリン伯爵ことロイド・アスプルンドとの因縁を聞き齧っていたサヴィトリ達は揃って首を横に振った。
「まさか」
「いやいや」
「流石にそれは」
彼女達の祖国に伝わる破壊の神が持つ三股の槍。
勿論、ロイドは狙って創った訳ではない。
それはラクシャータにも分かりきった事ではあったが。
「だからよ。本ッ当に嫌な男よねぇ、プリン伯爵ってさぁ」
偶然。故に尚更腹が立つのだろう。
ラクシャータは、眉間に縦皺を刻み嫌悪感を顕わにすると紅い双眸を睨み返した。
◇
「……C.C.。お前は何をしている」
「何だ、折角美女が看病してやっていたというのに、目覚めの第一声がそれか?」
「人の上に馬乗りになるのが、お前の言う看病なのか?」
玉城の艦内放送の後、唐突に天井と床がひっくり返ったかのような衝撃に見舞われた事により、C.C.は気付けばルルーシュの上に跨る形となっていた。
やや血色の悪い面持ちで抗議の声を上げるルルーシュを見下ろしながら、C.C.は妖艶に微笑む。
「坊やには刺激が強過ぎたか?」
「黙れ、魔女! さっさと――」
「二人とも大丈夫!?」
ルルーシュの言葉は、血相を変えて部屋に飛び込んで来たカレンの声に遮られる形となった。
が、二人の様子を見たカレンは冷めた視線を浴びせた。
「……なに、やってんの?」
「看病だ」
「何処がだッ!」
抗議の声を上げるルルーシュを無視したC.C.は流し目で問う。
「代わってやろうか? カレン」
「はぁ、もういいわ。心配して損した」
そうとだけ言うと、頭を掻いたカレンは「ごゆっくり~」との言葉と共にさっさと部屋を後してしまう。
扉が閉まると、ルルーシュから降りたC.C.は扉まで歩き、ロックを掛けながら口を開く。
「作戦は、失敗だったな」
「……ナナリーは、スザクが連れ去った」
「救出した、の間違いでは?」
「同じ事だッ!」
怒声を背に受けて振り返ったC.C.が見たのは、ベッドに腰掛けると床を見つめ悲壮感を顕にするルルーシュの姿。
「…………ナナリー」
頭を抱えるルルーシュの横に腰掛けたC.C.は、探るかのような瞳と共に口を開いた。
「落ち込んているところに悪いが、良くないニュースがもう一つある」
「……ライの事か?」
「何故、そう思う?」
「カレンをワザと追い返しただろう?」
ルルーシュの正鵠を射る指摘に、フッと小さく笑うと同時に耐えられると判断したC.C.は言葉を紡ぐ。
「先程、ライの気配を察知した。だが――」
「王だった頃のアイツに戻っている、か」
「……あぁ」
「最悪のニュースだな……」
クリアしなければならない課題は多いが、ライの生存は本来、ルルーシュにとっても喜ばしい事。
だが、今はナナリーに関する事に思考のリソースの大部分を割いていた彼は、咄嗟にそう呟くことしか出来なかった。
しかし――。
「いや、その一歩手前だ」
「……なに?」
「言っただろう?
それだけ言うと立ち上がったC.C.は、出口に向かって歩き始める。
「待て! C.C.!」
彼女の意味深な発言に、思考を割かざるを得なくなったルルーシュは顔を上げる。
「お前が考える最悪の事態とは何だ?」
「絶望さ。お前やカレンだけでは無い。人類にとっての……」
「な、なに?」
口元を固く結んだC.C.は、困惑するルルーシュをおいて部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
救助は未だ完了せず。
しかし、エリア11の救援部隊とは別に、トライデントのレーダーがダミールートを航行していた部隊の姿を捉えると、ライはこれ幸いとばかりにレーダー照射を打ち切った。
続いて、アヴァロンの武器管制システムに干渉しソノブイを投下させると、同時にESMレーダーを最大にして黒の騎士団の潜水艦の索敵を開始。
しかし、時既に遅く海中から反応が返って来る事は無かった。
「範囲外に逃れたか……」
さしたる感情も示さず、ただ事実を口にしたところで、コックピット内に警報が鳴る。
トライデントのレーダーが高速で迫る機体、トリスタンを捉えたからだ。
同時に入る通話を求める短信音。
機械音声のスイッチをONにすると、背凭れにその身を委ねたライは辟易した態度で応じる。
「なんだ?」
『何故撃った! カリグラ!』
「周辺に敗者共が居ない事は確認している」
『いや、そういう意味じゃなくてだな』
「周辺海域の走査は完了した。お前が助けたがっている連中は今、映っているのが全てだ。後はお前達でやれ。駒共も増えたようだからな」
そう言うと背もたれからその身を起こしたライは、操縦桿を握りしめるとトリスタンに背を向ける。
「なぁ、まだ話は終わって、おい!」
立ち去ろうとしている事を察したジノが引き止めようと声を掛けるも、無視したライはフットペダルを踏み込んだ。
「待てって!」
飛び去ってゆくトライデントに対して、ジノは愛機を飛行モードにするとその後を追う。
しかし――。
「ウッソだろ」
追いつくどころか、縋ることさえ叶わずに。
瞬く間に距離を開けられるトリスタン。
ラウンズ最速を自負するジノの愛機を嘲笑うかのように、あっという間に小さくなった姿はやがて雲の彼方に消えていった。
追跡を諦めたトリスタンは飛行モードを解く。
そのコックピット内で、ジノがカリグラが去った方角を見つめていると。
「ヴァインベルグ卿!」
ダミールートから駆け付けたシュネーとレド。
二人の専用機でもあるフロートユニットを装着したサザーランド・カスタムが近付いてきた。
「あぁ、君達か」
『遅くなり申し訳ありません! これより僕達も救助活動に参加します!』
「頼むよ。手が足りなくて困ってたんだ」
『はい!』
使命感に燃えるシュネーの溌剌とした声色に、若いねぇと呟いたジノは苦笑する。
そこに、それまで黙っていたレドからの通信が入った。
『ヴァインベルグ卿、あの男は何処に向かったのですか?』
「ん? 何処って……ありゃ?」
アヴァロンとは正反対。
カリグラが飛び去った方角の先にあるのが、エリア11であることに気付いたジノは間の抜けた声を発した。
そこにシュネーの報告が入る。
『今、ロイド伯爵に確認しました。式根島基地に向かったのだろうとの事です』
ジノは「式根島?」と首を傾げた。
『はい。何でも当初から式根島基地で降りて本国へ戻られる予定だったとか』
「あ~はいはい、予定通りの行動って訳ね」
スケジュール通りの行動を咎めれば逆撃に遭うと判断したジノは、救助活動に戻るべく機首をアヴァロンに向けると移動を開始。
シュネーはその後を追いながら、編隊を組んで飛行する同僚に向けて通信を飛ばす。
「レド。枢木卿の為にも救助活動頑張ろうな!」
しかし、返事は無い。
「おい、レド。どうした?」
不思議に思ったシュネーは、レドの駆る機体のコックピットブロックへと視線を向けた。
そのブロック内には、ヘッドセットを付けると
「僕だ……あぁ、トラブルはあったが……うん。
彼は通信先に居る本当の主に向かって報告を終える。
そうして、普段通りの面持ちに戻った彼はシュネーに対して「何でもない」とだけ言うと、共にトリスタンの後に続いた。
◇
「クハハハハッ!」
コックピット内にライの哄笑が響く。
エナジーウィングが齎した超高速飛行能力により生じるGが、彼の身体をシートに押さえ付けようとする。
しかし、ライはそれに反抗するかのように前のめりにその身を押し出すと、これまでのうっ憤を晴らすかのように。
身体に掛かる負荷が跳ね上がるのもお構いなしといった具合にフットペダルを更に踏み込む。
増速すると音すらも置き去りにして。
目的地に向かって一直線に飛び続けるトライデント。
やがて、水平線の彼方に双子の島が現れた。神根島と式根島だ。
そこでようやっとフットペダルの踏み込みを緩めると、トライデントは減速を開始。
その時、通信が入る。
『こちら式根島基地防空管制隊。不明機に告ぐ。所属と官姓名を明らかにされたし。繰り返す。こちら……』
鼻を鳴らしたライは通信のためパネルの操作を始める。その間にも、式根島からの通信は続く。
『おい! 聞いているのか! 所属と官姓名を――止まれ! 止まらなければ迎撃する!』
「私だ。行動を開始せよ」
『チッ。馬鹿が。ミサイル……な、何だ! お前達は!』
ライが命じるや否や、スピーカーから響くのは先程まで威勢の良かった男の焦り声。
『や、やめろ! 分かった! 迎撃中止だ! おい、これで……ま、待て! 撃つな!』
制止の声も虚しく、乾いた音が3発鳴り響いたのを最後に、スピーカーは沈黙した。
ややあって、スピーカーから響いたのは、先程の男とは別の男の声。
『排除完了しました』
「準備は出来ているな?」
『はい』
返答を聞いたライは口元に三日月を浮かべた。
「欺瞞作戦を開始せよ」
『Yes, My Lord』
そうして通信を切ったライは、式根島上空に差し掛かる手前で高度を落とし左へ旋回すると、その機首を神根島に向けた。
◇ ◇ ◇
黄昏の間に兄弟の声が響く。
「シャルル」
「何ですか? 兄さん」
「例の話はいつ頃ライに?」
「そうですな……今はまだその時では――」
シャルルが重々しく言葉を紡いだその時、黄昏の間、その大気が僅かに振動した。
それを感じ取ったV.V.はシャルルを見上げる。
対するシャルルは同じく顔を上げると眉間に皺を寄せ、天空を睨み付けていた。
その様子に遅ればせながらも全てを理解したV.V.は瞼を閉じる。
瞬間、周囲の景色が一変した。
金色の夕日は何処かに消え失せ、代わりに現れたのは巨大な歯車群と幾何学的な文様を刻んだ無数の仮面達。
ライが居る際に見せた事は無かったが、これらは二人には見慣れた光景でもある。
だが、瞼を開いたV.V.は愕然とした。
何故か。
歯車は、
それらはさしずめ何かに無理矢理回転を止められているかのような、はたまた動力の止まりかけた時計のように。軋む音だけが不気味に鳴り響いている。
このような現象を一度として見たことが無かったV.V.は周囲を見回す。
「これって……」
「フッハハハハハッ!! 無駄な事を。良かろう! 足掻くが良い!!」
突然のシャルルの高笑いに驚いたV.V.は再び顔を上げた。
その時、彼は見た。
遙か頭上に浮かぶ赤茶けた巨大な球体。そこから流星の如く一条の光が走ったのを。
V.V.は有り得ないとでも言いたげに呟く。
「まさか……動けたの?」
「そのようです」
「行ったんだね。彼の元へ」
「恐らくは」
「じゃあ、止めに行かないと――」
「先程より思考エレベーターが起動しません」
その指摘にV.V.は咄嗟に瞳を閉じる。
そうして、シャルルの言を確認したV.V.は再び瞳を開くと言葉を紡いだ。
「目覚めていることは知っていたけど、まさか門から出てくるなんてね。討つにはもってこいなんだけど……」
「あやつを完全に討ち滅ぼせるのは、アーカーシャの剣のみです」
「それは分かってるよ。でも、一度くらいは直接この手で傷付けてやりたいと思わない?」
「……………」
「それに、彼と会わせるのは拙いんじゃないかな? もし、記憶を戻されたら――」
「なに、心配には及びませんよ」
V.V.の不安を払拭するかのように断りを入れたシャルルは、最後に軋み続ける歯車を見て一言。
「最早、これだけの力しか残されてはおらぬのですから……」
シャルルの言葉を裏付けるかのように、歯車は不協和音を増幅させていた。
次で TURN 04 ~ 太平洋奇襲作戦 ~は終わりです。多分。
ここまでお読み下さりありがとうございました!