コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

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なんてぇ話だ。


TURN 04 ~ 太平洋奇襲作戦【Part 6】終 ~

 神根島。

 岩山をくり抜いた中にある遺跡、その入り口にて。

 出立前にV.V.から知らされていたとおり、中はKMFが入れる程に広い事を確認したライは機体を進ませる。

 最奥には、嚮団にあるものとはやや意匠が異なるギアスの紋章が刻まれた石扉が、崩落した天井から差し込む(よう)の光に照らされていた。 

 

 「アレか……便利なものだな」

 

 独白したライは、機体を扉の前で停止させると、コックピットより降り立つ。

 そうして、黄昏の間へ機体と共に転移するべく手を伸ばす。

 その時、砂利を踏み鳴らす音が岩窟内(がんくつない)に響いた。

 手を止めると姿勢はそのままに。

 ライは周囲の気配を探り始める。すると――。

 

 「おかえり」

 

 背後から発せられた聞き慣れた声に、ライは警戒心を緩めた。

 

 「わざわざ出迎える必要は無いぞ? V.V.」

 

 手を下ろすと苦笑しつつ振り向いたライであったが、次の瞬間には身構えていた。

 

 「……誰だ?」

 

 其処に居たのは、V.V.では無かったからだ。

 ライの正面、5mほどの位置に佇んでいたのは、古めかしい衣服の上から黒い外套を羽織ると、長く伸びた銀色の髪を地面まで垂らし、幾何学的な模様が彫り込まれた仮面で素顔を隠す、思春期の男子程の背丈をした人物。

 ライは相手の挙動に神経を集中させながら、ゆっくりとした動作で腰に据えた剣、その柄に指を絡める。

 そうして、身体を屈め猫化の猛獣よろしく臨戦態勢へと移行。

 同時に、その全身からはアヴァロンでナナリーに浴びせた時とは比べものにならない程の炎が吹き出る。

 しかし、相手は全く動じる素振りを見せず、ゆっくりと両手を使って仮面を外した。

 

 「ッ!!」

 

 現れた素顔を認めたライは思わず息を飲む。

 その顔はV.V.によく似ていたからだ。 

 相手はライをじっと見つめると、唐突にその蒼い双眸をこれ以上無い程緩ませて屈託のない笑みを作った。

 だが、相も変わらず問いに答える素振りは見せず、業を煮やしたライが問う。

 

 「答えろ! 貴様は誰だッ!?」

 

 すると、瞳に哀愁の色を浮かべた相手は(ようや)く口を開いた。

 

 「今の君が分からないのは無理も無い。でも、今はそれでいい。君の進むべき道はまだ一つだから。けれど、覚えておいて。何れ分かたれる時が来るという事を……」

 「なに?」

 

 V.V.そっくりの声色を発する相手。

 だが、言葉の意味を全く理解出来なかったライは、その声色も相まって瞳に浮かべた警戒の色を濃くしてゆく。

 そんな露骨に訝しむライを余所に、相手は一転して慈愛を湛えた瞳で見つめ返すと、祈るように両手を胸元に持って来たかと思えば、今度はまるで謳うかのように言葉を紡いだ。

 

 「目覚めを担うは蒼い鳥。想いを暴くは紅い鳥。そうして選んだ道の果て、君は真実を手に入れる」

 「……意味が分からない」

 「だろうね」

 

 困惑するライを余所に、相手は笑みを一層深めた。

 

 「貴様っ!!」

 「怒らないで。いずれ理解出来る時が来るからさ」

 

 侮蔑と捉えたライが噛み付くような目で睨むと、相手は柔和な口調で宥めるかのように語った。

 が、話が全く飲み込めないライは再び問う。

 

 「お前は何者だ? V.V.に良く似ているが……」

 「私は私自身の事を話すつもりは無いよ。そもそも、つまらない話でしか無いから」

 「それを決めるのは私だ。話せ」

 「相変わらずだね、君は。傲慢にして不遜……でも、その実は誰よりも優しく、誰よりも繊細で、誰よりも悲しみを知っている」

 「知った風な口を――」

 「私は、そんな君が大好きなんだ」

 

 屈託無く笑う相手に面食らったのか。

 ライは瞳を僅かに見開くが、直ぐさま眉間に皺を寄せて嫌悪感を露わにした。

 

 「……私に、その趣味は無い」

 「そんな意味で言ったんじゃないよ」

 

 相手は、心外だとでも言わんばかりに口元を尖らせる。

 が、不意に思いついたかのように言った。

 

 「そうだ。君と私の関係で一つくらいなら教えて上げても良いかな」

 「言ってみろ」

 

 ライが促すと、相手は小さく頷き告げた。

 

 「君は私の蒼い薔薇」

 

 またしても理解に苦しむ発言をされたライの苛立ちは限界に近い。

 彼は犬歯を剥き出しにして唸る。

 

 「何だ、それは……」

 「教えるのは一つと言った筈だよ? でも、どうしても私の事が知りたいのなら、V.V.にでも聞けばいい」

 「……そうしよう。だが、その前に――」

 「ギアスを使う気かな?」

 「っ!?」

 

 首を傾げてみせる相手に、見透かされていると悟ったライは敵愾心を更に深めてゆく。

 

 「知って、いるのか……」

 「当然。でも、勿体無いね。折角その力を遺憾無く発揮出来る時代が来たっていうのに、君はまだ自分が持つ力の強大さに気付いていないんだもの」

 「貴様も王の力(ギアス)には詳しいようだな。成る程、貴様が残りのコード保持者、神を裏切った人形か」

 「…………何だって?」

 

 それまでの豊かな感情表現を消し去り、唐突に能面顔となった相手から発せられたのは寒々しい怒気。

 それは、怒り心頭を通り越し激発寸前であったライをして、一歩後退させるほど。

 

 「大きな勘違いをしているみたいだね。よりにもよって、アレと私を同一視するなんて。君じゃなかったら……壊してるよ?」

 「な……に……?」

 「さっきも言ったけど、私は私自身の事を話すつもりはない。でも、ギアスに関してなら答えてあげる」

 

 そう言って怒気を霧散させると、相手は次に得意げな面持ちを浮かべた。

 

 「君が持つのは王の力じゃない。(おう)の力さ」

 「皇の力?」

 「うん。他の有象無象の連中(ギアスユーザー)とは違う特別製さ。何せそは……」

 

 これまで言葉を紡いできた口元。そこから零れ落ちる澄んだ響きに突如としてノイズが混じった。

 相手はハッとした表情を浮かべた後、ライから視線を逸らすとやや離れた場所にあった岩の上を見やる。

 ライも釣られるかのように横目で追うと、そこに居たのは縁取りが紫色の黒服を着た短い黒髪の女。

 が、瞬きの間にその姿は消えてしまう。

 幻覚か? と、ライが顔を顰める一方で、相手はそこを見つめたまま、忌々しげに口元を動かして何言か(親不孝者め)と呟くと唇を軽く噛んだ。

 訪れる沈黙。

 ライが突然の出来事に困惑の色を隠せないでいると、やがて諦めたのか。

 相手は力無く首を左右に振った。

 

 「残念。邪魔ガ入ったみタイダね……全く、絡まッタ無意識の底カラ抜け出て来るは楽じャナいの

 

 そんなノイズ混じりの言葉を発する一方で、ゆっくりと閉じられてゆく瞳。

 それに呼応するかのように姿が薄れ始めたことに慌てた様子でライが問う。

 

 「待て! 何処に――」

 「た会二ナルかも知ない、会エナカモしれな。言っタデ? 何れ分かたる時が来ルッて。全て君の……選択次第……」

 「私の?」

 

 ライは眉間に皺を寄せ疑念を顕わにするが、相手はそれを無視すると眠たげに瞳を擦りながら小さく頷いて――。

 

 

 ―― その時まで、おやすみ ――

 

 

 最後に小さな欠伸をかみ殺しながら、ライの頭の中に柔らかな声色を響かせたかと思えば、薄暗い洞窟の闇に溶けるかのように消えていった。

 暫しの間、ライは少年が先程まで立っていた場所を忌々しげに睨み続けるが、答えが返ってくる筈も無い。

 

 「何だ、アイツは……V.V.に聞けばいいと言っていたな……」

 

 踵を返したライは紋章が刻まれた石扉を睨み付けると再び手を伸ばした。

 刻まれた紋章が紅く輝き周囲の景色がホワイトアウト。

 ライは思わず瞳を閉じる。

 やがて、ゆっくりと瞳を開くとそこには金色の夕日が映えていた。

 ライは眩しげに瞳を細めると隣を見上げる。

 銀色の軍馬は、夕日を受けて黄金色に輝いていた。

 無事に転送させる事が出来た事に軽く息を吐いたライは(きざはし)を登る。

 そうして頂上まで至った彼の足元には、皇帝とV.V.。二人の影法師が伸びていた。

 

 「おかえり」

 

 一瞬、既視感に襲われたライだったが、振り返ったV.V.の顔貌を見た瞬間、その感覚も霧散する。

 ライは、慈愛の欠片も何も無く、ただ口元を妖しく歪めるV.V.を睨み付けた。

 

 「私の問いに答えろ、V.V.」

 「いやに不機嫌だね。玩具を貰って機嫌が良いと思ってたのに……それで? どうしたの?」

 

 V.V.は、ライの背後に見えるKMFの上半身を一瞥するとそう尋ねた。

 対するライは懐疑的な眼差しをV.V.に差し向ける。

 

 「世界に残されたコードは3つだと言ったな?」

 「言ったね」

 「4つ目がある可能性は?」

 「あり得ない」

 「では、統合されたコードを再分割する事は可能か?」

 「どうしてそんな突飛な発想が出てくるのかな?」

 「説明が出来ないからだ」

 「君が悩むなんて珍しいね」

 

 仮面を被ったV.V.は、努めて冷静に普段通りの態度で接するが、続く問いは予想だにせぬものだった。

 

 「お前に兄弟は居るか?」

 「っ!?」

 

 容易く打ち砕かれた仮面。

 そこから覗いた薄紫色の瞳が激しく揺らぐと、それを認めたライは満足げに頷いた。

 

 「やはり、か。居るのだな」

 「何故、そう思ったの?」

 

 声色だけは平静さを失わなかったのは、V.V.の類稀なる精神力の賜物か。

 しかし、疑念を確信へと昇華させたライに対して効果など期待できる筈もない。

 

 「会ったからだ。尤も、会わなければ疑問にも思わなかっただろうな」

 「会った、だって?」

 「先程、遺跡で。髪や瞳の色を除けばお前に瓜二つだった。あぁ、背丈は向こうの方が上だったな」

 

 我が意を得たりとばかりにライは語る。大いなる誤解を抱いたまま。

 

 「アレは自分を人形(裏切者)とは違うと言った。であれば、あの容姿は他人の空似で片付けるには無理がある。残すところは遥か昔にコードを分けあったりでもしたお前の近親者かと思ったまで」

 「シャルル、どういう事?」

 

 V.V.が隣に無言で佇む皇帝を見上げると、彼は視線をライに向けたまま重々しい口調で答えた。

 

 「明確な姿までは伝わっておりません」

 「そう……」

 「何の話をしている?」

 「其奴(そいつ)の容姿をもう一度教えてくれない? 髪の色と瞳の色は、僕とどう違ってたのかな?」

 

 全く答えを返そうとしないV.V.に対して、若干の苛立ちを覚えながらも問われたライは端的に返す。

 銀の髪に蒼い瞳、と。

 その返答を聞いた二人は互いに目を合わせると薄く笑った。

 

 「さぁ答えろ!! お前の兄弟と言うのであれば、アイツは何が目的だ!?」

 

 黄昏の間に沈黙の帳が下りる。

 しかし、唐突に告げられた一言によってその幕は上がる。

 

 「どうやら、今がその時のようですな。兄さん」

 「シャルル!?」

 

 ここで告げる気か、とV.V.は語気を荒げた。

 が、後の祭り。

 

 「……今、何と言った? V.V.がお前の兄だと?」

 「如何にも」

 

 ライは聞き間違いかと思いシャルルに問うた。

 しかし、返って来たのは明確な肯定の言葉だった。

 

 「義理の兄弟という意味か?」

 

 深読みしたライは更に踏み込むが、皇帝は小さく頭を振ると否定した。

 

 「いや、血を分けた実の兄よ」

 「馬鹿な……」

 

 唖然とするライとは対照的に、諦観の面持ちとなったV.V.はもはや何も言わない。

 

 「では、あの男は――」

 「我らとは関係無い……いや、有るには有るが間違っても兄弟などでは無い。断じて、な」

 「……まさかッ!」

 

 結論に至ったライはV.V.を射殺さんばかりに睨み付ける。

 だが、それでも動じる事無く、しかして観念したV.V.は遂に口を割った。

 

 「ご明察。僕は君の契約者じゃないよ」

 「ギアス、か……」

 

 ポツリと呟くと腰に据えた剣を引き抜いたライは、その剣先を皇帝に向けた。

 

 「私を騙していたという訳だな?」

 「今更よな。あの日、失った記憶に未練は無いと申したのは御主の筈」

 

 その指摘にライは思わず舌打ちをしたが、分が悪いと判断したのか話題を変えた。

 

 「答えろ。あの男は何者だ?」

 

 その疑問に答えたのはV.V.だった。

 

 「ライ、君は知ってる? 僕達のご先祖様の中には、とても綺麗な人形を作る奴が居たって話……」

 「何だ、それは? 私の質問に――」

 「正確には、違うけどね。そいつが産まれたのはブリタニアという国が出来るよりもずっとずっと昔。それは神話の時代と言ってもいい。御伽話のようなお話さ」

 

 大袈裟に両手を広げるV.V.に向けて、やや剣先を下げたライは代わりに射殺さんばかりの視線を送る。

 すると、突然V.V.の口元が弧を描いた。

 

 「そいつが作った人形はとても人形には見えないほど精巧だった。本物の人間と見紛う程だったよ……」

 「見てきたかのように語るのだな」

 「実際、見た事があるからね。それに……」

 

 一端言葉を区切ったV.V.は目元を緩ませる。

 同時に口角をこれ以上無い程に吊り上げるとジッとライを見据えて告げた。

 

 「今も見ている(・・・・・)

 

 その時。

 ライの頭脳、その聡明さが仇となった。

 彼はV.V.の言わんとしている事を理解した。いや、理解してしまった。

 驚愕の表情を浮かべるライ。

 だが、そんな彼の表情を認めながらもV.V.はさして気にする素振りを見せない。

 

 「いつか話したよね? 巫女達と人形のお話を。覚えてる?」

 

 一拍置いたV.V.は破顔する。

 

 「裏切者の人形を破壊する為に送り込まれた究極の1体。それがライ、君さ」

 「……戯言もそこまでにしておくがいい」

 

 ライは凍えるような声色で咎めた。

 だが、彼は知らない。

 嘗て自分を拾った生徒会メンバーの中にも、当初、感情を表さないライを見て似たような感想を持った者が少なからずとも居たという事を。

 最も、ライが記憶喪失者だという事実を知った後では、そんな事を思う者は居なくなったが。

 ライは剣の柄を握り締めると鬼気迫る表情でV.V.に迫る。

 だが、そこに突如としてシャルルが割って入った。

 

 「では、答えてみよ。お主の親の容姿を!」

 

 それがライの歩みを止めた。

 そうして、その言葉に誘われるかのように、ライは無意識に記憶の扉を開け放った。

 最初に彼の脳裏に浮かんだのは、腰まで真っすぐ伸びた黒髪と漆黒の瞳に優しげな笑みを浮かべる母親の姿。

 しかし、次に浮かんだのは、目映く波打つ金色の髪を肩まで伸ばし、玉座に深々と腰掛けると紫色の瞳で卑下するかのような視線を向ける男の姿。

 それは本来父親と呼ぶべき存在。

 自らの手で弑した後、忘却の彼方に追い遣った男の姿だった。

 ライの肢体が揺らぐ。が、彼は咄嗟に踏ん張るとそれに耐えた。

 瞬間、二人の姿が重なった。

 刹那、ライの脳裏に再び浮かんだのは、波打つ髪を母親から譲り受けた黒に染めて、薄紫色の瞳に柔らかな光を宿した妹の姿。

 先ほどの皇帝の言葉が追い討ちとばかりに脳内に木霊すと、結果として、ライは今度こそ耐える事が出来なかった。

 手より離れた剣が石畳に落ち、鈍い金属音が周囲に響く。

 後を追うように膝から崩れ落ちたライは、焦点を失った瞳で石畳を見つめた。

 そんな彼の姿を二人は互いに一言も発する事なく眺めている。

 やがて、長い長い沈黙の後、ライは呟いた。今にも消えてしまいそうな声で。

 

 「違う……」

 

 言えた言葉はたったそれだけ。

 だが、肩を震わすライに向けてシャルルは更なる追い討ちを掛ける。

 

 「御主はどちらの容姿を継いでおる? 否! 御主はどちらの容姿も継いではおらぬ!」

 「違うッ!!」

 「違わぬ! 御主はその現実から目を背け続けておるだけよ!」

 

 それは残酷な言葉。だが、ライが認める筈もない。

 

 「違う違う違う! 断じて違うッ!!……そうだ! 貴様がギアスで書き換えた!!」

 

 己を見下ろす男、皇帝のギアス。

 その力を思い起したライは顔を上げると憤怒の表情で睨み上げる。

 しかし、尋常成らざる程の怒気を浴びているにも関わらず、皇帝には僅かな動揺も浮かばない。

 いや、それどころか皇帝は瞳を細めてすらみせた。そう、まるで哀れむかのように。

 

 「あの時、儂は申した筈。触れてはおらぬ、と」

 「それは母と妹に関してだろう! 現にお前は私の契約者をV.V.に仕立て上げたではないか! あの男の容姿も書き換えた! 違うか!?」

 

 激情に駆られたライが問う。

 しかし、最後の言葉は何処か縋るかのような響きを持っていた。嘘だと言ってくれ、と……。

 だが、真実は彼にとって何処までも残酷だった。

 

 「それも有り得ぬ。列王記には御主の父親の姿絵は記されている。では、逆に問おう、ライよ。御主が先程見たというその男……何故、御主と良く似た髪と瞳の色をしていた?」

 

 銀色の髪に蒼い瞳で慈しむかのように自身を見つめるV.V.に瓜二つの男。

 その姿が脳裏に浮かんだ瞬間、彼はある知識を呼び起こしていた。

 

 

 ――嘗て人形は、自身を、或いは神を模して作られた。そして、精巧な人形には魂が宿る、と――

 

 

 「ぁ……」

 

 自らトドメを刺してしまったライは、全身の血の気が引いたのか。

 両肩を抱き締めると寒気に奥歯を鳴らすのみ。

 最早反論出来うる言葉を持ち得なかった。

 そんな彼に皇帝は躊躇無く無慈悲な言葉を浴びせかける。

 

 「御主、欧州に行った際、向こうで壁画を見たであろう? 儂もそれを見た。その時の喜びは今でも思い出す。最後のピースが見つかったのだからな」

 

 思わず尋ねてしまった程にな(この姿は誠か?)、と当時を思い出したのか。皇帝は愉快げに笑った。

 しかし、ライは俯いたまま何も返せない。

 そんな項垂れ震えているライの元にV.V.が歩み寄る。

 歩み寄ったV.V.はライを胸に掻き抱くと灰銀色の髪を優しく撫でながら、今度はまるで幼子でもあやすかのような声色を発した。

 

 「そいつこそ君を創った存在。そして、君を彼女……君の母親の腹の中に送り込んだ。ライ、君達親子は虐げられていたんだよね? だから君は力を欲した。二人を護る力を。違う?」

 

 ライがV.V.の胸元に顔を埋めたまま力無く頷くと、V.V.は口元に三日月を描く。

 

 「何故、虐げられたの?」

 「それは……異民の血を……奴等に疎まれ……蔑まれ……」

 「君は幼心にそう思ったんだね。そして、いつしかそう思い込むようになっていった。でもね、本当の理由は違うよ。君はどちらにも似ていなかったから。その事で、君の母親は他の男に通じていたと周囲から思われた」

 

 

 V.V.の言葉は自身が書物で得た知識と、シャルルから壁画に描かれたライの姿を元に作り上げた仮定の話でしかない。

 しかし、それは紛うこと無き事実でもあった。

 

 「君の妹は確認の為に産まされたのかもしれないし、父親はまだ君の母親を愛していたのかもしれない。でも、何れにしても周囲の目は妹が産まれたぐらいじゃ変わらなかった。父親も遂にはそんな臣下からの突き上げを受け流せなくなった。分かる? 君の存在が彼女達の運命を決めたんだ。二人は巻き添えを食っただけ。それが本当の理由さ」

 「私が……原因……」

 「そう。そして、そんな運命を押し付けた張本人だというのに、血反吐を吐きながら必死に足掻き力を望み続けた君に、アイツは自分の目的も素性さえも伏したまま、素知らぬ顔でギアスを与えた」

 「……アイツは……何者だ?」

 

 ライは既に分かっていた。が、尋ねずにはいられなかった。

 V.V.は深呼吸をした後、告げた。ライの予想通りの言葉を。

 

 「世界に悲劇を振り撒く者。集合無意識を寝床として、その微睡みの中で夢を見る者……僕達の敵」

 「神、か……」

 「僕そっくりって言うのが気に入らないけどね」

 

 V.V.は苦笑してみせたものの、その瞳は息を呑む程に寒々しい。

 

 「……だからこそ……神を殺すのは……仇となるのか……」

 「理解してもらえた?」

 「あぁ……」

 

 ライはV.V.の胸元で瞳を閉じた。

 再び訪れる長い沈黙。

 やがてライは自らの手でV.V.の束縛を解くとゆっくりと立ち上がった。

 そうして顔を上げたライの瞳には既に先程までの絶望の色は無い。

 代わりにその双眸に宿るのは全てを焼き尽くさんとする業火だった。

 ライは語る。

 

 「例えお前達が言った言葉が真実だったとしても、私には確かに母と妹が居た。それこそが私にとっての真実に他ならない」

 「まだそんな事――」

 「居たのだッ!!!……金輪際言うな」

 

 頑として拒否するライを見て、V.V.は肩を落とすとヤレヤレといった素振りで首を振った。

 一方、瞳に憧憬の色を覗かせた皇帝は、似つかわしくない笑みを浮かべていた。

 真実を知っても尚立ち上がる。

 ライの姿はまさしく王と呼ぶに相応しく、幼少の頃憧れた存在が今正に目の前に居ることを改めて実感したからだ。

 だが、そんな思いを知る由もないライは、剣を拾い上げると腰に据え皇帝の横に並び立つ。

 

 「あれが神なのか……」

 「神と呼称してはいるが、正しくは人。我々人間とは似て非なる者よ」

 「同じでは?」

 

 違う、と断じた皇帝は小さく頭を振った。

 

 「集合無意識とは人の見た夢。それの集合体。儂や兄さんは、そこから零れ落ちた欠片……塵よ」

 「夢? 塵だと? 人間では無いのか?」

 

 至極最もと言えるライの問いに、いつの間にか横に佇んでいたV.V.は含み笑いを浮かべた。

 

 「人間かぁ。確かに、夢と神の……人の間(・・・)に存在するって意味では僕達は人間と呼べるね。でもね、人じゃ無いんだよ」

 「我々人類……いや、この場合、人の(たぐい)と呼ぶのが分かりやすかろう。我らが紡いできた歴史は、元を辿ればあやつ一人が眠りの中で見続けてきたもの。その残滓に過ぎぬ。今この時もあやつは残酷な夢を見続けておる」

  

 そう語った皇帝は、天を仰ぎ見ると憎しみの瞳と共に吠えた。

 

 「そう! 人はこの世界に一人しか居ない! 過去も未来も人類の歴史上たった、一人!!」

 「あいつはこの世界で起きる悲劇を楽しんでる。うぅん。そんな悪夢が大好きなんだよ。だから考えたんだ。僕達を争わせるような神様なら……殺してしまおうって」

 

 言葉とは裏腹に、壮絶な笑みを浮かべるV.V.。

 しかし、己を創造しうる程の力を持った存在を果たして討ち滅ぼせるものなのか、とライは未だ半信半疑だった。

 

 「殺す事は出来るのだな?」

 「その為の武器がアーカーシャの剣。だが、殺すのは過程であって目的ではない」

 

 皇帝がチラリとV.V.に視線を向けると、目が合ったV.V.は嗜虐的に笑う。

 

 「まぁね。殺すのは意趣返しかな。こんな世界にしてくれてありがとうって意味も込めての、さ」

 「では、何が目的だ?」

 

 怪訝な表情を浮かべるライに、皇帝とV.V.は交互に語り掛ける。 

 

 「あやつが持つ集合無意識の管理者権限を奪う事よ」

 「そうすることで、今度は僕等が神になり、優しい世界を作るんだ。管理者権限を使えば、集合無意識に溶け込んだ……死んだ人間も蘇らせる事が出来る」

 「勿論、御主の母親や妹もな」

 

 そこまで聞いてもライの疑念は晴れない。いや、むしろ深まったといえる。

 先ほどの件といい、神がこのまま黙っているとは思えなかったからだ。

 が、それを端的に問うと皇帝は嘲笑を浮かべた。

 

 「此度の一件で確信に変わった。最早、神に我らの計画をねじ曲げるまでの力は残されてはおらん。何よりも、御主が我々の側に居れば臆する事など何も無い」

 「なに?」

 「全ては御主の存在理由。そこにその答えが有る」

 「私の……存在理由だと?」

 「これから話すのは御主にとっては少々酷な話。それでも聞くか?」

 

 慮られていることを察したライは鼻で笑った。

 

 「ハッ! 私にとって、これ以上酷な話など有る筈も無い。さっさと話せ」

 

 そうして彼は遂に知るのだ。己に課せられた残酷な運命を。

 

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 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ TURN04 太平洋奇襲作戦【Part 6】~

 

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 黄昏の間にライの乾いた笑いが響く。

 

 「それが私の存在理由か……」

 「如何にも」

 「ショックだった?」

 「いいや、先程の話に比べれば雲泥の差だ」

 

 そう言うとライは、一歩、また一歩と歩みを進める。

 やがて、振り向いた彼は夕日を背に厳かに告げた。

 

 「今、この場で誓え。二人に幸せな世界を見せると」

 

 最初に踏み出したのはシャルルだった。

 彼は胸に手を当て宣誓する。

 

 「シャルル・ジ・ブリタニアとして、我が母の名において誓おう」

 

 静かに頷いたライは横に視線を移すと、V.V.もまた弟に倣う。

 

 「僕も――」

 「待て」

 「……何さ?」

 

 神聖な儀式に臨む心積もりでいたところを止められたV.V.は不満顔。しかし、それは続く言葉に破顔させられる事となる。

 

 「お前の本当の名で誓え。よもやそれがそうだという訳ではないのだろう?」

 「ッ!? ……分かったよ」

 

 笑みを浮かべると軽く咳払いしたV.V.は、今一度儀式に臨む。

 

 「ヴィクトル・ジ・ブリタニアとして、母と弟の名において誓う」

 

 二人の誓約を受け取ったライは鷹揚に頷く。

 そうして皇帝をジッと見据えると言った。

 

 「真正な契約はここに結ばれた。違えるなよ? ……シャルル」

 

 それは甘美な響き。

 驚き瞳を丸くするシャルルは呆然と立ち尽くす。

 その顔が愉快だったのか。

 ライは微苦笑を浮かべつつ、V.V.に視線を移すと言った。

 

 「良い名だな、ヴィクトル」

 「やめてよ」

 

 言葉とは裏腹に、真名を呼ばれた彼は照れ臭そうに笑う。

 そこに、再起動を果たしたシャルルが問いを投げ入れた。

 

 「御主はそれで良いのだな?」

 「私の存在理由がそうなのだろう? ならば、前に進むだけ……私は一度全てから逃げた。だが、それは過ちだった。逃げる事等許されないのだ。この身体が背負った罪は……余りにも大きい」

 

 シャルルから視線を逸らさず、そう言い切ったライは歩き始める。

 そうして二人の間を抜けると階を下り静かに己を待つ軍馬の元まで歩み寄った。

 

 「神は自らが見た夢の欠片に殺される、か」

 

 そう言って銀色の機体に手を添えた彼は徐に瞳を閉じる。そして最後に――。

 

 「人形は(・・・)……私の方だったか(・・・・・・・)……」

 

 誰に聞かせるでもなく、自嘲めいた笑みを浮かべるとその姿は機体と共に光の向こうへ消えていった。

 

 ◇

 

 ライが去った後、残された兄弟。

 

 「……何だい、あれ……」

 

 艶っぽい溜息と共に兄は肩を落とした。

 

 「魔性の人誑しだよ、彼は……」

 「本人にその自覚は無いでしょうな」

 「だからさ、余計にタチが悪いよ」

 

 両腰に手を当てると、愚痴めいた言葉を発する兄に対して、微笑を浮かべた弟が問う。

 

 「憂いは拭えましたか?」

 「期せずしてって感じだけどね。でも、普通に告げていたらライは僕達に牙を向けただろうから、今回だけは感謝するべきかな? ……何を話したのか、後で詳しく聞かないとね」

 「えぇ、頼みます」

 「任せといて」

 

 そうして、兄は再び天を仰ぐ。

 

 「……まさかここで動くなんてね。裏切り者を破壊した時点で、ライは役目を果たした筈なのに、今も生かし続けてる。今回の事といい、余程大事なんだね」

 「お忘れですか? 兄さん。あの者は本来、神の剣と呼ぶべき存在です」

 「勿論覚えてるよ……あんなに綺麗なのにね」

 

 ほんの少し、残念さを滲ませた兄の言葉。

 

 「えぇ、そうですな……」

 

 弟は静かに同意した。

 

 ◇

 

 ギアス嚮団が根城とする地下都市。

 その薄暗い街路を4人の男達が歩いていた。

 やがて、一際天井の高い広間へと至ると、黒衣に身を包んだ男達に左右後と凹型(おうがた)に囲まれる格好となっていた男は、見上げると感嘆したかのような口調で呟いた。

 

 「ほぅ、ここが(あるじ)の間か」

 

 男の発言には緊張感の欠片も見られなかった。

 黒衣の男達は一斉に顔を顰めると苦言を呈する。

 

 「V.V.様の御前ではそのような口の訊き方は控えるように」

 「良いな? ジェレミア」

 

 が、ジェレミアと呼ばれた男は忌々しげに吐き捨てる。

 

 「無理矢理連れて来ておいて何を言う」

 「スクラップ寸前のお前をお救いになられたのだぞ!?」

 「更にはこうして歩けるまでに修復なされたのだ! 敬意を払え!」

 

 男達が声を荒げる。だが、当の本人は何処吹く風。

 

 「ん? あれは……何と! 子供が居るではないか!」

 

 遠く、ギアスの紋章が煌々と輝く壁の下。そこに有る2対の玉座。

 その足下の階段に座り込んでいる子供達を見たジェレミアは意外に思ったようだ。

 一方、男達は言葉が届いていない事に落胆した。

 

 「聞いてはいないな……」

 「……兎に角、V.V.様の前でそのような態度は控えるように」

 

 男達の二度の忠告もまるで耳に入っていないのか。ジェレミアは子供達に向かって歩みを進める。

 当の子供達はというと、近付いて来るジェレミアの大柄な体躯と、顔半分を覆う仮面という異様な風貌に肩を寄せ合うと警戒心を顕わにする。 

 そんな折、壁に刻まれた紋章が一層の輝きを放つと、黒衣の男達は口々に言葉を発した。

 

 「お戻りになられた」

 「控えろ、ジェレミア」

 「フン。V.V.と言う者が、我が忠義に足る存在であればな」

 

 ジェレミアが断言すると同時に眩いばかりの光が弾けた。

 その場に居合わせた者達は皆、眩しさに目を背ける。

 やがて、それが収まると男達はゆっくりと瞳を開ける。が、目の前に現れたのは男達の予想に反したモノだった。

 

 「ナイトメア? ふむ、あれが貴公達の言うV.V.なのか?」

 

 面食らった様子で、ジェレミアは突然現れた銀色のKMFを見上げながら問うた。

 だが、男達の驚きはジェレミアの比では無かった。

 

 「…………まさ……か……」

 「……時間的には……有り得る……」

 「不味いぞ……」

 

 震える声で男達が呟いた瞬間――。

 

 「お帰りなさい! 王様!」

 「お帰りなさい!」「お帰りなさい!」

 「何か飲まれますか?」

 

 溌剌とした子供達の声が木霊した。

 その声に釣られるようにジェレミアは視線を落とすと、機体の足下に一人の青年の姿を認めた。

 

 「王様?」

 

 彼はその言葉に思わず首を傾げるが、一方で黒衣の男達の胸中はそれどころでは無かった。

 

 「いかん!」

 「ひ、控えろ!!」

 

 左右後ろからジェレミアの肩を掴む男達。

 だが、ジェレミアはその手を意図も容易く払いのける。

 

 「貴公達も(くど)いな。先程も言ったように――」

 「死にたいのか!!」

 「フム、つまらん冗談だな」

 「えぇい!! どうなっても知らんぞ!」

 

 全く聞く耳を持たないジェレミアの態度に説得は無駄だと悟った男達は、我が身可愛さから一斉に片膝を付いた。

 一方、そんなジェレミア達を眼下に捉えながら、ライは機体の足下から歩み出る。少し足下をふらつかせながら。

 すると、一人の子供が勢い良く階段を駆け上がる。

 そうして直ぐ傍に歩み出ると手に持った純白の外套を恭しくライに差し出した

 

 それを無言で受け取ったライは、駄賃だとでも言わんばかりにカリグラの外套を脱ぎ手渡すと、簡潔に要求する。

 

 「良く冷えたのを」

 「分かりました!」

 

 受け取った子供は満面の笑みを浮かべると軽やかに階段を駆け降りる。

 そうして階段下に居る仲間に外套を預けると、足取り軽くその場を後にした。

 そんな子供達の姿にジェレミアが気を取られている一方で、深紅の玉座に腰掛けたライは深く息を吐くと少し疲れた様子で右手で顔を覆う。

 そこにジェレミアが意気揚々と問い掛けた。

 

 「貴公がV.V.か? いや、この者達の様子を見れば違うようではあるな。しかし、王とはどういう事か……名乗られよ!」 

 「……………………………………何だ? 貴様は」

 「陛下! 申し訳ありません。この者は目覚めたばかりでして――」

 「私がいつ貴様に発言を許可した?」

 

 眼光一閃。咎められた男は押し黙る。

 ライは相変わらず玉座に腰を据えたまま、右手を払うとつまらなそうな視線を向けた。

 

 「……あぁ、あの時見た男だったな。名は何と言う? それとも……まさかお前まで無いのか?」

 「有るに決まっているではないか!」

 「では、名乗れ」

 「な、何と不遜な物言い!……だが、尋ねた以上本来であればこちらから告げるのが筋だな」

 

 ジェレミアは腕を組むと一人勝手に納得する。

 その態度は、彼の傍で片膝を付き控えている男達の警戒水位を容易に超えさせた。

 しかし、ライの許しを得ていない今、この場から立ち去る事の方が遙かに危険だという事も重々理解していた。

 

 「私はジェレミア。ジェレミア・ゴットバルトである!」

 

 高らかな宣言が薄暗い地下都市に木霊する。

 その大き過ぎる声量に、子供たちは一瞬肩を震わせるが、同時に一斉に敵意の眼差しを向ける。

 ライもまた、瞳に一層の不快感を表す。

 が、その名乗りにふとある事を思い出したライは呟くように言った。

 

 「ジェレミア……あぁ、オレンジ疑惑の男だったか」

 「オ、オォオオレンジッ!!その言葉だけは――」

 「報告書にはナリタでゼロに敗れ生死不明と記されていたが?」

 「私はゼロに敗れた訳では無い!! 貴公も私を侮辱するのかッ!?」

 「尋ねているのは私だ。答えろ」

 「その前に撤回してもらおう!!」

 

 気分良く名乗った直後に、最も聞きたくない呼び名を聞かされたジェレミアは食って掛かる。

 一方で黒衣の男達はジェレミアの行動をもう一切咎めようとはしなかった。

 いや、下手に二人の間に入りとばっちりを食らうのを恐れただけといのが正しい答えだ。

 

 「随分と口喧しい……もう良い。貴様等はいつまでそうしている? さっさとその男を連れて去れ。目障りだ」

 

 手を払い辟易した態度を示すライに、この場から逃げ去る絶好の好機と捉えた男達。

 

 「は、はい!」

 「直ちに」

 

 我先にとでも言わんばかりの態度でジェレミアの二の腕を小脇に抱えた。

 

 「来い! V.V.様へのお目通りは後日行う」

 「離せ!! あの者は私を侮辱したのだ! 許せるものか!!」

 「今のお前では陛下に勝つ事など不可能だ! 一言で沈黙させられるだけぞ!?」

 「何が陛下か!」

 「待て」

 

 ジェレミアを引き摺りその場を後にしようとする男達たちであったが、それを引き留めたのはライの声。

 恐る恐るといった様子で振り返る男達に、絶対零度の視線が向けられる。

 

 「聞き捨てならない事を言ったな。その男、今は無理であっても何れは私に勝てるというのか?」

 「い、いえ。それは、言葉の綾とでも申しますか……」

 「そもそも、私の足下で言い争いを始めるとは良い度胸だな。重ねて言うぞ? 立ち去れ。ゼロに敗れた敗者に用は無い。利用価値は……無さそうだからな」

 「っ!? も、最早我慢ならんっ!!」

 

 男達の拘束を振り払ったジェレミアは、そう言って右手の手袋を脱ごうとする。

 

 「よせ!」「や、やめよ!!」「よさんかッ!!」

 

 慌てて静止させようと手を伸ばす男達。だが、それも空しい行為。

 力任せに払いのけると手袋を脱いだジェレミアは、ライに向かって投げ付ける。

 当然、届く筈もなく失速した手袋は階段の中腹に墜ちた。

 それを子供たちと同じくつまらなそうに眺めるライに向けて、ジェレミアは血気盛んに宣言する。

 

 「貴公に決闘を申し込む!」

 

 黒衣の男達は一斉に頭を抱えた。

 

 「……決闘?」

 

 「如何にも! このジェレミア・ゴットバルト。これ程までの侮辱を受けて黙っているなど軍人としても貴族としても、何よりも男としての名折れであるッ!!」

 

 鼻息荒く捲し立てるジェレミアとは対照的に、ライはまるで路傍の石でも見るかのような視線を送る。

 その時、場違いな声が辺りに響いた。

 

 「王様! どうぞ!」

 

 ライが視線を向けると、彼のすぐ傍にはさきほどの子供がいつの間にか控えていた。その手に紅茶のセットを持って。

 

 「御苦労」

 

 ライは少年が運んで来た紅茶のカップを手に取り一口含む。

 その態度はジェレミアの敵意を増幅させる結果となった。

 

 「ぬぅぅっ!! 聞いて――」

 「立場を辨えろ、下郎」  

 

 カップから口を離したライが睨むと、極寒の眼差しがジェレミアを射貫いた。

 彼は、頭から冷水を浴びせられたかのような錯覚に陥る。

 押し黙らせたライは、彼から一瞬視線を逸らした後、告げた。

 

 「まぁ、いい。取り敢えずはそこに跪け」

 「な、何たる物言い! 許しは――」

 「跪け!!」

 「っ!?」

 

 ライが命じた瞬間、ジェレミアは突如として片膝を付かされる。

 

 「な、何だこれは! 身体が……勝手に……」

 

 強制的に臣下の礼を取らされると、身じろぎすらままならない事態に困惑するジェレミア。

 それでも何とか首だけを動かして顔を上げた彼が見たのは、人差し指を向けると敵意の眼差しで自身を睨み付けている、先程紅茶を運んできた少年の姿だった。

 ライは紅茶を(あお)ると、空いたカップをソーサーに叩き付けるかのように置いたかと思えば、玉座より悠然と立ち上がる。

 そうして、立て掛けていた剣を手に取った。

 

 「その首、切り落としてくれる」

 「お待ちを! この者は大切な――」

 「黙れ!」

 

 これ以上は不味いと判断した男達が咄嗟に助命を願い出るも、一喝の元に沈黙させられてしまう。

 ライがゆっくりと階段を下りながらジェレミアに迫る。死の気配を漂わせながら。

 だが、死がその身に迫るというのに、ジェレミアは別の事を考えていた。

 迫り来る相手から発せられる異常なまでの威圧感は、この歳の青年が纏えるようなものでは断じて無い、と直感的に理解出来てしまったが故に。

 だからこそ、続いて彼の口をついて出た言葉は当然の疑問。

 

 「貴公、名は何と? この者達は陛下と……それに、そこもとの子供等は貴公を王だと……」

 「知ってどうする。これから死に逝くというのに」

 「やってみなければ分からん! それに、私は忠義を果たすまでは死んでも死にきれないのだ!!」

 

 ジェレミアの片眼に宿る眩いばかりに輝く明確な決意の灯火。

 今の己が宿すものとは全く異なるそれを見せつけられたライは気を削がれたのか。はたまた羨ましく思ったのか。

 剣先を向けると自嘲気味に笑った後、驚くべきことに願いを聞き届けた。

 

 「我が名はライゼル。ライゼル・S・ブリタニア」

 

 告げられたのは口にする事も憚られる英雄の名。

 ジェレミアは驚愕の瞳でもって王を見た。




以上、本作はこういう設定です。
人形は、小説版R2で連れ戻されたナナリーの元にアーニャが警護担当として来た際の会話だったかと記憶してます。電子版買おうかな。

ここまでお読み下さりありがとうございました!
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