コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

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遅くなり申し訳ございません。
原作キャラ死亡あり回です。
ロスストのアキトの話と奪還のロゼの設定も使ってます。
未見の方にはネタバレになるかもしれませんので、ご注意下さい。


TURN 04.27 ~ ユーロピアの大地にて ~

 

 テレビに映る若い女性キャスターは、興奮冷めやらぬ口調で語る。

 

 『先ほど広報官より各メディアに向けて通達がありました。今日未明、我らが総督マリーベル・メル・ブリタニア皇女殿下は、政庁に誘き寄せたテロリストを一掃したとの宣言発表を布令されたとのことです! 併せて映像の提供がございましたので御覧下さい!!』

 

 画面が切り替わると、夜明け前という事もあり輝度が低く、やや不明瞭な解像度ではあったが、テレビは壊滅したマドリードの星。その構成メンバーの哀れな最後を映し出した。

 屋上に佇むマリーベルの背後に整列する部隊、リドールナイツが駆る88機のヴィンセント・グリンダが掲げる無数のランスの穂先に突き刺さっているのは、数多のKMFであったモノ。

 また、眼下を見下ろすマリーベルの視線の先には、片膝をついた赤いKMFと、それを取り押さえている彼女の筆頭騎士、ライアーが駆るヴィンセント・グラムの姿がサーチライトに照らされていた。

 そんな2機の足元の石畳に転がるのは、原型を留めない程に破壊された2機のKMFの残骸と、そのパイロットであったと思われる者達の(むくろ)

 流石にそれには画像処理が施されていたが、モザイクの大部分が紅い色を占めていた事から、視聴者達にはパイロット達がどのような姿になっているのか、容易に想像が出来てしまう程には凄惨な映像だった。

 それを十分に見せつけた後、画面はスタジオに戻る。

 そこには、先程よりやや引いたアングルで映り込むキャスターと、隣に座るコメンテーターと思しき男が映っていた。

 

 『エリア24における最大の反ブリタニア勢力は、これで壊滅したと見て良いのでしょうか』

 『はい。撃滅されたKMFの数から見ても、テロリストはその戦力を完全に喪失したことはまず間違い無いかと。今後、マリーベル総督は統治に専念される事になるでしょう。我々臣民も、これで枕を高くして寝ることが出来ます』

 『マリーベル様の名声は益々高まりますね!』

 『その通りです』

 

 鷹揚に頷いたコメンテーターに気を良くしたのか。花笑みとなったキャスターは決まり文句を口にする。

 

 「皇帝陛下の御威光を(あまね)くエリアに。オール・ハイル・ブリタニア!! グローリー・トゥ・グリンダ!!」

 

 それを合図とするかのように、テレビは電源を落とされた。

 

 「これで、エリア24の統治は盤石なものとなる、か」

 「えぇ、我が妹ながら見事なものです」

 

 安堵の吐息と共に語ったのはオーガスタ・ヘンリ・ハイランド。

 それに含み笑いを浮かべて相槌を打ったのは、帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニア。

 ここはカエサル大宮殿の一室。

 太陽が真上に昇ったその時刻。

 テーブルを挟んで椅子に腰掛けた二人は、互いの忠臣を伴い紅茶を片手に会談を行っていた。

 

 「それで? 宰相閣下。彼等が帰還すると?」

 「えぇ。マリーベルからは、近いうちに全てのゲットーに対して掃討作戦を実行する為の人員が必要になると言われました。その為の帰還命令となると、私としても無理に引き留める理由は無いので」

 

 シュナイゼルがそう答えると、左斜め後ろに控えたカノンが振り返り扉の前に居た二人に目配せした。

 すると、大グリンダ騎士団の両翼、天空騎士団団長のレオンハルト・シュタイナーと重装騎士団団長のティンク・ロックハートが一歩前へ足を進めた。

 代表してレオンハルトが口を開く。

 

 「ヴェランス大公閣下におかれましては――」

 「堅苦しい挨拶は不要。短い間だったが大義であった。マリーベル皇女殿下にも宜しく伝えてもらいたい」

 「はっ! 確かにお伝えいたします」

 

 二人揃って腰を折ると、椅子に座ったまま振り向いたシュナイゼルは、柔らかい笑みを彼等に送った。

 

 「ご苦労だったね。下がって良いよ」

 「失礼いたします!」

 

 レオンハルト達は敬礼するとその場を辞する。

 扉が閉まると、大公は一転して剣呑な瞳をシュナイゼルに差し向けた。

 

 「エリア24の安定が成れば、ユーロピア連合に三正面から攻め込めるようになる。我々の負担も軽減されると考えて良いだろうか?」

 「えぇ。しかし、それには今少しの猶予が必要です」

 「我々の状況が予断を許さないことは、宰相閣下が良くご存じの筈では?」

 

 大公は食い気味に尋ねるが、シュナイゼルは黙したままテーブルに置かれた紅茶のカップに手を伸ばすと、その後をカノンが担う。

 

 「ユーロピア戦線の状況は順調に推移していますわ」

 「……順調、だと?」

 

 大公は能面顔のカノンを睨み付けるが、彼が表情を変える事は無い。

 

 「何か問題でも?」

 「録な後方支援も行わずに、前線に我々の兵力を逐次投入させる事を本国では順調と評するのかね?」

 「そちらの要求は最大限叶えるべく行動しているつもりですが?」

 

 カノンが微笑を浮かべると、カップに口を付けたシュナイゼルの口元にも薄っすらとした笑みが覗く。

 主従揃っての態度に、大公は椅子の袖を握る手に力を込める。

 傍に控えるミヒャエルに至っては、有らん限りの力で両拳を握り肩を震わせていた。 

 

 「ユーロ・ブリタニアには改めて皇帝陛下への忠誠を示していただかないと困りますわ。それとも、我々の代わりに彼等(離反貴族)を粛正することをその証とされますか?」

 

 こちらとしては一向に構いませんが、と語尾に付け加えたカノン。

 大公の真一文字に結んだ口端から小さな呻き声が上がると、シュナイゼルはカップを置いた。

 

 「大公閣下。各地に散らばった彼等の相手はこちらが担っています。その結果とはいえ、満足な支援が行えていない事はこちらとしても心苦しいのです。しかし、この者が言ったように彼等と砲火を交える事のほうが、そちらにとってはお辛いのでは?」

 

 例の簒奪者、シン・ヒュウガ・シャイングの反乱以降、欧州大陸での戦争指導を本国が担った結果、それに異を唱えた一部の欧州貴族はハイランドの慰留の言葉も虚しくユーロ・ブリタニアを離反していた。

 そんな彼等を帝国は不穏分子と見なしユーロ・ブリタニアに追討を命じたが、大公は彼等に鎮圧部隊を差し向ける事が出来なかった。

 そこに、嘗ての仲間達を討つのは心苦しかろうとシュナイゼルが救いの手を差し伸べた。

 しかし、物事には裏がある。シュナイゼルが提案した場合は特に。

 大公がその手を握ってしまった結果、悲劇の幕は上がった。

 代価としてシュナイゼルは、ユーロ・ブリタニアに要衝の攻略を命じた。 

 それは皇帝が望んだ事であり、その理由までは明確にしなかったが、シュナイゼルにとっては然したる問題では無かった。

 他人の望みを体現し続ける事を本質とする彼にとって、望まれたことこそが理由であったのだから。

 一方、命じられた要衝の攻略を開始して以降、日に日に空席が目立ち始める大貴族会議場の議席を目の当たりした大公は、ようやっとシュナイゼルの、いや、本国の意図を理解するに至る。

 即ち、徹底的に自分達の戦力を削ぎに来たのだという事を。 

 方舟の船団に端を発した大進撃の結果、広大な先祖の土地を奪還したものの、シュナイゼルが主目標として定めたのは、ユーロピア連合の本拠地パリを守るべく、あの時に構築された絶対防衛戦。通称、マジノ線であった。

 多くの貴族達がそこに送られた結果、満足な支援も得られずその地で倒れ伏す。

 今やマジノ線は欧州貴族の屠殺場と化していた。

 ユーロ・ブリタニアは存亡の危機を迎えていた。いや、既に滅んでいるといっても良い。 

 既にヴェランス大公とミハエルを除けば、欧州貴族と呼ばれる者達は両手で数える程しか残っていないのだから。

 必然、いずれその地は本国の統治下に置かれる事となるのは疑いようがない。 

 一方、ユーロピア共和国連合の事情も厳しかった。

 マジノ線は安定して防御出来ていたが、ドーバー海峡沿岸部に橋頭保を造られたばかりか、エリア24の統治完了がカウントダウンに入っているのだから。

 消耗戦の様相を見せるユーロピア戦線。高笑いの声をあげるのは帝国だけ。

 

 「……なるべく早く三正面作戦に移行して貰いたい」

 「マリーベルには急ぐように伝えましょう」

 

 そう請け負ったシュナイゼルだが、そのつもりは毛頭無い。

 いや、むしろその逆。エリア24の統治完了が間近に迫っていることを口実に、既に密かにユーロピア共和国連合との間で、講和に向けた交渉のためのホットラインを開設させていたのだから。

 となれば、彼にとって最早ユーロ・ブリタニアに留まる理由も薄れている。

 

 「我々とヴァルトシュタイン卿も、明後日には此処を去ります」

 「帰られた後、宮殿の門は固く閉じておかなければな」

 

 大公の皮肉を微笑でもって受け流したシュナイゼルは話題を変えた。

 

 「帰る前に一つお願いがあるのですが」

 「何かな?」

 「難しい話ではありませんよ。そちらが所有されている宝物で見せていただきたいものがあるのです」

 

 疑念の眼差しを向ける大公を宥めるかのようにシュナイゼルが笑んでみせると、カノンは付箋が付いた宝物目録をミヒャエルに手渡す。

 それを受け取った大公は目を(しばたた)かせた。

 

 「宰相閣下はコレに興味がお有りなのか?」

 「えぇ、どうでしょう?」

 「構わないとも。今から御覧になられるかな?」

 「お願いしましょう」

 

 そうして二人は席を立つと、それぞれの臣下を伴い部屋を後にした。

 

 ◇

 

 シュナイゼル達の元を辞した二人は、大グリンダ騎士団の準旗艦、グランベリーへ向かうべく宮殿の長廊下を歩いていた。

 その道すがら、ティンクは横目で同僚を見やる。

 レオンハルトの横顔には若干の苛立ちの色があった。

 その理由を察しつつも、ティンクは敢えて問い掛ける。

 

 「不機嫌だね。どうした?」

 「先程のシュナイゼル殿下の物言いさ」

 「あぁ……」

 

 やはりそれか、とティンクが呟くと、レオンハルトは堰を切ったかのように語り始めた。

 

 「出立前にマリーベル様は仰っておられたじゃないか。俺達が不在の情報はシュナイゼル殿下から漏れるだろうって。実際に、テロリスト共は俺達の不在を狙って政庁に攻め寄せた。マリーベル様は御身を囮にされたんだ。無事だったから良かったようなものの、それをあんな一言で片付けられるのか!?」

 「声が大きいよ。レオン」

 「……ごめん。でも……」

 「言いたい事は分かるけど、せめてそれはグランベリーの中でして欲しいかな」

 

 ティンクが諫めるとレオンハルトは肩を落としたまま、廊下の曲がり角二差し掛かる。

 だが、曲がった瞬間、二人は雷に打たれたかのようにその歩みを停めた。

 

 「ほぅ、興味深い話をしているな」

 

 渋く重い声。帝国最強の騎士、ビスマルクがそこに居た。

 慌てて敬礼する二人に対して、答礼を返したビスマルクであったが、眼光鋭くレオンハルトにその照準を向ける。

 蛇に睨まれた蛙の如く、レオンハルトは敬礼の姿勢そのままにダラダラと滝のような汗を垂らす。

 ビスマルクは苦笑した。

 

 「まぁ、お前達は良く働いてくれたからな。先程の会話は私の胸の内に留めておく」

 「あ、ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げる同僚にティンクは一瞬だけ呆れ顔を向けたが、同じく頭を垂れる。

 

 「会談は終わったか?」

 

 ビスマルクからの問いに顔を上げる二人。

 委縮したままのレオンハルトに代わりティンクが口を開いた。

 

 「いえ、まだ続いています。ヴァルトシュタイン卿も参加されるのですか?」

 「いや、お前達に伝えておく事が出来たので迎えに来た」

 「ご足労をお掛けして申し訳ありません」

 「構わない。歩きながら話そうか」

 

 そうして三人はクランベリーの停泊地に向かう。

 

 「お前達が戻った後になるが、エリア24にラウンズを一人、監査官として送る事になる」

 「それは――」

 「もしかして、ブラッドリー卿ですか!?」

 「いや、違う」

 「そう……ですか……」

 

 平静さを取り戻したのか。

 レオンハルトが食い気味に尋ねたが、ビスマルクは端的に否定した。

 期待から落胆へ。

 そんなレオンハルトの態度を怪訝に思ったのか、ビスマルクは眉を僅かに顰めた。

 

 「あの男が良かったのか?」

 「い、いえ。そうではなく――」

 「ブラッドリー卿がお越しになるなら、御付きの女性陣も一緒に来ると思ったんですよ、こいつは」

 「お、おいッ!」

 

  ティンクがお返しとばかりに言葉を被せるも、レオンハルトはそれ以上何も言えなかった。

 

 「グラウサム・ヴァルキリエ隊の事か? あぁ、お前の婚約者が居たな」

 「ご、ご存知なのですか!?」

 「お前達の経歴は頭に入っている」

 

 合点がいったのか。ビスマルクは快活に笑った。

 

 「しかし、残念ながらその人選は私が見送った。今の皇女殿下の元にアイツを送るのは色々と不味かろう」

 

 敵を殺す事に喜びを見出すルキアーノと、テロリストの殲滅に執念を燃やす真紅の戦姫との相性は、ある意味では最良と言える。

 しかし、監査どころでは無くなる可能性を多分に孕んでいると危惧した為だ。

 ティンクが問う。

 

 「どなたを派遣されるのでしょうか」

 「ノネットを送る」

 「エニアグラム卿ですか。確か本国では剣術指南役であらせられたかと記憶しています」

 

 ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラム。

 年若い雛鳥達に闘い方のイロハを教える嚮導官としての側面も持つ女傑。

 首肯したビスマルクは人事考慮の結果を二人に告げた。

 

 「モニカはロイヤルガードの責任者であり、おいそれと帝都から動かす事は出来ん。ドロテアは各エリアの査察官としての経験が豊富なため、役職だけで見れば適任だが1年先までスケジュールが埋まっている。ラウンズで日程の調整が可能だったのはノネットだけだった。本人は乗り気ではなかったから説得には大分苦労したが……」

 

 そう語ったビスマルクは、何処か遠い目をした。

 

 ◇◇◇

 

 

 『嫌だ。何で私がそんなところにまで出向いて成鳥の様子を見なければならないんだ』

 

 モニターの向こうに居るノネットは、白眼視を向ける。

 

 「そうは言うが――」

 「ビスマルク、アンタは私から雛鳥共を奪おうとしてるんだぞ?」

 「熟慮に熟慮を重ねた結果だ」

 「領地にでも帰るかな……」

 

 ヤレヤレといった様子でノネットが頭を掻くと、ビスマルクは彼女の前に餌を吊り下げた。

 

 「コーネリア皇女殿下がエリア24に向かったらしい、と言ってもか?」

 「……なに?」

 

 瞳を丸くしたノネットに、手応えを感じたビスマルクは釣り上げに掛かる。

 

 「ベアトリスからの情報だ。確度は高い」

 「監査官の件、アイツに相談したのか?」

 「あぁ。その際、お前はきっとゴネるだろうから教えてやって欲しいと」

 

 元同僚が一枚噛んでいるのであれば、逃げ場はないと理解したノネットは両手を上げると降参の意を示した。

 

 「分かった、分かった。行くよ」

 「コーネリア皇女殿下をお探しするなとは言わんが、監査はマジメにやれ」

 「エリア24を逆さに振ってでもお探しすることを認めてくれるならな」

 

 彼女のせめてもの意趣返しか。ニヤリと笑うノネットを見たビスマルクは肩を落とした。

 

 「……それはマリーベル皇女殿下の許しを得てからにしろ」

 「Yes, My Lordだ。ビスマルク」

 

 条件付きとはいえ、内諾を得た事に満足したノネットは快活に笑った。

 

 ◇◇◇

 

 溜息を吐くビスマルクの横顔を見る二人。

 そこには欧州貴族の鎮圧時に幾度となく見た帝国最強の男の顔は無かった。

 あったのは、やや疲れた様子の中間管理職のそれ。

 吹き出すのを堪えるレオンハルトと、その脇腹を肘で小突くティンクを他所に、ビスマルクは懐から1枚のメモ用紙を取り出した。

 

 「ノネットの好みが書いてある。着いたら歓待してやってくれ」

 「ご高配痛み入ります」

 

 受け取ったティンクが謝意を示す一方で、レオンハルトは、あれ? といった様子で首を傾げた。

 

 「もうお一人は考慮されなかったのですか?」

 

 それがビスマルクの歩みを止めた。

 

 「アイツの事はいい」

 「す、すいません」

 

 睨み付けたビスマルクはそう言って歩みを再開させた。 

 レオンハルトが言ったもう一人とは、ナイトオブファイブ。ノーランド・フォン・リューネブルクの事だ。

 ラウンズ年鑑に記載された顔写真でも、目と耳を覆う仮面を付けており、素顔を伺い知る事が出来ない謎多き人物でもある。

 

 「アイツは月一の定例会議にも顔を出さん。そのクセに修練場は勝手気ままに使う」

 「自由な方なんですね」

 「皇帝陛下がお許しになられているからな」

 

 ビスマルクの言葉に棘が含まれていることを感じ取ったティンクは話題を変えた。

 

 「エニアグラム卿が派遣される事は確定なのですか?」

 「……あぁ。勅令が出るようシュナイゼル殿下が動かれた。これにはベアトリスも同意している」

 

 二人が息を呑むと、ビスマルクは武人の顔つきになる。

 

 「マリーベル皇女殿下は武威を示された」

 

 二人は直感的に理解した。あの映像の事を言っているのだ、と。

 

 「いちエリアの総督が持つには、少々過剰な戦力ではないかとベアトリスも疑問視したからな。勅令は間違いなく出る」

 「そう、ですか……」

 「以前はもう少しお優しい方でした」

 

 伏し目がちになったレオンハルトは、制止しようと肩に置いたティンクの手を払い除けると無視して続ける。

 

 「龍門石窟でピースマークと戦闘になって以降、皇女殿下は変わられてしまいました。行方知れずのオルドリンを探す事もされず、良く分からない出自の男を筆頭騎士として傍に置かれるなんて……」

 「オルドリン……オルドリン・ジヴォンか」

 「それだけじゃないんです。最近の皇女殿下は何かに酷く怯えてらっしゃるような」

 「怯える? あの皇女殿下が?」

 

 俄かには信じられないといった様子でビスマルクが問うと、レオンハルトはその原因となった出来事を語り始めた。 

 

 「はい。過日の事ですが、皇帝陛下の勅使を名乗る奇妙な集団が政庁に押しかけ、皇女殿下を何処かに連れていかれる事がありました」

 「止めなかったのか?」

 

 ビスマルクの瞳に批難の色が浮かぶと、流石に不味いと危機感を覚えたティンクがフォローに回る。

 

 「勅書は本物でした。それに、マリーベル様もそれを良しとされたので……」

 「その日の内にお戻りになられたのですが、それから丸一日はお部屋から出てこられず。政務に復帰された後も心ここにあらずといった様子で、ペンを持たれる手も震えていらっしゃったり……」

 「陛下の勅使を名乗る者達とは、どんな連中だった?」

 

 ビスマルクの問いにティンクが答えた。全身黒尽くめの集団でした、と。

 

 「……まさか」

 

 ビスマルクは足を止めた。

 皇帝の勅書を持つ黒尽くめの集団に、苛烈な性格の皇女を恐怖に染めることが出来る存在。思い当たる人物は一人(ライゼル)しか居なかったからだ。

 

 「ヴァルトシュタイン卿?」

 「いや、なんでもない」

 

 不思議そうな表情を向ける二人に断りを入れたビスマルクは歩みを再開した。

 帰国した折には確認せねば、との思いを秘めて。 

 

 ◇

 

 カエサル大宮殿の地下にある宝物庫にて。

 ハイランド家がその長きに渡る繁栄の中で収集した一品を手に取ったシュナイゼルは笑みを浮かべていた。

 

 「素晴らしい壺ですね」

 「そう言ってもらえて何よりだ」

 

 家宝を褒められた大公もまんざらではない様子。

 

 「数は本国に負けるが、質は劣らないものと自負している」

 「確かに。これ程の物は帝室にも然う然う無いでしょう」

 

 礼を述べたシュナイゼルは手にした壺を大公に手渡す。

 大公がそれをミヒャエルに渡すと、元の収蔵場所に仕舞うのを尻目に周囲をカノンと共に見渡していたシュナイゼルはふと、最奥にある重厚な金属の扉に目を留めた。

 

 「あそこには何が?」

 

 シュナイゼルの視線の先に気付いた大公は、瞳に哀愁の色を漂わせた。

 

 「あぁ……あそこにあるのは、壁画だ」

 

 壁画、と呟いたシュナイゼルは次に思い出したかのように問う。

 

 「ひょっとして、例の壁画ですか? 皇帝リカルドが見たという」

 「そうだ」

 「成る程」

 

 顎に手を当てると、扉に向けて興味深げな視線を送るシュナイゼルに対して、大公は頭を振りつつ断りを入れる。

 

 「残念ながら、宰相閣下にお見せする事は叶わない」

 「理由を聞かせてもらっても?」

 「資格をお持ちでは無いからだ」

 「それは、どのような資格でしょう?」

 

 問われた大公は薄く笑った。

 それを見咎めたカノンは瞳を細めるが、主君の会話に割って入るような不作法者ではない。

 主従共々、大公が何を言うのかジッと続きを待つと、語られたのは実に呆気ないものだった。

 

 「王の御尊顔を拝謁したければ、帝位に()かれることだ」

 「……それはそれは」

 

 帝位の野心を誘因するかのような口振りに、カノンが批難の眼差しを向ける。

 一方のシュナイゼルは微苦笑を浮かべるのみ。

 

 「それにしても、宰相閣下が王に興味をお持ちとはな」

 「可笑しいですか? 私の名の元となった相手です。一抹の興味程度は持ちますよ」

 「……さぞやご苦労なされたことだろう」

 「いえ。大した事はありませんでしたよ」  

 

 僅かに同情を感じさせる大公の物言いに、言わんとしている事を理解したシュナイゼルであったが、それでも彼が穏やかな笑みを絶やすことは無い。

 幼少の頃、偉大な王に傾倒していたシャルルが、自らにその名の一部を与えたことを知った彼は喜んだ。父親に期待されているのだ、と。

 だが、シャルルは彼と母親の元を尋ねる事は皆無に近かったばかりか、彼が身の丈以上の成果を示しても誉めることは決してなかった。

 そして、血の紋章事件で母親が反乱の情報を隠したとの罪を問われた際に行った助命嘆願をシャルルに一蹴されたのを契機に、その名前が持つもう一つの意味を知る事になる。

 嘗て王の偉業に肖って、その名の一部を授けられた者達の多くが辿った末路。そこから呼ばれる事となったそれ。

 通称、呪詛の名。

 それからのシュナイゼルは変わった。

 自発的に何かを成しても比較されるだけなのであれば、他者からの求めにだけ応じよう。他人から求められる人物を演じ続けよう、と。

 そうして、いつしか欲望や執着といったものを抱くことが無くなった彼は、代わりに他者が抱く夢や希望などの強い感情に惹かれるといった歪な存在へと成り果てると今日に至る。

 それが帝国宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニア。

 一部の親しい者達からは、心が無い と揶揄される、虚無(・・)の申し子と言える男だった。

 

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 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ TURN 04.27 ユーロピアの大地にて ~

 

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 夕暮れ時。

 マドリード租界とベンタスゲットーの境界線上にある人気の無い路地裏。

 夕闇に沈みつつあったその場所を歩くのは、灰色のフードを頭から被り全身を隠す一人の人物。

 唯一灯りの漏れる扉の前まで来たその者は、独特なリズムでドアをノックした。

 ややあって、5度の解錠音が響くと扉が開く。

 

 「おやおや、こりゃまた怪しいお客が来たもんだにゃ~」

 「お前がスケアクロウだな?」

 

 スケアクロウと呼ばれた女は意外そうな声を上げる。

 

 「オタク、女かい?」

 「それがどうした? そういうお前も女だろう?」

 「まぁね~」

 

 歯を見せて笑ったスケアクロウは手招きする。

 フードの女が部屋に入ると、念入りに施錠を施したスケアクロウはテーブルにある椅子に腰掛けた。

 

 「立ち話も何だからさ、座ったら?」

 

 フードの女は勧められるがまま、向かい合う形で椅子に座った。

 

 「それで? 私に何の用か聞いても?」

 「そうだな……」

  

 フードの女が続きを口にしようとしたその時、テレビから流れる音声がそれを遮った。

 

 『政庁からの発表をお知らせします。マリーベル総督は明後日より、順次ゲットーの再整理を行うことを決定されました。当日、ゲットーに住む全てのナンバーズは――』

 

 スケアクロウはニュースを最後まで聞く事無く、テーブルに置いてあったテレビのリモコンを手に取ると電源を切った。

 

 「済まないにゃ〜。それで?」

 「マリーベル、か……。暫く見ないうちに、益々苛烈になったな」

 「オタク、ブリタニア人じゃないのかい?」

 

 発音の美しさからフードの女をブリタニア人だと予想していたスケアクロウは、皇族を呼び捨てにしたその態度に疑問を抱いた。

 

 「そういうお前もブリタニア人だろう? スケアクロウ……いや、元グリンダ騎士団所属のソキア・シェルパ」

 「ッ!?」

 

 素性を知られている事に驚くと同時に、腰のうしろに隠した拳銃を素早く抜くと相手に突きつけるソキア。

 

 「あんた、何者? ブリタニアの追っ手かい?」

 

 殺意を向けるソキアであったが、相手は気にも留めずに話続ける。

 

 「マリーベルは変わったよ。以前の彼女は部下を大切にしていた。しかし、今はリドールナイツ等という訳の分からない連中を従えている。お前の脱退も止めなかったそうだな」

 「皇女殿下の悪口は許さないッ!」

 

 ソキアは銃口を向けたまま睨み付ける。

 

 「確かに皇女殿下は変わってしまわれた。でも、あの娘がいればきっと元の優しい御方に戻って下さるって信じてる! だから私は――」

 「オルドリン・ジウォンの居場所なら知っている」

 「ッ!! 何で……」

 

 軍を抜けて以降、八方手を尽くした結果、情報屋スケアクロウとしての名前だけが裏の社会で有名となるも、オルドリンの行方だけは(よう)として知れなかった。

 その居場所を目の前の女は知っているという。

 驚き2割に疑念が8割といった視線を向けるソキアに、女はその場所を伝えた。

 

 「あの者はマドリード租界にあるペンデルトン学園に通っていた」

 「ペンデルトン学園……そんなところに……」

 

 オルドリンが行方知れずとなった龍門石窟がある中華連邦を中心に活動していたソキアにとって、灯台下暗しとはまさにこのことだろう。

 マリーベルの直ぐ近くに居た事に愕然とする彼女だったが、そこでふと気づく。

 

 「通っていたってどういうことさ?」

 

 過去形で語られた事に疑問符を浮かべると、相手は口を開く。

 

 「お前も昼頃に流れたテロリスト壊滅の映像は見ただろう?」

 「…………」

 「続きの映像も見たか?」

 

 ソキアが無言を貫き続ける一方で、フードの女は懐に手を伸ばす。

 

 「待ちな! ゆっくりと、だ」

 

 ソキアの忠告に女は従うかのようにゆっくりと懐から取り出した物を見せた。

 それは携帯端末だった。

 やや警戒の色を薄めたソキアに対して、女は再生ボタンを押すと液晶画面を向ける。

 流れ始める映像。

 昼間に放送された映像とやや異なるアングルで撮られたそれが映し出したのは、右手を上げるマリーベルの姿。

 それを合図にヴィンセント・グラムが赤いKMFのコックピットを抉じ開けようとする。

 その時、夜明けの空から1機のKMFが飛来した。

 それは黒い大型のKMFだった。

 砲撃を浴びせながら迫るそのKMFに、ヴィンセント・グラムはコックピットから手を放すと後退を選択。

 倒れ込む赤いKMF。

 寸前でそれを支えた黒いKMFは、両腕に抱き浮かび上がると暫しの間、マリーベルと向き合う。

 が、やがて轟音と共に何処へと飛び去っていった。

 

 「政庁の発表と併せて、ダークウェブ上に流れた映像だ。投稿者はミス・エックス。ピースマークとテロリストを繋ぐ仲介屋として、ブリタニア本国も行方を追っている人物らしい」

 「……私は……現地で見たよ」

 「ほぅ?」

 「レオンハルトとティンクが揃って皇女殿下の元を離れたって情報を得てさ。何かが起きると思って張ってたんだ」

 「中華連邦を活動の拠点としていたお前が、エリア24に戻っていたのはそれが理由か」

 

 納得したのか。フードを小さく揺らした女は驚きの事実を口にする。 

 

 「赤いKMFのパイロットがオルドリンだ」

 「は? あ、有り得ないって! あの娘が皇女殿下と敵対するなんて!」

 「黒いKMFはピースマークの支援者であるウィザードのものらしい。行き先は不明だが」

 「そん……な……」

 

 オルドリンがテロリストに与している。

 そればかりか、嘗ての主従が殺し合った。

 その事実を突きつけられ唖然とするソキアが銃口を下げると、ようやっと相手はフードを脱いだ。

 現れたのは赤紫色の巻き毛。その顔貌を見たソキアは素っ頓狂な声を上げる。

 

 「コ、ココココーネリア皇女殿下ァッ!?」

 

 飛び退いたソキアはそのまま地に伏した。

 

 「た、大変なご無礼を!!」

 

 平身低頭。

 精一杯の謝罪の意を示すソキアにコーネリアは苦笑した。

 

 「良い。今まで正体を隠していた私にも非はあるからな」

 「そ、そう仰っていただけると大変ありがたく……い、いえ! 大変申し訳ありません!」

 「もう良いと申したであろう。席に座れ。このままでは話も出来ん」

 「はっ、はい!」

 

 飛び起きたソキアは着座すると俯きがちに口を開いた。

 

 「あのぅ……それで皇女殿下はどうしてこちらに?」

 「もう皇女ではない」

 「はぇ?」

 「皇籍は返還した。今、お前の前に居るのは、ただのコーネリアだ」

 

 とんでもない事実を平然と語るコーネリアに、ソキアは一瞬、茫然とするも慌てて首を横に振った。

 

 「い、いえ! 皇女殿下と呼ばせていただきます! マリーベル皇女殿下に顔向け出来ません!」 

 「忠義者だな。好きにせよ」

 「はいっ!」

 

 胸を張るソキアに微苦笑を浮かべたコーネリアであったが、すぐさま神妙な面持ちとなると会話を切り出した。

 

 「……此処に来た理由だったな。マリーベルの様子が変わってしまったからだ」

 「と仰いますと?」

 「先程も言ったが、マリーベルは変わってしまった。敵に対しては非情であっても、部下には思慮深かったあの娘が、それまでの筆頭騎士であったオルドリン・ジウォンの捜索もせず、切り捨てるかのように新たな筆頭騎士を据えた。トドメは先程の映像にもあったように、マリーベルとオルドリンが殺し合ったと言う事実。二人とも人が変わってしまったかのようだった」

 

 あの時のユフィと重なるのだ、との言葉を飲み込んだコーネリアにソキアが疑問を口にする。

 

 「だから二人を知る私の所にお越しになられたと? ですが、どうやってこの場所を?」

 「ビービーから聞いた」

 「ビービー? 知らない名前です。どちら様でしょうか?」

 

 ソキアは首を傾げた。

 情報屋稼業を初めて以降、その業界の先達を知る事となった彼女にしても聞き覚えの無い名前だったからなのだが――。

 

 「ベアトリスだ」

 「ヒッ!」

 

 ソキアは喉を引き攣らせた。

 あの鉄の淑女に自分の動向を把握されていたなど、思いも寄らなかったからだ。

 

 「あの者の腕はその方が思うよりも長いぞ?」

 「そ、そのようですね……」

 

 冷や汗を垂らすソキアに対して、口元を僅かに歪ませたコーネリアは知り得た情報を開示してゆく。

 

 「明後日から順次、ゲットーの再整理が行われる。最初はここ、ベンタスゲットーだ。コード103を前提としたものになるとベアトリスからは聞いている」

 「コード103……」

 

 ソキアは表情を強張らせた。

 コード103。別名、EX(エクス)指令。

 それは、軍事行動を行う対象地域内に存在する自軍以外で、目に付く人間全ての鏖殺(extermination)を命じるものだ。

 

 「見せしめだろうな。ここはもうすぐ地獄に変わる。その前にお前に会いに来たという訳だ」

 「……自分は、何をすれば良いのでしょうか?」

 「中華連邦に戻るついでで構わん。私を龍門石窟まで送れ」

 

 聞き慣れた、いや、忘れる事が出来ない地名を聞かされたソキアは、不敬と理解しつつも探りの(まなこ)でコーネリアを見やる。

 

 「それは構いませんが。でも、どうして其処なのですか?」

 「二人が変わった切っ掛けの場所だからだ。一度、この目で見ておきたい。あるいは、私の探し求めるモノの手掛かりが見つかるやもしれん」

 「それは、皇籍を返還されてまでお探しになるほどのものなのですか?」

 「聞くな。お前を巻き込むつもりはない。これは私個人の問題だ」

 

 コーネリアは口を真一文字に結んだ。

 その頑なな態度に、帝国あるいは皇族に関する何かだと推察したソキアであったが、それ以上尋ねることはしなかった。

 

 「分かりました。お送りします。そうと決まれば善は急げってやつですね!」

 「頼む」

 

 小さく頭を垂れたコーネリアに向けて、ソキアは笑みを浮かべると久方ぶりの言葉を発した。

 

 「Yes,Your Highness!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 月の光が小川を照らす。

 その(ほとり)

 旅の一座の荷馬車の中で、一つの命が終わろうとしていた。

 ベッドに横たわるのは一座の最長老。皆から大婆様と呼ばれる一人の老女。

 その傍には旅芸人の衣装に身を包んだレイラと、二人を囲うかのように六人の老婆達が座っている。

 最初はただの風邪だった。それが悪化したのだ。

 老女は死期を悟ったのか。

 医者に診てもらうべきだ、とのリョウを筆頭とした周囲の説得に感謝の言葉は伝えたものの、決して耳を貸すこと無く静かに迎えの時を待つことを選択した。

 

 「お婆様。しっかりなさって下さい」

 

 レイラは老女の手を握ると必死に励ましの言葉を送る。

 既に他の仲間達は一人一人荷馬車の中に呼ばれると、別れの挨拶を済ましている。

 最後に呼ばれたのがレイラだった。

 

 「自分の身体の事は……良く分かってるつもりさね……」

 

 頭に身につけているスカーフを脱ぎ、白髪を露わにするも丸渕に黒色レンズのメガネだけは普段のまま。

 老女は時折、咳込みながら淡々と語る。

 

 「そんな! 私はまだお婆様に何も返せていません!」

 「家族になってくれたろう? それだけで十分さ……」

 

 戦いから離れ、微睡にも似た平和を仲間達と謳歌出来ているのは、老女の助けがあったからこそ。

 それを誰よりも痛感していたからこそ、レイラはあの時、彼女(時空の管理者)に言われたこの先に起きる戦いを止める手立てを思い付けない己の無力さに苛まれていた。

 それを知ってか知らずか。老女はレイラに問い掛ける。

 

 「レイラや。お前さんは悩んでいるね?」

 「……はい。この世界に……危機が訪れるかもしれません。でも……どうすれば良いのか。それが分からないんです」

 

 レイラが肩を落とすと、周囲から声が上がる。

 

 「こりゃまた随分突飛な話さね」

 「危機なら今もそうさ」

 「財布の危機!」

 「あぁ、明日飲む酒を買うお金も無いからねぇ」

 

 老婆達なりにレイラを励まそうとしていることを感じ取ったのか。

 老女は静かに微笑むと言った。

 

 「どれ……それじゃ可愛いレイラの為に、最後に一つ占ってあげようか」

 「無理をなさらないで下さい!」

 

 上体を起こそうとする老女をレイラは止めようとする。

 しかし、周り座る老婆達の行動は、寧ろその逆。

 起き上がるのを助けるかのようにその背を支えた。

 そうして、身体を起こした老女の元に愛用品でもある不思議な紋様が彫られた石が手渡されると、老女は「ありがとうね」と言った後、両手で石を包み込み呟き始めた。

 

 「クレーントゥ・プレイテリア・フトゥルゥム……」

 

 2度同じ言葉を呟いた後、老女は手にした石を床に敷かれた絨毯の上に転がした。

 散乱する石達。

 レイラは、以前にも見せてもらったその光景をジッと見つめると、続きの言葉を待つが――。

 

 「……何て、こった……」

 

 対する老女は僅かに震える声色で呟くと首を横に振る。

 

 「あ、あの……お婆様?」

 

 不安に駆られたレイラが問うと老女はジッと彼女を見据えて言った。

 

 「レイラ。お前さん…………魅入られたね?」

 「えっ?」

 「旧い旧い人形に……」

 「人形……」

 「大婆様、それは良くないモノなのかい?」

 

 呆然とした面持ちのレイラに代わり、一人の老婆が訊ねると、老女は再び床に散らばった石に視線を向けた。

 

 「石の配列は放縦。でも、紋様は管理を意味している。……安心おし。そこまで危ないヤツじゃないよ。三体目は」

 「三体目?」

 「私の師匠からの受け売りだよ。その師匠もそのまた師匠から聞いた事があるってだけさ」

 

 そう前置きした老女は語る。

 この世界に神は実在する事。

 その神は数多の人形を創った事。

 その中でも特別な三体が居るという話を。

 

 「第一の人形、フェンリル。第二の人形、ヨルムンガンド。そして第三の人形、ヘル。あぁ、名前は師匠の趣味らしいよ。師匠はルーン石の占いが得意だったからねぇ……慣れ親しんだ神話から(あやか)って付けたとか言っていたよ。お前さんを気に入っているのは、その三番目の人形……ヘルだろうさ」

 「彼女は、自らの事を人間の意識の集合体だと言っていました」

 「まさに、この世界を管理する者。ヘルと師匠が名付けたのは……あながち間違っちゃいなかったってって事かね」

 

 老女は咳き込みながら笑うと、もう一度石を、と仲間達に乞うた。

 そうして集められた石を先程と同じ要領で床に撒くも、転がった石の配列を見た老女は首を横に振った。

 

 「ケチくさいねぇ。どうあってもレイラの行く道までは示しちゃくれないつもりかい……それとも、示せない理由でもあるのか……」

 

 仕方ないね、と呟いた老女は老婆達一人一人と視線を合わした後、言った。

 

 「お前達、今までありがとう。これでお別れさね」

 「お婆様!」

 

 声を上げたのはレイラだけ。

 

 「私が死んだ後、レイラの助けになってやってくれるかい?」

 

 老婆達は涙ぐみながらも静かに首肯した。

 老女は満足げに頷いた後、顔を上げ中空を見やる。

 

 「聞いているんだろう? この老いぼれの最後の願いだ。聞いてくれやしないかい?」

 「お婆様?」

 「タダとは言わないよ」

 

 そう前置きした老女はメガネを外した。その左目に浮かぶは紅い鳥。

 

 「対価に私の命とギアスを持っていきな!」

 「そんなっ!?」

 

 レイラが腰を抜かさんばかりに驚きの声を上げたその時。

 

 「殊勝な心掛けね」

 

 レイラの背後から、あの時聞いた女の声が響いた。

 振り向いたレイラの視線の先、時が止まったかのように固まる老婆達。

 その背後に彼女は居た。

 

 「お前さんがヘルかい?」

 「人間は何にでも名前を付けたがるのね」

 

 彼女は老婆達の間をすり抜けるかのように進むと、ベッドの端に腰掛け脚を組んだ。

 

 「まぁ、いいわ。侮蔑的な意味で言った訳じゃないのは分かっているから」

 「師匠も喜ぶだろうさ」

 

 老女はクスリと笑みを零す。

 一方のレイラは突然の事態に思考が追いつかない。

 すると、彼女に向き直った老女は己の秘密を打ち明けた。

 

 「私も、大昔に森の魔女から力を貰ったのさ。他人の記憶を覗き見る事が出来るギアスを、ね」

 

 レイラは何故、あの時、自分が夢と思っていたギアスを得る切っ掛けとなった出来事を老女が言い当てたのか、今更ながら理解するに至った。

 

 「貴女はギアスを占いと称して使った」

 

 時空の管理者、もといヘルの瞳が細まると、老女は居住まいを正した。

 

 「気味悪がった家族からは追放されたからねぇ。生きてゆく上での苦肉の策さ」

 

 王の力はお前を孤独にする。

 いつか森の魔女に言われた言葉を思い起こしながら、レイラは二人の会話に聞き入る。

 

 「貴女の命は明け方には尽きる。大勢を欺いてきた貴女が自分の願いを聞いてくれだなんて、虫が良すぎるとは思わないのかしら?」

 「それでもアンタは現れてくれた」

 「私達は認識しない者にとっては居ないようなもの。貴方は私達を認識した。だから私達は此処に居る」

 「ま、待って下さい! お婆様を犠牲にしてまで私は――」

 「本当に優しい子だよ、レイラは。けどね、老い先短い命だ。ここで使っちまうのが一番良いのさ」

 

 レイラに笑みを向けた老女は、ヘルに向き直ると今一度確認の言葉を紡ぐ。

 

 「現れたという事は、レイラに道を示してくれるんだろう? お前さんのお気に入りの娘だものねぇ」

 

 微笑を浮かべる老女と、憮然とした面持ちの人形。

 無言で見つめ合う二人。

 先に根を上げたのはヘルだった。

 彼女は溜息混じりに語る。

 

 「正直言って……助かったわ。目覚めた父に横槍を入れて力を削ぐ事は出来たけれど、代償にこの世界に干渉する力を封じられてしまっていたから」

 「でも、貴女は今、こうして――」

 「対価を差し出すというのであれば別というだけよ。それは世界の理だから。父であってもそれだけは捻じ曲げられない」

 

 ヘルは老女に視線を向けたまま、レイラの疑問に答えると、ようやっと彼女に向き直る。

 

 「受け取る対価も十分なもの。いいわ、レイラ・マルカル。貴女の行く道を示してあげる」

 

 老女の願いを聞き届けたヘルは端的に告げる。東に向かいなさい、と。

 

 「東、ですか?」

 「貴女は神の剣が誰を指すのか。その答えに行き着いた。もっと知りたいと思っている。その上で、身の振り方を決めたい、と」

 

 違うかしら? と微笑みながら問われたレイラは小さく頷いた。

 

 「なら、貴女が行くのはユーロ・ブリタニアしかないわ」

 「ユーロ・ブリタニア……」

 

 フェンリルと呼ばれた第一の人形。そして彼の王が掲げた紋章旗に描かれていたのも狼。

 第一の人形とはライゼルを意味することに気付いていたレイラは、続いて所縁(ゆかり)のある人物の名前を口にする。

 王が率いた軍団にあって、騎士団長の要職に就いていたヘンリー・ハイランドを開祖とするその男の名を。

 

 「……オーガスタ・ヘンリ・ハイランド」

 「貴女はそこでもう一つの真実を知る事になるわ。そのうえで決めなさい」

 「ですが、普通に考えて大公が私に会ってくれるとは――」

 

 思えません、と言いかけたところに老女が割って入った。

 

 「お前さん達の言う神の剣とやらが何者なのかは知らないけれど、オーガスタの坊や(・・・・・・・・)が絡んでいるのなら、力になれそうさね」

 「お婆様はユーロ・ブリタニアに行かれた事があるのですか?」

 「若い頃は皆と一緒にオーガスタの坊やの前で、何度か芸を披露した事もあるよ」

 

 昔を懐かしむかのように、しみじみ語る老女は驚きのあまり口に手を当てるレイラを余所に続ける。

 

 「あそこも大分、拙い状況のようだけれど。坊やが私の名前を忘れるような薄情者にでも育っていない限り、マザーの(つか)いだと言えば会ってはくれるだろうさ。その後はレイラ次第だよ」

 「はい」

 

 レイラは胸元で手を組むと深く頷いた。

 

 「そろそろ良いかしら?」

 「あぁ、待たせたね」

 

 同意を示した老女に対して、立ち上がったヘルは右手を差し出した。

 その手を握りゆっくりと立ち上がった老女。

 ヘルは彼女の手を引きながら荷馬車の出口に向かって歩いてゆく。

 

 「お婆様!!」

 

 瞳に涙を湛えたレイラに向けて、最後に小さく頷いた老女は出口の向こうに消えていった。

 

 

 「大婆様ッ!!」

 

 その声に我に返ったレイラが見たのは、ゆっくりと背中から倒れこむ老女の姿。

 咄嗟に駆け寄るとその身体を抱き抱えたレイラは、胸元に顔を埋める。

 周囲からは老婆達の啜り泣く声が上がる。

 レイラも堪え切れなくなった涙を止めどなく流しながら、感謝の言葉を口にした。

 

 「ありがとう……ござい……ました…お婆様……」

 

 返しきれない恩を背負いながらもレイラは進む。

 目指す先はユーロ・ブリタニア。

 しかし、そこで彼女は知る事になる。

 王と彼女の一族。その因縁浅からぬ関係を。




ここまでお読み下さりありがとうございました。
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